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“俗世”ד異世界”双界シェアワールド往還血涙物語『リルイン・オブ・レゾンデートル』  作者: 虧沙吏歓楼
第拾参章 蠱惑の泥濘トリックスター/Chapter.13“RearrangeLifeWithMetherknoll”
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[#106-逃れ無きマザーテープ]

[#106-逃れ無きマザーテープ]


「止まって!!」

「⋯⋯!」

「ハァハァハァハァ⋯⋯⋯ちょと⋯なに⋯⋯⋯マジで⋯⋯」

めっちゃ疲れた。俺達は今⋯学校外にいる。マイアスキード小学校から少し離れた先にあるとある公園。存在自体は知ってたけど、きたことは無かった。看板をチラッと見たけど、ここはどうやら大陸政府指定公園のようだ。それもそのはず。中々の広大さで、アクティビティな遊具も豊富で、砂場もあって⋯それに保育園の園児と思われる子達が、沢山いた。保育園の制服を身に付けている大人が4人いたので、そうだと思いた⋯⋯⋯て、、、、なにこの状況を冷静に分析しているんだ!?ここどこよ!なんだよこれ!いつの間にこんな所まで連れて来たの⋯!?やばい⋯止まったら止まったで一気に疲労が襲ってくる⋯⋯⋯制服だぞ⋯まぁそれはメザーノールもか⋯⋯て、全然汗かいてない⋯⋯⋯。どうして?なんでだよ⋯⋯決して近い距離じゃないだろ。

「んでぇ?なに⋯⋯?上履きのまま、俺のリュックを持って、強引に連れ出して⋯腕引きちぎれると思ったんだけど⋯⋯」

「ごめん。こうでもしないと、ティリウスは動いてくれないと思った」

「⋯⋯⋯⋯ティリウスは、そっち側の人間なんでしょ?」

「そっち側⋯⋯」

とぼけた顔をしやがって⋯。首を少し斜めに傾け、疑問を疑問で返したメザーノール。

「もういいよ⋯。上履きなんだけど⋯どうしてくれんのさ⋯」

「ああ⋯ごめん。これ、ティリウスの」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」

俺の革靴だ。マイアスキード小学校の生徒が履く革靴。小学生にしてはかなり凝った作りで、職人の腕を感じてならない一級品。色は選べる。赤とか、青とか⋯原色彗星的な色はもちろん対象外。主に、黒やブラウンに近しい色が生徒の自由によって選択する事が出来る。俺が選んだのは“赤錆色”。全校生徒的に見ても、この色を選んだ生徒は割と少ない。それに俺の靴を証明する傷もしっかり刻印されていた。間違いない、メザーノールが持っているのは俺の革靴。

「⋯⋯⋯⋯なんで⋯⋯⋯昇降口⋯通ってないよね⋯⋯」

口を震わせながら、そう言った。恐怖だ。戦慄を覚える。だって⋯⋯そんなの⋯⋯意味分かんないって。

「昇降口通ってないよな?校舎から出たら、一気に何の迷いも無しにここへ来たよな?校門も真っ先に出たよな?、、、なんで俺の革靴持ってんだよ⋯」

メザーノールは右手に持っていた俺の革靴を地面に置いた。ただ置いたのでは無く、俺の足元の近いところに。

「⋯⋯⋯⋯⋯」

言葉を選ぼうとしている。スっと本当の回答を出すには難しい理由があるのだろう。俺には何となく、メザーノールが抱えている事情というものが分かった気がした。


「メザーノールさ、超越者なの?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

分かりやすく、頭が一瞬動いた。隠そうとしているなら、もっと上手いようにやり過ごす筈だ。超越者なら、そんなの容易。普通人類を出し抜くなんて行為、おちゃのこさいさいって言うわけだ。この様子だと、近々俺に明かすつもりだったんだな⋯。

