[#103-介在のメザーノール]
俺と俺と俺⋯⋯⋯。
[#103-介在のメザーノール]
思い出したくない記憶がいくつもある。全てを思い出そうとしたら、俺の脳みそはパンクして爆発してしまうだろう。なんだからひとつの記憶を丁寧に開封・呼び戻す事にする。
⋯⋯⋯⋯って、なんで俺はこんな事をしているんだろうな。意味が分からない。ミュラエの事を見たからか?
それ以外に有り得ないよな。ミュラエがキーパーソンになるほど、俺の人生に深く関わってきている⋯という程の人間では無い。ただ、あいつだけが生き証人だ。俺は⋯⋯覚えてる事と覚えてないことの差が激しい⋯。
俺って今、この世にいるのか?直轄部隊のな人間に殺されたんじゃないのか?そうだ⋯だから俺はこんな宇宙空間のような場所に浮遊しているんだろ。そうだ。絶対にそうだ。
死んだ⋯まぁ、それだったら、もうこれ以上、自分の体調を心配する必要性も無い⋯よな?だって、死んでんだからよ⋯もう、そんなこと心配しても意味無いからな⋯。
◈
俺は、力が欲しかった。力があれば、なんでも出来る。出来ないことは無い。『力』と言っても、2つのものに分類される。『権力』『物理的なもの』。
俺はどっちもが欲しい。2つの力があれば、この世で困ることは無い。本当に⋯“なんでも出来る”。何故、この力が欲しいと思う?
恨まれたり、憎んだり、蔑まれたり、俺はそんな家庭に生まれては来なかった。全然裕福でも無いし、かといってお金持ちという家庭でもない。いたって普通の⋯ごく普通の家庭環境で育ったんだ。
なんだが、段々と先述した3つの項目が浮き彫りになってくる。『憎悪』『敵対』『軽蔑』。
そんな家庭じゃなかった。じゃあどうしてこの3つが俺の人生へ絡んでくる事になって来たのか⋯。それは俺の実力不足のせいなんだ。俺は⋯人間関係の構築にミスった。友達を多く作るためにはこちらから動かなければならない。そうじゃない者もいる。それは根幹に眠っているカリスマ性だ。自分に“カリスマ性”の有無を確認する事が出来なかったけど、周囲の反応から見るに俺はそういう類の人間では無いみたいだ。
小学校時代。
俺はそんな、カリスマ的な男と友達になった。長身でイケメンで、女子からもモテモテ。普通、その男の事をカッコいい⋯とか表面化させたりしないじゃん?まぁ、表で言いまくってそれが当たり前の情報過ぎて、もう一切のダメージが無い⋯みたいな事は有り得ると思うけど。女子なんて、恥ずかしいわけで。中々、同級生の事を“カッコいい”だのなんだって直接的にいうことなんて無いじゃん?
あるのよ。この人には。俺が仲良くなった人にはあるのよ。普通に言えちゃうのよね。それはもちろんその男を周りがバカにしている⋯なんてことでは無くて、“本当にカッコいいから”、みんながそう言ってるだけ。もはや、周知の事実みたいな感じ。だから、男女問わずこぞってそのカッコいい人の元に行くわけで⋯俺みたいな陰キャまがいの人間なんて相手にしないんだ。
そんなモテモテの男の名は“メザーノール”。
俺はこの人と運良く友達になれた。メザーノールと友達になったことで、友達の幅はグンッと拡がっていく。小学二年生の頃から知り合って、正式に友達になる事が出来た。小一の時は、彼の存在を知らない。小一のクラスで、俺はそこそこの友達を作る事が出来たから、俺はそれで満足していたんだ。案外、小一の時の記憶は鮮明に残っている。自分で故意に残してるつもりは無いんだけど、やっぱりこれって⋯小一の記憶が俺の人生にとって“物珍しい”出来事だらけだったからなんだろうな。今考えみれば、小一の時がキラキラしていたように思える。幼稚園で知り合った友達とエスカレーター式に昇って行ったから⋯っていうのも理由の一つにある。そこまで友達作りに苦戦する事は無かった。
小一では主に、クラスの中心的人物になる事が多かったような記憶がある。必然的にそうなってしまったんだ。だが、それは長く続かなかった。俺に潜在的な魅力が無かったんだ。最初、クラスメイトみんなは“ティリウスについていけばいい”と勝手に思ってくれていた。だけど、その皮が剥がれる出来事が起きる。それによって自分への信頼などは薄れていき、次第に人が離れていく事になる。こう言ってしまうと、イジメにあったのではないかと思ってしまうがそんな事は無く、ただただ人が離れていった。
俺よりももっと魅力的な人が他のクラスにいたんだ。俺は周囲の人間に助けられていた。めちゃくちゃ悪く言うと“勝手に祭り上げられた”。俺は被害者だ。別に自分の方から“俺に着いてきて!”とも言ってない。それなのに、周りは俺の言う事全てを信頼して、共に過ごして来た。
それが、他のクラスの魅力的な人間を見つける⋯と無くなっていく。化けていた訳じゃない。偽っていた訳でもない。普通に学校に行って、授業を受けて、友達と笑いあって、給食も食べて、帰りも友達と一緒に帰って⋯。そんな生活をしていたら、周りから人間が増減していく。
まったくもって意味のわからない事だ。“普通”でいいのに。普通がいいのに⋯。
“普通”って、ダメなのか?何か突出して、能力の長けている状態を維持しておかないとダメなんだな。俺は直ぐに自問自答の果てに行き着いた。
小二から俺の人生は始まった⋯と言っても過言では無い。この先から続く俺の人生に大きな影響を与えた存在が、ここには多く存在する。それはもちろんメザーノールの存在だ。メザーノールと仲良くなっていた良かった⋯と思える場面が多々あった。先ず、メザーノールと仲良くしていると必然的に他のクラスの人間と交流する事が出来た。
メザーノールと中休み休憩時に話していると、メザーノールの近くにはたくさんの人間で集まる。俺は元々メザーノールと話していたのに、時間が経つにつれて端へ端へ⋯と追いやられてしまうのだ。周りの生徒がメザーノールに集める視線は熱いもので、俺はその威圧するような力に屈するようになった。やがて、自分の方からメザーノールには近づかないようにした。そうした方がいい⋯と思ったから。メザーノールの迷惑にもなるし、なんなら周りの人間だって⋯
『メザーノールの近くにいるあいつだれ?』
だの、理不尽な事を言われているに違いない。何せ、メザーノールを求める生徒達はスクールカースト的にも上の人間がほとんど。俺はそんな人間と関係を深くするようになっていたんだ。メザーノールの性格とカリスマ的な
自分の能力と性格に多くの欠陥があるのだと悟り、それを解消していく探求に出ていると⋯小二になっていた。
そして、メザーノールと出会った。メザーノールと友達になったのは、小二の新クラスで構築した新たな友達を通じてだ。
“ユビースポーン”。彼の立ち回りは俺の人間関係構築に大きく影響を与えた存在だ。彼がいなければ、俺の視覚野は拡がっていない。もしかしたら小一の時よりも更に酷い結末が待っていたかもしれない。俺は常日頃、周りの仲間に救われているな⋯と思う。ひとりじゃ人間はやっていけない。単独行動なんて、信じられなくなった。どうなっちゃうんだろうな⋯。俺って⋯このまま、周りの人間の手助けありで生きていくのかな⋯。不安な将来を見据えながら、俺は現在の立場を大いに楽しむ事にした。
