[#37-私、そうして毎回嫌な部分だけを切り取ってゆく]
[#37-私、そうして毎回嫌な部分だけを切り取ってゆく]
西暦3703年2月10日──。
被検体としての2人の施設生活から1ヶ月が経過。
この1ヶ月間、2人が顔を合わせる事は無かった。どこかで2人は探していた。探っていた。
この建物のどこかに、彼(彼女)はいる…。
そんな幻想とも言うべき事象を踏み躙るかのように、人間達は散々な実験をセブンスへ実行する。高電力を発現させたプラズマ帯への可逆性の是非。他のセブンスから採取したと思われる細胞粒子を干渉させその反応が人類文明の進化に繋がる奇跡となりうるか…。ルケニアの種類個体がなぜ、地球上に存在してきた生物と酷似しているのか…その中には、何故、絶滅したとされる…今や古代生物とも称される大昔の生物まで、バリエーションが豊富なのか。様々な趣向を凝らし、施設研究員は実験を続けた。
その実験の中で、最も注意すべき事項と考えたのが…
──
如何にセブンスを殺さずに、様々な兵器に耐えうる性能か?
──
これだ。
セブンス…まだ少年少女とも言えない幼年児に対して、一体どこまで人間が手を加えていいのか…。無闇に干渉すると、先の事例にもある大爆発事故を発生させる可能性も考えられる。
更には、生命機関にも不明瞭な部分がある。
“セブンスが強いのか…ルケニアの影響を多分に受けているから強いのか”。
もし、後者だった場合、セブンスには個体生命としての生存は不十分だと言える。つまり…ルケニア無しだと、“普通の人間”だと解釈するのが自然になる。
人間が不適当になるセブンスへの接触は、何が正しくて、何が不当なものなのか。議論の余地は絶えない。
マーチチャイルド強化人間隔離施設 箱根湯本局──。
毎月10日になると、新たなセブンスが施設に“送還”される。それはどの国も変わらない。今回、箱根湯本局には3人のセブンスが送られた。
女の子は《フロスティ》、男の子は《イグニスター》《ウェイティス》の3人。年齢は3歳。3年契約を結んだ形となる。どの子も、親からの愛情を大いに受けながら、別れる事となった。
“また会おうね”。
その言葉を信じて。
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─
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来ない。誰も来ない。知らない人だけが私の前を通る。通る。通り切る。通り際に、ボソッと一言を言う。
「最期まで頑張ってね」
気持ちの悪いエールの仕方だった。取り敢えず、何かをやらされるんだとは思った。まさかそれが、国家の闇の部分に協力するなんて思いもしなかった。フロスティとイグニスターは、最初に顔を合わせてから見ていない。私だけがそういう立場なのか。2人は顔を合わせているのか。この状況から導き出される予測案を脳汁と合わせて絞り出す。
2人の思考を初見で瞬時に判断、解答が出た。
フロスティは、冷静沈着。どんな物事にも冷静かつ的確に対応が可能で、ゆっくり自分のペースでイベントへの対処を行う。その場に応じた適切なコミュニケーションをとることで、喋り手と受け手の相関関係を己が主体となり、リズムを陽動的にこちらに合わせる事が可能。言わば、“コミュニケーションお化け。
イグニスターは、物事への判断が早く、一番最初に思いついた思考が直ぐさま行動に移される。善し悪しで振り回される可能性の高い神経伝達システムではあるが、そこには“分岐路”という物がある。一番最初に思考を行動に移し、当該イベントへの対応を行っていると次第に新たな考えが浮かび上がる。また、また、また…どんどんと発出される。イベントを遂行していくと発出される“アイデア”。プラスアルファとして脳内では提供されているのだが、彼にとってはそれが最優先事項となる。ルケニアの影響があるのかもしれない…と仮説を立てておこう。つまりイグニスターは様々なアイデアを瞬間瞬間で編み出すことができる卓越した生産性の高いプロセス能力を誇っている。
両者、とても個性的だった。
会って話したかったな…。
