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[#59-欺瞞の園]

「せんせ」?

「センセー」?

「先生」は無いな。

[#59-欺瞞の園]



今日の歴史はテクフルの世界歴史を紐解く内容。

年表を手元に構え、祖先達による律歴4000年の苦難の歴史を学んでいく。

「せんせ!この年表使うやつ、楽しみにしてたよ」

どうしようも無いぐらいに可愛らしい笑顔だが、眼球が研ぎ澄まされている。ヤル気に満ち満ちた姿は、俺の教育者としてのプライドを更に滾らせる。

「そうなのか!じゃあ先生も分かりやすいように教えるからな」

「うん」

「じゃあ先ずは、0年。この世界が形成された出来事から話を始めよう」


────────

ここから彼女は一切の言葉を発さずに、己の学習意欲と博識力と発想力に真正面から立ち向かい、新たな物語を知肉へとしていく。よって、この先はファーブス・マッキシュの独白と実際に彼女へ向けた受講内容を混合させた内容で、文筆を構成していくとしよう。

────────


この世界は平行線の一部に過ぎない。

テクフルと総称されるこの世は《戮世界》という名で知られている。テクフルは我々人類が名付けた国際統括名。“戮世界”に関しては、神話として語り継がれている伝承。

律歴4000年。

この世界は突然生まれた。多元世界にて発生した謎の特異点兆候から強力な磁場物質量マグネットパルヴァータが展開。

引き合いに出された原世界からのメッセージが、新たな理を創造。

これは神か、天使か、悪魔か。

原世界にて伝承される聖書の存在。

戮世界の限られた住人しか、この内容は開示されていない。

俺が開示されている訳に関しては単純明快、教育者ライセンスを取得する際の必須科目に指定されているからだ。

取得前に必須科目として指定されている訳だが、誰でもこの情報を入手出来るということでは無い。

教育者ライセンスにも取得出来るランクが制度されている。その中でも最高ランクのテストに合格すると原世界の聖書について、学習する権利が付与される。

俺はそうした経緯もあって特別な知識を持っているのだ。原世界で引き起こされた特異点兆候が一体何なのか…。マルチバースを発生させた起点となる出来事は、戮世界を脅威に貶めた。

それが、セカンドステージチルドレンの誕生だ。

セカンドステージチルドレンが誕生する前、何故このテクフルの律歴年数が“4000年”から数えられているのか…という疑問。この点は彼女も大いに頭を悩ませているポイントだ。

これに関しては推測の域を出ない…のが今の俺の知識によって絞り出される回答の予防線となってしまう事を謝罪したい。

原世界では暦を“西暦”と名付けられている。名前と共に西暦年数も戮世界の暦である“律歴”とは異なる数字だ。

セカンドステージチルドレンが発生した特異点兆候及び、マグネットパルヴァータの起点時間は…


┠─────┨

西暦2100年

律歴4000年


どちらの年数も日付は同じ、8月20日。

┠─────┨


日付は同日にも関わらず、西暦と律歴には1900年の大差が生じている。

では、この差は何なのか…。

もう一度言うが、これはファーブス・マッキシュの回答に過ぎない。

これには何か別の特異点兆候が発生したと考えられるのが有力だと俺は提唱している。

回答としては不十分なものかもしれないが、正直言ってしまうと、これ以外に考えられる事象がこの世には存在しない。マルチバース…多次元世界という世界の不思議が存在している時点で、事象というのは幅広く思考を効かせる事が可能だ。

こんな現実離れした内容を信じられる者は少ない。彼女もこれには大きく頷きながらも、非常に頭を悩ませる展開に突入。無理もない事だ。特異点兆候という言葉は優秀だ。何でもかんでも、この言葉で片付けさえすれば大体の予想には当てる事が可能だ。


律歴3999年より前──。


この年数以前の出来事を知るのは不可能に近い。

何故か?それは正史上、抹消された歴史だから。テクフルの歴史は4000年からの出来事しか誰にも判らない。

我々人類は普通の暮らしをしてきたはずだ。

少なくともSSCが発生する4000年8月20日までは。

しかもその空白の歴史まで現在から177年。

たったの177年しか経っていない。

それなのに、誰も4000年より前の歴史を知らない。テクフルには数々の歴史本がある。そこには177年間の歴史が記載されているだけ。まるで3999年間卵状態で一年後、羽化を始め、飛び立った蝶のように。

我々は成虫進化となったテクフルしか知らない。

だからといって、蛹状態であった歴史を知る者がいない。

ここで判るのは確実的に記憶の編集・改竄が人類に対して行われていると解釈して間違いない。

そんな事が可能なのは紛れも無い、“セカンドステージチルドレン”のみ。非現実的、超次元的、人智を超えた生命種の存在を指摘するならばSSCしかいないのが現状。

だが、ここで面倒な設定が思考回路に訪れる。

【多次元世界“デスターズセイン”の発生】。

多次元世界に所在する広大な虚数空間。ディラックの海とも呼称される混沌とした禍々しい世界。

デスターズセインの役割は、“セカンドステージチルドレン現象”が原世界に起き、その影響を100%の形で与えた戮世界の架け橋を担っている。

原世界と戮世界。どちらの世界も繋がっているようで繋がっていない。しかし、原世界から戮世界に対しては強い影響を与えるシステムを誇る。

原世界にて発生した出来事は、デスターズセインがブリッジとしての役割を果たし、歴史の出来事を同期させている。

デスターズセインが存在し得る理由は、多次元世界の均衡を守るためだ。多次元世界の全ての生命体が生み出し、紡いできた創造物と平等な時の歯車。

デスターズセインは、2つの世界を結ぶ大事な場所なのだ。


話を戻そう。

ここでデスターズセインが歴史改竄の原因だと予測される訳は、原世界での怪現象だと思われる。

律歴3999年。

原世界で言うと、西暦2099年。

この原世界西暦2099年、或いはそれより以前に原世界にて正史上最悪の事件か災害が発生したとみて間違いない。

事件なのか、災害なのか…。

2つの予想を建設的なものにしなければならないのも、厄介。戮世界への影響は律歴3999年迄に誘発されたと認識され、そこからの一年後、セカンドステージチルドレン現象が発生。戮世界へ同期された。同期元である原世界にも、戮世界と同等の生命種が発生したと確定される。