メザーノール、ユビースポーンを始めとする友達。ほとんどは俺からの能動的行動で生まれた関係性の絆では無い。ほとんどはメザーノールの友達⋯として仲良くなった人間達だ。大体の人間が良い人で、大体の人間が、悪趣味な人間だった。俺は双方の人間共に、平等に接するように心掛けている。前者はもちろん、後者だって魅力的な個性を持った人間で良いじゃないか。俺は好きだよ。悪趣味な人間だってね。ただし犯罪まがいなイベントを起こしかねない人間は論外よ。もちろんそこはね。秩序を持った人間であるべきだとは思ってるから。
メザーノールは同期を象徴する存在になっていった。“生徒会長”とかそんな大層な肩書きを保持しているわけじゃ無いのに、人望がめちゃくちゃに厚い。みんながメザーノールに心酔し、メザーノールが提案する事が正解のような空気感となっていた。小三、小四⋯メザーノールとの距離は離れていく。元々、クラスは同じになった事が無い。ユビースポーンを筆頭に、友達の友達を介して仲良くなったに過ぎない。ただ、一年一年⋯と年数を重ねていくにつれて、メザーノールと喋る機会は減っていってしまう。俺はもっと喋りたい。もっともっと、彼とは話したいし、いっぱい笑い合いたい。なのだが、それは叶わない。もう彼は俺の手が届かない所まで行ってしまった感があった。
それは必ずしも、避けては通れない境界。メザーノールにだって自分という世界がある。その規模は自分の視野じゃ想像出来ないような広大な世界なのだ。俺がもっと自発的に行動出来る人間であれば、メザーノールのように多様な人間から信頼される存在になれていたのだろうな⋯と思う。今からでも遅くない⋯今からでも遅くない⋯今からでも⋯⋯⋯⋯遅くない。
そう思っていたら、どんどんと年数を重ねていき、気づいたら小学六年生にまで昇ってしまった。自動的に上がるように作られている義務教育システム。そこまで、原世界と同じシステムを同期させる意味とはいったいなんなんだ。どうして戮世界は原世界のほとんどを参考にして世界を創成していったんだ⋯と、意味の無い疑問をぶつける。その対象というのはあまりにも巨大な機関。太刀打ち出来るような存在じゃない。と言うか、こうやって頭の中で描くのも、“反逆”に相当するかもしれない。結局、自分は何も出来ないまま、行動するのを恐れて、自分の世界に入り浸った。
小六の前に、小五の時代を話そう。何故、小五の話をすっ飛ばして小六の話をし始めようとしたのかと言うと、メザーノールとクラスが一緒になったからだ。本格的に仲良くなってから、実に3年がかりで遂に同じクラスメイトとなった。俺は嬉しかった。単純に凄く嬉しかったんだ。
ただ、それに伴い多くの弊害が発生していたのも事実。先ず、俺の知らない生徒とメザーノールは友達でいる⋯という事。
これを俺は“弊害”として認識してしまった。メザーノールに近づけない⋯みんながメザーノールを求めている。俺もその人間の一部だ。一部に過ぎない。この数年でメザーノールの地位は確固たるものとなっている。小学校生活5年目ともなれば当然の事だ。もう、誰が面白くて誰がモテる人間なのか⋯などの詳細なデータも筒抜け。俺らの期は5クラスあり、1クラスにつき40人ほどは在学中。200人近い人数がこの学校に通学している中で、メザーノールはその頂点に君臨する男。その周りにはメザーノールと親しい仲で構成された男と女が存在。喧嘩といった権力抗争が存在する訳じゃないが、結局はこのような『一軍グループ』『二軍グループ』が構成されていく。当然、メザーノールは一軍グループに所属し、俺は⋯『三軍』⋯いや、もっとした下かもしれないな⋯。自分的には『四軍グループ』ぐらいの人間だと思っている。ただし、これは俺の自己採点なだけであって、周りから見れば俺は『一軍グループ』に所属している人間として認識されているだろう。
嬉しい事に、メザーノールは俺のことを忘れていなかった。
これは物凄く嬉しかった。
律歴5591年4月7日───。
新学期が始まり、新しいクラスメイトが発表・公開。新学期のクラスメイトが記載されているシートを校門の前で先生から貰い、そこに目を通している中、メザーノールが俺の側までやって来た。それも何人もの友達を引き連れて。メザーノールの周りにいる生徒は、俺とも親交の深い人間やそうでもない人まで10人以上がいた。
「おはよう!ティリウス」
「う、うん、おはよう⋯」
俺は圧倒されて、スっと言葉が出なかった。何せ、メザーノールの他にも沢山の生徒がいたからだ。学校の玄関口は、騒々しい。新クラスの発表で浮き足立っている生徒で山盛り状態。さっさと新しいクラス教室に行けばいいものを⋯。と、思っている自分だって、ここで突っ立って貰ったクラス表を眺めていたが⋯。
「久しぶりだね。ティリウス、元気だった?」
「うん、元気だよ。ぜんぜんこの通り!」
俺は、力を振り絞って言った。本意的な文言では無かったから、不完全な感情だとバレてしまいそうだった。だから、身体に力を入れてこのような言葉を掛けた。決して悪気は無いのだけれど、色々と⋯キツイな。偽る、っていうのは。
「良かったよ⋯。最近は会えなかったからね。心配してたんだよ?」
「あー⋯」
俺がそれに対して返答を提示しようとしかけた時、メザーノールの友達がこの間柄を引き裂くような行動を起こす。
「ティリウスだよなー!?久しぶりー!」
「あ、うん⋯久しぶり、だね」
────────────────
「俺もだよ」
「俺は去年一緒のクラスだったもんな!」
「俺は初めて会う」
「自分もかな」
「ティリウスっていうのか?」
「メザーノールの友達?」
「早く行かね?」
────────────────
俺に対する言葉から、そうでは無い言葉まで。上記の言葉は全てがひとりひとりが投げられた言葉だ。7人。メザーノールを含めると8人のグループが俺の元へやって来たんだ。しかも俺を求めて来たのは、メザーノールのみ。なんか⋯複雑だな。メザーノール以外は俺に何の興味もないのに“付き合ってあげてる感”がすごい伝わる。特に最後の男が発した『早く行かね?』という言葉にはグサッと来た。
『なんでこんなヤツに構ってるの?』と言われたような感じがしたからだ。その証拠に、この言葉を発したタイミングでの表情は暗雲さがビンビンに伝わるものだった。
「ごめん、先行っててー」
メザーノールがそう言うと、友人らは全学級の下駄箱が内蔵されている昇降口へと向かった。
「早く来いよー」
「おーーう!」
「だい、大丈夫なの?一緒に行ったら?」
「ティリウス、ほんとに久しぶりじゃん。まだちょっと時間あるからさ、話さない?」
「あー⋯うん、ぜんぜん良いけど⋯」
「良かった。あと⋯15分ぐらい?かな」
「話す⋯と言っても⋯⋯ここで話すの?」
