[#113-ヤマトノカミヤスサダ九百九十九]
第拾参章、最終話。
[#113-ヤマトノカミヤスサダ九百九十九]
独り。独りってなんでもないと思っていた。
それが当たり前の時間と世界だったから。
日常的になっていたものが、前兆なく破壊されると、人ってどうも、それに酔っていたんだな⋯と思い知らされる。俺なんて結局は、人を求めていたんだな⋯。自分の中で、『独りでも大丈夫⋯独りでも大丈夫⋯独りでも大丈夫⋯』。そう何度も言い聞かせていたけど、頭の片隅では、メザーノールがそばに居る。
あの日以降。
俺はまた独りになった。学校からは、『メザーノールに関する情報を鵜呑みにしないようにしてください』と各クラスに担任の先生から伝えられたが、真相を知っているのは多分俺だけ。
メザーノールの家族との関係性は決壊した。でも、それは悪い流れの中、出来上がったものでは無い。
セフェイガ家がケルティノーズ家にのみ残したメッセージ。
『悪く思わないで。
今住んでる家は問題無く、これからも住めるように話はつけておきました。
今までありがとうございました。
突然の別れになってしまい、申し訳ありません⋯』
自分の息子が超越者として生きているのは、家族なら知っていたであろう。俺はご両親にメザーノールの異能に関して一切話した事は無かった。特に言及するような事でも無い⋯と自分の中で解釈したからだ。それに、言いたくない事もあるだろうし。息子が超越者なのだから、当然その血を注いでいる二人だって⋯⋯⋯⋯。
セフェイガ家が、何処に逃亡したのか⋯。
そして、その後の行方は、俺も知らない。
テレビ&ネットメディアにて、メザーノールの姿が放映されると、学校ではたちまちメザーノールの話で持ち切りに。そして俺と深く交流を共にしていた事は、既に皆が周知だったので、多くの生徒が俺の元へ集まる。こう言ってしまうと、何か“人気者になった”かのような表現として聞こえてしまいがちだが⋯実際は、“日常が戻ってきた”ような感覚だった。
幻想が破壊される。
日常が再現され、あの日々が蘇ってしまう。
それでも、俺は人生を諦めなかった。いつか必ず、メザーノールをこんな目にあわせたヤツらに復讐してやるから⋯。どんな手段を使ってでも必ず⋯そう思えてしまえば、再訪される“他者からの圧力”なんて屁でもない。
メザーノールという警備が居なくなった事で、俺の周辺は緩くなった。陰湿な嫌がらせ等が行われる事は無かったが、少なからず色々と噂は出回ってきている。
『メザーノールが居なくなって、またアイツ、ボッチになってんな』
言ってろ言ってろ。メザーノールが居なくなっても、俺はこのままの状態を維持したまま中学校生活をやり切ってやる。⋯⋯てゆうか、俺、せっかく小学校から中学校に進学したっていうのに、仲間・友達⋯一人も出来なかったな。いっつもメザーノールと一緒にいる毎日だった。
それぐらい俺はメザーノールに心酔していたんだ。メザーノールも俺も、健康体だったので一切学校を休まず、ちょっとした休憩時間から、昼休みといった長時間休憩など、空白になった時間を必ず、メザーノールを過ごしていた。
周りから見れば、仲良し過ぎて“アレな関係性”をでっち上げる者もいたが、メザーノールは中学でも存在感を強く発揮していたので、直ぐに悪い噂は断ち切られ終息。
そんなメザーノールがグランドベリートの生贄となった事に対して、多くの生徒が俺の元を訪れる。
何も言いたくないし、何も言わない。
俺もみんなと一緒、あの報道で知った。
こんな時、メザーノールならどうやって対処するのかな⋯。メザーノール以外の人と交流することを忌み嫌っている俺からしたら、こうして不特定多数の人間に包囲され、逃げ場を無くされるシチュエーションに危機感すら覚え、どうやりくりしていいのか分からないから、ただ“否定”と“拒絶”の連続で終わらせてしまう。
せっかく新天地に移動したのに、何にも変わってないメザーノール以外の人間と交流する時間と機会なんて幾らでもあったのに、俺はそれをやろうとしなかった、動こうとしなかった。
メザーノールが隣に居るから、後は要らない。
そんなような軽い気持ちでのほほんと暮らしていたんだ。メザーノールは何も言わなかった。
『ティリウスの人生なんだから、俺は何も言わない。ティリウスの近くには必ず俺が居るから』
