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“俗世”ד異世界”双界シェアワールド往還血涙物語『リルイン・オブ・レゾンデートル』  作者: 虧沙吏歓楼
第拾壱章 エリュテイア・ゲートウェイ/Chapter.11“AnotherDimension”
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[#95-穿孔のラビウム]

天根集合知ノウア・ブルーム

天根集合知を持つ者の事を、【天根集合知】とも言いますし、【ノウア・ブルーマー】とも言います。

あと、天根集合知の読み方は【アマネシュウゴウチ】です。

【テンコン】ではありません。

[#95-穿孔のラビウム]


「2人って、相当すきなんだね⋯薔薇のお姉ちゃんのおともだちのこと」

「好きというもので済む話では無い。僕とアスタリスにとって、姉さんは可能性だ」

「“可能性”⋯?」

「ああ、可能性さ。俺らを高みに連れてってくれる⋯」

「薔薇のお姉ちゃんのおともだちに、そんな可能性があるようには見えなかったんだけどー、、、」

「もういい?教皇と話していると、虫唾が走るんだよね」

「優しい口調で結構尖ったことをいってくれるんだね⋯。ソーゴが、幼い少年であることをお忘れですか??」

「⋯⋯⋯⋯」「⋯⋯⋯⋯」

「まーた、だまるかんじですね⋯。まぁ、、、仕方無いかな、、、よし!ここは気分転換にぃ!おふたり様お待ち遠しのぉぉ⋯、、、、、薔薇のお姉ちゃんと薔薇のお姉ちゃんのおともだちがいる場所に、2人を転移させようかとおもいまーす!」


教皇がそう言うが、2人は言葉で反応する事は無く、教皇から発動されるであろう空間転移に相当する能力を今か今かと待っていた。

「恥ずかしいなぁ⋯そんなに見られると⋯」

2人が無表情で、教皇に眼差しを向ける。そんなリアクションいいからさっさとやってくれ⋯と言わんばかりの態度だ。

教皇も教皇だ。こうして言葉を無邪気に吐く事よりも、優先してほしい事柄があるのに、リミッターが外れたようにベラベラと苦言を垂らす。

教皇は分断壁に近づく。分断壁から所定の場所までは、そこまで遠くは無い。だが、歩きや走りで行けるような距離では無かった。つまりは、空間転移を実行し、瞬時に分断壁まで行き着いた。サンファイア、アスタリスは教皇から何も進言されること無く、空間転移を受ける事となる。2人はその模様に驚く素振りは見せていない。

教皇は分断壁まで近づくと、何故か一定数の距離を保った。眼前へと接近し、数歩後退した形だ。どうして眼前まで接近したのかは分からないが、その距離まで物理的に接近しないと、判断出来ない事があったのだろう。


「じゃあ、おまたせしました。サンファイア、アスタリス、たくさんのくなんがある場所だとおもうけど、精一杯どりょくすればなんとかなるとおもう!」

教皇は右手を近づける。その刹那、右手から放出される黒色と白色の粒子が視認された。

右手から放出される粒子が分断壁に注ぎ込まれると、壁の硬質が弱体化を遂げる。最初は注ぎ込まれた箇所のみが、弱体化を遂げていた。しかし、時が経つにつれ、注入された箇所の周辺へ向かって、壁の硬質が解かれていく。

次第に壁から、鴉素エネルギーと蛾素エネルギーが消失していき、“向こう側”の光がこちら側に行き届いた。一つ出来上がった穴は、そこまでの時間を割くこと無く、直ぐに穴が拡がっていった。鴉素エネルギーと蛾素エネルギー。2つの粒子が統合されたことによって生まれた『ウプサラ』。そのウプサラが生んだものとして、司教兵器ウプサラソルシエールが、一番に上げられるが、この分断壁も『ウプサラ』によって生まれた産物だ。


教皇はウプサラで生まれたものをウプサラで書き換えた。これによって、分断壁にはマイナスグラビティが掛けられ、穴を開ける事に成功した。“成功”という言葉が適切なのかは分からない。教皇が自分で出して、自分で消した。

サンファイアとアスタリスは敵。2人が助けようとしているフラウドレスも敵。ヘリオローザに関しては不明。教皇⋯いや、もっと大きな存在と敵対視していた事があるヘリオローザは、教皇を始めとする戮世界テクフルとどんな密接な関係性があるのか⋯。


「あいたよ。あいたね。この先が、2人が待ち遠しにしてる女の子がいる場所だよ」

「行こう」

「ああ、言われんでも」

穴の先はまだ見えない。主に光がかっており遠方を視認することが出来ない。もっと近づく⋯つまりは、向こう側に行かなければ、フラウドレスがいるエリアの現状を確認出来なかった。そしてセラヌーン姉妹だ。戦闘を繰り広げていると思われている2人の現状を、考えずにはいられなくなってきたサンファイア。当然、アスタリスにセラヌーン姉妹の事を考えている余裕は無い。


2人は開けられた穴の中へ入る。アスタリス、サンファイアの順番で、中に入っていった。その際、サンファイアの耳元に教皇の声が聞こえてくる。しかし、教皇自体がサンファイアに接近した訳ではなく、“声のみ”が、サンファイアの耳元に囁かれた⋯という形だ。穴への意識を集中させていたので、突如の教皇ボイスには驚きを見せるサンファイア。

『エリュテイアの嫦娥、“バルディラス”を忘れない方がいい。これは戮世界テクフルの上級権力を司る“シルウィア一族”からの忠告だ。サンファイアとアスタリスと⋯薔薇のお姉ちゃんのおともだちはよく似ている』


「⋯⋯」

後ろを振り返る。教皇の声がしたからこうなるのは当然だ。教皇の姿が見えた。教皇は口元に右手人差し指を添え、唇をとんがらせている。あざとい⋯。

『しー』。


どうして教皇は最後、肉声を発さずに、自分にしか聞こえない声を届けに来たのか。


「どうした?サンファイア」

「いや⋯僕にしか聞こえてないみたいだ⋯」

「あ?まぁたあのガキ、何か言ってきやがったのか?」

「うん⋯そうなんだけど⋯⋯まぁ大丈夫だよ」

「あー、まぁ俺は興味がねぇな」

「うん、アスタリスは聞かなくてもいいことだと思う」

「なんかそう言われると、気になりそうになるもんなんだよなぁー!」

「だいじょうぶだよ。アスタリスは、気にしなくていい事だ。教皇の事を少しでも早く忘れたいだろ?」

「ああ、そうだな。サンファイア、お前の言う通りだ。もうガキに翻弄されるのはウンザリだ」

「行こう、穴を進もう」



穴。分断壁の中に相当する長い長い、穴。カナン城周辺を分断した壁の正体は、教皇が放出した鴉素エネルギーと蛾素エネルギーの統合体『ウプサラ』で作られている。そんな壁の中は、とても長い道程だ。入ってからしばらくするが、中々出口に辿り着く事が出来ない。サンファイアは後ろを振り返る。

