[#109-杭浜の叛贖体]
浜辺。
[#109-杭浜の叛贖体]
メザーノールが切り開いた道。それはティリウスには理解しようの無い、次元レベルの話。
もう、ここから先は歩けない⋯と思われていたものが、メザーノールの手が目線と平行の空気中へ触れた途端、開拓されたのだ。しかもそれは多段的に次々と解放されていく。最初に触れた時は六角形の水晶状のものが発現。そこから連鎖的に六角形は現れ、幻想的と言えば幻想的だが、少し歪な音曲も放っている。ガラスが割れた時の衝撃音がその六角形が発現される度に巻き起こる。つまりは一つ一つが発現したとほぼ同時に破壊行動が成されていき、それが次なるステージへ進む為の行動理念となっていた。パリン⋯パリン⋯と一つの衝撃が発生する度に、聴覚器官を根こそぎ抉り取られるような酷い刺激に襲われる。だがそんなティリウスの痛覚異常はメザーノールの遺伝子能力によって防壁が展開され、無力化。ティリウスには膜が張られ、それ以降耳を無慈悲に刺激する音曲が聞こえてくることは無くなった。
「メザーノール⋯」
「ごめん、ちょっとこの壁を舐め過ぎてた自分がいる。そのせいでティリウスには数秒痛い目に遭わせてしまった。本当にすまない」
「これは!!何が起こってるの?!」
メザーノールは大人しく、声量抑えめで喋っている。だがティリウスはそのメザーノールの小規模エネルギーに抑えられた声量が理解不能だった。何故なら、聴覚を刺激する音曲から守られている⋯とは言え、聞こえてくるは聞こえてくるからだ。ただそこに攻撃性を帯びたエネルギーは一切なく、“騒音”としてティリウスの耳を痛ぶる事を徹底している。
「ティリウス、絶対に俺の元からは離れないでくれ」
メザーノールは依然として大人しげに、顔の色も変えずにティリウスの眼球一点を捉える。
「わかった!!⋯⋯どうしてメザーノールは⋯⋯」
六角形の破壊音が徐々に消え失せていき、壁が形成されていた2人の正面には未知なる空間が拡がる。破砕した六角形の水晶は、地上にその全てが降り注ぐ。ガラスの破片として落下していくのだが、地上への衝撃と共に破片が地中を目指す。力点が地面に100パーセント命中しているにも関わらず、破片は地面への衝撃によって更なる“砕け”が行われないまま、地中へゆっくりと沈降。
沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降。沈降⋯⋯。
眼前に拡がる世界が六角形の謎水晶のみなので、情報が最低限に抑えられている状況下でのコレ。複雑な情報が行き交う訳じゃないので、思考は一つに留めることは出来る。だがこの一つに対するクエスチョンというのが、あまりにも難解だ。きっとこれをメザーノールに問い質しても俺は納得出来ようはずが無い。
ちょっとこれは⋯⋯少し昔に、童話として修正補正が成されていた超越者と通常人類の戦いの歴史に酷似している。この破片だってそうだ。
地面への衝撃。
これは相反する事象だったな。今起きてるのは地中への沈降。俺が昔読んだ戦記童話には⋯
─────────────
『じめんにおちるまえに、だれもよそうできなかったこうどうをおこす。するどくとがったガラスはじめんにおちず、そのままうごきつづけて、ひとびとをおそっていった』
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今まで思い出しもしなかったのに、酷似した現状を肉眼で見たからなのか、ハッキリとあの日⋯夜静かな風の靡く時間に読んだのを追憶出来た。
壁を破壊。六角形の水晶体全てが破壊され、
「ここ⋯⋯普通⋯⋯だよね」
「⋯⋯⋯そうだな、ティリウスには普通に見えるかもな」
ティリウスとメザーノールでは見えている世界が違うようだ。ティリウスは六角形が割れた後の世界を“普通”と認識した。これは道無き道を進む前と同様の世界である⋯と捉えることが可能だ。つまりは海浜の継続。立ち往生していた壁を別ルートで迂回しただけに過ぎなかったなんだ⋯と思っている。
