[#41-憂鬱な別れ、と私]
二人が何より大事。
[#41-憂鬱な別れ、と私]
**05年2月23日──。
第14回マスターデライトの日。そして、弟達が出立する日。晩冬の中、開催されるマスターデライト。こんな日、来てほしくなかった。人生で一番の憂鬱な日。
朝、2人は意気揚々にリビングへ現れた。いつもはその笑顔に対して倍以上の笑顔で返していたけど、今日はそれができなかった。偽りなんてしたくないから、私はこの正直な気持ちを顔で表した。
偽ってしまった。2人のあんな弾けた笑顔を見たら、姉の私がドヨーンとした顔で迎えてどうすんだ。
「姉さん…やっぱり認めてくれてない?」
「お姉ちゃん?作ってるん?」
「ううん!そんな事ないよ!行ってらっしゃい!!って感じ!」
「そか、うん!行ってくるよ!」
「先ずは…私とママで作った、とっておきの朝ごはんね!」
「やったーーー!!!」「うわぁー!嬉しい!」
朝食を終え、2人は2階へ急いで駆け上がり、猛スピードで黒スーツに着替えた。
「着替えたよ!どう似合う姉さん?」
「うん!とっても似合ってる!そのネクタイ何処で買ったの?」
「あーうん、これはね…貰ったんだ…」
「え、誰に誰に??」
「えっと…彼女に…」
「あ、前に言ってた子から?」
「そうそう!」
「あの子とまだ付き合ってるんだね」
「うん…いやまだ、1週間とかだよ?」
「あれ、、、そうだったっけ??」
「もう姉さん、ちゃんと覚えておいてよね!」
「ごめんごめん…!覚えとくよ!そのオンナ…彼女にも伝えてるんだよね?行く事は」
「勿論だよ!頑張って!って言ってくれたよ」
「そうなんだァ…頑張ってね!!」
「う、うん…凄い覇気だね…姉さんは…」
あーーーーーーーーーーーーーー、まだ付き合ってたんだ…そうかそうか…いや、、いいんだけどネ…いいんだけど…、、、うん…、、あー、ヤバいヤバい…ダメ方向に傾いちゃう…あー、ダメダメダメ…やばい事しか考えられなくなるんだよ…そう、あんな笑顔になってくれるんだったら、そのオンナ…あー、ヤバい…彼女にも頑張ってもらわなきゃね…。うん、浮気なんてしたら承知しないんだから、そんなんしたら殺すかもしれんわ…アタシ…。。。
母と私は、弟達を見送るために港へ。
セントエルダから連絡するユレイノルド大陸最大の港湾都市。ヘイブンからパノプティコンアイランドまでのタンカー船が発着している。ユレイノルド大陸からパノプティコンアイランドにアクセスするには、この航路しかない。
ヘイブン大陸間客船ターミナル。
普段は交易としての役割を果たし、時には豪華客船での遊覧な船旅を満喫する歳の始発地点、中継地点としても有名な場所。
そして、一番に盛り上がりを見せる日がマスターデライトの参加者が往来する今日。
「第1から第4ターミナルは、現在、第14回マスターデライト参加者乗船に使用しています。よって、第5ターミナル以降からの交易を主とし、本日の貨物船を入出と致します。繰り返し、ヘイブン港湾都市をご利用の皆様へお伝えします…」
「へぇ〜すっげぇなー!こんなにも人が沢山いる所って、セントエルダ以外にもあるんだな!」
「当たり前でしょ、もっとものを知った方がいいなお前は」
「じゃあ知ってたのかよ!ヘイブンがこんなにも賑わってるなんて」
「当たり前でしょ。ここは有数の港湾都市。観光地としても有名なんだから」
「へぇー」
「なにそれ」
「まぁ興味無しね。なぁーんか、いっぱいの食べ物あって腹の満たしには困らんだろうけど、太っちゃうもん。それに、俺はお前と違ってカノジョがいるんだよ!おデーツにこんなとこ選んだら、服に匂いがついちゃうでしょーが。だから、興味無いの」
「なんでおデーツが基準なんだよ、別に一人でも男友達とでも行けばいいのに」
「俺が興味ねぇんだよ!こんなとこ!でも!こうしてやっとヘイブンに行く意味を持てた!マジで感謝!マスターデライトぉぉーー!!」
「姉さん…」
「うん??なにぃ?」
「前向いてよ、さっきからずっと後ろ歩きしてるけど」
「だいじょーぶ!」
「お姉ちゃんすげぇ…」「姉さんすご…」
急に死角から現れた運搬業者を後ろ歩きのまま回避。
《デライトシップ》。第1から第5ターミナルを使用する規模の豪華客船というに相当する程のデカさ。応募すれば誰もが船内に入れる。参加者以外は船内に入れない。私と母は、2人を見送る。
さっきまでゲートで今か今かと待っていたのに、いつの間にかもうあんな階層から顔を覗かせている。
「行ってくるよー!」
