[#58-アンリミング・マギールという別離]
第四章 スタート。
ここからエピソード数はグイッと減ります。
コンパクトな話数で仕上げていきます。
今までが、小刻み過ぎました。
すみません。
[#58-アンリミング・マギールという別離]
覚えている。
よく、覚えている。
彼と一緒にいてよく思う事がある。
“私と同じだ”って。
私も昔は、独りだった。
誰からも相手されず一人でずっと生きてきた。なんで私が施設に送られたのか…私は要らないんだって…。私は生まれるべき存在じゃなかったんだって。濁すよう“先生”に言われたけど、なんとなく判った。言葉の代用なんて私には意味が無い。元々が具わる意味をどうして違う言葉にするの。
真正面から勝負しなよ。
私に貫きなよ。
私に、“要らない”っていいなよ。
精々するから。
だから私はいつまでも待ってた。
どんだけ気が重く、暗くなっても私には迎えがあるんだって思えたから。他の子供とは違うんだからって思えたから。すると…なに。誰も来ない。私に来るのは見ず知らずの男と女。この匂いを知らない。肌に染み付いた匂いと汗。刷り込まされたようにそれを忘れることは出来ない。
独り。7歳。
私がいけなかったのかな。
何がどうしてどうやって施設に行く事になったのか。覚えてないんだ。昔の記憶を思い出す事は難しい。だけど、断片的には覚えられる事はあるんじゃ無いかと思う。そんな私の願いを全く汲むことが無い、私の記憶メモリ。
施設で育つ。ここには何も無い。最低限の学びを教えてくれるが、そこからの矯正が難しい。だけど私は違った。他の子供達は基本的に親から“捨てられた”、“虐待を受けた”という二本柱が主にあった。その際に体験した身体的精神的なダメージは、いつまでも癒えることは無い。私はそうした事を体験してこなかった。
PTSD。心的外傷後ストレス障害は人を変える。
人を根元からリセットさせる最悪の病気。施設にいる子供は、殆どがそれを患っている重度の子供。
この子供達と比べたら、私は最低限の人間性を維持していたと思う。
先生にとって、他の子供達の世話は非常に辛かったと思う。急に叫び声を上げたり、爪を立てて引っ掻いたり、物への当たりで自傷行為に走ったり、刃物類を振り回したり、人を軟体生物と勘違いしているのか間違った方向に関節を曲げたり、人道から外れた非人まがいの行動を取者が多数いる。そんな子供達を静粛させるために使用していたのが、赤い十手。
私には赤い十手のターゲットになる事は無かったが、それを受けた“収容者”は、執行者へと跪いた。何事かと恐れを生した私は、その赤い十手からの処罰を免れようと施設の指示に従った。
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“執行者”赤い十手を所持する謎の集団
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結果的にその集団の存在は明かされぬまま、私はこの施設から巣立っていった。同期と言える存在は皆消えていった。
元々は大勢いたのが、一人…また一人と忽然に姿を消して行く。
消えるとまた新たな子供がやってきて、暴動を起こすと執行者が“粛清”を施す。そして、落ち着いた収容者から時間経過で、姿を消す。歯車のように無駄の無い決められた円滑な流れが、私には虫唾が走る程に感情を撹乱させる。
仲間なんて出来やしない。日々子供達は、執行者の目に怯えている。
「次は、、誰?」
口を揃えて言うまでもなく、皆がそれぞれの心の中で唱える。居なくなるのは基本的に施設の風土を乱した収容員が優先されている。“優先”だからそれに該当しない子供も“いなくなる”対象には選定されている。
時刻は就寝時かと推測。日中は施設の先生と生活をしているからだ。この時間に居なくなった人はいない…と思っている。私は他者との繋がりを恐れ、殆どの人間と対人関係を構築するのが厳しくなっていた。だから、周りを見れる存在じゃ無かった。軽はずみに断言する事は止めておこう。
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“居なくなった人はいない…”と思う。
─────
無情にも時は流れる。私の気持ちを汲み取る気はさらさら無い。
責め立てる心と突き立てられる言葉のナイフ。私に全部が向けられる。逃げ場の無い、一方通行の暗闇に満ちた世界が色とりどりの色彩を許さない。一つの色が無くなると共にそれは波状として深淵まで伝わり、根こそぎ自己を奪い去る。
施設で育つ者には感情を育む機会が無かった。
上記に記したのと重複する形になるが、収容者は他人との関係を持たずに生活を送っている。一人一人が隔離された部屋で個人の課題を遂行するためのプロセスを施設員が管理。施設員は収容者の一日の生活を全て管理している。
食事、排出、歯磨きや風呂入り等の衛生面リセット、運動器官の成育、就寝。
人間が生きる為に果たすべき生活事項を、施設が指定した時間に実行しなければならない。こう記すと何だか固いような縛られた生活を科されている気にもなるが、実際問題特に不満は無い。定められた時間内に規定の動きを果たせば良いだけの事なので、円滑な流れを把握し切れたら全く問題は無い。
