[#94-サイケラージュ七次元]
[#94-サイケラージュ七次元]
「アスタリス⋯」
別次元世界に、アスタリスが現れた。“声”だけでは無い。アスタリスそのものが現れたのだ。サンファイアの真ん前に現れ、大天使アークエンジェルからの攻撃を防衛しようと戦闘態勢へ既に移っている様子が窺えた。サンファイアはその姿を見て、自分も⋯と攻撃行動開始の決心をする。
しかしアスタリスは、そんなサンファイアの姿を見て、血相を少し変えたようにアスタリスが迫る。
「サンファイアはちょっと休んでろ」
「⋯?なんで⋯⋯ハァハァ⋯ハァハァ⋯⋯⋯」
「ふぅーん⋯お前、そんな残力で、よく耐えれたな⋯」
「アスタリス⋯なんでここに来れたの⋯⋯⋯」
「仲良く言葉を交わすのは後だ。人を捨てさせられた人間どもに報いを与える時だ」
「う、うん⋯わかった⋯」
アスタリスはこの状況に対して何も不審がっていないようだった。サンファイアはこちらの状況を把握しているアスタリスを疑問に思う。しかし何がどうあれ、アスタリスが自分の危機を察して現れた事は確かだ。
「ありがとう⋯アスタリス」
「あん?当たり前だろ?さっさとコイツら殺って、フラウドレスの所に帰るぞ」
「うん」
「それにしても⋯なんなんだコイツらは⋯汚れた天使軍団か?」
「現世より新たな外敵反応を確認しました」
「俺の事言ってんのか?」
「うん、恐らく」
「お前ら⋯人間なんだよな?テルモピュライ⋯とか言ってたか?」
「ああ、そうだ」
「教皇より、授けられた力で天使位階へと昇格を果たした」
「あのガキの力が無ければ、お前らは所詮ただの人間。それが嫌だからガキの力を受け取ったのか?」
「言っている事があまりにもな⋯的外れで答える義理すら感じないのだが、教皇のお力を“下げた目”で捉えているのであれば、それ相応の処分を下さなければならないな」
「ただの人間に俺が殺れると思ってんのか?」
「それは⋯やって見なきゃ⋯わかるまい」
◈
「サンファイア、大丈夫か?」
「もちろんだよ⋯」
「無理して戦わなくてもいいんだぞー?こっから“弟”がアークエンジェルを相手する」
「何をしでかすか判らない弟を放っておくほど、僕は出来てないんだ」
「フン、そう言うと思ってた。やっぱし、兄ちゃんを止めることなんて無理なんだな」
アスタリスはそこまで力強い口調でサンファイアを制していない。だから、サンファイアはアスタリスから制圧されていない中で、自身も戦う事を示唆している。
アスタリスは端からサンファイアと共闘する事を示していたのだ。
それが2人だから。目的は同じ。
2人は戦闘態勢の最終フェーズへ移行。移行した直後、大天使アークエンジェル群体からのエネルギー弾を確認。
「これは⋯!?」
アスタリスが大きな驚きを見せた。そのリアクションの高さに、只事ではない⋯とサンファイアがアスタリスの方を向く。
「さっきよ⋯司教兵器と戦ってたんだ」
「黒と白のやつ?」
「ああ⋯それと同じ攻撃を⋯コイツらがやってる⋯」
「うん、、、でも、、、別にそこまで驚くことでは無いんじゃない?」
「そうなんだが⋯⋯⋯」
アスタリスは黙ってしまう。サンファイアにあとなにか⋯言うことがありそうな雰囲気を物凄く醸し出している。
アスタリスは思う。
『キューンハイト、チルペガロール⋯。お前らは教皇の繫縛が無くなったら、自我を取り戻して、自分達の行動を最優先にすんじゃないのか⋯?もし、そうなら今、どうして教皇が生み出した“敵”は司教兵器と同じ攻撃を繰り出しているんだよ⋯。元々の創成が“教皇だから”⋯っていう単純な理由ならいいんだが⋯。裏で司教兵器と大天使アークエンジェルが繋がっているとしたら⋯⋯⋯俺は⋯はめられた可能性があるな⋯。司教兵器のおかげでサンファイアを助けに来られたかと思いきや⋯⋯手の上で転がされてるだけ⋯。おいおいおいおい⋯もしそうなら⋯⋯⋯』
「アスタリス!来るよ!!」
「ああ⋯言われんでも分かってるよ。俺はお前より圧倒的に力があるんだ。いちいちこうして高エネルギーを出されると、俺のアンテナにキズが付いちまう⋯。全く⋯強い信号ならいいものを⋯」
「アスタリス⋯それって⋯?」
「あぁん?これか?あーー⋯知らね⋯。急に俺の所にやってきたカワイイだろ?」