「ごめん。これは⋯他の人間には黙っててほしいんだけど⋯」

「いいよ別に。知っての通り、俺にはもう“友達”はいないから」

「そんな事言わないで。俺は友達だと思ってるから」

「⋯⋯⋯」

メザーノールがアトリビュートである事に驚くよりも、メザーノールがまだ俺のことを“友達”として認識している事の方が驚きは強かった。

「『俺は』⋯⋯」

「あ、、、違うよ⋯違う違う⋯⋯」

「いや、違くないよ。今、俺には友達がメザーノールしかいないと思う」

「ティリウスごめん⋯⋯俺、何も出来なくて⋯」

俺達は制服。それにまだ学校は昼すらも過ぎてない。5分休憩はもう終わっていて、授業はもう始まってる時間だ。俺は携帯に表示されている時間を見て、後々学校側から呼び出される事を悟った。


「こりゃあもう終わったね、俺ら」

「ごめん⋯いてもたってもいられなくて⋯⋯」

「もういいよ。そんな事より⋯⋯」

「ああ⋯これ、ずっと持っててごめん⋯⋯」

メザーノールは俺の通学用の黒リュックを渡して来た。

「メザーノールは?」

「俺は大丈夫だよ。携帯とかしか持って来て無いし、貴重品は。ティリウスが制服のポケットに何を入れてるか分からなかったから、一応それをもってきたんだ」

「じゃあ、こうなる事は元から決めていた⋯っていうこと?」

「⋯そうだね。ティリウスと2人で話したかった」

「じゃあ別に、放課後でもいいじゃん。今、授業の時間なんですけど」

「放課後⋯相手してくれんの?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

相手はしないな。メザーノールを避けていたから。メザーノールの為に、俺はメザーノールから避けているから。

「相手してくれないよね。分かってるよ、ティリウスの気持ちは。俺の事を気にかけてくれてるんでしょ?『俺とは一緒に居ない方がいい』って思ってるんでしょ?」

「⋯⋯うん」

「それ、めっちゃ間違ってるから」

「え?」

強い口調でそう言ってきた。とても今までと同一人物とは思えない、かなり語気のある声は、ブルーなテンションだった俺の心に鋭く突き刺さる。

「友達だよね?ねぇ?俺はそう思ってるし、ティリウスだってさっき『友達』って言ってくれたじゃん」

「⋯⋯あ、、、、それは⋯⋯」

俺、気付いてないうちにメザーノールの事を『友達』と言ってしまっていたのか⋯さっきという事は、この公園にやってきてからの事だろうか。となると、意識的に言ったのでは無い。本能的に⋯俺は、メザーノールを友達として認識していたんだ。

「友達だと思いたい⋯⋯君を⋯友達と⋯思いたい⋯」

知らぬ内に、眼球が潤っている。男友達の前で涙を流すなんて⋯こんな不格好な事があるか⋯⋯そう思えてくると、まだまだ水分を多く含んだ体液が流れ出る。まったく歓迎出来ないものだ。

「友達に決まってるじゃん。やめてよ、突き放すような事言わないで」

上体から地面へ。肉体が上から崩壊するように視界が地面へ近づいていく。そんな俺の身体を支えるように、優しく両手で抱擁を開始したメザーノール。男が男を包み込む。傍から見たらこれはボーイズラブだと思われても、おかしくない状況だ。こんな事を考えれるまでに、俺の心は薄汚れ切っている。これが、アトリビュートである人間に伝わっていなければいいのだが⋯と切に願う。


「何度謝ればいいのか判らない。ティリウスには辛い思いをさせてしまった⋯」

「うん。俺、何もしてないのに⋯なんでこんな目にあってるのか⋯ギラーフでしょ?俺のイジメムーブを作ったのは」

「⋯⋯そうだ。ギラーフだ」

俺達は公園に設置されていたベンチに腰掛ける。もう、学校へ戻る気は無い。戻ってもどんな顔をすればいいのか判らないから。明日はどうしよう⋯。そんな事を考える脳みそでは、もはや無かった。

「⋯言えなかったの?」

「ごめん⋯⋯」

「いいよ。だいたい判る。俺をイジメから救ったら、今の立ち位置が無くなる⋯と思ったんでしょ?」

「⋯⋯!?」

「図星だね」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

どうやら、俺の予測は完全に当たっているようだ。だがそれは当たり前。他人よりも自分の現在を慮るのは至極真っ当なものだ。俺はメザーノールを責める気は無い。人として、普通の選択だ。