昇降口前は多くの生徒でごった返している状況。なんなら、学校内に入った方が良さげな気もするが⋯。
「そだね、どうしよっか⋯じゃあーあ⋯あそこ!あそこで日向ぼっこしよっか」
「あそこ⋯ああ⋯」
メザーノールが指差した場所は、広大なグラウンドを眺められる当小学校の大階段。大階段は下に20m以上は続いており、とても高い場所からグラウンドを眺望する事が可能。この大階段に座ったりして時間を潰すのが、ここの生徒に与えられた優雅なひととき。だが、こうした新クラス発表のイベント⋯となると、この大階段にも人が大勢いるのではないか⋯と思った。
メザーノールは俺を誘導するように、大階段へと向かった。なんだか、こんな感じ凄く久しぶりで⋯嬉しい。前を見ればメザーノールがいて、俺はそのメザーノールについて行っている。道中は生徒で賑わっていて、多様な声音が響き渡る。絶え間ない声が聴覚を刺激し続けるロードを抜け、大階段へと辿り着いた。先程までいた校門前まで大して距離は無いというのに、汗をかいたり、息苦しかったり⋯生ぬるい気持ちではいられなかった。俺はこういう閉鎖的な空間は苦手だな⋯と改めて思った。
「あ、、、」
「うん?どうしたの?」
「いや⋯メザーノール、やっぱり、教室向かわない?」
「あー⋯そう?まぁ、、そうだね。話は後ででいっか⋯ごめんねなんか、せっかくここまで来たのに」
「いや、ううん。ごめんごめん。教室まで一緒に行こ」
「いいよティリウス」
「ありがとう」
大階段。彼に先導されて行き着いた。俺の予想通り、大階段にはまぁまぁな生徒が居座っており、複数のグループが点在していた。大階段は下までの道が長いのと、横幅も長い。横幅は100mはあるだろうか。小学校の端から端までずーーーーっと続いているんだ。流石に“一番端っこ”とか、昇降口から遠くなるような場所には座っていない。グループは複数点在していたが、それぞれが等間隔の距離を維持していた。そんな大階段にたどり着き、下を見ていたら、俺の嫌いな男子グループがいた。
あちら側から敵対視された事がある⋯なんてことでは無い。単純にこっちからなるべくは接触したくないっていうだけ。単にそれだけの理由なんだ。5人程のメンバーで固まっているグループ。構成員は⋯いつもと同じだ。そこにプラスアルファの要員が入っていれば⋯良からぬ方向に作用するに違いない。バカのグループにはバカが集まる。うるさいだけのグループには、うるさいだけが取り柄の人間しか集まらない。
俺はそう思ってる。
あーいう、別にそこにいなければ関わらなくて良さげ⋯な人はなるべき回避していきたい。だから俺はメザーノールに『やっぱもう向かわない?』と言った。メザーノールには、このことは伝えないでおこう。あのグループと仲が良いことは俺も知っているからな。てか、多分、今俺とメザーノールが座って話そうとしていた大階段に身を置いていた生徒全員と関係性を構築しているに違いない。
人脈の鬼だ。メザーノールは。
対する俺は⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯やーめた。
◈
昇降口まで来て。新クラス表に書いてあった出席番号の数字に制服の革靴をぶち込んだ。新品の上履き。毎年毎年、上履きを新品に変えるのは当然のこと。だと思っているのだが⋯周囲を見渡すと案外、そうでも無いみたいだ。
みんな、きったねぇええええええええ。
汚くねぇか?⋯ちょっと待ってよ⋯⋯⋯。みんな、嘘だろ。黒ずんでるじゃん。あ、ほら⋯今、俺の横にやって来た男。この人⋯俺、知り合いだよ。“知り合いレベル”の人間。
「ティリウス、同じクラスだよねー。よろしくー」
「あ、うん⋯よろしく」
素っ気ない感じで相手をしてしまい、申し訳ない⋯。だが、みんなもっと自分を良くしよう⋯良く見られたい⋯とは思わないのかな⋯
「ティリウスー?」
女子はどうだろうか⋯。そう思い、昇降口で上履きに履き替える瞬間を見まくった。あ、もちろんコソコソ〜っとね。下駄箱を凝視していく訳じゃなくて、あくまでも“チラッと感”を演出しまくった。リュックや制服のシワを直すモーションを挟みまくって、眼球をギョロギロさせていく。
「ティリウス??」
よし、捉える事が出来た。見てみよう⋯。⋯⋯⋯⋯⋯うわ、嘘でしょーよ。嘘だよ。絶対に嘘。これは嘘だって⋯信じられないよ⋯⋯⋯。
─────────────────
マイアスキード小学校 第205期生女子
上履きの状態
洗ってるだけ『7割』:新品『3割』
─────────────────
俺氏、吐きそうになった。
「ティリウス、大丈夫?」
女子だよね?女子って⋯あの女子だよな?綺麗がウリの女子だよな。不潔な男を嫌う⋯あの女子だよな。そっか⋯女子だって、汚い部分を平気で晒すシーンがあるんだね。
へぇーーそーかーーそーーかーー。そーーなんだねーー。
こうして伸ばし棒ばっかりで紡がれた言葉を流していれば、現在の汚泥に満ちた心境を洗い流す事が出来ると思った。何の感情も含んでいないまっさらな気持ちを込めて、発出された『へぇーーそーーかーーーーそーーかー⋯』以下略。
「ティリウスー!!!」
「テヤッ!!?」
横から聞こえてきた怒号とも取れる声に思わず、並べたことの無い2文字を発してしまった。ビクリ⋯どころじゃ済まない、かなりの驚きを見せてしまう。その声の持ち主は⋯メザーノールだった。
「ティリウス、大丈夫か??どうしたのよ」
「あー⋯いや⋯だいじょぶよ。だいじょぶだいじょぶ」
「ほんとに??上履きに履き替える女子の姿で興奮覚える系の男になったの?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯へ」
「『へぇ』じゃなくて、、、そうなったの?」
「⋯⋯⋯⋯⋯そぉーんなまっさかぁ!!バーカじゃないの!!ウハッハッハッハッ!!笑っちゃうよ!ほんとにね!ほんとにホントに!ガハハハハハ!!」
俺、、、めっちゃ細心の注意払って、見てたつもりなんだけど⋯⋯周りから見たら、目立ってたってこと?⋯いやいやいや、んなバカな。
「まぁ、だったら良いんだけど⋯。ビックリしたよ。おどろおどろしい姿で昇降口徘徊してたから」
「ほんと、変なこと言わないでよー!ささ!行こ行こ!俺らおんなじクラスメイトになったんだもんねー!」
何とか話を切り替えようと、強引にクラスメイトになった話にトークをシフトさせた。メザーノールは僅かに俺への不安を覚えたような表情を浮かべていた。
『お願い!!そんな顔しないで!俺!普通にメザーノールと一緒にいるのすっげぇ嬉しいのに!そんな複雑な感情を覚えたままだったら⋯もう俺⋯!!メザーノールを怖くなっちゃうよ!!』
爆発しかける感情。これは抑えなきゃいけない言葉だ。絶対にメザーノールには吐いちゃいけない言葉だぞ。おい⋯頼むからな⋯ティリウス。ティリウス、、、理性を保てよ。理性をな⋯そもそもこれは理性を保つ事に入るの??