その言葉だけ。俺の人生を左右しかける言葉に近しいものというのは。ただそれは、過信しすぎた面があったみたいだ。
メザーノールを損失した代償はあまりにもでか過ぎる。一気に虚無感なんて、あれ以来感じた事無かった⋯。
学校ではメザーノールの話で、皆が持ち切りだ。何せ、超越者が自分の近くに居たんだからな、毎日。
俺以外は、超越者をよく思っていない者が多数。いや、全員だな。多方面からメザーノールの悪口が聞こえてくる。俺はそんな現実にあえて、向き合った。
友達の悪口を聞く自体、そこまで悪い気はしないんだ。嫌な奴だと思われてもしょうがないけど、人それぞれに価値観も違うし、メザーノールが嫌いな人間だっているのか⋯と知る事が出来るから。ただ本事案に関しては、全然意味合いが異なっているけどな⋯。
『メザーノールが超越者だったなんて信じられるか』
『私たちを騙してたってことよね』
『最低だな』
『汚ったねえ血が付いてたってことだぜ』
『俺らアイツを怒らせてたりしてたらさ、殺されてたりあったんじゃね?』
『有り得る有り得る』
『ひょっとしてさ、アイツも超越者なんじゃねえの?』
『アイツって?』
『ほら、いっつも横にいんだろ?もう一人の男』
『あー、メザーノールの近くにしかいないやつ?』
『ああ、そうだよ』
『たしかに、仲間は仲間で固まるって事か』
『たぶん、俺らを抹殺する計画を裏で企ててたんだよ』
『ひぇ〜怖え事するわぁ〜超越者って』
『当然だろ?ツインサイド戦争の首謀者血統だぞ?』
⋯⋯⋯ありもしない事をベラベラと。
だがもうこれは受け入れるしかない。メザーノールと一緒にい過ぎた俺の責任でもある。もっと他の人間と関係を構築しておけば、メザーノールとはただの“友達”として、周辺人物から認識されていたはず。第一、俺以外のメザーノールが友達だった生徒達に対しては“超越者疑惑”が浮上していない。
俺だけ。俺だけに、超越者なんじゃねぇかアイツ⋯の眼光が差し向けられている。人間が拡げる“噂”というのは、当人の存在しえない早さで伝播していく。学校での人気ランキング上位下位に限らず、人間は噂が大好きなのだ。しかも俺のような陰キャの噂ともなれば、容赦の無い攻撃的な発言まで直接飛び交うのもザラ。
あれ、、、、なんかこの光景、過去に経験した事があるような⋯。
思い出したくも無い記憶が、ここに来て蘇ってくる。教室で独り。そこにいつもなら、メザーノールが現れて、俺のクラスメイトの人間達を掻い潜って、俺の元へ訪れる。
『メザーノール、俺らと一緒に遊ぼうぜー!』
『あー、悪ぃ!俺、ティリウスと一緒に遊ぶから!』
『じゃあ行こ、メザーノール』
『あ、う、、うん⋯⋯⋯』
中学でも、俺は浮いた存在。
これは、メザーノールに頼り過ぎた俺への罰だと思っている。
メザーノールのいない刻世。
苦しい⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
嫌だ。
俺も、メザーノールと一緒に死にたかった。
メザーノールがいない刻世なんて⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
律歴5596年3月10日──。
ブラーフィ大陸シャバルキュール ルディア中学校 卒業
律歴5596年4月1日──。
ユレイノルド大陸センター局剣戟軍総合士官学校 青少年科 入学 第531期生
律歴5599年3月25日──。
士官学校軍規過程全項目、修了
律歴5599年4月1日──。
剣戟軍テルモピュライ陸上戦略防衛隊、入隊
律歴5602年8月17日──。
セラヌーン姉妹と剣戟軍テルモピュライが間接的接触。クレニアノン、グロフォスの剣戟軍直属アトリビュート。
律歴5602年9月13日──。
ウェルニ・セラヌーン、ベルヴィー、ナリギュ
アリギエーリ修道院へ。七唇律聖教、入教
律歴5602年12月1日──。
神組織肉解儀式
場所:アリギエーリ修道院
律歴5603年4月2日──。
剣戟軍テルモピュライにセラヌーン姉妹の両親が殺される。執行者は、アトリビュートのクレニアノン。
剣戟軍テルモピュライを皆殺しにするセラヌーン姉妹。
律歴5603年7月18日──。
他のアトリビュートと出会うセラヌーン姉妹。
律歴5603年7月27日──。
