[#1~2-House of The Alcyon]:1.111+0.1-9/4119
「第一章 夭折の叛逆」完全最終決定新版。
第零章 ニーディール&エレリア、ペンラリス&ペイルニースの《アルシオン編》に大幅なシナリオを追加した新版。
[#1~2-House of The Alcyon]
この世界に織り成す、動植物の生態系の流れは、劣る事を知らない。
それ故に個体それぞれが様々な進化系統・分岐をさがしもとめて、自分に適した進化の形を遂げる。果てしない進化の果てに見えるのは、“死”へと終局する身体の破壊。生命は死ぬ。どう足掻いても必ずは命の終焉が始まる。
体内で働く細胞が脳での信号を、全て外部へ行動化させている。それに耐え切れなくなった動植物は、土に還る。
多くの生命がそれを繰り返し、世界の生命エネルギーの均衡は保たれつつある。そんな中でも異端な存在として、自然進化と人工進化を絶えず行い、新たな理を紡ぐ可逆と不可逆を持ち合わせた生命種がいる。
人間。
地球上に存在する他の生物とは一線を画す生命体。他の生命体とは異なる感情の表現が可能で言語能力という特異な性質を持つ。古くから地球に住み着いている人間は、多種多様な進化を経て現代まで生き延びてきた。
その生存本能は“極”に達していると言えよう。人は生きるために罪を犯してきた。楽園を追放された最初の大罪である“原罪”から始まり、大小問わず数え切れない罪を背負ってきた。
執拗な迄に生存に固執している。それが人間の使命なのだ。次の時代…また次の時代へ、己の血筋を受け継ぐ。確実な前へ進む一歩としては、子孫の繁栄は欠かせないものだ。だがその一歩というのが、過ちを選択する事項が多くなってしまう事にも繋がる。
それはいつしか、人と人との戦争にまで発展。同じ個体生命の形であるにしろ、戦いの概念を回避する事は難解だ。
“敵対”より、恐ろしいものは無い。
戦いの果てに待つ結果というのは、案外予測出来ないものでは無い。
勝つか、負けるか。どっちかしかない。
イレギュラーな状態を除き、その2つ以外に有り得ないのだが、結局は両者がゴミのように次々と人を散らせてゆく姿を想像すれば、最早勝敗を決めるのが目的では無いのかもしれない…とも思ってしまう。
血が流れない時代など、存在しない。
人が持つ力には限界がある。「人には限界は無い」などと名言…抜かした事を言う者も存在するが、それは個人の尺度の違いに過ぎない。個人の尺度でものを言ってしまえば、そんなものはファンタジー。何でも言いくるめることが可能になる。勝手なそれぞれの人生の結論。
個々の生命には必ず、限界がある。
だが、その限界を超越した“異分子”が存在する。
“セカンドステージチルドレン”略してSSC。
超越者、とも言われている。
彼等は人の姿をした悪魔。人智を超えた完全生命体。彼等は“SSC遺伝子”という特殊な遺伝子情報を有している。それにより幼少期頃から恐るべき能力を誇っていた。身体的にも学術的にも人間の如何なるステータス内外問わず、人の域を超えた天頂の力を持つ。
SSC遺伝子を持つ者は基本的に先天性の能力覚醒者が多数。だが、人間というのは実に愚かで残虐、非情な生き物だ。
大人達の身勝手な行動で、子供の人生を容赦無く奪う行為を平気な顔で実行。
“SSC遺伝子能力ワクチン強制投与”。
舞台となる世界を統べる大陸政府はセカンドステージチルドレンの遺伝子情報を保有している。そのデータを使用し、研究開発を重ねた結果、ワクチンアンプルを製造することに成功。これを子供に注射すれば、強制性を帯びた人工的なセカンドステージチルドレンが完成する。後天性セカンドステージチルドレン、そう呼ぶ。
子の意見も無く、後天性セカンドステージチルドレンとなるケースは珍しい事じゃない。
では何故、大人は子供をSSCにするのか。
財産になるからだ。
近年、この世界の情勢は大きく変わりつつある。地域紛争の活発化、暴動、そして…セカンドステージチルドレンの攻撃だ。先天性セカンドステージチルドレンがこの世界に現れた律歴4000年8月20日。この日から世界は混沌とした時代に突入した。
この世界に存在する4つの大陸。それぞれの大陸政府の協力関係も弱体化していき、SSCの齎す攻撃が最悪の結果を招いている。何の目的で我々人間を攻撃してくるのか…理解が出来ない。重要施設を破壊し、経済的損失を狙っている。明確な目的があると推察できる。更に、“攻撃”という名目の中には当然、人間への直接攻撃も当てはまる。
現時点で世界が抱える主な問題はセカンドステージチルドレンの攻撃だ。貧困層が増加。生活を確保するのは、至難の業になった。食糧の困窮と安息の地の確保が人間には適切な生存競争の選択なのだ。
そんな選択肢すら与えれてもらえないのが、セカンドステージチルドレンに破壊された街の住民、死んでいった住民。
目も当てられない地獄のような光景がネットワークを通じて、全大陸で確認することができた。
最早、生きてる事が苦痛なのかもしれない。
天才を欲する親の身勝手な都合と判断で、能力覚醒を強いられた子供。それを卑劣と捉えない人間が多数いるのも現実だ。
◈───────────────◈
セカンドステージチルドレンには、その比類なき力の代償で生命力は極端に短く、20歳という若さで生涯を終える。
◈───────────────◈
この事象が真実と実証された昨今では、SSCワクチン強制投与は殺人罪として扱わなければならないのでは無いか…という学識研究者も現れた。今、世界で、このワクチン強制投与は罪に問われる対象の刑事罰として、大陸法で指定された。
だが、現在では若くしてこの世を去る若者が多く、その全ては能力に長けた人間であったことがパーソナルデータに記録されている。法に背いた者が、今でもワクチン強制投与を行っているという、人の穢れた思考を垣間見る事ができる一つの事象。
SSCワクチンは、闇市場“ダーティーマネー”にて取引されている。勿論、これは警察が取り締まらなければならない案件ではあるが、一向に解決への糸口が導き出せずにいる。何か大きな組織が関係している事は明白であった。
セカンドステージチルドレンとして生きる者には、“思い出”が無い。先程書き記したような内容だと崇め奉られるような存在を空想できさえするが、現実は甘くない。「あの家には悪魔がいる…」と罵られ、親から虐待を受けるとそれに対して、子からの暴力で家庭崩壊。能力者は人の域を超えた存在。感情の臨界点も軽々と超えてくる。自身では制御が効かない程まで、力を相手に加えてしまう。
その結果、セカンドステージチルドレン達の末路は悪夢だ。
記憶を辿っても、プラスな方向に繋がるようなものが無い。それは皆一緒の事実。先天性も後天性も関係無い。
セカンドステージチルドレン達は、各々に“覚悟”がある。社会の闇に身を潜め、己の力を行使する事で裏社会の支配者になった者。自警団のように反社会勢力を警察の影で取り締まる正義の旗を掲げる者もいる。
前者は勿論、後者もこれは公にする事は出来ない。
この事実がどうであれ、能力者の居所が発覚するとそれぞれの大陸政府が統制する強化人間隔離施設“ニゼロアルカナ”へ連行される。四肢拘束、飲まず食わず、人体再生能力の可否を確認する部位の切断…人の様々な限界値を求められる人体実験。それを繰り返すSSCにとって地獄の日々…という逸話が一般の間では流れている。
そんな噂が流れるのは無理も無い。セカンドステージチルドレンは悪魔だ。産まれてくる事自体が、大罪なのだ。
そんな大罪を欲する大人。
矛盾だらけの世の中。小難しい現実を虚構と落とし込みたい。
そんな隔離施設に囚われの身となった一人の男児“サリューラス・アルシオン”。
サリューラスは血塗られた過去と決別すると共に、この監獄からの脱出を図る。
サリューラスの忌まわしき過去…。
それは、アルシオン家の血統が全ての始まりである。絶望し、憂鬱になり、別離を迫られ、隔離され、再会を遂げ、寵愛と出会い、絶愛する。
主な舞台はこの世界に点在する四つの大陸の中で最大の規模を誇り、当然ながら比例するように人口も最多数を有するラティナパルルガ大陸。
当大陸を中心に、生物達による価値を模索する物語が始まる。
◈
別世界、日本──。
サリューラス・アルシオンが誕生する40年前。
SSC超越者血盟一家アルシオン拘束作戦が決行。
以下、身柄を確保したアルシオン家の面々。
─────────
父、グラノウズ・アルシオン
母、サーセリア・アルシオン
兄、ニーディール・アルシオン
姉、ヘルクイン・アルシオン
妹、エレリア・アルシオン
弟、ヘラーキー・アルシオン
─────────
全員から血液検査を行い、SSC遺伝子シグナルを検知。“日本政府”の狙い通り、アルシオンにはSSCになる素質が宿されていた。なのだが、アルシオン家にはセカンドステージチルドレンの所以たる、一般人類の数値を凌駕する能力値が確認されないことが明らかになった。
研究員はSSC原初の血、“SSC遺伝子マザーコピー”をアルシオン家に投与。だがこれでも能力値に変化は見られない。突如の覚醒を危惧して、ニゼロアルカナは警戒を強化。より強固な檻を作成。日々アルシオン家と対峙し、セカンドステージチルドレンについて研究の毎日を送っていた。以降、ここでは隔離施設での生活やアルシオン家への施設員の対応、アルシオンの応対については省略する。