ただ私がここで言いたいのは、対人関係の問題だ。
私と同じか、ほぼ同じか、少し離れているか、離れていても同じ子供という分類に該当する者か…。兎に角、何か情報を共有する仲間が欲しかった。施設から支給される消耗品の受け取り時、規定生活から逸脱可能な“溝”の時間がある。前もって施設員に消耗品の補充を申し出れば、指定された時間に、倉庫への移動が可能。だがこれはかなり稀なケースになる。
普通は配給では無く、“支給”。
前もっての申告で施設員が道具の用意に時間が掛かる不規則なロスが無ければ、施設員が部屋に出向いて申告者の元へ訪れる。
支給パターンは、申し出た際に施設員が他の収容員の世話や、施設の点検、設備のクリーナー作業、運営の根幹に相当するアジェンダ等といった仕事に追われている状況に陥った場合、申告者自らが《配給倉庫》に入り道具の補充を許可される。
このパターン。稀ではあるが、私は何回もこれを経験した事がある。それは偶然の賜物では無い。紛れも無く、狙ってやってのけたのだ。支給パターンになるのが、施設員の多忙と重なった場合だ。もう簡単な事。この多忙な時間帯を把握さえすれば、支給パターンへ簡単に漕ぎ着ける。
この支給パターンに出会う事は、施設を自由に散策する事が合法化されるという意味合いも持つ。監視カメラも点在している事からある程度の散策で終わらせなければならない。過剰な外出はペナルティの対象にもなる。
“ペナルティ”と呼称したのは私の偏見。ペナルティの内容を熟知している訳でも無いし、そもそもこのペナルティが存在しているかも不安定な推測に過ぎない。
ただ、規則的に私と同じ年代の人が居なくなる瞬間を目の当たりにしていると、ルールに違反した者が何らかの罰を受けているんじゃないか…そう思った。
こんな小さいまだまだ人生の未熟者で世代、一体何を実行しているのか…。
実際、その子供が施設から帰って来るシーンを見ない事から、最悪の展開を予想せざるをえない。
この施設は誰かしらが、全時間帯を巡視している。
誰かが必ず我々を監視。その瞬間を垣間見えないだけで結局自分達の動機をコントロールしているのは大人達。
自由行動が合法的に可能へとなった時、私が何を目的に配給倉庫まで歩いているかと言うと、他の私と同様の境遇である収容者の見物だ。私以外にも現在の私と同様の生活を強いられている者が実在するのは把握済み。
彼等が私と同じ生活の流れを送っているのか、違った場合どんな事を科せられているのか。支給パターンを“収容者の生活を更に深く把握する事を先決”という主観で私は捉えた。
出来うるならば、私の他に思考を共有する人材が欲しい。早くこの施設から離れたい。私にはこの施設は嫌だ。何かがおかしい…。何かがおかしいんだ。こんなにも規則的に生活が送られて、最低限の暮らしも用意されて、学習や運動といった身体の発育に必要な時間と先生も部屋も完備されている。
これだけ記すと全く無駄の無いどころか安定した生活を送るのに完璧すぎる場所。
恐ろしいのは私以外の子供が次々と姿を消していく事と、私以外の収容者と一緒にならないこと。
扉が開き、大人と子供が一緒に外の世界へ行く。
私が授業を受ける時、いつも受講する先生が迎えに来る。
先生の名前は《ファーブス》。
男の先生でいつも私の事を思って様々な授業をセッティングしてくれる。この人のおかげで私は、学習欲が湧いた。というよりも、これ以外特にする事が無かったから…そんな理由はあまり言いたくない。取っ付き難いし、逆に心配されると後々自分の人生に面倒なセクションが待ち受けるからだ。
この施設で育ったのは誇りでもなんでもない。ファーブス先生が優しいから尚更この施設への不穏感が増す。先生にいつか、聞こうと思ってた。
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「ここにいる子って私だけじゃないですよね」
「どこにいるんですか?」
「私、みんなと仲良くなりたいんで!」
「会えないのー?」
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この質問を投げれるタイミングは多くあったが、その先の答えを無理にもマイナスな方向を考えてしまい、一投出来ずにいた。
先生との距離感が近くなったと感じた時期が明確にある。
7歳。施設に入ってから1ヶ月がたった時の事。先生はいつものように私とのマンツーマンで授業をしてくれていた。二人で横列になって、気になったり分からなかったりと、不明な点を発見したら直ぐに対処出来るスタイルだ。長机一つで事を成し、目の前には大きめのホワイトボード。大きな図形とか計算式、漢字もこの時にはカリキュラムに入れられていた。他にする事が無いから勉強を効率的にやれていたから…。先生もこの点に関しては良く褒めてくれた。
その際、先生からとても気になる発言が出た。
