[#53-Making Flavor]
アンリミング編は様々な角度から攻めます。
[#53-Making Flavor]
11月2日。
本当に色々あったあの日以降、アンリミングさんを“彼女”と呼ぶ日が始まった。こんな幸せな事が僕に舞い降りて来るなんて、本当に神様は実在するんだ…と天を見つめ続ける時間が暫くはあった。
「おはようございます!今日はお仕事ですよね!頑張って下さい!」
「おはよー!うん、ありがとねー!応援してて」
アンリミングさんとのやり取りが毎日チャット上ではあるが、行われている。彼女は異常なまでに忙しい。僕なんかただ、学校行って、放課後ちょっと友人とかと話して、遊ぶ時は遊んで、んでえ家に直帰する。こんな生活がアンリミングさんと会うまでは“忙しい”と思っていたのに。
彼女の頑張る姿を見るとしょうもなく感じる。
僕も何か、チャレンジした方がいいな…。
暇だと思って無かったのに、彼女の頑張りを想像すると一気に追い詰められるような、時間という余白への強制的な“真っ黒スケジュール”が責め立てられる。でも本当にそうだ。自分は生きてるだけ。何かを果たしてもいないし、誰の役にも立ててない。
「アンリミングさん…僕、アンリミングさんの役に立ちたいんです。彼女が一生懸命生きてるのに、僕はただただいつもの日常を送っているだけ。なんだか情けなく感じるんです…何かやってほしい事はありませんか?何でもいいんです!それをアンリミングさんに、還元したいんです」
毎夜、行われる電話で彼女に熱く伝える。
「うーーん、、そうだな…別にハピはこのままでいいんだけどな…だってまだ子供なんだからさ。まぁでもセカンドではあるから…うーん、、そうね、、、でも本人がそう思ってるなら私もプラス方向に答えてあげるよ!」
「お願いします!では、何をしたらアンリミングさんの心の癒しになりますか?」
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「“癒し”…!?うーーん、そうねぇ、、、、、“ご飯”とか?」
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アンリミングは、ハピネメルに対して高望みは全くする予定は無かった。収入も私のだけで安定してるし、経済的にも懸念点は無い。
しかも“世間的には”子供。だが、確かに私の財産に甘えが生じる…という未来ビジョンは考えられない事でも無い。すっごく真面目な性格だから、ヒモ男になるようなそんなズボラな性格には堕ちないとは思っているけど…。
でも……ハピネメル自身から言ってくれたから、折角だし何か抽象的な事でもいいから答えてあげたい。その結果が“ご飯”だった。ハピネメルとデートに行く時は決まって夜のディナーコース。それしかセッティングして来なかった。なるべく個室で予約もしてきた。高階層ビルから夜景を展望できるラウンジでの食事中、周辺の客から顔も指されたりしたけど、甥っ子とかで誤魔化してきた。ただ、ちょっと……もう限界かもしれない。デートも活発化させたいのに、閉鎖的な場面ばっか。
家デートだよ?二人は全然いいんだけど……。
「なんだろうな……私…料理できないから…女として最悪なんだけど…だから、もし、ハピネメルが料理できるようになってれば、家デートもっと楽しくなるかなぁ…と思って提案してみたんだけど…」
電話越しなのに、こんなに言葉が詰まるものなのか…。ところどころ一時停止しまくりながら、発した。
「いいじゃないですか!料理かぁ…!!アンリミングさんの疲れた身体を癒すには最高の手段ですよ!わかりました!やってみますよ!」
めちゃくちゃ乗り気になってくれた。
その電話から、僕はアンリミングさんの身体に適した料理を作成する行程を学習した。中学で調理実習もあったが、学校で学ぶ程度の料理が彼女の舌を刺激できるとは思えない。自分だって最近は味覚がおかしくなってる。アンリミングさんに連れて行ってもらっている食事と、普段食べてる物が全く違う。味の深みが違い過ぎる。僕がこんなにも不満を抱く普通飯。功罪でもあるのだが、これを彼女に提供したくない。僕すら不満を抱いているんだから、彼女の不満の抱きようと来たら、たまったもんじゃない。