2人を包囲したアークエンジェルが、エネルギー弾を放ち攻撃を再開させる。司教兵器と攻撃手段が一緒だった事から、関連性は色濃くなった。アスタリスはそれに狂わされず、自身に身へ付与された新たな力を目覚めさせる。
「アスタリス⋯それ⋯なに⋯⋯?」
「これな、司教兵器の奴らがくれたんだ」
「外科手術器具みたい⋯⋯」
「な。金物感が凄い⋯刃物系だったり⋯ほら、こうして⋯」
アスタリスが両手に装着した“外科用手術器具”のような金属製の武器。アスタリスの意思と同期されているのか、アスタリスの指示に合わせて、思い通りの形態変化を遂げる事が可能なようだ。
「打撃に特化したハンマー型にも対応が出来る。サンファイアには右手にこれと⋯左には“義手”をプレゼントしてやるよ」
「ありがとう⋯」
マインドスペースで交信された2人の会話。これはアスタリスから開始されたものだ。サンファイアはアスタリスを信用し、何もマインドスペース開始について疑念をぶつける事をしなかった。何があったのか⋯なぜ、司教兵器から、攻撃手段を付与されたのか⋯。
サンファイアには不安定な状況の中で、次々とプラスアルファのオプションが加算されていく⋯。対応出来ないような小難しい話では無いのが、また更にサンファイアの頭を悩ませる要因でもあった。
攻囲を実行したアークエンジェル群体からエネルギー弾放たれる。これに対しアスタリスが猛反撃を開始し、高速攻撃のフェーズに移行する。
アスタリスは武器の使い方をマスターしているように見えた。司教兵器2体から、ある程度のマニュアルを教えてもらったのか⋯次々と砲撃されるエネルギー弾を斬撃していった。エネルギー弾は直線的なフォームを形成し、曲射等の特殊な軌道を描く事は無かった。なのでアスタリスは比較的ラクな迎撃を行っているようにも見えた。
サンファイアの出番、必要無しでアスタリスが全てのエネルギー弾を落とした。
アスタリスはそれで飽き足らず、エネルギー弾を砲撃した元凶、大天使アークエンジェルへの斬撃を浴びせる。外科用手術器具を思わせる両手武器が新たな武器系統へ変化。
拳銃をベースに射撃武器へ両手武器が変更。金属製である事には変わりない。拳銃をベースに変化を遂げていた武器が、新風を吹き込ませたせいなのか、様々な形態に変化。その変化の速度は凄まじく、“サブリミナル効果”との表現が最も適した表現だと言える。
ハイスピードに送られる数多の射撃兵器。拳銃から、自動小銃、銃火器⋯と何百種類もの兵器に姿を変えている。それは現況に最適解な武器を模索しているようにも見えた。アスタリスは一切そこに関与していない。姿かたちは完全に外科用手術器具。正式名称『クロバーネン』。
結局、武器系統は射撃兵器に変更され、最初に提示された拳銃へと戻った。
その拳銃から放たれる赤色の弾丸。一つの弾丸は分解され、多方向へシフト展開。ホーミング性能を有し、アークエンジェル全員分の40ものを弾丸を生成。一つの弾丸のサイズは普通人間が使用するほどの射撃弾丸。それが40人分に分解されていく。
普通、これほど小さい物質が40に分けられると相当小粒な弾丸に成り得てしまうのだが、分かれてから個々の弾丸は急成長。
元々の弾丸のサイズから飛躍的に成長を遂げ、元のサイズからは比較にならない程の弾丸へ成った。
その弾丸達の行き着く先は当然、アークエンジェル。
アークエンジェルへの攻撃速度は神速の域に達していた。
逃げ惑う隙すら与えず、彼等は沈黙していく。弾丸は直撃の際に、複数の形態変化を遂行。
「形態変化、形態変化⋯もうそればっかだな⋯アイツら⋯」
アスタリスが呟く。それを横目に見ているサンファイアは、アスタリスにも理解が及んでいない事を察した。
弾丸は直撃時、直撃寸前に弾丸状態では無く、一切ベースのフォルムを維持していない謎の乖離性を帯びたフォルムとなっていた。
種子型。弾丸⋯と聞かれたら真っ先に浮かぶのは、“種子”の形をしたものだろう。それも小さい小さいマイクロフォルム。
そんな種子のようなサイズが、新たな形へと変わっていく。その姿はアスタリスが両手に装備している『クロバーネン』そのものだった。
棍棒、剣斧、銃槍、双剣、長槍。