「気にしてないから、大丈夫。俺がメザーノールの立場だったら、同じ事をしてる」

「⋯⋯ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」

「んでぇ⋯アトリビュートの件なんだけど⋯」

「あ、それは、、」

「あんまり言いたくない感じ?」

「⋯うん、そうかも⋯⋯」

「じゃあ⋯どうして、俺に明かしたの?」

「それは⋯⋯⋯ティリウスが、大事な人だから」

「⋯⋯!?」

震え上がりながら、メザーノールの顔を見た。ベンチに横座って、並んでいたので、視線を継続的に向けながら俺達は話していなかった。ポイントポイントごとには、視線を合わせ喋るタイミングはあったが、そのポイントは“狙い目”のように機会を窺いながら起こすものだった。しかし、『大事な人だから』というポイントは、予測の効かない特異点的な箇所で、俺は興奮を覚えた。更にその言葉を言った瞬間のメザーノールの表情が俺を更に堕落させる。美しい顔だ⋯男が男に好意を抱く⋯。別にそんな事があってもいいよな?ここは戮世界テクフル。七唇律の中に俺の現在の疚しい感情に相当するものがあるとするなら⋯“博愛”になるのだろうか。いやだが、まだメザーノールの事を理解し切っていない。これでは“博愛”に相当しない。七唇律への反逆には相当するがな。有耶無耶に七唇律に言及する行為すらも、この戮世界テクフルでは許されていない。もっと彼の事を知らなければ。


「アトリビュートなんだね、メザーノールは」

「引いた?」

「ううん、引いてない。すごいと思う」

「すごい?どうして?穢れた血よ?」

「歴史的に見るとそうだけど⋯その時はその時だと思っている。時代は変わるんだよ。たとえ何万人もの人間を無惨に殺して来た、虐殺王の血統だろうともね」

「⋯⋯⋯アルシオンでは無い」

「血分けの子⋯か」

「そう。アルシオンのSSC遺伝子を分配されたセカンドステージチルドレン。それが俺の家系“セフェイガ”」

「アトリビュートになって、苦労とか⋯した事ある?」

「それは⋯⋯⋯⋯!」

「ん?」

メザーノールの視線が俺の方から、向こうに設置されているジャングルジムの方へ向いた。その遊具では男女小さい子供、保育園児が遊びに暮れていた。そんな気分が穏やかになる光景に対して、急な眼差しと眼光を向けるのは何故か⋯。するとその時、ジャングルジムの頂上に登った男の子が足を引っ掛ける骨組みの箇所を誤り、地面へ転落しかけてしまう。ジャングルジムの頂上から地面までは8mもある。園児なんかが地面に叩きつけられれば、タダでは済まない。あまりの突然の出来事に、他の子供達はその転落の瞬間を見届けるのみ。ジャングルジム周辺には保育士が一人いたが、転落予想ポイントには居なく⋯。真反対の部分に位置していた。転落のスピードからして、人間の並大抵の速度じゃ間に合うはずが無い。このままあの子は、死んでしまうのか⋯。

そう思った時、隣から異様な雰囲気を感じた。

“只者じゃない”。何か⋯別の異次元から繰り出されているような、異分子的なものがフツフツと湧き上がってくる。メザーノールの身体が熱く、熱く⋯体内のエネルギーが外へ放出。外気との干渉が果たされると、それは小規模程度の渦を発生させ、その渦はメザーノールに帰還していく。

そして、メザーノールから一条の光が迸る。それはジャングルジムにまで一直線に稲光が走り、終着地点が明らかになると俺は感嘆を覚えた。その地点というのが、頂上から転落した男子園児の落下予測ポイント。身体が地面に叩きつけられ、最悪の場合死に至る⋯と思われていた場所だ。そこに男の子が転落すると光は緩衝材となり、彼を硬い地面との衝突から守った。

ジャングルジム周辺には保育士が一人いたが、その“一条の光”にはに気付いていない。他の園児達は転落する様子を一部始終見ていたが、そこまで声を上げることは無く。静寂の中で突然訪れた悲劇を、誰も大きなリアクションを起こすこと無く、終幕させ上げた。そこにようやく保育士が一人、転落ポイントに訪れた。だが、特に一条の光に目をやらずに⋯「みんなー、そろそろお昼の時間でーす!保育園にもどるよー!」と言った。

まさか⋯⋯あの光に気付いていないとでも⋯??