「僕たち⋯こんなに歩いたっけ?」

「いや、歩いてないな。まだ26しか歩いてないぞ」

後方を振り返ると、明らかに遠すぎる穴の入口⋯つまりは教皇によって開けられた場所があった。

走ってなんか無い。早歩きもしていない。スタスタと歩いていただけだ。フラウドレスを心配しているのに、サンファイアとアスタリスは、“徒歩”で向こう側へと向かっている。

「なぁ⋯ここ⋯おかしくねぇか?」

「うん⋯⋯なんというか⋯とても長居出来た場所では無い⋯」

「俺、何回も“走ろう”って思ってんのに、全然足に力が入らねぇ。かといって別に、歩けないぐらいの力が無いことでもない⋯⋯その狭間みたいな感じがスゲェむかつく、、、、」

「そうだね⋯僕も早く姉さんのところに着きたいのに⋯まるで先走るな⋯って言われてるみたいだよ」

「この“穴”にか?」

「うん⋯⋯それしか無いでしょ?アスタリスと僕以外に、誰もいないんだから」

「誰⋯ねぇ。穴のことを“人物”とでも思ってんのかよ」

「戮世界は、非常識的な事が次々と発生するのは、もう慣れている。きっとまだ僕らが知らない真実がたくさんあるんだよ。教皇よりも権力の高い存在がいることも明らかになったし」

「なんか言ってたな、戮世界の権力統制システムを理解しようとは思わねぇけど、聞けるなら聞いときてぇな、それ」

「戮世界⋯ここから早く抜け出して元いた世界に戻りたいけど⋯もしかしたらそれは叶わないかもしれない。こうして穴の中を歩き続ける時間だって、こんなに長時間になると思ってなかった訳だし⋯」

「ほんとうぜぇよな。あのガキ調子乗ってんじゃねぇのか?もしかしてこれってよ⋯俺らを騙す罠だったりしねぇか?穴の上。天井がさぁ⋯」

「天井⋯?」

地上から天井までの高さは、8m程度。両者のルケニアを顕現させれば、天井なんて容易に触れる事が出来る。実際は8m以上もの高さの天井でも容易なのだが⋯。アスタリスは天井を指差して、次のような事を言った。

「なんだ、、、サンファイア、お前には伝わらないか?」

「ん?」

アスタリスはずっと指を差している。それだけの行為をサンファイアに見せてきている。いったい何をしようと⋯何をつたえたいのか⋯よく分からないサンファイア。理解しようと、アスタリスの顔と人差し指と中指を凝視した。しかしどうやっても理解することが出来ない。何か小難しいクイズでも出題されているのかと思った。

「なに?アスタリス。ずっと指差しなんかして」

「はぁ⋯⋯俺だけか⋯やっぱりな。サンファイアの顔色を見ても、不安を覚えているような感じなかったし⋯」

かといって、アスタリスの表情も変わったようなところは見られていない。つまりアスタリスは、平常心を保つ事に努めていた⋯と言える。天井から何らかの不穏物質が、本当にあるのなら⋯の話だが。


「見えないのか?」

「見えない⋯?何かがあるの?天井に」

「ああ⋯気持ち悪い事を言ってすまんが⋯」

「うん、なんかアスタリスらしくないよ。そんな恐怖体験みたいなの」

「そうだよな⋯俺らしくねぇよな⋯。だけどさ、それはお前も同じだろ?」

「え?ああ、なんか⋯そんなこと言ってたよねアスタリス」

「ああ、セラヌーンの女に、変なクスリでも飲まされたんかと思ったぜ」

「んふふ⋯そんなことないよ。安心して」

サンファイアとアスタリスに、微笑みの時間が訪れる。なんだか2人で笑い合いなんて久々な気がした。少しでもこんな時間が続けばいいのに⋯とサンファイアは思った。アスタリスもそう思っているが、大半はここから早く出たい⋯と願いが心を占めていた。



穴はまだ続く。流石におかしいと感じて来たサンファイア。アスタリスもそうだよね⋯と思い、サンファイアは彼へ顔を向けた。するとアスタリスはずっと⋯ずっと取り憑かれたかのように天井へ意識を向けていた。穴へ入った時から、ずっとずっとずっとサンファイアとアスタリスは並列に歩いていた。本当は走りたかったけど⋯。止むを得ず、徒歩を選択している。

アスタリスの黒目が天井を見届けている。平常とは思えなかった。何か嫌な予感がしてきた。穴はサンファイアが創成した⋯と思われる空間と同じ系統。色覚表現には数多くの差異が発生しているが、“サイケデリック”と“コラージュ”、この2つの世界観は同等だった。穴に入った瞬間から、今までは気づかなかった事だ。


何故か⋯。


そう、何故かそれは⋯アスタリスの黒目が天井へ“ひん剥いている”事を確認してから気づいた事象。

イマイチ自分の現状を理解したく無くなった。アスタリスがどうして天井を眺めているのかを問い掛けてみる。

「アスタリス、どうしたの?」

横にいたのに、気付けなかった。“自分に対しても”気持ち悪く感じてしまっている。

「⋯⋯⋯⋯」

アスタリスは答えない。答えようとする気が無い。操られている訳でもない。だって黒目を天井に向けながら歩いているだけだから。こんな単調な事を仕掛ける“何か”がいるのか⋯。

アスタリスは先程言っていた。天井からの雰囲気を感じてならない⋯というような事を。


「アスタリス、アスタリス!ねぇ⋯大丈夫?」

先程よりも強い声を出した。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

状況が変わるような事は無く、黒目は天井へ。

するとアスタリスの目の前に、障害物が出現した。今まで歩いていてそのような物は一切無かった。エリアとエリアを繋ぐ“穴”の中心地を意味しているのか⋯何らかのマーキングかと勝手に理解をしているサンファイア。

「アスタリス、危ないよ。当たっちゃうよ」

アスタリスの目の前にまで迫った障害物。先程、初めて確認した時は障害物の様相を完全に把握出来ずにいたが、間近で見ることによってようやく、障害物の様相を明確に出来た。


「磔の、十字架⋯⋯⋯」

イエス・キリストが、ゴルゴタの丘にて磔刑に処された際の十字架。まさにそれだった。イエス・キリストはその後、ロンギヌスの槍によって処刑されるが、数刻が経ち、復活を遂げる。