事の重大さを再確認する事が出来たのは、それから1年後。
西暦2159年6月19日──。
今まで覚醒の兆候が見られなかったアルシオン一家の面々。だが突如としてSSC遺伝子の能力覚醒が始まった者がいた。
兄・ニーディール、17歳。
妹・エレリア、15歳。
2人はSSC遺伝子能力を解放し、施設員への攻撃を開始。
途中、日本軍機動作戦部隊が陸上と航空の2方面で迎撃作戦を展開。爆撃航空船団ドットフェイサーによる地中貫通型爆弾の猛撃を回避&バリア。
超極的な熱源エネルギーを諸共せずに2人は日本軍を撃滅。アルシオン一家を隔離拘束していた施設は日本軍の攻撃で崩壊。施設員は既に、覚醒を遂げたニーディールとエレリアの攻撃で全滅。
大量の血が流れる。その大地へ降り注ぐ弾道の嵐。
血の匂いは、やがて燃え焦げた焦熱の真っ平らな大地の影響で見え隠れ。施設の周辺領域は、森林地帯。自然破壊は造作もない。自然を考えるよりも、現在置かれた状況を最優先事項に考えるのが、この時代で生きる者の価値観。
世界は変革しつつある。生易しい感情を持つ者は生き延びる事は出来ない。
世界は直ぐに変わる。
こんなにも広いのに、一つの事象で世界の命運が一瞬にして決まるのだ。誰がトリガーになるのか…。誰がこの世界を変えるトリガーとなるのか。誰もがトリガーとなるキーマン。
そのキーマンとなりうる最大のアイテムが、セカンドステージチルドレン。その中でも“原初の血”を濃く継承するアルシオン一家だ。
そんなアルシオンは2人が逃亡し、残りの家族は消息不明。
“死亡”と記載出来ないのは、ドットフェイサーによって破壊された隔離研究施設跡地に遺体に相当する肉片がどこにも無かったから。ニーディールとエレリアが脱走したのは、皆が周知の事実。だが、残りのメンバーは…誰もその姿を見ていない。
2人が脱走したその時、一体何が起きていたのか…。
何故、2人のみが能力覚醒に至ったのか。
何故、他のアルシオンは脱走しなかったのか。
様々な疑問が生まれたこの事件。
アルシオン一家を拘束したのは間違いだったのでは無いか…。
疑問で疑問を重ね合わせ、国民からの痛い意見が政府には止まらなく通達される。国際的にもこの問題は大きく取り上げられ、米国が最大の援助を送る中で、他の国々からは日本の選択に対して強く批判するような意見も現れた。
◈
逃亡に成功した2人のアルシオン。
ニーディール・アルシオンとエレリア・アルシオン。
彼らの消息も当然、不明。
これを説明できる言葉は“セカンドステージチルドレンだから”というのが最も簡単で、最も適切な表現だろう。
擬装コクーンを使用した光学迷彩なのか、刹那的な速度で転移能力を発現可能なのか…とにかく現在の人の認知とは掛け離れた、未知のアクションが実行されたのは確かだ。
予想すらも出来ない。先ずは日本の関東圏を徹底的に捜索。ドットフェイサー爆撃爆心地の富士樹海を中心とした、旧箱根湯本付近と旧熱海付近は、廃墟化が進んでいたため、ほぼ全ての建造物が爆発の餌食に。耐えた建物は、ほんの一部。こんな所に隠れるなど到底不可能だ。
と、なると捜索範囲は関東圏から更に拡大させる必要性がある。
6月25日──。
捜索範囲は日本列島全域へ。“世界全体”を視野に広げた捜索網を展開する事が国際連盟によって決議され始めた頃。
日本に最悪の事態が訪れる…。
西暦2159年6月28日──。
東京にて突如、少年少女らを中心とした暴走事件が発生。7歳から15歳の子供が中心となって、東京都内で無差別虐殺が開始されたのだ。国民は切り刻まれ、臓物の露出が止まっていない。明らかに“殺す”事を目的とした、血腥い攻撃だった。“東京都内少年少女暴走事件”として日本軍自衛隊が殲滅作戦を展開。だが、子供達の攻撃は不規則な動きを見せながら、攻撃を回避。斉射され続けるマシンガン、銃火器搭載のタレットトラックを全て回避。やがて暴走事件を起こした子供達は、個人個人の行動だったパターンから、集団行動をとるようフォーメーションを展開。このフォーメーションは自衛隊が殲滅作戦展開時に使用するはずだった、攻撃フォーメーションと酷似する姿だった。総合指令所が命令したフォーメーションコードを傍受していたのだ。そしてそれを、自衛隊が展開する前に実行へ移す。この事実が、自衛隊を戦慄させるには十分な材料となった。
西暦2159年7月1日──。
暴走事件を起こした少年少女らが電波塔をジャックし、犯行声明を発表。
“我々は、ユベル・アルシオンの遺志を受け継ぐ者、ハギオス。我々は人類への報復を宣言する”
ざっと12名以上は確認出来た電波ジャック映像。相手はこんな少ないはず無い。少人数を電波に映したのは、これ以上の攻撃意思は無いことを示唆しているのか。この少数でも日本を崩壊させるに値する攻撃方法を持っているのか。可能性としては後者だろう。奴らに攻撃意思が失われたとは、この声明を聞くに全く思えない。ハギオスによる声明前、日本への攻撃が停止していた。それが、“攻撃意思が無いことを示唆しているのか”という意見へと繋がる。そんなことは無かった。やはり、彼等はこれからも攻撃を続ける。ハギオスと名乗り、結束力も高めている。
人類は彼等を野放しにするつもりは一切無い。
即刻、ハギオスへの次なる殲滅作戦を立案。先の脱走事件の懸念点を考慮した中で濃密に策謀を組み上げていく。だが懸念点など見つからない…。懸念点というよりも、単純に彼等の力が恐ろしかった。恐ろしく強い。信じられないほどの強さだった。
そして、怖い。子供の姿をした悪魔⋯。だから、より怖い。これは切り離せない。この強さと怖さは、兵士の戦闘意識を低下させる最大の懸念点となった。動きの問題では無い。“アルシオン富士樹海研究施設脱走事件”と“少年少女暴走事件”で味わったのは、感情への破壊的な衝動だ。感情が体内組織を貪るように、行動を停止させる。
西暦2159年12月17日──。
月日が経ち、暴走行為を起こしたハギオスの所在を特定することに成功した。場所は福島県いわき市。目標物索敵式改装型観測衛星ランドサット7が観測した情報によると、ハギオスはいわき市に永住していた訳では無い。突然いわき市に姿を現し、いわき市への攻撃を開始したという。それもそう、7月19日からこの日まで一切の攻撃行動が確認されなかったのだ。犯行声明が発表された後は、数箇所への攻撃が行われていたのに、2週間強でその動きが停止。何かの違和感を覚えたのは無理もない事だが、人類はこれを好機と思い、ハギオスの襲撃が無い空白期間で様々な作戦の立案と兵器製造への着手を実行。更に他国への戦線参加も要請し、次のハギオス発見時には米国空軍の応援航行参戦が受諾された。
そして12月7日。
約5ヶ月ぶりとなるハギオスとの戦闘。
米国空軍も参戦し、万全の状態で挑むこの決戦。
だが、人類はハギオスを見縊っていた。
彼等が一つの場所を集合地として捉えているはずが無い。
そんなこと少し考えれば、思いつくような事を人類は辿り着けなかった。福島県いわき市にて展開された作戦“第一次SSCキルアウト”。この詳細を語るには、まだ多くの付加価値的なオーパーツを携える必要性がある。よって、人類側の話はまたの機会にするとしよう。
◈
施設からの逃亡。
姿を消したニーディールとエレリア。
2人は一体どこに消えたのか。
何故、忽然と姿を消す事に成功していたのか。
人類はこの消息不明事案を“SSC遺伝子能力の使用”と公には発表していた。
だが、実際のところ、当人たちにとってそれは無理な話だった。
当時、ニーディールとエレリアにはもう倒れる寸前のダメージを負いながら、施設を離れていた。森林地帯を駆け抜け、ただただ走り続けた。
「お兄ちゃん…もう私…無理だよ…、、、」
「エレリア…クソ、、、俺も…もう、、、いや、エレリア、俺の背中へ」
「で、でも…お兄ちゃんも…足が…」
ニーディールとエレリアは裸足。裸足のまま3kmは走行を維持。走る事しか思考を巡らせなかった。走っている時は痛みなんて気にせず、というか気にする暇も無かった。だが疲労が最大値に到達し、運動器官の一時停止を行ったその瞬間、身体中に痛みが激震。
どうしようも無く、2人には足への痛みが重点的に展開されていった。釘が突き刺され続けるような、泣き叫びたくなる痛さ。
セカンドステージチルドレンは、超人的な能力を誇っている。ただ、セカンドもその姿だけを見れば人間。人の器を借りた生命体にすぎない。
「俺は大丈夫だ…、、、エレリアの方が心配だ…」
「う、うん…ありがとう…、、、痛いよ…、、枝が、、突き刺さっちゃってる…」
「…そんな、、、クソ…なんで…なんでだよ…なんでこんな目にあってるんだよ…、、」
「お兄ちゃん…、、お父さんとお母さんは…?」
「エレリア…すまない…」
「お姉ちゃんとヘラーキーは…?」
「エレリア…、、多分、、、みんな死んだ…」
「…!!!そんな…嫌だよ…みんなに、、、あいたい…、、会いたいよ!!」
泣き喚くエレリアをニーディールは抱擁するしか出来なかった。こんな兄貴失格だ…。ニーディールは彼女を抱擁すると共に自身の能力の過失さを恨んだ。
「もっと俺が強かったら…」
「…お…、、お兄ちゃん??」
