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[#64-血盟の憑物]

ヘリオローザvsサンファイア&アスタリス。


[#64-血盟の憑物]



「君の中にいるどす黒いドリームウォーカーはなんだ?」

「他人に説明するまでも無い。私の幻夢郷の住人だ。お前なんかに明かすわけが無いだろう」

「明かさなくてもいい。もう既に読み切ったからな」

「貴様……どこまで見やがったんだ…」

「君が幻夢郷を崇拝してる事とか、とにかく自分で決断出来なかったものは全て幻夢郷に委ねてる事とかね」

「やめろ…、、お前…いい加減にしろよ…、、、」

「君は弱いんだ。弱いんだよ。そんな弱いやつが姉さんの身体なんて使ってんじゃねえよ。姉さんの身体、心…全てが穢れる。今すぐそこから立ち去れ」

「フンンフフフ、、アッハハハハハ!!残念だったねー、私とフラウドレスは一心同体なんだーあ。だからどうやっても私はフラウドレスから離れることなんて出来ようが無いのよ。残念だったはね、あなたのお願いを聞くのは難しいわ」

フラウドレスの中にいる女。サンファイアが見た女の幻夢郷とは一体どのようなものだったのか。サンファイアが女の幻夢郷を言語化することは無かった。伝えるのが難しいからなのか…言語化するには適していない程の狂気的な世界だったのか…。遠回しに言及するだけでアスタリスには、想像すらも出来なかった。

「僕は、幻夢郷を信じている。だから、君は僕に幻夢郷…ドリームランドを見せてくれたんじゃないのか?」

「お前…馬鹿なのか?こんなにお前のことを罵倒してきたのに、何故にお前を許すような事をすると思う?お前には、もっと人生経験が必要なようだ。……赤ん坊に言う私がバカみたいになっちゃうじゃん!もう!バカバカバカバカ!!」

「もう無理するのやめたら?」

「無理って何?これが私なんだけど?」

「君は無理をしている。そうやって自分は凄いんだって言い聞かせてる。違うでしょ?……君は強い性格を偽ることで自分の価値観を強制的に上げようとしている」

「黙れ」

「無理に上げようとしているのが、分かりやすすぎる。目に見えてわかる。それに君は僕たちに構ってほしいんだ」

「黙れ」

「そうやって都合のいいやつを見つけて、自分の中に落とし込もうとしてる。でもそれはただの自分の欲望を満たしたいからじゃない。自分がここにいたいからだ」

「黙れ」

「自分がこの場所にいることの証明として、相手を蹴落とす言を使ったんだろ」

「黙れ」

「君は、そんなことをしなくても独りじゃないんだよ」

「黙れ」

「僕たちがいるんだから…。どう足掻いても、変えられない。というよりも、君がフラウドレスの中にいる限り、僕は君の傍から離れることは無い」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ」

「また逃げてる。まただよ。君の本心は違うだろ。本当は…寄り添ってほしいんだろ?」

────────────◇

なんだ…コイツ…、、、私に寄り添ってくれる…。いやいや、そんなの…嘘だ…、、私はずっとこの家に取り憑いて来た…、、私はずっと私のままだ。こんな言葉に惑わされるような、簡単な女じゃない…、、、でも…ここまで言われたのは初めてだ…、、私に、、、刃向かって来たものは全員が慄いた…。のに…なんでこいつは平気な顔して、ツラツラとものを飛ばすんだ…、、、私を理解しようとしている?そんな訳が無い…、、、私に信頼を寄せる者なんていないんだ…、私は誰からも支配されない…。自分のままに生きる。そうやって今まで、、、この血筋に…。

いや…違う…、違う…違うったら違う…私は私のまま。

├───────────┤

もうやめて!これ以上私の中に居続けるのはやめて。


なに…?あなただって私の力が必要なんじゃないの?


あなたなんか…私の中に要らない。


へへー、私の力を見縊ってるんだね。あんたなんか何も出来ないくせに


私は…あなたがいなくても、生きていける。


無理だね


無理じゃない!


無理なんだよ。あんたは私のおかげで今まで生きてこれた。私の助力があったおかげで、あなたはここにいる。そうでしょ?あんたら…私のおかげで今、生きている。もう一回言ってあげようか?分からないンだったら…あなたとそこの2人は…私の防衛本能によって爆撃から守られた。あなた達を守ったって表現したくないけどね。あなたが死んじゃうと私も死んじゃうからさ


あなたって…本当に最低…。


何がァ


2人に…なんてことをしてくれたの…?


あーーーー、この2人さぁ…弱いんだモーン。だってぇ、、弱い人なんか、私の周りに要らないでしょ?


許さない…。


あ!そうだ!あのさァ!?一緒に生きようよ!これからはさァ!私とフラウドレス。両方の人格を巧みに、交互に、平等に、公正に、公平に、尺度を守って、色々と助け合おうよ!


…………。


確かにィ…サンファイアの言う通り、私は欠陥部分が多い。なんかもう少しで私…泣いちゃうぐらい追い込まれちゃった…こんな可愛い顔から涙が溢れたら、きっとサンファイアとアスタリス、欲情して地面に子種ぶちまけちゃうんじゃなーい?


……………。


あー、ごめん…ちょっとイキすぎた事だったわ…もうちょっと秩序を持った方がいいかもね…あんたは清楚なんだね、案外。私の方がさらけ出してて好感持てると思うんだよねーーーーー


キモすぎ…笑えない。


あ!なんかようやく、侮辱カテゴリーのワードをひっぱってきたね。そっちの方がいいよ!どんどん言ってってよ。ほい!ほい!ほい!ほい!


…あんたって…本当に、、、ゴミみたいで、情けないね。


サンファイアの方が、理論的な事言ってて、まだ効いたンですけどー


許さない…私の唯一の友達を…こんな目に遭わせて…あなたを本当に本当に、本当に…本当に…許さない…。


もうー、おんなじ事を言うんだったら、もっと一つ一つに変化を持たせた言葉に変えてよね。ずっと同音だと聞いててつまらんだぁ。見聞者の身にもなってよね…マジで


分かったよ…。見聞者の身にもなってみるよ。……だめだ…わかんないや…、、わかんない…あなたの立場わかんないや。


へぇー、わかんないんだーー、あなたの中にいるのに、私の心がわかんないんだぁーー


違うよ。私の中にいるから、わかんないんだよ。


は?


だって…あなたは…、、私だから。

◇───────────◈

「サンファイア!」

サンファイアが、フラウドレスの第2人格であるインナースペースと対話をしているとは露知らず、アスタリスは一人地面に倒れ伏せていた。このままでは殺られる…、今まで、浴びたことの無い激痛がルケニアを通して自身に伝わる。人間年齢で0歳児として認識されているこの身体には、多分な負荷ダメージがフラウドレス第2人格から受けている。だが全ての負荷がサンファイアとアスタリス、それぞの身体に、加えられているということでは無い。無論、それはルケニアの防衛本能。

母体であるセブンスと、顕現されるルケニア。この2つの関係性は“臍帯”によって繋がっている。ルケニアの性格、能力値、行動パターン…ルケニアに備わっている全ステータスは母体のセブンスに同期されている。たとえ、2人のような乳幼児でも、力は超絶に極大。それに母体への直接攻撃は不可能。母体に攻撃をするなら、先ずは顕現されたルケニアを始末しなければならない。

そんなことは、ほぼ不可能だと言われている。不可能に近い事を成し得る方法があるとするなら…、、セブンスだ。セブンスにはセブンスを。

この状況は、セブンス対立構造を最も具現化した戦いと言えよう。かつての世界戦争では圧倒的なセブンスの力による圧勝試合が争いの戦績を見るに確認出来た。セブンス対セブンスの戦争は珍しいものでは無い。では何故、圧勝試合が決していたのか…。