アークエンジェルへの直撃寸前、上記の武器に変貌、どれもが近接武器なのだが、物理攻撃と同時にその先端部分から量子エネルギーが拡散。一時は物理攻撃が命中した外敵を“纏い”を始めていたが、直ぐにそれは停止。量子エネルギーは円状となり、各外敵を圧迫。量子エネルギーが模造空間を形成し、そのまま撃滅へと追い込んだ。
「アスタリス⋯すごいね⋯⋯」
「今、初めて使ったんだよ」
「え、、、そうなの⋯⋯⋯?あの⋯ウプサラソルシエールから教えてもらった⋯とかじゃないの?ていうか、あの2体から貰ったってなに?⋯⋯アスタリス、、、ウプサラソルシエールと何があったの」
「まぁぁ⋯⋯⋯色々とよくわかんねぇんだけどよ⋯⋯」
「アレで⋯倒したんだよね⋯⋯?」
「まぁ、、その筈だ。俺もよく分からねぇなぁ⋯本当に⋯」
アークエンジェルを全員仕留めた。サンファイアにはこの先も多くの困難が待ち受けていた。もし、アスタリスの助力が無かったら⋯と思うと、敗北は間違いない。
「アスタリス⋯どうやってここに来たの?」
「お前が来れるなら俺も来れる⋯って言いたいけど⋯⋯司教兵器だよ」
「ウプサラソルシエール⋯」
「ああ、キューンハイト、チルペガロール。黒色と白色。カラスとカイコガ。アイツらのおかげで、俺はこうしてお前を助けに行くことが出来た」
「それは・どういうこと⋯?なんで?なんで司教兵器が、僕を助けるような真似をしたんだ?」
「そんなの⋯知るわけねぇだろ」
「知るわけないって⋯⋯アスタリスは、司教兵器から無言でここに連れてこられたの?」
「あああ!!もお!知らねぇんだよ本当に⋯!それに⋯今、⋯⋯頭ん中、ぐっちゃぐちゃだよ、、、」
アスタリスは頭を悩ませる。その示しに、分かりやすく頭を掻き毟っていた。頭髪に傷がつく⋯。自分の容姿なんてどうでもいい⋯とにかく自分は苦悩している。こうでもしなきゃ、自身の感情に収まりがつかないようだった。
「大丈夫?ねぇ⋯」
サンファイアはアスタリスの肩を抑える。肩を抑えても別に、手を止めなきゃアスタリスの“発散”を止めることなんて出来ないのに、何故かサンファイアはアスタリスの肩を抑えるようにした。するとアスタリスは冷静さを取り戻し、頭を掻き毟る行為を止めた。
アスタリスは驚いていた。サンファイアは驚いていない。
「ここ⋯なんなんだよ⋯⋯」
「僕にも分からないんだ、、気づいたらこんな所に来ていたんだ。身体の中で“力が目覚める”のを感じて、漲るエネルギーを解放させたら、ここに行き着いていた。それで⋯あれだよ」
「あれか⋯⋯」
サンファイアは屹立を果たしている大樹3本に目を向けた。アスタリスも目を向ける。
「あのデッカイ木ぃ、、、マジでなんなんだよ⋯まぁこれも?」
“ 「⋯ごめん、、判らない。だけど、僕の願いに反応して生えてきたのは確かだ」
「花弁⋯なんだかフラウドレスみたいだな」
「姉さんの花弁は漆黒でしょ?この大樹のは多色。簡単に言うと“七色”の虹・みたいな感じだけど、アークエンジェルへの攻撃時は虹に使用される色以外にも沢山の色彩が使われていた」
「⋯⋯⋯サンファイアは力を溜めるためにこの、虚無に逃げ込んだ⋯。これをサンファイアが創ったのかどうなのかも判らねぇんだな」
「うん⋯」
「俺がこの世界に入れているのはさほど、疑うことでも無いみたいだな」
「そうだね、何せ、外敵の侵入を易々と許してしまっているからね」
「ああ、アイツら、どれか生きてる奴いねぇかな」
「え、、ここから生存者を探すっていうの?」
「ああ、そうだけど?」
「あ⋯⋯ああ⋯そうか、、、わかった⋯」
「あん?お前⋯どうしたんだ?別にこんな光景、見るに堪えないものでもねぇだろ?」
アスタリスが殺戮の限りを尽くした別次元。大天使アークエンジェルを全て殺し、色覚異常が発生した当該世界。
サンファイアはこの世界に、拒絶反応があるようで中々、一歩が出せずにいた。アスタリスはそんなサンファイアの姿を見兼ねて、自分一人で生存者の捜索を開始する。
「サンファイア、そこで待ってろ。俺がアークエンジェルの1人や2人、息吹いてる奴を捜してやるから」
「う、うん⋯ごめん、、お願い」
はぁ⋯全く⋯どうしてサンファイアはこの光景を見て、嫌悪感を抱いてんだよ。散々こんなの見てきてるじゃねぇか。別にそこまで珍しいものでも無いのに⋯。普通の人間なら、失神してもおかしくない地獄絵図。
