[#117-虚飾光柱【2】]
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「オットぉ⋯」
「出やがったな⋯“レピドゥス”⋯」
ナリギュ、ネラッドが開口一番にレピドゥスに反応を示す。レピドゥスの神経接続が行われた刹那、アリギエーリ修道院の皆⋯ここから正式に“乳蜜学徒隊”と呼称していこう。⋯⋯が、暴喰の魔女信号を検知。
現場は一気に戦乱が吹き荒れていく。その内訳は、乳蜜学徒隊による白鯨の力だ。それに加えてこれからは、レピドゥスの異能も追加される事だろう。
「くたばれ」
ウェルニから人格を変更させたレピドゥスは、目にも止まらぬ高速移動を展開。その速さに乳蜜学徒隊の面々は追い付けない。一瞬にて、距離を詰められた乳蜜学徒隊のメンバー。
まず最初に暴喰の魔女・レピドゥスが攻撃対象として選定したのはマディルスだ。彼の眼には、憤怒という暴走感情に溺れた姿が反射的に映されていた。
光る眼。白と黒が入り混じる螺旋が眼球の中でも渦を巻く⋯。とても眼球という小さな物質の中で行われている所業とは思えない。レピドゥスの身体を作り上げる抗生物質が、眼球から深く感じ取れた。眼球こそが現在のレピドゥスを考察するに適した一番の変化部分なのだ。
ウェルニから、暴喰の魔女・レピドゥスへ。
眼の色が変わった。単純に、暴喰の魔女のエネルギーを神経転換させるとそのような変化が見られる。眼球を見れば、レピドゥスとしているのか、いないのか⋯が、ハッキリするだろう。それを明かさずシーク的な要素を孕んだシチュエーションなら、事は違うのだが⋯。
『くたばれ』の文言から、マディルスはその場から姿を消されてしまう。他の乳蜜学徒隊メンバーは、いきなりの戦闘開始に苛立ちを隠せずにいた。
「マディルスは何処に行った!?」
ベルヴィーがマディルスの所在を他メンバーに問い掛ける。しかしその疑問は皆が同じ。誰にその疑問を問いかけても解消の道は見えて来ない。マディルスが忽然と姿を消した原因なんて、一つしかない。
「“暴喰”か⋯⋯⋯」
ベルヴィーのピンポイント考察はほぼ正解と思って違いない。
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「──────────」
喋れないよね。喋れない、喋れない。
「──────────」
喋れたとしても、その言葉に意味が込められているとは思えない。いつしかその言葉は屍予備軍の形骸化したフレーズになるのだから。
「──────────」
マディルスが暴喰の魔女・レピドゥスによって誘われた空間⋯⋯それはウプサラの虚想空間。辺りは白と黒に覆われ、鴉素エネルギーと蛾素エネルギーを纏ったウプサラソルシエールの幼生体が徘徊。大小様々なサイズ展開が成されている。1メートルにも満たない小規模な異形生命体から始まり、3メートルは優に超える存在等⋯敵数で言えば三十程。だがそれでも、3メートル⋯なんならこうしてマディルスが周囲を見渡せば見渡す程、まだまだ新規のサイズが観測されてしまう事態⋯。
4メートル⋯5メートル⋯⋯⋯。1メートル単位で刻むようにマディルスが観測していった理由は、思考能力の低下によるものだ。
レピドゥスはもう既に、“暴喰”を発動させている。こうしてマディルスの感覚機能は侵食されていく⋯。最初は発声器官に障害が現れ、そこから徐々に徐々に深刻な状況へと強制的に駒を進ませる。
マディルスは息悶え、これ以上の生命力を自ら消し去りたい⋯と願うまでに痛みの絶えない壮絶な苦しみが彼を襲う。
「────────」
もはや、マディルスに望みは無い。
マディルスの目の前には、暴喰の魔女としてのレピドゥスが本来の姿として“緋き獣”の姿を呼び覚ます。太極図のように黒と白、二つの色が交互に絡み合っていく悪夢的な現象を漂わせる世界に一点、ピンポイントに“赤色”が灯る。しかしながら、そんな表現では収まり切らないレベルで、その“灯り”は暴走を開始。緋き獣は、マディルスの身体を暴喰。マディルスは当然、抵抗する気にもならず、そのままレピドゥスの思うがままの“行動”に犯された。
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暴喰が終了した途端、ウプサラの虚想空間からの帰還が果たされ、乳蜜学徒隊の前に、レピドゥスは再出現を果たす。再出現のタイミングを図っていたのか、乳蜜学徒隊は、暴喰の魔女・レピドゥスの拘束に成功。
ウプサラの虚想空間から戮世界へと戻ってきた際に、緋き獣の姿は形態変化シークエンスをショートカットし、すぐさま通常形態である“ウェルニの姿”に変貌。
ベルヴィー、ナリギュは彼女がウプサラの虚想空間から戻ってくる事を予測。ただ予測しただけでは無く、帰還ルートの想定範囲まで乳蜜学徒隊は、構想内にあった。その中に、マディルスがウェルニと共に帰ってくるという予測は立てられていなかった。
乳蜜学徒隊は、彼の死を覚悟していたのだ。結果として、ウプサラの虚想空間から戮世界へ再出現したのはウェルニのみ。マディルスはレピドゥスによって暴喰の対象として処理されたのだろう⋯⋯⋯。
「暴喰の魔女⋯⋯⋯」
ウプサラの虚想空間。黒色粒子と白色粒子が、戮世界に飛び交う。カナン城前での戦闘は既に多くの人間が終焉を迎えている。その言葉として適切な表現なのかどうかは分からない。明らかに死者数として多いのは、異端審問執行官と剣戟軍テルモピュライの面々。そんな屍の墓場として機能しているかのような分断世界、ウプサラの壁なのだが、奴隷である超越者はと言うと、沈黙を守っている。
どんだけ、超越者アトリビュート&セブンス&ヘリオローザ&テクフル諸侯&七唇律聖教&異形生命体が暴れ回っていても、我関せずの意志を貫き続けているのだ。これは教皇ソディウス・ド・ゴメインドの催眠術が掛けられている事が大きな要因として上げられるのだが、あまりにもその光景は異質なもの。
ナリギュは暴喰の魔女に対して戸惑いの色を隠せずにいる。自分でも意識下に無い中で、『暴喰の魔女⋯⋯』と口を開いて言ってしまう始末は、レピドゥスとしては感情破壊の要素になる一つだ。それはとても危険な状態を意味していると言える。ナリギュの感情は、一方向にしか伸びず、他の事項へ一切の関心を集中させる事が出来ない。
自分では、他方向にも意識を向けていると思っているが、実際のところはまったくだ。
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暴喰の魔女は、もう既に、乳蜜学徒隊の感情を制御下に置いていた。
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後は暴喰の魔女・レピドゥスが、乳蜜学徒隊を殺せば事は終わる。
⋯⋯⋯⋯なのだが。