だがメザーノールは違う。先程までティリウスと見ていた世界とは全くの別物の世界が描き出されていた。そこは、様々な生命体の亡骸が無造作に座礁している、凄惨な海浜。更にはその座礁した生物にも問題があり、海浜に打ち上げられた生物となると“水棲生物”と断定するのが妥当と言える。
しかし違った。打ち上げられていたのは人間だ。それもメザーノールと同じ超越者信号を発信させた、まだ生命反応が極端に少ない者たち。メザーノールは急いで海と浜辺の狭間に向かった。いきなりダッシュをするので、ティリウスも急いでメザーノールと同じように走る。ティリウスは未だに分からないまま、ただただメザーノールに追従する事だけを考えて行動する事を決めた。
ティリウスはふと、先程まで通行していた“道無き道”を振り返る。
「⋯⋯え?」
今まで通っていた光景とはわけが違った世界。破片は全てが地中へ沈降。地面上には一欠片も見当たらない。
しかしティリウスが驚いたのはそんな規模の話ではなく、漆黒と純白が均等に混在した謎のホール型空間⋯。こんな道を通った憶え、ティリウスには無い。
単なる普通の山岳地帯を歩いていたに過ぎない。なのに、いつの間にかモノクロームな空間に誘われていた⋯。
「あのさ⋯メザーノール、俺ら⋯あんな所を通ってた────」
───────────
「こっちへ⋯」
───────────
「─────────イく」
「⋯⋯⋯⋯ティリウス?⋯⋯⋯ンハッ!!?まずい!!」
メザーノールはティリウスからほんの少し距離を離し先導していた。たかだか4歩程度、先を歩いていたのだが、ティリウスに異常が発生した事に、メザーノールは即座に対応できなかった。
「急いで⋯!!早く!ティリウスが!!」
ティリウスはもう既に、メザーノールの元から遠く離れていた。いや、離れさせられていた⋯と言える。
メザーノールは猛ダッシュ。とにかく走り続けて、ティリウスがいる、“黒白の入江”へと向かう。
「ティリウス!」
ティリウスを発見した。しかしティリウスはメザーノール側を振り向かず、2人がここまで辿り着く為に利用した“道無き道”を凝視。
「─────────イイよ。ソウデもしないとだめなら」
「ティリウス!大丈夫か!?ティリウス!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
視界に映ろうとティリウスの真正面からメザーノールは、自分の存在をアピールした。しかしティリウスは一切、メザーノールに興味を示さない。すると視線は斜め上を向く。メザーノールが接近した事への逃避を開始したのだ。これはティリウスの意思ではない。こんな事が出来るのは、メザーノールと同じ生命種として健在中の、超越者のみ。メザーノールがこのエリアに違和感を抱いた理由がここで判明した。だがティリウスを巻き込んでしまい、失意を感じてしまう。
「ティリウス⋯⋯そんな⋯⋯⋯⋯クソが⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯見えてんだよ。俺は超越者だ。呼んだんだろ?俺を」
「─────***********」
屍、“セカンドステージチルドレンの徘徊者”が姿を現す。
「*********───────」
「****───────────*」
「*****───────────」
「*********───────」
「***─────────────」
「******──────────」
「**********──────」
「*********───────」
「**************──」
「*******─────────」
「************────」
「***************─」
「*───────────────」
右往左往。縦横無尽。浮遊平行。
超越者達が各々の特性⋯生存していた頃までに修得されていた力を活用して、ティリウスに向かう。