アスタリスは十字架に近づく。真正面にまで捉えられた十字架に臆することなく、接近。サンファイアはアスタリスの進路を変えようと、身体を横にズラした。

「アスタリス⋯ちょっと⋯どうしたんだよ⋯!ねぇ!アスタリス⋯!」

全然動かない。真っ直ぐの進路を変更する事ができないのだ。

どうして⋯?動いてはいるのに。一歩二歩⋯と足を動かしているのは確かだ。停止しているわけじゃない。なのにどうしてアスタリスの進路を変更する事が出来ないのか⋯。

押しても押しても、なんなら蹴ったりもした。ルケニア『ラタトクス』を顕現させて無理矢理にでも進路を変えようとしたりもした。


それでも、アスタリスは真っ直ぐ突き進む。

やがて、そもそも何故自分は、このような事をしているのか⋯と思うようになっていくサンファイア。

「⋯え、、、何してんだ⋯僕⋯。そもそも⋯どうしてあの十字架に当たったらダメなんだ⋯って思っているわけ?イエスの十字架に似ているから?ただそれだけの理由?どうして戮世界にイエスの磔刑に使用されたものと酷似している十字架があるの⋯?これも⋯ミュラエが言っていたシェアワールド現象の一つ⋯?、、、とにかく、なんでかは分からないけど⋯あの十字架には当たっちゃいけないような気がする。アスタリスはあの十字架を目指しているようにもなってきていた」


その推理が明瞭になったシーンが今ここで訪れた。


「アスタリス!」

アスタリスが微小な進路変更を実施。一生真っ直ぐ進んでしまうのかもしれない⋯と少なからず思っていたサンファイアは、その異変に気づくと、いつの間にか彼の名前を叫んでいた。嬉しかったのか、更に不安が募ったのか⋯様々な感情が掻き立てられた結果が、“叫び”だった。

アスタリスの進路変更によって、真っ直ぐの進路は僅かに変更され、右斜めへと進路が書き換えられた。だがその進路変更は直ぐに取り止めとなり、また直進していく。一回、直進行動から逸脱した事によって、十字架への直撃は回避された。サンファイアは安堵するが、完全に安堵し切れない。

アスタリスが常時、黒目を上に向けたままだからだ。直りそうもない。怖い⋯とかいう次元の問題では無くなる。


「アスタリス⋯⋯」

声を掛けても反応は無い。もう、反応が無いことを承知の上で、彼に語りかけていた。そんな自分がいる事に⋯悔しくてたまらなくなる。

「サンファイア⋯」

「⋯!アスタリス」

急に声を出したアスタリス。発声を起こす前には、呼吸の微弱な振動、さらには呼吸器官の息吹が感じられるが、それに関する事象は無かった。アスタリスは“ぶつ切り編集”を成されたかのように、突然声を出したのだ。

「今、天井を見てもらえる?」

「今⋯⋯、⋯⋯!?」


『今⋯』。この言葉を歪に思ったのはサンファイアだけでは無いだろう。先程まで見えていなかったものが、今になって見えているはずだ⋯とでも言われているような口振りだったからだ。天井を見ると、そこには巨大な謎の船が航行を果たしていた。

「なんだ⋯⋯これは⋯⋯」

「俺にも分からない。ただ⋯どうしてか、お前と俺⋯見えない人間と見える人間がいるみたいだな」

「アスタリスは⋯これ、ずっと見えていたの?」

「ずっとではないけどな。穴に入って⋯しばらくしてから見えたぐらいだ」

「その⋯天井を見続けるの⋯疲れないの?」

「疲れる⋯?何をそんなに馬鹿な事を言ってるんだ。疲れていても眺めてしまうぐらいに、良いものだぞ」

「はぁ?⋯⋯なぁ、アスタリス、どうしちゃったんだよ⋯」

「あの船が見えるだろ?今なら、お前も」

「ああ、あの⋯機銃を備えてる戦闘機みたいな船だろ?」

アスタリスにSF嗜好があったか?戦闘機を見て、興奮を覚える人間だと把握した事は無い。

「あの船が、、俺を呼んでる気がするんだ」

「船が⋯⋯アスタリスを呼んでいる⋯?」

「名前を呼んでくれるんだよな。なんでだろうな⋯。こんな“他人”だってぇのに、あの船から呼ばれると心が落ち着くんだよ。落ち着いて落ち着いて⋯なんだか、愉悦を感じる域にまで達してくる⋯」

「アスタリス⋯」

明らかにおかしい。通常のアスタリスでは無いこと分かっていたが、グレーゾーンを超えている。明確にラリってしまった事が判明し、サンファイアはアスタリスに正気を取り戻すよう、促した。これが最善の策だとは思えなかったが、現在の対応としては一番に適切なものだと思った。その“正気を取り戻させる方法”というのは、ルケニアによる同種族共鳴救済。

ルケニアとルケニア。2つのルケニアが相互的に求め合う事で、互いのどちらかに発生した障害を克服する事が出来る。だがこれはルケニア同士の絆が一定値を超えていないと成果を出す事が出来ない、友情と団結力が試されるシステムだ。

サンファイアとアスタリスの友情・団結力は説明不要。この2つの言葉では表し切れない、太くて硬いパイプで繋がっている。共鳴救済を発動させる条件はクリアしていると言えよう。

「アスタリス、分かる?僕のルケニアだよ。受け取れるよね?アスタリスだったら、僕のルケニアから、僕の気持ちが読み取れるはずだ⋯」

サンファイアのルケニア『ラタトクス』がアスタリスを包み込んだ。アスタリスはそれを受け入れる。特に反抗の意識は無い。サンファイアとしては当たり前だが、“他人”と思われていない事に、一様の安心を抱いた。

アスタリスがサンファイアのルケニアを認識したのか、黒目を上方向から平行へ戻した。

「サンファイアのルケニアを、感じる⋯なぜだ?どうしてサンファイアは⋯ルケニアを衝突させようとしているんだ⋯」

「アスタリスの今がおかしいからだよ」

「おかしい⋯それは⋯船が見えている事に関してか?それとも⋯なんだ⋯?」

「それもあるけど⋯⋯今はとにかく、普通のアスタリスが戻ってきてほしい⋯それだけだ」

「俺は普通だ。普通も普通」

声色。普通。いつもと同じ、アスタリスの声。何も感情を起伏させていない、何事も起きていないかのような普通の感情。

天井にて航行中の船は依然健在。まるでアスタリスとサンファイアが連れているペットのように、平行移動を果たしている。どこまでついてくるつもりなのか⋯それとも、2人が“穴”へ入って来た事を警戒しているのか⋯。