「サンファイア!サンファイア!サンファイア!!」

「………、、、アスタリス…?」

「はぁ…、、良かった…無事か?」

「うん…大丈夫だよ…」

「どうしてここまで眠ってたんだ…?」

「フラウドレスの中にいる第2人格と話したんだ」

「なに」

「うん…もう少しの所で追い込むことが出来た…、、だけど…」

「この有様って訳か…、、」

サンファイアとアスタリスの目の前で行われている所業。悪夢のような猟奇的な姿で大地を踊り狂うフラウドレスの姿が、そこにはあった。

「さっきっから…ずっとあんなんだぜ…」

「フラウドレス…、、、」

───────

「私は違う…私は違う…私は違う…私はあなたじゃない…私は、あなたの中にいる。私はあなたの中に居ない…私だって生きてるんだじゃあどうやって生きていくつもりなの…じゃあいいじゃない…あなたの中ずっといるのが私なんだもん…困るのよ私の中にずっといてもらうのが…なにを今更…じゃあなんで今までそっぽを向いていたのよ…私を切り捨ててたの…違う…あなたがもう私の中からいなくなったと思ってたから…ちょっと…それって酷くない…?ずっとそこにいたのにさ…なんでそんなことを簡単に言えるのかなぁ…本当に…あなたって酷いよね…酷くない…私は酷くない…あなたの方が酷い…私に頼ることでしか力を出せないくせに生意気なんだよね…じゃああなただけでこの有り様になった世界を歩いてみなよ…あなたは魂があるだけ…あなたなんて私から外に出た瞬間…地面にポトンと落ちてそこからは誰にも拾ってもらえず…自然現象によって雨…雷…暴風の影響を受けて…色んなところを旅する羽目になる…自分に選択肢が与えられていない将来を予測するわ…あなたは私に頼るしかない…じゃあ…どうするか…私に従いなさい…私の中にいるんだったら…私にこれからも力を与えなさい…なにを上から言いやがってんだ…上から言うぐらいの立場なんだから当たり前でしょ…だから…」

────────────

「フラウドレス…?」

「なンだこの野ロウ!!!!!」

完全に狂っている。フラウドレスは中空したり、急に思い立ったのか走ったり、急ブレーキをかけ土煙を纏ったり、黒薔薇の顕現を等間隔に行い自傷行為と周辺への破壊行為を起こしたり、脳内のリミッターが裂傷しているのは明らかだった。そんなフラウドレスに一言、アスタリスは声を掛けていた。その時、突風が吹き荒れると共に暴言と暴行のダブルパンチがアスタリスの顕現、ニーズヘッグに加えられる。ニーズヘッグが吹き飛ぶ。だが…

「……!アスタリス!!」

「………フラウ…ど、、れす…、、」

吹き飛ばされたニーズヘッグ。目を覚ますと眼前にはフラウドレスの姿があった。

「ごめんなさい…ごめんなさい…本当に…アスタリス…本当にごめんなさい…」

「いいって…大丈夫だよ俺は…それより、フラウドレス…お前は…、、今…大丈夫なのか?」

「ええ…私の中に…、、違うのがいるの…」

「まぁ…見てれば分かるよ…、そいつの事は昔から知ってるのか…?」

「いや…、、、分からない…」

─────────

「知ってたくせに」

─────────┤

「やめて…もう…、、、今は…、、アスタリスと話をしているの…もうアスタリスに手を上げる行為はやめて…やるなら私にやって…私はあなたを全部受け止めるから!」

「フラウドレス…」

頭を抱え、自身の中に存在する“何か”と交信している。その様子はとても狂気的で、あまり視界には映すべくものでは無い…と思ってしまった…。アスタリスは一瞬でもそう思ってしまった自分を恥じる。

フラウドレスが自分の闇と戦っているんだ…。俺はこれを見届けなければならない…。

アスタリスは、使命だとも感じた。俺らの友達であるフラウドレスが帰ってくることを願う。俺らではもうフラウドレスの第2人格を打ち倒すことは出来ない…。



サンファイアがフラウドレス第2人格のインナースペースにて行った対話を終了させ、目覚めても尚、フラウドレスは踊り狂っていた。

聞き取りづらいが、集中して聞けば聞こえるような音量で発生される、途切れの無い言葉の数々。フラウドレスと第2人格が対話を行っている。だが、どちらがどの言葉を発言したかの選別が出来ない。サンファイアは、フラウドレスをこのままの状態にしては行けない…と悟った。

だがアスタリスは否定する。

「サンファイア、聞け。今はフラウドレスが戦う時だ」

「どうして!?僕たちが姉さんを救って上げなきゃいけないだろ!」

「俺らには無理だ」

「……!」

アスタリスからそんな言葉が発されるなんて、夢にも思っていなかった。アスタリスがそこまで言うなら、本当にそうなのかもしれない。サンファイアはアスタリスの言い分を聞くことにした。

「……お前が眠っている時…」

「幻夢郷に行った」

「…なんだと?」

「うん…間違いないよ。フラウドレス…いや、、僕らが言う第2人格の幻夢郷だと思うんだけど、そこに干渉した」

「そうか…だからあんな死んだように眠っていたのか…それで…何が見えた?」

「見えたのは…黒くてどんなに着色しても色負けしないような、どす黒い世界…。長い間にここにいると、とてもじゃないけど生きて帰って来れないような…魂だけ抜き取られて、火あぶりにされそうな、亜空間だった」

「第2人格との交信は?」

「出来た…出来たけど…、、無理だった…やつは強い。信念を持ってる。持ってるんだけど、何が引っ掛かりのある言葉を投げると、急に口が止まる…。だから明確な弱点があるんだよ。やっぱり奴は、、、独り…孤独に弱いんだ」

「孤独…」

「だから姉さんの身体に取り憑いている。それがいつからなのかとか、何故なのかとか、これから果たそうとしていることがあるのかとか…具体的なデータを獲得出来る時間は与えられなかった。それで僕は目を覚ました」

「そしたら…あのフラウドレスが出来上がった…」

「あの、狂った姿は僕が眠ってから起きていたの?」

「そうだ…俺らが黒薔薇に飛ばされた後だ…、、だから…本当にここまでか…って言う時に、踊り狂い始めた」

その時、サンファイアは目を開き一つの仮説を提唱する。

「それってさ…フラウドレスの意識があるって事だよね…?」

「サンファイア、俺はさっき、フラウドレスと直接話した」

「姉さんが…!?」

先程、言いかけていた出来事の説明を再開させる。

「狂った姿を見て、声を掛けたんだ。彼女は振り返った。見たことも無いフラウドレスの表情だった。中身はフラウドレスじゃない…そんなことは分かっている…あんな表情を俺に見せるわけが無い。鬼の形相で敵意剥き出しの醜い顔面…。フラウドレスの身体から表現されているから、余計に気持ちがぐちゃぐちゃになったよ。そんな最悪の感情解放から発生した、声を使ったサイクロン状の刃風が俺に仕掛けられた。この声が俺に直撃し、大きく距離を離されたんだ。だけどな…その時、彼女は俺の元に来てくれた。声もかけてくれた。フラウドレスの声…。忘れることの出来ない、唯一無二の声。ということは確実にいる…フラウドレスは、第2の人格と相対している」

「そうか…そうなんだね…じゃあ…頑張ってもらうしかないっていうこと?」

「ああ…残念だが…、、俺らに彼女を止める術は無い。フラウドレス自身の問題はフラウドレス自身で解決するんだ…それが、生きる者の宿命。セブンスとしての責務だ」



私が、この人を許したのはいつ?

どうして、私の中にいるの?

何が目的なの?

どうやったら解決できるんだろう…。

フラウドレスは画策する。己の魂に抗う。受け入れる事を回答として提示している。だが、それではダメなんだ。このまま受け入れた状態だと、再びこの旅に支障を生んでしまう。

──────

あなたに決着をつける

──────

フラウドレスは、距離を取った。近づいてもどうにもならない…。だったら、距離をとって孤独にさせてみた。すると、彼女に心境の変化がこれでもかと現れる…。

「…………ねえ、もう来ないの?」

やっぱり彼女は判りやすい。どうしてこんな単純な結果を出すのに時間を要したのだろう。

「お願い…一人にしないで…」

「一人が怖いのか?」

「そう…一人が怖いの…怖くて怖くて…私が私じゃなくなるぐらいに、心が貪り食われる衝動に駆られるの…」

「あなたは一人じゃない。そんなことは私の中に入った時点で判明していたこと。だったら、なんで外部に悪影響を及ぼすような行為に走ろうとするの?」

「私がこの世界にいるという証明をしたいから…」

だろうな…とフラウドレスは思った。だがそんな心情を悟られては今の彼女を追い込む材料が減ってしまう。彼女の贖罪を上手くコントロールするため、私はもっと多角的な側面を交えて議論を進める。私が主導の。

