[#61-冒涜的な狂愛──、幻夢郷より告ぐ]
次元の空域に棲む、最奥の番人。
[#61-冒涜的な狂愛──、幻夢郷より告ぐ]
「軍港に来るのは初めてですか??」
「あ、ああ、そうです…」
ラズマークはベヘリットを急かしている。決して急いでいる訳でも無いのだが、剣戟軍側の事情なのだろうか。ラズマークの癒着ぶりが妙にキモイ。当然、ベヘリットは男から離れようとしている。だが、その行動をラズマークは許さない。
一進一退の攻防。
男が男にミッチリと密着している。
後ろから見ているとその光景はもはや…同性愛者。最近だとそういうのは珍しい事でもない気がしなくも無いが…流石にこうも間近で捉えてしまうと中々に来るものがある。
『ちょっと…あの人すごくない?』
密着する2人の後方で、トロイズが眉間に皺を寄せながら、ヒソヒソと俺に苦言を呈す。
『ああ…ベヘリットは…あの感じだと、ヤバい感じだな…』
『もしかしたら発情してるかもよ』
『お前、イカレてんのか?そっちの方の男では無いだろ、ベヘリットは』
「フィルムレスストレージから来られたんですよね?」
「あ、ああそこまで知ってるんですか」
「当然ですよ、言ったでしょう?僕はあなた達が何故軍港エリアに来たのか、物資の事を問い質したのはこっちですからね」
「ああ、、、そうでしたね…」
なんかもうさっきまでの事は、あまり覚えてない。ほんの数分前の出来事なのに、この男の感じが嫌すぎて記憶が勝手に編集されていた。あー、やばい。このままだとこの男の応酬に押されてしまう…。平常心だ、平常心…。
「物資リストには、“施設グレードアップ資材”と書かれていただけなんです。フィルムレスストレージからも特に事前報告はありませんでした。リストに詳細な内容が記載されていないなんて、珍しい事なんですが、今回は何を我々は任されたんでしょうか」
食糧の記載が明確だった中で、この資材への説明が無いのはやはり気にはなる。それを聞いてみる。この男なら知っているようだからだ。
「こちらはですね、剣戟軍特殊化学研究所が開発した兵器のマテリアルなんですよ」
「兵器のマテリアル?一体どうしてそんなものを我々が運ぶんですか?」
「あなた達、もしかして…施設の人間でいうところのどういった部署の方々?」
「私達は、児童養護施設フィルムレスストレージの教育者です。主には収容者である子供達の世話と授業を受け持っています。物資調達の仕事はそのついでです」
「なるほど〜、そりゃあ知らないわけですね。いいですか?ニゼロアルカナはご存知ですよね」
「はい、もちろんです。セカンドステージチルドレンを捕縛している隔離施設ですよね」
「そうです。今、そことフィルムレスストレージがパートナーシップを結んでいるんです」
ん?フィルムレスストレージとニゼロアルカナが…?
「どういう事ですか」
「今、人類は赤い鎖プロジェクトの第3段階に突入しています。レッドチェーンの能力は絶大でSSCを圧倒、数々のSSCを捕獲してきました。そんなSSCから遺伝子を採取し、様々な兵器に含有させるプロジェクトが新たに発足したんです。それが《赤い鎖プロジェクト最終段階》です。そのためには数多くのSSC遺伝子が必要。テクフルに存在するSSCを捕まえようとしても時間が掛かる。だから、政府は考えました
───────── ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
こちらが作ってしまえばいいんじゃないかってね」
───────────────◈──────━━━ ━
「そんな…」
「そこでターゲットに指定されたのが、フィルムレスストレージの子供達です。セカンドステージチルドレンは全員が子供、7歳から16歳がよく見られます。フィルムレスストレージには子供達が収容されているでしょう?その子供達を利用して、SSC化させるんです」
「人類を…セカンドに…?そんな事が出来るんですか…?」
「可能です。赤い鎖プロジェクトが始動した際にメインエネルギーとして根幹に宿る、《ゲッセマネプロトン》。このゲッセマネプロトンから抽出された遺伝子細胞粒子を、子供に注射すればそれは可能なんです。人類が、セカンドステージチルドレンになれるんですよ!凄くないですか!?その人工生成セカンドをテクフル政府と剣戟軍は《レスウォレア》と呼称しているよ」
「レスウォレア…レスウォレアになるのが、施設の子供達…なんですか」
「そうですね。そうなります。」
さっきベヘリットに見せていた表情とは何ら変わらない、陽気な表情で語り続けていた。無理矢理…大人のエゴのせいで、身勝手にセカンドステージチルドレンにされる…。そんなこと許される行為なのか…?
「レスウォレアが暴走する可能性は無いんですか?」
「それを阻止するために、今日あなた達はここに来たんですよ!今日の物資調達は、セカンドステージチルドレンの力を抑制する遺伝子無力化物質の運搬です。これがあれば、セカンド…レスウォレアの力を完全に制圧する事が可能なんですよ。後天性セカンドステージチルドレンという事もあり、先天性の者より圧倒的に力が弱い。そういった面もあって、レスウォレアを制御するのは余裕。ありがたい事ですね」
「ああ、、、」
「もしかして、収容されてる子供達に何か感じていますか?」
「ああ…いや、、、」
この時、俺はどうやって答えていいのか戸惑った。複数の感情が脳内を錯綜する。
確かに、俺は担当してきた子供達に好かれた事は無い。というか、教育者が好かれるような事は普通有り得ない。ファーブスとアンリミングの関係性が羨ましく思っていた。
何日も何ヶ月も子供と相対しているのに、全く掴み所が分からない。日に日に嫌になっていた。俺が担当する収容者。ムカついていた。こちらから優しく接近しようとしたら離れられるし、距離を置かれる。
彼女の事を思っての行動だったのに、彼女は答えてくれない。ここは児童養護施設。家庭内で虐待を受けたり、精神的に病んだり、厳しい環境下に置かれた子供が最終的に訪れる場所だ。
こういった子は全然珍しい事じゃない。なんなら、自分みたいなケースばっかりだ。ファーブスの件は本当に珍しい。というか前例が無い。有り得ない。
施設の子供が、大人に心を開く事は無い。
だからといって、収容者にそのストレスを発散していた訳じゃない。
『なんで言うこと聞かねぇんだよ!!!』