「もっと俺が強かったら…、、こんなことにはなってないんだ」
「お兄ちゃん、やめて。そんなことを思うのはやめて」
「エレリア…」
「私だって、お兄ちゃんとみんなと同じなんだから。私にも罪がある。だけど、こんな目に遭わせた奴らを…許すつもりは無い。絶対に殺す。殺さなきゃならない」
「エレリア、ありがとう。だが、エレリアは何もするな」
「なんで?私だって戦えるよ」
「家族をもう失いたくないんだ」
「お兄ちゃん…」
「エレリア、多分、お父さん達は死んだ。生き残ったアルシオンは俺らだけだ」
「うん、そうだね」
「この血筋は必ず残し続ける」
「うん、、え、、?、まさか…」
「エレリア、俺との子供を作ろう」
「お兄ちゃんとの…子供…」
「アルシオンの子供を作るにはもうそれしかない。もう俺たちは人間と関わることは出来ない」
「でも、これからこの世界でどうやって子供達は生きていくの?今私達は追われる身なんだよ?地獄みたいな世界を子供達に遭わせたくないよ」
「ああ、判ってるよ。一つだけ打開策がある」
「え…?」
「血の書き換えだ」
「血の書き換え…」
「奴らはこう言っていた。『セカンドステージチルドレンの遺伝子情報が濃い血盟』と。どうやら俺達には特別な遺伝子が書き込まれているようだ。その力をどうするつもりだったのか知らないが、人間は俺らの能力を欲していた。その遺伝子の書き換えを行えばいい」
「遺伝子の書き換えって…そんなこと、どうやってやるのよ。遺伝子なんでしょ?体内で巻き起こる事象を解決させるなんて無謀なんじゃ…」
「他人の血を輸血するんだよ」
「…え…?!」
「他人の血を採血し、俺達に注射する。一定量以上の回数を重ねれば、アルシオンの血を最小限に抑える事が出来るかもしれない。クリスパーキャス9っていう遺伝子変換技術を知ってる。遺伝子編集⋯技術がある訳じゃないけど、血液で代用が効くものかもしれない⋯」
「え、でも、でも…その他人の血って…」
「決まってるだろ?殺すんだよ」
「そんな…、、、」
エレリアはまた泣こうとしている。顔を手で隠し、現実から目を背けようとしていた。
「エレリア、いいか?俺達は何にも悪くなんてない。普通に、真っ当に生きていたのに、今、裸足で森林を駆け抜け、血だらけになりながらも生きている。家族を半分以上失ったのにな。俺らには、この世界を生きる使命を託されたと思うんだよ。そのために、犠牲は憑き物だ」
「でも、、幾ら他人といっても…」
「なるべく国民は狙わない。軍人を狙うつもりだ。俺らをこんな目に遭わせた奴らを生かしておく訳にはいかない」
「うん…それだったら…いや、、、そうじゃなくても、分かったよ。私、お兄ちゃんの意見、さんせい」
「ありがとう。血の書き換え“リコンビナント”を行い、その後、子供を作ろう」
「何人殺せばいいのかな…」
「分からない…ただ、少なく済ませるつもりだ」
「さっき…あんなに、、人間を殺したい…て思っていたのに、こんな状況になると急にそんな気が無くなってきた。私…怖いのかも…人を殺すのが…」
「そうだな、ただ人間は平気で俺らに銃撃を続けていた。やめる動作は一切見せずにな」
「じゃあ、人間は私達を…相手を…対象を平気で殺せる度胸があるんだね」
「人間とは、恐ろしい生き物だ。凶器は常に、頭の中にある。所持している武器の中で最も凶暴なのは、脳だ。思考。機転性。人の性。それより恐ろしい武器はないよ」
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。かなり先の話になるんだろうけど…、、子供どのくらい欲しい?」
エレリアの質問で、俺は久々に笑みを零した。こんなに可愛い質問が、この状況で飛んでくるとは思わなかった。思わず顔面が綻んだ俺の姿を見て、彼女も少し口角を上げた。
「そうだなぁ、、、沢山欲しいな。6人とかかな」
「ろ、6人!?ず、随分と…、、、も、、まぁ…、、へぇー、、あ、、ああ、そういう感じなんだね…」
「あー、いやごめん。エレリアの事、何も考えてなかった。出産って辛いよね」
「ううん、大丈夫だよ。私、頑張る。でもこのままだと…産婦人科行けない…よね?」
「そうだね…産婦人科…行けないな…。独学…いや、そんなの無理だよな…」
「産婦人科の人間連れてくるとか?」
「俺らの顔は日本全土に伝わってるだろう。病院なんか行って顔見せたら直ぐに終わりだよ」
「脅して連れてくるとかは?」
「エレリア…、、なんだか人が変わったようにズバズバとクレバーなことを言うな…」
「考えられる事は言っておきたいの。言うと思考が活性化されて、次のステップに進めるような気がするから」
「そうか、じゃあ“脅し”の次に編み出したのはあるか?」
「うん、あるよ。病院の人間、産婦人科を除いて全員殺すの。これが最高の脅しよ」
「ああ…、、、そうか…。取り敢えず…子供のためにも、リコンビナントは必ず成功させるんだ」
「うん、殺すのは…この付近の…」
「そうだな…本来だったら、世界のどっかに飛んで行って、世界の端の方にいる人間を殺せば誰にも見られずに殺せるんだろうけど…生憎俺らは飛行機に乗る金も無い」
「私たち…飛べないのかな…」
「飛べたとしても、今の残された力じゃ直ぐに果てるだろうな…」
「じゃあ…日本人…殺すしかない?」
「仕方無いな…」
リコンビナント。血の書き換えを行い、アルシオンの血筋を絶やす。セカンドステージチルドレンとしての遺伝子情報を消失させて、遺伝子探知シグナルの解除に挑む。そして、アルシオンとアルシオンの子供を産み、少なからずのアルシオンの嫡出を誕生させる。きっと2人の嫡出はアルシオンの血…SSC遺伝子が最小限に抑えられた状態で生まれる。そうすれば俺達のような目に遭わずに、子供達は普通の生活を送れる。少し考えたら危ない事は分かっている。分かっていても、アルシオンの血筋を絶やすというのは避けたかった。2人が生き残った使命だから。
リコンビナントの作業に入るため、早速ターゲットの選定に向かう事にした。
その時、森林が揺らぐ。風では無い。無風だ。
「ねえ、お兄ちゃん…なんか変だよ…。地面揺れてないのに…木が…」
地震でもない。にもかかわらず、大樹は揺れ続ける。枝のみが揺れていたが次第にその揺れ具合は拡大。葉にも影響を与えていった。
「…ねぇ!お兄ちゃん…、、、、」
「ああ、俺に掴まれ…なんなんだ…」
すると大樹と大樹の間に、集約されるエネルギー元素の円環が発生。その円環は徐々に回転を遂げ、やがてその回転が大樹にも影響を与えている事を知った。
「…、、、この、、エネルギーが、、、揺籃の正体だ…!!」
エネルギーの回転が暴風を発生。
まともに会話することすら困難な状況に陥る。
「お兄ちゃん!!」
「エレリア!!絶対に離すなよ!もう誰も…失わない!」
「お兄ちゃん………!」
円環エネルギーが、ニーディールとエレリアを飲み込もうとしているかのように、2人をロックオン。エネルギー元へ近づけさせていた。
「こいつ…、、!俺たちを食おうとしてるのか…!?」
「ねぇ!この中に入るしかないよ…!」
「…!そんなこと出来るわけないだろ!」
「でも…、、、もうこれ以上、、!この風に抗うなんて無理だよ!!手がもげちゃう…」
「クソ…」
円環の内部。中心を視認した。空間が形成されているようには見えない。中は暗黒の空洞。こんなにも暴風を発生させているのに、この円環エネルギーの中には何も混入していない。枝や葉が風の影響で、円環エネルギーの中に入ってもいいものだが、円環が拒んでいるんだ。
実際、枝が円環を目前にしているシーンを今確認した。だが、枝が円環の中に入ることが無かった。
────
円環の方から、“自然”を拒絶している。
────
円環エネルギーが受け付けてないんだ。なのに…俺達はズルズルと円環に近づいて行ってる…。引き寄せられてる。
「お兄ちゃん…!もうダメだよ…私、行くよ…」
「おい…お、、、ああ…分かった…行こう…!」
「うん、お兄ちゃん…離さないでね」
「絶対に離さない!」
超絶的な暴風。こんなの絶対に周辺地域は更なる被害に遭遇しているはず。きっともうすぐ軍の人間達がやってくる。観測衛星からだって、この異常気象を確認しているはず。もうここには長くいれない…。ここまでなのか…折角、良い計画を思いついたのに…生存を少しでも長引かせられるチャンスを見つけたと思ったのに…。
ニーディールとエレリアが、2人1緒に円環エネルギー中心部へダイブ。視覚映像では確認出来ない、真っ暗な空間の中に飛び込んだ。
◈
落下。
ただただ落下運動を続ける。
声が出ない。
声を出すことが許されない世界だ。それでも声を出そうと試みた結果、エレリアの反応が空間内に響く。
「エレリア!」
「お兄ちゃん、ここにいるよ」
「あ、ああ…よかった…」
手を繋いでいたのに、気づけなかった…。感覚が奪われているのか…。だが目は見える。匂いは…無い。これが、嗅覚を失っている可能性を視野に入れる事となった。嗅覚が奪われた…という仮定で物事を進めるなら、それ以外の感覚器官だって確定で信じる事は出来ない。
音。
だが音はいま、エレリアの声が聞こえた。
大丈夫だ。大丈夫な…はずだ。
これは…エレリア…だよな。
俺が今、手を繋いでいるのは、エレリア、妹だよな…?