「あなたはこの世界に存在している。私が生きている限りね。だから、あなたが、独りに、なることは無い」

「…誓えるの?」

「誓えるよ」

「私の力を使って」

「そうね。あなたの力を存分に使って」

「あなたって目的遂行のためなら手段を選ばないタイプ?今までと言ってる事が違うと思うんだけど」

「あれ?そうだったかな?あんまり覚えてないけど…」

「性格、変わったのかもね。私のせいで?」

「“せい”って事じゃないから。それだと私が望んでないみたいな言い方になる」

「…、、、、私を望んでるの?」

「いい?私とあなたは、同じ容器の中にいる。どれだけ注がれても私とあなただけは絶対にこぼれない。溢れようもんなら、私も出ていく。あなたが、嫌になったら私も嫌になる。逆側の意見にもなってね。私が嬉しいという感情に浸っていたらあなたもその感情を持つこと。それが、独りにならない為に、守ってほしい事項」

「うん、守るよ…守る。だから…一人にはしないで」

「判ったよ。あなたを認める。いつから私に棲みついてたの?」

「それ、聞いてなんなの?」

「あなたがいつから、一人になるのが嫌だったのかなぁって思ってさ。どうなのよ」

「私は…、、、ずっと…フラウドレスの中にいたんだ。産まれてから」

「産まれてから…?3年前からずっといたの?」

「うん…そうだよ。というより、ロリステイラーからあなたに移ったの」

「え…ママから?」

「そうよ、あなたのママから入植したの。自分でね」

「驚いたよ…まさか…」

「デュピローとのセックスの時に、私の魂は流れるように受精卵へと行き着いた。この言い方だと、デュピローの射精でロリステイラーの身体に侵入した…したみたいな言い方だけど、違うからね。ロリステイラーの中に、私はいた。私は、ラキュエイヌ家代々の目交いを堪能してきている。その度に、私は新たな母体へと転移していたの。男女問わず、遍歴的に見れば女子が多かったわ。ロリステイラーの前は、女。その前も女。その前も女。ようやく、男。ラキュエイヌ家は代々性欲がお盛んでね。特に女子は大変だったわ。血液の流れが物凄い速いの。だから毎度毎度、入植のタイミングは多くあって、私として楽しかった。また新たなる母体での生活が始まるからね。恒久的に棲もうとは思ってない。人間は個人によって価値観や人間性が全く異なるからね。だけど唯一の共通点として掲げられるのが、性欲。フラウドレスは絶倫になるのかな…」

「どうなんだろうね。まだこんな身体だから、良くその気持ちが分からないけど」

「うん、だけど…今までのラキュエイヌの人間は皆、このぐらいの年齢からイカレてたよ」

「イカレてる…?」

「凄かったよ。もうね…、、うん…、、、私がどうにかなっちゃうんじゃないかって言うほどに…過激だった…フラウドレスにはまだ情欲の流れには乗ってないみたいね。セブンスだからなのかな」

「あなたはセブンスと密接な関係があるのかと思ってた」

「密接な関係は無いよ。ラキュエイヌ家としてセブンスが産まれたのはフラウドレスが初めてだもん。でも、セブンスの力が私を更なる高みへと上り詰めさせた。ルケニアって凄い良いね」

「あなたは…」

「《ヘリオローザ》」

「それが名前なのね」

「そうだよ…、、、ようやく言えた…」

「正直、あなたの名前を聞こうとは思わなかった」

「…どうして?」

「あなたに好意を抱きそうになるから」

「好意?名前を教えただけで?」

「うん、私…名前を教えてくれる人って、一気に関係値が上昇した気になるんだよね」

「分からなくは無いかもしれない…。名前を教えるか…」

「あなたは自分から名前を教えてくれたよね。それがとても重要なステージなのよ。私から聞いてしまうと、あなた…ヘリオローザはほぼほぼ確定で、名前を伝えるでしょ?でもそれだと関係値としては上がってない。出来上がったのは“関係性”なんだ」

「フラウドレスって、“対人”というものを想像し得ない領域で考えてんのね」

「私としては普通だと思ってるけどね」

「いや普通じゃないよ」

「そう?」

「そうだよ。今までのラキュエイヌには無い精神を持ってる。強いよ、あなたは」

「なんだかさっきまであんなに言い合いしてたから、そんな人に言われたら…なんか普通に言われるより嬉しいな…」

「人…?渡し…人なの?」

「何言ってんの??こんなことで突っかかってくる??人に決まってんじゃん」

「私…フラウドレスの容物を借りてるだけなんだよ?」

「もうさ、ヘリオローザ?その考え捨てな」

「え…?」

「うん、捨てなよ。ヘリオローザはヘリオローザなんだから」

「……私…、、独りでいるのが当たり前だと思っててずっと、自己完結型だったから…対人コミュニケーションの経験が無いの…」

「ヘリオローザ、私と一緒にいれば、そんなの直ぐに習得出来るから。私の何を3年間見てたの?」

「羨ましすぎて…羨望の眼差しで見てたよ」

「証拠として。何を見たの?」

「えぇー?うーん、そうだな…フラウドレスは両親からとても愛を与えられているイメージだったな。今までのラキュエイヌはそんなこと無い母体もたくさんいた。デュピローとロリステイラーは、本当に優しかったね。結末は…色々と問題が発生しちゃったけど…でもね、フラウドレス。私は、間違ってないと思ってるよ」

「ヘリオローザ…あなたなんでしょ?」

「何が?」

「とぼけないでいいのよ。この流れで汲まないような、勘の悪い女じゃないよ」

「フラウドレスは、今から私が言うことを飲み込めるの?」

「分からない。私が思っている事と適合していたら…そうね、今までの私なら、あなたを殺しているかもしれない。具体的に、あなたを外部に出させて、二度と私への侵入が出来ないように経路を断つ。たとえ、反抗として再び、私を乗っ取ったとしても、あなたの聖域であるドリームランドを破壊する。あなたの一生を私が全力で、全ての力を行使して、嬲り殺しに行く…。そうだね…そんなこと言っても、多分私には出来ない。だって、ヘリオローザの心情をもう知ってしまったから」

「フラウドレス…」

「あなたの気持ち…判ったよ。憧れてたんだね。憧れてたから、我慢ならなくなって終わりにしたんだ…」

「フラウ…本当にごめんなさい…。私は…なんていうことをしてしまったのか…あなたの身体を使って自分の欲望を叶えた…、、、本当にごめんなさい…」

「もういいの。あなたが、弱くて、ずる賢くて、厄介で、切なくて、儚くて、病的で、狂っていて…あまりにも出来損ないの個体生命のマズルブレーキ的な立場である事が判ったから、もういいの」

「フラウドレス…あなたは…何かがおかしいと思う…私なんかが言える立場にはないと思うんだけど」

「本当に、そうだと思うよ。あなたがいなければ、私はこうじゃない。確実にね。ヘリオローザが私の両親を殺さなければ…、、、あ、そんなことは無かったね。3年が経過してたんだから、施設に送られるのは目に見えてたんだ…てことはだよ?両親を殺しても良かったんじゃない?」

「フラウドレス…無理してない?私をもっと追い込んでいいんだよ?」

「んん。追い込まないよ。あの時、どうなっても私は収監の運命にあった。ヘリオローザが私の身体に入る以前に、私にセブンスとしての能力が備わることは確定していた。父が戦争に行っていたからね。ヘリオローザはその後の出来事。全ての出来事は運命なんだよ。私は親を殺してから、人生がひっくり返った…と思っていた。だけどそんなことより前からずっと前から、私には内罰的な物を抱えていた。産まれるべきじゃ無かったんだよね」

「フラウドレス、もういいよ。いいから」

「そうだね。あんまりこの話、聞いてて面白くないからね。私は別に大丈夫なんだけど。じゃあ…戻ろっか。2人が待ってるよ」

「あの二人に合わせる顔がある?出来る?」

「うん、出来るよ。2人は大丈夫。認めてくれるから。サンファイアとアスタリスは、ただのセブンスじゃないんだよ?」

「違うの?」

「全然違うよ。ラキュエイヌの血統と一緒にいるんだから」

まるで立場が逆転したかのようだが、今、質疑に答えたのがフラウドレスだ。彼女はヘリオローザというラキュエイヌ家の血統に棲む謎の存在と濃厚接触を遂げ、新たなステージへと内的宇宙を進ませた。

これはフラウドレス自身が選択した道だ。ヘリオローザはここまでの出来事になるとは思っていたなかった。

ただただ、フラウドレスの身体を操れれば良かった。

そうやって、自分がここにいることを知らしめたかった。私は、セブンスを操れる凄いやつなんだぞ…と思われたかった。だが事が上手く進まない。結局、凄い…ヘリオローザ的には、サンファイアとアスタリスの初見の対応は“感嘆”と捉えている。2人はフラウドレスに異変が生じたと思い、フラウドレスの中にいるヘリオローザの存在を、理解出来なかった。

