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“俗世”ד異世界”双界シェアワールド往還血涙物語『リルイン・オブ・レゾンデートル』  作者: 虧沙吏歓楼
第拾参章 蠱惑の泥濘トリックスター/Chapter.13“RearrangeLifeWithMetherknoll”
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[#105-零落のティリウス]

力が欲しい。

[#105-零落のティリウス]


完全な一人。孤独を経て⋯仲間を作り⋯また孤独へと成り果てた。このまま中学生を迎える事になるのか。中学校は3つの小学校が集まり、“マンモス学校”が毎年毎年更新されている。俺はそんなところで3年間をやっていく自信が無かった。

孤独には慣れているつもりだったのに。久々の孤独は大変に生き難い。こんなに重苦な生活を平気で送っていたんだな。俺はイヤホンを付けて生活する事が当たり前の状態となっている。だから、久しくクラスメイトを含める生徒の会話を聞いていなかった。

授業は小学六年生にもなれば、みんな黙って受ける事が普通となり、一切の私語は発されていない。小五から小六へ進級するにあたって、学校側から提示されたペナルティルールが、影響を与えているのだろう。


「皆さんはこれから小学六年生になります。六年生というのは、最後の小学校時代となるのです。当たり前の事ですが、皆さんには真正面から新たなステージアップを踏み込んでいただくために、ルールを定めていきたいと思います。先ず、私語の禁止。授業中、近くの席にいる生徒と会話してはいませんか?⋯こんな質問するのも野暮ですね。している人が過半数を占めていることでしょう。このまま、中学へ上がってご覧なさい。きっと痛い目を見ますよ。せっかく学校に来てるんだから、その時間はしっかりと学習に費やすること。いいですか?ルール違反をした者は、ペナルティとして通知表に減点項目を記入致します。この“私語禁止”というのは授業を受ける上でのマナーも含まれています。居眠り、飲み食い、大胆な座着、不必要な落書き。これら全ては、マナー違反と見なされ、私語禁止同様のペナルティを科します。他にもルールがあって⋯⋯」


後半部分はあまり覚えてない。だがそこまで大したルールでは無かったような気がする。だから覚えてないんだ。こんなルールが施行されたので、授業は和やかなムードから一気に緊張感のあるものへと様変わり。俺的にはそこまで害は無い変更だ。俺も学校側と同様の意見を持つ人間なので、このルール規定には肯定派。こういったルールを設け、更には罰も与える⋯となれば、馬鹿でも真面目に受けるようになる。本物の馬鹿は、現在以上に通知表をマイナスへとしたくない。


授業態度は改変された。なので、孤独にならざるを得ない。だが、授業から解放されると、クラス内で孤独になるのは俺だけになる。

メザーノールの影すらも見えない。元々、見ようともしていなかった分際なのに、今では彼の存在を求めているまでになってしまった。俺の方から離れていったのに⋯ほんと、自分って愚かな存在だよね。離れられたら離れられたで、その相手を求めるようになってしまう。単純な生命だよ、俺なんて、結局そんなもの。誰かの世話無しじゃ生きられないんだ⋯。

はぁ⋯もうやめたい⋯。やめてしまいたい⋯。

人間をやめたい。さっさとこの世から消えてしまえば、今抱えている苦しみなんて綺麗に無くなるんだよな。それって、いいよね?

“戮世界からのドロップアウトを希望したいんです”。

こうやって、高らかに宣言すれば、誰かが振り向いてくれる世界。それが戮世界テクフルだ。

神々は見ている。俺達は監視されてる存在だから。なんでもいい⋯なんでもいいから、俺という存在を抹消してくれ。気が楽になる⋯。

俺はこの世に要らない存在だ。教室に孤独で生きる事になんの意味がある⋯。これが正常だった世界線に戻りたい。俺は、甘えていた。もっと長く、この生活を続く⋯。なんなら、永遠に続いていくと思っていたけど、そんなのは絵空事。簡単に上手くなんていかないよな。だから人生を『面白い』と言う人がいる。俺にはサッパリだ。

人生を謳歌しているのは、能力がある人間だけ。俺のような“ヘタレ”は、直ぐに消えた方がいい。子供も作らずに、自分の遺伝子を受け継いだ模造品を作る行為こそが、大罪に値する。