ティリウス、剣戟軍テルモピュライを脱退。
◈
律歴5603年8月1日──。
カタベリー修道院にて⋯
そうだ。この日、俺は、七唇律聖教への入教を果たしたんだ。その入教初日に、ヒュリルディスペンサーが実行。俺を含める多数の同年代達が、ヒュリルディスペンサーの餌食になっていく⋯。今考えてみれば、自分の身体部位どれかを献上する⋯なんて信じられないが、俺を含める全員⋯なにゆえなのか、粛々と儀式に参加していく。その光景は今でも憶えている。
そして、俺の前で⋯あんた、ミュラエ・セラヌーンが“子宮”を献上品として差し出した。他の者も驚いていた中で、俺はあんたからプレッシャーを掛けられているような気がしたんだ。
『女の私がここまでやってんの。男はどこまで出来んのよ』
そう、言われてる気がしたんだ。その日に顔合わせをして、一回も会話を交わしたことが無い。ミュラエ・セラヌーンは、この日以降カタベリー修道院に現れなかっただろ?
俺は、何となくだが、この女から発揮される“気”みたいな力を感じ取った。多分だけど、俺は過去にアトリビュートと友達だった時期があるんだ。色々あってその人は俺の前から姿を消したけど⋯そこはかとなく、彼の匂いをミュラエ・セラヌーンから感じた。そういうのもあって、俺はミュラエ・セラヌーンの献上品に便乗した。
──────────
「生殖器を献上します」
──────────
別に良かった。そこまで深く考える事でも無い。今後、愛欲を満たす相手が俺の前に現れるとは思えないし⋯。俺の選択は間違っていない、と心の底からそう思えた。
子供にも興味が無い。自分と同じような人間が、この世界に産み落とされる訳だろ?そんなの、子供が可哀想だ。
とても酷い考えに行き着いた⋯と自覚している。誰にも言われず、自分の中だけで、全てを理解したい。誰にも悟られたく無いので俺が献上した部位を吐くつもりは無い。
⋯とは言ってもあの日、シスターズ&教信者である乳蜜学徒隊に成りうる存在が集まっていた。皆それぞれの目的があるんだろう。
俺のように、復讐を糧にしてここへやって来た人間はどれくらいいるのだろう⋯そう、あの時は思っていた。
天根集合知を対価として授かり、七唇律聖教の修学を練術させていった。
目的は各々に異なっているとは思うが、最終的に結実する“解答”としては、『強くなりたい』という願いに尽きる。超越者及び、アトリビュート。彼等の攻撃は戮世界テクフルに伝承される古の書物に記載のあるものと比較すれば、大して目立った行動は少ない。それよりも、我々通常人類側(もはや、七唇律聖教、アインヘリヤルの朔式神族から力を授かった人間を“通常人類”と分類出来るのかどうか判らないが)は、アトリビュートを欲しているのだ。
大陸神への生贄。
これがあって、メザーノールは戮世界から消失したのだが、メザーノールが生贄としてシキサイシアに祀り上げられた以降、ビタぁーっと原世界からのシェアワールド現象が停止したという。時間が経過し、微笑たる汚染物質充満は確認されているものの、剣戟軍による対処が追いつく程度のスローリーなペースで、戮世界を蝕んでいる
やはり、アトリビュートは生贄に効果覿面のようだ。複雑な思いだが、戮世界全体を考えると、メザーノールは良い仕事をしてくれた⋯戮世界住人により良い環境を与える希望の灯火として活躍してくれたのだ⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯友達を失った代償は計り知れない。
だが、価値のある死を遂げたのは、事実。
アトリビュートは、死ぬ運命にある。
これが、唯一の友達を失って得た、俺の解答だ。
◈
七唇律聖教での修学は、8月1日のヒュリルディスペンサーから始まった。
私は、その日以降、カタベリー修道院には行かなかった。
⋯⋯そうだな。あんたは来なかった。特に騒ぎを立てることも無く⋯そして俺ら残された修道士達も、当時のあんたに興味を示していなかった。各々、必要としている部分を自らの判断で削ぎ落としたんだからな。他人の事を考えている余裕なんてものは無かった。
そうだったんだ⋯。でも、それで良かったと思う。私のことを思ってくれる人物は、この世において、なるべく少ない方がいいから。
でも、こうして再び逢えた。
“アえた”?⋯それは、私にあいたかったって言うこと?
