[#66-光が導く]
第五章 最終話。
[#66-光が導く]
「アスタリス」
フラウドレスの合図と共に、ルケニア・ニーズヘッグが攻撃を開始。目にも止まらぬ高速さで、相手の受け身の隙を与えず目と鼻の先に急接近を遂げたアスタリス。極大なパワーの消費でアスタリスとルケニアを繋ぐ、臍帯が漆黒を纏う。母体とルケニアの関係性。母体の強い思想に応えようと、ルケニアが必死になって戦闘の形として提供してくれているのがよく伝わる。
「くたばりやがれぇぇぇ!!!」
ニーズヘッグがゼロ距離爆炎放射。辺りは煙幕と爆発音で包まれる。普通ならここで目的は果たされる。だが3人には奴が、只者では無い事は容易に理解している。アスタリスの強撃、どこまで耐えうる存在なのか…を先見していた。
結果は、煙が晴れたその先に見えていた光景は全く動じることもしないアルヴィトルの姿…という3人の予測通りの結果となってしまった。
「アスタリス、勿論今のはフルパワーでやったんだよね」
サンファイアがアスタリスの攻撃に余念がなかったかを、問い詰める。
「ンなわけねぇだろうが」
「だよね。じゃあ…姉さん…アルヴィトルは…」
「ああ…あの女…一体何者なんだ…?」
「何するのよ。アレで私の事、殺す気だった?」
アルヴィトルが口を開いた。この状況を楽しんでいるかのような、不気味な笑みを零しながら。
「1**1**11111*****0000**」
「あ、あんたら…あーあーあーあー、。こりゃ大変だ。あーあ〜…だいじょぶ?」
アルヴィトルへの効果はゼロ。怪音への対抗策が全く見出せないまま、何度もかすらも定かでは無い音曲に悩まされる。
「これさぁ、私達には効果無いんだよね。まぁ見りゃァ判るか。ごめんね。なんかぁさぁ、うーんと…まぁ…謝ることは無いんだけど…あ、もしかしたら勘違いしてるのかもしれないけど、私…“白鯨”と仲間じゃないからね」
「ァァァアアぁぁ…は、、く、…ゲ…ィィん?」
「そう、白鯨。後ろの2人は、結構やばい感じだけど…どやら、フラウドレスは大丈夫みたいだね。……あー、ごめん、ヘリオローザか。酷いよね、人の名前を間違えちゃうってさ。これから気をつけるよ。気をつける。気をつけよーっと」
「…、、、、、」
「え、やばい…?死んじゃう…?死んじゃったら面白くないジャーン…せっかくここまで一緒に来たんだからさ、戮世界に行こうよ!」
「、、、なに…、、いっ、てん、、、の…」
「あーコレまたごめん。そうだよね。こっちがあっちであっちがこっち的なものを知らないもんね。こっちの住人は。まぁ面倒臭い説明は置いといて。とりま…あ、また来るよー!はいー、ガンバって!」
「…!」
アルヴィトルの言葉通り…と受け取っていいのか、“注意喚起”の直後、怪音が襲う。慣れなんて訪れない。耐性も全く無い。解決策も無いまま、無情にも受け続けるしかない時間。あと、これを何回受ければいいものなのか…。現在を考えるよりも、未来を考えたい。しかし置かれた現在が、この状況だと否が応でも…事態を深く考えなければならない。
「ヘリオローザ…、、、あなたは強いよね。サンファイア、アスタリスよりも強い心を持っている。それは凄く伝わるよ。だけど…こんなんでやられてちゃあ…ダメだねまっ、良かったね。この音が白鯨のできる攻撃最大範囲域だから」
「…………う…ぐ、、うう、、アア、、、あ、、あ…ァ
、、ァ」
「アスタリス。そんな感じにまでなっても尚、私を殺そうとしているのね。深く受け止めておくよ。深くね。ズシーンと」
アスタリス、サンファイアは戦闘不能状態。母体である人体との繋ぎ目である臍帯の向こう、ルケニアの状態は瀕死と言えるだろう。この時、アルヴィトルは気づいていないが、アスタリスとサンファイアは自身の身体とルケニアの神経接続を切断させ、母体の魂を孤立させた。よって、ダメージを大きく受けたのはルケニアのみ。母体である身体には多少のダメージを負ってはいるが、命に別状は無い。2人のルケニアが見るからに“戦闘不能状態”だったため、母体へのダメージもそれ相応だと、勝手に認識してくれたのは都合が良かった。シンクロテキストも問題無く可能。だが、“白鯨”と呼称していた奴から放たれていた音波攻撃が、問題無かった…と言えない状況だったのは確か。3人は、アルヴィトルに“敗北の芝居”を継続する。
────────
「姉さん、白鯨って…」
「アルヴィトルが言う限り、この音波はその白鯨ってやつから出してるみたい」
「じゃあその白鯨ってヤラを見つけて、今までの鬱憤を晴らしてやろうぜ」
「アスタリスに賛成。僕もそろそろ気が立ってきた。今はこうして信号を送受信できるまでにはなったけど、このまま孤立状態を維持してしまうと、戦闘状況に支障をきたす…」
「そうだね、サンファイアの言う通り、孤立状態を継続させるのはセブンスとしての尊厳が奪われる事態にもなってしまう…。長時間のルケニアの放置は危険だ。なるべく早く、ルケニアに戻り、白鯨を倒す」
「白鯨…あそこだな、間違いねぇ…」
「裂空の中に…私達のターゲットがいる」
「アルヴィトルは言ってる。ここには現れないって」
「ンなもん知らねえよ。このまま殺られてばっかりでいられるかってんだ」
「私もだよ」
「うん、もちろん僕も」
「あの裂け目に攻撃を向けるにはどうしたらいいんだ?」
「あの裂け目に行けばいい…とは限らないよ」
「サンファイア、どういうこと?」
「ふん、姉さん、直ぐ考えたら判る事だよ?」
「…なるほど…、、行くのね」
「ハッハハハ、サンファイア…良い案出すじゃねぇか!」
「アスタリスには、負けてられないからね」
「あの裂け目に向けて…みんな、準備はいい?」
「あったりまえだ」
────────────
シンクロテキストが終了。3人の意見は合致し、裂け目への突入を決意。黒薔薇、ラタトクス、ニーズヘッグ、彼等3人のルケニアが再び目覚める。臍帯の神経を母体と再接続させ、ルケニアの意識を回復させる。
今まさに、裂け目はの突入を覚悟しようとしたその時、裂け目謎のエネルギー波が放物線を描き、地上に振り堕ちてきた。
「何…!」
ヘリオローザから制御を切り替えたフラウドレスが、真っ先にその軌道線の異変に察知し、振り堕ちてきた軌道線から回避。サンファイアとアスタリスが、それにいち早く気づくことが出来ず、フラウドレスは2人のルケニアを自身のルケニア・黒薔薇の花弁で吹き飛ばす。
「姉さん…ありがとう…」
「なんなんだよ…これ…速すぎだ・対処出来なかった」
良かった…少々強引なやり方だったが、致し方あるまい…。2人に行動の制限がかかる程のダメージがなければ問題ない。というか…今の…なんなんだ…あの裂け目から飛んできた…?3人と同様に裂け目を凝視するアルヴィトルの表情を窺う事が出来た。
「……………あ、、、」
え…何…その顔。アルヴィトルにも理解不能なものってこと…?それとも判ってるが上の異常?