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「いいね、アンリミングちゃんは。他の子じゃあこんなにも出来ないよー」
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「え、、先生…今…なんて言いました?」
「いや、、、何も言ってないよ…ごめんねごめんね…独り言だよー」
「絶対ウソ…先生の顔…めちゃくちゃ焦ってません?」
「そ、そんな事はないよ?何を責めようとしてるんだい」
「明らかに動揺してるじゃ無いですか。私を騙そうとしてません?ガキだからって舐めない方がいいですよ?」
「そんな…舐めてる訳ないじゃないか…アンリミングちゃんはそんな事しないだろ?」
「アンリミングちゃん“は”ってなんなんですか?まるで他の子供がいるかのような」
「ほ、、ほかの、??いや、、…えっとね…」
「何か知ってるんですよね?」
ファーブスに急接近するアンリミング。7歳の貫禄じゃない。スター性に満ち満ちた姿。こんな子供存在しない…ファーブスはこの時、管理員二人がコソコソ裏で話していた噂を盗み聞きした過去を思い出す。
「アンリミング・マギールには手を出すな」
「例の女の子か?」
「そうだ、あの子を傷つけると俺らの首が飛ぶ」
「そんなガキなのか…」
「そうだ…だから最近は子供の送還が多い」
「アンリミングのような子供とトレードするには、普通の子供6人は必要だからな」
「これだと直ぐに子供いなくなっちまうぜ…どうしてくれるんだよ…さっさとアンリミングも送ればいいのに」
「アンリミングを送る事はしないだろうな」
「何故だ?」
「超越者の血筋だからだよ」
「なに!?そうなのか…」
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俺はそこでアンリミングの素性を知った。超越者…セカンドステージチルドレン?あの子が…?でも確かに並外れた知性と学習応用力。7歳にも関わらず今、俺が教えている教材は中学三年生のものだ。俺も信じられない…と思いつつどんどん彼女は課題を提示してくる。
「ねぇ!もっと難しいの出してよ!」
その言葉が聞けるまで、彼女とは大きな溝があった。大人を信用していないような目。出会った時の眼光は忘れられない。
彼女がこうして俺に心を開くのには多くの困難があった。子供が三週間毎に施設にやってくる。その度子供の世話や学習係の任を受ける。子供と否が応でも接していくと、自然にもコミュニケーション能力は向上。子供への対人関係に経験値が生まれ、新たな子供達への世話も思うがままに果たせていた。
だが、アンリミングは例外。どうにもこうにも上手くいかない。自分が今までに経験してきた全てを駆使しても中々に心を掴めない。学習時間になり、アンリミングの担当をする時の場合、いつも心が憂鬱になる。どうにかして彼女の顔が綻ぶ瞬間が見たい。
彼女の担当する日はいつも頭を悩ませながら、相手をしていた。
▣
律歴4075年3月31日──。
彼女がここに送られてから4ヶ月が経過した日。俺はこの人沢山の子供の世話と学習係を担当する超多忙な日だった。他のスタッフが軒並み休暇を取ってしまい、最終的には自分に全ての任務が回ってきた。いつもよりも早い時間からの起床と子供一人一人の世話。現在施設に居るのは76名の7歳から12歳までの少年少女。この子供達を一人で相手しなければならない。
今日は一体どんな日になるのか…全く予想のつかない怒涛の日が展開されるだろう…そう嘆いている朝。急遽な指令に際してなのか、施設から一通のメールが送られてきた。
「今日はファーブス先生。あなただけです。申し訳ございませんが、子供達全員の担当をお願いします。つきましては報酬の方も通常の8倍の金額をご用意しております。尚、通常よりも大幅なシフト業務のため、報酬額は更なる増を考えています。これに反して、報酬額の減は一切考えておりません。元より大変な業務である事は重々承知しております。体調管理は自己判断で、健康には十分気をつけて、子供達の世話をしてください。よろしくお願いします。」
はぁ…なんとも言い難い…。報酬額が増えるからとか、そういった問題じゃないんだけどな…なんで施設の人間すら居ないんだよ…。
俺がここを全部束ねる日…。
送られた施設からのメッセージと共に、業務内容書がファイル便で送られていた。
「なんだこれ…」
ここに記載されていたのは、俺がこの施設での業務を始めて二年。見た事も聞いた事も無い内容が複数書かれていた。
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律歴4075年3月31日
児童保護施設フィルムレスストレージ
管理局長
律歴4074年度末個体調査及び臨界報告書当日限定担当係員
ファーブス・マッキシュへの課題と注意事項ファイル
その一/
通常の業務内容を平行しながら下記内容を実行する事。
その二/
76名全員の健康管理の徹底。異常があった場合、対応とそれの詳細を事細かく同封のデジタル報告書へ記載。
その三/