そうだ。あの日は、気にもしてなかったけど、色々と噂が出回ってな。どうやらカタベリー修道院にアトリビュートが居た⋯なんて情報が飛んできたんだ。
そう⋯なら、直ぐ飛んで正解だったわ。
⋯⋯⋯なぁ、頼む。今からでも遅くない。こうしてミュラエが⋯
気安く名前で呼ばないで。私はアンタらとは違う。あなたとも違う。たとえ一緒の修道院に居て、“旧式”とか言われていた方法の餌食になった理解者だとしても、私はあなたとは違う。
“強くなりたい”。その願いは君も同じだろ?
私とあなたが同一の願いであろうとも、里程標が違うでしょう?
ここで俺は、セラヌーン姉妹を殺めるべき対象として認識した。これ以上、アトリビュートの好き勝手にさせてはならない。⋯ただ、やっぱり旧式ヒュリルディスペンサーを食らった“唯一の生存者”として、ミュラエ・セラヌーンの存在は大きい。
カタベリー修道院で、生き残ったのは俺だけ。乳蜜学徒隊の修学は予想以上に過酷なものであり、俺以外の人間は次々と辞めていった。天根集合知を授かったにも関わらず、その特殊な能力を最大限に引き出せなかったんだ。
諦めるんだよな⋯弱者って。
俺は弱い者になりたく無かったから、必死になって“ノアマザー”へ食らいついた。カタベリー修道院、修道院長のノアマザーが発現する“暴喰の魔女”の力⋯。今でも手が震えそうになる⋯。
ノアマザーから発せられるウプサラの魔力が、外気に触れた途端一瞬にして獣人形態を見せ始め、俺指定した部位を削ぎ落とした。自らの意志を持って始めた行為なのに、いざ考えてみると恐ろしい事をしているな⋯と、感じざるを得ない。それだけ、あの時の俺は強者への固執があった。
次々と乳蜜学徒隊の人数は減っていき、やがて俺とノアマザーだけのマンツーマン修学になった。
月日が流れる度に、俺は様々な力を会得していく。その快感は今まで感じられなかったものだった。とてつもない優越感に浸り、自分が強くなっていく実感をこれでもかと思う。他の人間とは異なった人種になっていく行程を経ていく作業的な流れ。俺はそんなので良かった。ノアマザーとの関係性も良好なもので、俺の為になら⋯と力を貸してくれる。双方の思いが合致した事で、俺は別次元の存在としてこの世に生まれ変わった。
生まれ変わった。
生まれ変わったんだよ。
それなのに⋯⋯⋯⋯⋯⋯
そうなったはずなのに⋯⋯⋯⋯
俺はこの戦争で、何の⋯誰の役にも立たずに⋯終わるのかよ⋯⋯⋯。
これじゃあ、メザーノールへの弔いにもならないな⋯。
◈
そして、現在。
律歴5604年1月20日──。
ブラーフィ大陸 南東区域ホースベースフィールド
奴隷帝国都市ガウフォン カナン城周辺ウプサラの壁 内地
「あなたの昔話を聞いてる暇は無い」
「じゃあ⋯一緒に⋯」
「却下する」
「まだ何も言ってねぇだろ」
「話の流れでだいたいの予測を立てられる。お前は独りだ。これまでも、そしてこれからも。独りになりたく無いのだろ?」
ミュラエは倒れゆくティリウスに最期の言葉を吐かせようとする。男が地に伏せ、女がそれを上から見下ろす光景⋯ティリウスが望んでいたものでは、当然無い。
「お願いだ⋯⋯⋯独りに⋯なりたくない⋯⋯」
泣きながら言うティリウスを前にして、ミュラエはその足を一切動かさない。
「お前は⋯⋯⋯違うのか⋯⋯」
────────────
「違う⋯そう、今、わかったの?」
────────────
「俺は⋯じゃあ今まで何を見ていたんだ⋯」