昇降口を進んですぐ近くにある階段を上り、2階、3階へ。この間で俺はメザーノールと濃厚な話が出来ると思っていた⋯。そう、このような言い方になってしまった⋯という事は、俺達は上手く話を交わせられず、そのまま3階へと行き着いてしまった。
2階までの道中で、こちらの方から何か会話を始めれば良かったんだ。それなのに、何故だかメザーノールへの会話が思うようにスタートさせられなかった。どうして⋯?普通に⋯いつも通りに話せばいいじゃん。
⋯⋯⋯え、そのいつも通りってなんだっけ⋯。
そう、俺はメザーノールとの会話のリズムを忘れてしまっていた。“会話のリズム”なんて不要なものだと思うよね。うん、そうだと思う。俺もこれを考えるのはやめたいし、時間の無駄だと思ってる。だけど、突き詰めていくと相手がこちら側に対して思っている胸の内膜を理解することができるんだ。超能力的なものでは無い。
“何となく、そう感じる”⋯ていうだけの話。一応伝えておくが、俺は“星占い”とか、“今日のラッキーアイテム”とかを提示されたら信じてしまうタイプ。そう、“軽い男”だ。
昇降口から2人で歩行を開始したのに、階段を上っていくにつれて2人の間が離れていくような気がしてきた。それもそのはず。俺とメザーノールの間を引き裂くように、第3の男が接近してきたからである。
◈
「おーはよっ」
「おお、ユビース!」
『ユビース』というのは言うまでもなく『ユビースポーン』のこと。みんな彼の事を『ユビース』と呼称している。あんまり本名で呼ぶ人間は少ないだろう。
「おはよう」
俺は気の抜けた感じで返した。
「なんか久々に見るなぁ、2人が一緒にいるところ」
「な。俺もそう思うよ」
メザーノールが笑顔で答える。ユビースポーンが間に入ったことで、横幅が広くなってしまった。俺は右に位置していたので、前からは対向して歩いてくる生徒に身体が当たりそうになる。俺は仕方無く、メザーノールとユビースポーンの背後に身体を移した。これによって俺が会話に入る事が激減。俺を除く2人の空間が形成される事となった。
「まさか、3人が一緒のクラスになれるなんてね」
「んな!まさかだよ。ユビースは去年度も同じクラスだったけど」
「そうだな。だから、俺とメザーノールはあんまり新鮮な気持ちでは無いんだよね」
俺が同じ並行列から消えた中でも、2人は俺を交えた話をしてくれている。普通に嬉しかった。
「そういえばさ、メザーノール。今日なんだけどさ、放課後って空いてる?」
「うん、空いてるよ」
「ほんと?じゃあさ、クラスのみんなとどっか食べに行かない?放課後さ、一旦家帰ってー、んでぇーそっから集まるの」
「いいよ。誰を誘う予定?」
「だいたいのメンツ誘おうかなって思ってるよ」
「ああ、そうなんだ。そっかー、、、、ねぇ、ティリウス?」
「⋯⋯⋯⋯⋯うん?」
飛んで来てほしくないインビテーションを予測した。
「今日さ、クラスのみんなと食事行こうかなって言ってるんだけどどう?ユビース、ティリウスも誘っていいよね?」
「もちろん、いいよ。ティリウスも来てよ」
「⋯⋯⋯⋯うん、そうだね⋯⋯俺は⋯遠慮しておくよ」
「え、そうなの?なんで??」
メザーノールが首を傾げながら、心配したような面持ちで後ろを振り返ってきた。もう既に5学年の教室が配置されている3階へと到着している。俺とメザーノールとユビースポーンは、階段近くの踊り場で立ち話へと移った。
「うん、ごめん。誘いは凄く嬉しいんだけど⋯」
「そっかぁ⋯まぁそれだったらしょうがないね」
ユビースポーンは早くに俺を誘うフェーズを切り上げた。
「⋯⋯⋯」
俺の顔を覗き込むメザーノール。俺はそのメザーノールに視線を向けることなく、ほぼ無視に近い行動を取った。
「じゃまぁ、教室行こっか」
ユビースポーンの提案で俺達は踊り場から教室へ向かうことにした。
◈
あの日以降。俺は同じクラスメイトだったのに、メザーノール、ユビースポーンとの会話はほぼゼロになった。2人は2人でそれぞれの会話を楽しんでいた。俺は遠いような近いような距離感でその姿を良く目撃していた。だって同じクラスの中で行われているから。
あの時、なんで俺は2人からの誘いを断ったか。それはもう、俺と2人の価値観の違いによるものだ。俺は大勢の人間で戯れるのが嫌いだった。たった一回ぐらい、我慢して行けば良かった⋯なんて後悔は一切していない。俺からしたらそんなこと有り得ないものだ。
だが、どうだろう。俺が2人からの誘いを断ったのはそれだけが理由では無い気がする。あの時は思っていなかったのかもしれない。意識的には。“本能的に”、そう答えたのかもしれない。
めちゃくちゃに簡単でバカな言葉を使うと⋯
────────────
『メザーノール、ユビースポーンと会話しても、今の俺にはなんの意味も無い。意味の無いどころか、不快感を覚えるだけ』
────────────
今の俺には⋯2人は眩し過ぎる。2人は各々のフィールドで自分という存在を磨いていた。2人自身はそんなつもりは無いにしても、俺からしてみれば未知との遭遇のようにも感じていた。俺の知ってる2人じゃない。だから一瞬、2人との邂逅を果たした時に、時間が止まったかのような異次元を体験したのかもしれない。
3年ぶりにこうして本格的な接触を遂げると、嫌な事まで分かってしまう。これだったら、もう会わない方が良かったのかな⋯。そう思うところまで到達してしまった。だけど、それは考え過ぎ。