┠──────────┨

律歴3999年と西暦2099年

┠──────────┨

デスターズセインが原世界から戮世界へ…一体何を同期させたのか。

戮世界の歴史を改変する事態に発展した、正史に抹消された記録。

それは…俺にも判らない…


──

「ふぅーん」

──


アンリミングの学習意識が落ちること無く、定刻通りに授業が終了した。

「アンリミングちゃん、歴史はやっぱり好きなんだね」

「うん、好きなんだけど…今回のはなんかやっつけだなって感じに思っちゃった…」

「ごめんね…結局判らない事だらけっていう」

「そういうオチはなんかなぁ…うん…折角黙り切って授業受けてたんだから、もっと固まった情報が欲しいなぁってちょと思っちゃった」

少女に説教されてしまった。アンリミングが言う事は完璧に理解出来る。こう言われてしまっても仕方の無い事だ。こんな子供に…とはアンリミングには思わない。

彼女の才能は特別だ。彼女の才能を最大限に引き出すのが俺の使命だ。

今回は俺の力不足が招いた結果。

仕方無い…。

「せんせ」

陽気ないつもの彼女の声が、今の俺には天使のように木霊する。

「なんだ?」

「おはなし、しぃーよお?」

「いや、今日はもう時間だよ。ほら、フルに使ったから」

いつもなら彼女のハイスピードな学習展開で時間が大幅に余り、彼女との何物にも代えがたい摩訶不思議なトークが開始される。

だが今回は彼女が最も落とし込みたい知識である歴史。90分間最大に時間を使用され、もう後数十秒後にチャイムが鳴る頃だ。

そんな中で「おはなし、しぃーよお?」と言うアンリミング。ノールール。これが本当の授業。いつもの展開がおかしなだけ。だが彼女には気に食わないようだ。

「やだ!ヤダヤダヤダヤダ!せんせとお話したい!したいしたい!!」

「いやいや…アンリミングちゃん…もう授業時間終わっちゃうんだよ…」

「いやだイヤだ嫌だイヤだいやだ嫌だ!!」

「でも…時間は時間なんだよ。もう鳴っちゃうし」

「やだー!せんせと話してないよ!今日!」

「アンリミング、元々授業はそんな時間に回すものじゃないんだよ」

「ええ!!やだやだやだやだやだやだやだやだやだ!!!」

──

「やだーーーーーーーーーーーーー!!!」

──

鼓膜がぶち破けそうになる程の想像を絶する音曲。こんなものが施設内に響き渡っている現状。俺はどうしようも無く、彼女の言う事を聞くしか無かった。こんな騒音、施設の人間が…執行者が見回りに来るレベルだ。これで、執行者が『収容者の満足のいく授業を果たせていない』とか言って、俺が介錯されたら…おい…勘弁してくれよ…。

だけど、もう響き渡ってしまったのは事実。多分、施設関係者がアンリミングの部屋に訪れる。

『先程の大声はなんだ?収容者に何をした?』

と迫られたら、俺はどんな言葉を掛ければいい。

終わったな…俺の仕事…終わったのかもしれないな。

いや、確定で終わったな、、、、

「せんせ、トークしよ!」

「と、トーク?」

「ん?違う?じゃあ…お話しよ!」

「はぁ…だからもう時間なんだって…」

「うん、わかった。じゃあ止めればいいんだね?」

「…、、、、何を言ってるんだ?」

「ええっとね…、、、やるよ、、わたし…」

彼女のその声が消える。消失した声が俺の耳を掠める。耳に何か、物質的なものが直撃したかに思えた。だがそんなものは無い。アンリミングは顔をうつ伏せにし、何かを詠唱している。その姿は子供という概念が重なり異様な光景。子供が訳の分からない意味不明な言葉を放ち続けている。数秒後、彼女は何事も無かったかのように顔のうつ伏せを解除。前方にいる俺へと視線を戻した。


「せんせ、これでもう大丈夫」

「は、、、、?」

「は、、じゃなくて…せんせ、お話しよー?」

「だから…」

部屋の時計を見る。針が止まっていた。壊れたかのように思えた。だがそんな推測は直ぐに拭われる。先程、ほんのついさっき、俺は再三のお話誘いの時に何度も何度も時計をチェックしていた。時計をチェックしても何も意味は無いのに、アンリミングが“お話”という度に確認していたから、針の動きには最新の記憶がある。

壊れてなんていなかった。

こんな数分…いや、数十秒で時計が壊れるものなのか…。

俺はあからさまな動揺を見せる。

時計に向けていた視線は、動揺を露呈させた途端に部屋へと移される。俺の記憶の間違いか…?そんなはずは無い…。考えすぎか…?俺は見てなかった。まだ、時間じゃなかった。見た時はまだ、授業終了の定刻直前では無かった。そう言い聞かせる。

そんな俺の自問自答をしている最中、アンリミングが寄り添う。

「せんせ、大丈夫??凄い汗、かいてるよ?」

「ああ、大丈夫大丈夫…」

「私がやったのよ」

「、、、え?」

「せんせがいま不思議と思っている事、私がやったの」

「、、、どういうことだ?」

「時間凍結。今、ここの空間だけフリーズ状態にしたの!だからもうここに、時間の概念は存在しない。私とせんせーが何をやっても、何をしても、時間が流れない。悠久の時を続けられる私たちだけの世界」

子供が使うような言葉では無いものを、平然と発しこの怪現象を自分がやった…と言った。通常だとこんな事を信じるのは出来ない。子供が脳内に思い描くファンタジー、幻想を列挙したに過ぎない。

だが、事が違う。

彼女…アンリミング・マギールは…。俺はあの会話が頭から離れない。彼女の出自には何か特別なものがある。そう解釈せずにいられないんだ。通常の子供が『やった』と言ったら、俺は直ぐに疑うし、くだらない…と言ってその幻想を踏み潰すように無視をする。

──────────

“通常の子供”にアンリミング・マギールは該当しない。

──────────

卓越された勉学の才能、転生したとしか思えない知識量の深さ。トークのネタに隙がない。明らかに現在の年齢だと経験する事が出来ないような体験を平気で喋り続ける。後にアンリミングが喋っていた出来事は全てが的を射ている。