ヘリオローザはここで、自身の価値を思い悩んだ。

そんな時に、心を開かせてくれたのがフラウドレス。歴代のラキュエイヌの人間達を、容物と快楽の愉悦という対象としか見ていなかった。そこで新たな血が送られたのが、デュピローの精子情報から得た、ロストライフウイルスのサクセスルート…つまりセブンスになる能力だ。

この特殊能力が、ヘリオローザを覚醒。自分自身の居場所…在り方…価値を付与されたような気がした。だがその力をどう振りまいていいのか判らずにいた。そんな時、ヘリオローザがフラウドレスの視点映像を通して、目にした光景が親と仲睦まじく暮らしている光景。今までのラキュエイヌには、見られなかった光景だった。似たような類はあったものの、段違いで仲が良かった。両親が特にフラウドレスを愛していた。

ロリステイラーのあの顔…見たことない顔だった。フラウドレスが無事に産まれてきてくれて本当に喜んでた。

私が殺した。私が選択した。やり場のないエネルギーが、暴発した。この能力をフルパワーで発動させたかった。セブンス能力の試射は日常生活に於いて、幾度と無く実行していたから、感覚も理解の範囲にある。

そんな後先のこと、フラウドレスのことを何も考えてない…最悪の言動を平気でやってのけた。本当に愚かだったと今、思っている。

フラウドレス・ラキュエイヌ。彼女との自我境界を無くそう。



「サンファイア!アスタリス!」

「…!姉さん!」「フラウドレス!」

大地を右往左往し、苦悶の表情を浮かべながら、自身の内的宇宙と向き合っていたフラウドレス。そんな彼女が突然、サンファイアとアスタリスの方を向き、2人それぞれ名前を高らかに吠えた。その表情は、いつもの可愛らしいフラウドレス特有の目を大きく開け、溌溂な笑みにあふれていた。サンファイアとアスタリスは、ルケニアのまま、フラウドレスから40m離れた後方から見守っていた。2人のルケニアはフラウドレスからの呼び声を聞き、直ぐに彼女の元へ急行した。

「姉さん、大丈夫?」

「おいフラウドレス…大丈夫か?」

「2人、同じ質問だね。んていうことは、相当に心配してくれたのかな?」

「当たり前だろ!フラウドレスが…完全にぶち壊れたんかと思ったんだぞ…」

少々大袈裟なんじゃないか…?と言わんばかりの冷静さを保持したフラウドレスの表情に、強く批判するアスタリス。

「姉さん…大丈夫?」

「うん、大丈夫。もう解決したから」

「解決?……もしかしてもう一人のフラウドレスとか?」

「もう一人の私じゃないよ。この子は、ヘリオローザ」

「ヘリオローザ…」

「それが、俺たちを殺しに来た女の名前か?」

「アスタリス、そういう言い方はやめて」

優しく諭すフラウドレス。だがその瞳の奥にあるのは、弱冠の荒い口調を見せたアスタリスへの怒りだった。

「わ、悪い…ごめん…」

アスタリスは思わず、謝罪の弁を述べる。そう、片付けるしかないと思ったからだ。

「ヘリオローザは、いい子よ。凄くね。とてもね。これからは私とヘリオローザを行き来することになると思う。てか……そうなるから」

「え…」「…おい…マジかよ」

「安心して。ヘリオローザはもうあなた達のことを殺すような素振りは見せないから」

「ヘリオローザは、お前の…第2人格と捉えていたんだが…そういう解釈で良いのか?」

「アスタリス、だから言ってるでしょ?第2とかそういう概念の問題じゃなくて、私以外に他の…魂…、、人間がいるの…」

「いや…だから、それが第2人格…なんじゃないのか?」

「私とヘリオローザは全く違う個体よ。私が母体となって、彼女がここに棲みついてるの」

「彼女…」

「そうね。女の子よ。仲良くしてくれる?」

「…」「…うん姉さんがそう言うなら」

「ありがと」


そこから…姉さんは、ヘリオローザとの対話で互いの思想と覚悟と継承についての議論を僕とアスタリスに話してくれた。理解は出来たが、なんだか姉さんが違う世界に行ったような気がしてならない。違う世界…というのは僕の中でいうと、“離れていく”と解釈している。僕とアスタリスの元から、姉さんが離れていく。アスタリスも苦悩の表情を浮かべていた…。

「ラキュエイヌ家の血統に、代々入植し続けていた?」

「そのトリガーになるのが、性行為?」

僕たちはどういった感情だったのだろうか…お互いが顔を見れなかった。姉さんの話を聞くがあまり、アスタリスの感情を片目で確認しながらの、ヘリオローザに対して思考回路を開けるという行為が、とてつもなく難しい作業だったからだ。

僕たちは姉さんから伝えられたことを、全て受け止めた。全てだ。きっと、姉さんだって辛かったんだろう。今までヘリオローザを身体に宿したままの生活…。姉さんが嘘をついている…とは思えない。ただ、あの時…アスタリスが姉さんに回答を求めた“愛”について。姉さんの回答とも取れる表情が僕には忘れられない。

まるで、全てを、世界を、目の前に映る生命を、侮辱するかのような悪魔の表情…。今、こうして姉さん話を聞くと、ヘリオローザの魂が乗っ取っていたんだ…と思える。だけど……だけど…なんだか…僕からして見れば、姉さんの人格が半分はあったんじゃないか…と思ってならない。一体なぜなんだろうか…。姉さんがそう言ってるんだから鵜呑みにすればいいのに。

姉さんは、どこからが姉さんだったんだろう…。

どこまでが姉さんなんだろう…。

いつから僕らは、姉さんじゃなくヘリオローザの相手をしていたんだろう…。

今までのマインドスペース、シンクロテキストの通信記録。本当に、姉さんだったのだろうか…。

僕とアスタリスが関係を深く持つことになったのは、ヘリオローザだったんじゃないか…。姉さんなんて、元々この世に存在しないんじゃ無いか…。

だめだよ…何考えてんだ…僕は。姉さんが言った事が全てだ。姉さんは姉さんだ。…でもそんな姉さんからヘリオローザに変わった瞬間…アスタリスの問いがきっかけだとは思えないんだ。何回も何回も何回も…同じような感情を逡巡させる中で、回答の一つすらも固まらない。導かれるのは推測のみ。だったら、もう…前に進むしかない。前に進むというのは、姉さんとヘリオローザ。2人と共に、旅路を歩もう…。殺されそうになったんだ…よな?



翌日──。

午前8時57分。


旧みなとみらい跡地から、北上。3人は旧川崎にまで行き着いていた。徒歩で。ルケニアを顕現させれば、徒歩よりも早く北上出来るはずなのだが、フラウドレスはそれを拒んだ。

「エネルギーは温存しておくものよ」

「ああ…」「そうだね…」

確かに、言われてみればそうだ。ここから先、何が起きるかなんて分からない。また昨日のようなイレギュラーな事態が発生することだって視野に入れなければならない。ヘリオローザの問題はもう解決していると思っている。

問題は、まだ世界戦争が終結していない…ということ。米国による日本列島全域空襲及び、首都圏エリア重点的爆撃で、日本が大敗を喫したのは見るまでもない。今、こうして生存者と会わずにみなとみらいから川崎まで北上出来たことで、生存者の多くが虐殺されたのは十二分に形となって映された。死体は無い。当然だ。焼け焦げたんだろう。骸骨姿の遺骸も無い。

自分達はセブンスによって防衛本能が働いた…と見ている。じゃあなぜ…他のセブンスは守護されずに死んでいったのか。昨日から僕の脳みそは考えてばかりだ。たまには頭を回さず、ゆっくりとしていたい。

もう、ゆっくりなんてしていられないか…。

フラウドレスと僕とアスタリスは小休止を挟みながら、なるべく長い時間の徒歩移動を選択した。



「2人とも、見てよ」

「うん?」

「…どうしたの?姉さん…、、、うわぁ」

フラウドレスが指を指した方向には、工業地帯が広がっていた。

「旧京浜工業地帯だよ」

「名前、なんで知ってるの?」

「ヘリオローザから今、聞いたんだ」

「あ、そういう事ね」

「『あたしは物知りだからね。今まで何人ものラキュエイヌと一緒にいたと思ってるの?2人も何か疑問に思うオブジェクトがあったら言ってみてね。絶対あたし、知ってるから』だって」