『あのクソガキ!!!俺だって大変なのに何も考えねえで、クソみたいな対応しやがって!!!!』
『ふざけんなクソガキが!!!』
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
どうしようも無く、物に当たった。情けない事は分かっている。そして解決法なんてものは無い。こちらが動いても、先ず聞きもしない。授業なんて時間はただの地獄だ。
こちらが一生懸命に教えているのに、ノートを見つめて、ただただ時が流れるのを待つだけ。
俺は、ライセンスを取得している立派な教育者だ。だから、受講者とのレスポンスを大事にしている。自分一人だけで授業ができる事は無い。受講者とのコミュニケーションがあって、初めて“授業”が完成する。
━ ━ ━ ━ ━ ━
ラズマークの言う事を…俺は、、、適切なものと判断してしまった。
━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━
施設の子供。もう未来は無いのかもしれない。人格って直せるものじゃない気がする。
俺は…ラズマークの意見…政府の編み出した結論を尊重した。
「いいと思う。フィルムレスストレージの子供には、大丈夫だと思う」
「少々、残念ではありますが、この先の人類の未来のためです。少年少女には未来の希望になってもらいましょう」
「親には伝えるんですか?」
「伝えますよ。伝える際には、ニゼロアルカナの詳細をしっかりお伝えします。“攻撃性のないSSCが収容された所”と言います。嘘はついていませんからね。その後の処遇は我々に一任されています…と誓約書もね」
「そう…なんで…すね……」
「これを聞いてどうですか?別に隠そうという気は剣戟軍には無いみたいです。これを広めるかどうかはあなた様に任せますよ。初めて軍港に来たお土産話程度だと思ってください」
「さっきも言ったでしょう?私は、賛成ですよ」
「ありがとうございます」
フッと鼻で笑うラズマーク。その後、ベヘリットの顔を見て、感情の本性を確認。
「な、なんだ…?」
「かなり、思い悩んでるみたいですね。収容者と色々ありましたか?」
表情では隠していたものの、隠し切れない感情が漏れ出ていたか…。
「俺も色々思うところはある。子供達には申し訳無いが、セカンドにさせるには相応しい対象だと言える」
「その意見を聞けて良かったですよ。おっと、いつの間に着いてましたね。興味深い話をしていると時間の流れが早くなるのは、世の平等ながらも容赦の無いものですね」
剣戟軍港ミリタリースクエア 資材搬入搬出管理格納庫──。
「なんかさっきは凄い、密接に話してたじゃん」
「何話してたんだよー?」
「うーーーん、なんだろ。食べ物何が好き?とか」
「は」「は」
「いやほんとよ、案外あの人会話のテンポが合ってさ、最初はそんなトークテーマだったんだけどどんどん脱線していって、普通に楽しかったよ」
「あっそ、楽しかったんだー」
「んで?なんか隠してるでしょ?」
ファーブスがベヘリットを問い質す。明らかに怪しい顔を浮かべたいたので、迫られるのも時間の問題だった。
「後で話すわ…今は取り敢えずリストに載ってた物資を牽引する作業に入ろう。パレタイズ展開だ」
物資リストに記載のあった例の“施設グレードアップ資材”がある格納庫に到着。
「さて、ここが今日皆様に運んでもらう軍事物資です」
「軍事物資?中身は?」
トロイズが興味津々な顔を浮かべる。
「特別な兵器ですよ」
ラズマークがそう言う。口角を少し上げ、目線はベヘリットの方を向いていた。
「んんー?やっぱりベヘリット、何か教えてもらったんじゃないの〜?」
「もう帰ろうぜ。んな?ラズマークさん、これもう運ぶ準備していいですよね」
「はい、是非…よろしくお願いします」
気味の悪い2人の空気感。何か浅いような深いような関係値が構築されたのは雰囲気を察すれば判る事。
格納庫にて目標物を確認した。物量的には先程の食糧群には劣る内容。比較的簡単な運搬になりそうだと思った。
食糧と同じようにストランド式の牽引方法で、運搬を試みた。
「あ、いける。それもさっきよりもめっちゃ軽い」
これ、何が入ってるんだ…そんな疑問は言わずもがな…。その中身を知っているかのような口ぶりだったベヘリット。
「ベヘリット、中身何が入ってるんだよー?」
「うん、これ、結構軽いよ。兵器なんだよね??」
「後でって言ったろ?トラックに戻ろう。もう3時だぞ?」
「いや、、、、いつもの時間じゃん…」
基本的にこんな時間帯になるのはいつも通り。というか通常時よりはかなり早く終われた。早上がりが可能な日となった。これは嬉しい誤算だ。それなのにベヘリットは、“もう”という言葉を使って会話に組み込んだ。
何だか、様子がおかしい。
2人はそう思いながら、特に会話を交わすことも無く、キャリーロードを使いトラックまで行き着いた。
「着いたー…」
「今日は早上がりだねー!」
「ンだな。朝飯食わねぇ?」
「この時間にやってるとこなんて…、、、」
「ここにあんだろ??港湾都市!」
「港湾都市の朝飯!?」
「そう!港湾都市の食品市場には超早朝の職員に向けてモーニングコートがあるんだよ。なんと開始時間は3時半から!」
「もうあと、5分後じゃん」
「これは行くっきゃないでしょ!?」
「これは行くっきゃないね」
「ねぇ、ベヘリットも行くでしょ??」
さっきから会話に参加していないベヘリットに、言葉を投げるファーブス。暗い表情を浮かべていたため、その気分を晴らそうと元気に掛けた。
「ああ、、、そうだな…行こうか…」
「んな!よし、行こー」
トロイズの腹は決まったようなもん。これは行く以外に道は無い。兎にも角にも、みんなが腹が減っていた。
その後、食品市場に行き、モーニングコートが開かれた施設に到着。食堂にて食券を発券。3人で朝食を、普通なら目を覚ますための身体起こしの時間ではあるが、今回は仕事終わりのお疲れ様メシという手段に使用した。
トラックに戻ったら話すという話をする事無く、3人は黙々と食べ続ける。
所々でトロイズとファーブスが会話をするが、その輪の中にベヘリットは入って来ない。単純に腹を空かせているから、口に放り込む行為に集中したかっただけかもしれないが、何か顔面は悲しそうな、苦しそうな、思い悩んでいる顔だった。
2人はそんなベヘリットに気分が回復するような話題を振り撒いた。ベヘリットが好きな花の話だ。