「あの子、危なかったね」

「助けたの⋯?」

「⋯⋯身体が反応しちゃうの。身の回りで危険行動を察知したら、身体がね⋯勝手に⋯⋯」

「凄いよ⋯何それ⋯⋯凄すぎるよ⋯⋯」

「俺もね、最初はそう思ってた。ヒーローみたいでカッコいいよねって。でも、私生活の中で、それは衝動的に襲ってくる」

「その時のコンディションとか、関係無しに?」

「うん⋯。信号が発出される。俺の意思とは反して、“近範囲に危険予知信号”のパトランプが回って⋯気付いたら俺はその場所に向かってしまうんだ。おかげで、やりたい事がやれない生活の出来上がりさ」

「そうなんだ。大変なんだね⋯。アトリビュートって全員がそうなの?」

「これは俺の特性。一人じゃないと思うけど、捜しても、結構珍しいタイプだと思うよ。だって超越者の血統だもん。人を助けるなんて、この遺伝子に似合わないし」

「そんな事ないよ。優しいアトリビュートだっているよ」

「原世界にそんなセカンドがいた⋯っていうのは聞いた事がある。確か⋯ハデスポネ⋯⋯⋯ん?」

俺はメザーノールの手を握った。その手は温かくて、力のこもった筋肉質な仕上がり。

「ここに居るじゃん。そんな優しいアトリビュートが」

「ティリウス⋯ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」

俺達は見つめ合い、その空気に紛れて、互いの優しき部分に心と心を重ね合わせる。彼にだったら、自分の全てを曝け出してもいい⋯。今更ながら、メザーノールとの会話を交わしていると、本格的にそう思えてくる。じゃあ今までメザーノールとお話している時は、少しの壁があったんだな。俺の知らないところで、別の俺の感情はストップを掛けていた。ぜんぜん知らなかった。メザーノールの身体に危険信号があるなら、俺には俺の危険信号が搭載されているということ。他人を助ける有意義な手段として役に立つ時もあれば、それが自分の生活を侵食する存在にも成り果ててしまう。俺に搭載されている信号は、メザーノールと比べたら比較にならないほど小さい小さいミニマムなもの。

俺がメザーノールに溺れてしまう理由は、メザーノールの対応も原因にあると言える。俺がメザーノールの手を握ると、自然な流れでその手を覆ってきたのだ。ビックリした。いや、まぁ俺から仕掛けたことではあるのだが、まさか⋯とは思った。何となく⋯ここからは“何となく”だ。残りの空いていた左手を覆い被さっているメザーノールの右手に置いた。

サンドウィッチ。こんなのが人と出来る人生だとは思わなかった。手から伝わる温かさは最上級なものとなり、頬が火照ってくる。視線をメザーノールに向けられず、俺はこのままの状態を維持した。すると、視線を逸らした先にメザーノールの顔面が映される。教室の時と同じだ。こうやって視界に無理矢理にでも入り込んで来る感じ。

唯一違うのは今の俺の感情。メザーノールを求め、そんな求めたタイミングで、彼は自身の顔面を提示。その顔は⋯この世の生命の中で一番に⋯“イケメン”だった。ド直球なまでに俺はメザーノールの格好良さに憧憬。


「もう、勝手に変なとこ行くなよ?」

「⋯⋯⋯!!」

“サンドウィッチハンド”は解除。メザーノールの右手は俺の顎に触れられた。視線を逸らしていた俺は、強制的にメザーノールの視界へと促される。メザーノールの右手、親指と人差し指と中指が、顎から伝わり、抵抗の意志を無力なものとしていく。驚きどころのものでは無かった。こんなの⋯感じた事ない⋯。