「あなたの前に、私はいない。あなたが勝手に想像したデキモノに過ぎないの」
「俺は⋯ずっと⋯ミュラエ・セラヌーンと話していた⋯と思っていたのに⋯」
「残念だけど、あなたが思った私は今、現世にいない。禍天の魔女と相対している」
「禍天の魔女⋯⋯!マズルエレジーカ零号と戦っているのか⋯!?」
「ええ、そうよ。その様子だと私、まずい敵と戦ってるみたいね」
「⋯⋯アトリビュートだったら勝てる可能性は、、」
「勝手に決めないでもらえる?私、本気で勝とうとしてるみたいだからさ」
「お前はなんなんだ⋯」
「私は、あなたの想像物。あなたの記憶によって、私の虚像が作られた。特に肉付けをするまでの絡みが無かったから、私という存在が十分に満たされていなかった。よって、不完全な私が出来上がってしまい、現在に存在する本来の私とは異なった次元の“私”として⋯」
「もういい」
「遮らないで。。あなたが創ったものなの。私を否定するのは、己を否定するのと一緒。あなたが描いた私があなたの心の中に恒久的な癒しを与える」
「俺はもう、死んでるんだ⋯癒しなどは要らぬ」
「⋯⋯死にたくないでしょ?」
「いや、俺は、死にたい⋯⋯全てを失ったあの日から、俺は俺自身を見失っていた」
「そこまで大事な人を失ったのに、あなたの器は、大陸に根付いている。死んでなどいない」
「⋯⋯じゃあ、ラージウェルに暴喰された事実をど受け止めればいいんだよ」
「それは⋯⋯⋯あなたの理想に反した現実だから、潰せばいい」
「何を言ってる⋯相手は七唇律聖教だ。辺境伯ごときの爵位階級で反抗なんて出来るはずが無い」
「あなたは、私を創造した。そこに意味が無いとは思えないの。まだ、戮世界に残せなかった記録があるんじゃないの?⋯⋯あなたしか知り得ない情報⋯それは、誰かの生きる希望に繋がると私は信じてる」
「ヤケにツラツラと喋るんだな。そんな人間だとは思わなかったぞ、ミュラエ・セラヌーン」
「これは私であって、私じゃない」
「分かっている。だが、そうあってほしい⋯と願うのは俺の自由だ。俺が創り上げた創造物なのだろう?」
「⋯⋯⋯そうね」
ラージウェルによって発現臍帯された禍天の魔女・マズルエレジーカ零号。かの魔女は、ミュラエと戦闘中だったティリウスを暴喰。マズルエレジーカ零号の強力なウプサラの能力はティリウスに残る力では歯が立たず⋯その身を終わらせるに等しい攻撃が掛けられた。
では、ティリウスの戦闘状態が万全だったら、禍天の魔女のウプサラに対処出来たか⋯と言われたら、恐らく不可能であろう。
これは夢。
これは幻。
それは、“逃避夢”に繋がる。
魔女の吐息が、ティリウスの思考に侵入し、細胞破壊の流れで逃避夢の幻妖を包み込む。ティリウスは現実と虚構の狭間を行き交い、今までの経験と知識により生み出された“刻世”を紡ぐ。
逃避夢が引き金となったのは間違いない。ただこれは、ティリウスの願った事象の一つとも言える。つまり、禍天の魔女が放った逃避夢は、ティリウスにプラスベクトルの意識を持ち合わせた産物なのだ。
しかし、そう言ってもティリウスがこの世にいないのは事実。それを受け止めなければならない。ティリウス自身、『この世に未練は無い』等と発言しているが、本当の所はどうだろう。
未だ、復讐の灯火が絶やされていないのは言うまでもない。律歴5595年9月20日のシキサイシア。
あの日から全ては始まったのだ。