排尿排便率の算出。パーセンテージ及び、数値化を限定し、一人一人の排出量を報告書へ記載。
その四/
子供全員を合同ホールへ集め、運動を行う。その際に実行されるプログラムは『10mシャトルラン』『走幅跳』『砲丸投げ』。全てのプログラムを遂行する事。報告書への記載は不要。怪我の発生や子供への身体異常の確認は報告書への記載案件に該当する。
その五/
一人一人への心理カウンセリングの実施。一人に要する時間は二分で結構。
子供への質問内容・「今まで楽しかった?」「これからはどうやって生きていく?」「心が揺れる瞬間はあった?」
この三つの質問を必ず投げること。回答は独断の工夫を一切せず、子供達の発言そのままを記載する事。内容が合致していれば、一言一句とは定めない。
その六/
子供達との業務以外での私語は厳禁。子供側からの質問にも成る可くは無視をする事。
その七/
子供達に今まで見られなかった身体的な異変を感じた場合、それを写像にて共有する事。共有ページは全ての業務が終了した際に、纏めての提出。
その八/
子供達が食事で使用した皿に付着した残りをスポイトで採取する事。スポイトは食堂のキッチンにて用意。
その九/
施設の清掃は必要無い。子供達の足跡も状態を維持する事。
その十/
報告書への記載方法について。
子供に埋め込まれたマイクロチップから表示ランプが点灯。そこに表示された数字を個体番号として識別。報告書には名前と共に個体番号も横に記載する事。
ex.アンリミング・マギールを全カリキュラムに於いて、自身の監視下に置く事。
以上。
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雇われ講師であるにも関わらず、ここまでの事態に発展してしまった…どれもこれも初めて聞く内容だ。とは言っても、今までは子供相手の授業という名目でここにやってきただけ…。
なのにこんな事を任されてしまうなんて…金に目がくらんだ結果がこれだ…。
だが…これ…前もって聞いてはいたが、“調査報告書”というのは理解出来るが、“個体”という所に目がいってしまう。子供を個体…実験道具のような扱い方だ…。俺はこの時、施設への不穏な影を少しながら感じていた。
この業務内容…あまりにもおかしい。子供の排便を確認してそれを数値化するなんて…どうなってんだ…。いちいち確認しに行くって言うのか…?他も意味不明の事項を書き連ねているが、これ以上の不満はただただ俺の感情を複雑化させるだけ。
もう十分そうなってるけど。
声に出して言いたい事だけど、声に出してしまうと、もうそこからは蓋の開いた状態を維持する事になる。戻れないまま、俺は不満を吐露し続けたまま喉を枯らし、業務を遂行出来ずに倒れ込む。俺は負けたくない…と強く思った。
何故だかこんな目にあってしまったけど、施設からの“厚い信頼”と捉えれば気が物凄く楽になってくる。
俺は信頼されてる。
俺は信頼されてる。
俺は信頼されてる。
延々と繰り返す言われたと断定出来ない文言を、心に落とし込む。落とし込む際に必要なのは、感情を乗っける事。素で言うのはただの、心へ“沈めてる”だけ。より一層の感情の発展系としては心の底から、信頼を求められている事を強く描写する事。心へ落とし込むつもりなのに、心の底から、信頼を求めている…。なんかちょっと違う気がしなくも無いが、まぁ兎に角…取り敢えずは…うわ、、、、ヤバい…なんか自我取り戻したみたいに現実を直視し始めた。
今まで俺の心って誰かに乗っ取られてた?取り憑かれてた?
気色悪いぐらいに現実を突きつけられた。
「なめんなよ?」って軽くあしらわれてるよう。
他にも気になる事項がありすぎる。
《その二》として記載されているのは子供達の健康状態について。これはまぁ理解は出来る。そりゃあそうだろうな…という感覚には落ち着く。子供達はまだまだ人生を始めたばかりのペーペーな存在。人生という縮図に於いては施設の子供の年齢は七歳以上だが、赤ちゃんだとも思っている。そのぐらいに人生これからはまだまだ時間がある。そういった面でもこの年代の子達をケアするために、一人一人への身体的異常の判断は必要なのだろう。
《その三》に記載されている内容。
先程も少し明言はしたが、改めて言おう。これに関しては声にして言わせてくれ。“これは一体どういう事なんだ…?”何故、子供の排出を数値化しなければならないんだ…?普通にキモいし、やりたくないし、この先も読みたくもない。こんなまだ序文なのに、初っ端からこんな抉い事を書かれたらその先の内容が思いやられる。
子供の…モノを計量する…?そこから何が生まれるんだ…それを知ってどうするつもりなんだ…“個体”って言ってたな…本当に実験報告みたいな書物じゃないか…。子供のモノだからといって簡単に触れる訳ない。でもこんな事を記載しているんだから、いつもこれを遂行している人がいるという事か…普通に凄いな…。
子供達はどう解釈してるつもりなんだ。この文を普通に読むと、子供が致した直後に、子供が場所から離れて、俺がその便器を覗き込んでそこから便器に付着しているモノを計量する…と受け取ったが、合っているのか?