「やばい…そんな…、、、嘘でしょ…、、、来るの…?」
──────
後者だ
──────
まさかとは思うが…アルヴィトルにも予測のつかない出来事が今起こっている…と解釈するのが妥当だ。
「アルヴィトルにも予測のつかない事態が起きている」
「なんだって…姉さん」
「おい…それ…何が起きるか…アイツもわかんないって事か…」
「何が起きるの…何が起きてるの…あの空の裂け目の中で…」
◈
────────Ю
「教皇の意思に背き、天高くから舞い降りるそのお姿。私とて、決死の報いで受けざらんとする。だが、果てしなき失望の海より来たり、新たなる刺客を前に、どう致すべきことか。私には存ぜぬ。これを私のような末端な司教のみで思考していい事なのか。幾人もの脳を拵えて果たすべき事案と考えうる。応えを求める。私はこの事態を表受けして良いのか」
────────Ю
裂け目が次第に拡大を遂げている。
「おい…フラウドレス…俺だけか…?」
「いや…私も…サンファイアも…同じものを見ているよ…」
裂け目が近づいてる。空が近づいているのでは無い。裂け目と空は独立した存在だったのだ。徐々に地上に近づき、地上600mの所で下降が停止。
「止まった…」
言うまでもなく、その事態を口にしてしまうフラウドレス。驚愕と戦慄、2つの感情が入り交じり、とても無言でいられる状況では無くなったのだ。
裂け目から黒の波状が多段になった地上へ放たれる。そこまでの速度では無かったことから、回避には成功した3人。その状況をまじまじと凝視し続けるアルヴィトル。
「アルヴィトル…」
「アイツ…何してんだ…」
「アルヴィトルが呼んだ?」
「さっきあいつ…仲間じゃないとか言ってたよな…」
「こんな状況にもなって彼女のことを信じられるとでも…?」
「お前の言う通りだ、サンファイア。もう完全に信用は無くなったな」
「ああ、行くよ…2人とも」
「ああ」
「うん、姉さん」
3人が総攻撃を仕掛けようとしたその刹那、天か地上に下降してきた裂け目が一気に拡大。小規模な裂け目から数秒にも満たない速度で空を覆った。その覆われた空、“裂空の拡大”から新たな黒色の生命体が姿を現す。
3人は驚愕の感情に包まれながらも、決して攻撃の手を緩めない。もう戦慄の感情は捨てた。そして新たに現れた感情として“恐怖”が3人の心に同時に発動したが、3人はそれを押し殺す。そんなものを今、行動に、外部に発動させる訳にはいかない。恐怖が勝ってしまった場合、現制御が自身から、感情に強制移行してしまう。恐怖を打ち勝つ為には、現在の自分の行動を更に、パワーアップさせなければいけない。それを成すためには…
「ぶっ飛ばすのみィィィィイ!!!!