「エレリア…?」
「うん?なに…?」
「大丈夫だよな…?エレリア」
「う、、うん…大丈夫だけど…これ、私達…落ちてる…よね?」
「ああ、前に進んでるとは思えない」
足が浮遊している状態。これが円環に飛び込んだ瞬間から続いている。
「ねぇ…?お兄ちゃん、あの先…光だ」
「あれは…あそこに向かって…落ちてるのか」
その発言の瞬間、まるでそれが正解かのように落下スピードが急加速。ただそれによる身体的なダメージは皆無。
ジェットコースターの急降下時、臓物が胸骨部分へ集中する出来事が想起された。これは身体的ダメージは皆無…に該当するのだろうか…。
光の先に身体が触れた。接触した瞬間に、今まで急加速落下だったのが、加速スピードで低落。光に触れ、スローリーになる。光はゼログラビティを発生させているようだ。光が放つ、“光”なのか、輝きとでも言い表すものなのか、強力な重力マイナス。
助けられた…という解釈をしておこう。急加速落下の運動エネルギーを消失させ、ニーディールとエレリアは光に完全接触を行った。
光に触れると辺りは、真っ白に染め上げられ、別空間が視界に映される。
「……………」
「なんだ!?おい!何を言ってるんだ!エレリア!」
「………………………」
何も聞こえない。何も聞こえないのに、何かをずっと言い放っている。この異空間の原因を突き止める理屈とかそういう内容に言及しているものだとは思えないが、妹がこんなに近くにいるのに、声が全く聞こえない。口をパクパクされている。エレリアからは俺の声が聞こえているようだ。何故だ…何故俺にだけエレリアの声が聞こえないんだ…。
包まれた光が晴れていった。
◈
「なんだ…ここは…、、、木?そんなに大きくない…樹海では無いのか…こんなに明るかったか…?」
横を見渡す。公園に立っているレベルの木が立ち並ぶ。緑を生い茂っており、重ね合った木々の枝や葉からは陽光が射し込んでいる。4m先にエレリアが仰向けの状態でいた。ニーディールは見つけ次第、彼女の元へ直行。身体を起こし、目覚めを願う。
「エレリア!エレリア!おい!頼む…!目を覚ませ!!」
「…ンンンんうああ、おにい…ちゃん…?」
「はぁ…良かった…、、大丈夫か?」
「うん…大丈夫だよ。なにここ?」
「分からん…さっぱり分からない。富士樹海…では無いようだ」
「え…あ、確かに…富士樹海ってこんなに明るくならないよね…どの時間帯も、それに…木が小さい…」
「ああ、一体ここはどこなんだ…」
視覚と嗅覚、2つの感覚が新たな自然を感知している。森林地帯という概念は変わっていない。だが、明確なまでに広がる世界観が違う。
この異変は何なのか。2人が原因の目を向けたものを“光の収束円環”と仮称し、光の出現ポイントを探る。
「お兄ちゃん、さっき私達はここから出てきたよね?」
「ああ、そのはずだ…」
無い。辺りには視界を遮るような強い光が無い。陽光のみが辺りを照らしている。光の収束円環は人工的なものとは思えない。誰かが故意にやったものとはとてもじゃないが思えない。
「あれは…自然現象…ということか…?」
「ええっ…、、、なによそれ…、、」
「だって、人間があんなの発現出来ると思うか?」
「うん…確かに…私たち…完全に、非現実的な体験をしたよね…」
「漆黒の中を落下し続けて、今、何事も無かったかのように、地上に降り立っている。視覚機能に障害も無いし、感覚が麻痺している訳でも無い…」
「お兄ちゃん…歩かない?」
「そうだな…」
2人は歩いた。森林地帯を歩く。
この世界。少しでもいい。何か情報が欲しい。
日本ですらも疑わしい。信じ難いが、あの空間を飛び越えた先は、外国か…?熱帯雨林。いや、そこまで暑くも無い。気象状態は安定している。薄着でも厚着でも、特に服装に困る必要性の無い、人が歩く上で、運動する上で適した天候。その天候が俺達を更に不安へとさせる。
「お兄ちゃん…結構歩いたよね…」
「疲れたか…?」
「ううん、大丈夫だけど…、、」
「いや、無理はしない方がいい」
「ごめんね、ちょっと…小休止していい?」
「もちろんだ」
疲労していてはこの先の歩行にも危険が生じる。休むことは最善の策だ。だからといって、こんな所在も分からない場所に長居するのは危険。“小休止”とエレリアの口から言ってくれたのはニーディールへの気遣いだ。ニーディールは妹がこんなに優しかったんだ…と評価を改める。
色々と家族内では問題児だったエレリア。学校でも目立つ存在であったのは聞いた事がある。喧嘩もしょっちゅうしていたと聞くし、肉弾戦にも発展したというのも噂ではあるが耳にしている。直接、本人に聞こうとはしなかった。エレリアにも事情があるだろうし。どうせ聞いても、纏まった回答は得られないと勝手に決めつけていたから。
でも、そんなクレバーな妹と一緒にいる。
そして、子供を作ろう…とまで言った。エレリアは嫌がって無かった。これは普通の対応では無いよな。肉親とセックスをするなんて信じられないはずだ。なのに彼女は了承。
彼女のサバイバル精神を強く感じ取った。エレリアもまだ死にたくない。死にたくないし、生存の可能性を広げようと模索している。家族も築こうとしている。
うん、大丈夫だ。妹は強い。この精神は見習わなくてはならない。
「お兄ちゃん…?」
「ああ!ごめん」
「何ずっと私の顔見てるの?」
「いやいや…、あの…、、、」
「…する?」
「え…」
「しない?」
「いや、でもまだ…書き換えをしていないから…」
「中にしなきゃいいでしょ?」
エレリアは…こんなに大人な精神を構築していたのか…。どんな生活を送っていたんだ。たった一つの文言で彼女の過去を詮索せざるを得なくなる。大丈夫なのか…男問題で抱え込んだ事は無いよな…?
「エレリア…」
「お兄ちゃん」
エレリアの唇がニーディールの頬に触れた。
「エレリア…」
「さすがに、今はやめとくよ。私…ほら、汚いし。お兄ちゃんも…うん、、、んね?きたないし…」
「…うん」
翻弄されてしまった。自分から子供を作ろうと言ったのに、いざこうも始まると緊張の汗が止まらない。それに、エレリアは臭くない。髪も艶やかで、肌も十分に整っている。不安視する部位は一切無い。ここで止めたのは、本当に自身の身体の付着物を、相手に擦り付けるのが嫌だったからなのか…。ただ単にニーディールで遊びたかったのか。未だ、ニーディールに対して性的興奮の対象者として認識出来なかったからなのか。定かでは無い。
「私、もう大丈夫だよ」
「そうか、身体休まったか?」
「うん、ある程度はね。大丈夫」
「そうか、じゃあ少しずつ歩こうか」
「うん」
無理矢理な笑顔。そんな笑顔を見れて、俺はたまらなく嬉しくなる。それは、エレリアが俺を心配させないよう尽くしていると捉えたからだ。と、共にエレリアがこれから俺に対して感情を偽るんじゃないかという不安にも繋がる。
今やエレリアのみが、俺の生きる意味。
彼女を守る事こそが俺の使命。
屈託の無い笑顔を壊すなど、もう許されない。エレリアの興味が俺に向いていない可能性を考慮した。だがもうそれでもいい。ボディーガードだと思ってもらって全然構わない。
エレリアがこれからも感情を偽っていくなら、俺は彼女に真正面から振り向いてもらうよう努力しよう。そう決めた。
◈
2時間程度歩いた。靴も限界に近い。施設からの服装もずっと継続させたままの状態。まるで脱獄犯だよ。
「お兄ちゃん、少し私だけで周り散歩してくるよ」
「いや、そんなことはさせられない。俺も一緒に行こう」
「ううん!大丈夫だから。ほら、お兄ちゃんは少し休めて。抱っこさせてもらっちゃったんだから。この先も、私のこと、お姫様抱っこしてくれるんでしょ??」
「あ、ああ…」
「…ンフフフ、なぁんてね。でも結構効いたでしょ?というわけで、この先は私がジキジキにエスコートしてあげるから。それの下見したみぃ〜。じゃ、傭兵さんはここで待っててね」
幾ら女の子といっても、1時間以上のお姫様抱っこはキツかった…。エレリアの提案で小休止を取る事にしていたが…エレリアの性格には弄ばれっぱなしだ…。元気なのは良い事なんだが…。一人で行かせて、本当に大丈夫だろうか…。
「はぁ、もうどこまでこの森は続くの…?」
怖くは無い。昼時だと思う。2時間前からこの天気が続いてるから、今日一日は晴れ模様なのかな。私、晴れが好きだから現状にはまぁまぁ満足してる。だけど、こんな格好で歩き続けるのはやっぱりイヤ。
独りか…。なんだかこの感じ、久々だな…。独りになりたくなくて、力をつけた。そうしたら、みんなが振り向いてくれたの。だから私は力を緩めることなく、自身の力を思う存分行使した。私が言う“力”というのは物理的なもの以外に、支配力、統率力といったリーダーとしてのポジションも意味している。私が“帝位”に就くと、みんなが私を求めてくれる。私を褒めてくれる。私を偉大な者だと勝手に認識してくれる。ただ力だけで手に入れたポジションじゃない。学校での成績は強く反映される。私は必死になって、全ての物事をやりきった。結果が良ければ全てに尽くした労力なんてどうでもいいの。
「結局、歩いても何も無いか…お兄ちゃんのとこ戻ろ」
そう思った時だった。背後から何者かの気配を悟った。こんな感覚初めてだ。
「なに…これ…、、なんかおかしい…ビンビン言ってる。私のアンテナが…ビンビン叫んでる。喚いてる…」
感じたことの無い感覚に包まれる。研ぎ澄まされた聴覚はやがてその異変の正体を突き止める大きな要因となった。対象を発見。
「誰?、、、その木陰にいるのは誰?」
10秒間の沈黙を空け、正体を顕にしたのは女だった。
「誰?」
私は警戒を強め、怪訝な表情と視線で威嚇した。私には威嚇程度のつもりなのだが、相手はとても怯えている。私の威嚇ってそんな効果あるのかな…。
「あなたこそ…そんな身なりで何をしているんですか?」
「…、、あー、、えっと…」
「一人…?」
「いや、私の他に、まだいる」
答えてしまった。しかも真実を。だけど…何故か、敵対組織とは考えられなかった。これも私の研ぎ澄まされた五感のせい?お兄ちゃんと同じくらいの年齢の女だ…。
「怪我してるよね??大丈夫?」
「ああ、私は大丈夫だ。だけど、、、」
「だけど…?」
「お兄ちゃんが…」
「お兄さんと一緒なのね…。お兄さんが怪我してるの?」
「いや、怪我では無いが、少し疲労が溜まってしまったんだ」
「そんな…こんな所で…、、ちょっとまってて」
「お、おい!」
「そこで待っててー!」
「なんなんだ…あの人…、、」
大人しく待った。待ってみた。
「あの…」
「うあおあ!!急に現れるな!」
「すみません…かなり警戒されてたので…」
「だったらそんなよそよそしい雰囲気を出すな!」
「すみません…、、あの、これ、使えますよ」
「なんだこれ?」
「救助用の牽引タンカーです。お兄さん、身動き取れないぐらいに危ないんですよね?」
「あ、ああ…ありがとう…」
「行くあてはあるんですか?」
「…、、、いや、どこも無い…」
「どこにも行くあてが無くて、一体何を…」
「あなたはこの近くに住んでるの?」
「ええ、そうよ。“アラモシア”」
「アラモシア…?そこは街か?」
「そう、、だけど…。アラモシアを知らないの?」
「ここはどこだ」
「えっと…アラモシアで、ここが…」
「もっと広く言ってくれ。でかい規模で」
「でかい規模…、、、だったら…トゥーラティ大陸って言えばいいのかな…。でもここがトゥーラティ大陸なのは判ってるもんね」
トゥーラティ大陸…?なんだそれ…。そんな大陸名、地球上に存在したか?