復讐は果たされていない。ティリウスが天根集合知を対価として受け取った目的は、それ以外に無い。七唇律聖教への復讐と、戮世界テクフルの社会性政治的アルゴリズム破壊。
正さねばならない⋯死を選択する権利は皆に平等。その上で、メザーノールの立場・価値が戮世界の永劫の平和へと導いたのは記憶に深く刻まれているので、浅く考えてはダメ⋯。
『俺は⋯俺のこの物語は⋯そう長く続くものでは無かった⋯決して⋯』
◈
───Side:ウェルニ・セラヌーン。
「会わせたい⋯?」
「この話の流れだと⋯きっとあの人のことを思ったんじゃないの??」
馬鹿にしたような表情。わたしはどことなく、この男の表現技法にいちいちイラつく。こうしてコイツの手のひらで踊らされてるのか⋯と思ってしまうのだから、コイツの思うツボなのだろう⋯“暴喰の魔女”としてこれ以上、姫君の感情を左右させる訳にはいかない。さっさとこの七唇律聖教を倒そう。そして、ミュラエと⋯⋯⋯
「⋯⋯⋯消えた」
「んん??あー、アネちゃん?君のアネちゃんはね、残念な事に⋯非常に残念な事に⋯この壁内にはいません!」
「⋯⋯そんな⋯」
レピドゥスからウェルニへ。神経回路のチェンジが始まった。ウェルニの神経回路に繋がる前、ミュラエの生命反応が極端な減少傾向にある事が判明。レピドゥスの人格を90%移植させていた状態だったので、かろうじてミュラエを捉える事は出来たが⋯もし仮に、100%レピドゥスにこの身体を任せてしまっていた場合、ウェルニはセラヌーン姉妹の緊急事態に対応出来ずにスルーしていただろう。
「お姉ちゃんは何処だ⋯」
「あー⋯」
───────────────
「ドこにヤッた!!?」
───────────────
ウェルニの憤激に並行して、レピドゥスの意識も乗った。二つの人格が一つに重なった事で、声音にも異常な音曲として形作られる。
化け物の声。ウェルニの声でも、レピドゥスの声でもない。二人の声を混声させた声とも言えないのが、不気味さに深みを増している。
「俺は知らない。知りたければ⋯この人に聞くんだな」
「⋯⋯は⋯⋯⋯」
セルスピルスが上空を指差す。上空からの攻撃・環境変化を与え続けているのは教皇ソディウス・ド・ゴメインド、それに司教座都市スカナヴィアの血戦者。しかしそれらに該当しない、新たな脅威がこの地に出現する事となる。
「レピドゥス」
「⋯!?ンンン⋯⋯⋯ンンンんンンン⋯、、ングググククググッ⋯⋯⋯」
『レピドゥス⋯!どうしたの!?レピドゥス!!』
「んんググァググッグククククククァァゥ」
喉を酷く詰まらせたように、喉元を抑えるレピドゥス。食事もして無ければ、何かを詰まらせたような事前の異常も感知出来ていなかった。ウェルニは、自分の身体の状態を一番把握している。それは当たり前の事だ。
自分の器だから。
それなのに、ウェルニはレピドゥスが現在相対している異常に対処することが出来なかった⋯⋯。
何かが⋯起きている。
何かが、遠隔で、レピドゥス“のみ”を襲っているんだ⋯。
ウェルニには一切の痛みが無い。それがけっこうキツい。目の前でこんなに悶え苦しんでいる者がいるのに、何も出来ようが無い。
「ングググククググッ⋯ンンンんンンンンンンググッググッググッググッググッググッ」
ウェルニの両手は、レピドゥスの意識支配下に置かれ、制御・コントロールを奪われてしまう。ウェルニは発声器官だけは、主幹制御を手に入れる事が出来、外部とのコミュニケーションを図った。外部⋯と言っても、レピドゥスに対して⋯だが。