2ヶ月後──。
4月16日。《オホーツク海域攻防戦》で特筆すべき事態が起きた。日本とロシアと中国が交戦を開始したのが、ロシア領内の海域であるオホーツク海だったため、このように称されている。《原世界》創造の起源である時から、オホーツク海はロシア領内にあるのは皆が周知の事。
だがある時を境に、オホーツク海をめぐる領土問題が生じる。戦争の原因で発現された人類進化の成功存在であるセブンス。この影響は人間以外の生命体にも変異体を生んでいた。人間よりは進化の経過時間がかなり長く、時間を置いての進化だったため、有識者達は何のタッチもしていなかった。
そんな中で、オホーツク海に棲む海洋生物に異変が発生。海洋生物の容姿、様が変化し、無知なる存在へ姿を変えたのだ。
原因は《ロストライフアップデート》以外に考えられる事象は無かった。ロストライフウイルスは粒子もので、海洋生物が吸入できるような物質では無い。と、なるとどうして海洋生物がロストライフウイルス…無差別殺人バクテリアを取り込んだのか…。
それはプランクトンにある。オホーツク海域は植物性プランクトンが他の海域とは段違いに数が多い。
冷たい“親潮”の流れているオホーツク海“北の海”は、暖かい“黒潮”の流れている黒潮域と、黒潮と親潮の混ざった混合域に比べてプランクトンの豊富さが異常。親潮の流れの中に、栄養価の高い植物性プランクトンがいるからに他ならない。それを動物性プランクトンが食する事で、生物進化の起点が生まれる。オホーツク海のプランクトンは体長も極めてでかい。それ即ち、体長に比例して食性機関も通常の動物性プランクトンより、増大される。
長くなったが、オホーツク海の主な海洋詳細はここまで。オホーツク海に影響を与えたロストライフアップデートの原因を掘り下げる。簡単に言うと、殺人バクテリアが侵入したターゲットは植物性プランクトンだと確定している。上記にあるとおり、ロストライフウイルスは粒子状の物で、決して肉眼では通常生命体だと確認する事は不可能。その粒子が空気中の大気と陽光と一緒に、海へと射し込まれる。植物性プランクトンの主な生存を確保する手段は、“光合成”。この光合成が後に、祝福と凶器を生む最重要項目。
二酸化炭素を取り込みつつも、太陽の光を伴う事で生まれる自然現象。その光合成が海面に通じて、大気中の二酸化炭素が海中へと流れ、陽光が海中を照らす。そのような光合成の作用で植物性プランクトンは生き永らえ、動物性プランクトンの食糧となる。
そこからは食物連鎖のシステムが流れの転換。当然なまでに動物性プランクトンも食糧としての役割を果たし、海洋生物達に捕食される。
オホーツク海は冬季になると、海水が流氷に覆われ漁業が困難になる。航行不可能となった海面上でも、下…つまり氷の下では海洋生物の活動が活発化。普段、定期的に行われているロシアの海洋生態系研究チームと港湾都市の交易を支える巨大市場カンパニー《シーワークス》。彼等の船体航行によって、オホーツク海に棲む生態系には、著しく“音”の悪影響を受けていた。時代年数的に見れば、100年単位での少しずつの変化。鮮度が前時代と比べてみたら明らかに劣化しており、これは捕獲の際の問題も議論されたが結果的には、オホーツク海全体に“何かしらの問題”が起きてるという結論に落ち着いた。氷海生態系に於いて、冬季中に微細藻類の繁殖が増す事は、《アイスアルジー》の大量発生を意味する。
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アイスアルジーは、春に向かって氷解する過程でさらに増殖し、海水中に放出される。バラバラに放出されると、水中で植物性プランクトンとして振る舞い、スプリングブルームを起こしたり、動物性プランクトンの餌となったりする。
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更にアイスアルジーは個体として完結させる事はほぼ無く、“塊”として海中に放出。海底までズンズンと沈降し、底生生物である“ベントス”の食糧となる。このベントスの餌となる事で、アイスアルジーは“氷海生態系”の主要な生産者として君臨。生態系が冬眠を果たしている冬の大地と比べて、氷中とも言える海はアイスアルジーの生産性の高さによって生物の活動が止まること無く、次世代に向けての新生物を画策していた。