「ちょっと⋯こんなの⋯⋯公園だよ⋯!!子供だけじゃ無いん⋯⋯だ、、か、、ら、、、、、あれ?」

止まっている。更には世界が灰色に塗り潰されていた。俺は自分の視覚能力を疑う。とうとう終わったか⋯?俺の視覚もこんな早くの寿命なのか⋯

─────

「俺が止めた」

─────


「で、しょうね。なんかもう⋯さ、感動だよ本当に⋯こんな素晴らしい人が間近にいただなんて」

「“素晴らしい”?俺が?」

「そうだよ。今だって、一人の子供を窮地から救ったんじゃないか!」

「それはそうだけど⋯⋯怖いんだよ。この力が⋯⋯制御出来なくなった時が来るんじゃないかと思うと⋯⋯脳みそを直接触られているような染みる痛さが全体に伝わる」

「脳みそを⋯直接⋯⋯それは、、痛そうだね」

どう返したらいいか判らなかったので、シリアスな雰囲気を持ったまま率直な感想を述べた。

「あ⋯⋯凄い今更なんだけどさ⋯」

「ん??」

「学校抜け出して来ちゃったね」

「そうだね。君のせいで」

「あははは⋯笑い事じゃ無いよね、これ」

「いいよ別に。もうさ、せっかくだから、楽しまない?」

「え、学校戻らないの?」

「はぁ?メザーノール、何言ってんの??今から戻れると思ってんの??」

「確かに⋯周りの反応とか、処理するのいちいち面倒そうだね」

「まぁ、、メザーノールはあーだこーだ言って済む⋯⋯⋯いや」

俺は無理だろうな。また明日からイジメられる日々の続劇だ。

「メザーノール。たぶん、明日から⋯⋯嫌な日が始まる⋯と思う」

「ティリウス、俺は大丈夫だから。それに、俺はもう腹を括った!⋯打ち勝とう!」

「なにに??」

「ティリウスのイジメ問題に!」

「えぇ⋯⋯いや、それはいいよ。これ以上目立ちたくないし、ギラーフの発言力が強過ぎて、誰も俺の意見なんかに振り向かないよ」

「じゃあ俺は?」

「メザーノールが⋯何を⋯⋯みんなに語り掛けるの」

────────

「ギラーフのボイスメッセージを全校生徒に公開する」

────────


「え、、、、」

「ギラーフは良く、俺らの輪の中でティリウスの話題を出していた。本人を前にして⋯⋯その⋯⋯」

「いいよ、言って?偽りなく、全部言って」

「⋯うん。ティリウスへの憎悪をよく言葉にしていた。それはそれは、みんなが盛り上がった事で、言ってる本人もヒートアップしてティリウスへの罵倒が加速していった。もちろん、俺は一切笑って無いよ」

「ありがとう」

あまり信じられないけど。その場に居たなら、笑った方が良いシチュエーションだったはず。それにメザーノールのような中核を担う存在だ。ギラーフもメザーノールのリアクションを窺っていたに違いない。それで『ヒートアップしてた』という事なら、多分だがメザーノールも笑っていたのだろう。まぁ、全然いいけどな。ぜんぜん⋯いいよ。

「あと、俺はギラーフと2人っきりになるシーンが多かったから、ティリウスの話になると真っ先にボイスメッセージアプリを起動させていたよ。もう証拠は全部あるから。嘘ついでも無駄。『俺はやってない』なんて、ギラーフに言わせないよ」

「なんで⋯録音なんて事を⋯⋯」

「こういう日が来るって、分かってたから」

「⋯⋯⋯聴けるの?」

「録音の素材を?それは⋯うん、携帯に入ってるから聴けるけど⋯やめた方がいいと思うよそれは。流石に身体と言うよりも、心が持たないと思う」

「大丈夫。今までのも耐えてきたから」

「⋯ティリウス⋯⋯」

「それに最終的には聴くことになる。全校生徒へ公開した時にね」

「⋯⋯⋯⋯⋯分かった。まだ編集はしてないから、録音した素材そのままのマザーテープ状態を聴いてもらうよ」

俺はメザーノールから携帯を受け取り、ボイスメモアプリを開いた。するとそこには膨大な録音素材が日付と共に記録。場所までもが記載されており、その一つ一つの録音素材は1時間以上のものから、10分で終わっていたりと、長短の差が激しいものがズラリと並んでいた。