様々な職業のキャリアを平気で言ってのけ、あたかも自分が就職していたかのように臨場感のあるトークを繰り広げる。

これを間近で受け続けている身だからこそ、彼女の異常過ぎる才能を認めざるを得ない。

彼女は特別な子だ。彼女が言う事が正解になる。彼女が主軸として回る世の中が必ずや来る。彼女に、疑いの目を向ける事は俺には出来ない。

よって、彼女の“時間凍結”とかいう魔法じみた言葉を俺は信用する事にした。

「へぇー、すごいな…これ、アンリミングちゃんがやったのか?」

「そだよ、わたしがやったの!凄いでしょ?」

「スゴすぎるよ…うん…本当に、、、チャイムが鳴らない」

「うん、もうね定刻から5分以上は経過してるのかな」

「アンリミングちゃんは…、、、」

「何者なのかって聞きたそうな顔してるね」

「うん、、、アンリミングちゃんの才能は凄まじいよ。この年齢でここまでの知識量を貯蓄できる学習容量があるなら、大人になったら、とんでもない事になるよ…楽しみだよ、先生は」

「楽しみ?」

「うん、先生は、アンリミングちゃんが大人になるのが、ものすごく楽しみだよ」

「私…、、、、、たぶん、大人になれない」

「、、、、、」

耳を疑うとはまさにこの事。彼女からこんなにも、か細い声を聞くのは久々だった。トーンダウンが激しすぎる。ジェットコースターのように上がり、急な落下を開始。しかし、この急落下はただ下への落下を果たしているだけでは無い。彼女の中に眠る心の闇へと接触するきっかけを与える事となった。俺は彼女の全てを知る。

「私、セカンドステージチルドレンなんだ」

「、、、そうなのか…」

「たぶんね、、、たぶん、、、親は言って無かったけど、私はそう思ってる…他と明らかに違うから…。私は理解出来る内容が他の子には分からない。その判らない事が当たり前だっていうことを知った時…私はこの存在を疑ったの…」

アンリミングの…こんな覇気のない声色。久々だ。初めて会った時を思い出す。いや、初見は目もくれなかったな。喋ってもくれない。現在のアンリミングを比較すると、遜色変わりない姿として、俺には映った。

「私は他の子と違う。子って言ったけど、たぶんそれも変なんだよね。私は子供じゃないんだと思う。こんな小さい普通の子供のように見えて、実際は他の子よりも圧倒的に成長が進んでいる。世間的には私は今、高校生ぐらいだと思う」

信じられない言葉が紡がれる。どうにも理解するのには時間がいる内容。天才だとは認識可能だが成長速度に関しては、非現実的で思考が停止する。

「アンリミングちゃんは…、、、どうしてこの施設に来たの?」

「うん……私、先生には話していい気がしてきた」

「思い出したくない記憶なのか?無理しなくていいんだよ?」

「ううん、先生だったら大丈夫。私、頑張る」

今までのアンリミングとは違う。一気に大人びた喋り方。先程言っていた成長速度の速さを今、感じている。

「私、一人っ子だった。一人っ子っていう事もあって、お父さんとお母さんは、すっごく私の事を愛してくれた。優しかったんだ。私は2人の愛に溺れた。2人の愛が無ければ今の私ないないと思う。別に生命存続の危機!って事じゃ無かったよ?でもね、2人の異常な愛があったおかげで、私は他の家庭の子と全く違う生活を送れてた。嬉しかった。いつしか私の人生が2人によって決まってしまう時期もあった。これやってほしい…アレやってほしい…これはダメだ…過保護が激しい。だけどそんな2人が愛おしい。好き。これが一生続いて欲しい…そう思ってた。うん…そう、思ってたね…」

アンリミングに瞳が潤う。艶のある眼球からはもう少しの追憶で更なる潤いで満たされるだろう。俺はこの状態をあえて、そのままにしておく。

「この施設ってさ、、、家庭に問題のある子供が集うんだよね?」

「そうだ…アンリミングの家庭は、聞いてるだけだと問題のある家庭にはとても思えない…」

「うん…不思議だよね…ここの子供、少し見回ったけど明らかに根暗な人間が多い。それに生い立ちだってかなりの問題を抱えている。虐待を受けたり、執拗な虐めを受けてるのに親が一切介入しないで放置し自らが施設に向かったり…」

なんで、アンリミングがこんな事を知っているんだ…見回った…と言っていたが、そんな事通常は有り得ない。収容者が見回ったりなんて不可能だ。何故彼女が他の子供に興味を示しているのかも謎だ。この施設にはそういう人間関係しかやって来ない。

アンリミングの他人を思いやる心は素晴らしい。だがこんな善良な人間はここに来るべきでは無い。益々、彼女の出自が気になってくる。

「私、愛されてたのに…突如ここに送ってこられた。あの日の事はよく覚えている。忘れられないなぁ…。2人が私の事を連れて行ったの。『どこに行くの?』って聞くと、『あなたの力を必要としてる場所よ』って言ったの。その時は、私の事をセカンドステージチルドレンだって知らなかった。この施設に送られて来る子供は皆が揃いも揃って“捨てられた”と思っている。その中で、私は“捨てられてない…”と言い聞かせた。絶対に違う。絶対に違う。絶対に違う。何度も何度も自分の中で。内面的なサウンドなのに反響するかのように神経へと自身の言葉が伝わる。不思議な気分だったな…」

──────

何を言ったのか分からない。どこまで話したのか分からない。先生に私の全てを話したのか…。過去を思い返しながら、先生という対処に向けて、私の少し歪な過去を語ろう。

──────


施設に送られた日の事はよく覚えている。あ、これは先生に話してたね。再度通告って感じで受け止めてね。

律歴4077年12月12日──。

施設に送還された。そこは家族から見放された子供達が集う監獄。何故私がこんな所に連れてこられたのか、全くもって理解に苦しんだ。だって…この子供達とは絶対に大きく異なった部分が一つある。

◇──────────

『ちょっと待っててね。後で迎えに来るからね』

──────────◇

施設に送られた際、多くの子供は誰かに連れてこられて来るといった、見るからに家族とは関係を絶たれた裏側を感じ取れた。そこには親では無い関係値の浅い大人が失意のどん底にいる子供を支えている。