4月7日から。メザーノールとユビースポーンのおかげでかなりの生徒と交流を結ぶ事が出来た。結局のところ、これも他人任せになっている。自分から動いた事なんて一度もない。多分無い⋯。あんまり深く覚えてないんだよな⋯。ただまぁ、克明に記憶されていない⋯という事は、記憶領域から削ぎ落としたのだろう。不要な記憶。無駄遣い。
俺にはそういった過去が沢山ある。みんなにもあると思うぞ。
「ティリウスって言うんだ。みんな仲良くしてやってくれ」
メザーノールはいたるところで俺を紹介してくれた。まるで俺のマネージャーかのように、本当にたくさんの生徒にその名を売っていった。このおかげでこの学年の一軍メンバー全てと交流をする事が出来たのは嬉しい。こんなネガティブ思考が随所に際立つ俺でも、一応人とはある程度交流しておきたい⋯と思っているタイプの人間。マイナス発言が多くて、色々と俺という存在を探求するのに手間を省けさせてしまい申し訳なく思う。だが人間として生まれてしまった以上、人間の器に魂を与えられた以上⋯これは避けては通れぬ道。なるべく人間との交流は大事にしていきたい⋯。そう思っているのに、自発的に動こうとはしない。なんとも奇妙で憐れな人生だ。とても恥ずかしい。
◈
メザーノールの紹介もあって、俺はメザーノールの友達と仲良くなる事が出来た。小一小二、それ以降の学校生活では有り得ない人数の友達と仲良くなる事が出来たので、行動範囲も格段にアップ。主にメザーノールが交流しているのは、マイアスキード小学校の一軍メンバーに相当する生徒達。俺は典型的な陰キャ⋯だと自負している。小二以降、目立った行動も取ってないし、ワーキャーワーキャーと騒ぐような生徒では無かったので、陰キャだと思う。
⋯⋯⋯⋯そうだよね?それが陰キャなんだよね。
小二の頃、メザーノールはそれなりの地位を築いていた。マイアスキード小学校に来てたったの一年間であるのにも関わらず、もう大勢の生徒と仲を深めていたのは印象的。あの時に俺がもっとメザーノールとの仲を深めていれば、この空白の3年間は、より充実した学校生活になっていたのかもしれないな。まぁ、こんなひん曲がった性格が周囲の人間の手によって矯正されるかどうかは分からんが⋯。
メザーノールの権力が高まっていったのは、知らない中じゃない。俺もマイアスキード小学校に通学している生徒だ。一定量の情報は受信していた。みんなが信頼している姿から、もう完全に自分の知っているメザーノールでは無くなったので、離れるしか無かった。というか無闇に語らってはいけない存在とも思えて来た。俺みたいな下等な人間がね。
だけどこうしてメザーノールと喋っていると、彼は本当に優しいのだな⋯と気づいた。メザーノールは俺の事を考えた日なんて、この会っていない期間一度も無いのだろうが、こっちはかなりの頻度で思い起こす事があった。なんだか片思いしているみたいで気持ちの悪い言葉だが、実際のところそうだから仕方無い。こう言うしか無いんだ。
メザーノールとの再会は間違いなくターニングポイントとなった。春、夏、秋、冬。4つの季節で今までに経験した事の無いイベントへ、参加する事が出来た。気づけば、メザーノールが誘ってくれたんだ。周りの一軍メンバーも、俺の参加を了承してくれた。なんだか一軍メンバーの事を『ワーキャーワーキャー騒いでる奴ら』と比喩した事が、恥ずかしくなって来た。出来うるならば訂正・削除したい記憶だ。
授業中、一人で寡黙に取り組んでいたのがバカみたいになるほど、俺は他の席の人間と学習に勤しんでいた。学習時間は特に嫌いじゃない。まぁ⋯ちょっと強がってしまったが、普通に好きだ。知識を蓄える事は自分の人生のプラスに大いに関わってくることだから。今までの小四まで受けてきた授業はだいたいのものが“参加型”だった。生徒からの意見を取り入れて、それを踏まえて先生が知恵を補填していく⋯というのがベース。マイアスキード小学校の決まりなのか、なんなのかは知らないが多くの先生の授業でそれが普通であり、生徒もそれに慣れていた。そのせいで、生徒の参加度数は過度なものへとなっていく。
やがてそれは先生にも伝染していき、授業とは全く関係の無い“雑談ベース”な時間へと成り下がってしまった。俺はこれが結構嫌だ。せっかく設けられている学習の時間。一日のうち、義務的に学習を受けられる時間なのだから、俺は苦じゃない。自由な時間は放課後以降に果たせばいい。なのに、俺以外の生徒は授業中を、怠惰な時間として認識している。それが俺は凄くイライラするんだ。
小五になった今でも、その状況に変わりは無い。毎年同様の空間が形成されていた。先生も注意すればいいのに、生徒からの脱線で展開されていく雑談を野放しにしてしまっている。一喝言ってやれよ⋯。俺の願いが叶う事は無い。だって口にして無いから。目立ちたくないから。
メザーノールとユビースポーンも授業を楽しむスタイルの生徒だ。授業に関係するものだったら良いのに、すぐ脱線トークが展開されていく。
『最近の〇〇〇面白いよな!』
『あの女優知ってるか?』
『この前の週末に着てた服めっちゃ良かったよな?どこで買ったの??』
『今度〇〇〇行こうよ!』
『じゃああいつも誘うか!』