アスタリスがアルヴィトルに先制攻撃を仕掛けた。秒数的には0.2秒遅れて、フラウドレスとサンファイアが、それぞれのルケニアがアルヴィトルに制圧攻撃を開始。アルヴィトルはこの時点で、全く動じずに裂空を見つめる。
アスタリスの攻撃が直撃。当然、後方の2人も直撃。3人は特殊能力を一切使わず、ルケニアの体当たり攻撃をお見舞いした。アルヴィトルの現状を鑑みるに、直接攻撃を神速で行えば回避対応が不可能なのでは無いか…と考えたからだ。
しかし、その予測は外れる事となる。
3人が直撃したと思い切っていたその眼前には、シールドが上空から発生。その上空には空を覆った裂空の、更にその裂空に覆い被さるように、白の円盤が発生。
青空を覆った黒の裂空。そこに現れた小規模な白の円盤。
白の円盤が3人とアルヴィトルに直上に位置。その白の円盤から発生しているシールドにより、アルヴィトルは守護される形となった。
「おい…あのクソ女…やっぱり味方か…」
「だけど…何…アルヴィトルのあの表情…」
フラウドレスが気になるアルヴィトルの表情。それはこのシールドに驚愕している姿だった。
「アルヴィトル自身もこの状況を理解出来ない…って言うこと?」
「アルヴィトルの声は聞こえない。驚きすぎて声が出せないぐらいの事なのか…それとも、このシールドにただの防音効果があるのか…」
アルヴィトルがこちらに視線を向けてきた。
───
笑った。
───
このシールドに守護されたら、あなた達の攻撃を受けることは無い…とでも言いたいのか。何も口を動かさずに、今度はフラウドレス達の方を見続ける。
「あいつは、何かを強く思う時に必ず対象物を凝視し続ける癖があるな」
「それが意図的なものかもしれないよ」
シールドにより守られたアルヴィトル。そのシールドが突如、ウェーブ状の原色に彩られた音波を発生。地面が揺れ動く程の強烈な攻撃を繰り出す。だが3人には無ダメージ。
「怪音より耐えられるな」
「うん、僕も大丈夫」
「裂空からだ」
裂空からの振動がシールドを伝い、地面に到着。これが“攻撃”だとはとても思えなかった。今までの怪音に耐えて来た耐性の付与効果…という事なのか。この裂空…アルヴィトルの言うことが正しいものならば、“白鯨”への多少なりともの耐性がついた…と考えたい。その白鯨の存在を脳内で再確認した時、白の円盤から黒の紋様が露出。ベルト状の紋様が露出し、その紋様が円盤の周辺、中空を高速回転。その紋様が地上にまで影響を及ぼし、3人への攻撃を開始した。3人は回避と迎撃をし、なんとか無傷で紋様の対処に成功。一切の弱気な発言をせず、3人が生きる事を強く望み、そして“白鯨”への殺意的な衝動に駆られている。
──────────Ю
「教皇の前に現れた新敵。奴らは教皇への攻撃を開始しました。奴らは未だに思ってもいないでしょう。これから目にするものが如何なるものかを。自身の心を呪うことでしょう。いつかはこれが後悔の思い出となることを願うまでも無い。身体を食い尽くされ、心を食い尽くされ、肉も骨も、血管も、無きものとされる。終わりに向かい、事柄の結晶を全てが等しく単一に思わんと。可能性などを捨て去られる希望の無い地獄の連鎖。これに耐えられるとでも…?今すぐにここから立ち去る事を勧める。さぁ、もう間もなく、船団が来る」
──────────Ю
裂空から出現した帯状の物質が地上を暴れ回る。最初はこの動きに全くの不安要素を感じていなかった3人。だがその帯状には周期的に訪れる学習の時間があった。3人が回避と攻撃を繰り返すそのフェーズに、黒色の帯状が呼応するかのように、徐々に不規則な行動を繰り出してくる。
「こいつ……、、さっきまでの動きと違う…!」
「姉さん…!この帯状…、、学習してるよ」
「早く片付けなきゃ…!!」
しかし、時間が経過するにつれ、帯状の行動は不規則さを増す。規則的なモーションから不規則なモーション。この一連の流れには、計画性を感じる。あの白の円盤から露出しているあの帯状。
「…ということは…、、、あの円盤を攻撃すればいいのか…」
フラウドレスの願いも虚しく、そう思った瞬間に、帯状がフラウドレスにクリーンヒット。帯状から発生する黒色光子波動がフラウドレスに直撃してしまう。その有様を見届ける羽目になってしまったサンファイアとアスタリス。この2人が取る行動は改正された。
──────────────┤
「貴様を殺す」「お前を殺す」
──────────────┤
憤怒に彩られた色覚効果の最頂点。赤色を全て使用した骨肉より伝達された猛撃の怒り。感情に身を任せるのでは無い。身体へ感覚した怒りに感情がフルに呼応したのだ。フラウドレスを攻撃した帯状に2人はそれぞれの攻撃方式をフルスロットルで炸裂させる。火炎放射、神速切り、辻斬り、貪り食い…ルケニアに搭載された戦闘行動を、母体が全て使用。ルケニアに消耗されるエネルギーは無い。一つ一つのアビリティをこれでもかと多分に使用する。2人の攻撃が実を結び、帯状の行動が次第にスローになる。2人は疲弊している…と捉えた。
帯状は300本も白の円盤から露出していた。その全てを20秒にも満たずに、蹴散らし残りの10本にもなったその時、後方から凶悪なエネルギーを纏ったステータスデータを感知した2人。
「お前らァァ!!!殺りすぎだろぉおおがァァァァ!!!!!」