だって…の前まで、完全に昨日、サンファイアとアスタリスを痛め苦しませた暴悪型フラウドレスの表情が形成されていた。その顔面を見て、2人は秒単位で畏怖を感じたが、直ぐにそれはフラウドレスのフィルターを介しての言葉だと理解し、精神は落ち着いた。

「ヘリオローザ、フラウドレスと交錯するような変化を見せるのはやめてくれ」

「ええーーーーー!なんでよーー、、、、あたし点と点が泣いちゃうよ…」

「あのなァ、お前は俺らのこと殺しかけたんだぞ!昨夜だって、眠ってる間に殺しに来るんじゃないかって、気が気じゃなかったんだからな!」

「ぇぇええ、なんかぁーアスタリスってそんなナリしてるけど、案外可愛いとこアンのね」

「ヘリオローザ、いい加減にして。ゴメンね、アスタリス…私…ヘリオローザを止めるのに精一杯なんだけど…この子、結構強くてさ…」

「フラウドレスにあたしが止められると思ってるワケェ??」

「いい加減にしてよ!」

「これ…なんなんだよ…本当に、、、、」

「一人二役…。大変そうだなぁ姉さん」

「ヘリオローザ」

「なに!?」「アスタリス黙ってて!」

「………フラウドレス、ちょっとヘリオローザに変わってくれ」

「…ええ…、、、」

「頼む」

「うん、判った…、、アスタリス!何よ。わざわざ呼びかけまでしてなんの用?」

「フラウドレスを乗っ取って喋るのはやめろ。主軸はフラウドレスだ。お前は考えと能力だけをフラウドレスに与える約束だろ?」

「ちょっと出てきただけジャーン。なにをそんな拒否反応出してんのよー。アスタリス、そんなに私に対しての恐怖感ある系?」

「黙れ。お前が出しゃばる姿にムカつきを覚えるだけだ」

「恐怖では無いんだー」

「お前がフラウドレスから抜けて他の身体を手にした時、真っ先にお前を殴り殺す」

「その言葉、聞いてられないんだけどー!あーーんなにボっロボロにやられてたのに、なに言っちゃってんのよ」

「そのぐらいでもう一度お前との戦闘を挑んでやる」

「なにを偉そうに。もういいよ、フラウドレス。変わって」

フラウドレスが、フラウドレスの表情に戻った。

「アスタリス…ごめんなさい」

「フラウドレスは謝んなくていい。俺はまだ、こいつのことを仲間だって認めた訳じゃねえっていうのは、分かっといてほしい」

「うん…判った…」

アスタリスは先頭を歩み始めた。

「姉さん」

「あはは…ごめんね…本当に、、、ヘリオローザ、ちょっと難しいかな」

「僕は…大丈夫。理解してるよ。姉さんと一緒なら、僕は平気だ」

「サンファイア…ありがとう」

「ね、姉さん…!?」

「うん?……なに?」

「おい、どうした?」

先頭を歩いていたアスタリスが、サンファイアの声に反応。驚いたような声だったから、何か見つけた…或いは異常が発生したのか…と察知したからだ。

「ううん、なんでもない…ごめん」

「…そうか」

アスタリスは歩行を再開。

「姉さん…!何してるの…?」

「ちょっと、頬にキスしただけじゃない。それに、ルケニアを介してやっただけなんだから、何もそんなにビックリした表情作らなくても…」

黒薔薇がラタトクスに接触。それも包み込むどころか、それ以上の濃厚接触。花弁から華々しい舞を踊る香料が飛び、その香料がラタトクスを覆う。サンファイアはフラウドレスからの攻めた愛情表現だと捉えた。だがフラウドレスからしてみれば、愛情表現以上のものを認識させたがっていたのだ。サンファイアに100%自分の想いが伝わらなかった事が悔しくなる。

「……いこ。サンファイア」

「う、、、うん…」



「京浜工業地帯、私好きだなぁ」

「フラウドレス…それは…」

「これね…これはね、私の意見だよ。ヘリオローザの記憶を通して、好きになったんだ」

「そうかい」

「アスタリス…そんな顔しないで…」

「あー!ごめんごめん…もうなんか、相手の仕方が難しいな…」

「アスタリス、だったら2人とも…フラウドレスとヘリオローザへの対応は同じにしよう」

「それは絶対に無理」

アスタリスは強く否定する。

「ヘリオローザにフラウドレスと同じような態度を見せるなんて、俺には絶対に無理だ」

「僕は出来るよ」

「なんでだよ!」

「いや…、、、だって…姉さんがヘリオローザのことを認めてるんだから…もう僕らはその船に乗るしかないだろ?」

「お前…、、、ガチで言ってんのかよ…」

「アスタリス…お願い…ヘリオローザにも優しく相手をして?」

フラウドレスのルケニア黒薔薇が、ニーズヘッグを通して、アスタリスの魂を擦ってくる。執拗に擦ってくる。黒薔薇のあざといアプローチに、アスタリスの火照った感情がニーズヘッグに伝わり、表現される。その様子を見て、フラウドレスは小悪魔的な顔になった。その顔が、アスタリスに“あえて”伝わるように適切なポジションを見つけて。

「わか、、、た…」

なんだか見てはいけないような美しさに目を奪われ、アスタリスはフラウドレスの言うことを素直に聞くようになった。

「姉さん、あの工業地帯の何がいいの?」

「うーん、そうだね…この際、もっと近くを歩いてみない?」

「はぁ?フラウドレス、道から逸れるのか?目的はどうすんだよ…」

あれ…そういえば…目的…って…、、、俺らはなにをしに歩いてたんだってけ…。

「アスタリス、まだまだ時間はあるから。それにこんな広大な土地を3人だけで歩けるなんて、すごくない?!」

「姉さん、僕はいいよ。アスタリスもいいよね?」

「…ああ…まぁいいよ…」

あれ…、、、目的…、、

「じゃあちょっとこの道から離れて…あっちの道を行こう!」

「あれってさ…線路だよな…?」

「線路だね!」

「線路を伝うの?姉さん」

「うーーー〜ん、今、線路を見て思いついたんだけど…線路を伝って行こう!」

「うん、判ったよ姉さん、行こう」

「サンファイア…お前…」

アスタリスが囁き声で、サンファイアの耳許に言葉をかける。ルケニアがルケニアへコソコソ話をしている様子は、傍から見るとかなり滑稽だ。

「アスタリス、姉さんは今、ヘリオローザの魂と行き来している状況にある。まずは姉さんの気持ちを考慮しつつで、ヘリオローザの動向を探ってみよう。勿論、僕だって根幹からの姉さんとコミュニケーションをしたい。でもヘリオローザは、姉さんの一部なんだ。ね?アスタリス」

「はぁ…もう本当に…まぁ判ったよ…」



フラウドレスが指差した方向に位置する京浜工業地帯。こんな状況にもなって観光気分でいふフラウドレス。…実際にはヘリオローザの気分が乗った形で現実外部に表出されている。サンファイアとアスタリスは、ヘリオローザのご機嫌も窺いながら、京浜工業地帯を目指す。

北上としていた道路から本来であれば、目的地のポイントまで行けるような場所ではあったのだが、線路を発見し、フラウドレスは予定を変更。何故か、線路は廃線状態のままだった為、これを伝った方が京浜工業地帯への道はスムーズだよ!…というフラウドレスの提案を受け入れた形だ。北上していたルートは、爆撃の影響を受け悲惨な状況。破壊されている建造物と中破状態、所謂まだ形を成してはいるが、とても人が住めるような状態では無い。そんな建造物が等間隔に残存。多くは破壊されている。それはそうだ。残っている方が奇跡的。破壊、中破、中破、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、中破…。破壊状態にある建造物は、地上に瓦礫が残存していたり、爆撃の影響を多分に受け、粉々に砕け散っている。もう、なにをどう表現しても答えは一つ。要約すると、先程まで戦争がここであったと思える最悪の旧神奈川県。防衛を全くせずに、されるがままに空襲された。無差別爆撃…それを選択せざるを得ない世界情勢のカオス化。人間はいつ、歩む道を踏み外したんだろうな…。


「線路!いいね線路って」

フラウドレスが線路上に乗って、そう呟く。

「なんでだ?」

「だってさ、線路って、決まってるじゃん?進路が。なんか…自分の進路がもう決まり切っている感じがして凄い好きなの。あたし、自分で何かを決めるっていうのがあんまり得意じゃないんだよね」