原世界の同期正史に関する授業。こんなにも濃度の高い学習が出来ているというのに、この人たちは目もくれてない。不思議だよ。原世界のシェアワールド現象を深堀り出来る授業なのに⋯。生徒達の声は段々と主軸となっているメイン音声の授業を侵食していく。しかもそれに踊らされて先生までもが、生徒の話に耳を貸してしまう始末。そんな状況に嫌気が差していた俺だが、メザーノール達の視線がこちらに届いている事を悟り、俺はどうすればいいのか⋯と不安になる。
視線は次第に“声掛け”へと変わり、メザーノールが絶妙なタイミングで俺に話しかけに来た。メザーノールと俺の座席は真横。教室を天蓋から見据えるとして、座席の列は6列。窓際の座席に俺達は着席している状態だ。太陽の光が明るく照らされ、教科書とノートにかなりの陽光が射し込む。要らない程に射し込んでくるから、無性に腹が立つシーンがいつも同じ時間に訪れる。そんな腹の立つシーンは、陽光だけでは無く、メザーノール達の雑談もそれに該当する。⋯⋯⋯⋯⋯⋯申し訳ないが。
「ティリウスは、昨日何食べたんだ?」
「え、俺?⋯⋯⋯」
急に振られてビックリした。俺は授業中、私語をした事が無いので、なんだか変な気分だった。ダメなことをしているみたい。七唇律に触れていないか⋯等の法律を気にしてしまうほど、俺は身震いのする感情に駆られてしまった。
「トンカツ⋯食べたかな」
「トンカツ?へぇーいいじゃん!」
「うん⋯そうだね。美味しかったよ」
メザーノールは他の友達と話している中、俺に意識を持っていった。他の友達は他の友達で違う会話をしだしたのだろう。そこからフェードアウトする形で、俺に会話を仕掛け始めた。
「俺さ、昨日の夕飯何食べたか覚えてないんだよなぁ」
「へぇー、そうなんだ⋯」
言っておくが、これは授業中。決して大きな声で会話を交わしていない⋯とは言え、やっぱり不自然過ぎるし、俺は自らこんな事を起こそうとは思わない。なんだか人間を捨てたような気になる。俺はメザーノールの問い掛けに最小限に抑えた声で対応する。真横の席にいるメザーノールとの会話だったので、まぁそれはそれで会話を了承した理由のひとつにはある。
「昨日何食べたかなぁ⋯ええっと⋯なんだっけなぁ⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
どうしよう⋯。とてもリアクションに困る⋯。そっちから話し掛けに来たんだから、それなりの文章は提示して欲しいな⋯と思う。
「お願いがあるんだけど⋯」
「え?なに?」
小声だ。メザーノールも周りを見ながら、小声で話をしている。良くもまぁ、これを容認しているよな学校側は。意味が分からないよ。
「ティリウス、いっぱい食べ物列挙してくれない?」
「え?食べ物を⋯?言っていくの??」
「うん。食べ物名前を言っていって。それすれば、なんか思い出すかもしれない。引っ掛かりのある食べ物が出てきたら、それにフィーチャーするようにさ、どんどん言っていってよ!」
「ああ⋯まぁ、、例えば⋯『回鍋肉』って俺が言ってぇ、それが近いかも!!って感じたら、中華料理をどんどん言っていけばいいのね?」
「そ!そゆこと!」
真横の座席だからこそ出来るこの謎のゲーム。
メザーノールの昨晩のメシ記憶呼び起こしゲーム。
ゲームが始まると、メザーノールは自然な流れでこっちに身を寄せてきた。もう十分に俺との距離は近いと思うのだが⋯。
「⋯⋯⋯えっと⋯⋯」
一投目。俺はメザーノールの好きな食べ物を知らなかった。だから一切の予備知識無しで挑む事になる。さて⋯何を投げたらいいのだろう⋯。まぁここは無難にどんぶりものでも行ってみるか。
「牛丼⋯?」
「ううーーんん、違う。違うなぁ」
「てかこれさ、俺が食べ物の名前言って思い出せる感じなの?相当な記憶喪失だと思うんだけど。たとえ俺が名前言ったとしても、それが当たりなのかハズレなのか判断出来る??」
「それは出来る!絶対に出来る!大丈夫!何かね⋯こう〜⋯フワワァーン⋯って感じで浮かんで来てはいるのよ」
「輪郭的なもの?」
「そうだねぇー、輪郭かなぁ⋯なんだろうなぁ⋯ハイカロリーなものだとは思うんだけどねぇ〜。⋯⋯ティリウスもあるじゃん?昨日の夕飯なんだったっけ⋯ってさ」
「いやまぁ無くはないけど⋯」
これは建前。本音で言うと俺は昨日のご飯を忘れるようなユルユルの脳みそでは無い。昨日はもちろん、一昨日も更にその前の日も覚えてる。
昨日は、とんかつ定食
一昨日は、中華丼
一昨々日は、焼きうどん
俺的には、このぐらい覚えてるのが普通⋯だと思っているけど、これは異常なのか?分からないし、分かる必要性も無い事項にそれほどの思考を巡らせるつもりは無い。俺はメザーノールの昨晩の夕飯を命中させる謎のゲームに挑む。
「お寿司?」
「違う。だったら覚えてる」
「あーー⋯⋯⋯」
高級だったらよく覚えてる⋯との解釈でいいのだろうか⋯となれば、料理の幅はかなり縮小されるな。一応、この料理も提示してみる事にしよう。
「うな重?」
「違う。それも食ってたら覚えてるよ」
「なるほど⋯」
絶対にそうだ。間違いない。メザーノールが昨日食べたのは安い食いもんだ。お寿司、うな重⋯他にも⋯フレンチ系のものかな。“高級感のある”、普通の理屈で考えてゴージャスな雰囲気漂うメシは、彼の記憶にこべり着くもののようだ。つまりは、いつでも簡単に食べられるような、そんな料理を提示していけばいい⋯という事になる。これはかなり料理を提示していくカテゴリーが減少したな。
⋯⋯⋯なんか、俺⋯⋯ノってないか?