“ヘリオローザ”がほぼ全ての帯状を殲滅した2人に対して、怒りを表すと共に残りの帯状を、自身の血液から精製したダガーナイフで切り刻む。その速度は2人が制してきた以上の爆速さだった。残りの帯状を全て殲滅したヘリオローザは2人の前に降り立つ。
「お前ら………殺りすぎだ…殺すぞ?」
「良かった。姉さんが無事で」
「アァん??こいつぅ…私に最初っから任せておけばアンナ気色の悪いベルトもんに、吹き飛ばされずに済んだんだよ。このノロケオンナが」
「ヘリオローザ、ありがとな」
「はァ?何よアスタリス、私に欲情してんの??」
フラウドレスの顔面を催して、伝えられるヘリオローザの罵倒。アスタリスにはなんだか、この光景が愛おしく感じてもいた。ヘリオローザの対応も、違和感を感じ無くなってきた。こうしてフラウドレスの身体を守ってくれたのは確かだから。
「フラウドレスを守ってくれて、ありがとうな」
「は?何言ってんのよ…。フラウドレスが死んだら、私も死ぬんだからね。この女が死んでもらったら困るのよ」
「ありがとう…ヘリオローザ」
移行シークエンスを全く感じさせずに、フラウドレスの人格が表れた。
「ごめんね、ちょっと油断してた…」
「大丈夫だよ、良かった」
サンファイアの優しい表情に、フラウドレスは彼を、アスタリスを抱きしめずにはいられなくなる。だがまだ戦いは終わっていない。
帯状を全て殲滅したとしても、白の円盤と黒の裂空が消失した訳では無い。更には白の円盤に守護されているアルヴィトルも健在だ。
アルヴィトルと裂空と円盤。3つの事象の関連性を予測した時、常識を覆す最悪の事態が起きてしまう。
白の円盤が一つの音色を鳴らす。また一つ、そしてまた、一つ。終わりの無い調和の取れた美しい旋律が奏でられていく。
「この音は…」
「円盤から…?裂空から…?」
「いや…、両方からだよ」
フラウドレスの回答に正解のコールサインを取るように、その一つ一つの音色が新たな旋律を奏でる事となる。音色が紡ぐその果てしなき旅路。音色はやがて、一つの個体として姿を変貌。周辺に充満した音色の形は消え失せていたが、新規に奏でられた音色が形を成したと共に、消失の音色が再生。そして新規の音色と同様、旧音色も形を帯びていく。
音色のフォルムには個体値がある。丸型、正方形型、長方形型、三角型、菱形、台形、円錐型。3人が確認できただけでもこれだけの種類があった。恐らくはこれ以上のフォルムが存在するのであろう。音色は次第に、音曲効果を作り出し、再びその“センリツ”の悲劇を受ける事となった。
3人がセンリツを受ける中、白の円盤が変色。裂空に覆われた色と同じ、黒色の円盤が発生する。その状況を倒れ伏せながら、傍観するしかない3人。
フラウドレス、サンファイア、アスタリスは今すぐにでも攻撃意識を戦闘に向けたい。だが、その思考を阻害する音色のセンリツ。耐性がついた…と思っていたのは勘違いだったのか…いや、それは違った。確かに先程の裂空より来たり、怪音には耐性がついてきていた。しかし、これはレベルが違う。裂空が一つの怪音を発生させているものなら、今回のパターンは“超多数の音色から発生する怪音”だったのだ。これに対処する必要量の経験値は現在のフラウドレス達には備わってない。
つまり、また振り出しに戻されたということ。
またこの怪音に頭を抱え、苦悩し、強制的に絶望へと落とされる負の感情を芽生えさせられる事になってしまう。
そんな3人を横目に、アルヴィトルは現状に重脳する。
──────────Ю
「何をお考えなのですか。原世界の大地を滅ぼす気ですか?何故そこまでの事をなさるのですか。一体いつになったら、お姿を現すのですか。《グルヴェイグ》が暴走を起こしています。原世界住人の3名を対象に、デスターズセインの亡骸となり、居場所を探索。グルヴェイグの影響は今後の原世界の在り方を再確認しなければならない事態に発展します。何処かで迷いの中、回廊を絶たれたのですか。私はここにいます。あなた方の発見を今か今かと待っています」
─Ю
◈
白から黒へ、円盤が変色。更に“センリツ”の被害を受け続ける3人。音色の発生源である円盤が、黒への変色を遂げた時、円盤として形成されていた形にも変化が現れる。円盤の外縁部分のみを残し、他の内部に備わる中枢組織が削ぎ落とされていく。“削ぎ落とし”という解釈に至った事に関して、違和感が生じる言葉遊びと感じるだろう。だがこの言い表し方は間違っていないものだ。正にその言葉通り、円盤が削ぎ落としの事態に見舞われている。
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「これは…………そんな……、、、」
────═
黒の円盤の上空、5m程の中空に新たな異変が発生。この異変にアルヴィトルが災厄を危惧する。
「ダメです…!おやめなさい!円盤を破壊するでない!」
アルヴィトルを覆うシールドに電気信号変換直前の数値が送られる。その信号の内容をアルヴィトルは直ぐに特定。
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「1111111111111111*11111111111*0000000000」
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「だめだ…ここに来てはだめだ………来るべきでは…無い……!」
