[#110-成らず者の凶弾]
[#110-成らず者の凶弾]
「⋯⋯⋯んはぁ⋯⋯はぁ⋯はぁ⋯はぁ⋯⋯⋯」
一定間隔で生まれるティリウス目覚めの息遣い。ティリウス本来の息吹が再生された事に、一時的な安堵を覚えたメザーノール。そんなティリウスの元に、メザーノールは駆け寄る。ティリウスが目覚めるまで、メザーノールは“暴喰”を発揮させ、ティリウスの器である肉体。肉体である器を、貪り食おうと思っていた。だが、今、こうしてティリウスの目覚めを視覚にて捕捉してしまう。
何も感慨なんてものは無い⋯。
そう思っていたのに、何故かメザーノールの動きは止まってしまったのだ。ティリウスとの何気ない時間と世界を重ねるにつれ、特別な空虚に包まれていく⋯。何も感じてなど無い⋯だが、どうであれメザーノールの起こす行動理念が書き換えられる事は、これまでの現行を全否定する事になる。ティリウスに真実を伝え、そこから暴喰をする事で何が生まれるのか⋯メザーノールは、一瞬の躊躇いを他所にティリウスへの暴喰を開始する。
しかし、それは叶わない。
「⋯⋯⋯メザーノール⋯⋯?」
「⋯⋯ティリウス⋯⋯」
メザーノールの感情なんて一切思考に入れていないティリウス。それもそのはず、ティリウスはこれまでに置かれていた自分の立場と、浜辺にて繰り広げられていた叛贖体の存在を認識していない。ただ、そこに⋯浜辺にて横たわっていた自分を不快に思っているだけ。
「え、、、俺、なんでこんな砂まみれなの⋯。ここは⋯あ、、」
ティリウスは、メザーノールと共に浜辺にて現れた際に通行してきた“道無き道”を視界に捉える。
「あそこからやって来て⋯それで⋯⋯⋯アレ⋯うんんん?ぜんぜん、、、何も思い出せないな⋯⋯⋯⋯うぅン⋯?」
「⋯⋯⋯⋯⋯憶えている事は、無くていい」
「いや、そういう訳にはいかないよ」
ティリウスは淡々と返事。メザーノールは、心の奥底にて、これから巻き起こる出来事を夢想する。複数の展開をビジョンする事で、ティリウスとの会話が不明瞭なものとなる。ティリウスはメザーノールの苦悩するような、表情筋が複雑に入り乱れる姿を疑問に思う。
「大丈夫?」
「あ、、、、ああ、、、、、」
「大丈夫じゃないよな?どうしたんだ?⋯⋯なにか、、、あったんだよな⋯⋯そうとしか思えないんだけど⋯」
「⋯⋯⋯ティリウス」
視線を逸らし、ティリウスのいない彼方に眼差しを向けていたメザーノールが意を決したようにティリウス方面を向く。
「⋯ん、なに?」
少々驚いた反応でメザーノールの“切替”に応える。
「ティリウスは、俺に感謝しているんだろ?」
「え?、、かんしゃ??⋯それは⋯⋯⋯」
「……………」
メザーノールの素の表情。異質な雰囲気を醸し出しているメザーノールに若干のはてなマークを思い浮かべるティリウス。どこか真剣で、何か大切な事をこれから告解するような姿に、ティリウスは困惑。瞼を見開き、メザーノールを見つめ続ける。
「ティリウスがいなかったら、俺はここに来ていない」
「あー⋯うーん、、、そう、、だね⋯うん」
『なんだ⋯そんな事か⋯今日誘ってくれた事への感謝か⋯』。そんな顔しないでくれよ⋯と俺は思った。
辿々しい足の進め方。その足先はティリウスに向いている。メザーノール接近の雰囲気がとても気持ちの悪いものだった。
「なぁティリウス。ティリウスはこのまま命って紡がれていいものだと思うか?」
「命を⋯紡ぐ?」
「俺の命は⋯ここからあってもいいものなのかって言ってるんだ」
「そりゃあ⋯もちろん。当たり前でしょ」
「そうか⋯。もっと俺の命って続いてもいいんだな」
「うん、じゃなきゃ⋯俺が困るし⋯」
「困る?俺の命が絶えたら、嫌⋯⋯⋯そう捉えたもいいのか」
