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“俗世”ד異世界”双界シェアワールド往還血涙物語『リルイン・オブ・レゾンデートル』  作者: 虧沙吏歓楼
第拾参章 蠱惑の泥濘トリックスター/Chapter.13“RearrangeLifeWithMetherknoll”
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[#112-黒羽根を湧き立たせ、白繭は鮮血を焼き払う]

[#112-黒羽根を湧き立たせ、白繭は鮮血を焼き払う]


メザーノールへ接近するティリウスを捕縛する為、シスターズ・プリミゲニアが行動開始。剣戟軍兵士が爆死し、凄惨な戦場と化した浜辺。そこで異異能者と異能者の小戦争が巻き起こる事になった。

ティリウスが近付くスピードはそろりそろり。決して速いとは言えないものなので、シスターズ・プリミゲニアは直ぐに追いつくだろうと予測を立てる。だが、そんな簡単にメザーノールが二人“異分子”の接近を許すはずが無く⋯。ティリウスを捕縛しようと試みたピーチカに向けて、白鯨ダイェソ等級の光線がぶち撒かれる。


「クソ⋯!あのガキめ⋯⋯⋯」

ティリウスをインターセプトするメザーノールの白鯨ダイェソ等級。

「お姉ちゃん、リミッター解除!」

「そうするしかないみたいね⋯流石はセカンドステージチルドレン。ちょっと甘く見てたわ⋯あんたは、虐殺王の血統なのかい⋯⋯?」


「イけ」


メザーノールの指示によって、白鯨ダイェソ等級が影分身を起こす。白鯨の光線によって、回避せざるを得なくなったシスターズ・プリミゲニアは、一時的にその場から離れている。二人は直ぐに戦線へ復帰するも、そこに拡がる光景は多数の白鯨に攻囲されたフィールド。

シスターズ・プリミゲニアを囲い、逃げ道を無くした白鯨は、中心地に位置する二人に対しての光線を発射。

シスターズ・プリミゲニアは、白鯨ダイェソ等級からの光線を難なく回避。白鯨が攻囲していたのは平行する位置のみであり、上空はガラ空きであった。

ピーチカは黒色粒子。ラチルゼルは白色粒子を。

それぞれの鴉素エネルギー、蛾素エネルギーを増幅させ、ニュートリノ・シリーズへ変化。事態は緊急フェーズへと移行し、超越者との対決に挑む為のニュートリノ・ヤタガラスとニュートリノ・レイソを発現。

───────────

「来い!!ゼルトザーム!」

「来なさい、ファルファラ!」

───────────


ニュートリノ・ヤタガラス『ゼルトザーム』。

ニュートリノ・レイソ『ファルファラ』。

シスターズ・プリミゲニアが繰り出した鴉素エネルギー、蛾素エネルギーの最終進化はこの二体。

『ゼルトザーム』は人形の形をした異形生命体ティーガーデン。これだけだと、ただの人間を現世に呼び出したように思えてならない。

最悪の外見を模様していた。


ゼルトザーム⋯ピーチカが発現し現世にてその存在を顕にした時、ゼルトザームは地上に頭を着け、這うように動いていた。背中からは剣が貫通しており、背部流血が確認出来る。ポタポタと滴る血液が這いつくばりながら行動するゼルトザームの異様さを物語っている。

頭部の肉が剥がれ落ちそうになり、ピーチカが胴体を起こすよう指示。宿主であるピーチカの命令を受け入れ、ゼルトザームが上体を起こす。心臓部には剣が突き刺さり、その影響によるものなのか、その箇所からは多方面に分かたれた亀裂が生じている。当然、貫通ゼロポイントの胸部からは流血が酷く、発現直前までいったい何があったのか⋯と思わせるのも至極真っ当だ。

だが、これがゼルトザーム本来の姿。戦闘形態。

裸では無い。全身に黒マントを装衣。上から下まで、肌の色は一切見当たらない。というか、まるでゼルトザームが“人間”であるかのような事が断定されている前提で、話は進んでいるけど、実際の正体というのはピーチカしか分かろうはずが無い。