サンファイアは、船に対しての疑問を持つ。船への疑問が絶えず行われるのは、天井を張り付くように蠢く船の動きがあまりにも“生物的”だったから。

うねったり、不規則に急停止したり、突拍子も無く動いたり、触覚・尻尾らしき部位を持っていたりと、機械構造物で無いことは間違い無かった。



『戒律⋯。それは3つの基本原則として成り立ちうる、次元構わずの規則だった』

「⋯⋯⋯なんだ、今の⋯⋯」

サンファイアに聞こえる声。人間が発する声のようにも聞こえたが、正体は分からない。アスタリスには聞こえているのだろうか。だが次の瞬間、アスタリスが天井へ再び黒目をひん剥かす。それは、とても自分の意志とは思えない行動だった。サンファイアは一気に心配になり、声を掛ける。

「アスタリス!アスタリス!どうしたの!?」

さっきからサンファイアは、アスタリスに同じような文言を掛けてばっかだ。ボキャブラリーの低下が現在のサンファイアをよく表している。

「⋯⋯⋯⋯⋯見える。見えないのか?サンファイアには、まぁ、そうだろうな。俺とお前では歴然の差がある。もっとも、お前には見えなくてもいいものかもしれないけどな」

「何を言ってるの⋯ねぇ⋯アスタリス!」

アスタリスはサンファイアを罵倒する。こんな事、過去に何度もあった。だが今までのと毛色が明らかに違っていた。アスタリスは今まで、サンファイアの顔面をじっくりと凝視した上で、罵倒していた。しかし今回のものは、サンファイアへの意識を向ける事なく、真正面を見据えたまま言葉を発していたのだ。機械的な動きだった。

アスタリスの肩を触る。反応は無い。サンファイアの姿が見えていないように、全ての意識が“彼方”へ飛んでいる。

アンドロイドにでもなったかのよう⋯。


アスタリスの状況を、完全なまでに怪しく思うようになったサンファイアは、先程の声の主を呼んだ。それしか無い⋯アスタリスをこんな状況に陥れたのは、この声の主しかいない⋯と思ったから。


「何を見ている⋯さっきから⋯僕らになんの用がある?どうして、アスタリスの傍から離れない?」

『⋯⋯世界は無数に存在している』

「⋯!」

『この世界なんてほんの一部に過ぎない。多数の中から少数を見据えて、それから、一番星に成り行く存在を見つける。故に、それに値する存在だと思ったまでだ。貴様は、どうして戮世界に存在するのだ?貴様のような者たちは、戮世界ネットワークに記載されていないが⋯』

喋った。それも、普通の声色。人間が話しているような声。だが声の主は人間では無い、アスタリス、サンファイアと平行移動を果たしていた“船”が声の正体だ。

『聞こえているのだろう。貴様は何者だ?』

「アスタリス⋯に聞いてるのか?」

『いいや、アスタリスは、“ラビウム”の支配下にある』

「支配下⋯?ラビウム?」

『安心しろ。生涯を奪うような真似はしない。貴様らが出会した“白鯨”とは、異種類だからな』

「白鯨⋯⋯僕らが、白鯨と出会ったことがあるのを、知っているのか?」

『話は聞いている』

「では、どうして、僕とアスタリスの正体を究明するようなことを言った?」

『多くの人間をこの目で見て来ている。ラビウムからしてみれば、貴様ら人類など全て“同一化情報”。同じようなものだ。もっと特徴的なものであってほしいがな人間というものは⋯。なんだが⋯、アスタリスとサンファイアは、違うみたいだ。戮世界の住人からは放出されない“亜空の力”を感じてならないのだ』

「⋯⋯⋯⋯」

『ん?なんだ?その目は。ラビウムを疑っているというのか?』

「疑っているも何も⋯。天井に張り付くあなたは⋯いったい⋯」

『“ラビウム”と言ったら、ラビウムだ』

声は女性より。声だけで、ラビウムの正体を探るのは難しい。もっと詳細な情報が欲しいのだが、これ以上詮索する必要性があるとも思っていない。もしや、このラビウムという生命体が今後、自分達にとって大きな害悪となるなら、話は別になる。

『オービタルアサルト・ラビウム、フリゲート型“アンバスケード”。それが“カナ”の名前』

「オービタルアサルト・ラビウム⋯⋯⋯」

『もっと言うと⋯“種生命架橋次元裂溝航宙船”。次元と次元の間に存在する狭間を生きる、次元の監視役さ』

「カナ⋯というのはなんだ?」

『ああ、これは⋯次元を行き交う者の一人称だよ。先代がずっとそう言ってるから、カナもこうして、“カナ”って使ってる。特に意味は無いから』

「⋯⋯⋯⋯それで、僕らのなんの用?」

サンファイアは歩くのを止めない。アスタリスも同様だ。天井に張り付くアンバスケードが、2人の動きを監視している。サンファイアは疑問に抱く様々な事項をぶつけようと試みた。それを全部、回答してくれるとは思っていないが⋯。


『用って⋯先ず、こっちから聞きたいよ。そこまでして、フラウドレスを助けたいの?もう、彼女、生き返んないかもしれないんだよ』

「ん?何言ってる、姉さんは生きてる。さっき、僕とアスタリスは見たんだ」

『見たって⋯教皇が作った偽造スクリーンをか?』

「え⋯⋯」

『だから驚いたんだよ、ラビウムのみんなで。カナはきっと、それに気づいてる⋯って思ってたんだよ?“サンファイアとアスタリスは、セラヌーン姉妹を助けに行くんだ”って。だけど、さっきから聞いてると⋯違うみたいじゃん。フラウドレスを助けに行くつもりでいるじゃない?カナ、2人が心配になったから、干渉を試みたんだ』

「⋯⋯ちょっと待ってよ、、僕の回転が遅いんだ⋯。脳が⋯⋯回らないから⋯そんな早く喋らないでくれ⋯⋯」

『あー、、それはごめん。カナが悪かったよ⋯。“フラウドレスは死んでる、今から2人は、あっちに行って、戦いに参戦する事になるんだ。天根集合知ノウア・ブルーム同士の大乱戦にね』

「⋯⋯⋯⋯⋯」

『黙らされてるんだよ、簡単に言うとね』

「は、、、、、いや、、死んでない⋯死んでないよ⋯⋯」

天井にいるアンバスケードへ、強く投げ掛けた。すると天井を張り付くように航行していたアンバスケードが、地上を歩いているサンファイアとアスタリスの目の前へ場所移動。瞬間転移などを使わず、アナログ的な行動。目で追える速度、天井から地上へ⋯このシークエンスをゆっくりと実行させた。天井から離れたアンバスケードを目で追うアスタリス。だが地上へとアンバスケードが接触しかけた次の瞬間、アスタリスの瞳孔は元に戻り、通常時の黒目の形を取り戻した。取り憑かれたようなアスタリスの意識は戻り、サンファイアへ声を掛ける。サンファイアはアンバスケードが地上へ降りる瞬間を見ていたため、アスタリスが元に戻る瞬間を見届けられなかったのだ。