関係値が浅いと断定出来るのは、2人の遺伝子細胞を査定した結果だ。外見からも血筋の後継性が無いのは、誰もが理解可能だとは思うのだが…。

これは私が特異なポジションに存在する可能性があるから濁しておくね。

上記の内容は外部から判断出来る事。私の能力として携えているのは遺伝子螺旋の整合性。

遺伝子の螺旋が噛み合った時、子供と傍にいる大人は親子だと認識。螺旋の“しぼり”に不具合が生じていると、赤の他人。私の特殊能力。

これに加え、査定対象者がセカンドステージチルドレンだと、自身の遺伝子螺旋監査がレーダーサイトのような範囲拡大型へと変貌。

SSCへの発信信号を送信する事が出来る。まぁこんな能力使う時なんて来ないけどね。

私は失意に至る事はなかった。お父さんとお母さんが言い放った言葉を信じ続けた。それがいつも祝福だった。

「私はこの子とは違う」

そう思い続けてた中で、両親からのこの言葉は救済。他の子供とは一線を画す魔法。改竄を許さない忘却確率0%ワード。その言葉を信じていたから、施設の人間とは誰とも口を利かずにいた。必要が無いから。こんな所で人脈を広げても後々の自分になんの意味も無いから。

私はあなた達とは違う。

その精神でずっと待っていた。

ずっと、ずっと、ずっと、ずっと…。

2人の迎えを待っていた。なのに一向に迎えはやって来ない。だけど、違うんだ。そう、まだ迎えに来るタイミングでは無いんだ…私はそう思った。自問自答する毎日。だって仲間が居ないから。私がここではそうやって過ごそうって決めたから。

あまりにも来ない。

それに、この施設は異様だとも感じてきた。それはこっちから“誰にも会わない…”、そう決めていたのに、回避する行動すら行う事が無かったから。自分が望んでいた事とはいえ、人の行き交いも少ない。私は見えていた。ここには何十人もの子供がいる。施設の広さもそこまで広大なものでは無い。

階層は低いし、だからといって横に長い訳でも無い。

小規模な児童養護施設。これが普通のサイズなんだろうか。そんな事も思考も一部に加えたくない。

染まるから。

施設の子供としての経歴が書き加えられるから。親から養育される存在になりたい。赤の他人から指図されたくない。私の事なんて何も知らない、見ず知らずの子供を扱う大人ってさぁ、ただの変態なんじゃないの?

施設にいる人に向けて、こうも最悪の言葉が浮かんだ瞬間は何度もあった。今ではとても反省している。

情けないし、くだらない。

まぁでもそれはあながち間違いじゃなかった。施設の人間は若い人がいないし、ほとんどがおじちゃんとかおばちゃんばっかり。こんな前時代的な人間を相手にしてたら、自分の性格捻じ曲がっちゃって変な性格が形成されるよ。

そんな時に、私の前に現れたのがファーブス先生。

律歴4077年1月4日──。

最初は警戒していた。急にこんな若いのが私の担当になったから。施設側が何かを試してるんじゃないだろうか…。選択肢としては考えられる。私を施設に送還した時に、両親が施設の人間“執行者”に、ファイルを渡していた。

あの中身。確認するのは不可能だった。今でもタイミングが合えば、拝見したいとは思っている。あの中身を私は勝手に、“収容者ステータス情報事項ファイル”だと睨んでいる。

ファーブス先生は私の寄り添う形で授業を進行してくれた。私の度を超えた勉学の才を模倣せず、『凄いね』『え、凄いね…』『凄いすごい!』『じゃあ、これはどう?できるんだァ…凄いね…』

褒め続けてくれた。今までの教育者とは訳が違う。私が嫌な顔たっぷりてお送りする地獄の独房。凍えた冷気漂う一コマを受け持ってきた教育者は、一日一日と変更されてきた。こんなの他にいないと思う。普通、担当の教育者は変わらないらしい。これは3人目か4人目5人目とかに投げられた言葉。

「アンリミングちゃん、聞いて。君の担当の先生が何人も変わってるの。分かってるよね?僕達の教育の仕方に問題があるんだとは思う。

思うんだけど、君も態度を変えてみたらどうかな…。今の君の態度だと大人ですら離れてしまう…という事は、同年代。友達なんて出来なくなるよ?担当の人が固定になれば、きっとその先生とも仲良くなれて楽しい施設の生活を送る事ができる。ちょっと、協力してくれないかな…?」

私はこの時、無視を貫いた。胡散臭い。私は今から宗教にでも入んのかと…宗教勧誘されてんのかと思った。

そんなほぼ毎日担当教員が変わる日々。私はうんざりな気持ち。毎回毎回関係をリセットしなければならない面倒な時間。今考えてみれば、毎日担当が変わるという事は、自分の性格をリセットさせるチャンスが同等の数、あったという事。何故それに気づけていなかったのか。本当に情けない。俯瞰で見れば直ぐに気づくことなのに、その時の自分はただただ親を待ち続けていた。授業を受けた。

『これでいいんでしょ?』的な感覚で余裕に成果物を残す。課せられた事はやって来た。なのに、なんで人との関係値を構築しなければいけない。私には当時、無理なお願いだったんだ。

こういう日がいつまで続くんだろう。そう思っていた矢先、私の前に現れたのがせんせ。せんせに対してもこの態度は変わらなかったよね。本当にごめんなさい。あの時は狂ってた。自分の世界しか無くて、自分以外の他人の存在を全く見れてなかった。

せんせが私の世界を変えた。せんせが私の世界に彩りを与えた。

簡単な女だよね。私でもそう思う。せんせ…先生の私に優しく寄り添う形。他の大人とは大きく違う形で私への接触を果たした。一見すると同等のものかとおもわれるけど、ファーブス先生の寄り添い方は違う。私の自我境界を壊すことなく、そのままの形を受け入れつつ尊重の気持ちを含んだまま介在を実行。

言葉ではどうにもならない、現実と虚構の狭間を行き交った結果が、心界の門を開けた。

どうにも出来ないと思っていた。私ですら諦めてた。

自分で始めた他人との関わり方。自分ですら、どう終わりをつけていいか分からなかった。

ただ一つ、答えを提示するとしたら、“辞退”。

自分という存在から辞退していた。

両親はもう来ない。信頼という言葉以上に、人を信じ切る言葉があるなら、迷わずその言葉を選択するだろう。

両親が来ない事は、何かのタイミングで自己処理された。愛されていたら、普通はもっと言葉を掛けていいものだ…と思ったから。蓋を開けてみたら、ここにいる子供と同じ。

── ━ ━──

私は愛されていなかった。

━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━───

何がちがうだ…、同じだった。みんなと同じだ。ここはそういう施設。親から見放された子供が集い、魂を搾取する監獄。愛を知らない子供。私も該当する人物であった事を知り、深く傷ついた。ナイフを腹部に刺し込まれ、第一段階、第二段階と身体を沈んでいく。柄が見えなくなるまで刺し込まれたナイフは、無邪気なまでに身体を抉り続ける。外部へと流出する赤い体液が、血である事を認めたくない。やがて、その正体が血である事を認識すると、今までの苦労が無駄になる。待機命令。