日に日に独りを感じる。季節変わりによる節目の席替えがあった事で、運良く俺は一番端っこ。窓際の奥の席。教壇から見て、最奥の席を獲得する事が出来た。俺がこの席を引き当てた時、色々と鋭利な視線を感じたのは否めない。だが、当ててしまったのは仕方ない。

それに、ここだ孤独で居ても、そこまで目立たない。

⋯⋯⋯いや、目立つけど。何せ、Cクラスはみんなが仲のいい。陽キャ、陰キャとクラスの均衡を保つ存在に分別が成されているけど、基本的には柔和な空気感を出して双方の領域を侵さずに学校生活を流している。

険悪なムードを感じたことは無い。出来うるならば、俺も陰キャの輪に入って、最低限の領域には参加しておきたかった。ただもうそれは無理だ。不可能なところまで行き切ってしまっている。


みんなの声が輝かしい。少し前まで、俺もその中にいたんだ。なんなら、中心的な人物になりつつあった。それが今や、奥に追いやられた存在へと下っている。

授業と授業の間。俺はイヤホンを付けて過ごすことが“普通”となり、外界とのシャットアウトを実行。瞼も閉じ、完全に自分の世界に入り浸る。授業が終わると、ちょっとの時間でも、耳を塞ぎたかった。俺への言葉が向けられていようとも、その言葉が俺に届く事は無い。音楽を聴くという行為は、俺の理性を保つ必需品となりつつあった。

そんなところに、自分の肩がポンポンと叩かれるのを感じた。聴覚を自分世界のものだけにしか意識を向けていなかったので、一気に現実へ引き戻された感があった。何せ、自分の起こす行動以外の“接触”なんて久しく無かったから。一瞬、気のせい⋯か、ただの風切り⋯か。

いや、そんなはずは無い。しっかりと人の温もりを感じた。こんな事を考えている今も、“ポンポン”と肩を叩く存在がいる。諦めの無い人間である事が分かった。

と、なると俺との接触にそこまでの害が無い⋯と考えている大馬鹿者の可能性がある。今の自分に接触する事が、如何にリスキーな行為である事か⋯。

机に突っ伏していた顔をようやく上げよう⋯と決めた俺。どうせロクでもない景色が広がっているんだ。きっと俺に接触した事を後悔している人間が、顔を見上げた先には居るのだろう。後悔してるぞ⋯⋯⋯そんな気持ちを維持したまま視覚野を回復させるのは、とても嫌だった。嫌すぎる。弄ばれている⋯。嫌がらせ⋯ついに、イジメは本格的な物理攻撃ゾーンに突入したか⋯⋯⋯。

視野が明るくなる。それに時間を費やされたのは、ほんの数秒。直ぐに視野は明瞭なものとなり、ボヤけていた景色は輪郭が形成され始めていき、輪郭の中に詰め込まれている物量を全て視認する事が出来た。

真正面を向く俺。机から顔を上げたので、そのような状態となっている。両腕の制服ブレザーは自分の汗で少しの“濡れ”が生じてしまっている。恥ずかしい。自分的には正常だと思っていたが、生理的には限界に達していたのかも。

アラートは鳴っていた。それに俺は気が付かなかったのか、無視をかましていたのか。何はともあれ、もう既に俺の視界は回復するに至っている。俺の視界に無理やりにでも入り込もうとする人物の正体。陽光が窓から射し込まれている中、俺の視界に捩じ込まれる人物の頭部。ちょうど、陽光と重なり合った事で、光量入射が屈折。よりダイレクトに視覚野を刺激していく。少し、瞼を細めた上で相手の正体を見極める行為は、傍から見ると気持ちの悪い光景であったことは確かだ。それに加えて、この人物は俺とあろう人間に接触している。

今、イヤホンの音量をグンと下げた。

⋯⋯⋯ほら。やっぱり。静寂に包まれている。

こちら側にクラスメイトの意識がシフトしている事を示唆していた。いったい誰なんだ⋯。俺なんかに喋りかけてくる自殺行為にも相当する行為を厭わない人物とは⋯。


────────

「ティリウス。俺はティリウスの味方だからね」

────────



ティリウスとの接触が絶たれた。ティリウスは俺の連絡を削除していない事から、完全なる接触が断絶された訳では無いのだが、こうして物理的な接触をしたのは本当に久々だった。携帯間でのメッセージは交信してくれるのに、現実的な場面となると、そうもいかなくなる。