「サンファイア⋯⋯」

「アスタリス⋯!!良かった⋯⋯」

「聞こえた⋯」

「え?何を?」

「向こう側での争いと⋯フラウドレスの死を」

「⋯ちょっと⋯嘘でしょ⋯やめてよ、、アスタリス⋯なんなんだよ⋯おかしいよ⋯何さ、アスタリス、こんな訳の分からない“船”の言ってる事なんて信じてるの?」

「サンファイア⋯⋯俺だって、信じたくねぇけど⋯」

「なに?見たの?見たの?何を見たのよ?アスタリスが黒目をひん剥かせてる時に何か見たってぇの?何を見たのさ、ただただこの謎の船のお腹部分を見ていただけじゃないの?」

「⋯⋯俺は、穴の果て、向こう側に行き着いていた」

「見たの?姉さんを⋯」

「ああ、見たよ。この目でハッキリとな」

「じゃあ、アスタリスの目は節穴って事だね」

「サンファイア」

「なに?」

サンファイアは急ぐ。穴の果て、目指すべき向こう側へ急ごうとする。しかし、足が“走り”を許すことは無く、“歩き”が運動器官に伝達された。

アスタリスは急ぐサンファイアを止めようとする。声のみではあったが、サンファイアは徒歩を停止してくれた。顔を後方へ振り返り、アスタリスに顔を向ける。

「俺も行く」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯そ、分かった」

「アンバスケード」

『ンん?』

「俺に向こう側の景色を見せてくれたのはお前なんだよな?」

『カナが見せた。それがなにか?』

「ありがとう、一応、言っておく」

『⋯⋯うん』


船の形。戦闘機のようなミサイル発射装置と陽電子砲撃を思わせるビームエネルギーを収束させる砲塔までもが完備されている。極めて殺傷能力の高い物体だ。

オービタルアサルト・ラビウム、アンバスケード。

生命の実を宿した戦闘機。口も無い、耳も無い、鼻も無い。顔も無い。どうしてこれを生存対象として認識出来るのかな⋯僕には判らない。



歩いた。僕とアスタリスは歩いた。穴の果ての真相を知るために歩き続けている。天井からの視線は、僕にも判断がついた。アンバスケードとの接触を果たした事が原因なのだろう。アンバスケードの他にも、7つの“異形生命体ティーガーデン”を感知した。まるでその身をアピールしているかのように。

こちら側から覗いたり、気になったりする前に、オービタルアサルト・ラビウムの方から出現を連続させて来た。主に僕とアスタリスの後を追うのは“アンバスケード”。

アンバスケードの他にも7つのオービタルアサルト・ラビウムを確認した事は、これからの“穴”を突き進む際に必要なイベントなのだろうか。

それを判断するにはもっと多くの“アピール”必要なのだが、胡散臭い事に、アンバスケード以外のオービタルアサルト・ラビウムの声を聞ける機会は設けられなかった。喋れないのか、喋りたくないのか⋯何故、アンバスケードだけが僕らとコミュニケーションして来たのか。まったくもって検討もつかない。

天井を見ると、アンバスケードを中心に3~5の“船”が航行中。しかも天井の中⋯つまりは分断壁の内部と、今歩いている穴の中を往還するように蠢いているオービタルアサルト・ラビウムも存在。螺旋を描くように、入ったり出たりを繰り返している。

僕とアスタリスは、天井の光景を見て、不審がらずにはいられなくなる。アスタリスに“何か分かることはあるか?”と問い掛けたが、彼からは要領のある回答は無い。

無視⋯とまではいかないが、特に回答を提示出来るような十分な中身のある内容では無いのだ。

僕は勝手にそう思った。

アスタリスが、アンバスケードと接触したのだからもっと話してくれてもいいのに⋯とは思う。しかしながら、アンバスケードの事について一切話したくないのか、聞く耳すらもたなかったアスタリス。


「だいぶ、歩いたけど⋯⋯ていうか、“歩き”から解放してくれない?⋯ねぇ?聞いてるんでしょーストーカー!」

『ストーカー⋯カナのこと?』

「当たり前でしょ?」

『ここはカナ達の領域だよ。勝手に入って来たのはそっちなんだから』

「警戒してるって言いたいわけ?」

『そう、警戒している。2人の行動に、警戒している。何を起こすか判らない⋯それに戮世界の住人では無いというのが最大の理由だ。野ざらしにするはずが無いだろう』

「教皇に言ってくれない?ここを通した教皇ソディウス・ド・ゴメインドにクレームしてね」

『シルウィアの人間とは話したくない』

「シルウィア⋯ソディウス・ド・ゴメインドという名前は偽名なのか?」

『原世界の住人が知っていても意味の無い事。⋯⋯使徒座名は独立したネームを朔式神族より“対価”として付与されるのよ』

“意味の無い事”とか言って、すんなりと教えてくれた。


「アスタリス、大丈夫?」

「あ、ああ⋯うん⋯大丈夫だけど⋯?」

「いや、明らかにそうじゃなかったなぁと思って⋯」

「また俺、上向いてたか?」

「ううん、それは無いんだけど⋯今度は、前見すぎ⋯かなぁと思って」

「はん⋯それはお前⋯流石に心配し過ぎだって!」

「いやでも⋯」

「大丈夫だよ。もうな、大丈夫だから。さ、早く行こうぜ⋯って、早く行けないんだったな⋯おい!!“ラビーム”!」

『“ラビウム”よ。アスタリス、間違えないで』

「あああーそお、、、、ラビウム、まだ着かねぇのか?」

アスタリスはフランクに問い掛けているが、サンファイアはそうも居られない。

『そうね。あと⋯100mmって言ったところかしら』

「はぁ?」「⋯え」

足を進めるサンファイアとアスタリスの前に突然巨大な壁が現れる。もう少しで⋯あとほんのもう少しでその壁に正面衝突する所だった。

「おい!ラミーム!もっと早く知らせろ!何が100ミリだ!ざっけんじゃねぇ!クソが!」

『“ラビウム”だ!他人の名前をちゃんと言えない男に、誠心誠意の念を込めて対応すると思っているのか?』

「なんだお前、ちょっと俺がフランクに接してるからって調子乗ってんじゃねえぞ?」

『ありゃありゃあ、別に⋯?そんなんじゃないですしィー、アスタリスが居なくてもこんな事してるんだもんね〜』

「お前、“他人”とか言ってたけど人間でもなんでもねぇだろうが!」

『ありゃありゃあ、そりゃ酷い事を言う人だね〜⋯案外気にしてるオービタルアサルト・ラビウムはいるんだからねー。ジベアロッシュとか、シェフィールドとか⋯』

「もういいから!んでえ、この壁、なんなのさ」

アスタリスとアンバスケード。“2人”の天井と地上にて行われた口喧嘩に介入したサンファイアは、すぐさまお互いの衝突を掻き消す。いつの間にか、アンバスケードの性格も色々と露呈して来た。人間だったら厄介な女だろうな。だけど心優しき面を持つ。愛されると⋯面倒だ。だが、一途な人に尽くそうと努力してくれる。そんな想像背景を感じずにはいられない。