うん、多分これ⋯ノってるのよな⋯。
「中華丼?」
「違う」
「餃子!」
「違う」
「ラーメン!」
「違う」
「パスタ」
「うーーん⋯⋯違うなぁ」
「考える時間あったけどそれはなんなの?」
「いや、“パスタ”って言われても種類が沢山あるじゃん?普通の麺系のパスタもあるし、ファルファッレとかマカロニとかリガトーニとかフジッリとか⋯」
「ああ、、、“パスタの種類”ってそっちね」
“パスタソース”の方かと思ってたよ。
「もしかしたらそれのどれかに該当するものがあったのかもしれないなぁって思ってたから、時間食っちゃった。でも、違うみたい。パスタは昨日食べてない」
「ああ⋯そうか⋯⋯⋯。ステーキ?」
「あ!ステーキはね!昨日のお昼に食べたの!」
「そうか⋯」
「なんか⋯謎解きみたいでたのしいね!」
「あ、そう?メザーノールは楽しくないんじゃないの?俺がただただ当てにいってるだけだからさ」
「いいや!そんなことないよ!だって俺も分かんないんだもん。今んとこ」
「そうだよなぁ⋯。これ⋯“クイズ”とも言えないし⋯なんなんだろうな⋯新感覚なクイズだよね」
「出題者が正解を分からないクイズ。このフォーマット売れますな!」
「先ずはこのパイロット版を俺が当てないとね」
「そ!じゃあ当てて!」
⋯⋯と、言われてもなぁ。昨晩の昼にステーキを食べた⋯。それは思い出されたんだよな。
「そのステーキのグラム数って覚えてる?」
「400g食べたよ」
「そんなに食ったの!?!?」
「うん。美味しかったよ〜!他にもライスとコンポタを食べたね。ライスは中盛りに抑えた感じかな」
「じゃあ、ステーキをメインに食べに来た⋯っていう感じなんだ」
「そう、、、ね。まぁ、当たり前っしょ」
「いやまぁ⋯⋯よ、よよ、よよよんひゃく?マジで?」
メザーノールがまさかそこまでの大食漢だとは知らなかった。確かに身体は大きいけど、それは横にじゃなくて“縦”にだ。170cmに達するほどの身長を誇っている。
「昼飯はもう完全お腹パンパンになったんだ?」
「もう、パンッパンだよ⋯!鉄板のサーロインステーキをガブッといったからね!ジュワジュワいってたよ。ジュワジュワ」
「てことはさ、夜⋯食べてないってことはありえない?」
「いや!それは無い!絶対に無い!」
「あー⋯⋯そう⋯⋯。ステーキ400gは余裕で食べれたの?」
「食べれたね!ぜんぜん食べれた!けど、完食後に『ゔぅああーー⋯』ってキタね」
「なるほどなるほど⋯」
なんだか楽しくなってきたな⋯。ここまで来たら当てたい。てか、あともう少しで正解に辿り着きそうな感じがするんだよな。なんだろうこの感じ。引っ掛かりがなんかあるような無いような⋯⋯⋯⋯。こんな深く神経を尖らせる必要性のあるゲームだとは思わなかったよ。俺は顔面に力を入れて、脳をフル回転させる。横目でメザーノールの表情を見ると、彼は彼で『何食べたんだっけ、、、』と思い返していた。
俺が当てるか、ティリウスが思い出して俺の回答に真正面から『正解!』と言うのか。
こりゃあ面白くなってきたな。よし、このゲームに対する気持ちを改めよう。マジで当てに行くために考察を立てていくことする。
◈
昼飯に400gのサーロインステーキを完食出来るレベルの胃袋を持ち合わせているメザーノール。昼飯後はパンパンなお腹を維持していたらしいが、晩飯はしっかり食べた⋯という。
やっぱり400gって相当だけどなぁ⋯。フードファイター⋯いやまぁそこまで匹敵する程じゃ無いけど、ちゃんと前日に腹を調整しておかないと無理だよな。メザーノールって元々こんな感じの人間だったのか⋯な?
あ、、、、なんか、ピンとくるものがあったかもしれないぞ。俺は“夜飯”っていう言葉を狭く考えすぎていたかもしれない。夜飯だからってガツガツ食べるとは限らねぇじゃん⋯。そうだよな。夜飯⋯まぁ晩飯か。どっちでもいいよな。“晩飯”にしようか。
料理というものをもっと大きな視野で見ることにしよう。そして彼の胃袋の広さも考えて。それで行くと、ガツガツしたものじゃ無くて⋯あっさり系?サッパリ系?簡単に食べられるもの?⋯⋯なんじゃないか⋯と思った。ここで俺は一つの回答を提示する事にした。
「サラダ?」
「違う」
いつもの回答通りの速度、スパッと否定された。なんかまるでもう、答えを把握しているんじゃないか⋯と思えるような感じだった。
「メザーノール、もしかして⋯答えもう思い出した?」
◈
ティリウスが俺の昨晩の料理を当てるクイズに挑戦している中、俺は俺でこのクイズのゴールである“答え”に辿りつこうと必死で頭をフル回転させていた。けど⋯全く思い出せない。まっっったくだ。“昨日”という概念があったのかすらもままならない状態なんだが⋯。あ、別に誰からかの魔力を受けているなんて事は無いと思う。
まぁ昨日の事をこれでもかと思い出せないので、“魔力を受けてない”という事の確証は出来ないんだけど。なんでかなぁ⋯ただの人間的なバグであって欲しい。こんな事で、これからも続く病気が発見された⋯なんて事があれば最悪だよ。脳みそに障害が見つかってたらどうするよ⋯。すげぇ嫌だよ。だがそこまでの心配はただの夢物語。昨日の記憶は夜のメシのみが削がれているだけ。
⋯⋯⋯⋯
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯いや、それが一番怖ぇんだよ。
なんで晩飯だけの記憶が脳から削除されてんだ⋯。
ティリウスが正当な答えを導く前に、こっちはこっちで規範回答をある程度は頭ん中で思っていた方が絶対いいよな。その立場になった方が、“出題者”って感じがしてめっちゃ楽しくなるよな。余裕になりたいよ。俺、出題者なのに、この問題の答え知らねぇんだもん。どんな出題者だよ。どんなクイズだよ。果てしなく自身を責めたくなるよ。
神経が今、全て脳みそに直結されている。それのせいでティリウスからの回答に『違う』としか言えなくなるんだ。こっちはこっちで考えてるから。下手したらティリウスより脳をぶん回してる可能性もあるよ。
ただし、この情報は相手にも伝わっている。
『なんか出かかってるんだよなぁ⋯』という言葉をティリウスに残しているんだ。ティリウスから引っ掛かる言葉があれば、俺はその料理名を頼りに答えが判るかもしれない。だが俺は今、ティリウスの考えを持たずして、正解に辿り着きたい、と願っている。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はぁ、無理だ。
◈
晩飯までの空白の時間。間食は食べていないのだろうか。ちょっとそれについて聞いてみる事にしよう。
「メザーノール、間食はなんか食べた?」
「えっとねー⋯⋯⋯」