親からの『まっててね』。が堅苦しい言葉へと変換された。いや違う。元々、2人はそう言ってたんだ。私が勝手にそう解釈しただけで、2人は元から私を突き放す気満々だった。抉り続けるナイフは自分の認識が正体へと結実すると、更なる追い打ちをかける。

壊れていく。自分が自分を壊しにいく。

かけがえのない時間が、高速でフラッシュバックした後、真実という最後の攻撃で終幕。抗い術も無い。

これを受け入れるのが私の宿命。

ねぇ、先生。

私はこれで合ってるんだよね?

私の人生ってキャンパス一面、色彩が豊かで貸出も出来るぐらいに様々な出来事に対応可能な色を持っていた。

私の色は感情。

でもその中で唯一欠陥部分があった。

黒。

私はその色に勝てなかった。どんなに沢山の色を背負っても、この黒に歯向かうことが出来なかった。

蝕んでゆく。抗いようの無い絶対強者の攻撃。

先生は優しいよ。こんな人生が変わった事を自己解決したかに思えば、結局は引き摺り続けている女を介抱してくれたんだから。


アンリミングの慟哭とも言える語りは、安らぎの中で狂気を秘めていた。彼女の心に眠る闇を少しでも慰めたい。少しでも力になりたい。俺は、彼女を相手にする時、そこまでの気概を持って望んでいなかった。だが、俺の対人方法は間違っていなかったようだ。知らない内に、俺は彼女を助けていたんだ。彼女に寄り添えていたんだ。彼女との時間に頭を悩ませる時期があった。

そんな心配は無用だったようだ。

彼女にほんの少しでも、力になれていた。

後から追いかけてくる嬉しさ。

悔いが報われた。


「わかったよ、アンリミングの想いは全て受け止めた。一人じゃないよ。もう、これからもずっと。絶対に誰かが傍にいる」

「せんせーは?」

「勿論、アンリミングが死ぬまでずっと傍にいる。約束する」

「約束してくれるの?」

「ああ、約束を裏切るような真似はしない」

「うん、わかった…せんせを信じる」

その後、アンリミングは自らが展開した時間凍結を解除。通常通りの時間の流れへと戻した。時間凍結が解除された瞬間に、定刻のチャイムが鳴った事で、ファーブスは改めて彼女の能力を認識。

信じなければならない材料が集まった。

この日から、俺は彼女への視点が大きく変わる事となった。


そして、3月31日──。

フィルムレスストレージに大人がファーブス・マッキシュしか居ない日がやって来た。

とてもじゃないが、貰える金のために引き受けたといっても過言では無い。子供達には申し訳無いと思っているが、大前提、これは仕事。子供達を他の人間は“収容者”と呼称している。まるで囚人のような扱いだ。俺は子供と言いたいが、収容者と呼んでしまう日が来るのでは無いか…と思っている。それは俺がこの子達と向き合う理由が、生活する上での生命線だからだ。子供達と対等に向き合うだけで、金が貰える。俺には特段苦手な仕事では無い。この求人を見つけた時、すぐさまここに連絡した。

先方からも日をおかずに返答が送られてきたのも、個人的には好感触。そんな縁もあって、俺はフィルムレスストレージの教育者としてワークスタート。

フィルムレスストレージには複数の役職が存在する。

◇──────────────◇

俺が今、受け持っているのは《教育者》。

その名の通り、フィルムレスストレージに“収容”されている子供達への養育を担当する。主には学習面での対応が多い。一人一人に用意された部屋に、担当の教育者が入り、マンツーマンの90分授業が始まる。

教育者の他に、これにほぼ該当する上の役職が存在する。

《指導者》。これは教育者を束ねる監督の役割を課せられた役職。リーダーシップ、統率力が指導者には求められる。俺には指導者は向かない。教育者と指導者。

初っ端から指導者に選抜される可能性もある。面接時の人柄やコミュニケーション能力が面接官に高く評価されると、教育者としての基準点をクリアしたと見なし、指導者ライセンスの権利を獲得する事ができる。しかし、これは辞退が可能。その者も、教育者として活動する事も出来る。俺は指導者の権利を付与されなかった。指導者の権利を獲得した者はかなり少ない。自分がいるシフトの周辺スタッフは、大体が指導者ライセンスを付与されていない。他の曜日にいるのか、または施設に来る必要が無い役職なのか。だとすると、“指導者”というは言葉の意味を疑いたくなるな…。偶然会ってないだけか…。

その他には《執行者》《管理者》《裁定者》。

見るからに俺より上の立場っぽい役職だが、どんな仕事をしているのかは不明。分かろうと思っても分からない。だって俺はただのアルバイト。3つは求人応募に無かった事から、正社員のような立ち位置なんだろうな。地に足つけて仕事している人達が、この3つの役職に就いている。

どういう仕事内容なんだろうな。執行者、管理者、裁定者。簡易的な思考回路で済みそうなのは、管理者。

フィルムレスストレージを管理、統括しているのだろうか。いくら、ペーペーの施設素人野郎といっても、もうちょっと知っていてもいい事だってあるだろう。

何も教えてくれないな…。別に秘密がある訳じゃないだろ。児童養護施設。経済面での金に困ってはいる。そして、子供との関係値を構築するのも全く苦手じゃない。こ

こは自分にとって天職だ。お金の面で、仕事の成果を提出しているが、さすがに親元を離れた子供が集う場所だ。言葉を選ばずに言うと…見捨てられた、難アリの人間が送られてくる場所だ。決して楽園とは言えない。人生は何事にも経験が大事だ。人の現在は、過去の経験で決定される。

第一歩だけでも、踏み込む事が重要なのだ。そこから第二歩目を歩くならすればいい。この道は向いていない…と思えば、その足は引けばいい。そして、もう二度と歩まなければいい。