『あー、この壁は向こう側への入口。よって穴の出口だよ』

「⋯⋯⋯」「⋯⋯⋯⋯」

そんな重要なことをサラッと言ってのけたアンバスケード。もっと勿体ぶってもいいタイミングなのだが、こういう時に限って工夫を凝らしたりはしない。

「アンバスケード!お前!なに急に大事な事言ってきてんだよ!」

『ぅえ?そんなにだいじなこと?え?そうなの?サンファイア』

「うん⋯さすがにそうだよ⋯」

『えぇ〜⋯ちょ、ちょっと待ってね⋯』

アンバスケードは2人に“待機”の言葉を残し去っていった。ただしそこまで遠方に行く事は無かった。天井にアンバスケードの“船体”が存在していたのだが、それが次第に小さくなっていく。つまりは天井の中の世界にて、“上昇”を果たしているのだ。上昇する事によって、生じる事象というのは、他のオービタルアサルト・ラビウムとの緊急会議である。これは穴を歩き続け、ラビウムの存在を知って以降、何度も目にした事だ。だからアンバスケードが上昇し、地上から彼女の姿が小さくなる⋯この状況は最早デジャブ。見慣れた光景だ。

だから驚きも無ければ、催促するつもりも無い。大した答え⋯が返ってきた事は一度たりとも無かったが、今回は話が別だ。


フラウドレスとヘリオローザ、セラヌーン姉妹が交戦を続けているエリアにようやく出れるのだ。オービタルアサルト・ラビウムの正体は未だ判らずじまい。だけど、教皇の仲間では無いことは判明している。もしかしたら、ここでアンバスケードの事を待っていれば、有益な情報を獲得出来るかもしれない。まぁ、それに⋯出口が眼前にあると言っても、扉の形も無いし、影も無い。どこに手を掛ければいいか判らない。結局のところ、僕とアスタリスは、アンバスケードの帰りを待つしか今は無いのだ。


『着いたよ。サンファイアとアスタリスが』

『そうか。時間は掛からなかったな』

『このまま行かしてもいい?』

『問題は無いだろう』

『問題天井ないよね?ないはず⋯だよね?』

『問題は無い。2人が戦闘に乱入する確率は⋯』

『そんなの100ぱーに決まってるじゃない』

『2人は原世界の住人。胎芽の末裔だと聞いている』

『そう、ルケニアっていう超常現象を起こす事が出来るんだって』

『ふむ⋯戮世界では天根集合知ノウア・ブルーム。原世界ではルケニアか⋯』

『戮世界は天根集合知だけじゃないよ。白鯨も使えるし、暴喰の魔女、鴉素蛾素に⋯ウプサラだって⋯。圧倒的なウェポン数。2人に大陸政府を打ち負かせるとでも、思い?』

『アンバスケード、カナは中立的な立場だ。どこまでも、カナらは⋯次元の監視役に過ぎない』

『じゃあ⋯応援しないのね、ズムウォルトは』

『アンバスケード、人間の思想に介入するのは七唇律に反する行為だ。それを分かっていない愚か者ではあるまいな?』

『うん、そうだよ。もうね、、、それもウンザリなんだぁ。2人⋯いや、フラウドレスとヘリオローザなら、壊してくれんじゃ無いかって思ってる』

『壊す⋯。戮世界テクフルのシステムネットワークの最高機関である“七唇律”をか?そんなことをしてしまったらいったい何が起きる事か⋯』

『じゃあどうして白鯨メルヴィルモービシュは、この4人を戮世界に送還したんだろうね』

『それは⋯⋯⋯』

『ね?判らないでしょ?意味が判らないんだよ。白鯨は異分子のインタラプトを補正するために原世界へ降誕を果たした。だけど、気づけば“ハスタティ”は4人を戮世界へ送還。これの意味だよ。きっと⋯あとの作業は⋯』

『幻夢郷フェール・デ・レーヴ・トパーズ』

『うん、語り部軍団が黙ってないよ⋯。今頃ヒィヒィ汗かきまくりながら筆を取ってるに違いない!』

『アンバスケード⋯まさか⋯⋯まさかではあるまいな?』

『そのまさか⋯!なんだけど⋯カナ、ドリームウォーカーの書いたシナリオに反抗する』

『やめろ』

『やめない』

『やめるんだ』

『やめないよ、ズムウォルト。カナは⋯戮世界の統治を変える瞬間をこの目で見たいんだ。原世界の住人なら、それをやってのける!絶対にね』

『確かに⋯彼等は強い。教皇のウプサラソルシエールと戦闘を繰り広げ、負荷外傷の自己修復を短時間で完了させた⋯』

『時代が変わるんだよ。シェアワールド現象、特異点兆候シンギュラリティポイントに相当する新たな時代の転換点が始まる』

『カナはずっとこのまんまで良かったんだけどな⋯争いごとはもうたくさんだ⋯。アルシオン王朝帝政時代の“架橋修正”にどれだけのティーガーデンを回したことか⋯』

『過去を掘り起こしてもしょうがないでしょ?今を生きてるんだから、今を考えなさい。今を生きてるんだから、未来を考えればいい。未来に起きる事なんて判らなくてもいいのよ。結局、答えを知っているのはドリームウォーカーだけなんだから』

『⋯⋯メルヴィルモービシュは何を考えて⋯4人を⋯⋯戮世界に送っても、こうして激しい戦闘が行われるのは目に見えていたはず⋯』

『白鯨が、奴隷制度を反対している⋯としたら?』

『まさか⋯白鯨だって、アトリビュート⋯虐殺王サリューラス・アルシオンの血が入った人物を許していないはず⋯。多次元世界に於いて、アルシオンは重罪だ。生きていることすら、罪に値する。アルシオン王朝帝政時代のせいで、他の次元にも障害が発生したケースは数多い。アトリビュートをこうして一掃出来るのであれば、問題は無い事だと⋯』