アイスアルジーの繁殖でプランクトンのレベルが極点に達し、食物連鎖への多大な影響を与えていく。
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この全ての事象が入り混じることで、結実する流れこそが…ロストライフウイルスへの感染。
光合成の発生で海中へ干渉
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植物性プランクトンの餌として光合成を受信
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植物性プランクトン、ロストライフウイルス感染
↓
動物性プランクトン、植物性プランクトンを食糧にする
↓
動物性プランクトンを餌とする海洋生物が食す
↓
“ロストライフウイルスが海洋生物に感染”
↓
祝福を受けず、凶暴化。
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【上記に踏まえて】
冬季中に、アイスアルジー発生でプランクトン大繁殖。
《餌であるプランクトンを求めた海洋生物が食す。》
海洋生物に感染したロストライフウイルスは人間への影響とは違い、祝福を齎すような事象は確認できなかった。祝福を授からない代わりとして、当該ウイルスは生物を凶暴化させる悪性を付与した。
西暦3144年12月13日──。
ブラッディローメイ戦争の第2フェーズである、《デストラクチャーズ戦争》。セブンス代理戦争として、ブラッディローメイ戦争では無かった、セブンスの投入により戦いは激化を遂げる。そんな戦争中に起きたとある出来事が今後の世界の命運を歪に変化させた。
それが、“オホーツク海ロストライフアップデート”。
大地に炸裂した殺戮兵器が人類に影響を与えてから、345年。海洋生物への生態系を侵しているとは、その時は思ってもいなかった。オホーツク海へのロストライフアップデート進捗状況は、ロシアによると大した問題では無い…というのが世界への解答。
特になんら、問題視することでは無い。
だがそれは見当違い。ロシアは海中へ潜水艇を出す事も無く、識者の検証をすることも無く、当該案件を模倣した。日本はロシアへ、オホーツク海にて発生している海洋性寒帯気団の異質な動きの対処を提案。ロシアは受け入れる事は無かった。
この間で、オホーツク海に棲む海洋生物が愚直ながらも生体進化させてるとは露知らず。
西暦3703年4月16日──。
オホーツク海にて発生中のロストライフアップデートは人類が戦争を起こしている間に、完成系へと発展。オホーツク海の海洋生物に突如、暴動が起きた。海洋生物の暴動は、日本軍の拠点である北海道知床基地と日本領域最北端に位置する択捉島の日海軍バックアップ基地に損害を与えた。通常のサイズとは比較にならない程に増長した海洋生物が発生させる津波が、大地を掘削。港湾都市の機能も搭載している箇所には、軍事と経済とエネルギー資源のサイクルが重役を果たすものもある。
この暴動により、日本政府はかつてのオホーツク海にて確認されたロストライフウイルスとの関連性案件を再提示。ロシアの根本的な面に関する領域内の管理ミスに、日本が激怒。
世界戦争第3フェーズ《シェリアラージュ戦争》の真っ只中に起きた当該案件は、怒りに満ち満ちた戦いの意識に乗じて、ロシアへの攻撃ベクトルに繋がる。ロシアの甘ったれた領海への意識を、日本政府は厳しく批難した。
よって、4月16日。
《オホーツク海域攻防戦》が始まる。
オホーツク海を間に、日本軍は北海道知床と稚内に作戦指揮所が急設。ロシア連邦軍は、北海道の上方に位置するサハリンのホルムスク、ユジノサハリンスクに設置。主に繰り広げられたのは艦隊戦。両海軍が大艦隊を編成し、巡航ミサイルが撃ち放たれる様が連続性を帯びる。