「ぜったいに選抜になって帰ってくるから!」
私達以外にも多くの参加者の家族友人が手を振り、熱い声を届かせた。皆がただただ無事で帰ってくる事を願っている。
息子娘を誇らしく思う親。
最後まで反対した親。
親の表情を見渡すに、半分半分の感情が伺える。
私は後者ではあるけど、結果的にはこうして送り出してしまった。だからもう綺麗さっぱりって感じ。もう後は、2人の帰りを待つしかない。それにあの2人なら何かを起こして帰ってくる。
2人は色々と問題児で、学校でも本当に世話のかかる生徒。暴れ回ったり、論破して殴られて、それを見兼ねた方が殴り返しに行く。サイクルが完成していた。だからもう、親への忠告とかじゃなくて、私が校長室に行く事になってしまった。その方が楽だから。だって、学校内にいるし。
私から出向いた。
「ティザーエル、実はな…また…」
「はい、わかりました。また2人がなんかしちゃったんですね?」
「ああ…そうなんだ…本当にすまないが…また行ってくれるかい…?」
「いいですよー」
別にそれは苦じゃない。
2人の思うがままに人生を生きているんだから。
「失礼します、ティザーエルです」
「いつもほんとに申し訳ないね、ティザーエル」
「いいえ、大丈夫です。それよりも…大丈夫?怪我ない?なにされたの?」
「うん大丈夫。ごめん姉さん毎回…」
「お姉ちゃんの事、バカにするヤツが出てきたんだ!」
「…!」
「だから、、そいつの事ぶん殴ってやったんだ!それの何が悪いんだよ!」
「姉さんの事をバカにしてきたんだ…だから…!それの見返りにしては安く済ませてやったんだよ?」
「2人とも…ありがとう…。うん、ありがとう」
「お姉ちゃんの事、酷く言うやつ、俺、殺すから」
「そんな言葉使うなよ…でも、気持ちは僕も同じだよ?」
「ありがとう…嬉しいよ…ちょっとまってて…」
「先生…もう2人に関わるのはやめてください」
「…、、君は一体何を言ってるんだい?」
「“この2人に関わるな”…そう言ってるんです」
「何を…私はこの2人が在籍するクラスの担任だ。君がそんな勝手を言える立場にあると言うのかい?」
「大人は直ぐ、そうやって自分の位置と相手の位置を比較する…平等に見ようとは思わないんですか?」
「何をふざけた事を言ってるんだ…ティザーエル、君は成績優秀で学校に多大な貢献をしている。それを忘れた事は無い。ただ、君の弟達のせいで、“ティザーエル・ロストージャ”というブランド生命にも危険が及んでいるのだよ?今や、この2人の名は教育委員会の目の中にある。処分なら…いつでも下せるんだ」
「…」
「でもその最終決断を下せない理由には、君という存在があるんだ。彼女の栄光に傷をつける2人を今すぐにでも処分したい…大人達はそう思っているよ。でも君が何故か、大会に優勝して、どんな副賞よりも、毎回毎回望んでいる“2人を学校に居させる”というこの条件…いい加減にしてくれないか?」
「はい?いいじゃないですか。私が必要としないその特典とやらが、他の生徒に行き渡ってるんですから」
「君がそういった行動を取ってしまうと、学校側…教育委員会側としても然るべき措置を取らなければならない事態にまで発展するんだよ?」
「じゃあいいですよ、取り消しで」
「…は…?」
「だから、私のその…“輝かしい功績”ってやつ、取り消しでいいですよ。弟達に役に立たないなら、もうそんなの持ってても意味の無いものなので」
「おい、ちょっと待ってくれ…!」
「いいですよ、じゃあ2人を連れて帰るので、これからもこの学校に居させて下さいね〜ぇ。とりま」
弟達は問題児。私も問題児。この2人のせいで。
2人は私の事をよく気にしてくれる。
「姉さん…本当にごめんなさい…」
「ごめんなさい…また迷惑掛けちゃって…」
全く気にする事じゃないし、2人のその…なんつーの…あのー、、、ハツラツした学校生活のおかげで、私の生きがいでもあるって言うか…要は、救いになってるんだよね。
私がこうして生きてる生存理由。
小学生、中学生の時からの“栄光を讃える”的な物には、もう何の価値も無い。
獲っては消え、獲っては消えの繰り返し。
そんな事をし続けているから、今日の喧嘩案件のような、私をオカズにした題材は沢山ある。
話が尽きる事はまぁと無いから、今度の機会に。
船の話。
2人を見送るよ〜って話に戻るよ。