「うん⋯。そう、、、だけど⋯⋯⋯」
当たり前の回答をしただけ。メザーノールの受け答えに、違和感を覚える。別人格と話している⋯いや、そもそもメザーノールと話しているような空気を感じられなくなったティリウスは、メザーノールの顔面を凝視。しかし、どっからどう見てもメザーノール。顔はもちろん。人格を形成する上で全くの無関係でもある胴体、両腕、両足まで⋯何故か肉眼での確認を必要としてしまった。そのぐらい、今のメザーノールがバグっている⋯狂っている⋯と感じられる始末。
「ティリウス、じゃあ⋯行こうか」
「⋯?⋯⋯ああ!うんそうだね。浮遊大陸、みに、、い、、こうか?」
「⋯⋯ああ」
時間、何分も流れた気がする。
世界、幾つもの場所を目で捉えた気がする。
俺が目覚めるまでの時間と世界は、虚空なものであって、特色的な部分をあげられるような場所では無かった。何を見ていたのか、何を感じていたのか、何を⋯与えて貰っていたのか。
どの部分を切り取っても、思い出される記憶というものは⋯見たことの無い“粒が俺の身体を纏う”光景。
異常と言えば異常なのだが、俺はそれが心地の良いものだった。あの時の自己を守るために、必要な儀式。
だから有難いと思った。でもどうして俺だけがその時間と世界を歩む事になっていたんだろう。メザーノールは一切そのようなものを味わっていないらしい。
超越者⋯だから?
そう考えるのが必然のように思えてくる。
──────────────
「止まってもらおうか」
──────────────
「⋯⋯⋯」「?」
2人の耳に、風を靡かせるように爽やぐ声。
メザーノールとティリウス。2人以外に人影は無いように思われた。しかし浜辺に続々と近づく、足音にはメザーノールのみが気づいていた。メザーノールは外敵反応を確認し、ティリウスを守衛。
「メザーノール?今の声⋯聞こえた?」
「ああ⋯。時間を食いすぎたみたいだ」
「え、、、、?」
「そうだな。時間を食いすぎた⋯。そうだな、君の言う通りだな」
浜辺に立つ2人。2人の目の前には海が広がっている。南西区域シャバルキュールに面しているのは“ビレファデル海域”。
ビレファデル海域から突然。それは何の前触れも無く訪れた。3つの戦艦が海面に登場。波を伝い航行するのでは無く、空間転移を発生させ一切の波風を立たせずに出現。
「なに!?!あのマークって⋯⋯テルモピュライじゃないの!?」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「メザーノール!」
「⋯⋯ティリウス⋯⋯さすがにこの未来は予想してなかったよ」
「え⋯⋯⋯⋯?何それ⋯⋯」
「超越者との戦闘になると思ったが、どうやら俺がこれから戦う敵は⋯通常人類のようだ」
◈
30分前──。
ユレイノルド大陸 北方区域ティレーズスクワーチ
剣戟軍総合司令本部 オペレーションセンタールーム
多くのオペレーターが座着し、各々担当する大陸と区域の警備システムと管理統括の調整を行う。剣戟軍は七唇律聖教とテクフル諸侯からの指令によって、全戦闘作戦の展開を立案。本部から伝達を受けた事象発生エリアの近辺に位置する駐屯基地及び、前方基地は作戦を実行に移すフェーズへ。日々、様々な問題が発生し、その大小に限らず騒々しいアナウンスが飛び交っているが、そのような日常的な時間が歪むような事態が今宵も生じてしまう。
「大佐」
「どうした?」
「ブラーフィ大陸、南西区域シャバルキュールにて問題が発生しています。SSC遺伝子信号の発信を確認」
「シャバルキュール。ビレファデル海域の近くか」
「はい。SSC反応個体数は二十七。その近くに通常人類もいる模様です」
