[#45-憧憬と隔絶の情]
『仮・アンリミング編』スタート。
[#45-憧憬と隔絶の情]
「え、、?なに?」
「あ、あの、、さっきから声掛けてたんですけど…すみません」
暗黒雲に陽光が射し込むように、急に掛けられた声だと思っていた。
「あ、あー、、、ごめんなさい、ちょっと考え事してて…」
「そうなんですか、」
全く気づかなかった。それもそうだ。頭の中、この事で埋め尽くされてる。“現在を取り込む”なんて、思考の一部にも無い。私からしてみればこの男の子が急に、なんの前触れも無く、出現みたいな感じ。透明マントを羽織った状態の人が、勢いよくそのマントを脱ぎ払った感じ。多少の驚きはした。でもその素振りは、言動として表出させてはいないだろう。きっと。
「あの、、アンリミングさん、、ですよね?」
「はい、そうですけど…」
「そうですよね!てか、こんな質問もおかしな話ですよね…!こんな美しい人、アンリミングさん以外いないですもん!」
「あ、あー、どうも…ありがとうね」
素っ気無い感情で、彼の言葉を流した。美しいと言われてるんだから素直に喜べばいいのに…しかも見た感じ、めちゃくちゃに少年じゃない…。なんでこんな小さい子が、大学のグラウンド隅っこにいるのよ。
「さっきのダンス見てましたよ!」
「あ、そうなのね。ありがとう。嬉しいよ。誰か上の人が、この学校にいるの?」
「いや、いませんよ!友達とさっきまでこの文化祭を満喫してたんです」
「じゃあ一般のお客さんって事ね」
「そうです!」
「ごめんね、もう文化祭終わったのよ。だからもう一般のお客さんはここにいちゃいけないの。だから、もう家に戻りなさい?わかった?」
今の自分にできる最低限の優しさをコーティングした。
「そうなんですね…すみません、分かりました…」
「うん、でもありがとね!わざわざ声掛けてくれて」
「はい…」
少年からさっきの威勢が消えた。
「じゃあ、ばいばい」
どうしよう…消えていく…憧れの人が…こんな近くにいるのに…消えていく…いなくなろうとしている…
──────
「アンリミングさん!!!」
──────
少年の今まで以上の声量に、振り向かずにはいられない状況となった。
「はい…、、、」
「あの、、、、、、」
「うん?」
「えっと、、その、、あの、、もし、良ければで、、あの、、、いいんですけど…、、えっと、、あの、、、、なんと言ったらいいんでしょうか、、その、、わかってるんですよ…こんな事言うの絶対に駄目っていうのは…、、うんと、、あの、、、、、、」
──────────◈
「なんか食べる?」
◈──────────
「え、、、、?」
「違う?私と、どっか行きたいんでしょ?」
「え、、、いいんですか…、、、、、、?」
「うん」
「やったーー!!!ありがとうございます!」
なんでだろう。今私、見ず知らずの少年と一緒にどっか行こうとしてる。この少年を心の拠り所にしようとしてるのか…?少年は意気揚々としている。
「あの、どこで食べたいとかあるんですか?」
「どこでもいいなら私が場所とってあげようか?」
なにしてんの、私…
「え!?いいんですか?」
「うん、私のお気に入りの場所連れてってあげるよ」
なにしてんの…
「ありがとうございます!」
校舎裏で出会った少年と、こんなにも近い距離感で会話としている。周りからしたら姉と弟といった感じにも見えなくもない。文化祭が終わり、1時間は経過している。校門の前は未だに騒々しい。一般客と在学生とが、思い思いの久しぶりトークで盛り上がっていた。裏門を使おうかと思ったが、気にせずに歩けば何とかなるか…と思い二人で校門を突破しようと試みた。
────
「アンリミングじゃね?」
────
一人の気づきで、多くの人がアンリミングの存在に視線を向けた。あーあやっちまった感がエグい。私達はまだ学校側の校門。バスロータリーに繋がる校門前の大衆の様を知らなかった。とんでもない人数がアンリミングと少年目掛けて飛んできた。
「アンリミングちゃん可愛かったよ!」
「アンリミングさんみたいにメイクしてました!」
「憧れです!」
「俺と結婚してくれ!」
「アンリミングちゃん幸せになってね!」
「アンリミングの励まし投稿がいつも力になってます!」
「アイドルやるの!!?」
「ユレイノルド大陸一の美女!!」
「またいつか踊り見せてくれよ!!」
まっっったく嫌になる気配へと結実しない言葉の数々に、私は昇天しそうになる。これだから影響を与える存在は辞められない。
かなりの人数が集まってしまい、終息させる必要性が現れた。
「アンリミングちゃん、その子誰よ?」
「うんうん、もしかして…弟??」
「あー、、、あのー、、この子はね…えーと…」
まずい…こんな事考えてもいなかった。もしここで「今からこの子とどっか行こうと思ってるんだー」なんて言ったら、とんでもない事になりそう…しかもこの子の年齢聞いてないし…あ、そうだ、、まだこの子の名前すら聞いてなかった…弟って言えばなんとか誤魔化せるかな…いやぁ、でも、全く似てな過ぎるな…あーー私はどんだけバカに成り下がったんだ…もう情けなすぎるよ…どうしよう…どうしようどうしようどうしようどうしよう…あーー!!どうしよう!