ファルファラ⋯ラチルゼルが発現した蛾素エネルギーの最終進化ニュートリノ・レイソ。ゼルトザームが人間の形をした異形生命体ティーガーデンなのに対して、ファルファラは人間以外の様相を決定付ける要素が多分に確認出来る。

蝶々。纏めて言うならば、ファルファラは蝶々の姿をしている。サイズ的にはゼルトザームと同様、2メートルを優に超える形状。現実世界にて生存している蝶々と同様、綺麗な羽を広げ、中空を駆け回る姿が発現直後に見受けられる。その際、飛行中にはキラキラ煌めくエフェクトがファルファラの全身から飛散。キラキラエフェクトは、ただの演出表現だけでは終わらず、地上に降り注いだ場所には、白い糸、“蚕繭”を確認する事が出来る。繭の糸が地面に接触していくが、現在その大陸⋯浜辺は人間の血液に大部分が紅く染め上がる空間が形成されている。

白い繭と紅い液体。混色する二つが、カオスを謳うには最適な演出のようだ。



ピーチカの鴉素“ゼルトザーム”とラチルゼルの蛾素“ファルファラ”。

SSC遺伝子と白鯨ダイェソ等級相当の能力を発現させるメザーノール。

異能者と異能者による戦闘が幕を開けた。そして、ティリウスの命運を分ける戦いとしても、意味の無い戦いとは決して言えない。


ティリウスを力づくで奪い取るため、先ずはティリウスを守衛している白鯨の力を削ぐことに専念するシスターズ・プリミゲニア。

「お姉ちゃん、あーしが白鯨を殺す。本体をお願い!」

「頼むぞ」


ここからは二手に分かれて、メザーノールを仕留める事を即座に作戦立案。ラチルゼルのニュートリノ・レイソ『ファルファラ』はティリウスを捕縛中⋯そして、メザーノール本体へ接近させる為に、護衛体制を整えている。そこにファルファラによる白色粒子攻撃を浴びせる。白鯨ダイェソ等級がファルファラからの白色粒子焼夷弾を確認し、白鯨はディフェンスシールドを展開。白色粒子焼夷弾が、シールドに直撃。その全てはシールドによって防ぎ切られ、白鯨能力の防御スキルを思い知ったラチルゼルは急いで、第二段階を展開。それは展開⋯と言っても、ただただ特攻あるのみ!と言った、捨て身攻撃だった。

とにかく時間が無い。

時間を掛ければ掛けてしまう程、セカンドステージチルドレンへ優位な立場を譲ってしまう。

あくまでも相手は、セカンドステージチルドレン。七唇律聖教からのアインヘリヤル・パワードを授けられなければ、シスターズ・プリミゲニアはただの“プリミゲニア姉妹”。根幹からの異能者に太刀打ちできようはずが無いのだ。

メザーノールがどこまでのスタミナを維持出来るのか、それはまだ定かではない。ただ、SSC遺伝子能力と共に、白鯨を一緒に放出可能な程のタフな身体を持っている⋯という事は、相当な難敵である事を覚悟しなければならない。シスターズ・プリミゲニアは、それを思った上で、ティリウス奪取作戦を展開しているのだ。


「そこにいるガキを渡してもらおうか!」

全身全霊で切り込むラチルゼル改め、ニュートリノ・レイソ『ファルファラ』。ラチルゼルの器と魂はファルファラへと転移。地上にいる白鯨ダイェソ等級から放出される子分。それは飛行能力を有し、遊弋化を遂げる。その数は二十を超えていた。翼を生やし、一斉にして地上から離散。目的は当然、ファルファラ。

白鯨子分は、白鯨と動揺の躯体をコピーしている。サイズ規模が、小さくなっただけで、特に放出する攻撃に変わりは無かった。白鯨による光線が、天空を切り裂くように飛び交う。有耶無耶に光線を発射しているように確認出来る事から、ラチルゼルは一つの考察を思いつく。


「クソ⋯やばい⋯⋯⋯あの白鯨の子供みたいな奴ら⋯鬱陶しい!⋯⋯⋯だが、ここまで⋯⋯おっと!!」

考えている間にも、白鯨子分が迫って来ている。急いでそれへの対応しなければならなくなり、考察の余裕を与えない。脳内で整理しようにも、“戦闘”が比重の方向性を劇的なまでに某略。