「なに?いったいどうして⋯」
「不明です。更に判明しているのが⋯見てください」
「⋯⋯これは⋯⋯」
モニターに、オペレーターが映像を映す。
「SSC遺伝子信号を発信しているSSCは二十七体。ですが、群れを成しているのは二十六。それ以外の一体は通常人類と横並びに歩行しています」
「観測衛星に繋げ、ランドサット7だ」
「了解。こちら剣戟軍総合司令本部、応答せよ」
『こちらスペース・ロセッティ』
「ブラーフィ大陸シャバルキュールにて、SSC反応を確認。個体数は二十七。そのすぐ傍に通常人類が確認出来る模様。詳細な情報把握と調査を至急要するため、ランドサット7による情報収集を求める」
『了解。これよりランドサット7が特定ポイントへの情報収集を開始する)
『⋯⋯特定完了。二十六個体と一体のSSC反応を確認。確かに事前の情報通達報告書にて記載されている通り、一体のSSCの傍に通常人類の信号が確認されます。通常人類とSSCは共に中学三年生。同じ中学校からの帰宅途中のように思われるが、二人が在学中の学校は西方区域に所在地を置く、ルディア中学校。恐らく今宵観測する事が出来る浮遊大陸ニムロドを求めてやってきたのでしょう。実際、SSC反応を検出する個体の思考回路を覗き込むと、非常に複雑な内情を抱えている模様です』
「複雑な内情⋯それはどういう事だ?」
大佐がスペース・ロセッティ事務管理局のオペレーターに問い掛ける。
『人間を暴喰する⋯⋯』
「⋯⋯はぁ⋯⋯⋯⋯友人関係にある通常人類を狙っている⋯というのか?」
『事情も段々と鮮明になってきました。浜辺にて二十六のSSC反応を出す個体は、その場所にいる通常人類を求めて出現したと思われます。通常人類の名前はティリウス・ケルティノーズ。その傍を歩くのがメザーノール・セフェイガ』
「セフェイガ⋯聞いた事あるか?」
「いいえ、そのようなSSCは聞いたことありません」
「インフィニティネットワーク上にも、そのような家系が歴代のセカンドステージチルドレンに存在したかどうかを裏付ける情報はありません」
「インフィニティネットワークにも存在しない⋯若しくは、デフォルトされた可能性すら考えられる謎の血統超越者⋯」
『大佐、二十六と一体のSSCが通常人類の肉体を奪い、混血の身体としてブラーフィ大陸を踏み歩く可能性が極めて高いです。今すぐ、武力攻撃作戦を発動させる事案かと思われます』
「よし、わかった。スペース・ロセッティ感謝する」
スペース・ロセッティとの通信を切る、総合司令本部。
「浮遊大陸ニムロドとSSC個体の関連性は?」
「大佐、大きく関係しています。浮遊大陸ニムロドには歴代のSSCが創成してきた転写因子の統合型が形となって出来たものです」
「この浮遊大陸がか?」
「はい。こちらをご覧下さい」
「ん?」
「以前、浮遊大陸ニムロドには無かった現象です」
「原色彗星が降り注ぐ⋯」
「そしてその影響で⋯瀑布が出来上がり、通常時では視覚不可能な領域の幻妖なものとなりました。浮遊大陸ニムロドは、SSC遺伝子の群体を感知し、南西区域シャバルキュールに出現したと考えるのが妥当です」
「つまりは⋯そこにいる二十七のSSC個体を全て駆逐すればいいんだな」
「作戦展開は即座に対応可能です」
「ご苦労」
「大佐、剣戟軍テルモピュライのみの出撃ですか?」
「いや⋯と言いたいが、現在七唇律聖教から出撃出来る戦士はいないのだろ?」
「そうですね。七唇律聖教のメインバーサーカー達は、特異点兆候に相当するシェアワールド現象の発生に伴い、迎撃態勢に入っています」
「七唇律聖教、全ての戦士が⋯か?」
「はい。大陸政府直属メンバーと、ニーベルンゲン形而枢機卿船団の全てのバーサーカーが動員されています」