「徘徊者⋯改め、“叛贖体”か⋯。歴代の超越者が自身の器を鎮魂させず、そのままの個体形成維持に努めた、意地の塊。こんな多数の叛贖体が浜辺にやって来るのは、お前達もティリウスが目的って言うことか?」
──────────
「**********──────────」
──────────
「ああ、そうだ。ティリウスは俺のものだ。お前達のような古の超越者に渡す訳にはいかない」
「******───────────」
金属と金属を犇めかせるように、轟く跫音がメザーノールの神経を刺激する。しかしそれはメザーノールの防衛本能によって無力化され、攻撃性を排除を限り無く削ぎ落とした状態でメザーノールに伝わる。つまり、ただただ叛贖体からの“嫌な音”が聞こえているだけ。叛贖体は言語器官を用いておらず、“ニルエナ語”と酷似した記号でしか会話が成り立たない。だが超越者血統なら、話は別だ。
「お前達は過去の遺物だ。今更生きようと何故足掻く?」
「まだシナぬ。シネナキなかまがイル」
「カコにはならない。イマをイキるために、イマのニンゲンがホシい」
「それは無理だ。お前達に現在の人間は適合しない。生命力と生命力が比例しない中で、融合を実行してしまえば、お前達の肉体が崩壊。今よりもっと酷な姿で徘徊する事になるだろうな」
「オマエ、イマのセカンドステージチルドレン」
「イマのセカンドステージチルドレンでナニガわかるトユウ」
「⋯⋯創りが違うとでも?」
─────────Metherknoll:listening/success
「トオゼンダ。アユミススメてきたみちがスベテちがう」
「オマエのちしきなんてヤクニタトウモノガない」
─────────
叛贖体は辛うじて自身の肉体制御に成功している。しかし口腔部分であろう箇所からの発言が一切無い。彼等は肉体そのものから、発声しているのだ。自分の肉体をすずり合わせ、一音一音を丁寧に発しているのだが、当の本人達からしてみれば、“普通の言葉”を音に変えることが出来ている⋯と思っている。
しかし蓋を開けてみれば、この通り。
メザーノールのような超越者遺伝子が身体に内蔵されていなければ、全く⋯何を言いたいのかが分からない。
◈
ティリウス。ティリウス。ティリウス⋯。
ティリウスの血が欲しい。
ティリウスに近づいた理由なんてそれだけだ。
別に彼の状況なんてどうでもよかったけど、このままだと彼との接触点に悪影響を及ぼす⋯と思い、俺はギラーフたちとの縁を切るまでに至った。苦渋の決断ではあった。現在の立場を捨ててまで、ティリウスに固執する必要性があったのか⋯と。ティリウス以外にも、優秀な人材なんて幾らでもいる。
そいつから遺伝子を奪取して、俺は超越者として究極の存在へと進化する。俺にとって、その対象として最も相応しい人間がティリウスなんだ。
ティリウスの身体は俺に適合している。
どういうところが⋯⋯⋯?
先ず、同じ年齢って言うところだな。ティリウスの誕生日が5月28日。俺が、翌年の2月10日。近い⋯とは言えない誕生日の離れ具合だが、だからこそ俺の身体にはティリウスの遺伝子は適している、と言えるのだ。
ティリウス、黄道十二星座・シルフィ“双児宮”。
メザーノール、黄道十二星座・ガノーム“双魚宮”。
黄道十二星座なんて、今まで気にした事が無かったが、今回の件を皮切りに、逐一チェックしようと思った。シルフィ族とグノーム族の星座の元に、命を授かった俺とティリウス。一見してみると、同一族の方が適合さは増すのではないか⋯と思われるかもしれない。だがそういう訳では無いのだ。それはかなり安直な考えであり、今すぐにでも改める必要性のある思考の至り。
「獣帯に、濃血を覚える者がいるのか?」
「トオゼン。ワレワレのほうがもっともティリウストノごかんせえにアッているといえよお」
「ならば消すまでだ」
ティリウスを傷つけずに、叛贖体を抹殺するのなら⋯こいつを呼ぶしかない。
「お前達の時代の超越者だったら出来なかったであろう、ものを見せてやる」