「ハピネメル、これを作られるために提案したんじゃないんだけど〜」
こんなことを彼女に言わせる訳にはいかない。アンリミングさんからの失望に恐れる。
折角料理スキルを付けようとしてるんだ。普通の料理じゃダメだ。何か特別な…真新しい料理を作れるようなスキルを手に入れたい。
でも周りには料理スキルに長けた人は存在しない。
仕方無い…お料理教室行くか…。
ママさんばかりの空間でポツンと謎の少年が一人。周りの視線がなんだかヤケに気になるけど、これも“アンリミングさんのため…”と考えればどうって事ない。
《メイキングフレーバー》。僕が通う事になった料理教室の名称。セントエルダに所在するここは、他の料理教室と比較してもあらゆる年齢層に対応したレッスンコースが用意されている。世間一般的に見れば、料理教室はママさん達が通っているイメージがある。
だが、ここはママさん方は勿論の事、お婆さん、子供、ちっちゃい子供、男性といった幅広い人間層に対応したマルチに適応できるレッスンが成されている。
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ママさんコース
パパさんコース
一人暮らしコース
パーティ&宴コース
15歳から25歳までの青年コース
3歳から8歳のお子さん専用、ハッピーコース
9歳から14歳までの少年少女専用、ウィングコース
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これは料理教室の会員になった際に提示されるレッスンコース群。年齢限定と性別限定のコース以外、つまり“一人暮らしコース”と“パーティ&宴コース”は、その時に学習したい料理でコースの変更が可能。そのコースのタイトル通り、一人暮らしに適した簡単で手間暇を掛けずに片付けも楽チンな料理を目指し、パーティ&宴は大宴会に適した多くの食材を使用した大胆かつ盛り上がりにピッタリの料理を学習できるコースだ。
特に一人暮らしコースが非常に人気なようで、予約解放時と共に直ぐサーバークラッシュ。3ヶ月以上もの予約で埋まっている大人気コース。
僕は…うーん、どのコースに行けばアンリミングさんみたいな美人さんが悶々になる料理をできるんだろうか…自分の年齢的にはウィングコースが一番適したコース。だけど僕はめっちゃ年上の人に料理を出すんだ。
恐らくウィングコースは同世代の友達間に提供する“程度の”料理でしょ?
ハッピーコースだと、パパママへっていう事なのかな……?流石に友達に提供するってわけじゃないだろうし。
僕は同世代の人に提供する料理を作りたいわけじゃないんだ。
“年上のめちゃくちゃ可愛い人に、凄ーい!ってなってほしいんだ”
14歳対応のコースに行って、そこで14歳なりに今できる最良の料理を作っても意味が無い。
「んんー、美味しいけど、私食べた事あるかなー」
こんな感想を聞きたくない。言わせたくない。
アンリミングさんはきっと僕が思い描いているような“悪女”みたいな事は言わない。優しいから、色々遠回りして言葉を濁した結果、「ごめんね」って言うと思う。
──┨
アンリミングさんは残酷な迄に優しい。
──┨
気を遣いすぎて頭の整理を無理すぎる場面がある。そんな事をさせたくないと日に日に思っていた。だから真正面にアンリミングさんの感想を聞きたい。
そのためには…“攻めなきゃ”。
攻めた料理を出したい。
だから…僕が選択したコースは……
「ママさんコースでお願いします」
「え、、、しょ、承知しました…」
スタッフは驚きつつも、少年の真っ直ぐな瞳を見て覚悟を感じた。ママさんコースは和気藹々と料理を作成しながらも、大きな壁が次々と訪れる試練たっぷりのコース。スイーツを中心に先生が独自に監修した難易度の高いメニューが授業ミッションの対象。
正直に言うと、料理初心者が来ていい場所では無い。
それも承知で僕は、ママさんコースを選択した。
パパさんコースはあるのに、何故かママさんコースに入れてもらえた。特にそこへの性別制限は無いみたいだ。だがママさんコースにジジイはいないし、パパさんコースにお婆さんはいない。
暗黙の了解……と言った所だろうが。
とても楽しく書けています。やっと、夢を見つけました。