「そこまで大規模なシンギュラリティポイントが発生する⋯と予測されているのか⋯」
「恐らく、メルヴィルモービシュからの告解とトネリコの預言書に記された伝承が、重複した内容だったのかと」
「そりゃあ、信用するしかないか⋯。それでは、残ってる戦士というのは⋯」
「⋯⋯こちらの教会の所属している二名が有力バーサーカーかと⋯」
「⋯⋯⋯シスターズ・プリミゲニア」
◈
再び現在──。
ブラーフィ大陸 南西区域シャバルキュール ビレファデル海浜エリア
叛贖体を倒したメザーノール。ティリウスはその事を知らない。それに加えて、メザーノールがティリウスの“器”を暴喰しようとしていた事すらも知っていない。
自分の行動。
何故、及べなかったのか。何度も何度も自分の思考を回し続け、自己概念との問答を繰り返す。その思考の果てに思い浮かべるのものは『ティリウスと離れたくない』という、なんとも幼稚的な回答だった。前からこんな未来を予測していたはずだ。だからメザーノールは、この日を迎える直前までティリウスとの時間と世界を大切に紡いで来た。
しかしそれは、残念な事に無意味なものとなり⋯更には自分の愛情を高めるだけに過ぎなかった事に気づく。
⋯⋯⋯いいかげんにしてくれよ。俺が、この日を迎える為に、どんだけの苦労をしてきたと思ってるんだ。これだから一途って辛い。一つの感情に流されるのは、多少なりとも余白的な部分を持ち合わせながらの生活を送っていた方がいい。だが、その余白に相当する時間と世界の使い分けを、俺は間違ってしまった。
ティリウスを暴喰する。ティリウスの器を頂くことが出来れば、俺は⋯超越者としての冠を外す事が出来る。その代わりに、ティリウスはこの世界から抹消され、俺の身体の中で生き永らえる。死にはしない。だから、大丈夫なんだ。
大丈夫なんだよ。
大丈夫なのに⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はぁ、、、ほんと、ムカつく。
前々からずっと⋯この日の為に⋯俺は⋯⋯
「ねぇあの戦艦⋯なんかこっちに近づいて来るけど⋯なんかの訓練かな⋯⋯⋯?だ ⋯⋯だとしたらすごいね!すごいレアな光景なんじゃない!?あの空間転移って、七唇律聖教の誰かでしょ?たぶんあれのどれかに乗艦してるんだろうなぁ⋯見たいなぁ⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
今、恐ろしい事が起きようとしている。今から俺は、この戦艦三つを相手に規模のデカい戦闘を繰り広げる事になるだろう。そんな戦闘を一切危惧せず、“訓練が始まる⋯!”と思い込んでいるティリウス。
「ん?どうしてそんな顔するの?メザーノール」
「⋯⋯⋯⋯」
メザーノールの顔を覗き込み、その表情が現在に適していない⋯と疑問に思うティリウス。
「あ、甲板に誰か出てきてるよ!」
「⋯⋯⋯!まずい!!」
「え?」
───────────────
「⋯死ね」
───────────────
三つある内の一つ。真ん中を航行中の戦艦から一人の女が現れる。女は宙に浮き、黒色粒子を纏う。その黒色粒子が螺旋を描き、女のサインに合わせるように旋回を始める。螺旋が回るスピードは初速から全く変わること無く、一周目と同様の速度が維持されていく。目に追えるのがやっとの速さ。黒色粒子が螺旋を描く度に、エネルギーを増大させている事が判明・把握出来たメザーノールは急いで、浜辺からの脱出を図る。その時、傍にいるティリウスの存在を忘れている事は無かった。すぐさまメザーノールはティリウスの右腕を掴みかかり、急いでその場から走る。ティリウスは驚く。とにかく驚いている。だがそんなリアクションに反応している暇なんてない。今からここは焼け焦げにされる⋯そう確信出来る攻撃フォームが、あの真ん中に位置する戦艦周辺から感じ取る事が可能。