簡単に言えば⋯他のことを考えられない。

「⋯⋯⋯ハァハァハァハァハァハァ⋯⋯でも、俺の考えは恐らく当たっている。たぶん、だがぁ⋯ハァハァ⋯コイツらあいつの子分は、学習能力が無い。⋯⋯クソ⋯!あーし女なんだけど!!ちょっと手加減してくんねぇかな!!!」

こうして考察に行き届いたものの、攻撃の手を緩める事を知らない白鯨子分。

そして、ラチルゼルは⋯完全に忘れていた。

──────────

子分を放出していた、白鯨ダイェソ等級“母胎”の存在を。

──────────


白鯨子分から逃げ惑う、ファルファラ。それを地上から狙いを定める白鯨ダイェソ等級の母胎。

現在、ファルファラを追撃中の子分達を放出した元凶である母胎は、ティリウスのインターセプトに専念している。だが、母胎はファルファラの隙を自己計算見出し、インターセプト行動を維持させながら、飛行するファルファラの下半身部分に多連装白色粒子砲を放つ。

「なに!?!」

母胎の行動を逐一確認していたにも関わらず、ラチルゼルは母胎の攻撃を一切回避でき無かった。そのままファルファラは地面へ墜落し、“鮮血の浜辺”へ落ちる。


SSC遺伝子を搭載した本丸であるメザーノールとの肉弾戦が繰り広げられている中、当然向こうから墜落音が響き渡り、何事か⋯と思うピーチカ。一瞬の隙にて生まれた空白の戦闘時間をメザーノールに渡してしまったピーチカは、急いで自分のターンに行動を戻そうとする。しかしそんな考えが及ぶ前に、メザーノールから左ストレートが炸裂。ピーチカはダイレクトにその左ストレートを受け、鮮血の浜辺に打ち付けられる。

奇しくも、シスターズ・プリミゲニア両者は、同じポイントにて集結。⋯いや、“奇しくも”では無い。メザーノールは狙っていたとしか思えない舞台装置の演出技法。全ては初っ端から始まっていたのだ。


セカンドステージチルドレン⋯“アトリビュート”に、勝てるわけが無い。



「お、、ネェ、、ええ、、ち、やん、、、」

「ヴォはァッ⋯⋯ラチルゼル⋯⋯だいじょーおォ⋯⋯ぶか」

シスターズ・プリミゲニア、敗北。

鮮血の浜辺へとその身を爛れさせる。両者のニュートリノ・シリーズは、発現が出来ぬほどに生命力が低下。ピーチカは、ゼルトザームの能力をほぼ発揮する事無く、終焉を迎えてしまう。ピーチカはゼルトザームの暗黒騎士としての能力を使い、メザーノールとSSC遺伝子を引き離そうと画策していた。ゼルトザームの心臓に突き刺さる剣には、黒色粒子が多く内蔵されている。黒色粒子は、相手の異能スキルをドレインする事が出来るプラスアルファの特性を持ち合わせているのだ。それを何とか、斬撃としてメザーノールに命中すれば⋯と思っていたのだが、まずそもそも、地肩の格差に大きな問題があったと思われる。


強過ぎた⋯。


メザーノールが接近する。ティリウスを連れて。

シスターズ・プリミゲニアの元へ。


「⋯⋯⋯⋯⋯ありがとね。俺、けっこうやれるんだー。って確信出来たよ。こういうのは初めてだった。君達、本気で俺の事殺そうとしてきたよね?剣戟軍からの命令では、『捕獲』だったら気がするけどさ⋯⋯。俺を奴隷に?ンフフフフハハハハハ⋯!!笑わせる。たっくさん、笑わせる⋯⋯」

「おまえ⋯⋯⋯ティリウスを暴喰するのか⋯」

「うん、ティリウスは俺がもらう」

「その通常人類を暴喰したとはいえ、超越者としての血筋を絶やす事は出来ないぞ」

「そんな事はどうでもいい。俺は俺自身の道を見つける。ティリウスと共に」

シスターズ・プリミゲニアが沈黙。二人は剣戟軍同様、重傷をメザーノールから負わされてしまうが、ニュートリノ・シリーズそれぞれの加護が発動。部位欠損にまで陥る事は無かったが、それ相応のダメージを受けている。出血は大量だ。切れ傷、打撃跡⋯姉妹共々、多くの傷が見受けられ、完治するまでには相当な月日が掛かることだろう。