トゥーラティ大陸で今話題の花園がある。その花園にはどんな種類の花が植えられているのか。正直な所、気になる訳では無いのだが、ベヘリットの気分が少しでも良い方向に傾けばいいな…と思い、聞いてみる。
「知らないな、俺もまだそこの情報は入手したばっかりだ。行ってみたいとは思うけどな」
「そう、、、なんだ…」
あまりにも暗い感情を乗せながらの辿々しい言葉の使い方。一文字一文字の音が弱いながらも、スローなペースで語っているのが物凄く不気味。ベヘリットの回答以降、空気が明らかに悪くなり、会話が激減。3人はそれぞれが頼んだ朝飯と真っ向から向き合った。もっと和気あいあいと話しながら食べたかったと思った。この時間に軍事物資の事を聞ける状況でも無くなった。
食品市場に出たのは、4時。まだ景色は暗い。
だが、深夜帯シフトの勤務員にそれは関係無い。運搬をしていた時と同様の人の行き交い。通れなくも無ければ、通りやすい訳でも無い。混雑という言葉が適切とは言えない、中途半端な密度。
トラックに戻る。
役目は果たした。ミッション成功。フィルムレスストレージから同時刻に出動したベヘリット班以外の班はもう既に仕事を終え帰路に就いていた。物資調達専用トラックには、我々だけのトラックがポツンと。港湾都市各バース施設の人集りとは大きく異なった、虚無な空間。駐車場に点在してある照明灯が、ライトアップに該当しない場所への暗闇感を演出している。そこに当てはまるのが、我々ベヘリット班のトラック。
もう見えない。照明灯付きの誘導看板のおかげで、何とか登録したカーロック番号まで行き着いた。
「あれ、そういえばさっきトラックに軍事物資のやつ運んだ時はもっと明かりあったよね?」
「もうさすがにこの時間だからな。消したんだろ」
「ケチんぼだな。まだトラックが一台残ってるっていうのに」
「一台に照明代なんて使ってらんねぇだろ。しょうがないよ」
喋らない。ベヘリットはこれでもかってくらい無言を貫いている。そんな男じゃない。決して無言を好む性格では無いはずだ。トロイズは約束を思い出し、軍事物資について問い詰めた。もう何だか様子がおかしい。明らかにラズマークと並列に歩き始めた頃から異変が生じていた。
「何か、ラズマークに吹き込まれた?」
「…、、、、」
「凄い顔してるぞ?どうしたんだよ本当に」
「、、、、、2人さぁ…」
ようやく開口してくれた。時間的には40分程度の沈黙ではあったが、2人からしたら長くキツい時間だった。
「取り敢えず、トラックに乗ろうか」
「うん」
「うん、走りながら話せる系?」
「ごめん、ムリだ…」
「そか…」
ベヘリットがトラックのエンジンをかけ、港湾都市から離れようとした刹那、港湾都市から爆発音が轟いた。その爆撃音が発生したのは軍港が備わるバース施設から。何か問題があったんだ。
するとその時、3人のデバイスへ一つの赤文字警報メッセージが通達された。
┌──────────────◈─────────┐
Sアラートを発動。
正体限定の特別非常事態宣言が発令されました。
テクフル政府より、現在ラティナパルルガ大陸南方地域に所在する方々に一斉メールを送信致します。
現在、ラティナパルルガ大陸の港湾都市・ディーゼリングスカイノットにて、セカンドステージチルドレンの襲撃事案が報告されました。襲撃者はマシンガンのような武器を所持し、発砲を開始。軍港格納庫の弾道ミサイルを集中砲火で破壊しました。
浮遊能力を有し、港湾都市への無差別攻撃を実施中。死傷者を発見される事態にまで発展しています。
襲撃者は、今のところ3名。男2人と女一人で構成されています。
現在、周辺の南方地域への影響はありませんが、万が一に備えて退避命令発信時の可及的速やかな行動にご協力をお願いします。
剣戟軍の攻撃がもう間もなく開始されます。
大陸民の皆様には、ご心配をお掛けする時間が続くかと思われます。早急な対応に努めますので、よろしくお願いします。
└───────────◈────────────┘
「おい…マジかよ…、、」
「さっきいた所じゃん…」
「格納庫って…」
「ああ、さっき俺らが調達しに行ってた場所だ」
ベヘリットが淡々とそんな事を言う。
「軍港で…港湾都市で…戦闘が起きてるって事か…」
「で、でも港湾都市は剣戟軍の兵器でたっぷりだし、SSCを捕獲する道具もあるんだろ?大丈夫だって!」
港湾都市へ向ける心配の視線がトロイズによって遮られる。トロイズの鼓舞で、ファーブスは人類の勝利を信じた。
再び、港湾都市ディーゼリングスカイノット──。
「現在セカンドステージチルドレンの姿確認出来ず、確認次第タレット砲台での連続射撃を開始」
「セカンドステージチルドレンはどこに行った!?」
「不明です。直上からの攻撃以外に目立った行動は確認できません!」
「クソ野郎どもが…攻めに来たのか、イビリにきやがったのか、どっちなんだよ」
「ダメージコントロール各所の対応パーセンテージを最大ゲインに上げろ」
「格納庫爆発に伴い、死傷者数、およそ28名」
「格納庫に保有されてある爆発物の引火を阻止しろ!」
「消火活動は海からの濾過水を使え!港湾都市メインセンターから、濾過フィルターのバルブ弁を解放してもらった」
「セカンドステージチルドレンは!」
「未だに出てきません!」
勤務地が喧騒に包まれる。軍港を中心に巻き起こったセカンドステージチルドレンからの宣戦布告。これは間違いなく、剣戟軍への報復と見ていいだろう。剣戟軍がセカンドに向けて放った赤い鎖プロジェクトのプロトタイプが、次々とセカンドを葬っていった。捕縛に成功し、ニゼロアルカナへ送還された者もいるが、多くはプロトタイプの餌食となり、死亡が確認された。
未だに剣戟軍側もプロトタイプの効能を最大限に理解し切れていない。セカンドを殺しもするし、生かしもする。その時々によって作用する能力は異なる。まるで魂が宿っているかのようだ。とても兵器…物とは思えない。
意思があるような殺戮本能を呼び起こしている。
プロトタイプも殺戮を楽しんでいる。
そんなプロトタイプの存在が許せないんだろう。
「もう間もなく、空軍基地から多角駆動式遊軍航空機アリゾナが到着します」
「もう一機、重爆撃航空船団から、レッドロックブラスト搭載型無人航空攻撃機が離陸しました」
「バッドウロウズが?」
「そこまでする事なのか?」
「いや、これは大陸政府の意地だ。セカンドには実験体…モニターとして扱わせてもらおう」