いや、これが適当だと思う。これ以上の地獄が存在するのか?まさか…とは思ったが…
【子供にこの記載内容を伝え、“便器の水を流さないでそのままにしといて”と言い、子供が離れた直後にモノ自体を計量する…】こんな地獄があっていいのか…流石に人権というものを知らなすぎだ…これは絶対に有り得ない。
《その四》。
こんな事今まで二年居て聞いた事も無い。どこかで自分が知らない場所があるのか…?まだ俺はフィルムレスストレージについて深く知らないのかもしれない。この主に身体面の特徴的なデータを残す…という目的があるのだろう。個人個人の情報を深く知るには、運動能力から算出するのは間違いでは無い。最も適切な方法だとも言える。
耐久力を測るシャトルラン。これは10mなのか…普段聞くのはその2倍である20mが基本的だと思うが…。別に7歳以上の子供達だから20mシャトルランをやらせるのが“無謀”だとは思えない。何か意図があるのだろう。今はどんなに考えてもその答えの極地には至らない。やってみれば見えてくるのかもしれない。他、走幅跳は理解の範囲に落ち着くが、大きな疑問点が生まれたのは砲丸投げ。こんなのこの年齢の子達に出来る訳が無い。シャトルランのように施設からの配慮があれば別になるが…。砲丸がかなり軽い…だとかそういった物なら、怪我の心配は無い。もしこれが通常の重さだった場合、施設は何を求めているのか。全員が投擲出来ずにゼロメートルという終わりになる。こんな事をやっても時間の無駄なのに…。そういえば…その四の小規模運動測定セクション。“一同”と書いてあるな。て事は全員がホールに集まって実行されるという事。そうか…全員が集まるのか…こんなの初めてだな。俺の記憶の中では。
《その五》
心理カウンセリングなんか、自分やった事ない。いや全部ここに書いてあった事やった経験なんて無いんだけど…。一人に要する時間は二分と指定されている。指定されている…というのはどういう意味だろうか。別にこんなの自分の好きにしていいんじゃないのか?そっちから勝手に指定しているのは優しさ?76人全員を一人一人相手していくには二分が限界だからって事??
俺は一分で終わらさせてもらうぞ。悪いが単純計算、このセクションのみでも二時間以上かかる見込みじゃねぇか…。「今まで楽しかった?」とかなんだよこれ…気味の悪い質問だな。こんな質問して自分がどう見られるのかを何も考えてないな。俺が子供にどう思われようがどうでもいいって事か。内容が適合してさえいれば、言葉が違っても問題は無い…というのはまぁ少しばかりの救いと捉える。もうこんな文言でも怒らなくなった。
《その六》はいつも注意されてる内容だから飛ばす。
《その七》。これは自分が今までに相手したきた子供達を“普通”と認識し、今日に発見された、今まで応対してきて見られなかった変化を記載するというもの。ただただ面倒臭い…。本当に面倒臭い。しかもしゃ…なんだこれ…写真じゃなくて写像?どういう事だ?写真でいいじゃないか…調べてみると写像は、【対象物をあるがままに描写する事】【物体から発生した光線が鏡面によって反射または屈折した後に、集合を遂げ作られる像】この二つが検索エンジンにてヒットした。
どう考えても前者の意味合いで間違いないはず。なんで“写像”なんて言い方したのか。普通に分かりやすく写真でいいのに…。ちょっとばかり遠回りさせて無駄な時間を過ごさせようとしているのか?これ以上のストレスを貯める事は自己への物理攻撃に該当する案件になる。いい加減やめてくれ。
《その八》。キッツ。やっば。えっぐ。きもんい。うわー。
《その九》。なんでなん?どういった風の吹き回しだ?今までこんなにも人権を尊重しない、牢獄兵のような課題を提示してきたにも関わらず、清掃業務は一切やらなくていいのか…。
本当、この一つのメッセージだけでどんだけの心が突き動かされるんだ。俺をどうしたい?俺はお前達の道具じゃないぞ。『こいつはどこまでやれるんだぁ?』ってか?調子乗りやがって…。俺はただの雇われだ。正式スタッフでも無いんだし、何故託されてるのか…。俺…そもそもなんでここに一人でいるんだ…?
もうそろ起きるぞ…子供達…。
《その十》とその下に書かれた名前を特定している記載内容。こんな事は初めて知った。
施設の子供にマイクロチップが埋め込まれている…?
なんでそんな囚人まがいな事をする?
まだこんな小さな子供なんだから監視なんて、人の目だけで十分じゃないか。
何かマイクロチップを埋め込んでなきゃいけない理由がある…という事なのか。だとしたら…いや、、、、そんなわけないか…下に記載されてる内容と、《その十》の内容がどうしてか、俺の記憶に嵌るページがある。
─────────
「アンリミング・マギールには手を出すな」
─────────
どっかの管理員から聞いていた会話の中の言葉。この言葉とエクストラの内容。言葉の意味合いとしては、適合するものでは無いが、アンリミングのみ名指しなのが非常に気になる。
ここで明らかになるのは、施設はアンリミングを特別視している。『手を出すな』と『監視下におくこと』というのは、なんだか一見してみると難しい気がする。触れなければいい…そこまでのレベルに相当するまでの『手を出すな』という事なのか?ある程度の形であれば、彼女との接触は許可されているのか。子供に対して抱く気持ちではない気がするが、“子供に触れちゃダメなのか?”