「ティリウス⋯」

「──────────」

「もう既に、器データの移植作業に入っている。間もなく、ティリウスの肉体は俺の元に移植され、魂は大地へ還る⋯⋯これでようやく、俺の使命が果たされ⋯⋯ヴォフォ!?」


「⋯⋯⋯⋯ぬかるみ、踏みやがったな⋯アトリビュート」

「ブォウェウェ⋯⋯バォフっヴォオォオオォアアア⋯」

吐血するメザーノール。断続的に。止まらぬ口腔からの血液。

「超越者って、単純なんだよね。過去の文献を読み漁っていれば、なんの問題も無い」

ピーチカ・プリミゲニア。ラチルゼル・プリミゲニア。

鮮血の浜辺にて、倒れ伏せていた二人が立ち上がる。反対に、メザーノールは身体から血液が損失するまで吐血していく。肌の色が変色し、薄紫色に仕上がっていく姿が、なんともシスターズ・プリミゲニアにとっては面白おかしいエピソードへ昇華するに相応しい惨状だった。

「お姉ちゃんの言う通り、やっぱ超越者って変な死に方するんだね〜」

「言っただろ?我が妹よ。結局、アルシオン王朝帝政時代から何も変わってない」

吐血から、内臓を吐き出していくフェーズへと移行。これは、メザーノール自身が『ラクになりたいから』という安直な理由などでは無い。シスターズ・プリミゲニアによる鴉素エネルギーと蛾素エネルギーの統合体“ウプサラ”が、メザーノールを犯す。身体を内側から破壊していく。ウプサラがメザーノールの身体で箇所爆発を引き起こす。各々が戦闘を繰り広げていた中で、ゼルトザームとファルファラの鴉素と蛾素をメザーノールの体内へ侵入させる。

メザーノールの体内では、シスターズ・プリミゲニアそれぞれの特色エネルギーが統合。ウプサラが爆発するのは時間の問題だった⋯。本来ならば、二人のどちらかが起動合図してウプサラが行動開始するのだが⋯悪魔的作戦を立案したピーチカは、一切敗北する事を妹・ラチルゼルに提案。軽ーく、ラチルゼルは賛成。

本作戦の成功に至る。


「あ、血ぃ吐き出すの止まったねお姉ちゃん」

「そうだなァ、それにしても⋯痛ったかったぁー!」

「んね!もおコイツ!!マジで!くたばれ!」

言葉の区切りごとに、ラチルゼルはメザーノールに死体蹴りをかます。まだ、“死亡した”と決定付けるには早いのは分かっているのだが、ラチルゼルは“死体蹴り”として、何発も食らわせた。

「このまま!死ね!死ね!死ね!あーしとお姉ちゃんに!良くも!あんな!阿呆な!デカブツ食らわせやがって!!」

最後の文言直後に放たれた死体蹴りが、これまでにないパワーを帯びたキックとなり、打ち伏せるメザーノールは大きく向こうへ蹴り飛ばされる。シスターズ・プリミゲニアから大きく離れたメザーノールだが、結界に直撃しかけた寸前でラチルゼルが空間転移。そのポイントというのは、結界が直撃する結界の壁面。ラチルゼルは自身が飛ばしたメザーノールを蹴りで受け止め、そのままダイレクトでピーチカに向けて白色粒子で生成された剣による斬撃を繰り出す。メザーノールの身体には深き刻印が刻まれ、弧を描くように出血。