「そ、そうだね…。勿論それは知ってるよ…サバイバル生活しててさ、お兄ちゃんと。んでもう限界になっちゃったの…あーあ、疲れた疲れた…それでさ…その街に私を招待してほしいんだけど」
「う、うん…いいよ、大丈夫だよ」
「本当に?ありがとう。あなたの名前は?」
「私は“ムイネク”。アラモシアの観光ガイドもやってるの。たまにここでのんびりするのが、私の楽しみなんだ。だけど珍しいね。この森を使ってサバイバル生活するなんて。滅多に聞かないよ」
「そ、そ、そう?でも、ありがとう。じゃあお兄ちゃんと合流しよ」
「はい」
この女、外国人なのか…?トゥーラティ大陸…改めて考えてもやっぱりそんなの無いよな…この世界に…。
光。
あの光を超えた先は…、、、異世界…?
嘘でしょ…まかり通るとでも…?でもこれ以外現在置かれている状況を精査する言葉なんて無いよ。
「お兄ちゃん、あのさ…」
「誰だ!?」
「ヒィイイッ!!」
「ちょっと!お兄ちゃん!!」
ニーディールが瞬間移動。ムイネクの身体を拘束した。首元には尖った木の枝が突き立てられている。あと数センチ首に突き刺せば、喉元からは大量の出血が確認できる程にだ。
「お兄ちゃんやめて!」
「エレリアに何をしたんだ」
「わ、ワタ、、私は…何もしてません…!!」
「エレリア、本当か?」
「本当よ!本当だから、私、ほら。何もされてない!それに、この人は私達を助けてくれるの!」
「…なに?」
「うんうんうんうん!」
必死で訴えるムイネク。
ニーディールは彼女への拘束を解いた。
「ごめんね、ムイネク」
「……!!」
「ほら、お兄ちゃんも謝って!この人はムイネクさん。私達を街に招待してくれる人よ」
「す、すまない…。悪かった」
「兄妹愛…凄い…いいね…、、、お兄さん、凄いガタイ良くて強いんですね…、、直ぐに分かりましたよ…」
「ムイネクと言ったな?街というのは本当か?」
「そうよ、アラモシア…」
「アラモ…シア…?」
「あーーー!!とりま、んね?行こう。ムイネクさん」
「え、ええ、そうね。もう日の入りが始まるわ。夜になると危険だし、またアイツらがやってくる」
「あいつらって…誰?」
「えぇっ?知らないの?嘘でしょ…?」
「あ、あのー、、サバイバル生活が長くてさ…私達、全然世間を知らないのよねー、んね?お兄ちゃん」
「んえ?サバイバ…、」
『お兄ちゃん??!!!』という殺意的熱視線がニーディールの眼球に指向した。
「あ、ああ…そうだな。かなり長く外にいたからな」
「うーん、にしてもだと思うんだけど…。アイツらっていうのは…
────────
セカンドステージチルドレンのことよ」
────────
律歴4059年6月27日──。
ニーディールとエレリアは、ムイネクの紹介によってアラモシアにて居住生活を開始させた。ここが、日本では無いことはアラモシアに住む人々と環境と建造物が、これでもかと示して来た。エレリアの言った“異世界転生”なんぞ、信じたくもないが、そう判断するしか無くなった。
ニーディール・アルシオンとエレリア・アルシオンは、日本では無い、地球上とも思えない謎の世界に降り立ったのだ。
この日から、2人の覚悟と決意と遺志の物語が始まった。
ここから先、2人に待ち受ける運命がどれだけ高い壁なのかを…現段階で2人は知る由もない。
◈
律歴4060年1月1日。
この日まで、俺とエレリアはこの世界の住人から血を授かってきた。こう丁寧な言葉で紡いでいるが、決行してきた行動を振り返ると俺達は、悪魔としか言いようがない。アラモシアには病院があり、病棟には輸血室が備わっている。俺達は夜中、病棟に侵入し、複数の輸血サンプルを奪った。その際に役立ったのが俺達に搭載されているSSC遺伝子とかいう能力プロトコルだ。シーク機能で、現実世界との乖離を果たした。俺とエレリアはここにいるのに、誰からも認識されない。勿論、監視カメラにもだ。俺達は毎晩毎晩と少しずつ輸血を行い、アルシオンの血筋を最小限に抑える努力をしてきた。目眩もした。意識も朦朧として来た。他人の遺伝子を受信するってこういう事なんだな…と思った。
輸血をしていくと次第に輸血室のサンプルは減っていく。当たり前の話だが、俺達は先のことなんて考えて無かった。自分達の計画遂行にしか、頭を働かせていないのだ。感覚的にはまだ、リコンビナントの余地があると思える。それはエレリアも同様だった。
「お兄ちゃん、殺ろう」
「エレリア…」
「もう、人の血しかないよ。生きてる人の血だよ。もう何十回もやってる理由は、注射してきた血液が、使い物にならないやつだからなんじゃない?」
エレリアの言葉で、俺は決心した。この世界に有難みも無い。ムイネクと街の住人には感謝している。しかし、最優先事項は俺達が安全に暮らすことだ。いつどこでまた、セカンドステージチルドレンと疑われるのか解らない。少しでもSSCの血を絶やすために…。
───❈
だから、人を殺した。
──────────❈
夜、アラモシアの近くに位置する海浜公園で男集団を発見。5人はいたであろう男グループにエレリアが接近した。
「あの…」
「おん?どうしたー?可愛いの」
「あの…道が判らなくて…」
「迷子になったのか?どこに住んでるんだ?」
「わからないの」
「親は?」
「親はいません…」
「じゃあ…警察に連絡した方が…」
「お兄ちゃんはいるけど」
❈─────────────❈
❈─────────────❈
背後から現れたニーディールが5人を虐殺。SSC遺伝子攻撃を使用した打撃と打撃から生まれた暴風圧のミックス。エレリアは見ているだけ。俺に、殺しの全てを任せた。別にこんなシチュエーションを組まなくても、普通に殺せたのに。このシナリオを組んだのはエレリアだ。
『せっかく、人を殺せるんだから舞台を作りたいなぁお兄ちゃん!』
全く、恐ろしい女だ。あの男に見せた演技。あの顔。エレリアは、この世界で生きることを楽しんでいるのか…?人を殺すことを快感と認識しているのか…?
アルシオンの血が最低量をマークした。これは“感覚的”と先に称していたが、ここまで他人の血を輸血していると嫌でも、自分の血が無くなっていくのを感じる。だが根幹には未だにアルシオンの血は残っている。それでいい。それでいいんだ。特別な血をリセットさせようとまでは思わない。ただ危険な目に巻き込まれる数量値からは脱却させる。
「お兄ちゃん、、これでいいんだよね」
「ああ、もうこれで十分だろう…」
「何人の血を輸血したんだろうね」
「この5人を含んだら、もう20人以上だろうな」
「5人のこと…どうする?遺体も持ってきたし…」
「埋めよう。俺らにはそれが出来る。現にこうして、5人を“持ってきた”」
「お兄ちゃんの怪力っていうか、なんというか…5人を一気に持ち上げるし、姿を消す能力とかって…どうなってるのよ…」
「俺にも分からない。だが備わってるからには、有効利用させてもらう」
律歴4060年1月1日──。
俺達は目交い、近親相姦の果てを始めた。ただの男女の交接じゃない、特別な刺激が2人の快楽を覚醒させた。
「お兄ちゃん」
「エレリア…」
「私達、、いけないことしてるよね…」
「そんなことはないよ。俺らは愛し合ってる。そうだろ?」
「うん…そうだね。お兄ちゃんのこと、好きだよ」
「一緒に生きるぞ…この世界で」
◈
律歴4091年4月5日──。
光の収束円環から31年が経過した。
ニーディールとエレリアには六人の子宝に恵まれ、最初に生まれた子供は1月で30歳を迎えた。
┌─────────────┐
律歴4061年1月6日
第一子・デュルーパー誕生。性別は男。
律歴4062年2月6日
第二子・ヴィアーセント誕生。性別は女。
律歴4064年12月6日
第三子・マディセント誕生。性別は女。
律歴4069年6月6日
第四子・スターセント誕生。性別は女。
律歴4072年11月16日
第五子・ペンラリス誕生。性別は男。
律歴4076年10001011100
第六子・ハピネメル誕生。性別は男。
└──────────────┘
みんな、すくすくと安心安全に育ってくれた…。
私としてはそれだけで十分幸せ…。本当にこの子達には普通の生活を送って欲しい。30年前の記憶が今でも、脳裏に焼き付いている。
いや、今になってそれが悪夢として毎晩訪れる。その際にいつも私は子供達に迷惑になってしまうぐらいの声を発してしまう…。本当にダメな母親だよ。そんな母親を支えてくれるのが、私の可愛くて逞しい子供たち。
「ママ?大丈夫?」
「お母さん、大丈夫だから。今日も一緒に寝るよ」
「ママ、こっち見て。大丈夫だから。私がいるから」
ヴィアーセント、マディセント、スターセント…。
私は…情けないよ…。娘からいつまで心配させてしまうんだろうね…。本当は親が子供の将来について…とかを心配するんだろうに…。私は…、、、私は…、、どうしたら…いいの…。
──────
「ハピネメル…!!帰って来て……」
──────
「ママ!」「お母さん!」「ママ!」
第六子、ハピネメル・アルシオン。
ニーディールの選択は間違っている。
私からハピネメルを離別させた。
ニーディール…。どうしてなの…。
なんでなの…、、、
私の大事な大事な子供なのに…。
成長が他の子より遅いから?