俺は今までアンリミングの相手をしてきたそんな思いを持ったまま対応をしてきた事は無い。普通に接触もしている。勿論、授業内のみだ。
『先生、ここわかんなーい』
この一言は彼女がいつも口にするセリフ。教えようとした瞬間と教えた後に発言される。俺はこの一言を聞きにいっているようなものだ。他の子もそうだが、アンリミングは特に可愛らしい。愛おしいんだ。普通に自分の子供だったらいいな…とも思ってしまう。犯罪だ…こんな紛いな事を考える回路に直結する程、そうなってしまった。今は彼女の事を名前のみで言っているが、本人を目の前にすると“ちゃん付け”になる。これは他の子供には該当する愛称呼びでは無い。俺がもう既に彼女を特別視しているということだ。なんべんも言うけど、過度な接触は一切していない。彼女とは教え子としての距離感を維持している。大人としての秩序。これ、当たり前。
彼女、最初はそうじゃなかった。“鋭い眼光”といった表現を最初にしたが、彼女は最もこの言葉が適した人物だと言える。この表情から対等に関われる関係性になるまで少しの時間を要したな…。結果的に近づいてきてくれたアンリミングのおかげで、彼女との対人は良好な関係を築く事が可能になった。
律歴4077年1月19日の事だったな。
彼女がセカンドステージチルドレンだと確定した日。
アンリミングは過去も洗いざらい話してくれる、お喋りな女の子。だから俺は様々な観点から家族の事についても聞いてみることにしていた。今考えてみれば、彼女の手のひらで踊らされていただけだった事を恥じる。悪い言動はしていない。彼女の小悪魔的な思想が俺の五感を刺激した。彼女のイタズラ心がどうにも自分が求める弄られの仕方と上手くマッチメイクしていく。こんな事口が裂けても彼女には言えないが、俺は彼女の無邪気な応対が大好きだ。
「せんせ、私、いつもせんせーと一緒にいて幸せかも」
「そうかい?それだったら先生も幸せかな」
「ふふっキンモ!せんせーのへんたーーい!」
これはほんの一コマ。まだまだ特筆すべき第三者からしたら地獄のような俺の対応はある。
そうだ。分かっている。俺の対応が地獄みたいに気持ち悪い事なんて…。ただいいじゃないか。彼女がそれで笑ってくれてるんだから。俺も楽しんでるし、彼女も楽しんでくれてる。これって犯罪じゃないだろ?めちゃくちゃ合法なのに、客観的に見ると完全に未成年に付き纏うキモイ成人男性。
アンリミングとは授業以外では話さない。
というか、それが決まりだから。話した事が無い。
授業は一日90分間。収容されてる子供は全員共通の時間。与えられた時間内で施設が提示する課題を担当教育者のフィルターを通して、子供との面会方式で行う。
アンリミングにも該当するのだが、アンリミングの天才的な頭脳はもはや、授業の概念を放棄するにまで到達していた。
「もう飽きたー、せんせ、お話しよ!おはなし!」
「いや、アンリミングちゃん。これはとっても重要な図式なんだよ。次のテストにも出るんだからさ。もうちょっと頑張っ──」
するとアンリミングはノートに文字と計算式を殴り書き、急いで書いたノートを俺に見せてきた。強く、「見ろよ…」というような剣幕で迫りながら。
「見ろよ!」
実際言い放ってきた。
「凄いな…やっぱり…君はどういった頭を持ってるんだ…」
「こーんな頭だよー?」
俺はアンリミングの脳みそはどうなってるんだ…という意味で言ったのに、彼女は旋毛を見せてきた。そういう事じゃないんだが…と呆れ気味に思ったが、何だか笑えても来た。彼女はこうして女の武器を巧みに利用する。7歳に振り回される大人ってどうなんだ…と思わされるが、彼女の男回しはまぁ素晴らしい。意味不明すぎる。一体何処でこんなスキルを学んだのか。人生を何周かしていると言われなければ説明がつかない。
「せんせ、今日は何を話す??」
授業に飽きたアンリミングが最終的にいつも発する文言としてこの一言がある。この一言が発された場合、アンリミングは受講内容を全て理解、記憶、学習したという合図になる。実際、今までの定期的に行われるテストでは98点以上を軒並み打ち出している。だから、彼女の実力を認めざるを得ない。学習してしまったものはしてしまったもの。俺がこれ以上、どうこう言う概念の域では無いのだ。
アンリミングのトリガーであるこの一言から俺は、現実から逃避し、アンリミングが構成する企画の時間に移る。それは…
「アンリミングとせんせーのザ・ラジオショー!」
アンリミングがいつも授業を“終えた”際に行う強制参加企画。まぁ要は遊びだ。こんな事が行われていると知られたら、俺は多分クビだ。
業務を行っていないんだから。
だがその心配は無用。
アンリミングの授業担当は俺・ファーブスと俺よりだいぶ年上のおっちゃん・《ザメリカ》。
「ファーブスせんせ、私、ザメリカのじじいきらい!」
彼女は良く俺にザメリカの愚痴を言っている。休憩時間にザメリカと良く話す機会があったのだが、ザメリカからは彼女への心配・デトックスは感じられなかった。