────────◈
「付き合ってます」
────────◈
「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」他、50名以上もの「え?」
「ちょちょっと待ってよ、あんた!」
「えええええーー!!嘘でしょ?アンリミングとこの子が付き合ってるの??」
「見た所、中学生っぽいけど、君何年なの?」
「中一ですよ?」
全員が驚愕の感情を解放させた。
「ちょっとアンリミングちゃん、、、未成年はダメなんじゃない??」
「ち、違うよ!この子…そう、そうよ!弟よ!弟!ね?」
この子、何のつもりなの…
「え、うーん、、、(すごい顔してる…めちゃくちゃ眉間にシワ寄せてる…でもそんなアンリミングさんも可愛いなぁ…)。そうですよ、弟です」
「本当に弟なのぉ???」
「そうだよ、弟の“グレイザー”よ。ほら、みんなに挨拶しなきゃ」
「う、うん…あの、お姉ちゃんがいつもお世話になってます。弟のグレイザーです。お騒がせして申し訳ありません」
「まぁでも確かに、アンリミングの弟には有り得るぐらいのイケメンよね」
「確かに…」
大観衆が一つの文言をきっかけに総意となった。
「じゃあ、失礼します。さ、いこうグレイザー」
「うん!」
私は勇み足で大観衆から脱出。アンリミング達が進もうとすると観衆は自然に道を開けてくれた。少年の腕を握る手は、怒りのあまり力が溢れ出る。
「アンリミングさん…ねぇ、、ちょ、、ちょっと…ちょっと痛いよ…!アンリミングさん!」
「うっさい!」
校門を突破し、学校から程近い公園へと少年を連行した。
「あんた!バカじゃないの!なんで“付き合ってる”なんてこと言ったのよ!普通に最初っから姉弟設定でよかったじゃない!」
強い口調で言う。
「ごめんなさい…アンリミングさんとずっと一緒にいたくて、あんな事言っちゃいました…本当にごめんなさい…」
真摯に謝罪する姿勢は、そこまで悪い印象では無い。この子は本当に自身の行動を不甲斐なく思っている。その点は評価したい。ただ、それとこれとは別。
「もう少しで私、未成年交際で捕まる所だったんだからね!」
「ごめんなさい…悪気は無いんです…」
「あー、いやちょっと…泣かないでよ…」
もう…この子ただのガキじゃない…なんで私は、今こんな事してるんだろう…ここに来たからって、人の目に立たない場所って訳じゃないんだから。傍から見たら恐ろしい事してるよ私…未成年者を泣かせてるんだから…
「もう、、、やめてよ…ほら、ね?大丈夫だから…ごめんって…言い過ぎたよ…私…」
「アンリミングさん…」
「なに?」
「僕、アンリミングさんと付き合いたいです」
「君、おバカさん?」
「はい、バカです。大バカです。ダメな事ぐらいわかってます!けど、アンリミングさんとこうやって一瞬でも一緒にいれて幸せな気持ちになったんです。今日のダンスもそうですし、さっきのみんなからの熱い視線で判りました!アンリミングさんはスター性があります!アンリミングさんがこれからもっと有名になるためにサポートもしますよ!!だから付き合ってください!」
「あのさぁ、あなた、付き合うってそんな簡単に口にしちゃダメだと思うよ?今日会ったばかりの女に、そんな事軽々しく言うもんじゃないの」
「アンリミングさんそんな事わかってますよ!」
────
「わかってないわよ。あなたには」
────
少年の言葉を最後まで聞かずに放たれた言葉は、胸が焼ける程に感情が爆発した文言となった。
「アンリミングさん、僕…」
「もういいから、今日は無しね」
「え、ちょっと待ってくださいよ!」
「もういいから」
私は少年を置いて、一人歩いていく。少年が付き添う様子は無い。これでいい。そう思った。
───
「じゃあなんで一回は、僕を求めてくれたんですか!」
───
足が止まった。私の意思なのか、身体が勝手に彼の言葉に反応した。その反応タイプは私が今までに体験した感情の一つである“悲哀”に相当するものだった。
彼を必要としている。
誰なのか判らない。名前も知らない。でも、私には何故か判らないけど、彼の表情とか言動が心に突き刺さった。あんな場所で、校舎裏に現れた彼が今考えてみれば光明に光り輝いていたように思える。彼といれば何か良い事があるかもしれない。彼といれば現在の私、心の拠り所を失った可能性の高い“別離”というどうしようも無い選択をした私を忘却させる事ができるかもしれない。私は彼を利用して、
私から私じゃない存在へと変革を遂げようとしていた。