ティリウスは、虐められている。

その主犯的な人物に相当するのがギラーフだ。ギラーフはティリウスに対してかなりの嫌悪感を抱いているよう。

理由は⋯嫉妬心。俺がティリウスと仲良く話している事が気に食わないらしい。

「あのさ、やめてくれない?」

「なにが?」

「ティリウスへの当たりだよ。あんな根も葉もない噂垂れ流して、何がしたいの?」

「メザーノール。お前、あいつの粘着質な部分、嫌だと思わないの?」

「思わないよ。それに、ティリウスは粘着質じゃない」

「俺にはそう見えるね。特にメザーノールといる時なんか、⋯あの顔⋯虫酸が走るんだよな。ほんとむかつく。メザーノールが居なかったら、あんな奴終わってたってぇのに」

「ギラーフ。何が言いたいの?」

「俺はアイツが嫌いだ。アイツがいると変な方向に場がコントロールされる」

「確かに、ティリウスは受け取り方にクセがあるし、感じ方は人それぞれだと思う。でもそれも個性だからと受け止めればいいじゃん」

「良くないね。俺は認めない。あんな奴に場を掌握されてたまるか」

「だったら何をしてもいいって言うの?まったくの嘘を学校中に広めてもいいの?」

「これが俺のやり方だ。もうこっから元には戻せない。この期は俺が全権を握ってる。アイツの言葉よりも、俺の言葉の方が信じる奴が多い。運命って残酷だよな。この学校に入学してから、既に天下取りは決まってたんだよ」

「⋯⋯ギラーフ。今までのこと、『嘘だ』って言おう」

「そんなんするかよ」

「じゃあ俺から言う。俺だって、205期生の核となる立場の人間だ。俺の言葉を信じる者は大勢いるから、ギラーフの発言力と同等のものがあるはずだ」

「悪いけど、メザーノールのその言葉を簡単に聞き入れてくれるとは限らないぞ?」

「どうして?」

「アイツ、もう、地の底だからな。あそこから信頼を回復させるのは苦難の道。そうだな⋯アイツが紙幣の顔になるような偉業を成し遂げない限り、無理だろうな。俺はそのぐらいの事を、同期に吹き込んだからな」

「なんで⋯⋯やり過ぎなんじゃない?」

「俺は思わないな。妥当だと思ってる。奴にはこのぐらいの現実をみせてやらなきゃならない。それにお前だって抱いてたんじゃないのか?アイツへの不信感を」

「“不信感”?なんだよそれ⋯」

「“調子乗りすぎだなぁ”とか」

「そんなの⋯俺らだって同じだろ?それに仲間内で騒いでるだけなんだから⋯」

「あんな奴を“仲間”って決めつけてんじゃねぇよ!!!」

「⋯⋯!」

「⋯⋯メザーノール。俺らは第205期生のトップだ。トップの人間はトップらしく振る舞いのが筋だろ?あんな根幹が影浸りな男と付き合ってても何にも意味なんてねぇだろ。これからの事を考えようぜ」

「⋯⋯⋯⋯納得出来ない」

「目を覚ませ、メザーノール。メザーノールはこの立ち位置がマイナス面に働いた事はあるか?」

「立ち位置⋯?俺はそんなのを気にして、お前達とつるんでる訳じゃないぞ。ただ楽しいから一緒に居るだけだ」

「でも、考えてみろこの機会に。この立場をよ⋯」

立ち位置⋯立場⋯位⋯トップ⋯一軍⋯。

ギラーフの言う通り。俺はマイアスキード小学校第205期生の中でも、多くの生徒から慕われている存在。男だけに限らず、女子にもチヤホヤされている。俺が動けば、直ぐに人が集まり、トークのサイクルが開始。現在の立場が消えて無くなるという事は、俺も今のティリウスと同じ状況に陥ってしまう⋯という事になるのか⋯。


⋯⋯⋯それは、それは、、、それは、、、、


⋯⋯⋯⋯⋯嫌だ。


こんなの⋯最悪だ。俺は心の中で最悪な事を決断してしまっている。そんなの、俺が一番に分かっている。今すぐにでも、自分の想いを訂正したい。だが、全部が全部が間違っているということでも無い。俺は今の立場を大切にしたい⋯もし仮に、ティリウスを守るような行為をして、それが周りの友達に見られたりでもしたら⋯俺は、ティリウスと同じ人間として扱われ、もう今までのステータスは白紙へと切り替わってしまう。