『きっと、白鯨は白鯨で手一杯だった。後処理にも多くの労力が掛かっていたんだろうな』

『カナ、2人を天根集合知ノウア・ブルーム』の戦場に連れて行くよ』

『何も起きない事なんてない⋯地獄だ。あのアトリビュート2人。セラヌーン⋯とか言ったな。一人は⋯暴喰の魔女を有しているようだが⋯あれは確か、アリギエーリ修道院長のものだな』

『暴喰の魔女・レピドゥス。彼女は小細工の効かない魔女よ。あの人間を気に入ったみたいね』

『聞いた事無いがな⋯宿主から離れるなんて⋯』

『セラヌーンのもとへ連れて行こう』



「なんだよ⋯随分と待たしてくれたじゃねえか」

『ごめんごめん』

え、、僕は一切感じなかった。なんだ今の⋯アスタリスにだけ感知出来たのか?天井を向いてもアンバスケードの姿無い。待機してる時と同じ天井の状態が成っている。

「んでぇ?話は終わったのかよ」

『うん、バッチし』

「じゃあ早く開けてくれよ。ここなんだろ?向こう側に行けるってえいう、入口があるの⋯は⋯⋯」


アスタリスの声が徐々にもごり気味になっていく。天井へ向けていた意識が、もごっていく声と共に、地上を見るようになる。僕にはこの時、何が起きているのか分かっていない。だがアスタリスの表情を見れば、何かが起きている事ははっきりしていた。

少しの時間⋯ほんの3秒ほど経った頃だろう。アスタリスの表情が更に変わる。目を見開いて驚いている。いったい何に対してそこまでの驚愕さを見せているのか⋯。僕の不安と疑問は直ぐに解消された⋯。


壁の前。向こう側と穴を繋ぐ場所。サンファイアとアスタリスの前に、ワープアウトしたのはアンバスケードだった。しかし天井からこちらを監視していた“戦闘機フォーム”の姿とは大きく異なった形を成している。古代生物“ミクロディクティオン”を思わせる、12対の葉足。地面に着くその12対の葉足が、巨大な太い胴部を支え、動力を果たす。全体長は戦闘機フォームの時と同じ、15mの大きさ。非現実的な様相であるが、原世界にも実際に存在した古代生物の形。オービタルアサルト・ラビウムがミクロディクティオンと酷似した姿を果たしているのは、シェアワールド現象の一角なのか⋯。

アンバスケードは巨大な姿かたちを華麗に見せる。棘を生やしたアンバスケードが、サンファイアとアスタリスの視界を奪おうと試みる。しかし2人はそれに一切興味を示さない。


「ねぇ、、どう?このフォルム。良いと思わない?」

「早くして」

サンファイアはミクロディクティオンへと姿を変えたアンバスケードを無視し、早く向こう側への扉を開けるよう⋯促す。促す⋯というか、催促する。

「ハイハイ、わかりましたよ。わかった分かったーあ」

─────────

何故に戮世界で異能を持つ存在は、端々に“幼稚要素”が垣間見えるんだ。

─────────

唯一、サンファイアが心に思い、口にしようとしたのが、この言葉だ。

ミクロディクティオンの姿へと変貌させたアンバスケードが壁に最接近する。その後、アンバスケードの胴部から数十本生えている“棘”が異常な伸縮を見せ始める。胴部から生えている全ての棘が壁に吸着を果たしていく。棘自体が伸びているものもあれば、棘から伸びずに“棘のエネルギー量子”が個体となり、壁へと干渉を開始している。これにどんな意味が込められているのか⋯それは棘全てが発達した直後に判明した事だ。


「棘が⋯全部、ハマっていく⋯⋯」

「そう、ハマっていく。ハマってハマって⋯ハマって⋯向こう側とカナが一体化していくんだ。これによって、カナと向こう側を繋いでいくんだよ。2人が待ち望んでいる大事な人との出会いを、カナが完成させてあげる」

棘から送り込まれる赤色のエネルギー波。血液のようなドロドロとした液体状のエネルギー波が、おどろおどろしいオーラを醸している。壁に送り込まれた瞬間、干渉のサインが生じた。赤色灯が点滅していく。

壁への干渉が連鎖的に発生。当然、赤色灯の点滅も次々と起こっていき、気づけば、壁と棘の干渉点は赤色灯の点滅だらけになった。赤色灯の点滅は壁に平行してサインが構築されたわけでは無いようだ。夜空にて星を繋ぎ、星座を導き出しているようだった。

─────────

「向こう側への扉を⋯探している⋯?」

「ビンゴ!凄いね!サンファイア!」

─────────


「扉、簡単に見つけられないの?」

「おいおい、それどういうことだよ⋯ラメールなら開けれるんじゃねぇのかよ!」

「“ラビウム”!!そんな簡単なんて言って無いんですけどー。架橋次元には無数の扉があるの。その扉を見つけるのなんて、けっこう厳しいんだからね!」

「はぁ?アンバスケード⋯頼むよ⋯⋯早く⋯その、、、見つけてくれよ⋯“扉”とかいうのを」

「フフーン、カナね、オービタルアサルト・ラビウムの中でも、扉⋯見つけるの得意なんだよね」


アンバスケードの棘。赤色灯の点滅が速くなる。次第にその速さは等間隔であった時の点滅スピードを忘却。ハイスピードとなった点滅速度を通常時の速さへ。サウンドエフェクトも追加されていった。怪光線を発射する時の音を思い浮かばせてくれればそれでいいだろう。

胴部の棘から分断壁へ。

送り込まれるスピードは極地に達し、最早そのスピードは目で追えなくなる。棘は壁を這い、扉の位置を模索している。ズルリズルリと這うその姿は、なんともおぞましい気分を誘っていた。言葉を選ばずに言うと⋯気色が悪くなる。

壁とのコンタクトを成功させ、棘が思い通りの行動を起こす中、段々とアンバスケードは地上へ着いている葉足をジタバタ動かす。

「あった!あった!あったあった!⋯⋯あったよ!」

「⋯⋯!」「⋯!」

「2人が行きたい向こう側の世界!やっと見つけられたよ!」

「本当か?でも、どうしてこんなに時間が掛かったんだ?」

「サンファイア!そんなのどうでもいいでしょ?愛する人が待ってるんだから、早く行きなって」

「う、うん⋯」

「サンファイア、行くぞ」

「じゃあ⋯おふたりさん⋯行ってらっしゃい」

数十もの赤色灯が発生していた分断壁。その中の異なる赤色灯の点滅速度が徐々に遅くなる。遅くなり、それは常時点灯へと変化を遂げた。常時点灯となった赤色灯が光の明度を上げていき、ラインが繋がれていく。まさにそれは星座を観測する際と同様のものだった。紡がれていったサインから扉が開かれていき、向こう側の世界が顕になる。