私からハピネメルを取り上げないで…。
私から希望を奪わないで…。
私から絶望を生ませないで…。
◈
俺はこの世界を忌み嫌っている。
“アルシオンの五つ子”最後の嫡出子、ペンラリス。
俺には特別な力が宿されているようだ。
それが明確になったのは、学生の頃。
小学生、中学生、高校生と時代を重ねるにつれて、俺の中で魂が鳴動する。その鳴動はどうにも一つのトリガーによって発生していると第1フェーズである小学生の時に理解した。
“感情の臨界点”。
学校で巻き起こる様々な対人関係の衝突によって、俺の感情が沸点に達した時、内側で鳴動する“何か”が暴れ回る。それは鳴動で留まっていたものが、爆発を起こし、外部に移される。
発動方式は至ってシンプル。暴力だ。俺の周りでは暴力沙汰は日常茶飯事。学校のリーダーを決めるには一番に適した方法なようだ。俺はこの事象を一切“問題視”なんてしていない。もっと影響を受けるよう仕向けることが出来ないのか…とまで思っている。
結局は人なんて、力だけ。力が世界を制圧するんだ。言論統制なんて知らない。ゴチャゴチャ物を言うやつは、ぶん殴れば、蹴っ飛ばせば、片が着く。
と、言ってもそんなもの許されないのが大人の社会だ。だから、高校生まで暴力に明け暮れる毎日だった。俺の力があれば、この世界を手中に収めることが出来る。そんな野望じみたものを見るまでに成長した俺の感情臨界点に眠る“何か”。………もういいか。親が言ってた。
『みんなには特別な血が流れている』って。
セカンドステージチルドレン…か。
なんなんだよそれ。
『私とニーディールで、血を書き換える行為に走ったの。私達の家系に危険が及ぶからよ。だから、あなた達も20歳を迎えるまでに自身の血を減らしなさい。その方法が…』
そんなグロい事しなきゃならないのかよ。
「ペンラリス?」
一番年齢が近くて価値観の合うスターセントだ。
「なんだよ」
「あんたさ、セカンドステージチルドレンの力、出したことある?」
「“出した事ある”って言う文言は合ってんのか?」
「合ってるんじゃない?どうなのよ」
「あーー、まぁ何か、周りの奴らとは違うなぁとは思うけど。スターセントはどうなんだよ」
「私も、特別な力に悩まされるの。ンでね、お姉ちゃんとお兄ちゃんに聞いてみたんだけど、皆には宿るような力を感じたことないんだって」
「俺とスターセントだけが、母さんの言ってた力に目覚めてるのか…」
「そ。あんたと私だけみたいね」
「ンで、スターセント。この事、母さんと父さんに言ってねぇよな?」
「あったりまえじゃーん」
「さすが姉ちゃん」
「ンでしょ?こんなの自慢もんだよねー。絶対手放さないんだから」
「やっぱ家族の中で一番に話が合うのはスターセントだけだよ。あとの奴らはただの介助者。もう勘弁してくれ」
「あんたは一匹狼だからね。いざとなったら私を頼るんだよ?」
「ああ、ありがとうな」
「おうよ」
俺は家族とは隔絶した生活を送っている。母の面倒な世話にはもうウンザリだ。いつも毎回毎度息子の名前を、ベラベラと言って…。もう居ないっていうのに、執拗に言い放つんだ。腹が立つ。居ない者はいないんだよ。それに、奴のことを覚えても無い。だから俺には思い入れが全く無い。
「ハピネメル…ハピネメル…ハピネメル…ハピネメル…」
おかげで第六子の名前はもう絶対に忘れねぇよ。にしても、なんで父はハピネメルをアルシオンから離したんだろうな。俺以外のアルシオンは知ってるんだろうか。
俺が興味無いだけで、割と有名な話なのかな。
まっ、どーでもいーですよ。
18歳。一人暮らし。他のアルシオンは、母の看病で未だにアラモシア付近に住んでいる。俺はと言うと、トゥーラティ大陸の北西エリア、セケランドゥスのビーコインネスシティ。ビジネスライクを送るに適したオフィス街と居住区画が混同した中規模の都市だ。
真面目に会社員を始めようとしている、この俺。真面目に社会性のある規則的で安定した職に就いた。この先はもう、普通の生活を送ろうと、過去の俺とはおさらば…したかった。
だが、現実はそう上手くいくもんじゃない。
慣れない社会での立ち回り。俺が今まで嫌悪感を抱いて来たタイプとの集団的行動原理。マジでイヤ。本当にムカつく。理論で話を組みたてていく同期とか上司を見ている虫唾が走るんだよな。本当にムカつく。言語機関の成長が止まる。何回でも言いたい。
『本当にムカつく』
これを吐いたとしても、なんにも現実にプラス方向へ、働く事は無い。なのに吐き続けてしまう。過去とおさらばするはずだったのに、またこんな感情と向き合ってる。これを解放する方法はただ一つ。
臨界点を突破させた対象への攻撃だ。ただ、現状の立場を考えるとそんな、直接攻撃を与えてしまうのは社会的制裁を受ける事になってしまう。
じゃあ、どうするか。溜まりに溜まった煮え滾る感情を発散するのは、物への暴力で片をつけるしかない。これが結局のところ一番良い感情処理の仕方。
築きたくも無い相手と否が応でも関係値を構築しなければならない窮屈で面倒な世界。
社会って本当に嫌だな。広いように見えて、実際は物凄く新人にとっては狭い世界。ある程度の年月を重ねないと、上にも行けない。実力主義の社会でなら、こうはならなかったのか…?だったらその世界に行きたい。
実力至上主義。白いキャンパスのようなデフォルトの状態で、一斉にスタート。そこからは完全な実力至上主義で、力があるものが勝ち、弱いものは落ちていく。
そんな若い時から出世が望める世界に憧れた。だけど、今からそんなところに目指そうとは思わない。今はもう選んでしまった仕事を果たして行こう。折角受かったんだしな。
職場での経験は今までに感じたことの無い刺激的な毎日の連続だった。考えうる範疇外の課題が次々と提示されては、それに追い込まれていく。
数をこなしていく内に、課題と課題を比較するようになり、「前の方が簡単だったな…」と思うようになる。するとなんだか、気持ちが楽になるんだ。途中でその逆転現象とも言える「これムズすぎだろ…めんどくせぇ」といった現象にも陥るが、最終的には締切日までに間に合い、事は終わる。
そうなると、この“ムズい課題”が今の自分が出来る最高レベルという解釈になる。
こんなにも挑戦的になれるイベントは人生で初だ。案外、自分には向いている仕事なんだとも感じた。何事もやってみなくては判らないな…と無意識に頷く。
職場は至って普通のオフィスワーク。もう、本当に普通の所。高階層のオフィスの中にある33階に位置するだだっ広いスペースを、借りているのが俺の仕事場。何十台も備わるパソコンと敷居とワーキングスペース。食堂もあるし、休憩所もあるし、カフェもある。そこでお茶をしたり、なんだかんだやって、上司への愚痴を同期と言い合ったりもしている。
◈
仕事仲間も増えていった頃。
律歴4091年7月19日──。
俺に彼女が出来た。今まで出来たことが無かった。俺には必要の無い存在だと思ってたし、なんなら俺と価値観の合う女なんて一生現れない…と思っていたから。だけど、彼女は違った。同期の“ペイルニース・トゥルーフ”。
女には前から興味が無かった。主に会話やら交流をするのはいつも男のみ。そんな、周りから見たらピュアだと思われるような男に振り向いたのがペイルニースだった。
「ペンラリスくん、今日さ一緒にご飯食べよ?」
「え…?いや、俺は…いい」
素っ気ない態度。俺は別に女と交流しようなんぞ、これっぽっちも無い。眼中にも無い。別にセックスなんて出来なくてもいいと思ってる。なんなら、セックスを軽蔑してるまである。
─────
肉親同士の元に産まれたからだ。
──────
それが何故、“軽蔑”に結実するのかは、俺にも説明が難しい。だが、良くは思えない…そう思ってしまう。
「そう…判った…また誘うね」
「……また誘うね…?なんで…」
こんなに話しかけるなオーラを出しているのに、どうしてここまで接近してくるんだ。何故そこまでして俺に接触しようとしてくるんだ。
この⋯“昼食べよ誘い”は4月から6月14日までずーーーっと行われて来た。意味不明。ほぼ毎日。2日に1回。ペイルニースに仕事が立て込んでる時は来なかった。それと、俺に仕事が立て込んで昼もプロトコルノードの作業をしなくてはならない時。彼女は俺に話しかける事は無かった。
昼の時間、俺が一人で、飯を食ってる時のみ、彼女は話しかけに来た。タイミングを図っているんだ。ただただ誘ってる訳じゃない。俺の領域を理解した上で彼女は行動している。それが判った途端、彼女を知りたい…と思うようになって来た。
そして、6月15日──。
「ペンラリスくん、今日ってさ…一緒に食べない?」
「………俺で、、、いいなら」
「…え!?!ホントに!?」
「あ、ああ」
「やった!!ありがとう!じゃあ食堂いかない?」
「え、ちょっと待って…なんで今日、俺、弁当持ってきてないって知ってるんだよ。いつも俺を誘う時、みてるだろ?弁当なの分かってるよな?なんだよ今の、俺が食堂行くの分かってたような言い方」
「あ、あのね、、、ペンラリスくんと仲良い人に聞いて、、、『ペンラリスは日替わりのチキン南蛮定食が好きだからその日を狙うといいよ』って言ってたから…。ほら!今日チキン南蛮定食の日じゃん?だから…食堂行くかなぁ…と思ってさ…誘うには絶好のチャンスだと思ったの…あの…ごめんね、なんか偵察みたいな事しちゃってさ…」
マジかよ…俺と一緒にいたいからってそんな時間割いてまで…。ガチで信じられない。俺と何を話したいんだよ…。もうそこが心配だし不安だし⋯あと少し怖いわ…恐怖とかいう意味のやつじゃなくて、なんでこんなことに労力使うのっていう。だけど、そこまでしてくれたのか…気分は悪くない。
「いや、そんな事はないよ。気遣ってくれてありがとう」