私は2人に力強い口調で、「行ってこーい!」と共に、大振りの手をかました。じゃなきゃやってられなかった…訳では無い。もうその域は超えた。超えたし、もう無我夢中で応援する事にした。今、考えてみたらこうしてマスターデライトに参加する事も、“初めての経験”であるには違いないし、その点では過去に、私が2人に唱えた“自分のためになることをやりなさい”に相当するのかもしれない。
スクリュープロペラの航跡が私の声に呼応するかのように波打ち、消失するまで、私は鼓舞を続けた。
母親はいつも心配していた。2人の事も。2人を想う私へも。
「行っちゃったね…ティザーエルありがとね…」
「…」
ティザーエルの沈黙。そう長くは続かない。
「大丈夫。大丈夫だよ」
母の心配する表情を少しでも和らげようと、屈託の無い笑顔を見せる。その表情、母親という立場からしてみればあからさまなものである事は、秒で判った。「大丈夫…」この一言、そして、次の「大丈夫だよ」。何も変化を感じられなかった。繕おうとしていたのは重々わかる。だけど、娘の顔の変容ぶりには特異なシステム調の要素がいつもある。
────
弟への行為か、その他の者への行為か。
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先ずは後者から。他者に対してのティザーエルの言動は、キツめに見える程に差別している。人の地位とか、目上目下の存在とか、全く関係無く、誰彼構わずテキトーに相手をしている。学校からよく、その話を母は聞いていた。だが、これには逆に良い事なんじゃないか…と母親は思う。
「だって、全員にそういう風に振舞っているのなら、全てを平等に見ているって事でしょ?」
弟達には、正直。取り繕う必要性が無いから。今まで見てきた通りの内容を私が話すと、ティザーエルが2人の存在を、一瞬たりとも、1秒でも、それよりもっともっと時間が短い小数点単位の数字でも、“脳みそから切り離した事は無い”と云う。幾ら何でも…というか、ずっと…ずーーーっと気にしている。
私…母親として、ティザーエルが何故そこまでして、2人の事を思ってくれるのか…。いや、それはものすごく嬉しいことよ。お姉ちゃんが、双子の弟達を好いてくれるのは。でも…格が違うのよ。そういうのとは。次元の違う好意の強さ。だからといって、セクシュアリティに関係した事柄に興味がある訳では無い。これはティザーエル本人から聞いた話。(なんでこんな事、母である私が聞いたんだろう…)
──
「ママ?私、2人の事、すっごい好きなんだけど、なんかねぇ…その…ねぇ?あるじゃん?その、好きの…もっと先って言うかさ。その、もっともっとずっと先にあるアレ。そこまではいかないんだよね…ミリ単位でそこまで近づきたい!っていう事でも無いのよ。要は、2人を性的な対象としては見てないって事。何その顔」
「いや…何言ってんのよ…私が困るわよ…もし、そんなのになったら…」
「いや、だからぁ、安心してって事よ、ちょっとは思ったんじゃないの?私がイキすぎるかもって…」
「思うかぁ」
──
ティザーエルと…《リフレイン》《ベニムーン》。
こんな異常な愛を、2人は真摯に受け止めている。それが私への安心剤。これ以上の姉からの愛を望んでいるのかな…あの2人は。
もしかして今以上に欲している?
現状に文句を言わない。ましてや、姉の事を好きでいる。それを友人に振り撒いてく中で、こうして悪い方向に転がる時も出てきた。3人の関係性には、簡単な言葉で言い表せない値へと突入している。なんか、家族なんだけど、家族以上の関係性。
愛を与えているし、その愛を還元しようとしている。
その還元の方法は多様なもので、暴力に重きを最近は置いているようにも思える。ティザーエルは、自身の未来を捨て去る覚悟でもしているのか、自分の事なんてどうでもいいような素振り。
普通、親であるにはここまで姉弟の結束が固いと嬉しいもののハズなんだけど、何だか…怖い。少し…怖い。この結束が切れた場合、とんでもない事になるかもしれない。
悲しんでたら
憎まれてたら
傷つけたら
壊されたら
踏み躙られたら
失ったら
殺されたら
死んだら?
ああ、もう、なんでこんなことをかんがえるんだろうね…ああ、思い出したくないことをこんなことに連想させてしまった。
ティザーエル、ベニムーン、リフレイン。3人のどれかが欠けた時、私にはあの3人を止める力なんて無い。そう、あの3人は特別なんだ…3人にはまだ喋ってない。いつかその日が来ると信じている。打ち明ける日が来るのを待っている。あなたと約束したから。あなたの力が解放された日に、それを話すって、約束したから。
二人のいない人生なんて。