「フゥ〜」

「ラッチ、スッキリした?」

「うーん⋯まぁまぁかな。本当は殺したい☆」

「ワシらも、戮世界テクフルに住まう人間だ。コイツをグランドベリートへ捧げるのも、仕事だからな。残念だが、殺めることは許されていない」

「お姉ちゃん、こういう事に関しては、マジメなんだよね」

「司教座都市の連中も見ているからな」

「え、嘘⋯⋯マジで⋯⋯⋯?」

「ああ、それに⋯スカナヴィア以外の大物も、空から覗いてるかもしれないしな」

「あー、それはちょっとマズイかもね。よし、じゃあ⋯⋯ここぉ、、掃除する?」

「我が妹よ。ワシらがそんな劣等生物のするような雑務をこなす人間か?」

「んプフ、、血がァーーう。ちがいま〜ス」

「ガウフォンへ行こう。コイツを連れて」

「お姉ちゃん、あの子はどうするの?」

「ん?」

─────────────────────────

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

─────────────────────────


直立不動。

ただただ、友達の身体が斬撃される模様をこの目で見てしまったティリウス。

目の前には大量の人間の死体。

血液。肉片。骨。


「あの感じだと、正気を取り戻したみたいだな」

「そりゃそうでしょ。コイツ、ほぼ死んでんだもん」

微かな生命反応をみせるメザーノール。まだ完全に死んでは無い。一線を超えるのは、あと一歩。

ピーチカはただ一人、浜辺に立つ人間⋯ティリウスに近づく。ティリウスは一点を見つめ、ピーチカに一切戦かない。ラチルゼルも六歩程度離れて後ろに立つ。


「君の友達は⋯あのザマだ。だが、判るよね?君は超越者と共にいたんだ」

「それは知ってる」

「⋯⋯⋯⋯⋯うん、そうね。じゃあ、どうして超越者と一緒にいたんだい?⋯⋯ワシらは、君の味方だよ。あのクズは、君を人間で無くそうとしたんだ」

「別にいい」

「ん??」

「別にいい。それで、メザーノールの人生に彩るのなら、それでいい」

「君は、超越者が戮世界に居ても良い⋯というのか?」

「超越者とか、そんなのはどうでもいい。メザーノールは、戮世界に必要な存在だ」

「良くない思想を持っている。その考えは、捨てた方がいい」

「何を⋯⋯」

ピーチカがティリウスの顔面を包み込むように右手を広げる。五本の指の先端から軌道を描く黒色粒子が発生し、それはティリウスの頭部を抱擁する。

「何を⋯する⋯⋯⋯んだ、、、、」

「安心して。あーしはティリウスの味方だよ。お姉ちゃんは、君の脳みそから要らない記憶を削除してる」


黒色粒子がティリウスの脳内を駆け巡る。

不要と判断された記憶領域の削除を提案し、承認するサインを押したピーチカは、黒色粒子による記憶一部分削除行動を再開させる。


『シスターズ・プリミゲニア、応答せよ』

「はぁ〜い?」

『超越者、捕獲完了。生命反応は極めて薄い。現行状態維持してしまうと、絶命に至ってしまうため、至急手術・治療を開始。本部への帰還を要するので、早急に戦艦へ戻れ』


「お姉ちゃん、戻れ⋯だってさ」

「⋯⋯仕方無い。あのガキが死んでもらっては困るからな。ゼルトザーム、中止だ。行動中止」

黒色粒子はティリウスの記憶領域に侵入。狙い定めた記憶の箇所として、“超越者への憧憬”に関連するデータを選定していたが、その全てを削除する事は数分の時間を要するものだった。黒色粒子はティリウスの脳内から退散。メザーノール五本の指の元へ戻る。

黒色粒子の闇影に包み込まれていたティリウスも、それと同時に現状復帰。脳内に何か見知らぬ異物が入り込んだことは、バグやノイズとして認識する事は出来たが、100パーセント何が起きたかは分かっていない。


「ティリウス・ケルティノーズ」

「⋯⋯⋯」

ティリウスは名前を呼んだ女に、顔を上げる。眉間の皺を寄せ、その女に対する怒りを見せつけた。その表情を見た女⋯ピーチカは微笑みで返す。

「メザーノールを返せ⋯⋯」

「それは無理な相談だ」

「さっさとこっから立ち去る事ね。あ、ティリウスくんのお目当てだった浮遊大陸ニムロドはね、もう出てこないよ。あれ、超越者の墓標だから」

「⋯⋯⋯は⋯⋯?」


シスターズ・プリミゲニア、消失。

剣戟軍強襲型戦闘艦キュクヌスへとその身を戻す。

突撃型戦闘艦パエトン、打撃型戦闘艦アルタイル。

三つの戦闘艦が浜辺にて向かい、航行を停止させていたが、シスターズ・プリミゲニアのリターンに伴い反転。浜辺から離れ、ビレファデル海域を突き進み、彼方へと消えて行った。