「…うん!じゃあ行こ」
その日から、ペイルニースと食事をするのが当たり前の日常と化していった。気にかけてくれて、気さくに話しかけてくれて、絶えない笑顔を振りまいてくれる。くしゃっと笑う顔が俺の目には天使のように見えてきた。大きく口を開けて笑ってくれる。別にそうでも無いジョークを交えただけなのに。だがその後、「ペンラリス、それはもう言わない方がいいと思う。うん。私は面白いけどね」と良いのか悪いのか、どっちとも捉えることが出来る感想を述べる。これも彼女の良いところだ。ハッキリと物事に対して嘘偽りなく吐き出す。笑えるのも事実だし、ダメだと思うのも事実。そんな両極端な意見をまとめて提出してくれる。
こんなにも出来た女がこの世にいるのか…。俺にはとてもじゃないが、割に合わない。もっと適合した相手がいるはずだ。なのに…
「ペンラリス、一緒に食べよ?」
「ペンラリスー、ここのさ、データの配合ってどうなってる?」
「ペンラリス?なんだか顔色悪いね?元気少ないよ?」
「ペンラリス、これ、食べる?さっきコンビニで買ってね、美味しかったからまた買って来ちゃった…、、あの、、要らない??」
彼女との時を過ごしていく中で、段々と募る彼女への想い。それは彼女も同じだった。
職場以外での関係性も構築し、食事と買い物というテンプレート的な男女の交友を楽しんだ。これは全てが、ペイルニースによって企画されたシナリオ。俺は何もしていない。
「また行こうねペンラリス」
「あ、うん…」
振り回されてる…のかな。俺と一緒にいて楽しいのかな。
ペイルニースは俺のどこに興味を示してしたんだ。
やがて、俺達は交際関係をスタートさせるにまで発展。
自然な流れだった。
◈
「あのさ…ペンラリスは…私以外に、、女の子の友達いる?」
「いや、いないよ。君だけだ」
「じゃ、じゃあさ!私、もっとペンラリスと一緒にいたいから、付き合ってくれない?」
否定する理由が無かったから、彼女の想いに応えた。俺的にはこの選択がプラスなのかは分かってない。ただ、彼女がそう願っているのなら、それに応える他無い。彼女には感謝している。おかげで、少なからず職場での他人との会話が増えることにも繋がった。
「おい、ペンラリス。お前、ペイルニースと付き合ってんのか?」
「うん…そうだけど…」
「いいなぁ、、、あの子、本当可愛いよなぁ。ペンラリスはどうやって落としたんだよ?」
「いや…俺は、、、何もしてない」
「んえ?何もしてない??まさか、ペイルニースの方から近づいてきたのか?」
「そうだな…俺は本当に何もしてない。情けないぐらいだよ」
「ええーー、、、マジかよ…俺が聞くに、ここの何十人もの男が、告白したけど軒並み玉砕したんだとさ。お前、すげえな…。マジでかよ」
「…、、それは、、、知らなかった…」
「まぁな。ペンラリスはそういうの興味無いだろうしな」
「うん…」
「いいなぁ…ペイルニース…、、あのハツラツな笑顔に、綺麗な白肌、ツルツルなウルフヘアに、高身長の完璧スタイル!ありゃあ幾多の男を虜にしてきたに違いない。なのに…なぁんで、女に興味無いお前んとこに行くんだよーー!!」
俺にも判らない。
◈
「おはよう!ペンラリス」
「ああ、おはよう」
「今日も大変な日だね」
「特にな。朝から外部の人間を交えた企画会議だ」
「そうだね、私は違う部署の人との会合と、ブラーフィ大陸から来陸するお客さんの相手」
「ペイルニース、気をつけてな」
「もう、なんなのー?私はあなたの子供じゃないよ?」
「アッハハハ、そんなことを思いながら言ったんじゃないよ」
「いいえ、言いました。あなたは、私を、子供扱いしましたーあ。こんな子供いませんよねー?」
「そうだな、こんな可愛い子供はどこにもいないな。大人の世界にも、こんな女の子はいない」
「ちょ、ちょっと…朝…、、朝だから…、、もう…」
まさかこんな男が、女の子と同じ屋根の下で暮らすことになるとは夢にも思わなかった。
律歴4097年12月9日──。
同棲生活を始めてから、5年が経過。
同じ職場ではあるが、就いているプロジェクトが異なっているため、ペイルニースとは別方向別時間の来社。
今日もいつも通り、俺が先に家を出て、彼女が2時間後の10時に家を出る。変わることのない、変わりようの無い毎日。
5年前。運命の日。
俺が家族から離れた日。
…………ああ、ダメだ…。思い出してしまう。油断すると思考回路にいつも現れる。出てくるな…と懇願すると余計に現実を邪魔してくる。昨日の出来事のように思い出されるあの始末。俺にはこの選択しか無かった…。彼女を頼るしか能がなかった。
───────
「ペイルニース!」
「ど、どうしたの??そんな形相で…」
「一緒に…来てくれないか…」
「一緒に…、、、?」
「どこか遠くで、一緒に暮らそう。2人で」
「……うん、いいよ。ペンラリスが言うんだったら、私、ついていくよ」
───────
具体的な事は言わず…彼女にはとにかく、俺と一緒に来てほしかったから呼んだ。後から考えたら、人のことを何も考えてない独りよがりな行動だった反省してる。
だが、彼女も彼女だ。こういった言い方は誘っておいて良くないが、目的を何も聞かずに俺の意思に乗ってくれたのは…違和感がある。いや、俺が凄い剣幕で迫ったから、彼女には選択の余地が無かっただけか…。少しぐらい、疑問に思ってもいいものだとは思うのだが…。
その後、ゆっくり出来る時間が確保された時に、こうなった経緯について話した。
─────
「そうなんだ…、、大変だったね。お父さんとお母さんは心配してるよね」
「どうなんだろうな。俺には判らない」
「心配してるに決まってるよ。自分の子供なんだから…」
「そうか…」
「ねえ、ペンラリス?」
「なんだ?」
「私を頼ってくれたのは…私が、、、大切だから、だよね?」
「もちろんだよ。君と一緒にいたいから」
「ペンラリス、嬉しいよ、私は。家族の方々には悪いけど、しばらくは一緒にいるよ。あなたが私に飽きるまで」
─────
この5年間。彼女との生活に於いて嫌悪感を抱いた事は一度もない。愛し合っている。そんな彼女とは今夜、ディナーの約束をしている。そこで俺は、プロポーズをするつもりだ。いつまでも“同棲生活”をするつもりは無い。決着をつけなきゃいけない。その決着は彼女と離れるという事では無い。正式に、社会的な方法で、男女間の繋がりの最上級グレードを結ぶ。俺にとっての決着は、同棲生活という言葉を捨て去る行為だ。
5年間、実際に足を運ぶことで学んできた大人が向かう極地。
「ええっと…、、プロポーズをするのは…夜。夜なのか…。ンでぇ…ええっと、“高層タワーの夜景が見えるところ”。そうか…そういう所に大人は集まるんだな。男の服装は…スーツか。色は…白か黒。なるべく黒。ンでぇ…」
恋愛本(特にプロポーズマニュアル本)を読み漁り、職場内の仲間からの助言もあり、徹底したオンステージを作り上げる事に成功した。“バーセラーリュート”有数の大都市、“ガイラロトポス”の超高層タワービルに所在するスイートディナーハウス。トゥーラティ大陸を一望する事が可能な最高のレストランだ。
スーツも新調。ペイルニースにもホワイトスーツを拵えた。
「ペンラリス、今夜の約束、楽しみにしてるね」
「ああ、楽しみにしといてくれ。それと…これを着て来てくれないか?」
「これ…?」
「中身を見た反応は、今は見たくない。ペイルニースが着た時のリアクションを見たいからな」
「うん、判った!後で見るね。じゃあ行ってらっしゃい」
「うん、先に行くよ」
ペンラリスから受け取ったスーツカバンを確認する。
「ええっ!!ウソ…超可愛い…真っ白のシンプルな作り…かと思いきや、黒襟の可愛いポイント付き。ジャケットスーツだから、ボタンもオシャレ…これ…高かったよね…ペンラリス。ありがとう…絶対着て行くね」
◈
同日19時──。
トゥーラティ大陸 ガイラロトポス タクスコアホームタワー
「お待たせー!」
「待ってないよ、今日も仕事お疲れ様」
「うん、お疲れ様。んでえ、どう?これ。ペンラリス今朝もらったスーツ着てみたよ。すっごい可愛いね」
「うん、可愛い。いつも以上に可愛い」
「…………あのさ、もう、、行かない?ジロジロは…キツいかも…」
「あー、うん、、行こうか」
それから俺達は高層タワーから眺める夜景を堪能しながら、食事を楽しんだ。窓際席から眺めるトゥーラティ大陸の全景は素晴らしいな。あまり気にした事が無かったが、この世界はこんなにも綺麗だったんだな。夜なのに、点在するネオンで各エリアが綺麗な様相を物語っている。
「綺麗だね」
「ああ、綺麗だな」
「あんまり、私、この世界を気にしたことないから、なんか不思議な感覚だよ」
「え…」
「うん?どうかした…??」
「いや、ううん…なんでもない…」
「ん??」
「可愛いよ、その戸惑った顔も」
「意地悪しないで…!ペンラリスはほんと、急に私をいじめるんだから」
「いじめてないよ、本当に可愛いから言っただけ」
「じゃあ、可愛いって言ってくれない時は、可愛くないってこと?」
「そ、そんな事ないよ!」
「でもー、さっきの理論だとそうなるよねぇー。ねぇー。ねぇーーーー!ー!!!?ー?!」
「いじめてるのはそっちじゃないか…」
「んふ、ンふアハハ…確かにそうかも。ゴメンゴメン」
俺と同じ感想…。まぁ、、そういう事も有り得るよな。
そして、プロポーズをここで決行。
最初は急な思い切った発言に彼女は戸惑いを隠しきれずにいた。
「きゅ、急すぎるなぁ…」
タイミング…間違ってしまったか。で、でも男は助走とか無しにしてそのムードのまま突っ走った方がいい…と恋愛マニュアルには記載されていた。だから…大丈夫。うん、大丈夫だ。
「………」