「頼むぞ…こんな所で戦争なんてごめんだからな」
「海底偵察に向かっていた原子力潜水艦が、ターゲットを捕捉したようです」
「空か?」
「はい、ラティナパルルガ大陸領海内、港湾都市から3km離れた海の直上です」
「随分と離れたもんだな」
「どうしますか?」
「せっかく来るんだ。バッドウロウズに任せてみよう」
◈
3時間前──。
ラティナパルルガ大陸西方 ケラーズヒューメイル。
消える。
また消える。
逃避夢の中で、何かが次々と消えていく。
分からない。
いつこれがハッキリとするか、分からないまま時が過ぎ去っていく。
ただ、これも時間の問題だ。
もう間もなく、他のセカンドと合流する。
逃避夢の中の世界。《幻夢郷“ドリームランド”》にて指し示した方向に従えば誰かに会える。
私はこれを信じて、行動している。ドリームランドからの通達が私の未来を暗示する。
逸脱した行動の全てが、ドリームランドの住人からの命令。私は何故かこれが心地よかった。だから継続する。
他にする事がないから。
数十分、時間の流れが私の交流を拡大させる。
《パルティア》と《セリュール》
この2人の男も、私と同様、ドリームランドからの遺伝子同盟発信信号を受信し、行動に移した。その結果が私達3人を集合させた。
このドリームランドからのシグナル。集団行動を迫ってきたケースは過去に何度かあるが、ここまでの剣幕でシグナルを受信したのは今回が初めて。きっと大きな出来事が起きたんだと私達は悟った。
はじめましての挨拶も程々にし、3人は信号受信のきっかけを探った。
3人それぞれの意見は総意と判断され、直ぐにきっかけの糸口を編み出せた。
この2人も、逃避夢の中で語りかけてきた怪電波を受信。これが私には当たり前だとは思えなかった。
セカンド全員がこれを見ている。
選ばれた英雄の血筋のみの伝達だと思われていたが、そういう事でも無いらしい。セカンドの遺伝子が搭載されていたら、もれなく伝達該当者として認識されているようだ。
私達は赤の他人ではあるが、志は同じ。
人類への反抗を露わにし、祖先の遺志を継ぐ。
それがセカンドステージチルドレンの存在理由。
「逃避夢を2人とも私と同じものを見たのかな」
「俺はそうだと思ってるがな」
少々オラついた感じで、私の問いに答えたセリュール。
「僕も…そうだと思ってた…あれ、、違うのかな…?」
陰気な様相で、思考を巡らせるのがスローリーなパルティア。
現代の人間の模様をこれでもかと再現している。
私としては少し嫌な人脈を作ってしまったな…と思う。
ん…?“じんみゃく”…?私って、セカンドステージチルドレンって…“ヒト”なのかな…?これで合ってるのかな…。
“セカンド脈”?でも、私の見た目って…ヒト…だよ…ね?
「あのさ、2人は…その逃避夢をどこまで信じてるの?」
「はぁ?どこまで??全部だよ。全部とりま信じるようにはしてるぜ。俺らの先祖だろ?仲間なんだから当然さ」
「僕も聞こえる声は全部信じてるよ。そのおかげで僕はこの世界で生きれてるからね」
2人とも、見ず知らずの者からの声を信じている。
遺伝子。これが全てだ。これ以上の理由は無い。
私は少し、この2人を買いかぶり過ぎていたようだ。
明滅を繰り返す逃避夢からの音と声。
私からしてみれば、ここまでの思考と機転にノイズを生み続ける謎の悪性ウイルスをどうも信じる事が出来ない。
これは、私だけなのだろうか…。明滅が何らかのメッセージだとしたら、もっと具体的な文字で伝えるはずだからだ。抽象的な内容を簡単に信じる程、甘い女じゃない。
どうも私には理解が出来ない。
だが、ドリームランドからの集団行動命令には従った。
新たな知識と知恵を持つ他人という存在を、亜空の記憶領域に書き加える事で得られる思想があるかもしれない…と踏んだからだ。結果は、無し。
私の固まった正義が、2人の回答を上回って来なかった。
寂しくもあり、一度でも信用を与えてしまった私の落ち度が情けない。
「おいちょっと待て…」
「聞こえる」
「うん、聞こえる…」
3人の元に、ドリームランドからのシンクロテキストが送信された。視界に電光掲示板のように映し出されるヴァーチャルサイネージだ。
「おい、途切れ途切れだな」
「僕にもよく聞こえない」
その途切れた逃避夢からの声には、決定的な今までとの違いが見受けられた。
警告だ。逃避夢が私達を求めている。
その警告文は、テクフルの座標を示していた。
「“16.04.RP222265”…?」
「ここって…」
私には思い当たる場所があった。
「私、判る。ここ、判るよ」
「なにぃ?なんでおメェは判るんだよ」
「以前、ドリームランドからの集団行動命令を無視した時があって、その時に指定された座標がこれと酷似していたの」
「俺の元にはそんなの来てねぇけどな」
「うん、僕の所にも来てないと思う」
セリュールとパルティアにはこのメッセージが届いていない。これにはきっと何か意味がある。私が必要だったんだ。私のタイプがここを攻撃する際には適切だったんだ。
「指定された場所は、ディーゼリングスカイノット。港湾都市よ」
「港湾都市…っていうことは…」
そう、セカンドステージチルドレンの特性を考慮した上でのシンクロテキストチェーンメール。
「ねえ、2人の《Sアビリティ》を教えて」
「俺はビルディングタイプだ」
「僕はリサーチャー」
やっぱり…。2人のSアビリティには港湾都市を襲撃する際には不適格なんだ。私はライディングタイプ。SSCは浮遊能力を元から有している。でもそれは最低限の航行能力しか持ち合わせていない。ライディングタイプを持つ者は、自由自在に空を飛行する事が可能。海に面した港湾都市だったら、空から攻めた方が良いはず。
確証は持てないが、ドリームランドからのメッセージがそう言ってるならそうなんだろう。
「私は、ライディングタイプなの。恐らくそれが理由ね。港湾都市を襲撃するんだったらこの中のタイプだと私が一番の適格者」
「あぁん?何言ってんだよ。相手は人間だろ?そんなタイプどうとかなんて関係ねぇんだよ」
「うん、僕もそう思うよ」
「あなた達、知ってるよね?人類が今、私達を脅かす兵器を造ったことを」
「ああセカンドステージチルドレンと同じ血を使った兵器だろ?ンなもん過去に受けて死んでいった奴らが弱かったんだよ。しようもねぇよな」
「少し…怖いかも…僕…」