だが、第一歩は本当に重要なんだ。第一歩に時間を要する事は無い。決断なんて簡単でいいんだ。取り敢えずやればいいんだから。やった事ないものをやらないままで、物事の終着地点を断ずるのは乳幼児の脳しか認められない。


5倍以上さて、こんな事を整理していてもしょうがない。

今日という日を乗り越えなければ…。今日に限ってはお金が、俺を狂わせた。いつもより5倍のギャランティーを約束された9時間拘束の仕事。この業務内容だと5倍以上貰ってもいい気がするけど…。そんな我儘はもう遅いな。だって、今日は俺一人しかこの施設には居ない。

だからといって、自由に動けるのは休憩時間のみ。施設内には大量の監視カメラが至る所に設置されており、無駄な行動したら…どんな罰が待っているのか…、、、考えただけでもゾワゾワっとする。多分、クビだよな。

よし、やるか…。


律歴4078年3月31日──。

夜6時、全てのカリキュラムが終了。


「せんせ、大丈夫…?」

最後のカリキュラムを運動テストに回していた。

カリキュラムの組み換えは自由…という記載はどこにも無かったが、無いということはこちらの自由にしてもOKだと判断した。あんなにもの事細かな注意事項なんだ。これぐらいの自由行動を取っても問題は無いはず。施設が求めているのは結果のみ。道程など、気にしない。

「疲れた…正直疲れてしまったよ…」

「せんせなんかおじさんみたいだね。年齢まだまだでしょ?しっかりしてよ」

「ははは、いやぁそうだね。ごめんごめん。どうだった?今日は?」

「うん、楽しかったよ。でもなんか不思議な日だった。私以外にも多くの子供がいることを知ったから」

「76人だよ。その世話だけでも十分なのに、全ての業務をやらされるんだから、困ったもんだよ」

“全ての業務”に加えて、雑業務も兼任だ。

中々にハードな一日を過ごしたと言える。そしてこれをやり切った俺も凄いぞ。うん、凄いぞ…本当に…。

しかしな、分かっている。

俺の超多忙スケジュールを知り、協力を要請していないにも関わらず、隙を見て力になってくれる人がいたことを。

雑業務が簡単だった。

日々、施設内は清掃業務を担当した者によって清潔な空間を保持されている。だが、今日に限っては話が違う。

76人もの子供を一人で世話し、更には団体行動が余儀なくされる運動能力適性診断も存在する。更には個人個人への応対業務もあり、他の業務へ手をつけるのにはとんでもない時間を要する。

しかし、そんな雑業務をほぼ行動に移すこと無く、一人っきりの施設生活は幕を閉じた。

この施設に、大人は一人しか居ない。

だからといって子供が俺の業務に手を加えた…とは考えにくい。思考を回す中で、一人の容疑者に疑問を感じた。

「アンリミング、今日はお疲れ様」

「え?あ、う、うん。お疲れ様せんせ。疲れたよね?本当にお疲れ様」

「ううん、アンリミングの方が疲れたんじゃないか?」

「うん?せんせ、私はせんせーの授業を受けていただけですよ?いつも通りの生活でした。確かに中々会わない人と巡り合ったのは精神的には少し疲れたけど、センセのおかげで、立ち直れたから大丈夫。疲れてません」

「アンリミングは、なんで強がってるんだ?」

「うん??センセ、クスリやってんの??」

アンリミングの顔色は何一つ変わらない。どうして隠そうとしているのか、理由は定かでは無い。だが、アンリミングとの距離感を縮めるいい口実だと思い、俺は更に攻め込んだ言葉で問い詰める。

「アンリミングしかいないぞ。こんなにもの雑務をやってのけるような能力を持っている子供は」

「ざつむ??センセーが任されていたやつ?お疲れ様!」

何故ここまで笑顔を炸裂させながら言うんだ。

「アンリミングが、協力してくれたから今日一日、上手く回ったんだ」

「はぁ、、、私だと思っているの?センセーの業務に加担したのは」

「ああ、アンリミングしかいないだろ?」

心が折れたのか、深い溜息をつく。

「はぁ、、、、センセーさぁ、言ってくんない??」

「??」

────────

「こんなの!センセー1人で出来るワケ無いじゃん!!!」

────────

そうして、一枚の紙を振り絞り、見せてきた。

その紙は俺が施設員に任された業務内容の全てだった。記載事項、一言一句全てが俺のデバイスに送信されたまんまの内容。

「アンリミング…どうしてこれを…」

「舐めないでよね…私を…、、もう!センセーのバカ!なんでこんなの一人でやろうとするの!?私に言ってくれればこんなの余裕でやるよ!」

「そんな訳にはいかないだろう…」

「そんな訳にはいくの!私はこんな余裕だから。私の力さえあれば、こんな汚ったないことだってなんて事ないの!透明の防護服を着装する能力があってね、それさえあれば、こんな…ウォエ…吐きそになる…、、、とにかく、大丈夫だから!センセーはセンセーの力でしかやれない事を果たせばよかったの。なのに、何の心配も私に見せずに、やってのけようとしちゃってさ。私を頼ってよ!言ったじゃん!私はセカンドステージチルドレン。この世にいちゃいけない存在なんだから、頼ってほしいの…」

俺の身体に近づく、頭を俺の胸へと当てた。服を力強く握り締め、彼女の逞しさを思い知る。涙を流す彼女の姿を見て、俺は彼女との距離感を今一度再確認した。

彼女は俺を求めている。それも、これまで以上にだ。

「ありがとう…そうだったんだな…。でもまさかだよ。子供が教育者へ一任された仕事をやっていたなんて」

「センセーが他の子の対応をしている時に、全部やったの。監視カメラにも映らない爆速の速さでね。ただ、さすがにこんな事できるのは私しかいないからバレるよね」

「そうだな、、ある意味バレバレでよかったよ。怪奇現象かとも予想してしまうぐらいの驚きだからな」

「えへへ、凄いでしょ!私の力って!案外、セカンドも悪くないかなとは思ってきてるんだー」

「そうやって誰かの役に立つ能力だったら、みんな大歓迎だな」

「そうだね、ねえセンセー?よしよしして?」

「よしよし?」

「よしよしだよー、よしよしして」

「これでいいのか?」

「うん、良い。センセーともっと近くになれた感じがして、凄くいい」

「あんまりこんな事してると、贔屓してると思われてしまうんだが…」

「良いでしょ?どうせ他の子なんて、失望してる子ばっかりなんだから。今日合同科目があった時に見て思ったよ。少し前の私の見てるみたいだった。でももう私は違う。センセーと一緒にいれるだけで、私はそれでいい」