こうして海上にて発生したこの戦い。だがこの戦争の終末は、誰もが予期しない不思議な一つのオプションの追加で、戦況が大きく変わる。
事の発端は、オホーツク海沖になんの前触れも無く、突如出現した無数の“溝”である。この溝が海面上に発生し、まるで海面を“切り取っていくように”等間隔に分け隔たれた溝が現れる。その溝ができる原因となった“障壁”と称するに相応しい透明なバリア。縦に長く、雲にまでその壁は続く。
戦争中に起きた障壁に、日本軍とロシア連邦軍の兵士は当然ながら、驚愕という顔を隠せない。戦争どころでは無くなり、一時はオホーツク海からの撤退を考慮したのだが、最早その判断は遅かった。
障壁は海は断裂させ、“パッチワーク”のように一つ一つの海を形成。大海だったオホーツク海を、形サイズの整った正方形として無数に構成。更に障壁が与えた災厄は、両海軍の艦隊にも甚大な被害が加えられる。発生した障壁の付近を航行していた艦隊は、上空からの光源をキャッチ。
両海軍は共に、“セブンスの能力”を示唆した。
オホーツク海域攻防戦に投入されたセブンスは、以下の4名。
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日本:《イクセリオン》、ルケニアはイッカク。《ピースネイザー》、ルケニアはダイオウイカ。
ロシア:《デイチャーム》、ルケニアはアザラシ。《ナシスプス》、ルケニアはウバザメ。
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“顕現能力を有する”セブンスが4名も参加した大戦。この戦いでは、主戦場となる場所が海域という事もあり、海に特化したセブンスが両軍共に投入された。考えている事は一緒というとこだろう。
特に注目するポイントは、日本のセブンスであろう。ロシアのセブンスと比較しても個体種の大きさに、隠しきれない程の差がある。日本の両名に顕現されたルケニアが、イッカクとダイオウイカに対して、アザラシのウバザメ。どちらも海洋生物という面では、この地理状況に対応しているとは言え、問題となるのは戦闘だった。日本のセブンスが繰り出すルケニア、イッカクとダイオウイカ。あくまでも姿形が似てる…という点でこのような表現をしているのだが、ここに来てハッキリした事がある。
ルケニアの行動特性には、実際に存在する酷似した生物の特性と重なる部分が多くあった。行動特性とは言っても、“攻撃面”の部分だけをフィーチャーされているから、それ以外の面に於いては似て非なるものの可能性も考えられる。
だが、セブンスがルケニアを顕現させる時のトリガーとなるのは感情の臨界点を超えた時。セブンスは感情に身を任せて、戦闘シークエンスへ移行する。もうそこからは誰にも止められない。
自我境界をグレードアップさせたセブンスを、止められるのは自分自身。それか、そいつを倒すしかない。オホーツク海域攻防戦は、そんな境界と境界を衝突させ合う、他に類を見ない聖戦が始まった。
それと共に繰り広げられる艦隊砲撃戦だったが、障壁の影響で、全てが海底に落下。大海に発生した障壁が、大きな切れ目を発生させ、その切れ目に向かって波が起きる。高波。地震が生んだプレート亀裂による津波のような、押し寄せる波がそれぞれに発生したパッチワークの切れ目に進行。艦隊は、ただただそれを受け入れるしか無かった。逃げようとした。逃げようにも立ち塞がるのは、障壁。撤退経路を失くし、包囲する障壁。
全体面積153万k㎡はあるオホーツク海が、規則性のある正方形型サイズで、障壁によって切り取られる。
上記に書いた異変は、セブンスによるものでは無いか…という仮説だがそれは立証されないだろう。
何故なら、その溝にセブンスも落下したからである。日本とロシアは戦闘指揮所にて、オホーツク海域攻防戦を観測。この様に唖然。両軍は膠着状態となり、休戦協定が可決された。
先ずは事態の把握と対応。
この発生した“溝”は果たしたなんなのか…。現在も発現中の紫色の障壁はなんなのか…。戦争以前の状態へ戻る事はあるのか。
4月16日。5時間に及んだ戦いは、何かが起こした災厄によって終結した。