「実行力はあるんだけどなお前は」

「ハハッハハハ、そうだね。アスタリスの言う通り、やろうと思えれば直ぐにやれるの。実行に移せるの。でも…そこまでの経緯があたしにとっては多くの時間を必要にしてしまう…、、、歴代の母体を操作している中でも、あたしの思考を外部に露出させた事は何度もあるんだけど、その殆どが他人に迷惑を掛けちゃうきっかけ作りだったんだよね。弱冠トラウマになっちゃったんだけど、“トラウマの再演”って知ってる?」

「いや、分からない。なに?それ」

「PTSDに陥った時に、原因であるトラウマ体験がフラッシュバックしたり、夢に出てきたり、原因と酷似した体験を無意識に再現してしまうような自己破壊的現象の事よ」

「トラウマの再演…」

「そんなトラウマの再演を、あたしは何度も何度も繰り返してる。嫌になるけど…止まらなかった…。次こそは、次こそは…ってなるし、今度は大丈夫…今度は…大丈夫ってなるんだよね。でも結果的に招かれるのは、毎度同じような失敗。この連鎖が、今までのあたしには根付いてる」

「その再演現象、フラウドレスにも起こした事あるのか?」

「うん、あるよ。ロリステイラー、フラウドレスの母に向かって荒々しく当たってしまったの。フラウドレス自身、そんなことは思ってはいないようだったけど、今までのあたしの経験上、反論してみた方が上手く転ぶ気がしたの…。でも、気がしたってだけで…いつも失敗してる。ほんと、何やってんだろうね…情けないよ…あたしは」

「…みたいだね」

フラウドレスの声色で、ヘリオローザは過去の起きたトラウマの発生談を話した。サンファイアとアスタリスは、ヘリオローザの言った事を深くは理解出来なかった。トラウマの再演は理解出来たが、どうにもヘリオローザが選択した母体への行動発信自体、腑に落ちない。どうにも彼女は物事に対し、深淵を抉るように考えすぎてしまうんだ。常人には中々に理解が及ばない。ヘリオローザは一体、何年前からラキュエイヌ家の血統に棲みついているんだ…。

「もうあたしは再演行動をしたくない。トラウマの再演に囚われたくない。だから、断定された既定路線を進むのがすごく好き」

「ヘリオローザ、確かに既定路線は安全だよ。自分の性にあわない舞台を選ばずに、安心安全なルートを歩めれるからね。だからといって全てが、そうだとは限らない。既定路線だと思っていてもその道には様々な障害がある。その道を越える…壊さなきゃ次に進めない。そうだ、既定路線なんて無いんじゃないか?既定路線そのものが、逸脱路線だと思うよ」

サンファイアが、ヘリオローザの悲痛な慟哭に助言を掛ける。この言葉はアスタリスにも響いていた。「小難しい事を言って、自分に酔っているじゃねえか…」、そういった感情に飲み込まれていたが、そんな自分をやがて、恥じるように桃色の頬が隠し切れない感情を抑制するよう形成された。

「サンファイア…あたし、嬉しいよ。サンファイアみたいな人が近くにいてくれて」

「そう?ヘリオローザの身に何かあったら大変だからね。あくまでも僕は姉さんの身体を守るために、君に助言を与えた迄だよ」

「そんな強がんなくていいーのに〜。まぁいいや。さっ!もうそろそろ、あたしの好きな所だよ」

「好きな所って…まだまだ工業地帯は先じゃん」

ヘリオローザが目的地として指定して京浜工業地帯はまだ先にある。だが、“フラウドレス”の指差しは明確な場所を示していた。それが…

「え、駅?」

「そ、駅。鶴見線。イヒヒヒヒ」



「鶴見線?あ、この線路の上を走ってる電車の名前?」

「セブンスってやっぱり凄いね。0歳だよね?なんでそんなに世相を知ってんのよ」

「嫌でも入ってくるんだよ。情報という情報は鬱陶しいほどにな」

「あっそ、サンファイアの言う通り、鶴見線は私たちが歩いてきた線上を走行していたかつての在来線。京浜東北線鶴見駅から扇町、枝分かれして2つの終着駅、大川、海芝浦までを繋ぐ工業地帯沿線の鉄道。結構前のラキュエイヌ家の女の子がね、鶴見線をとても愛していたの」

「女が鉄道を愛するなんて結構珍しいんじゃないか」

「アスタリスぅー、それ偏見だからねー、怒るよ」

「悪ぃ悪ぃ、幼稚な考えだった」

「幼稚なんだけどね」

「幼稚どころか乳幼児だよー」

「乳幼児が乳幼児なんて…」


「………ンでね、鶴見線、先代の女の子がとても好きで、良くの乗車してたんだー」

「乗車?」

「乗車って事は…」

「そうなの。本当に“乗車”だけをしていたの。…て、言うのは少し嘘なんだけど、駅から降りた後も鶴見線を撮影したり、線路の風景とか、近くに並んだ工業地帯の全景に見蕩れていたり、そりゃあもう可愛いリアクションばっかりしてたよ。名前は《レミディラス・ラキュエイヌ》。レミディラスは鶴見線の全部を愛していた。走行音、アナウンス音、発車音、映画のように流れる窓の景色、規則正しい効果音。鶴見線から表出される全てを愛していたの。そんな彼女のリアクションが忘れられなくて、気づいたら私も鶴見線のファンになっていた。レミディラスから違う男に入植する事になった時、こんなにも残念って思ったのは無かったな。私が内側から操作して、その子を鶴見線に乗車させても良かったんだけど、なんだかそれって強制的で気が乗らないんだよね」

「なにを言ってんだ」

「確かに…!強制的っていう言葉を履き違えたのはセブンス能力を持ったフラウドレスからだから安心して。フラウドレスが悪いんだからね。あたしのダメな部分を呼び覚ましちゃったんだからー」

「もういいから、その男の話の続きを」

「聞きたいのね。その男のテラドミオン・ラキュエイヌ。だけど…話すんだったら、レミディラスの方がいいかな。テラドミオンの話はまた今度。今は折角、レミディラスが愛した場所にいるんだから、彼女の話をしたい!うん!その気分なの!」

「わあったよ」

ヘリオローザはフラウドレスの身体を一時拝借、鶴見線の線路上を歩みながら、彼女との思い出を語る。




[無機質]


「今、私達が通過したのは浅野駅。鶴見駅唯一のターミナル駅だよ。ここから一つの分岐が加わる。大川駅っていう所に行くのが追加されるんだ。大川駅はあまり、使用されない。使用されないと言うよりも、使用できないって言ったらいいのかな。うん、いいね。朝と夜にしかダイヤ運転が無いの。そんな特殊なターミナル駅こそがこの!浅野駅。どう?良くない!?ここ!」

もうここからはフラウドレスでは無く、ヘリオローザと記載する事にする。ヘリオローザは2人に、浅野駅を紹介。だが2人には何が良いのかさっぱり分からず、魅力を感じない素振りを見せてしまう。

「フタリサァ、ナニソノカオ」

「いや…あんまり…魅力がわかんねぇんだよ…なぁ?」

「うん…ヘリオローザ…ごめんね、、、僕にも良く伝わんないや…」

「それは…!!ほら!この茂みを抜いて考えてみてよ…!今は管理がされて無いからさ…こんな感じだけど…私は好きなんだけどさ…この、、、廃墟感…」

浅野駅。かつては工業地帯に勤務する者が使うのが通常だった駅。そんな駅も、こんな戦果には抗えるはずもなく…ホームの屋根、線路、改札…え…、、まさかの現存…。サンファイアとアスタリスは不思議という概念では収まらない違和感を覚える。