最初は光輝く光景で、視覚野に映すのもせいぜいした。目を見開いて世界を視認するには僅かながらの時間を要してしまう。やがて目を開くことにもマイナス面を感じ無くなり、しっかりとその目で現状を確認する事が可能となった。

2人は急いで穴から出る。その際、アンバスケードから掛けられた言葉は無い。後方を振り返る事もしなかった。これはアンバスケードへの意識を向けるよりも、フラウドレス達を心配する方が圧倒的に傾いていたからだ。


『早く⋯みんなのもとへ⋯』


フラウドレス単体を目的にしていたのが、セラヌーン姉妹へのアシスト・フォローの気持ちも芽生えて来たサンファイアとアスタリス。2人には『フラウドレス』から『みんな』へ気持ちの変化が表れていたのだ。オービタルアサルト・ラビウムの助言もあって、多角的な対処を重要事項とし、セブンス2人が遂に、フラウドレス達がいる分断エリアへと足を踏み入れた。



喧騒が酷い。人が沢山⋯倒れている⋯その中に、セラヌーン姉妹がいなければいい⋯と強く願う。穴から出た。本格的に出た。身体は既に、、外部との接触を果たしている。外気にも触れた。感覚的には穴にいた時よりも、呼吸がしづらく感じた。空気が重いのだ。吐いたり吸ったりを急展開させると、体内と外部を繋ぐコントロール器官に異常が発生するだろう。そのぐらいかなりの重圧が掛けられた空気が蔓延している。

煙も立ち込めていた。だから、で巻き起こっている事象を視認出来ていない。しかし、穴から出た瞬間に地面へと視線を下ろした時の、酷い“人間の惨殺骸”が、当該エリアの地獄を物語っていた。更に、聴覚をも刺激する壊音。何者かの生命が破壊されていく音だ。苦しい⋯苦しい⋯苦しい⋯とそんな言葉を一回も発していないのに、何故かそう聞こえて来てしまう。きっと、舌を引きちぎられたのだ。そして、両者の相対するシチュエーションを考えると、虐殺を熾しているのは、セラヌーン姉妹の2人だ。

未だここまでの戦闘が繰り広げられているとなると、必然的にセラヌーン姉妹が大陸政府、ノアマザー、乳蜜学徒隊カナン・ヴェロニカを地獄に叩き落としている⋯事が予想される。サンファイアとアスタリスは、30分程度、教皇、司教兵器ウプサラソルシエール、大天使アークエンジェルを相手にしていた。

この30分間。セラヌーン姉妹はどうやって凌いできたのか⋯。そこまでの攻撃が大陸政府達からは浴びせられなかったのか⋯いや、そんなことは無いだろう。だとしても⋯『ミュラエ&ウェルニ 対 帝都ガウフォン連合軍』を長時間にわたって交えてきたのだ。


セラヌーン姉妹の地肩の強さ。

僕はまだ、彼女達の本当の力を知らない。穴から出てきて多くの死体を発見している。これは⋯あの時、舞台周辺と舞台上⋯姉さんとヘリオローザの近くにもいた、少年と少女達⋯乳蜜学徒隊カナン・ヴェロニカの面々だ。それに、アーチの上にいた奴隷も、奴隷も⋯奴隷も⋯死んでいる。多くの死体は乳蜜学徒隊カナン・ヴェロニカと奴隷で構成されていた。大陸政府とミュラエ、ウェルニの死体は今のとこ無い。まぁそれはそうだろうな。セラヌーン姉妹が死んでいれば、戦闘はもう終わっているはずだし⋯一応、安心した。良かった⋯。

しかし、ここまで穴から出て来て、しばらく歩いている⋯にも関わらず⋯何もな⋯⋯⋯⋯⋯⋯


「サンファイア!アスタリス!」

「ミュラエ⋯?ミュラエ!ミュラエなのか!?」

煙が立ち込める中、ミュラエの声が聞こえて来た。その刹那、煙から謎の人影がどんどんと近づいてくる。シルエットは突如出現。だがそのシルエットが、ミュラエのものだと判り、サンファイアは安心する。

シルエットが煙から現れ、シルエットは元々の状態へとフォルムチェンジ。それは紛れも無い、ミュラエ・セラヌーンの姿であった。

「ミュラエ!⋯大丈夫か?」

「サンファイア⋯サンファイア⋯さん、、ふぁ、いあ⋯⋯⋯」

「ミュラエ?ミュラエ⋯!?おい!ミュラエ!」

「⋯⋯⋯⋯⋯おい、、、どうしたんだ⋯⋯」

ミュラエが息絶えるように地面へ突っ伏してしまう。それを支えようとサンファイアは彼女の身体を両手で包み込んだ。ミュラエの頭に、力が入っておらず、サンファイアが手で彼女の頭部を支えた。そうじゃなきゃ、ミュラエと目線を合わせてコミュニケーションを取れない状況だったからだ。

「ミュラエ⋯!」

サンファイアが必死になってミュラエへ声を掛ける。

「おい、妹は何処にいるんだ?」

アスタリスが投げるようにそう言った。まったくもって、セラヌーン姉妹への配慮が無いように思える言い方だったが、なんだか表面には出しずらい、アスタリスなりの心配なのだろう⋯と勝手に思った。その証拠に、目だけが⋯ミュラエの体調を本気で心配していたからな。

「⋯⋯⋯ウェルニは⋯いま、、、あいつらとやり合ってる⋯⋯」

「何人殺した?」

アスタリスが問い掛ける。ミュラエの現状を見るに、かなりの人数を相手にしていそうだ。

「判らない⋯もう、、何人殺したのかな⋯わたし⋯そういうの数えない主義だから⋯⋯」

「そうか⋯じゃあ、いっぱいいるんだな。いっぱい」

「そうねアスタリス、いっぱい⋯いるわ、、、」

「なら、お前の出番はもうおしまいだ」

「アスタリス⋯⋯そんな事ない⋯私は⋯まだやれるから⋯まだ⋯まだ⋯ブフォッ⋯」

ミュラエから激しい咳が出る。止まる気配を感じないもので、止まり⋯また吐き出され⋯また止まり、吐き出された。こんな状態で戦っていたというのか⋯。

───────

「ミュラエ、待ってて。あとは僕らがやるから」

───────

特にありません。あったら書きます。ので、書きません。書く時はなるべく書きますが、今は書きません。あー書きません。

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