晩飯が思い出せないのだから、間食も思い出せないのか⋯?メザーノールは凄く思い悩んで、一つの答えに導かれたように顔を上げた。一応言っておくが、授業は依然進行中。しかし俺とメザーノールは授業なんかに意識を向ける暇は無く、マジでガチに“メザーノールが食べた昨晩のメシ”についてを考えていた。
「ないね」
「食べてない?」
「うん!食べてない!」
キッパリと断定した。きっとこれは間食の時間までの記憶は鮮明に思い出された⋯という事なのだろう。基本的に間食と表現されている時間帯は15時。⋯⋯決めつけない方がいいか。⋯⋯⋯聞くか?ただこれって⋯⋯この時間帯を聞くのって野暮な話なんじゃないのか。
“聞きすぎ”。このゲームがつまらなくなる。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯聞こか。
長考の末、聞くことにした。
「聞きたいんだけどさ、間食があったとして⋯どの時間帯に食べたりする?」
「いつだろうなぁ、あ、主には16時半以降かな」
「あ、なるほど⋯判った」
「え、こんな質問でなんかが判った感じ??」
「うん、なんか⋯ビビっと来たな」
間食の時間。やっぱり聞いて正解だった。普通は15時が定則だと思っていたが、メザーノールの家庭は違うようだ。16時半からが間食イコール“おやつタイム”だと言う。中々に変則的な時間だな⋯と思った。ただこれ、16時半って⋯もうほとんど夕方、晩飯の時間まで残す所僅か⋯といったところでは無いのだろうか。
ここで俺は晩飯の開始時間も聞こう⋯と一瞬思ったがその案は直ぐに投げ捨てた。流石に、おもんない。聞きすぎだよ。“ミリオネア”と同じ。“出題者へと質問”というライフラインはもう使い切った。俺だけの世界で構築されたミリオネア空間。救済措置として支給されていたこれを、“間食の開始時間”に使って良かった⋯と思っているけど、もっと他に有益な情報が得られる場面があったかもしれない、なんて思うと、もはやそれは永久機関。もう要らぬところに思考を回すのはやめにしよう。
メザーノールの家庭。晩飯の時間が普通規則に則っているものとするなら、きっと19時~20時辺りだと思われる。間食も食べてない⋯で、お腹の空きようも考慮すると、きっと特殊な料理を食べたのでは無いか⋯推察の域に達した。たとえば⋯スイーツ、だとか。可能性としてはぜんぜん有り得る。更にはサーロインステーキ、という所にもかなり引っ掛かる部分がある。俺の勝手な思い込みプラス、独断と偏見なのだが、ステーキなんて普通の日常に於いて食える料理なのか⋯とは思う。
【この男は今からステーキに対しての意見を述べます。ですがその意見はあまりにも非常識的な考えであり、世間体をフル無視している内容という判断に至りました。とは言え、現在のシナリオ一人称ベースラインは、ティリウスにあります。彼から発せられる言葉を尊重し、ありのままに書き綴られる事をご了承ください。決して、肉料理を卑下するような意図はございません】
だってさ、ステーキもステーキだけどさぁ⋯“サーロイン”って言ってたじゃん?俺、そんなの食った事ねぇよ。こんなの普通の日で食べれるもんなん?ダメでしょ?何かしらのイベント事が無いと食べちゃいけない料理だと俺は思ってんだけど。そうだよね?違う?絶対そうだよ。こんな横文字、日常で言わないもん。でも、、なんか、メザーノール⋯『サーロインステーキ』っていう横文字に慣れてる感あったな。うん、あったあった。不必要な所にもこのような監査が発生してしまうのは、もはや俺の特病とも言えるものだ。気になる事があれば、正解が導かれるまで追求していきたい。ステーキをもっと“肉料理単体”として見る事にしよう。これによって、俺は何かしらの行事が予定されていたんじゃないか⋯と睨むに至った。随分とここに行き着くまでの行程をすっ飛ばしたように思えてしまうが、これはもうしょうがない事だ。だって俺がそう思ってしまったんだから。て、なるとだよ?行事⋯行事⋯行事⋯友達と食べに行ったって言うのは、なんか前段階で喋っていそうな気がするんだよなぁ。ただの“カン”にはなるんだけどさ。そうなってくると考えられるのは⋯身内の誰かのイベントって事になるよな。身内で起きたイベントすらも覚えないっていうのは、ちょっと後でメザーノールには検尿の必要性を感じるぐらいに身体的な面で心配になる。だけど、俺は何か電気が走ったかのように身体中にビリリっと刺激するようなものを感じてならない。
誕生日。
身内の誰かが誕生日だったんだ。だから昼飯にそんな豪勢なものを食べれたんだ。メザーノールの誕生日は2月10日。メザーノールの誕生日祝いでは無いことがここで判った。まぁさすがのさすがに当人の誕生日を忘れる事は無いだろうと思い、直ぐにその考察は身内の誰かに移行。かといって、身内の誕生日祝いが昨日あったことを忘れるのも大概だとは思う。
誕生日祝いと言ったら、やっぱりホールケーキだよね。
昼飯にサーロインステーキという腹に溜まるものを食べて、夜飯は本格的なバースデーを祝すためのケーキ。つまり、俺の回答は⋯⋯⋯⋯
「ケーキじゃない?」
答えが導き出されてから、声に発するまでの時間はそう長く掛からなかった。めちゃくちゃに自信のある答えだったからだ。
「⋯⋯⋯!!そうだ!そうそう!ケーキだよ!ケーキ!お姉ちゃんが誕生日だったから、それのお祝いでケーキを食べたんだった」
「マジで!?はぁああああ⋯嬉しい⋯!!」
と、同時にメザーノールの体調を心配する。
「いや、てか、メザーノール、大丈夫?昨日の事、ガッツリ忘れてんの?」
「そう、、みたいだね。なんだか⋯そうね。ガッツリ⋯忘れてたよ⋯⋯!でっかいショートケーキのホール型。家族みんなで食べてたわ!いやぁなんでこんな事忘れてたんだろうね!アハハハハ」
メザーノールは笑ってこの話を終わらせようとしていた。
結構危ないと思うんだが、ここまで心配する方がおかしいのかな⋯と思い、俺は授業へと意識を向け直す事にした。現に、俺が教壇へ向ける前にメザーノールの方が向けていたのだ。
聞かれたくない事が、あるの?
歪な時間が流れた⋯とは露知らずのメザーノールの顔面。俺は彼の顔を見続ける事が出来なくなり、必然的な流れで授業へ意識を向ける事にした。
彼の眼差しは、一点だけを見つめる瞳。先程まで俺と密談をしていたとは思えないような顔の作り。精巧なガラス玉で出来た眼球が埋め込まれているようにも見えた。
彼のこの姿はまるで、今までの会話とこのゲームが“過去に存在していなかった偽りの記憶”として排除された事を示唆しているようだった。俺は怖くなり、乱れた呼吸を整えながら、その授業の終わりまで耐え凌ぐ。あと、尿意が凄い。早く、授業が終わってほしいと切に願いながら挑む授業は、ぜんぜん頭に血が昇らず、血流の悪化がだけが見え隠れする運びとなった。
俺達、、の物語が始まります。乳蜜祭はまた後で直ぐに戻ってきます。