とても優しいし、怒ったりしないし、無駄のない学習をしてくれるし、なんといっても人へ教える能力に長けている。
教職員という仕事は、天職だと自らが言っていた。
だがそんな喜びとは裏腹に教え子からはキツい意見が飛びまくっている。俺はアンリミングが発していたザメリカへの言葉を伝える気にはなれない。なれるはずがない。ザメリカはアンリミングを好んでいるから。
「あの子は天才だよ…いやー、あんな子はいないね。嬉しいよ…私が言う前に直ぐ答えとか、計算方式を言うんだ。それもめちゃくちゃ早口にな…。彼女は本当に7歳なのか?いやー、、信じられないな」
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「あのさぁ、あのじじい、学ばせる気あんのか?って言うぐらい喋るスピード遅せぇし、時間の無駄なんだよねー。だからじじいが言う前にいつも私の方から先にぜーんぶ言ってんのよ。そしたらあのじじい、勘違いして…『凄いね…もう分かったんだ…さすがだねー』って…。はぁ?ちげぇよ!あんたの進み具合が遅いからこっちから巻いてやってんだよ!って言ってやったさ!!」
───────
ザメリカさん…ごめんなさい。この子、全然悪い子じゃないんだよ…。アンリミングに一応のデリカシーが存在していて良かった。ザメリカさんのこの喜びから察するに、アンリミング側からの直接的な口撃は無いようだ。俺をストレス発散に使用しているのか。まぁ中に溜め込んでるよりは、外に吐き出した方がいいのは事実。だからといって吐き出すターゲットにはなりたくない。ザメリカからの一方通行の好意。可哀想すぎるな。
「せんせ!」
「ん?どうした?」
「どうしたじゃ無いでしょー?話聞いてたの?」
「いや…ごめんごめんもう一回言ってくれる?」
「はぁ、もう…こんなの本番では有り得ないんだからね」
本番…。こんな年齢の子がどうしてそんな詳細な事まで知ってるんだ…。
「アンリミングさんはどうしてラジオを知っているんですか?」
俺はいつもの愛称を消して、あくまでもラジオパーソナリティの会話という体を作り込みながら、質問を投げ掛けた。
「私のねお父さんが、ラジオ好きなんだー。だから私もそれに触発されて聞いてたの!面白いんだよねラジオって。なんかね、凄い有名な人が裏でコソコソ噂話してる感じ?それを聞けている特別感がね、私は凄い好きなんだよ!」
かなり纏まったエピソードが毎回話される。“超越者”というレッテルが無い限り、俺はこの子を超天才としか受け止め切れない。
「そうなんだね」
「あのさぁ、止めて止めて」
誰もいない。ここには俺とアンリミングのみ。リアルにラジオブースと録音ブースを意識した作りをイメージしているんだ。
「せんせ、ちょっとヤル気あるんですか??」
「勿論」
「じゃあもっと句読点まで走ってください。中折れが早すぎます」
「う、うん…分かったよ…すまない…」
もう謝るしかない。大人だってほとんど使わない言葉が聞こえた気がするけど、もうすっ飛ばそう。こんな事に驚くなら、彼女にはもっと驚く事項が沢山あった。中折れなんてまだまだ。アンリミングマニュアル本の3ページ目。彼女のリアルなラジオイメージ。実は俺もラジオは好きだ。たまに聞くぐらいだが、ユレイノルド大陸の有名な芸人ラジオを好んでいる。だから彼女が思い描くラジオイメージは大体推測できる。
なんでも言い合える関係性の男女コンビが送る赤裸々ラジオ。時刻も少し深い日付変更時間帯。
一見すると、こんな二人相性いいの…?となるが、拝聴してみると感想は“面白い”と“アンバランスな組み合わせで面白い”という高角度なレビューが埋め尽くされる。そんなラジオ像だろう。
アンリミングとのトーク内容は様々。アンリミングがその日に思った事を言語化し、俺が肉付けをしていったり、ちょっかいを出して笑い合ったり、結局は笑い合えたらゴールと捉え“放送終了”を迎えている。
だが最近二人の中で…というか特にアンリミングがハマっているのは即興お題トークゾーン。お互いに即興でお題を出し合い、そのお題に沿った内容でフリートークを行うというもの。これ、俺はとても苦手。どうやっても中々にお題と結びつけるトークを喋れない。黙り込んでしまう時間が長くある。
苦手な人間がいるにも関わらず、アンリミングはそれに感化されず完璧なフリートークを毎度こなしている。どんなテーマにも必ずオチが存在し、最初の入りはテーマから遠ざかっている内容だったのに、引き込まれるトークをしていくにつれ、次第にテーマへと結実。化け物級のアドリブ対応力を魅せる。自身の能力がクセになったのか、さいきんでは即興お題トークゾーンがほぼ毎日行われている。その度に俺は10歳以上もの下の女の子に、醜態を晒している。決して嬉しくは無いのだが、失敗を晒す度に、彼女は笑ってくれる。それが唯一の救い。麻薬みたいに効いて来るんだよな…。もう普通に大学のお姉さんみたいな貫禄なんだ。顔も物凄く整っているし、感情コントロールも並外れ。センスは申し分無い。どれもこれも同じ世代の子には見られない特色ばっかり。セカンドステージチルドレン…。そう説明されても俺は納得がいくな。