そうだ⋯⋯お前らは、俺を狙ってるんだろ?それ、ニュートリノ・ヤタガラスだな。個体名は知らないが、黒色粒子を螺旋状に⋯そして、あのような技巧的に扱える辺り、ニュートリノ・シリーズに間違いない。
「メザーノール!!ちょっと痛いって!!」
「頼むから!!俺に付いてきてくれ!」
浜辺から離れようと試みるメザーノール、それについて行く事を決意したティリウス。ティリウスは一時、引っ張られるような形でメザーノールの元にいたが、メザーノールからの『ついてこい!』という文言の後から、自己的判断による行動で、足先をメザーノールの方へ向けた。最初は僅かな抵抗を示していたが、メザーノールの言葉、そして血気迫る決意の表れでティリウスは“何か”が起きる事を察知。
二人は急ぐ。ただそれだけでニュートリノ・ヤタガラスを発現させる相手から逃れる事は出来ない。メザーノールは予測を立てる。
間違いなく、あのフォームを作ったという事は、この長距離からでも俺を絶命に至らしめる攻撃行動を持っているんだ。だからこの浜辺から単に脱出しようとしても、範囲攻撃を繰り出されれば無意味なものとなり、俺を含めるティリウスも木っ端微塵に吹き飛ぶ。⋯吹き飛ぶというか、普通に殺されるな⋯⋯。無関係の通常人類も巻き添えにしようとしているのか⋯あのイカレ女⋯。剣戟軍の戦艦にいるという事は、可能性として考えられるのは⋯⋯七唇律聖教。しかし、今日は特異点兆候の結節点が発生する日だったはずだ⋯。七唇律聖教はそれに向けてのシェアワールド現象仕分けに出ているはず。
⋯⋯⋯⋯⋯まさか!?そんな馬鹿な⋯⋯あの教会の七唇律聖教を繰り出したというのか⋯⋯?
◈
ビレファデル海域
剣戟軍海上防衛部隊 強襲型戦闘艦キュクヌス
「まだぁー?」
「まだです!」
「⋯ねぇまだぁー!?」
「まだです!」
「ねぇ!!」
「まだです!SSC遺伝子信号を発出しているヤツの傍には通常人類がいます。このままだとあの子も巻き添えに⋯」
「そんなのドゥオーでもEんだけど。とりまさっさとコレ撃たせてくれんかなぁーーー、ワシこれ支えてるのけっこうしんどいンだけど」
「お姉ちゃん、だったらそれ、海に捨てちゃいなよ」
「お、我が妹、妹はさすが良い提案をするなぁ!さすがワシの血が入ってるだけある!」
「エッへーん!生安くお姉ちゃんを見てきてる訳じゃ無いからね。あーしだって、ちゃーあんとリツアン出来るんだから!リツアン」
「あん?ラッチ、リツアン⋯ってぇ、なんだ?リツアンって」
「は?お姉ちゃん、リツアンだよ!り・つ・あ・ん」
「そんな区切って言われてもわかんねぇーモンはわかんねぇんだよ」
「はぁ⋯お姉ちゃんは強くなりよりも先に、育てなければならない部分があると思うよ」
「ラッチ、今から言う発言によっては、この黒色粒子波動砲をお前に向ける事になるぞ」
「⋯⋯⋯⋯学力」
女の頭上にて、集合体が形成され肥大化が止まらない黒色粒子の巨物体を“我が妹”へ向ける。
「ちょっと!お姉ちゃん!あっちあっち!!あーしに向けるな!そんなバカでかいウェポン!」
「アンナつまらんSSCを処刑するよりも先に、我が妹の人格と性格⋯それに合わせて、命を土に還した方が早いな⋯と思ったんだ」
「いや、それあーし死んでんじゃん」
「ああ、そうだとも我が妹。我が妹はこれから姉の鉄槌によって死亡する」
「お姉ちゃん!」
───────────
「シスターズ・プリミゲニア」