黒の円盤の内縁を削ぎ落とす、頭上より発生した“光輪”。その光輪は裂空との繋がりを意味する繫縛を施されている。光輪から出現する白い影。その影が現実世界と繋がりを表した時、白の影の実態が露わになる。
それは人間の腕だった。光輪から出現した白い2つの巨大な腕が、光輪の直下にある円盤を破壊。2つの腕から形成される刃の形を模様したブレードが、円盤の内縁のみを削ぎ落とした。黒色に変貌した円盤は紫の液体を流出。外縁のみを浮遊させた状態にさせ、体液を流し続けている。
「これじゃあ…船団が来れない……どうして…どうしてなんだ…何が目的なんだ……」
黒の外縁と成り果てたリングが、直上に位置する降臨と融合を遂げる。このような光景を目にしたのは初めてだったアルヴィトル。
船団の入口と白鯨の出口。
白鯨の力により、黒の外縁が“黒の光輪”へと姿を変えた。アルヴィトルはここで確信した。
「白鯨が…来る…」
この外縁と光輪の融合の際にも、怪音が発生している。と言うよりも、その音の力は極大化。融合時、グルヴェイグの暴走はエスカレート。白鯨が召喚されるという事象を、これでもかと余日に表している。
黒と黒の光輪。2つの同色が重なり、新色のブラックホールが発生。その規模はかなり小さいものだ。直径30m程のもの。だが、それがアルヴィトルに更なる恐怖を植え付ける材料となる。ブラックホールからフルスコアが表出、重低音の音色を奏でると共に、地殻への振動を及ぼすレベルの酷い打撃的な音色も発生。このままだと地上への負荷が最大にまで達し、危険域に突入してしまう。そんな生物が生きる上でのデッドライン寸前。その酷過ぎる音色が停止。
「白鯨、自分の生きる世界が無くなる事を危惧したというのか…」
フルスコアの表出が止まり、融合した黒の光輪から姿を現した白鯨。その白鯨というのはとても“鯨”とは言い難い、人の姿をした巨大生命体。“白い巨人”と表現した方が適切だと言えるもの。しかし、アルヴィトルはこの姿を目視しても“白鯨”という言葉に拘った。
──Black Ring-2:White Whale──◇
「“メルヴィルモービシュ”…どうして…?」
───────────────────◇
メルヴィルモービシュの出現に伴い、今まで発生していた怪音が停止。フラウドレス達はようやく解放される。怪音波攻撃の際にも視覚機能は正常に作動。“白い巨人”の出現を目視していた。
全長40mは優に超える、白い巨人。その姿を見せつけられた3人は、呆然とするしか無かった。そんな中でも訪れる殺意的衝動。そんな抑制力を欠く程の閉塞不可な情緒が、フラウドレスを筆頭に、サンファイアとアスタリスにも伝達される。
「アイツがァ…俺らの動きを止めまくった元凶…」
「白い巨人…。あの円形をぶち破って、元々生成されていた円環と融合を遂げて出現した…」
「半分合ってて半分違うよ」
フラウドレスの言及に訂正の施しがあることを述べたアルヴィトル。
「なに…?」
「あれは…巨人じゃない。白鯨だよ」
「さっき…私たちが怪音波に苦しんでいる際にアルヴィトルが言っていたものの正体だって言うのか?」
「だけど、あれは鯨じゃない。どう見ても人の形をした…言わば巨人じゃないか…」
「ああ、ていうか、そんなものどうでもイイんだよ。テメェクソ女。やっぱり俺らのこと騙しやがったな」
「騙した?何を?あなた達に何を騙したって言うの?」
「とぼけないで。アルヴィトルは言ったよね。白鯨とは無関係だって。だけど先程から展開されていたそのバリアは何?まるで白鯨があなたを守っているように見える。いえ、それにしか見えないわ」
「フラウドレス、視覚機能がグルヴェイグの影響を受けても、停止していなかったのなら、理解出来るはずよ。私と白鯨の関係を」
「意味が分からないわ。その時間に割く余裕があるなら、今すぐあなたを殺すわ。裏切りを許すつもりは無い」
「うーーん、まぁ元から信じてもらおうとも思って無いんだけどさ…でも、一応伝えておくけど…白鯨…私達はメルヴィルモービシュと呼称している存在。メルヴィルモービシュが原世界に降臨したのはイレギュラーな事態よ。私が召喚したんじゃない」
「メルヴィルモービシュ…、、メルヴィルモービシュが何故、この世界に来たの?」
「……さぁ〜ね。知ーらんない」
「クソが…もったいぶってねぇでサッサと頭ん中、空っぽにするぐらい貯めてるもん吐きやがれェェ!!!」
我慢の限界点に達したアスタリス。ルケニアを最大全速で飛ばし、臍帯を大幅に延長。母体とルケニアの距離がアスタリスの心で迸る行き場の無い暴悪に呼応。臍帯が母体であるアスタリスからクネクネウネウネと伸縮作用。臍帯の第1層皮膚からニーズヘッグに送られる神経細胞が可視化される。大幅に全長をアップさせた臍帯が、ニーズヘッグを発現。今までに無い速さで目標・アルヴィトルへ飛びかかる。
その時、アルヴィトルを死守するようにまたシールドが目標周辺に発生。攻撃時期を見失ってしまう。
ゼロ距離直前にまで迫っていたアスタリスの頭上に、黒の光輪が発生。
「そんなさ…ちょっと考えれば判るような事を無視して、モーションするのは良くないんじゃ無いかなぁ…ほら、上をご覧よ」
アスタリスの頭上に、黒の光輪が発生。そこから出現する先程の白鯨の孤影。いつの間にか、アルヴィトルの直上では無く、アスタリスの上に位置を変えたのだ。黒の光輪が、幽玄と発生し、やはり白い巨人にしか見えないが…白鯨が光輪から出現。出現…と言っても、全体像が明らかになっている訳では無い。覗き込んでる…と表現すればよいだろうか。2階の窓から胴体を飛び出し、下半身が地面から離れている程の覗き具合さ。