「てめぇ、女かよ。男だったらもっと胸張れよ。おいじゃあ、俺らは港湾都市に行けないっていうことか?」
「そういう事になるはずなのに…今回ばかりは何故か、あなた達2人にも私と同様のテキストが送られている…そうでしょ?」
「ああ、間違いねぇよ」
「うん、僕も」
判らない…どうして…?考えてる暇は無い。ドリームランドからの命令には直ぐに行動に移した方がいい。
「何か深い意味があるとみて、間違いないと思う。行こう」
「ふん、行ってやろうじゃねえか」
「うん、そうだね。でも、僕ら《ダラノヴァ》みたいに、空飛ぶの簡単にできないから…」
「なぁに、しょぼくれた事言ってんだよ!」
「いたい…」
「大丈夫。安心して。何かあったら直ぐに私が向かうから。あなた達を危ない目にはあわせない。これはSSCの血をもって誓う」
「良い女じゃねえか。気に入ったぜ、ダラノヴァ」
「ありがとう」
◈
そして、現在──。
ディーゼリングスカイノットは、セカンドステージチルドレンからの攻撃を受けた。港湾都市に備わる食糧市場、生産工場、化学部門研究施設、機械構造分解、一部分の軍港。港湾都市各バース施設が、これでもかと燃焼を始めている。全てはSSCの意のままに。
人類はSSCの襲撃目標を赤い鎖プロジェクトの模造品群だと推測。セカンドステージチルドレンはプロトタイプらを探しているのか、所構わず破壊活動を決行している。いや、そんな思考は放棄しているように思えた。
人類の領域を侵せるならそれでいい。
そんな悪魔的な考えを具現化している。
彼等に対抗するにはやはり、プロトタイプしかない。
我々、人類はプロトタイプを使用。
更にたった今、現着したバッドウロウズが攻撃を開始。航空攻撃機としては初となる赤い鎖プロジェクトの新造兵器。将来、赤い鎖プロジェクトから巣立ってゆき、SSC遺伝子を細胞粒子型にさせた《アンチSゲノムブッシュ》を含有させる軽量航空攻撃機に進化予定の機体だ。
今でも、SSCには十分な火力が搭載されている。
レッドロックブラスト。
これが赤い鎖プロジェクトの航空攻撃機部門に使用された特集兵器ユニットだ。航空攻撃機砲門にSSC遺伝子攻撃を搭載し、規則性のある弾道弾を発射し続ける恐怖の遺伝子攻撃だ。バッドウロウズには過去の実戦経験が豊富なため、その能力も折り紙付き。確実性の高い勝利数を誇っており、テクフルで暗躍するセカンドステージチルドレンを裁き続けている殺戮マシーン。
現段階での人類の切り札とも呼べる代物だ。
そんなバッドウロウズを呼ぶ必要性のある襲撃事案であると政府が認定した本襲撃。それもそうだろう。ここにはゲッセマネプロトンがあるのだから。
破壊なんてされたら、人類の希望が潰える。
セカンドステージチルドレンが港湾都市…ラティナパルルガ大陸の港湾都市を襲った目的。意図的なのか、偶然なのか、ゲッセマネプロトンが保管されているエリアを攻撃対象に選定した。面倒な事になったもんだ…。
平和というものを知りたいよ。
「管制員いますか?管制員」
「はい、こちらスカイノット緊急オペレーションルームです」
「バッドウロウズの攻撃を開始する。港湾都市勤務職員への屋内待機の要請は済んでいますね?」
「全職員の屋内待機を確認しております。攻撃の実行をお願いします」
「了解」
「大陸民の安全を確保した。攻撃を許可する。攻撃開始」
「目標、セカンドステージチルドレン。ホーミング機能オン」
「側撃連射パターンへ移行」
「レッドロックブラスト、射程距離内」
「目標へのロックオン、命中確率210%」
「エネルギー補填分を全て、このバーストに込めろ!」
「爆散円付随直撃コース、索敵パワーフル稼働」
「ボルテックスパウダー、パージ」
「多弾頭式超越兵器最終調整完了」
「発射開始」
「了解、発射」
バッドウロウズの攻撃が始まった。
港湾都市上空を旋回しながら、航行を続ける3名の超越者。バッドウロウズは港湾都市上空へ現着と共に、SSC殲滅作戦を展開。
対する超越者は、バッドウロウズからの攻撃を回避する事が出来ず、直撃した様子が地上の軍港…緊急オペレーションルームから確認出来た。
◈
「そうか…ここにあるんだ…」
「ああそうみてぇだな。セカンドを殺しまくってる兵器がここのどこかにある。人間も殺しまくって、建物も壊しまくってるのに、まだテキストは送られるままだ。」
現在、私達はドリームランドからの命令通りに行動している。だが、一向にメッセージが途絶する事が無い。同じ内容の文章が延々と受信されている。直視している方に集中したいのに、視界に埋め尽くされていくドリームランドからの命令。という事は、まだターゲットを破壊できていない。
セカンドステージチルドレンが脅威だと認識している、この世界に不必要な物。最も要らない最悪の道具。
それを消して欲しいんでしょ?
してあげるよ。
だからさ、そっちももっと協力してよ。
なんで、「壊して」紛いのテキストだけを送る事に拘っているの?
なぜ、判らない。
この時間が凄く無駄。
「はぁはぁはぁ…」
「やっべぇ…ちょっと流石にずっと飛んでるのはキツイな…」
まずい…2人共、飛行に適した特性じゃないから、疲弊が始まっている。そして戦闘行動も同時並行に果たしている。
陸からの即席白兵部隊による銃撃。
海からの対空垂直式魚雷。
空からの攻撃ヘリによるアパッチ榴弾砲。
どれもこれも、SSCにとっては回避が容易な人間による攻撃方法。負け犬の遠吠えとしか思えないようなものだ。
でもそれはこちらが万全な状態、ある程度の環境下に置かれた場合に限る事。
現状、3人中2人が不利な環境下に置かれながらの戦闘を強いられている。地上へ降着して、そこで無差別に人を殺しながら突き進めばいい。
セカンドが一回でも思考する安易な行動。それを簡単に実行へ移せないのが、現状のセカンドステージチルドレン。
力が制限されている。
どういう訳か、SSC遺伝子は有限だ。SSC遺伝子を消費する行動を起こすとゲージが加算され、消費が長く経過してしまうとオーバーヒート。そのまま生き死にとなる。
SSC遺伝子を消費する行動…というのは、人の器であるセカンドが、“通常の人類では到底成し得る事の出来ない”行動に相当するモーション。簡単に言うと、浮いたり、高速移動したり、光線を放ったり、爆発物を間近に受けても傷一つなかったり、常人離れした行動が該当する。
だから、セカンドステージチルドレンはなるべく、戦闘を最小限に抑えながら作戦を展開しなくてはならない。