「4月18日、5月5日、5月16日、6月11日、7月19日、8月⋯」

8月の録音ファイルは別にあった。

「8月はね、いっぱいあるんだ。夏休みはいっぱいギラーフ達と遊んだから。そこで言いまくってたのアイツ。すっごい嫌だったな⋯胸糞悪い空間だったよ」

「そんな仲のいい人間を裏切るような事して、本当に大丈夫?」

「はぁ、、、もう、何回言えばいいのよ。流行語大賞狙わす気??ねぇ」

メザーノールは俺の頬を突く。突いて、突いて、また突いた。メザーノールの右手から繰り出される人差し指の突っつきは、俺に本意を問いてるものでもあったのだ。

「ちょっと⋯やめてよ⋯⋯」

メザーノールは不機嫌な表情を見せながら突っつく。少し顔が綻んだところで突っつきは終了し、笑みを零した。

「いいよ、もう。俺、アイツらと友達やめる気でいるから。これ公開したったら」

「え、、、、」

「そりゃあそれぐらいの覚悟だよ。プライベートの時間を録音してたんだから。これが公開されたら一緒になんていられないよ。ワンチャン、『やり直そう』とか言える空気になる⋯かも、しれないけど。まぁ無理だな。俺も一緒に居たくねぇもん、あんなゴミ脳みそに集ってる連中なんかと」

「⋯⋯⋯中学は?」

「うーん、引っ越せば良くね?」

「何を⋯⋯簡単に言うなよそんな事⋯」

「こっちが出すよ」

「え、、、」

「お金出すから。ティリウスの家族と一緒に、ね?引っ越そう。ぜんぜん違うところで学生生活一からリスタートさせよう!」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

急展開過ぎて、思考が回らない。言葉は全部理解出来る。難しい言葉は一切存在しない。小六なら余裕で理解の出来るものだ。

「凄い事を⋯スラスラと言うね⋯⋯本当に、行動力というか⋯企画力というか⋯凄いな⋯⋯」

「まだ行動もしてないし、企画の骨組みなんてまだマバラだよ?」

「だとしても、俺には無理だ。口に出しても、言えない事をサラりと言ってくれる⋯。だからメザーノールは信頼されるんだね。俺とは大違い」

「今からでもやり直せるよ。今日は10月21日。あと4ヶ月ちょっとで中学生。中学生になるまで、片付けておく事はいっぱいあるかもね」

「片付ける⋯?それは、、、一つしか無いと思うんだけど」

俺のイジメ問題しか心当たりは無い。『いっぱいある』というのはどういう意味だろうか。


「ティリウス。今年の夏、どっか行ったの?」

「⋯いや、行ってないかな。何処も⋯」

「ティリウスは確か、インドア派だもんね。でも、小二小三小四の時は、良く外で遊んで無かった?」

「遊んでたよ。友達がその時はいたから。一緒に、球を蹴ったり、投げたり、走ったり、笑ったりする人がいたから」

「それさ、今からでもやらない?」

「え、、、、」

「俺が付き合うから」

「付き合う⋯⋯⋯⋯?」

「ティリウスが、今年に果たせなかった事を、ぜーーーーんぶ、やり切ろうよ!!」

「あ⋯⋯⋯⋯」

言葉にならない嬉しさが込み上げてくる。俺も、こんな人間らしい感情持ってたんだな。

「もしかしたら、俺も友達グーンと減っちゃうかも」

「メザーノールはそんな事ないよ」

「⋯⋯ティリウス。そこはツッコんでほしかったんだけど」

「え、、、ツッコむ⋯?」

「うん。『俺も⋯』って言ったじゃん?それって、ティリウスにも友達がいない事を遠回しに言っちゃってるんだよ?」

「ああ⋯なるほど⋯でもまぁ事実っちゃあ事実だし⋯⋯」

「そ、そかぁ⋯ちょっとこれは高難易度過ぎたね、ゴメンゴメン」

「いいや、俺⋯あんまりそういうノリとかよく分かんないかもしれない⋯だから、そういうのも教えてほしい、かな」

「うん!いいよ!」

「ありがとう!」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯もうさ、どっかこのまま行っちゃおうか」