つまり、白鯨の下半身をまだ確認していない。巨人の姿をしていることから、下半身もそうである可能性は有り得るが、アルヴィトルの“白鯨”という表現が正しいものであるならば、下半身は半魚人のような尾鰭を想像するのも難しい事では無い。予想の範疇を大いに飛び越える事態が訪れる可能性も考えてしまう。
そんな光輪から出現した白鯨は、ゼロ距離突撃を決行したアスタリスに対して、直上からの光線攻撃が向けられる。そんな白鯨の攻撃行動を察知した…と言うよりも、アスタリスの行き過ぎた攻撃意識を予測していたフラウドレスとサンファイアは、アスタリスの突撃行動直後よりルケニアの最大顕現を開始。アスタリスと同様の臍帯レベルを展開し、アスタリスに1.2秒遅れる形で、アルヴィトルに急接近。
だがそのディレイのおかげで、直上より来たり白鯨の光線を接近中に確認する事が出来た。アスタリスも白鯨の異変に気づいてはいたものの、白鯨の予想以上の攻撃速度についていけてなかった模様。光線が放たれた瞬間、フラウドレスが黒薔薇の顕現能力、無世界形成空間“フローラルゼロポイント”を発動。アスタリスと2人の領域内に広大さを無くし、防御質量に重視させるタイプを展開。白鯨の光線攻撃をフラウドレスの能力で死守した。
「お前ら…ちょいと遅ぇぞ?」
「アスタリス、頭の上」
「私達居なかったら、終わってたね。感謝しなよ、姉さんと僕に」
「フン、こんなの俺だったら直ぐに対応出来て回避出来てたんだよ」
「へぇ〜、アンタ、回避するつもりだったんだァ〜。こうやってフラウドレスのように受け止めるみたいなオトコらしいスキル使えないのかなぁ〜」
「お前、いちいちフラウドレスから移るんじゃねぇよ…!てか、大丈夫なのか、このバリアを展開しているのはフラウドレスなんだろ?フラウドレスから移行してお前の人格が出ても」
「アハハハハ!なんか変な心配されてるけど、安心してよ。フラウドレスのスキルは私にもシェアされてるから」
「じゃあサッサとこの光線を弾き返しやがれ!!」
「仰せの通りに〜い」
ヘリオローザの人格が退く。フラウドレスの声色が戻り、発動バリアに直撃し、未だに光線を止めずに放ち続けている白鯨。
「く…く…、、ちょっと…あんた…って、、、ホントに…、、、…しつこいんだけど…、、そーいうの…、女の子が一番キラうタイプよ…!!」
フラウドレスの怒号とも取れる発声でバリアが外部に多展開。防御という名目で発動されていたものが、フラウドレスの掛け声により逆転。“攻撃”の名目に様変わりし、光線をリフレクト。その光線が見事、執行元であった白鯨に命中。光輪内に所在していた白鯨への命中は、その様を見るに、かなりの大ダメージだった事が窺える。フローラルゼロポイントの耐圧耐熱耐水効果が見事なまでに光線を受け止めた。その光線は威力が落ちること無く、そのまま負荷ダメージを維持。
フラウドレスのスキルレベルの鍛錬さと、白鯨からの攻撃に小休止の概念が無かった…という2つの事象が重なったことで、バリア外部解放攻撃が大進化を遂げた。
「姉さん!」
「やりィィ!」
「油断しない。2人とも、白鯨を見るのよ」
◈
光輪の中に姿を消した白鯨。地上からは光輪の内部…を上手く確認する事が出来ない。バリア外部解放の際に、強烈な光の臨界エネルギーが極点に達したことで、多少ではあるが、光輪の内部を数秒確認する事に成功していた。その内部というのが、広大な空間で暗黒に満ちた世界。なんだか宇宙に繋がっているような摩訶不思議な異形のカオスを感じた。
「2人とも…」
「ん?」「どうした?」
これを2人に伝えるべき事だろうか。今は黙っていた方がいいのか…。後者を優先する事象だとは思っている。アスタリスがこんなものに気づいた…となると、光輪の内空間にダイブしてしまうかもしれない。アスタリスはそんな幼稚…あ、いや…“幼稚な脳みそ”を用いていないから、大丈夫かもしれないけど…。でも少し、心配…。これは伝えずに、先ずはアルヴィトルの処遇を決定する事にしよう。
アルヴィトルを取り巻いていたシールドが無くなっている。恐らくは上空より発動させていた白鯨が、フラウドレスの攻撃を真っ向に受けてしまったからだと推察。アルヴィトルは地上に独り、その少し先には3人。一切の邪魔者が消えた状況に果たすべき事項は一つ。
「この女を、殺す」
総意となった1秒にも満たないアルヴィトル処遇決定会議が終了。
その瞬間、頭上に出現する光輪の姿が地上に影となって映される。音も無く、出現音も無く、3人が光輪の再現に気づいたのは、地上に傷跡のように付けられた円状の影だった。
「まだ来るのかよ。しつけぇな」
「アスタリス、いけるよね」
「舐めんな馬鹿野郎」
「なに…?」
アルヴィトルがこちらに急接近。影が次第に広がり、直径が倍加。しかし上空を見上げても、影の存在が無い。
「無い…光輪が無いぞ…」
「どこだ…どこにある…!?影があるのに…!」
「アルヴィトル…ねぇ2人とも…?」
「どこだ!出てこい…!ちょこまかとうぜぇんだよ…!」
「どこ…?どこだ…、、どこにいる…」
「サンファイア?アスタリス?」
2人が…アルヴィトルの存在に気づいていない。一体どういうこと…?光輪の影に集中しすぎて…?いいや、そんな馬鹿な…。しかも…私の存在も見えて無いんじゃないか…。私は2人の視界から消えたって言うの…?