原色彗星『エクソダス』が流れる。色相環は『絶望』



なんだ⋯⋯ここ。

俺、独り⋯⋯⋯。

独りで何してんだ⋯。戦艦が三つ。

七唇律聖教の人間が二人いたけど、いつの間にか消えて、戦艦も消えた。⋯⋯航行していたけど、途中から消えていくのが見えたから、きっとあの女二人の能力によるものなのだろう⋯⋯⋯⋯⋯。

そんな事はどうでもいいんだけど⋯。


「メザーノール⋯どこに行ったの⋯⋯メザーノールがいないと⋯俺はまた、あの生活に逆戻りだ。メザーノールがいない世界なんて、俺には生きれない⋯。メザーノールがいるから、俺は生きれてるんだ⋯⋯七唇律聖教のあの女二人⋯。メザーノールを殺した⋯のか」

俺は七唇律聖教の女二人が言及していた、『君の身体を狙っている』ということを思い出した。

さっき、女に告げた事が全てなのだが、俺はメザーノールが生きる事ができるのなら、もう命を差し出すつもりだった。女二人は要らんことをしてくれた⋯と思っている。

やっぱりそうだ。

やっぱりこうやって弱者っていうのは何も出来ずに終わっていくんだ。せっかく出来た友達が、目の前で失われていったにも関わらず、俺はそれを眺めるしか出来なかった。アイツら七唇律聖教だから、ただの人間である俺が抵抗しようにも無駄な行動⋯。だけど、あの時の俺の行動には納得がいかない。ただただその場に直立不動。

⋯⋯⋯そうだ。思い出してきたぞ⋯。

あれ、、、

なんでだ⋯。なんか⋯⋯これは⋯黒い⋯ノイズのような⋯砂嵐が吹き荒れているけど⋯この砂嵐が散っているのは、俺が今見ている現実では無い。

脳内映像だ。複雑な状況をどうにか理解したい。

それもどれも、今の自分には小難しいことなんだろうな。普通の人間じゃあ、戮世界テクフルを生き延びる事は無理。普通に生きていれば、何の問題も起こさずに生きれば、そんな悩みに襲われる事なんて無い。

だが今回の事案を受けて、その思いは固まった。


「強くならなきゃ⋯⋯」

俺があの時、七唇律聖教二人を打ち負かす程の力があれば良かったんだ⋯。


鮮血の浜辺。こんな惨状が怒っているのに、剣戟軍は一切の後処理をせずに何処かへと消えた。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯これって⋯⋯


「幻覚⋯⋯⋯?」


可能性としては有り得る。だって、お前らの仕業だろ?これは。

「結界⋯ここから抜け出そうとして、俺はメザーノールの指示に従い、走った」

結界に近づくティリウス。亀裂の生じている箇所が幾つも確認出来たが、それよりも気になる箇所があった。

「波打つ、、、、これは⋯⋯」

結界は強固なものだと、勝手に解釈していた。だが、それは自分の思い込みであったのだ。結界には波打つ箇所⋯つまりは、壁では無い⋯壁に見せかけたただの幕状の箇所がある事が判明。ティリウスはその波打つ箇所に手を触れる。

スゥー⋯と右手が奥に入っていき、めり込んでいく。

“向こう側”へと行き着いた。

そこは、浜辺の向こう。

予想通り⋯というか、安心⋯というか。


湿原。この浜辺へ、浮遊大陸ニムロドを目指して歩いていた道路に出たティリウス。


「え、、、、」

もう一回、結界の中へ浜辺に戻る。

結界から出る。結界から出ると、その浜辺は赤く染めあがっておらず、至って普通の浜辺が視覚されていた。

「なんだこれ⋯⋯」


俺も一目散にその場から離れた。浜辺は血だらけのはずだ。俺の知らない人間達が、殺されていき⋯⋯⋯てか、誰が殺したんだ⋯?