本当に、酷い女だと思う。彼を玩具として扱っているよう。同期とか、先輩とか、かなり上のおじさんとか、後輩とか、そんなだったら話に纏まりがつく。だけど、この子は違う。完全に離れ過ぎている。特に何も無い関係性を築く事かできれば、他人から交際関係を疑われる事は無いと思うけど、彼が…普通に容姿の整った美形男子だから、疑われるのは時間の問題だと思ってしまう。考えすぎなのかもしれないが、これを考えない他人などいないと思う。声に出さないだけで結局は、みんなが最初に思う事なんて、ある程度の年齢の男と女が一緒にいれば、肉体関係を疑問視するんだよ。心の中ではそう思ってる。
彼と、そういった関係になりたいとは思っていない。
ただ、こうして一回でも彼を求めたのは事実。そして、現在。彼を突き放そうとしている。これは絶対にしてはいけない事だ。私は、なんていうことをしてしまったんだ。だったら最初っから断る…というか突き放せばよかったのに…。できなかった。しようとも思わなかった。好都合だと思ったんだ。君が、私と一緒にいたいっていう意思表示をしてくれたから。だから、私から先行してあの言葉を掛けた。願っている事を自分の口から言うより、相手から言われた方が嬉しさが倍増するのは知っている。実体験もあったから、私が彼の思いを汲んだ。
果たしてそれは、“汲んだ”っていうのかな。彼が願う以前に、私の方から“一緒にいたい”を願っていたんじゃないのかな。
判ろうにも策がない。
自分だから。
自分の心は自分自身で解決した結果だから。リプレイもできないし、過去を回想するにしても脳内アーカイブを一時的に再生する必要がある。それは嫌だ。過去を見つめるよりも、現在の私がどう在るべきかを考えたい。
その存在価値を、彼から見出そうとしていたなんて…。なんて身勝手なの。
「アンリミングさん」
彼が私の方に近づいてくる。優しい声色は今の私の暗澹な心を癒す効果を持ち合わせていた。
「アンリミングさん、何かあったんですか?ステージに立ってた時の輝きをさっきから感じません。アンリミングさんはもっと煌めく太陽みたいな存在でいてほしいです。僕は、あなたに救われました。あなたの踊りを見て直感で思ったんです。あなたと一度でいいから、一緒にいたいって。それが大きく膨れ上がってしまい、あんな事を言ってしまいました。それに関しては自分も深く反省しています。女性に対して無礼な事をしたと思っています。申し訳ございません。でも、分かってください。僕は、アンリミングが好きです。あなたを幸せにするならどんな事でもしてみせます。あなたが今、どんな壁にぶち当たってるのか、僕には判りません。その壁を乗り越えようとしているなら、僕にも協力させて下さい。きっと一人で考えるより二人で考えた方が、良いですよ!絶対に!些細な事でもいいんです。アンリミングさんの笑ってる顔が見たいんです。喜んでる姿を見たいんです。悲しんでる姿、この姿を続け様にするなんて、僕には耐えられません。今日出会ったからというのは判ります。ガキに何が判るんだっていうのも承知です。でも、僕へのアンリミングさんのファーストリアクションを見て思いました。運命だって。ステージ上でのパフォーマンスからは、かけ離れた姿だったのは何故ですか?抱え込むのはやめてください。アンリミングにはそんなの似合わないはずです。永久に笑顔でいる事が必要だと思いますよ」
闇に堕ちた私。そんな私を救おうとする彼。そんな彼を無下にするなんて私の思考には無い。嬉しいとかいう次元の感情では無かった。
「私、あなたのこと、何も知らない。でも、一度…あなたを必要としていた。私にもよく判らないけど、あなたの顔を見た時、何故かあなたの考える事が理解できたの。理解できた…というより埋め込まれた…みたいな。脳に突然として外部からの情報を与えられたような気がしたの。そして気づいたら、あれを口にしていた。本当にごめんなさい、少しだけ待ってもらえませんか」
「待つって…何をですか?」
「、、、、、、“付き合う”っていうやつ…?」
「え…!!考えてくれるんですか!?」
「うん、でも少し考えさせて…先ずは、どっか食べに行こ?」
「は、、、はい!!!」
「じゃあ、あなたの名前教えて?」
「あ、随分一緒にいるのに全然言ってませんでしたね…申し訳ないです…はい、僕の名前は…《ハピネメル》と言います」
仮タイトル・アンリミング編スタートです。
この少年、後のティザーエル達の父親であるハピネメルとの出会いはアンリミングの人生を抉るように変えていきます。