「ない。ない。無い。無い。ない。無い。ない。無い。無い…」
「何処にも無い…」
「おい!もうお前のリサーチスキル駆使しろよ!」
「ダメよ!パルティアの能力を使うのは容易いかもしれないけど、あなたはその力を一回も使った事無いんでしょ!」
「うん…まぁそうだけど…僕使えるって…うん使えるよ」
「じゃあもう早く使え!!」
「だめ!!急に浮遊能力が失ったらどうするの!ここで墜落なんてしたら、人間からの集中攻撃を食らう」
「ンなことを判断してる場合か!急を要する事態だ」
激しい剣幕でセリュールはダラノヴァへ迫る。
今にもお互いのSSC遺伝子が炸裂しそうな危険な香りを漂わせながら。
「だめって言ったらダメなの!」
「いい加減にしやがれ!」
「…僕……、、、どうしたら…」
「やれ!」「やらないで!」
錯綜する言い合いの中で、困惑の感情が臨界点へと到達。
どうにも出来ない…。一人じゃ解決出来ない。基礎的な教育を通って来なかった者の末路だ。
いつも独りだった。
協調性を欠いている。
急に集団行動なんて無謀なんだ。
求めている者がいるならそれでいい。
その者達が集って、それぞれの思うがままに行動すればいい。
だが、そうもいかない。
一人が欠けると、集団行動の中では大きな軋轢を生むきっかけとなる。
不要物は削除しなければならない。
それが自らの起こすモーションからだったら、事は丸く収まる。
不要物がしゃしゃり出ないまま、自己意識の片鱗…置かれた状況を自認する作業すら怠る。
人の器を借りている存在に過ぎない、セカンドステージチルドレン。いつか、器ごと魂を再創造してほしいもの。
パルティアには2人の意見どちらもが、現状正解だと思っている。自分が選択できないのが悪い。どちらかにさえ、舵を切れば次の戦闘シークエンスへ移行出来る。
僕が悪いんだ。僕が悪い。
自分の中で、自問自答。
2人が僕からの回答を待っているのに、自問自答。
欠如している。
いつ学べるんだろう。いつ…学べたんだろう。
自分という存在が嫌になる。
「なに…?」
「クソっ!まずい…!」
「…!」
中空で爆発が発生。ただのミサイルじゃない…。遺伝子攻撃だ…。痛い…。痛いよ…。何これ…どうしたらいいの…?動かせない…動いて…動いてよ…だめ、、、このままだと海に落ちる…。
アレは…セリュールだ。セリュールの顔…まだ意識がある…。パルティアは…、、、パルティア…!!
そんな…ミサイル直撃に一番近かったのか…モロに食らってる…。
身体が焼けただれ、裂傷が激しい。出血が多量…。
このまま海に落ちることを考えれば、ここから数日間は港湾都市の領海が血の海で染まる。
セカンドステージチルドレンの血は特別だ。
トマトジュースみたいに濃厚だ。
そう簡単に劣化しない。
赤い液体を長期的に維持し、サラサラ具合も落ちない…。寧ろ、
ドロドロになって、粘り強く落ちた場所へ根付く。
パルティア…死んじゃう…。
セリュール…まだ息してる。出血が安定している。
大量出血を余儀なくしている者よりも、出血頻度が安定している者を救済するのが今はベストな選択。
このまま3人で大空から大海に、真っ逆さまに落ちるか。
残された僅かなSSC遺伝子を行使して、仲間を一人救うか。
そんなの迷う訳ない。
選択している自分がバカに思える。
セリュールを、救う。
絶対に救う。
意識が無いままだけど、絶対に生きてる。
大丈夫だ。
遺伝子攻撃をまともに食らったのは、パルティアだ。
よし、何とか手と足が動いた。
このまま急落下しながら、四肢の麻痺が解かれるのを待つのは嫌だ。
早く…早くしてくれ…。
動いた……!よし…!!行くぞ…。
◈
「レッドロックブラスト、セカンドステージチルドレン3名に爆撃範囲内への命中を確認。左端に中空していた者へは直撃を確認。大量の出血で落下するも、2名のセカンドは退避行動。現在、行方不明」
「シグナルは探知出来んのか?」
「残念ながら、赤い鎖プロジェクトの最終段階に紐づくレーダーサイトは未だ開発中です。完成に至っておりません」
「まぁいい。海に落下したセカンドを回収。一人でも十分な収穫だ。根掘り葉掘り、情報を提供してもらおうか…」
「了解、軍港から音響測定艦インペッカブルを向かわせる。回収作業に速やかに実行せよ」
「ディーゼリングスカイノットは現在、応急処置作業を決行中。バース施設運営時間までは後、2時間強。食品市場の復旧を最優先に。他のバースは後に回しても構わん」
港湾都市ディーゼリングスカイノットは、セカンドステージチルドレンによる襲撃で甚大なる経済への被害が齎された。被害総額の担保によって、ラティナパルルガ大陸政府は首を大きく傾げる事だろう。最悪の事態が発生した。SSCがゲッセマネプロトンを狙いに来た。今までの攻撃とは異なる“明確な目的”が彼等からは確認出来た。いや、今までも目的があったのかもしれない。
ただただ人間を攻撃する…。
抽象的な目的だが、SSCを説明するにはこれ以上無い大雑把な文章だ。
バッドウロウズの攻撃は目標の戦闘行動を停止させる以上の、素晴らしい結果を生んだ。3名のうち一人が、海に落下。インペッカブルが回収。後にこれはニゼロアルカナで捕縛し、有益な情報を入手したと判断されプロトタイプによって殺処分が決定。命を助けてやったと言っても過言では無いのに、捕縛したSSCは興奮状態となり動きを停止させない。だから殺すしかない。こういうのはよくある事だ。さほど気に病むことじゃない。
プロトタイプの経験値も獲得し、赤い鎖プロジェクトは予定より大幅な加速度で最終段階へと進行。
人類は偉大な一歩を進んだ。SSCを撃滅するチャンスが、また近くなる。その日が訪れる事を祈って、人類は、セカンドステージチルドレンへの抵抗を示す。
人類は、絶対に負けない。
ユレイノルド大陸西部バーバートボードワーズ カートブロ──。
砂浜海岸。私達は何とか生き延びた…。瀕死寸前だった彼は、ギリギリの所で絶命免れた。あと少しでも出血があったら、救えていても生命反応は極限状態だったと思われる。
2人で…私が、彼を助けてユレイノルド大陸、ラティナの隣まで高速飛行。その途中でも剣戟軍の猛攻があった。だがそれは遺伝子攻撃に付随する攻撃内容では無かったため、攻撃は無に等しく、最小限の遺伝子能力を抑えつつ迎撃に成功。辛くも大破。無駄な動きはなるべくしない。