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「そうだよ、フラウドレス。君は2人の世界から消えた」
「アルヴィトル…」
アルヴィトルが眼前に現れた。
「あなた、私達にとってちょっと危ない存在だから先に消そうと思ってね」
「あなたが?私を?無理だよ。私を消そうなんてそんなことを考えない方がいい。私はあなたが思っている何千倍も強いから」
「そうだね。あなた達みたいな嬰児幼体なのに、ここまでの力を有することができるのは流石…“セカンドステージチルドレンの正統進化”たる所以だよね」
「お前は…何者だ?」
「そうだな…あれ。あの光輪の先の世界からやって来た」
「光輪の先の世界…?光輪の中に果てがあるのか?」
「違う違う違う。あれ?伝え方が間違ってるのかな…、光輪の中にも世界があって、私はその世界に繋がっている一つの世界からやって来た…んだよね。要するに、フラウドレスのいる世界が住居施設で言う所の一室だとすると、光輪の中の世界は…リビング。私もそのリビングに通じている、“一室”からやって来たっていうわけ」
「あなたが何を言っているのかは分かった。ただ理解には今以上の時間が必要だ。てか、そんなものを簡単に信じようとは思わない」
「まぁそうだよね。なんだけどさ、今、あなたが敵として捕捉していた存在はなに?私の世界では“白鯨”と言っている。あなたには白い巨人に見えているアイツ。あ、もうそろそろもう1回光輪から出てくるよ」
「出せ!」
「いや無理だよ。ここから出る方法なんて無い。このブラックルームは私が生成したんだから」
「じゃあ、どうすればここから抜け出せるの?」
「………私を殺せばいい」
その回答が得られたまで。十分な解放理由だ。フラウドレスはアルヴィトルに、力を温存させたルケニア能力を発動。黒薔薇のエネルギーを見に纏った母体・フラウドレスは、その人間年齢の容姿からはとても想像し得ない、青年の姿へと変異。
「あんまり…なめんなよ…?」
「ク……3歳…だっけ?嘘つきはダメだって、大人が教えてあげないとね」
「余計なお世話だ」
黒薔薇の顕現を母体に纏った事で、臍帯が必要では無くなる。この神経接続のシークエンスを排除した変異形態は、フラウドレスに新たな殺戮の方程式を教示。アルヴィトルに向けられた黒薔薇に切り刻み。更に、臍帯への接続エネルギーに使用していた、セブンス物量が“触手”を発現。フラウドレスの後背から触手が4本発現され、アルヴィトルの身体を掴む。地面への叩きつけを中心に、絶命寸前の攻撃を下した。やろうと思えば、直ぐに殺せる。だが殺す事はしない。
この女は言っていた。
『……私を殺せばいい』
このブラックルームからの解放条件。だがこれは嘘だという事は容易に判断できた。
何故なら、アルヴィトルが抵抗の意思を示さないからだ。私を本当にここで始末しておきたいなら、この空間を持続させる為に、本気になって私との戦闘を行うはず。だが、アルヴィトルは本気を出していない。なんなら、芝居とも取れる大敗を演出。この道化の愚行。
「私をバカにしているのか?」
「…?」
「アルヴィトルはこんなものでは死なない」
「えぇえ?なんか私の事、勝手に見積もってくれてるけど、、」
「この空間は、お前を殺さずとも脱出出来るんだよ」
「へぇ〜」
黒薔薇の花弁が空間全体に散乱。散乱時に花弁一枚一枚の葉先に有刺葉緑素を仕込んだ。有刺葉緑素がブラックルームの壁を破壊。現実世界へ戻った。
「良く気づいたね。でもなんで?私のことを殺してもあなたに害はないんじゃないの?私を殺す理由付けが出来たんだから、あなたに不利益な事は無いでしょ?」
「はァ?いちいちうるせぇんだよ。そんな細かいことを気にする暇があるなら、あの白鯨の詳細を教えろ」
「なるほど。あの白鯨を倒す方法を教えて欲しいから、私を生かしたんだね」
「…」
「だけど、それは残念だ。私にはあの白鯨をどうすることも出来ない。白鯨は神使。殺すとかそういう問題を抱かせる存在じゃないんだよ」
「知らね。別に、あの白鯨とやらが、私の世界でどう機能してたんかとか知らんし」
ヘリオローザがアルヴィトルの教示を受け入れるためのスペースを脳に作るはずも無く、白鯨への一矢報いる作戦を講じる。
「まぁいいや。お前の考えを少しでも少しでも少しでも少しでも少しでも奥底の空きに入れようとしていた私が間違ってたわ。はい、あんたの出番よ」
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サンファイアとアスタリス、そして地上に現れた光輪の影。2人は未だに光輪の所在を探している。
「姉さん…光輪がないよ…」
「おい…どこにあるんだ。影はここに…地面に出てきてんだ。だからこの上の光輪があるはずだろうが…なんでねぇんだよ」
どうやら、2人は私が現実世界から遠ざかっていた事を知らずにいるようだ。そして光輪の状態から察するに、時間も全く進んでいない。フラウドレスがアルヴィトルに導かれるがままにブラックルームへ。現実とアルヴィトルが生成した空間の時空が並行軸として流れていない。アルヴィトルには問い詰める必要性のある事案が何個も発生する。
◈
地上に浮き彫りになる光輪の影。裂空が健在する中で、新機軸が始動する。影と成り果てていた光輪が、地上から中空に場所を移し、影から形態変化を遂げる。その形態変化の行先は、白の円盤と黒の光輪が融合した姿。つまりは地上へ、影として落とす前のフェーズへと戻ったのだ。影となっていた実態がこの世界に再現。
「模造品」
「模造品?」
アルヴィトルの言葉に反応するフラウドレス。その反応を他所に、光輪の再現を見届けるアルヴィトル。
「無駄よ」
光輪の再現にアスタリスが待ったをかけたその時、アルヴィトルがアスタリスの動きを静止させる。
「なに…!?」
アスタリスの攻撃を一時停止させるアルヴィトルの詠唱魔法“時間凍結魔法・フリーズ”。今まで所持していなかったロッドを携え、アスタリスの行動に停止魔法を掛ける。攻撃行動を停止させたアルヴィトルは、アスタリスをスタート位置、攻撃意思を取り始めた位置まで戻し払う。アルヴィトルはダイナミックな動きを一切行わず、ロッドを少し動かす事で魔法を詠唱。アスタリスは為す術なく、飛ばされる。飛ばされた元の場所にはサンファイアとフラウドレスが待ち構え、アスタリスを受け止める。
「アイツァァァ!!!!絶対に殺してやる!!」
「アスタリス、待って」
「なんだよフラウドレス!もう決まったンじゃねえのかよ」
「姉さん、殺ろう。決めたはずでしょ?」
「そうなんだけど…おかしいと思わない?アスタリスの今の攻撃を停止させた理由」