メザーノールの提案に俺は食いつくように応えた。

「分かった!」


学校から抜け出し、確実に後々面倒な事を起きる事を想定しながら、俺とメザーノールは遠出をした。遠出⋯と言っても、マイアスキード小学校のある西方区域“バシメス”の最大手複合施設“バシメスセンターシティ”に言ったぐらいだけど。ブラーフィ大陸の中でも、中途半端なサイズ感を誇るこのバシメスセンターシティ。複合施設を謳ってるからにはそれなりの店舗が整っている。スーパーマーケット、フードコート、ゲームセンター、カジュアルショップ、家電製品店。まぁこのぐらいが整っていれば、俺的には満足のいくものだが、映画館、ボウリング場、バッティングセンター、サバイバルシューティング会場、ストリートピアノ、歌謡イベント演し物等など、多くのオプション的なものが含まれていた。最近は本当に、何処へも行ってなかったから、とても新鮮な気持ちだ。インターネットのストリートビューを見ていると、インドアをやっていても、外出するような気分になっていて、それが楽しかった。だけど、肉眼で見るのとは訳が違ってくるな。

ただし、人が⋯多いのはネック。人は苦手だ。なんで同じ場所にここまでの人間が集るんだよ。そんな事を吐いてる俺も、ここに用があって来ているんだが⋯。いや、正確には用があるのは俺じゃなくて、メザーノールの方なんだけどね。


「ひっさびさに降りたよー!センターシティ!」

「そうなんだ」

「ティリウスは来たことあるー?!?」

「結構前かな。家族と、友達と、何回かは行ったことある」

「じゃあ最近は来てなかったんだね!」

「そうだね」

「じゃあ、この変わりようどう?すごくない??」

「うん、凄い変わってる⋯」

バシメスセンターシティの最寄り駅に降りた瞬間から、メザーノールの調子はすこぶる良い。電車に乗ってここへ来るまでもウキウキしていて、遠足気分を味わっているようだった。本来、学校時間内での出来事だから“遠足気分”と表現しただけだ。俺のこだわりを感じてほしい。

最寄り駅から降りると、直ぐにセンターシティは俺達を迎え入れた。でっかい電光掲示板で、アクセスの手段を降り立ったユーザーに問い掛けている。

────────electronic bord──────

バシメスセンターシティ、メインゲートはこの先真っ直ぐ

バシメスロイヤリティホテル、メインゲート右折し20メートル

環状モノレール、ブラーフィライナーのすぐ隣

公共交通機関接近情報⋯3分後に“プレートバス”到着予定、タクシー空きあり(多数)、ディーゼリンググランドノットとのアクセス可能バスが13分後に到着予定

本日公開開始の映画作品

『サザンクロスの音色』

『ブラックマゼランはお前を凝視する』

『ドキュメンタリー“ディープスカイオブジェクト”』

『夢追い人』

『君はシャンタク鳥の影を追え』

『未知なるセフィラを夢に求めて』

──────────────────────


バラエティに富んだ情報過多な掲示板。瞬きをするごとに、表示されているラインアップは次々と書き換えられていき、新たな情報が開示されていく。これを見ているだけの超ニッチなマニアも居そうな予感がする。鉄オタの車両接近情報案内掲示板を好きな奴がいるように。


と、まぁ来たがっていたメザーノールの先導によって、先述した店舗にはだいたい顔を出した。ボウリング場とか時間が掛かる系のものはスルーしたり、時間を見ながら、店舗の選別を行い、何とかメザーノールの思い通りの時間を過ごすことが出来たみたいだ。フードコートなんて、ほんと久々だなぁ。お金学校に持ってきて正解だったよ。フードコートで頼んだのはハンバーガーショップのダブルてりやきバーガー目玉焼き付き。俺が頼んでる所を見ると、うどんを購入しに行っていたメザーノールがやって来て⋯

「払おっか?」と言ってきた。両肩をポンと触られ、ドキリ⋯!としたのは言うまでもない。レジ前に立つ店員に俺の驚きようを笑われてしまった。恥ずかしいから、そんな急に俺の近くに来ないでくれ⋯。