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「うるせぇ!」「うるせぇ!」
二人の女の元に、剣戟軍兵士部隊長が近づく。二人に向けて名字を発した直後、隊長へ対する罵倒としか捉えることの出来ない暴力的な文言がぶっ刺さる。二人が同一の意味を含んだ言葉を発した時、それは震源地からキュクヌス戦艦が揺れ動き、小規模な波が立つ。ただの波形では収まり切らず、4キロメートル先に位置している浜辺にも伝わった。単純なる風として浜辺から脱出しようと画策している二人にもそれは伝わり、メザーノールのみが異常性を理解する。
「ラッチ。アイツら逃げようとしてる。障壁おねがいー」
「お姉ちゃん切替はやっ!?りょおかいですよん」
“ラッチ”と言われた女が、4キロメートル先の浜辺に対して独立空間を形成する結界を生み出す。結界は、天空から地上に向けて突き刺すように急落下。尋常ではない速度の障壁にメザーノールは慄く。それだけでは済まない感情を抱えているのは、ティリウスであった。意味不明の展開が、一つの物事が発生するにつれて、ドミノ倒し敵に連鎖反応を起こし続ける。
メザーノールの解釈的に、異能者が発現させる“結界”というのは、短絡的に言えば、その場⋯透明なものから不透明なものへ。それか、突如そこに発生する壁。この双方どちらかが結界の出現の仕方、だとメザーノールは把握していた。しかし今回、二人の眼前⋯。
もう少しで結界によるギロチンの餌食になりかける程、顔面ギリギリの距離で発生した結界は“異常”としか思えなかった。ここでメザーノールは確信する。
『確実に、俺を殺そうとしている。俺だけではなく⋯横にいる⋯この、、、ティリウスまでも』
「ラッチ。いいねぇ、ギリギリだねぇ」
「エッヘン!」
「シスターズ・プリミゲニア」
「なに?次、不必要な文言並べ立てたら、喉切り裂くよ」
「⋯⋯⋯⋯」
剣戟軍強襲型戦闘艦キュクヌスの艦長、メガニアへの暴言が掛けられ、周辺にいる兵士たちは戦慄を覚える。
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「怖えって⋯」
「私たち⋯ここでシスターズに殺される⋯」
「大丈夫だ、、何もして無ければな」
「仲間⋯と思っていいんだよな、、、」
「仲間なんだよな、、、、」
「アイツらも、あの浜辺にいる人間と同じバケモンだろ」
「どうして七唇律聖教の人間誰一人もここに来れねえんだよ、、」
「あの二人も一応七唇律聖教の一員よ」
「あんなのごみ溜に捨てられた七唇律聖教から除外された奴だよ」
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「んぅーんん????なんか言った??」
キュクヌスの横を航行中の打撃型戦闘艦アルタイルの甲板にて砲塔の設備点検・砲撃シフトの最終チェックをしていた兵士の真ん前に、“ラッチ”が空間転移。一切の接近合図も起こさず、瞬きをしたその直後⋯その者の視界には真ん中を航行中のキュクヌスにいるはずの女がいたのだ。
「あ!!⋯いや⋯⋯あの⋯⋯⋯あ、、、、あ、、あの⋯⋯⋯」
甲板にいる他の兵士も、現状を見て畏怖。
「あーしらが⋯なに?えぇ??」
「あ⋯⋯えっ⋯⋯⋯⋯」
「あーしらがゴミ溜行きだあ⋯とか何とか言ってなかった??」
「いや⋯あの、、、別にそんな悪気があって⋯言った⋯訳じゃ⋯」
怯える兵士。兵士は足をズロズロと後ろへ⋯後ろへ⋯と、女からの距離をとる。だが女はその動き封じる状態異常を兵士にかける。その光景はアルタイルにて作戦展開を進めている殆どの兵士が目撃。
「⋯⋯⋯申し訳ありません!」
「何がぁ?汗かいてるけどぉー、ダイジョブですかぁ?」