そんなの、、、、、断固拒否だ。

今のティリウスを助けたい。本当に、それは思っている。だけど、人の事より、自分の事を優先したい。それを思うのは人間として、適した判断である事には違いない筈だ。俺の選択は間違ってない。そう、自分に思い聞かせている。


「俺は、今の立場を大事にしたい」

「じゃあ、今のままだな。あいつは」

「ただ、もうやめて。これ以上イジメがエスカレートすると、学校側もそれに気付いて問題に発展する」

「そうだなー。まぁでも、別にいいんじゃねぇの?」

「え?別に⋯いい?」

「ああ。別に。学校側はどう思っても」

「そんなの、調べ上げられたら直ぐに特定されると思うよ?“主犯格はギラーフ”だって」

「その時はその時で、身代わりを使うさ。俺には裏のコネってもんがあるからな」

「⋯⋯⋯⋯」

ギラーフは他の学校の人間とも関わりがある。それも、ちょっとアッチ方向の危ないヤツら。俺は噂だけしか知らないが、ギラーフは良くそいつ達との会合で巻き起こった話をしてくれるみたいだ。俺はその話が始まると直ぐに『用事を思い出した』とか言って帰宅したり、グループから離れるような行動を取っていた。ギラーフが暗黒に染まっている姿を見聞きしたく無かったから。ただこの逃避もここまでかもしれないな。

「自殺するかもしれないよ⋯」

「あー、まぁそれも⋯“いいんじゃねぇの?”」

さっきの声音と寸分変わらないものが言い放たれた。“自殺”という言葉を聞いて、何も心が揺れ動いていないようだ。

「俺は俺なりのやり方で、これ以上の出来事にならないよう動くから。ギラーフもそのつもりで」

「うんまぁ、それは別にいいけど⋯。あんまり目立つような行動はしない方がいいと思うよ?アイツ、もうCクラスから完全に隔絶された存在だから。腫れ物扱いって事だな」

「⋯⋯⋯」

ティリウスが腫れ物扱いされている事ももちろん知っている。俺は何度もCクラスに入って、この異常な世界から脱却させるよう試みていた。だが、無理だった。先程ギラーフが言及していた『目立つような行動は避けろ』とか言う言葉。それは俺が前々から抱いていた想いだ。

動けたらとっくのとうに動いて、ティリウスを引っ張り出していた。そして『目を覚ませお前ら!』とか叫んで、Cクラスの異常性を改革させるよう努めていた⋯⋯⋯。

頭の中で、それをやり遂げられている自分がいるのを、何度も夢想。出来る⋯俺には出来る。なのに、自分の立場を考えると行動に移せなかった。


女子から蔑視。

男子からの虐げるような視線。


言葉が凶器と化すビジョンが、何度も頭の中で連続再生される。

──────────────

『何してるの?メザーノール』

『メザーノール、やめた方がいいよ?』

『そうそう。あなたが助けるような男じゃないって』

『メザーノールはこんな奴の人生に手を貸すのか』

『意味ないって。やめとけやめとけ』

『お前の人生に何のプラスにもならねえから』

『メザーノールが孤立状態の端っこ男を助けた〜。こりゃあ面白ニュースだぜ』

『目玉記事確定だな』

『メザーノール、汚い男に近づくんだぁー』

『なんか萎えたかも』

『んね。私、こんな男を好きになってたんだー⋯最悪』

『最悪すぎ』

『最悪』

『キモイ』

『人選べ』

『イタい』

──────────────


酷いな俺は。まだこれは己の世界のみで構築された偶像に過ぎないのに⋯。まるで決定されたかのように、俺はこの未来を信じ切っている。


「メザーノール。あまり関わらない方がいいぞ。俺達の関係性はこの一年で終わりじゃないんだ。あと半年も経てば、中学生になる。まだまだ人生は長い。子供の時間って本当に最高だよな。人生を深く考えなくて済むしよ。だいたいの事は、“子供だから”で許されるし」

「七唇律があるよ」

「知らねぇよそんなん。信者しか守ってねぇだろ」

「七唇律は全てを見ている。俺達のこの会話も全てだ」

「メザーノール。七唇律聖教に殉教しているみたいな素振りだな」

「戮世界の住人なんだから、何ら不思議な事じゃないでしょ?」

「まぁそれもそうだな。だけど、ほどほどにしとけよ。七唇律聖教に関わるのは」

「そっちこそ。そんな言い方だと、まるで知人が七唇律聖教にいるみたいな言い方じゃんか」

「⋯⋯⋯ああ」

口を噤み、秒間的な間が訪れる。間髪入れずに今までの会話が成されていたので、この溝のようなものに違和感を感じずにはいられなかった。ギラーフの目及び表情はそこから変わっていった。楽観的なものから、研磨された刃のように鋭い視線が帯同する顔面へ。