そう注意しても、腑に落ちない様子でこちらを見続けるメザーノール。こりゃあ難敵を知らぬ間にパーティメンバーに加えてしまったようだ。


何も起きなければ戮世界テクフルは平穏。突然として訪れる不穏な影は、兆候すらも与えずに現象される。100%までがボルテージアップのゲインとするなら、1%から100%にショートカットするようなもの。間が無いんだ。戮世界テクフルには間が無い。

そう考えてくると、こうして友達と過ごす時間というのは、なるべく早めに取っておいた方がいいのかもしれない。原世界からのシェアワールド現象によって巻き起こる放射能汚染。果たして、これはいつ戮世界を猛威に振るうのやら。


帰りの電車。気付けば時間は19時を回っていた。部屋にこもってるよりも圧倒的に外出していた方が時間の進みは速い。爆速だ。それも友達だと効果は倍以上に上る。

楽しかったなぁ⋯。俺はちょっと疲労が溜まっていたが⋯

「楽しかったね!」

「うん、そうだね。すごい楽しかった⋯」

横に座っていたメザーノール。元気だなぁ。こちとら電車の揺られようで、もうダメだ⋯眠気も襲ってきたし。

「疲れちゃった感じ??」

「あー、、、そうみたい⋯割と結構眠い感じ」

「そっか。じゃあ、いっぱい動けたって事だな!」

「うん、お陰様で。今年あと2ヶ月だっていうのに、今日だけで初めてのこと沢山あったよ」

「うんうん!いいねいいね。いいじゃんそういうの。死ぬ前にやりたいこと⋯みたいな感じでいいじゃんか」

「俺まだ死なないよ!」

「あ!イイネー!ナイスツッコミ!」

「ありがと」

分かりやすいフリだったから、かなりお手を煩わせてしまっていたのは、さすがの俺でも判る。


そうして電車で駅まで戻り、メザーノールとは解散した。案の定、家に戻ると母は心配した表情を浮かべて、玄関に現れた。物凄く心配していたみたいだ。

「ティリウス!どこ行ってたの!?」

「⋯⋯ごめんなさい。遊びに行ってて⋯」

「この時間に帰ってきた事もおかしいけど、授業途中だったのに帰ったって聞いたよ?」

まぁそうだよな。学校側が、連絡そりゃあしてるよな。

「うん、ごめんなさい」

「⋯⋯⋯平気なの?体調は?一人でいたの?」

「ううん。違う。メザーノールと一緒に居た」

「メザーノールと?」

「だから平気。メザーノールと一緒に居たから、平気。もう、いい?」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

母と視線を合わせた時間は極わずか。母は視線をこちらにずっと向けていたが、俺はそれに応えず、天井なり床なりを見ていた。何の特色も無い、いたって普通の天井と床を。

「分かった。何かあったら言ってね⋯」

「うん」

ゆっくりと廊下を歩き、俺は自室へと入って行った。

そこで妹と鉢合わせ、コチラを見るなり中々の怪訝な表情を露わにしていた。

「⋯⋯お兄ちゃん?」

「ただいま、、、」

妹はその足先のまま、母の元へ近づく。

「お母さん、お兄ちゃんどうしたの?塾なんかやってないよね?」

「うん、友達とこの時間まで遊んでたみたい」

「何処で?」

「さぁ⋯今は安静にさせておこう。けっこう疲れてるみたい」

「普段外出してないツケが出ただけでしょ。お兄ちゃーーーん?お母さんに迷惑掛けるような真似はしないでねーーーー」

「ありがとね」

「ううん、でもあんなヨボヨボなお兄ちゃん久々に見たかも」

「そうね確かに。それが普通の遊びで生まれたものならいいんだけど⋯」


家族に⋯いつ話そうかな⋯。諸々を。

虧沙吏歓楼の最近は、もう人生が訳分からんくなってきてます。ただただこれを書き続ける日々。ショートストーリーの『Kallistō The Souvenir』は、私のシナリオ墓場です。そこからストーリー構想が浮かぶかもしれませんので、一応残しておきます。

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