俺は彼女の出自について、そろそろ聞きたいと思っている。だが、どうもそれに触れるタイミングが見つからない。そこで俺は、そういった内容を何の遠回りもせずに自然な流れで聞ける優良コンテンツを思い出す。ラジオごっこの流れでそれに関連したトークをすれば、紐付けで喋ってくれるかもしれない。これがダメなら、第二の矢としてお題トークゾーンもある。だが、ここで出自について聞くのは、あまりにもモラルへの配慮が無い。家庭的な背景を出してしまう要因にもなる。
アンリミングもこの施設に入った以上、親とは何らかのトラブルがあって来たに違いない。虐待なのか、要らないと言われたのかそういった闇を抱え込んでしまった子供が集まるのが児童養護施設。施設としての役割を果たしてはいるが、気持ちとしては流石に重くなる。
アンリミング。こんなに可愛い子が親から仕打ちを受けていたのか…?親を殺したくなるな。こんなに良い子なのに。
ラジオトークの中で関連して家族の事について、聞ければいいのだが。俺が彼女の出自をこうも知っておきたいのは、この天才を何故手放したのか…という疑問。セカンドステージチルドレンならニゼロアルカナへの送還を余儀なくされるはず。仮にこれからニゼロアルカナに送ると仮定して、フィルムレスストレージを通す意図が判らない。
なんとかして彼女から家庭内での問題を理解しておきたい。きっと彼女はとても悲しい思いをしたんだ。俺との対人関係で消化出来ているなら、それはそれで良いんだが、この先も友好な関係を築きたい俺は彼女の人生をフォローアップの注力したい。この笑顔を絶やすことはしたくない。
3月13日──。
いつも通り授業の時間が訪れた。起床の8時から1時間もの間で収容者は朝ご飯や今日のスケジュールに目を通したり、本日の流れについて館内放送と施設員の口頭より、説明を受ける。
館内放送はモーニングコールから始まり、全体への共通課題の発表。
施設員口頭では収容者個人個人の異なったスケジュールの発表となる。
今日のアンリミング授業開始時刻は9時から。いつもよりかは早い時間といった所か。モーニングコールから1時間で彼女と出会うというのは今までに無い経験。
「アンリミングちゃん?先生入るよー」
「せんせ、おはよー!」
相変わらず元気な姿を見れて俺は嬉しい。
彼女の笑顔が、生きがいにも繋がっている。
「今日は少し早い時間だけど、今から授業を始めたいと思います」
「はーい、もうどうせまたすーぐ分かっちゃうかもしれないよ?」
「そんな事言わずに授業を受けなきゃダメだよ?」
「ハーイ、あーあ、気分乗らないなー」
「そんなアンリミングちゃんに朗報です。今日の授業科目は…歴史です」
「ええ!歴史!私、歴史大好き!」
彼女は歴史と聞いた途端、跳ね上がるように喜んだ。そう、彼女はめちゃめちゃに歴史オタク。オタクだし、他の科目とは違って“発見”の数が桁違い。
国語、数学、経済インフラ、科学、観察、道徳。
この施設での受講必須カリキュラムが上記のものに合わせての歴史。彼女は一つの切っ掛けさえあれば、そこから分岐する形で様々な回答を提示する。その回答というのも、ただただ乱れ打ちしているのではなく、全てが適当。凄すぎる。でも何故か、歴史にはそれがあまり見られない。答えを乱発もせず、静観…というか俺の話をじっくり聞いて頭の中で整理を行っている。後からアンリミングに他の科目との異常とも言える変化について聞いてみると…
「歴史って予想出来ないんだよね…だから予想とかもしないでせんせーの言葉を真に受けてる。人のする事なんて、予想出来ようが無いからね。でも戦争とかの授業を通して判るのは、やっぱり繰り返しなんだなぁーって思う。面白過ぎるから、他の科目とは態度が違うのかもしれないかな」
なるほど…歴史は予想出来ない…か。面白い意見だな…。アンリミングの高い推察力と発想力を持ってしても、正史を超える事が出来ないんだ。
俺からしたらそうでも無いとは思うが…。彼女の天才的な頭脳なら、歴史を紐解く力も備わっていると思っていた。逆に予想出来すぎて、つまんないとさえ思っているとも勘違いしていた。他科目とは違う真剣な表情は、心と脳で歴史に感嘆していた…という事か。
天才にも博学のみが欠如していた。
この事実が、俺の授業内容を色濃くする。
彼女が発言力を高められないという事は、教育者の独壇場が決定する。
但し、アンリミングの意欲は歴史の時だけ、歴然たるもの。彼女の雰囲気から醸し出される弱冠の重い空気。プレッシャーが蔓延する独房は最早、授業を行う場では無い。戦場。
彼女の尖った性格は好意を寄せる対象にこそ、強く発揮される。果たして今回の歴史ではどう働くのか…。
アンリミングの過去編『フィルムレスストレージ編』スタートです。
超越の帝劇はまだ先です。
まだまだ続きます。