メザーノールから気が高まる。その高まったエネルギーは白色の濃霧を浮き彫りにし、それは視覚を大きく刺激する暴力的な傍若無人さを見せつけた。それはメザーノールの頭上にて、一定間隔のリズムを取りながら渦を巻く。次第にその渦は特定の形状を帯びた“巨大な生物”へと変化を見せ始める。輪郭を形成する速度、最初はスローリーなペースだったが、何を思ったかメザーノールは気を高める速さを上昇。そのわけは他でもない。
メザーノールを狙う魔の手がすぐそこまで迫っていたからだ。
「ハイジョをじっこうスる」
多数の叛贖体が、メザーノール一体に目掛けて攻撃を開始。ルシェキナ等級の白鯨を発現させる際に発動させるクラスのエネルギーなので、然程痛々しい攻撃性を帯びてはいない。なのでメザーノールは最初、安心し切っていた。だがルシェキナ等級発現相当のエネルギーは、徐々に予想を超える力点を複数展開。26個体の叛贖体はそのエネルギーを球体に変えて、天空へと屹立。天高くまで急上昇した白鯨発現の個体エネルギーが、地上へ急加速落下。落下エネルギーも加算され、強大なパワーが蓄積された。
「超越者と言えども所詮は千年以上前に朽ち果てた瓦礫の肉体に過ぎない。こんなものが集結したところで⋯俺の“白鯨”を打ち負かす事など不可能だ」
メザーノールから発現されたのは白鯨『ダイェソ等級』。
メザーノールの白鯨エネルギーを感知した叛贖体は即座に攻撃形態を展開。落下したエネルギーから、『ルシェキナ等級』へと次々に姿を変貌させていく。
「等級の一つ違いでこんなにもみすぼらしい白鯨なんだな⋯ルシェキナ等級って。名前的にはそっちの方が好きだけど、そんな屍みたいなフォルムに限定されるなら⋯今のままでいいかな!!」
メザーノールの言葉尻の直後、双方の白鯨等級が激突。地上にその軸足を着く両者だが、攻撃ポイントは正反対。二十六の叛贖体達は、地上に位置するメザーノールに向けて落下。メザーノールはその落下してくる“朽ち果てた白鯨達”を迎え撃つ。
「ん!?んグゥ⋯⋯へぇ〜⋯結構痛いかも⋯でも⋯集団で来て、それなんだからわ一人一人はそんなだよね。結局、弱いヤツって一人でしか何も出来ないんだよ。ダッサ」
二十六の叛贖体によるルシェキナ等級白鯨を全て受け止め、更にはその能力の半分を吸収。ルシェキナ等級から最大限のパワーが使用されている事が判明し、メザーノールはより一層の能力吸収に躍り出る。ルシェキナ等級は直撃しているメザーノールのダイェソ等級白鯨から逃れる事を試みるが、ルシェキナ等級にそれは不可能だった。
「現代の白鯨メカニズムを熟知していないようだね。どうやら“逃避夢”を見ることは不可能なのかな?⋯⋯あんた達が住む“黄泉の国”では」
ルシェキナ等級白鯨が次々と地面に倒れていく。天空からの落下エネルギーを加算しての、地上に足着くメザーノールとダイェソ等級白鯨への攻撃。直撃時は中空に存在していたのだが、ルシェキナ等級から能力が削ぎ落とされていくごとに、浮遊能力も損失。やがて二十六全てのルシェキナ等級白鯨が地面に着くこととなる。しかし、“白鯨”なので、完全に地面へその巨体が着く⋯接触する⋯という事では無い。白鯨と地面には僅かな隙間が発生。白鯨が自然的感覚で外気へ干渉させる重力磁場との影響により、その身体が地面に触れる事は有り得ない。もしそれが有り得てしまった場合、白鯨は次なるステージへと進む切符を手にした事になるだろう。
「果てるんだな。そこで見ておけ」
ルシェキナ等級白鯨らが全て沈黙。地面に平伏しそのまま形象崩壊に至った。地面にはルシェキナ等級白鯨を発現させる時に集まっていたエネルギー飛翔体がチラホラ確認出来る。各々が織り成す生命力というのもそれぞれ異なっており、完全に活動停止状態に陥った飛翔体もおれば、少なからずの生命力が残る飛翔体もあった。そんな後者に相当する飛翔体を、メザーノールは逃さない。ダイェソ等級の白鯨を発現させ、生命反応を検知した飛翔体を根こそぎ潰ていく。最後までその手を緩めない、悪魔の一撃を次々と繰り出していった。