「そうなのか⋯」

「まぁな。知り合いに七唇律聖教とちょっとな⋯色々と⋯家庭の事情なんだとさ」

「代々、七唇律聖教に入教している家族なのか?」

「俺もあまり詮索しないようにしている。面倒だからな。七唇律っつーのは」

「戮世界の住人でも、未だ知らない事だらけだよ⋯ここは」


【沈黙】


「七唇律聖教の事は忘れてくれ」

「ああ、判った」

別に忘れなくても、いい事だとは思うし⋯それにこの事は忘れる事は出来ないだろう。果たされない、果たす事の出来ない約束に対して、安易な返事をしたこの話は終わった。



駄目だ。駄目だよ⋯メザーノール。ここにいちゃ駄目だ。僕の目の前に、姿を見せる行為がどれだけ無価値な事かをてん彼が判らないはずが無い。不必要な正義感をぶら下げて、俺に救済の手を差し伸べたメザーノール。視覚野が鮮明になり、彼の言葉がはっきりと伝わった。イヤホンからの音楽を0ボリュームに。しかし、イヤホンを耳から取りはしなかった。きっとこれは、直ぐにまた使う事になるだろう⋯と思ったから。


「ティリウス」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

俺の視界に入り込んで来たメザーノール。メザーノールを中心に景色が明るみになっていく。教室を一目見渡すと案の定、クラスメイトを始め、廊下からも多くの生徒がこちらを見つめていた。いや、安直過ぎた。“眼差しを向けていた”。ただ視線を向けていただけでは無い。そこには、邪念だったり、マイナス思考に働く意味のあるものが多く含まれていた。

「大丈夫?ティリウス⋯⋯⋯」

何回も聞いた、『大丈夫?』という言葉。これだけ言われてしまえば、逆にサービス程度に一応言っておく⋯と解釈も出来てしまう。

俺の机に座る位置に膝を折り、顔面を近づけてくる。俺は一瞬、メザーノールに視線を合わせたが直ぐに逸らした。視線を逸らしたとしても、メザーノールはこれ以上の接近を望んでいるようで、中々後退する事ができない。もっとも、この状況から退避するという行動パターンを選択するなら、Cクラス教室からの退室が一番手っ取り早い。だが⋯教室の前と後ろの2つの扉は、俺に接近したメザーノールを見る観衆が集まり、簡単に抜け出せない空間が作られてしまった。


「だいじょうぶ」

本心では無い。本当は⋯⋯⋯助けて、ほしい。これは、ド直球の“助けて”に該当するものではなく、単純にこの教室からの脱出を画策してほしい⋯というもの。だが、今の発言的にメザーノールの立場としては、俺の精神状態が劣悪な域に達している事を勘違いしただろう。俺は自分で言った後に、これを気付いた。色々と面倒な思考を巡らせる言葉を放ってしまい申し訳無い、と思う。

「だいじょうぶじゃないでしょ?⋯⋯何されたの?」

知ってるくせに。知らないとは言わせないぞ。メザーノールだって、ギラーフと同じグループに属しているんだから、イジメの火力元の近くで見ていたんだろう。メザーノールは良い人だ。信じたいと思っている。ただ、ここまで来ると⋯裏の裏を読んでしまう。つまり、メザーノールはギラーフの手先。俺にあえてこうやって接近して、精神的に安静な状態に戻した事で、一気にその心を抉るように叩く。人間は天国を見ると深層心理が落ち着き、愉悦に浸る。その後に見る光景が地獄になると、天国からドロップアウトとなり、心体的なダメージは通常受けるものよりも倍以上に相当する。天から地へ。ギラーフは、俺が落ち着いて全てを打ち明けられる刺客を送り込んだ可能性があるのだ。⋯⋯⋯⋯もうダメだ。そう思えてきた⋯では収まらず、もう、そう“断定”してしまった。