こっちには男一人を抱えている。それにプラスアルファで追撃の航空機とシーシャークボート。空と海。コイツらに浴びせた遺伝子攻撃が最後のゲージとなった。もう使えない。ここからは飛行に集中しなくては…。
そして、現在…。
海岸に着いてからは小休止を行った。どれほど経過したのかは判らない。だが遺伝子能力が全回復したという事は、少なくとも20分は経っている。彼の状態が20分で回復できる状態なのかは判らない。でも、大丈夫だ。息はしてる。筋肉質なスリム体型を仰向けにしていると、自然と腹式呼吸が行われる。別に筋肉質スリム体型に限らず、“人と同じ器”の者は全員そうだけど。良かった…まだ生きてる…。安心し、私は再び横になった。
そよかぜが気持ちいい。さっきまでの戦闘が嘘のよう。やはりテクフルの気象変動は激しいな。
「はぁはぁはァはァハァハァハァハァ…」
息を吹き返した。飛行中、抱き抱えていても起こしえなかった鼓動の再生だ。私は思わず、その音に即反応。彼の元へ歩み寄る。
「ねぇ…お願い…目を覚まして…!ねぇ…お願い…、、、、大丈夫…?」
「お前が…」
残された力を振り絞り、掠れ声でそう伝えた。この時の私は、彼の蘇生に歓喜するしか無い。心配も備わっていたが、上回る程の感動がそこにはあった。
「お前が…判断を誤ったんだ…」
「違う…」
私の判断は間違ってない。つよく、そう言いたかった。でも今は小言に抑えた方がいい。小言すらも口から出てしまった事に反省をする。何も言い返さない方が絶対良かったのに。これじゃあ怒りの炎に薪をくべてる様なもの。彼の一言目で判った。私を恨んでいる。
「お前…何故あそこでパルティアに能力を、、、使わせなかったんだ…どう考えてもあの時、能力が必要な状態だったじゃねえか…」
「ごめんなさい…確かに私の指示は間違っていたのかもしれない。だけどあの時に、パルティアが使っていても直ぐにミサイルが飛んで来ていた。私達は選択の余地すら無かった…負けたのよ…私達は人間に…正式に負けたの…」
顔を落とし、彼の視線を外した。直視出来る状態では無くなったからだ。
「違ぇよ…負けてない…。俺らは負けてねぇよ…あんな進化の止まった下等生物に…俺らが負けるかよ…」
「でも…負けたんだ…現に今…一人欠けてしまった…」
沈黙が続く。2人が途方の彼方へ視線を送る。誰か、この状況を振り払ってくれ…。願わくば、記憶を摩り替える位の時が刻まれてほしい。新しい記憶で、古い記憶を。
「これからどうすればいいんだよ」
「私には判らない…ドリームランドからの命令が無いと、この先どうしたらいいのか判らない…」
「ドリームランドに頼りっぱなしだな」
「え…?」
「大体、俺はドリームランドからの指図には嫌気が差していたんだよ。まぁ今日はこうして来ちまったけどよ…それがこの有様だ…。今日会ったっていうのに、パルティアの存在が無くなった…と知った瞬間、なんだかおかしな気分になるんだよ…奴の横顔が今にも思い出される」
「それぐらい、セカンドステージチルドレンは全員が繋がっているんだよ。私達は簡単に引き裂けない一定の理の線上で生きている」
「《ビフレストの受肉》」
「知ってるのね」
「当然だろ。俺らは見えない肉の橋梁で繋がっている。そこから逸脱する行為は許されない。仕組まれたシナリオの中を歩んでいるに過ぎないんだよ。今、俺らがここにいることも、俺が怒っているのも、パルティアが死んだのも、人間がセカンドを殺す兵器を作れたのも、ダラノヴァが俺を救えたのも…全てはシナリオの橋梁。誰かの肉で出来た構造体の上で転がされてるだけなんだよ」
「でも、私はそれでいいと思ってるよ」
「…なんでだ?」
「生きてるから。生きていれば、どこだって天国になる」
「俺らはセカンドステージチルドレンだぞ?人間は俺らを悪魔の末裔と呼んでいる。そんなのが天国を味わっていいと本気で思ってるのか?」
「本気だよ。私はいつでも本気。だからパルティアに対しても、本気の意見を述べた。今でも私の意見は覆らないし、否定するつもりは無い。そこ突っかかってくれても全然構わない。ただあの時、あなたにも本気で意見をする権利があった」
「あぁん?」
海岸。綺麗な夕陽をバックに、セリュールが詰め寄る。傍観者はこれを言い合いだとは思いもしないだろう。ドラマチックな演出が、私と彼のディベートを加速させる。
「あなただって、本気で意見しようと思えば出来た。絶対に出来たはず。なのに、私の意見を受け入れる風味を込めた形で否定をし続けていた。これは間違っていないよね?」
詰め寄ってきたセリュールに、答える形で真っ当な言葉で返す。
「…、、、そ、それは…、、」
「あの状況でだったら、あんな憤激じゃ私の意見を貫き通せないよ。あんなのは傍から見たら“剣幕”とでも言うんだろうけど、私には通じない。私は強いから。それもあなた達、2人よりもね」
「お前…、、、一体何者なんだ…?さっきと…」
港湾都市から逃走した時から、セリュールが目覚めるまでそれほどの時間を要してはいない。だが、彼女からの遺伝子波長指数が特異な揺れ幅なのは既に感じ取っていた事だ。
彼女の中で、何かが蠢いて、何かが壊れて、何かが生まれた。
それは紛れも無く、ドリームランドが後援している。
彼女単体でここまでの急激な変革を遂げるのは難しい。
だが、セカンドステージチルドレンにはそれが出来る。
不可能を可能にする。そんな騙しめいたメタ的な言葉が、セリュールの思考回路を巡る。
「私は…ダラノヴァ・アイゲリトス。名前言ってなかった?」
「セカンドステージチルドレン…だよな?」
よく分からない質問をしているね…そういった表情を浮かべ、首を傾げる。
「そう…だよ??セリュールと同じ血を持った選ばれし英雄の血統。次元の空域で発生した特異点兆候で、私達は急に生まれた。生まれるべきでは無い生命体。そう、悪魔の末裔…その末裔元に会いに行かない?」
「お前…何を言ってるんだ?俺には理解が出来ない…何を急に…」
「大丈夫…私を信じて…?」
眼光が鋭い。この女の身に何かが起きている。ドリームランドか?逃避夢を見たのか…?そうとしか思えないのだが、俺の知らない存在がまだこの世に…セカンドを貪る分子が存在するというのか…だとするなら、これは危険因子だ。狂ってる…彼女の目が…口が…会った時の醸し出す雰囲気とは一線を画している。
「セリュール…私を信じて…」
彼女の手が、俺の体に触れる。最初は胸を撫で、次第に手は上昇を果たし、セリュールの首元を掴んだ。力は弱められている。