神経接続を通して、レピドゥスと交信をするのが常なのだが、何らかの異常でレピドゥスとの交信は現在不可能。現状と関連性があるのは間違いない。
なので、外部からの交信を図る事にした。セルスピルスに大っぴらに聞こえてしまう形になってしまい、気恥しいシチュエーションが完成してしまったが、レピドゥスの現在を把握するには仕方の無い事だ。
発声器官の主幹制御を手に入れ、必死になってウェルニはレピドゥスへの問答を始めた。
傍から見れば、自問自答。独り言の激しい女の子として見えている、滑稽な現場だ。
「レピドゥス!レピドゥス⋯!!」
「ンンンンクグググギャゴコゴゴゴオオオオォォォォォ」
唸り声を届かせるレピドゥス。言わば、ウェルニの喉。ウェルニの器を使用しているので、発声器官への損耗、呼吸器官への断続的な号声による声帯損傷が確認された。
ウェルニは大してまだ、そこまで“声”に関する痛みなどを患っていない。しかし、レピドゥスの過激な発声による悪影響は、レピドゥスの現状を心配するウェルニに時間差で訪れる。
「⋯⋯ン!んグゥ⋯⋯なん、だこれ⋯⋯コエが⋯ハイラ、、、ない⋯⋯⋯」
「ウェルニ・セラヌーン。久しぶりですね」
「⋯⋯おまえ⋯⋯⋯」
ウェルニの前に姿を現した者。それは、ノアトゥーン・フェレストル。アリギエーリ修道院の修道院長を務める七唇律聖教の人間。神組織肉解儀式の旧式法をウェルニを含める、修道士見習いに決行した存在だ。
話の流れ的に、『ウェルニに会わせたい⋯』という文言である程度ウェルニは予測が立っていた。今までウェルニが会ってきた七唇律聖教やテクフル諸侯に関係のある人物などそれぐらいしかいないから。
「レピドゥス、お元気ですか?」
「⋯⋯ノアトゥーン院長⋯ええ、この通り⋯わたしは元気にやってますよ」
「器を手に入れ、“人称”まで手にしているとは、あなたにはそれ相応の罰を与えねばなりませんね」
「レピドゥスに何かしたら、私が許さない」
「ウェルニ・セラヌーンと暴喰の魔女レピドゥス。二つの人格を自由自在に切り替える事が出来る存在は、非常に興味深い⋯七唇律聖教の修道院長として、二人は実験対象として深い考察の余地があるように思えます」
「あなたは⋯私たちを騙した」
「旧式の件ですか⋯」
「何が朔式神族の降誕日だ⋯ふざけるな⋯⋯」
「それは、本当に申し訳無い」
素直に謝罪するノアトゥーン院長。その姿勢、表情、声、全ての観点からして、とやかく言うポイントは皆無なのだが、そんなものでマイナスから加点が成され“ゼロ”に帰結するはずが無かった。
ウェルニがノアトゥーンに怪しげなポイントを抱く。セルスピルスは上空を指差していたのに、ノアトゥーン院長が出現したのは、ウェルニの真ん前⋯。ただのポーズか⋯と思ったその矢先、上空から差し込む“白銀の一閃”が視界をチカチカと明滅させる。視界不良になるのも当然の光の強さを発し、白銀の一閃を簡単に目視するのは困難なものだった。ウェルニ兼レピドゥスは、白銀の一閃を当該エリア内にて発光させた正体を視認するために瞼を開き、眼球への視力低下を妨げる右腕を退かす。そこには七人の自分と酷似した姿が見えた。
⋯⋯⋯見たことがあるような⋯。
煙が集っている訳じゃ無いので、七人の正体は直ぐに明らかになる。⋯⋯⋯なのに、、未だにこうして七人の正体が分からないのは何故か⋯?