「いいよ。俺に構わなくて」

「え?どうして??」

静寂に包まれた教室で、俺の言葉が良く目立った。これは授業と授業の間に時間。残り3分で次の授業が開始される。良くもまぁこの時間帯を選んだな。移動教室じゃなくて良かったよ。こんな孤独な人間が、移動教室に遅れて入ってくる時の空気と来たら⋯⋯想像するだけで血反吐が出る。

「どうして⋯って⋯そっちも⋯⋯そっちの奴に言われて動いてるのに⋯しらばっまくれんなよ⋯⋯」

「え、、、、」

小声でボソッと、俺は呟いた。教室は静寂に包まれる中で、俺のこの発言は近場にいる特定の人物にしか聞こえる事はなかった。その人物こそがメザーノールだ。

「そっちの奴って⋯ギラーフのこと?」

「⋯⋯⋯⋯⋯」

何も言わず、ここは無視を貫いてみる。もう諦めてくれ。もう俺は誰にも感情を吐露しないつもりだから。何が、ギラーフの怒りのゲージを高めていったのか、俺には理解が出来ない。ただもう、そんな事はどうでもよかった。さっさと終わらせたい。終われば、直ぐに、終わる。世界が終われば、直ぐに終わる。自分が変われば、世界が、変わる。そうだ⋯⋯俺は、力が無いから。力があれば、世界は俺の手の中に収められる。だけど俺はそんな特別な力が与えられた人間じゃない。こんな時、アトリビュートの力⋯超越者の血盟だったら⋯と思ってしまう。あんな虐殺王の穢れた血に憧れる日が来ようとは、俺も普通人間失格だな。でも、欲しい。アトリビュートになりたい。昔々、アトリビュートの先祖達は最初から能力を保持していなかった超越者も多くいたという。

“後天性セカンドステージチルドレン”。

今でもその手段があれば⋯喜んで遺伝子編集を希望する。ただまぁそんな事は、何百年も前に規制されて⋯⋯

─────

「ティリウス、ちょっと来て」

─────

「⋯⋯?」

思わず、視線をメザーノールへ向けた。自分の世界に入り浸っており、突然この言葉のみが俺の聴覚を刺激しに来た。するとメザーノールは突然、俺の身体へ掴みかかり、机から立たせようとする。そして俺の席の真横に引っ掛けてあったリュックを持ったまま、強引な手を使って俺を教室から外まで引っ張った。あまりにもな力技に俺はビビりまくって、力を入れるまでに至らなかった。そのせいで俺の力は完全に無くなり、全ての行動制御が彼に託される運びとなる。教室に居たクラスメイト達は、メザーノールの行動に口を開けて驚く。

『ええ?』『え?』『えええ?』『えなに?』『ええ?』

と、とにかく驚いた言葉しか表されなかった。それは俺も同じ。廊下に出た⋯というか“出された”俺は、廊下でもその姿を多くの生徒に目撃され、驚かれる。

「ちょっと退いてー!ごめんごめん!どいてー!」

メザーノールの声⋯と判った同期達は一斉に、廊下の道を開けた。Cクラスの前は沢山の生徒で集っていたが、他のクラス前も同様の人が集まっている状況。俺とメザーノールを観測目当てじゃない同期達は、俺らのこの謎の事象に『??』を浮かばせる。そして、その中にはユビースポーンもいた。

「メザーノール?ティリウス⋯⋯?」

ユビースポーンがそう放ったのが聞こえたが、メザーノールは彼の言葉に一切の反応を示さない。メザーノールの引っ張る力がエグい。ちょっと⋯どこまで行くつもりなのか⋯。

「止まって!」

「⋯⋯⋯⋯」

止まる様子が無い。しかもメザーノールの力が強く、正気を戻した俺の力が一切無力化されてしまう。力⋯強すぎだろ⋯。左腕で引っ張られてるだけなのに、ここまで小六の決して小柄とは言えない男一人を、自分の思うがままに引っ張る事など可能なのか?メザーノールの引っ張りの力には、人の常識を超えた力があるとも考えられるものだ。だって、痛くないんだ。急に幼稚な言い方になってすまないが、本当にそうなんだ。ちょっと俺が足の方向を引っ張られている方向にシフトすると、まるで背後から何かに押されているかのように、フワッと前身していくのだ。もちろん、後ろを振り返っても俺の背後には誰もいない。後方にいるのは、俺とメザーノールが駆け抜けていく姿を見る同期達だけだ。


ティリウス篇ではありません。フラウドレス篇です。

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