「ありがとう、教育者としてアンリミングの現状はとても嬉しいよ」

「センセーのおかげ。ありがと。、、、…ねぇ、よしよしなんで止めんのー?」

「お前は犬か…」

「あ、今センセー、“お前”って言ったー」

「あ、、あすまない…さすがに距離は保っておかないとな…。申し訳ない」

「いいよいいよ、“お前”ってなんか距離感ググッと近くなった感じがいいんだよ。私は全然ノープロブレム。前よりこっちの方が好きかな」

「“前”ってどんなだ?」

「“アンリミングちゃん”。あれ、割と嫌だったかも…」

「え、そうなのか…」

「うん、、、上手く言葉に言い表せないんだけど、ちゃん呼びは、、キツいかも、、、」

「あー、、わかった…そうか、ちゃん呼びは危ないのか…」

「そう呼ばれて嬉しい女の子もいるけどね。でも私は、呼び捨てか、お前とかの方が“好きな人”からは嬉しい」

「そうか、うん、わかったよ。アンリミングのおかげで女性の内面的な部分を知る事が出来た。ありがとう」

「うん!これで貸し借りチャラかな?」

「いやいや、アンリミングから貰ったものの方が大きすぎるよ」

「もーお、、、、まぁいいや。そう受け取っておくね」

「なにか不満か?」

「ううん、別に」

そっぽを向くアンリミング。女の子を深く知るには、まだまだ多くのカリキュラムがある事を彼女の不機嫌な姿を見て思い知った。


一人で回す、超多忙と思われていた施設業務はアンリミングという特異な性質を持った女の子に救われた。アンリミングが助けてくれたのは、本当に嬉しかった。

正直改めて考えてみても7歳の女の子が施設中を走り回って雑業務を、俺の見えない所でやっていた…そんな事が信じられない。何度もそう思える不可思議現象だ。

こうやって彼女とのコミュニケーションを取っていると、本当に俺の事を労ってくれての行動なんだと伺える。嬉しいという感情と共に、何故ここまでの事をしてくれるんだ…と彼女の心情を不安に思う。

ただただ、いつも通りに子供達は生活していればいいだけ。知らなくてもいい事実を自ら知ろうとして、一日の行動を何倍にも増やす。

こんな子供…収容者は異常としか思えない。

でも、今は彼女の言葉を真摯に受け止めよう。彼女の本当の情景は完璧に把握出来る訳では無い。感情が逸脱した雰囲気も無ければ、特段変わった様子も無い。

今日判ったのは、彼女が隠したがっているセカンドステージチルドレンとしての能力を駆使してまで、俺に協力的だったという事。この揺るがない事実がある限り、今日の就寝がより良い体調の回復に繋がるだろう。


◈────────────

律歴4078年3月31日以降──。

俺とアンリミングは、友人のような関係値を築き少し踏み込んだ会話内容へと変化する事が多くなった。

勿論、これは毎日90分間授業内での出来事。

◈────────────

彼女の完全無敵の学習力は錆びること無く、時短を極める。

「思ったんだけど、センセーはいつも私達の…まぁ最近は私の担当だろうけど…授業とか施設でのお仕事を終えたら何してんの?」

「そうだな…基本的には帰ってるな。うん、特にここに残ってもやる事は無いからな」

先程から俺への愛称が変わっているような気がするが、そこまで気にしない許容範囲のものだし、自分としても気に入っているから触れないでおこう。彼女から距離を縮めてくれるのは、教育者としては有難い事だからな。

「へぇー、、、ねぇセンセー?じゃあ誰か付き合っている人いるの?」

7歳の子供がする質問なのか?

「付き合ってる??!いやぁ、いないなぁ…」

「ええいないの?センセーかっこいいのに」

「そうか?ありがとね」

「自分に非がある思う?相手が単に見つからないだけ?」

「きゅ、急に攻め込んだ内容になったな…そうだね、でも俺かな…俺だと思う。少しハードルが高いとも言われるんだよね。友達からさ」

「恋人条件?」

「そう、申し訳無いんだけどね、でも俺的にはハードル低いと思ってるんだけどな」

「そうなの?ねぇ!教えてよ!センセーの恋のハードル」

机を挟んで、トークを繰り広げていた最中、彼女が思い立って椅子を直立した足で押し飛ばし、俺に急接近するシーンは何度もある。今はそれのトップクラスにテンションの上がりようだ。

「判った判ったから、そこまで近づくなくていいから。うん、いいよ。先ずは…顔かな」

「かお?」

クリア。

「それと、面白い所かな。ツッコミどころがある女の子ってやっぱり面白いよね」

クリア。

「あと、人生色々経験してるんだろうなっていう、豊富な心の拠り所。」

多分、クリア。

「それと、運動神経。ダラダラとしている女の子よりは機敏に動ける方が好きかな。適度でいいけどね、適度の運動神経で」

はい、クリア。

「そんでね、性格。終わってる女の子とは付き合えないな。社会生活に於いて当たり前のルールとか、秩序は持っていてほしい」

クリアっしょ。

「そして、俺を好きでいてくれる人かな。浮気なんて有り得ない。ずっと横にいてくれる人。甘えてくれたりも全然問題ない。可愛く甘えてくれればくれるだけ、高得点。俺への愛を伝える方法が多種多様ならもう、是非!っていう感じだな」

はい、ぜったいクリア。

「こんな感じかな…」

「センセー、それは…“ハードル高すぎ!”。こんなのただの完璧な女だよ」

私しかそんなハードル越えられる女、存在しないね。こりゃあセンセー、私の事気にしてるに決まってるじゃん…。

「だから先生には、恋人も出来ないんだよな…少しは下げてるつもりなんだよ」

「これでも下げてるの??どこを下げたつもり?教えて教えて」

「料理だな。料理が俺は出来ないから、料理作れる人っていうのはやっぱり頼もしいなぁって思うよ。俺が仕事から帰ってきて、『ご飯出来てるよー』なんて言われたらもう堪んないよ。それが好きな人なら尚更ね。ただまぁ、好きな人と一緒に居れればそれで十分だな…と思ってこの条件は無くしたんだ」