「私…弱いのかな…、、今あなたを殺すのは造作もないよ?」
言葉の意味を深く考える前に、実行された首締め。力の含みが異常さを増し、やがて息が出来なくなるぐらいにまでの攻撃へと変化。息をするにもどうしようも出来なくなり、セリュールは彼女の手を離そうとする。だが、中々離れない。簡単に込められた力では無い。彼女の顔は狂気を帯びているのに、何故か嬉しそう。それこそが狂気だ。
セリュールの息が荒くなる。手を離そうとする力にも軟弱さが垣間見えてきた。これが後20秒続くと、セリュールは確実に死ぬ。そんな命を絶つレベルにまで到達した絞首。
すると彼女は、突然力を弱めた。
弱めた彼女は、そのまま距離を置くこと無く、接近を始めた。眼前。目の前に広がるのは彼女の香りと美しい瞳。艶やかな唇に、純白な頬。絞首による付加ダメージは、直立を奪い、地に膝が着く状態となっていた。ダラノヴァがセリュールを見下ろす構造が完成していたが、ダラノヴァはセリュールと対等な位置に腰を下ろした。
「ねぇ、私って強いでしょ?あなたが簡単に私に平伏した。男なんてそんなモノ?フッフフ笑っちゃう…。二度と私の事を弱いだなんて言わないで。言ったら次は力を緩めることなく、攻撃を継続させる。それも瞬殺でね。逃げようとする隙なんか与えない。判った?」
美麗には似通わない猟奇的なエッセンスが顔面の部位に施されている。別人のようだ。悪魔が乗り移っているよう。彼女が彼女じゃ無くなったみたい。
セリュールはそんな彼女の魅力に惹き込まれていく…。
「ああ……判ったよ…」
「あなた…全部私のモノにしたい…。もっと近づいて…」
「いや…こんな所では…」
「場所がいけないの??じゃあ…」
「これは……」
「これでいいでしょ?」
海岸が黒い幕で包み込まれた。中からは外を目視可能。
「外からは何も見えない。勿論、この黒幕がある事すらも判らない。見えないだけじゃない。ここに私達は存在しない事になってる。この黒幕に入ってくる人がいても、私達に気づきようがない」
「ダラノヴァ…」
「セリュール…、、、、一緒に行こう」
セリュールは彼女の、絞首と同等に解き放たれた力を受け入れた。その力は男の情欲を解放するに相応しいものだった。彼女に力に身を任せ、セリュールは男の本能を覚醒させる。肌と肌が露出する。溶け合うかのように、脱ぎ散らされた衣服が、男と女の理性を爆発させた模様を十分に伝えている。場所なんかどこまでもいい。今はとにかく、両者を求め合った。どうにもならない。性的対象者として捉えると、周辺状況なんぞお構い無しに性欲を暴発させる。
それが現在を彩るに適した行動だからだ。これが両者に通ずる事にもなると、話は大きくなる。単純に倍のオーガズムへと発展。魂と魂が擦り合わさる瞬間瞬間。その全てが愛おしくなる。
相手を求め、押し倒したダラノヴァ。
それを受け入れ、己の色慾を解放したセリュール。
暖かい彼女の手と唇。腫れの引かない優しい触覚。
今までの性的概念が書き換えられていく。
前戯がこんなに気持ちいいなんて知らなかった。
指先から彼女の想いを身体に刻まれる。
『もう私以外の女だと、飽きちゃうかもしれないね』
『お前程の女はいない』
『それ…いい褒め方だね。もっと頑張りたくなる』
『もう頑張らないでくれよ』
『え?なんでよ』
『カラダが壊れる…』
『うーん、それは残念…まだとっておきを残してるんだけどなぁぁー』
『今度にしてくれ…』
『やだ。続きなんていつあるか、わかんないもん』
『続きは必ずある。だからセカンドの歴史を変えるんだ』
『私達にできると思う?』
『君が先に言ったんじゃないか。ビビってんのか?』
『笑わせないで。私、また怒るよ?』
『それはごめんだ。君に勝てるヤツなんていない。首の締め方で判った。君は殺し屋だな?』
『バウンティハンター。かっこいい?』
『ああ、かっこいいよ。それにエロい』
『エッチさも必要でしょ?』
『女としても、セカンドとしても100点満点だな』
『この時間、ずっと続いて…』
『そうだな。だから、俺達が果たすべき事をしよう』
『パルティアのためにもね』
『ああそうだ。パルティアの他にも…死んだヤツらがいる…殺された仲間が…』
『許さない…絶対に…皆殺しにしてやる』
『君の全てに同意するよ。復讐しよう』
『全てよ、人間全員殺す。いい?』
『…ああ…、でも無理はするな。君を失う事はしたくない』
『私がいなきゃ何も出来ない?』
『君はどこまで俺をいじめるんだ?』
『セリュールが可愛いから。そのイカしてる顔から少しの時間に映し出される綻びが可愛い。ギャップ萌えってね』
『可愛いから、かっこいいに変えてほしいな』
『うーーーーん、考えとく。今はこっちに集中して?』
『そのつもりだよ』
弱体化していたであろう、セリュール。蘇生にはこれ以上の時間は必要無い。なんなら、彼女の力に身を委ねる。
ダラノヴァの全てを受けいれた。
彼女の揺らぎが、セリュールを崩壊させる。
彼女の揺らぎが、セリュールを覚醒させる。
彼女の揺らぎが、セリュールを蹂躙させる。
彼女の揺らぎが、セリュールを同調させる。
彼女の揺らぎが、セリュールを破滅させる。
あなたが欲しい。
彼女が欲しい。
ずっといたい。
ずっといたい…。
いつでもこれができる時間が流れていたい。
私たちを脅かす者は許さない。
一線を越えた2人の契約、漆黒に塗られた深き紅の純血。
セリュールはもう、ダラノヴァに依存した。
2人が戦う敵は、この世界を線上に乗せたドリームランドの住人・ドリームウォーカー。テクフルを創造し、未来を左右するシナリオの聖絶。原罪を背負う《盈虚ユメクイ》。
セカンドステージチルドレンを裏で支える、逃避夢への抵抗に挑む…。
ということで、日が空いてしまいました。その代わり今まで以上のボリュームです。これからもこの感じで執筆していきます。
最近はやる事が多くて…暇がありません。はい、エンタメ過多です。まだまだ見たいもの、読みたいものあります。友人もいないですし、仲間もいないのでずっとインドア生活。でもそれでいい。恋愛も学べます。第61話では新たな物語がスタートしました。ファーブスパートが始まったかと思いきや、また新キャラです。また少し、チャプターを置くストーリーになりますが、まだドリームランドについては語るべきお話では無いので…。
それでは次はファーブスパートです。物資調達から帰還し3人はどうなるんでしょうか。