「ウェルニ」
「⋯⋯その声⋯」
憶えがあった。とても良く、聞いたことのある声。
過去、ウェルニが他人と共に行動した⋯という記憶ケースはあまり存在しない。『あまり』とかの次元じゃないかもしれない⋯。あの人、あの人、あの人、あの人⋯⋯。
数えたら、片方の手で収まってしまう人数だ。そんな少数の存在を、忘れるなんて事、できるわけが無かった。
「ウェルニ、久しぶりだね」
「ナリギュ⋯」
「ウェルニ⋯」
「ベルヴィー⋯」
ベルヴィーとナリギュ。それだけじゃない。
アリギエーリ修道院で、七唇律聖教について勉学の時間を共にしていた、マディルス、パレサイア、ネラッド、ギィシャス、フレギンも二人と一緒にいた。七人は横一列に並び、私に一定の距離を保ち、フォーカスを集中させてくる。
ウェルニは震えた。
久しぶりの再会に嬉しがったのは一瞬の刻。
ベルヴィー、ナリギュの表情を見れば、二人の身体に歓喜のダイブを仕掛けるなんて馬鹿げた事だ。
本当はしたい⋯。思いっきり、二人に抱き着きたい。
二人と離れた事、無言で離れてしまった事を、後悔していたから。
二人の表情⋯“怒り”と解釈するのが相応しい様子⋯。
「ベルヴィー、ナリギュ。今の⋯光の筋は⋯」
「私たちは、乳蜜学徒隊。七唇律への反逆者として、超越者アトリビュート ウェルニ・セラヌーンの排除を実行する」
「ちょっと待って⋯!ナリギュ!」
「うるさいんだよ、ウェルニ」
「ベルヴィー⋯⋯お願い⋯私たちは⋯友達のはず⋯」
「白銀の一閃を食らうがいい」
ナリギュの言葉を合図に、七人全員の身体から、先程当該エリアに出現した“白銀の一閃”なるものがウネリを上げる。地上に立つ七人の身体から出現した“白銀の一閃”は、白鯨の姿への変貌を遂げる。
「これは⋯⋯」
「超越者アトリビュート、ウェルニ・セラヌーン。貴様は、ケセド等級、ビナー等級の餌食となる覚悟はあるか?」
「ナリギュ⋯話を聞いて。騙されてるんでしょ?」
必死になって、ウェルニは七人への問い掛けを行う。メインに話し掛けているのは、当然ベルヴィーとナリギュ。しかし、二人に応答する気配は無い。
七人全員が、ケセド等級、ビナー等級の白鯨を出し、ウェルニにその身を向ける。
「ウェルニ」
「⋯⋯⋯⋯何をしたんだ⋯ノアトゥーン!!!!」
怒号が響く。戦乱の牙城にて。
「あなたが、退いた後、この子達は七唇律聖教についての学習に集中したのみ。あなたも騒ぎを起こさずにいれば、合法的に人として強くなれたのに」
「⋯許さない⋯」
怒りが震えながら滲む。
歯軋り。握り拳。眼光。表情筋の一部分集中特化。睨み。ウェルニから産出される憤怒に繋がるエネルギーが、着々と完結しつつある。
「ウェルニ」
「⋯」
ノアトゥーン院長から、ベルヴィーへ、向き直す。
「私たちは、自分の意思でここに立っている」
「⋯なんで、、、、、」
「あなたが⋯」
「戮世界テクフルに不必要な存在だからよ」「戮世界テクフルに不必要な存在だからよ」
友達からの不要宣告。
ウェルニの意志は確固たるものとなった。
七人、全員を⋯殺そう⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
虧沙吏歓楼です。1ヶ月半⋯1ヶ月半掛かってしまいました。
そして、この後書きも書いたつもりが、、、、、、
なんだか寝ぼけてしまっているみたいです。仕事の影響で、本腰入れる時間が削がれてしまっていましたが、【一つのエピソード:一万文字】は絶対に心掛けていました。その結果、今までにないチャプターとなりました。
後から纏める編集作業が面倒なので、本当は嫌なのですが仕方無い⋯。