「ここ…なんでここだけ、こんなにもちゃんと形が遺ったままなの?」

「凄いよー!浅野駅!力強く耐え抜いたんだね」

「いや…ヘリオローザ…、、これ…耐えた…というよりも…守られた…っていうのが合ってると思うぜ…」

「守られた…」

アスタリスの言う通り、浅野駅の現存形式が他とは追随を抜くレベルの現存さだった。

「でもそれって凄くない!?浅野駅が選ばれたのかなぁ!神様に!浅野駅だけなのかなァ…ちょっともっと先に行ってみようよ!まだ鶴見線の駅あるし!」

「ヘリオローザ、あのなぁ…」

「行ってみよう」

「うん!」

「いやおい…サンファイア…」

「この異変、ちょっと気にならない?」

「いや、気になるけどよー…」

「べっつに行くとこも決まり切った所じゃないんだし、寄り道していってもいいじゃん。ね?いこ。アスタリス」

またこれだ…ルケニアを使ったヘリオローザの無邪気な遊び。自分のフィールドに相手を招き、思うがままに自らの術中へと嵌めていく。

「……はいはい…判ったよ…、、」

最早、いつもと同じ流れ。にも関わらず毎度のように彼女に弄ばれてしまう。ヘリオローザはそういった人間的な面を考えるに、他人への癒着の仕方が異様に上手。殺害の対象として識別されていたのに、今ではこんな風にイジられるまでの関係値を構築されている。彼女を知る…という行為は無理難題なような気もするが、彼女への理解を深くして行くのは、決して無駄な作業にはならない。効率的な対人関係を築いてきた彼女と渡り歩くことが出来れば、また新たなステージへと踏める。

サンファイアは、そう思った。


鶴見線線路を歩く。ヘリオローザが言っていた浅野駅以外にも残存している駅があるんじゃないか問題。

浅野駅の次の駅、安善駅に到着した。浅野駅から500mも無い、薄目で見なくても浅野駅からクッキリと目視出来るぐらいの近い駅。

「ここも…形が、、遺っている…」

「ああ、そうみたいだな…かなりちっちぇー、駅だけど」

「ヘリオローザ、この駅は…」

「好きなんだよね…レミディラスのあの顔…今でも忘れられないよ…ほら、この茂みを超えた先を見てよ」

「超えた先…?」

「超えた先…、茂みを無くして地面を見てって言うこと?」

「そゆこと」

「……あ、沢山線路あるな」

「そう!ここ安善駅は、貨物列車が安善駅のすぐ隣を走行することでも有名だったのよ。あたしの中でね」

「私の中?」

「そ、あたしの中で。鶴見線って別にそこまでメジャーな鉄道では無いのよ。今ではこんな感じで、爆撃の影響を何故か免れて残存状態にあるから、景観的に目立ってるけど、本来だったらこんな所、勤務地から近場の人間か、家が近場の人間…つまり“近場人間”しか来ないんだから。結構、ニッチな路線なのよ。そんな鉄道をレミディラスは好んでいた。学校が終わると真っ先に行くのは鶴見線。鶴見線に乗車してさっき言った鶴見線から表現される感覚的なものを能動的に受け取りに行く。五感が解放するのよ」

「五感が…」

「解放??」

サンファイア、アスタリスには、先程から述べられているヘリオローザの申し分がやっぱり理解できない。ただ、ラキュエイヌの先祖に“変わったやつ”が多いんだな…という感想に行き着くのが妥当と思えた。

「2人の顔面を見るに、完全にラキュエイヌの先祖をバカにしてるよね…!!」

「…!」

「ははーーん、アスタリスの顔ぉ〜バレッバレなんですけど〜」

「ごめんね、ヘリオローザ。変わってるな…と僕たちは思っただけだ」

「いや、それがバカにしてるんだろ」

サンファイアの純粋な援護射撃が、誤射に終わっている事を論ずるアスタリス。

「え、そうなの…?」

「とにかく!、、、あ、いや、とにかくって言うかぁ…ほら!安善駅からもまだ続いてるからさ!まだまだ歩いてみようよ!」

「はあー?まだ行くのかよ…」

「ヘリオローザ…もう流石にいいんじゃない?まだまだ続いてるって言っても…辺り見回してみても、緑緑の景観でもうつまらないよ」

「サンファイアってほんと、直視してる世界しか信じないのね」

「どゆこと?」

「もっと先を見ようよ。さ、き、ヲ!」

「先は見えてるよ」

「能力なんかに頼らないで!想像するの。想像。感じてみてよ…この晴天の下で、緑を越えた先に広がる世界を」

「緑だけど」

アスタリスは真っ直ぐな視線を向けて言い放つ。その視線にジト目で「こいつ…」と言わんばかりの蔑視を露わにするヘリオローザ。

「緑だけど!でも想像してよ!……想像ってさ、自分の中で編集出来るじゃない?良い方向に。この世界を自分色に染めてみてごらんよ。緑が自分にとっての理想郷では無いでしょ?!」

「まぁそうだな…、、、俺は…大都市の中にポツンと産まれて、そんで何不自由無い生活を送りたかったな」

「僕は…、、、自然に囲まれた所を望んだな…落ち着いた住宅街でも全然いいし、なんなら田舎?地方の山奥の小さい集落村でも良かったよ」

「じゃあお前は、ヘリオローザの言う緑緑をイメージしやすいな」

「お前タチって…ほんとうに…つくづくウルトラバカね…、、でも、私の願いに近いのはアスタリスよ」

「俺?」

「そ、オレ。やっぱり理想は大きく持たなきゃ!」

「…」

ヘリオローザを睨む、サンファイア。

「……?」

何故、サンファイアがこちらを睨んでいるのか…一瞬考えた末に一つの回答がくしゃみのように高速で飛び出し、訂正が始まる。

「ち!違うのよ!別に!サンファイアの理想郷が小さいとかじゃ無いのよ!凄いじゃなーい!いいね!うん!凄いいいよ!とても良いと思う!田舎ね!地方ね!村!集落!いいと思う!」

完全に作られた笑顔で、サンファイアの機嫌を取り戻そうと巻き返しを図るヘリオローザ。

「ヘリオローザ、、、へたくそ」

「………ごめんさい」



ヘリオローザの案内は続く。2人がどう抵抗の意思を向けても、結局このチームの主導権はヘリオローザにある。フラウドレスが恋しい…。フラウドレスは今、何を思っているんだろう…サンファイアとアスタリスはそう思う。

「ヘリオローザ、姉さんに会わせて」

「いい〜だ」

「なんだよそれ、おい!フラウドレス!ヘリオローザと変わってくれ!ちょっとコイツキツイわ。ガチで」

「出しませーん。彼女は今、おねんねしてますから」

「してねぇだろ絶対」

「してますぅ。ほら、今私が母体を制御しているのが何よりの証拠でしょ?」

「姉さん!」

「…無駄無駄〜」

「ん?何?今の…」

「…は? 、はぁ?…、、ちょ、ちょと…アンタ…や、めな、、っめ、てって、、ってやめなって…!!あんたは、!まだ、出てこなくて……!!イイのよ!」

「姉さん!頑張れ!姉さん!頑張れ!姉さん!頑張れ!姉さん!頑張れ!」

「なんだこれ…」

規則正しいリズミカルな応援をするサンファイア。今、目の前で行われている光景を要約すると、フラウドレスがヘリオローザから身体の制御を奪い返そうとしている…だ。

「………ンぷはぁ!!ハァハァハァハァハァハァ…久しぶり!サンファイア、アスタリス」

頬を赤くし、捉えようによっては色気のある表情と吐息を混じらせ、フラウドレスの人格が“フラウドレス”から現れた。時間的には1時間強はヘリオローザと対峙していた。流れる数気的なもので言うと、そこまで久々の感覚…とは言えないが、フラウドレスからフラウドレスの声色が聞けた瞬間、凄く変な気持ちになった。

別に声色は変わった訳じゃない。確かに、ヘリオローザの人格が乗り移っている時は、口調が荒くなりとてもフラウドレスの身体から発されてる音とは思えない男勝りな性格に変貌していた。だけど、結局はフラウドレスの身体から発されている声。大枠の声色はほぼ一緒。

なのに、フラウドレスからの『久しぶり!』『サンファイア!』『アスタリス!』だと直ぐに判った。2人は嬉しくなり、ルケニアとしてフラウドレスの黒薔薇に飛びかかった。

「2人とも、聞いてたよ。さっきから。本当に…ごめんね…私の力じゃ…ヘリオローザから制御を奪い返すのこんなに時間かかっちゃうみたいなの…」

「いいや、姉さんが無事だったことで十分だよ」

「ああ、そうだな。とりあえず、良かった。なんだかもう二度と会えないんじゃないか…とか思っちまったよ」

「アスタリス?私は2人にサヨナラせずに、いっちまったりなんてしないよ?」

「そうだな、フラウドレス、お前は強いからな」

「うん!うひひひ」

「今は…フラウドレスの中、どういう状況なんだ?」

「あー、あのね…ヘリオローザは…眠ってるみたい…」

「え…」「は?」

「うん…なんかね…眠ってるみたい…疲れたのかな…」

「おい…お前がここまでナビゲートしたんだろうが!せめてフラウドレスの視点映像からだけでいいから見届けろよ!!おい!」

アスタリスは、フラウドレスの身体に鞭を打つように、怒号を飛ばす。私に掛けている言葉では無い…と勿論、フラウドレスも承知しているが、こんなにも近くで、ルケニアがルケニアに言い放っているとしても…なんだか心が変なんになりそうだった。