「そんなの決まってんだろうが。自分達の味方である白鯨が殺されるから守護したんだろうが」
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「あんなので白鯨は死なない」
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「なに?」
アスタリスの逆鱗に触れる一言だった。
「アスタリスの今の攻撃なんかじゃ、白鯨は殺せないって言ってんのよ。これは…アルヴィトルも周知の事実よ」
「アルヴィトルが…アスタリスを救った…?」
「はァ?お前…何言ってんだ?」
「僕にも分からないよ。だけど姉さんの言うことが正しいのであれば…そうなるよね。白鯨との戦闘は厳しい結果を招く。現状のアスタリスの能力を鑑みるに、白鯨を打ち負かす程のステータスでは無い…と踏んだ…」
「私は、そう思うよ」
「なんで、俺を救うような真似したんだよ」
「そんなの…僕らに判るわけない。あくまで仮説の段階に過ぎないものだよ」
「サンファイアくん、その仮説、合ってるよ」
3人の前にアルヴィトルが突然、姿を現す。
「お前…何が狙いなんだ」
「3人には誰一人として欠けてほしくないからね」
「アルヴィトル、さっきと言ってることが違うんじゃないの?」
「色々と状況が変わる世の中になっちゃったんだよね。それは君たちが良く知ってることだろ?世界戦争の中で、日本帝国の油断が生んだ最悪の産物。列島中は悲劇に見舞われ、人口も激減している。あ、3人は知らないみたいだけど、3人以外にも日本帝国には生存者がいるからね」
「なんだって…?!」
「ああ、そうだよ。ただこの…東京都領域と近辺地域には君たちぐらいしかいないみたい。日本帝国を探せば生存者は出てくる。3人はどうする?生存者を探しに行く?」
「姉さん…」
「どうするんだ?フラウドレス」
「私達以外にも…生存者がいる…それは…恐らくセブンスだ…、、とてもじゃないが人間が生きれているとは思えない」
「だったらいいぜ、俺は。他のセブンスと会えるならな」
「僕も賛成。仲間は多いに越したことは無いからね」
「判った。……それで?何をしたらいい…」
フラウドレスがアルヴィトルに助言を求める。生存者がいると伝えられてもどこに行けばいいのか…定かでは無いからだ。それにもっと彼女から引き出せる、有益で明確で固まった情報があると踏んだからだ。まだ彼女の文言には不確かな情報がある。フラウドレスは彼女も一緒に連れて行くことを決断。そんな意味も込めた問い掛けを告げた。だが…彼女は忽然と姿を消してしまう。
「どこ…?」
「残ねーん。3人に協力するのはここまでのようね」
◈
黒色の裂空より、9つの光源体。その光源体個々に光輪が発生。黒の光輪とはまた違った様相を纏っていた。サイズも白鯨が世界に現れた際の規模感では無い。人ひとりが入るには十分なサイズ感。そんな光輪が9つ、光源体も同数、共に発生。光輪の中に光源体が入り込み、一筋の光が地上に射し込まれる。
射し込まれた光の先。地上と空。
2つの点が“光の柱”となって繋がる。そうして紡がれた天と大地に大きな地殻変動が発生。光輪から発生した光の柱が、蠢く。大地を削ぐように、切り刻むように、9つの光の柱が不規則な動きを見せる。3人が光の柱の光量に包まれる。頭、胴体、太腿、足。身体の部位毎に、9つの光が直撃。だが効果は無い。殺傷能力が無いことに安堵する。
だが、先程、“削ぐ”等と書き記した通り、大地には負荷的なものが与えられている。
やがて、光の柱が終息。大地に降り注ぎ暴れ回っていた9つの光は力を失ったり、光輪の元へと戻ったり、それぞれの方法で帰還だったり消失を成す。
光輪の終息は終わらない。光の柱が完全に消えた時、新たな色素を持ち合わせた光が登場。
「お待たせ、これが僕の仲間だよ」
アルヴィトルの言葉と共に、光輪から人影が出現。浮遊を成した8人が上空に姿を現す。一人一人が9つの光輪から出現し、最後の一人であるかのようにアルヴィトルが浮遊能力を有する。
9つの光輪に、8人の人影。そこにアルヴィトルが上空に加わる。9人の編隊が完成し、並行に並ぶ。9人がフラウドレス達に視線を向けた。
「その者、我等という司教の集いが来るようものなりし、何故にそのような顔面を表している?」
9人並んでいる白装束の人間。男と女が混在。見下ろす…というよりも“見下している”と言い表すのが妥当だろう。9人の中心に立つ者が、そのような言葉を投げ掛けた。
「君達の世界がまさかこのように汚泥な事になっているとは・ …思いもしなかったが…白鯨が来ることは我々も予定外だ。これは私の責任でもあるな。誠に失礼の極みだ。謝罪を君達が足をふみしめる大地に向けて、実行する」
「あなた達は何者だ」
この状況に対して、至極真っ当な疑問をぶつけるフラウドレス。最早、驚くというリアクションにリソースを欠く時間が無い。第一感想として内側に滾った想いを直接、元凶であろう白装束の集団、アルヴィトルの仲間に問う。
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「“ニーベルンゲン形而枢機卿船団”。戮世界からの訪問者だ。今から君達、原世界の住人に警告を鳴らしに来た。“ユグドラシルの為政者”はどこだ?」
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Lil'in of raison d'être:Chapter.5“Karagül”/第五章 色情狂の醜美
I wanted to keep a visual record of these contradictory phenomena
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かなり長ったらしいエピソードになってしまいました。この先のエピソードを考えるとこのような展開にならざるを得なかったです。ですがより鮮明に描写するには必要な文字数だったと考えています。
第五章はここから始まる新たなフラウドレス編の序章。本来はもっと話を進めるはずでしたが、このような終わり方になりました。
ニーベルンゲン形而枢機卿船団。
ソシテ白鯨メルヴィルモービシュ。
この2つは非常に大きな影響力を持つキーマンとして描かれます。
さて、次回第六章ですが…どうしましょうか。
ちょっと迷っています。並行して進行していた他のパート。気分転換に移行しようかと考えています。
どうしようかな。。
私生活は順調じゃないです。もう自分の人生がよく分からないです。僕は何がしたいんでしょうか。こうやって執筆をしている時が一番輝いています。人生で一番に。
1A13Dec7 沙原吏凜