世界戦争が行われた各フィールドはこんなのが当たり前なんだろうな。にしても、やっぱし天使を冠していても根幹は“人間”か。ちゃんと人間が虐殺された後⋯みたいな成れ果てだぜ。俺がゼロイチやった訳じゃねえから、そこまで爽快さは感じられなかった。どうせここまでの虐殺を起こせるなら自分の力で殺って、もっとじっくりと丹精込めて殺しプレイを楽しみたかった。
まぁ、ヤタガラスとレイソ。司教兵器から付与された能力がどれほどのもんなんかを、確かめるには良い相手だったかな。
内臓、骨、血液。みずみずしいほどの血液が散らばっている。大天使という名の通り、後背には翼が生えていたが、それはもげられた。クロバーネンの剣斧を中心とした斬撃に巻き込まれた形だ。だが実際のところ剣斧が先んじて物騒な攻撃を取っていただけであって、剣斧以外にも翼をもぐことの出来るクロバーネンは多数存在していた。
近接武器がかなり血に飢えている⋯と感じることが出来る結果だ。
「まぁ、、、、生きてるやつは居ないかな⋯。教皇のガキから受け取った力。大天使アークエンジェル。普通人間から驚異的なまでに身体能力を向上させる力。教皇のガキには天使の力を付与することが出来る。そこまで強くなかったのは、元々の普通人間から付与したせいなのか?教皇のガキが与えた力を上手く制御出来なかった⋯とも考えられるな。まぁ、こうして考えてるよりも生の声を聞いた方が早く問題解決にはなる。サンファイアもこの世界を気色悪がっているようだし⋯さっさと見つけなきゃな⋯。だいたい、お前がここに来たんじゃねえのかよ。じゃあ今までどうして吐き気なんかもよおさずに済んだんだ⋯?サイケデリックとコラージュが融合したような世界。それよりもサンファイアが注目したのは、アークエンジェルの死体。普通、慣れてない“世界”の方に気分を害するのが普通だろ。なんで、原世界で何遍も見た事のある屍の山々に気分を害したんだ。サンファイアがおかしくなってるぞ⋯。大丈夫か⋯俺。俺は大丈夫だぞ。こうして独り言をブツブツと話しているからな⋯だけどそのせいで、生存している人間の肉声が聞こえない⋯なんて事はねぇんだよ。おーい、お前⋯生きてんだろ?」
アスタリスは止まった。サンファイアから離れる事600m付近。多くの大天使アークエンジェルの屍を見届けていたアスタリス。独り言で周辺のアークエンジェルの気を紛らわせていたアスタリス。分かりやすい⋯誰もが考えられる作戦であったが、アスタリスは自身を褒め称えた。誰も自分を褒める人間がいないので、自分で自分を褒める⋯。
それがこの男には出来たから、もっと自分が成長したい⋯もっと自分を強くしたい⋯アスタリスを表している内層的な感情を揺れ動きだった。
「⋯⋯⋯」
返って来ない。アスタリスからの声に応答する気配が感じられなかったが、アスタリスから見れば、生存反応は確実に出ていた。それも⋯⋯目の前で。
「あのよぉ⋯お前、生きてんだろ?お前の真ん前にいんだけど⋯?」
「⋯⋯⋯」
フィギュア人形のように固まっている。怪我はしていたが、翼はもげていなかった。40名の大天使アークエンジェルはクロバーネンの攻撃を受けた時、翼を中心に大怪我を負い、その流れで絶命へと追い込まれた。
しかしアスタリスがロックオンした人間は、翼ももげていなければ、大した怪我も負っていなかった。血は付着している。これもその者の怪我からの出血が付着したものとは思えない。
つまりは、完全なノーダメージの状態で逃げ切った⋯と考えるのが普通だった。
「お前⋯?このまま死にてぇのか?」
動かない。いっこうに⋯動かない。ビクッとしてもいいはずなのに、全然動かない。
死んでいる⋯。ここまで来たらそう思ってもおかしくなかった。しかし、アスタリスには反応が行き届いている。遠方⋯サンファイアが今いる場所からは生存反応は一切検知されなかった。
その生存反応が、屍と化したアークエンジェル達に近づくと反応を露わにしてきた。アスタリスはここで、どうしようか⋯悩んだ。単に脅して、協力する事を条件に生かすか。それとも⋯有益な情報を聞き出した後、殺すか⋯。
それ以外にも複数の案が、脳内で提示されては消えていく⋯。
俺は何を迷っているんだ⋯?