長い沈黙が続く。彼女は悩んでいるんだ。ここで俺への想いに応えるのが最善の策なのかどうかを。結婚はこの先の長い人生のパートナーを決める一大決心。女性側にとって簡単に判断できる訳が…
───────
「はい、お願いします!」
───────
12月9日、ペンラリス・アルシオンとペイルニース・トゥルーフは婚姻関係となった。
◈
俺から見る世界が変わった。いや、世界も変革していると言えるか。セカンドステージチルドレンの戦闘行動が無い状態が続いている。
律歴4092年の12月頃から、SSCは姿を消している。テレビでもその謎に迫ろうと、テレビの特別報道番組を組んでいる。有識者を交えた討論番組、ドキュメンタリー形式の検証番組。様式を変え、セカンドステージチルドレンを取り扱う番組は、大陸民の興味をそそる内容のようだ。
俺も、セカンドステージチルドレン…なんだよな。最近はSSC遺伝子を感じることが少なくなった。これも彼女と一緒の生活を始めた時からだ。
心の問題…。そう捉えてみよう。歪に捻じ曲がった心の揺籃によって遺伝子覚醒が作用しているとしたら、間違いなくペイルニースが俺を変えてくれた。俺は、彼女に何回感謝すればいいんだ。
『ありがとう』か。何回言っても嫌な気にならない魔術のような言葉。これからも多用していこう。
再び、12月9日──。
ディナーを終え、帰宅。その夜は決死と覚悟の時間となった。今まで彼女とは性的行為に及んだ事は何度もある。交際というのはそういうものだから、別に言葉にするまでも無い。
だが俺は、彼女が過去に発した一つの文言を思い出す。『子供、大好きなんだー。結婚したら、いっぱい欲しいの』
結婚をするということは、子供を作る行為に至る時間が多くなるということ。彼女は俺との子供も視野に入れているに違いない。
だけど…だけど…それは…、、、俺と子供を作るということは…、、
◈──────────◈
セカンドステージチルドレンを生むことになる。
◈──────────◈
この現実を一体どうやって伝えるべきなのか。
結婚。プロポーズは俺から申し出た行為だ。こうなるのもわかってた。だから、焦る必要も無い。事前に決めていた文言を言えばいい。彼女に真実を…俺の血筋を話そう。
俺はアルシオン。SSC遺伝子の根幹的なポジションに立つ、特殊な血盟。ペイルニースと結婚をするのは、SSCの子供を宿すことを意味する。風呂に入り、夜の交接な時間が始まる前に全てを打ち明けた。すると彼女の反応は思いもよらないものだった。
「うん、そっか。判ったよ。ありがとう、教えてくれて。じゃあ、しよ?」
「え、、、今の話、本当に聞いてた?」
「うん、聞いたよ?セカンドステージチルドレンなんでしょ?」
「そうだ」
「うんそれで、子供にその遺伝子が伝わる“可能性が大”なんだよね?」
「そうだ…」
「うん、別に。なんの問題も無いけど…」
「…、、、え、、どうして?どうしてそんな簡単に飲み込めるんだ?セカンドステージチルドレンが生まれるんだぞ?」
「うん、それは…確かにちょーっと怖いかもね。どんな子供が生まれるんだろうねー。楽しみだなぁ。凄いわんぱくな子供になるんだろうね」
「………え?」
耳を疑った。彼女はセカンドステージチルドレンに対して、何も問題ないと豪語した。
「どうして…ペイルニースは、そんな気でいられるんだ?」
「だってもなにも…ペンラリスと一緒にいたいから。そんなので別れるなんて有り得ないよ?」
「………ウソだろ、、、」
「何その顔、変な顔ぉ。そんな嬉し泣きするほどのことかなぁ…。好きになっちゃったんだから、そんなオプション跳ね除けてやるよ!一緒に乗り越えよ。子供は私達が守ろ」
「うん、ありがとう…ありがとう…本当にありがとう…」
「ペンラリスって泣けるんだね。そんぐらい顔ぐしゃぐしゃにした方が、味があっていいよ」
「そ、そうか?」
「なんかね、今までは取り繕ってる感じがしてたなぁって思う。だから、もう無理矢理な感情は出さないで。心のままに行動して。いい?これは私からの“告白”。あれ?約束でもあるね」
「分かったよ…分かった。ありがとう。俺の前に現れてくれて」
「遡り過ぎだよー」
俺達の間に生まれる子供の問題と直結する複数の問題を、彼女に全て明らかにした。
┌────────────┐
・俺の父さんと母さんが、この世界の住人では無いこと
・俺が近親相姦で生まれた存在だということ
・父さんと母さんを初めとする、複数のアルシオンがここでいう剣戟軍的な存在に捕まり、施設で拘束生活を送らされていたこと
・2人が元々いた世界では、アルシオンの遺伝子を使い実験が行われていたこと
・2人がいた世界でも、“セカンドステージチルドレン”が存在していたこと。名称も全く同じで。
└────────────┘
彼女の答えは変わらず…
「何を言っても同じだよ。私は大丈夫だから。だから、まだ隠してることがあるなら言って?私、隠される方が嫌だから。ね?」
❈─────❈
ねぇ、わたしをみれてる?
❈─────❈
なんだ…誰の声だ…、、、女の人…?女の人の声だ…でも、、違う。ペイルニースの声じゃない…誰か…違う…別の人間だ…、、、いや、
これは…人間なのか…。声の次に、、、見える…、、もう少しで見えそうなのに…!!なぜこんなにもボヤけているんだ…!建物か…?泣き叫ぶ子供たち…?にてる…似てる…誰に似てる?、、、父さんと母さん…?どうして…、、、年齢も、、若い…それ以外にも3人。確認できた5人が同じ色で輪郭が形作られている。赤色だ。5人が痛めつけられている…ひとに?人だ。複数人が5人を取り囲んで、残忍な行動を尽くしている…先程から映されるこの映像はなんなんだ…ノイズだったものが、徐々に鮮明になっていく。なにか、この光景と酷似した内容を聞いたことがある。そうだ…母さんが言ってた…隔離施設での…!!
「うあぁあああぁあアアアァァあああ!!!!!!」
「大丈夫!!?ねぇ!ペンラリス!大丈夫!!?」
優しく寄り添う光が視界映像の薄闇なノイズを晴らした。
「ハァハァハァハァ…ごめん、、」
「何か、見たの?」
「……………え?」
「いや、ううん。なんでもない。大丈夫?顔色が、真紫だよ…?」
「大丈夫だ…ごめん心配かけてしまって…」
「ペイルニース」
「なに?」
─────
「君にやってほしい事があるんだ」
─────
「うん…なに?」
「君を…セカンドステージチルドレンにさせてほしい」
「……え、、」
あの映像を見た時から、俺の人生はバグったような気がする。何を言ってるんだろうな俺は。自分が愛する者を超越者にしようだなんて…。だが、俺は果たさなければならない。父と母の復讐を。復讐に必要なのは俺との間に生まれる子供だ。俺のSSC遺伝子は、もう既に劣悪値をマークしている。俺はもう、正式なSSCとは言えない。
しかし、一つの道具を使用すればSSC遺伝子が回復する。
それはSSC遺伝子強制ワクチン投与。
俺に宿されているSSC遺伝子と強制性のあるSSC遺伝子ワクチンの投与。更に、ペイルニースをSSC化…後天性セカンドステージチルドレンにさせる。
この3つの条件が揃えば、究極のSSC遺伝子を宿した、最強と最悪を併せ持った存在が誕生する。
「こんなこと、急に言っても意味のわからない事だとは思ってる。さっき言ったこととは訳が違う…。ただこの選択は絶対に間違ってない。父さんと母さんの無念。俺は2人の記憶を見た。残虐で非道な凄惨な地獄を見た。2人が脱出した場所と“酷似した場所”がこの世界にあるんだ」
「でも…ご両親は、違う世界の住人なんじゃ…」
「そうだ。そうなんだが…俺には判る。分かるんだよ。この世界と2人がいた世界は…どこか“共有された場所”が存在するんだ」
「共有された場所…?似てるっていうレベルの問題じゃなくて…?」
「ああ、そうだ。同じ景観、同じ材質、同じ内装。全く似てるという訳では無いが、何か…、、、すまない…俺にもどう説明したらいいのか…」
「大丈夫。聞いてるよ。聞いてる。理解も出来た。とにかく、私が“セカンド”になればいいのね?」
「………セカンド…?ああ、、そうなんだ…受けてくれるのか?SSCワクチンを…」
「うん。私、ペンラリスの言う事、ぜんぶ聞くよ」
◈────────────────◈
彼女の瞳に映る俺の顔。
あなたの瞳に映る私の顔。
君は自分が今、どんな顔をしてるのか分かるんだよな。
あなたは今、自分自身がどんな顔を作っているのか分かるんだよね
どう思ってるんだ?
どう、思っているの?
俺の顔、あってる?
私の顔、間違ってる?
あのさ、君の喋りには不規則性があって読めない時がある。
ねえねえ、私に何か、不安を覚えるような視線をしてくる時があるけど…気づいたのかな…。
あのね、私…、、、あなたを……いつも夢見てた。あなたのような存在をいつも見てたの。私とあなたが交わったのは運命なの。夢だと思った。夢だと思ったの。これって虚構じゃ無いんだ。あなたの様相でハッキリとした。うん、だから…そんなことしなくても、私は元々そうなんだけど…、、、これ…聞こえてる?
◈────────────────◈
アルシオンの復讐。
純血者アルシオンと人工的なSSCによる混血児。
時が経ち、ペイルニースのお腹へ無事、子を授かった。
そして、3ヶ月という天文学的にも有り得ない驚異的なスピードで出産まで行き着いた。
これが新世界幕開けの第一歩。
全ての始まり。
父さんと母さんを、地獄に落としたヤツらへの報復。
「この子がいれば、世界を変えられる。全てがひっくり返る。この子の力で全てを終わらせてやる」
律歴4098年3月8日──。
SSC遺伝子高密度純血者、暴虐の太子、新核の悪魔。
子の名は、“サリューラス・アルシオン”。誕生。
3万文字伸びました。キツキツです。詳しいあとがきは最後に書きます。今はもう大変です。