「あの⋯ほんとうに⋯違うんです!!!違います!」
兵士は正座。女からの許しを乞うため⋯では無い。この正座にまで行き着く事になったのは、女による状態異常攻撃によるものだ。兵士の行動はとっくに、女の術中にあった。女がオペレートした指令は全て実行に移される。思考や神経回路を行き交う血液の流れも、女からみてみれば余裕に傀儡と化す。
⋯のだが、女は兵士にかける状態異常を“行動”のみに設定した。思考と血流に関しては、女は干渉せず。しかしこれが兵士を更なる地獄に叩き落とす事になる。
「そうだよねー。違うんだよね。違うのは分かってる。分かってるんだよ」
正座した兵士の肩をポンポンと叩く女。周辺にいる兵士も、その女への許しを乞う。
「申し訳ありません。この兵士には我々が言っておきますので」
「いや、ダイジョブだよ。もうその必要は無いから」
「はい⋯⋯?」
思うように行動が出来なくなった兵士は、自らの装具からナイフを取り出す。徐々に、決して早くない動きで、ナイフを握り、ようやくそのナイフに手が届きそうになった次の瞬間。兵士の轟速によってそのナイフは、自らの喉元を切り裂いた。喉元からはスパッと切り込みが入った途端、放尿の如く、放物線軌道を描きながら甲板に流血が発生。当然、兵士は命を絶つ事となり、床に倒れた。
周辺の兵士の意識は、女に向けられた。
「なに?その目は。みんなの目が、すっごく怖いんだけど⋯どうしたの??ねぇ、良くもまぁこんなとろい人材を剣戟軍は入隊させているよねー。まったく、七唇律聖教はどんな奴らと仕事してんだか⋯。全部あーし達に任せればいいのに⋯ね?」
「⋯⋯⋯⋯⋯シスターズ・プリミゲニア⋯⋯⋯⋯」
「あ、別になんでも言っていいよ?あーし、お姉ちゃんよりは優しいから。⋯⋯お姉ちゃんの逆鱗に触れたら、この兵士、すぐに死ねなかったと思うもん。あーしはすぐに殺したでしょ?先ず、四肢はチョン切られるかな。んでぇ、舌を抉り取られて発声器官もその間に取られるわけでしょ⋯そんでもってそっから、ありとあらゆる身体のパーツを削がれるね。命に損傷の無い範囲で、次々とやられていくんだよ〜。メッチャくっちゃにグロいよね〜え!あーしとお姉ちゃん、あーし達、シスターズ・プリミゲニア。ラチルゼルとピーチカ。鶏鳴教会の主宰者をやっている七唇律聖教のデスペラードでーす。以後、シクヨロねん」
ラチルゼルは姉・ピーチカのいる強襲型戦闘艦キュクヌスへと戻る。その際も空間転移が使用され、一瞬にてアルタイルから姿を消した。しかし一瞬で姿を消した直後、何故か再び⋯ほんの四秒経過した時に、ラチルゼルが再出現。兵士は驚愕する。
「あ、これ片付けしてもしなくてもいいから。遠目から見たら前衛アートみたいでメッチャくっちゃにカッチョイイから!グー!」
左手から親指が立てられ、『グー!』に相当するハンドサインがアルタイル乗艦兵士達に向けられる。
ラチルゼルはキュクヌスへと戻った。
甲板には一人の兵士の死体。喉元への切り込みは浅かったのに、時間が経過するごとにその切り込みは深まっていた。切れ込みの大小に限らず、喉元からの出血は大量を要する。切れ込みは間違いなく、“深み”を付与させるものとして兵士達に認識されていき、その頂点に達する刹那を多くの者が確認する事態に発展。
頭部と胴体が、綺麗に分裂。その後爆発を起こし、甲板には兵士の肉片が散らばった。肉片と共に血液も多量に飛び散り、多数の兵士がそれを被る。
兵士達は阿鼻叫喚。仲間の突然死に、悲しみと怒りが感情を揺籃。だけれども、それを表面化させる事は全員無かった。
全員の共通意識に、それはあった。
『我々の声は、何処にいてもあの女二人に届いている』⋯と。