「俺は七唇律聖教の修道士。白鯨を使える事に何ら問題は無い。きっと君達も分かっていたんだろう?それなのに、どうして俺に刃向かおうと意志を固めたんだ⋯」
死に、土に還った、遺伝子の同志達。
俺と同じ。俺と同じ存在であったはずなのに。
そうか、だから俺は⋯何も考えずに、コイツらを殺めることができたんだな。何も思えなかった。ティリウスを失う⋯と思った矢先、気づいたらダイェソ等級力を発現させていたのだ。
間違った事をしたとは思っていない。それでいて、自分の大事な感情を抑制する事に成功したと言えればそれでいい。
思えるよりも、言えれば良いんだ。自身の心に響かせる言葉を吐き紡ぐのは非常に心地の良い行動であり、それを断続的に行うことが自分のステージアップにも繋がる。新たな理の果てを探求し、自分自身の世界を構築する事が、セカンドステージチルドレンたる所以の一つなのだ。それでいて、自身の領域を侵食する生命がいるとするなら、こっちだって黙ってはいられない。
超越者は、ひと個体のみで完結するはずの生命体。それなのに、この叛贖体を始めとする過去の超越者は他人の力を拝借して、自分の性能を高めたり、違う異種文明の形と寄り添う事で、別物の存在へと移り変わろうとする。これに関して、超越者としての矜恃が無っていないよう、俺は思えてならない。もっと自分に置かれた遺伝子を理解してほしい。この血に誇りを思う事が、この血族に産まれた使命。
ティリウス・ケルティノーズ。
俺に、矜恃なんてものは無い。ティリウスの魂を奪う事が出来れば、セカンドステージチルドレンから脱却。忘我にまで及ぶ、心身からの抹殺によって俺は俺を捨てる。
さっきと言ってることは真逆だ。セカンドステージチルドレンとしての使命なんてもの、俺には無い。さっきから誰かの寝言を吐き続けていたに過ぎないんだよ。
「ティリウス⋯」
「───────────」
⋯⋯?どうした、もう俺が全部倒したはずだ。浜辺にいる超越者“叛贖体”がまだここにいるというのか。
ティリウスは未だ、忘我。自分の魂の所在地が何処にあるのか、不明な状況に置かれているのだ。
「まさか⋯俺が倒した叛贖体の中に⋯ティリウスの魂を食した者がいる⋯というのか」
メザーノールは急いで、浜辺にて沈降した叛贖体の粒子を洗いざらい掘り起こす。
SSC遺伝子を発生させ、同一信号の反応を受信したメザーノールは右手人差し指と中指、それに追従するような形で時間差の親指を立てる。右手自体はメザーノールの頭部横に平行となり、立てられた三つの指からSSC遺伝子の種子が飛ぶ。一つの種子を皮切りに無数の種子が三本の指から飛散し、浜辺へと飛び交う。視覚的にその種子達が浜辺を飛行する様子というのは、蚊が中空を飛び回る程度のもので然程目立った光景が浮かび上がってくる事は無い。
しかしSSC遺伝子が搭載された人間の視野レンズを通してみると、現状の浜辺が如何に“深紅に染め上がった世界”なのかが判る。
メザーノールが眼球を通して映す浜辺。叛贖体の亡骸が残置され、その亡骸から微少な粒子を流出。流れ出ていない亡骸も存在しているが、それに目がいくほど、やり場に困らない光景ではない。
「─────────」
ティリウスは口をアフアフさせ、開閉を繰り返す。等間隔、リズミカルな口の動きは怪奇現象として一般的には通用するが、これは間違いなく叛贖体のティリウス体内侵入によるもの。ティリウスが人間では無くなっていくシークエンスに突入しているのだ。メザーノールはそんなティリウスを救済するべく、新規のSSC遺伝子を投入。先程とは異なった攻撃手段として“武器作成”に躍り出た。
「“フォルティー・スパタ”⋯⋯まさかこれを使う日が、来るとは⋯。今はそんな大事なイベントの真っ最中なんだ。コレを使うのも当然だよな」