「ちょっと!アスタリス!姉さんに言ってるみたいになってるよ…」

「ンなわけねえだろうが」

「…んぐ…ング…んんんん」

「嘘だろ…」

「ほらー…」

姉さんから涙が零れていた。今までそんな姉さんの姿が見たことが無かったから、不思議な感情に包まれたが、そんな姉さんの心情を逆撫でするような気持ちはドブに捨てて、今は姉さんへの介抱とアスタリスへの説教に努める事としよう。

「アスタリス、姉さんに謝って」

「嘘だろ…おい…フラウドレス…お前こんなんで涙流れるなんて、、そんな弱々しい女だったか?」

「…ング…んんんん」

強く鼻水を啜る。眼球は地面を向き、アスタリスを真正面から捉えない姿勢を貫いている。

「アスタリスぅぅーーー?」

サンファイアは怒る。先ずは無駄な言葉を述べず、ほぼ顔のみで、アスタリスへの裁判を開廷する。

「あーーー…ごめんって…」

「姉さん…?アスタリスは謝罪してるよ?許してあげよ?ね?」

光線を出しそうな視線をニーズヘッグに向けたラタトクス。あ、一応このタイミングでもう一度、伝えておくが、サンファイアとアスタリスは人間年齢では0歳。フラウドレスは3歳だ。彼等はルケニアを顕現させ、コミュニケーションを可能にさせている。一応、説明しておいた。また説明する機会が来るかもしれない。このようなカオスな空間が作られた場合、0歳と0歳と3歳が議論していると思われたく無いからだ。


「こいつ…」

アスタリスはサンファイアの視線の内訳を『泣かすなや…』と認識。「お前だって本当は俺よりだろうが…」と言いたかった。フラウドレスはこんなに弱くない。こんな直ぐに泣くような人間じゃない。サンファイア…お前…そっち寄りに付きやがって…。

「大丈夫だよ…アスタリスは謝ってくれてるんだよね…だったら…大丈夫…、、、」

絶対に大丈夫では無いような、元気の少ないフラウドレス。なんだか、ヘリオローザ以外にも人格がいるんじゃないか…と思ってもおかしくない程。

「フラウドレス…ごめんな。別にお前に言ってた訳じゃ無いんだよ。ヘリオローザが責任もって最後まで案内しろよ…って言いたかっただけなんだ…。それを…、、」

「…、、、、、」「…、、、、、、」

ジト目。サンファイアまで…ジト目。なんちゅう顔して見てんだコイツら…。

「すまない…まるでフラウドレスに言ってるようになってしまった…」

「……、、、、」

ジト目。感情が判らない。どっちなの?怒って…いるんだよな?呆れてんのか?………眠ぃのか?

「…いいよ!もう、大丈夫!ごめんね、なんか私、急に涙が出てきちゃってさ、そんで気づいたら自分の感情がどっかに行っちゃったの。でも今、取り戻したから、大丈夫!」

「……えっと…今は…」

「今は、私。フラウドレスだよ」

「ヘリオローザは?」

「寝てるー」

ここでアスタリスは一つの推察を提示。

「それさ…さっきの涙の件なんだけど…やっぱりおかしいよな?」

「おかしい?何が??」

「……」

「サンファイア、お前も思ってんだろ?」

「…んふ。アスタリスをいじめるのは面白かったなぁー」

「てんめぇ…やっぱり俺を遊具にしやがってたな」

「姉さん、姉さんの涙なんて初めて見たよ。それに姉さんは強い。とてつもなく強い。涙を流すなんてとても信じられない」

「…え??さすがにそれは無いよ。私だって涙は流すって」

「いいや、フラウドレスは流すタイプじゃない」

「私と会ったのまだ1年も経ってないよね?」

「判ったよ。フラウドレスは…ヘリオローザの人格も備わって初めて“フラウドレス”が完成するんだ」

「うん?どゆこと?」

「フラウドレス・ラキュエイヌという一人の女性が完成していたのはヘリオローザの魂もあったからだ。涙を流した姿は、フラウドレス本来の姿。今まで僕らが相手をしてきたのは、全て“ヘリオローザありき”のフラウドレスなんだよ」

「……ん?え?、、私の事言ってくれてるのに…イマイチぴんと来ないんだけど…」

「その、ピンと来ない感じもフラウドレス本来の思考レベルなんだな」

「…え?ちょっと…ちょ、ちょっと…何言ってんのよ…、、、私、意味がよくわかんない…パニクってるわ…」

「うん、使わないよね。そんな言葉」

「ああ、使わねえな俺らが知ってるフラウドレスなら、そんな言葉」

「あの…私まだ3歳なんですけど…まだ発展途上なだけだって…私がずっと…私じゃなかった…ってこと?私を表現出来て無かったってこと?」

「そういうことになるね。フラウドレスはずっと、ヘリオローザの思考を併せながら、様々な物事に対して回答を提示してきたんだよ。きっとね。全てとは言い切れないけど、今のフラウドレスの“感じ”を見るに…」

「ヘリオローザが眠った…イコール、失ったフラウドレスは、俺たちにとって初見の相手なんだな」

「え、、、そんな…ちょっと…いや、、そんなこと言わないでよ…私!サンファイアとアスタリスのこと、ずっと見てきたんだよ?!」

フラウドレスは2人に強く迫る。

「だが、俺が今まで相手していたフラウドレスでは無い。ヘリオローザを有したフラウドレスが、俺の知ってるフラウドレスだ」

「もう…、、、何よ、それ…フラウドレスフラウドレスって…私…、、フラウドレスよ!フラウドレス・ラキュエイヌ!これが本当の私なのよ!ねえ!」

「勿論、姉さんとして相手はしたい。だけど…ヘリオローザの件もある…。少し警戒しなければいけない案件だとは思う」

「そんな…サンファイア…」

「悪いな…フラウドレス。俺らの知ってるフラウドレスは、絶対にすぐ判る。今は俺らの知ってるフラウドレスじゃない。お前が今まで、俺とフラウドレスの関係にどこまで介入して来たのは知らないが、ヘリオローザを伴うフラウドレスが本来の形なんだ。俺も、サンファイアと同様、普通に相手はする」

「普通って…今まで私は2人と話してきた…会話してきた…、、なのに…急にそんな仕打ちだなんて…」

「行こう、せっかくここまで来たんだから、もうちょっと鶴見線を見て歩いてみよう」

「まぁ、、そうだな。ここまで来たしな」

「……うん…」

サンファイアとアスタリス。2人は少々言い過ぎな気もした。だが先述したように、ヘリオローザの件もある。容易に彼女から露出した人格を許容する事は出来ない。違和感に対しては強く警戒心を持つ。それは、フラウドレスを守るためだ。ここで言う“フラウドレス”というのは、フラウドレスの身体から出てくる全ての人格が対象だ。

2人の友達であるフラウドレス。裏で支えてきたヘリオローザ。涙を流す“本来の形のフラウドレス”。ヘリオローザが眠った…と言及してくれたおかげで、涙への違和感を払拭出来る仮説を立てれた。

2人は思う。なんなんだろうか…俺は…僕は…いつからフラウドレスと会えてないんだろうか…。涙を流したのが、本来のフラウドレスと呼称したものの、これも新たな人格の可能性がある。一つの殺し合いから、ここまでの深層心理にまで迫るものにまで発展するとは…特異点兆候の発生も時間の問題…と、線路上を綱渡りのように身体を揺らしながら言った。


1週間ぶりの更新。ここからはこんな感じが続きます。第1章のリビルドを終え、色情狂の醜美に取り掛かっていますが、なんか自分の中で不思議な執筆欲がめばえてきました。なるべくそれを出さないようにしますが、多分無理ですね。この気持ちが色情狂の醜美には色濃く反映されてると思います。

今までのLil'in of raison d'êtreでは無かった、新たな展開でお届けする色情狂の醜美。まぁ長期展開を予定している作品として新展開を作るのは当たり前です。頑張ります。私生活も大変です。佳境です。本当に大変です。なので……うん。


当てたいです。


1A13Dec7/沙原吏凜



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