俺はアンリミングに対して、何を言ってるんだ…?気持ち悪すぎやしないか?10歳以上もの年上の男から、“恋人の条件”なんて提示してなんて事になるんだよ…。ただまあな、アンリミングのなんとも形容し難い口角を上げた、妖気的な表情が継続されていることから、特に気持ち悪がってはいないようだ。だから俺はこの話を続けられた。

彼女には人の話を“嫌だとしても”聞く力がある。引き出す力がある。俺はそんな彼女の聞き手としての能力に惹かれたんだな。やられた…やられた。やはり凄いな、この女の子は。


違う日──。


「せんせ」

「今日は何から話すんだ?」

もはや俺は授業よりも、彼女との会話する時間を求めていた。言うまでもなく、それは彼女もそうだ。

「センセーは、将来の夢とかある?」

「将来の夢かぁ…先生はね、芸能人になりたいんだよ」

「げ、げえのーじん!?」

「そう、芸能人」

「芸能人って、、、」

「あ、アンリミングは知らないか?」

「うん、、なんか脳の片隅にあるような…無いような…凄い遠い記憶になると思う。ママが…」

アンリミングの口が止まる。親との思い出を誘発させてしまったんだろう…。

「アンリミング、すまない。親との関係を思い出すようなテーマなら変えよう」

「ううん!大丈夫大丈夫。うん、大丈夫だよ。あ!思い出した」

闇を振り払ったように、彼女の元気が戻る。

「私の親がね、好きな俳優がいたんだ。その人は元々芸人だったんだけど俳優を主な舞台にして、活躍してた」

「そうなのか、有名なのかな…もしかしたら俺知ってるかもしれないが…名前は思い出せるのか?」

「ごめん…それは思い出せないかも…」

「そうか…でも何か思い出せるピースはあるはずだ。元々芸人だったのが俳優になった。全然有り得るケースだし、もう少し情報があれば特定出来ると思う。他になにか思い出せないか?」

「そうだね、、、私もここまで来たら徹底的に思い出したい!うーん、、、ええええっと、、、…………かっこいいかな…」

「かっこいい?」

「そう、かっこいいと思う。いや、絶対かっこいい!だって俳優になったんだもん。きっとそうに違いない」

「芸人だった人が俳優に…結構絞られてそうだけどなぁ…ごめん俺も分からないな」

テクフルにメディアで活躍する芸能人なんて多種多様。それぞれが個性を魅せ、我々一般人を魅了している。そんな中でも特異なポジションを獲得した者も少なからずはいる。アンリミングが特定したい者は、特異なポジションだとは言えない。よくある光景だと言える。

何事も既定路線とは行かないものだ。芸能界を渡り歩いていると、次第に違う路線に行きたくなる。その路線の分岐を見つけ次第、そういった者は現時点での路線から離れ、今まで経験し得なかった新たな世界を歩む。

案外、一発目の願掛けよりも二発目の願掛けが叶うことの方が多い。芸能界ともなると路線が多すぎる。

芸能界という一つのターミナルに踏み込めば、そこで見るのは未来を変革させる提案の数々。

アンリミングが思い出そうとしているのは、そうしたターミナルの迷い人。自身の所在地に不安を抱きつつも、安定した収入を得ている事が逆に怖くなる。

アンリミングの探す、元迷い人。

いつか完璧に思い出して、アンリミングと応援したいものだ。

「センセー、ちょっとさぁ思い出したら教えてよ!てか、後で調べといて。私もう頭がグチャグチャになっちゃうよ。早く答え知りたい知りたい!」

「ああ、わかったわかった。先生その人の事調べてみるよ」

「お願いだよ?」

「ああ。もちろんだ」

彼女にも判らない事があるんだな。なんて、当たり前の事を夢想してしまう。



8月27日──。


今日も何事も無く、全業務が終了した。アンリミング専任の教育者として働く傍らで、物資配給の輸送支援も兼任されている。これは教育者だけが任されている業務では無く、指導者も一任となる。

物資配給の内容物は、子供達の朝昼晩の食糧、生活必需品、授業で使用する教科書類と筆記用具、特別授業のエクストラアイテム。

その量ときたら異常。それもそうだ。大勢の子供達が使用するという事もあり、消費量が尋常では無い。物資配給の時間は、早朝から深夜方。子供達を相手にしない時間にて物資配給が開始される。

俺は施設内での業務を終えてからの参加となる為、深夜帯の物資配給を任される。物量的には深夜の方が多いらしい。反対して早朝帯は物量的には少ない…となるのだが早朝の方が拘束時間が長いという事もあり、その時間はシフト人気が低い。そして、早朝帯は施設外からの派遣スタッフが主なメンバーを占める。人見知りな俺にとってはあまり望ましい環境とは言えない。

色々な事項を考慮しても、俺は深夜帯で良かったと思える。

施設業務から流れるように、俺は物資配給に向かった。

その時のメンバーは毎度毎度お馴染みの気心知れた仲間達。

今日の深夜帯物資配給は、大型トラック1台と中型トラック4台。かなり多い日だ。それぞれのトラックには3人が乗車。その車内で繰り広げられる会話が、物資調達で唯一の癒しと言える。

俺は中型トラックに乗る。ドライバーは同じ教育者としてフィルムレスストレージに勤務している《ベヘリット》。助手席には俺と《トロイズ》。この2人は特に今日の物資調達参加メンバーの中で、仲の良いメンツ。俺はこの2人とトークをする為に今日も頑張って来たんだ…と思える至福の時。

アンリミングとの会話で決して出来ない、過激な内容も含みながら、男臭い楽しい時間を過ごす。

俺達はラティナパルルガ大陸港湾都市ディーゼリングスカイノットへと向かう。

あとがきらしいものを書きます。

リルイン・オブ・レゾンデートルは第八章まで構想があります。書き続けます。とにかく書き続けます。血眼になりながら、多展開シフトを考えていますのでお楽しみです。

まだまだ先ですが、第五章は遂に…やっと…です。

2万文字という過去に無いボリュームでお送りしたので、これぐらいあとがきでは楽させてください。

よし、次を書きます。

少しでも読んでいただいた方へ、ありがとうございました。


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