SSC遺伝子によって、超越者能力搭載の刀剣が完成。メザーノールの身体から抽出された遺伝子粒子はメザーノールの正面にて、集合していき一つの刀剣を生成。最初、フォルティー・スパタがどの人間にも肉眼で認識出来るようになってからは、ただの刀剣のように視覚出来ており、決してこれが超越者の使用する特殊兵器とは思えなかった。だが当該刀剣の柄を、メザーノールが握り絞った刹那、尖端から魔力掌握の力が発生。ティリウスを襲っている、生き残りの叛贖体を振り払う事に成功。
ティリウスに取り憑いた超越者は千年以上も前の超越者であり、既に身体の大部分を損壊。だが個体生命としての魂は、未だ健在。魂があっても、それを支える器が無ければ自由を呼び戻す事は出来ない。そんな時、白羽の矢が立ったのが⋯ティリウスだった。
しかし⋯
「残念だったな。ティリウスに取り憑くのは、選択ミスだ。まさか通常人間の近くに超越者がいるなんて、思ってもいなかったんだろう?」
地面に平伏す、完全死寸前の叛贖体へ話し掛ける。この叛贖体はティリウスの器を奪おうとした主犯格たる存在。仮に、ティリウスの器⋯言わば“肉体”を奪取した場合、ティリウスの魂は浜辺に還る。そして次、ここへ来る通常人類の器を奪う事になるだろう。だが、ティリウスは超越者では無い⋯⋯。
人間を襲う攻撃性を所持していないので、特殊能力的なもので器を奪う事は不可能だろう。つまり、殺すしかない。
撲殺。刺殺。絞殺。
ティリウスにこれが出来るだろうか⋯⋯。
◈
「ソレはわかっていた」
「あ、そうか。分かってたんだ。分かっていたのに、ティリウスの器を奪おうとしたのは凄いねぇ」
生きる気力を失った叛贖体に対して、ゴミを見るような軽蔑した眼光を向けるメザーノール。
「ワタシタチはサイゴマデあきらめない」
「すべてがおわっても、コレからもいのちをタヤシツヅケル」
「命を絶やし続ける?それって、言葉の意味合い合ってんの??ンハハハッハハ!!ほんと、昔の人って感じの言語センスだよね。笑っちゃうよアッハハハハ!」
「わらうがいい。わらって、わらって、ナキワラウといい」
「オマエガさいごにみるのは、うえからオマエをのぞきこむ、オレたちだ」
「⋯⋯⋯⋯気色悪っ」
メザーノールの一言の後に追撃が走る。フォルティー・スパタの斬撃が遺伝子粒子の最期を確認。全ての叛贖体を殺す事に成功した。最後、叛贖体との会話をしていたのは、三〜五人。どうして人数を特定出来ないか⋯と言うと、遺伝子粒子が統合されていたからだ。これに関しては、メザーノールの攻撃方法にも影響が及んでいる。もっと、丁寧かつ、敵個体一つ一つを視察しながら戦闘に望んでいれば、叛贖体側の結束を削ぐような攻撃を受けさせる事が出来たかもしれない。
そんな事を意識して戦闘に望んでいても、叛贖体側の意思疎通が固ければ⋯結束が固ければ、無用な話なのだが⋯。
◈
ティリウスが浜辺に倒れる。少しの時間は安静にさせておかなければならないな。
さて、ここからどうする⋯。このままティリウスの肉体を頂くことにするか⋯?だが俺はまだ、暴喰の魔女の力を修得出来ていない。ダイェソ等級白鯨でどうにか“暴喰”を発生させる事が出来るだろう⋯と過信していたのは、完全に俺のミスだ⋯。クソ⋯⋯⋯こんな目の前に、“オイシイ人間”がいるって言うのに⋯。
それに今、昏睡状態のままティリウスを暴喰する事が出来れば、、、その⋯⋯精神的にも落ち着く。
特に何も、未来のことを考えていなかった。ただただ俺はティリウスの肉体“器”が欲しいがために、ティリウスへと近づいた。
それ以外に、ティリウスと友達になる理由など、一切無い。
虧沙吏歓楼です。それに決まってます。
平日、仕事をしながら2000文字ずつ執筆を続けた書いてきました。なので、大きく抜けてる部分もあると思います。もっとがっついて書きたいです。本当に、時間がありません。固まった時間は土日しか無い。
さて、ここで報告。
とあるコンテストに応募したのですが、落選しました。
でもまだチャンスは残っています。まぁチャンスが無くても、リルイン・オブ・レゾンデートルは書き続けます。
来週当作品以外の執筆作品である『引きがため』が完結します。よろっしゃす。