誰が⋯⋯⋯剣戟軍⋯だよな?

あそこにいたのは、俺とメザーノールと七唇律聖教の女二人。七唇律聖教が剣戟軍を殺すとは思えない。じゃあ消去法でメザーノールか。メザーノールが剣戟軍を殺した理由⋯俺はそれに対し考えを回す。そうしていたらいつの間にか、電車に乗っており、家にも着いていた。思考を巡らせる事は、そこまで大変なものだとは思えなかったが、今回ばかりはそんな生半可気持ちになれないのが現状にある。

「メザーノールが、俺を守った⋯?」

そうだよな。そうじゃなきゃ、剣戟軍を殺すなんて事、しないよな?


「おかえりーお兄ちゃん」

「────────────」

「お兄ちゃん⋯?」


ティリウスは自室に直行。その夜は何も食べず、身体をリセットさせることも無く、帰宅してからそのままの状態で、今日の出来事を頭ん中で再生し続ける。何度、再生しても訪れる感情というのは、決まり切って“後悔”の二文字。揺るがなかった。揺るぎない感情。

俺に何が出来るのだろう⋯そう思った時、女二人の存在を思い出した。


「七唇律聖教⋯⋯⋯⋯」


七唇律聖教になる前⋯きっとあの二人も俺と同様、普通の人間だったはず。七唇律聖教になれば、人間離れした超常現象を引き起こす能力を修得する事が出来る。しかもそれは合法だ。戮世界テクフルの警護隊なのか、剣戟軍の特殊作戦部隊なんなのか⋯七唇律聖教に関してはあまり深く知らない。だが、とにかく普通の人間が強くなる為には、七唇律聖教の道を通り、修道士として自分を磨くのが一番手っ取り早いのでは無いか⋯俺はそう思った。

もうこうなってしまったら、後退なんて出来ない。メザーノールを救い出してみせる。

絶対に、救う⋯。そのためにも、俺が強くなって、メザーノールを救出しに行く。何処にいるのか分からないが、七唇律聖教に入れば、何かと物事はスイスイ進むような気がしてきた。俺は、今までそうやって人生を良い感じに乗り越えてきたんだ。

何となく⋯のリズム感覚で俺はこれまでもこれからも、生きていく。そこにちょっとした波形を乱す単相をプラスに組み込む。自分の世界を尊重しつつ、新たに追加された思考。

メザーノールが近くに居なくなったからって、自分がマイナスを覚える事なんて無いんだから。メザーノールが俺を求めてくれたのには、必ず意味がある。俺はまだ、本人からその訳をしっかりと聞いていない。


「あ、原色彗星だ⋯緑色⋯『成長』か⋯⋯⋯⋯」

遠くの天空から流れるる原色彗星『ウッドベリー』。


「原色彗星も見てるんだ。運命だ⋯」


誰もいないのに、無理をしている俺。本当は泣き叫びたいほど悔しい。毎日眠れない日々が続いている。身体だって持たない⋯。だけど今もこうして、俺がのうのうと未来を企てている同時刻で、メザーノールは七唇律聖教から仕打ちを受けている⋯。

そんなことを考えたくないから、自分の気持ちを“無理して”反転させるような言動をリピート。

それなのに⋯⋯⋯

それなのに⋯⋯⋯⋯⋯⋯

それなのに⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯


凶報は、俺の意思なんかお構い無しに、心を破壊するんだな。


律歴5595年9月20日──。


「本日、奴隷帝国都市ガウフォンにて乳蜜祭が開催されます。目玉企画はやはり、シキサイシア。今回も多くの奴隷らが自らの命を大陸神グランドベリートへ投げ与え、戮世界テクフルの平和と安寧を祈願します。奴隷の中には、死刑囚や重罪人を始めとする通常人類に交わり、アトリビュートも捕獲された事が判明。中学三年生、十四歳の男の子がアトリビュートとして捕獲され、身を投げ与えるようです」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」

テレビには、名前こそ表示されていなかったが、顔面と体型が事細かに公開。


俺はまた、不動となる。

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