生と死。この選択を迷った事なんて一度も無かったが、ここに来て深く考えるようになってきた。サンファイアを危機に晒した相手に抱くような感情では無いのにな⋯。
「お前⋯」
アスタリスが蹴りを入れる。急な直接攻撃。もちろん、彼は回避することなんて出来ず⋯と言うよりも、“死体”をパフォーマンスしているのだから避けようはずもないが⋯、加えられた理不尽な一蹴に、ようやく生存の証である“呼吸脈”を確認した。
「ブフォッ⋯!?⋯⋯オウェフェッ⋯⋯オウェ⋯⋯ハァハァオウェオウェ⋯」
「きんもちわりぃ吐き方すんじゃねぇぞ?男としてみっともねぇんだからよ」
「⋯⋯⋯はい⋯⋯⋯⋯降参します」
そして、声を聞かせた。ここまでしなきゃ声を聞けない相手だ。さぞ、肝据わった事を言ってくれるんだろうな⋯とき機体していたアスタリスは反面、まさかの『降参』宣言に、目の色が変わる。
「じゃあテメェよ。さっさと俺に姿を現しやがれ。何テメェ隠れた気になってんだよ」
怒りを滲ませながら、男の胸倉を掴んだ。年齢は相手の方が上だ。アスタリス⋯セブンスに敵対相手の年齢なんて関係無い。自身を窮地に追い込んだ敵を排除するためなら、一切の手段を問わない。戦闘に特化した究極の人的殺戮兵器『セブンス』。
「逃げ切れると思ったのか?」
「いや⋯ただ、こうするしか⋯⋯今の自分には選択肢が無いと思っていました」
「なんでお前だけ生き残ってんだ?見てみろよ、お前以外は全員が死んだぞ?」
「そんな⋯⋯」
「お前、分かりやすいな」
「僕は⋯⋯テルモピュライの兵士になってまだ日が浅い人間なんです。と言っても、あなたには判らないでしょうね。テルモピュライと言っても⋯」
オドオドしながら、アスタリスの表情を観察しながら⋯注意を怠らないように、気への瘴気に気をつけて、男は発言していた。その様子が歪だったので、少し脅威さを見せるため、能力解放を一時的に実行する。
「⋯⋯ヒィぃいい!?なんてことを⋯!?」
アスタリスはルケニア『ニーズヘッグ』の氷焔弾を周辺に散らばっている死体へ発射。死体は見る影も無くなり、原型を留める死体は残り少なくなってしまった。
「お前の態度が気持ち悪いんだよ。これ以上、俺の気を触れさせるな」
「は、はい⋯⋯分かりました⋯」
怯えながら、アスタリスの問い掛けに答えた。完全にアスタリスの力に平伏する形となったテルモピュライ兵士。
「じゃあお前、俺についてこい」
「何処に連れて行く気ですか⋯⋯」
「お前の生死を見極める場所だ」
◈
サンファイアが一人で待つ場所は色覚異常の表現が極点に達している部分。明滅する色彩が視力感覚をバグらせに来ている状態。サンファイアはその障害を一切受けずに、現状を維持出来ている。サンファイアがこの世界の主⋯と言えるからなのだろうか。色覚異常だけでは無く、別次元世界を支えるのはコラージュ映像画像。
幾星霜の切り取られた写真が世界に存在し、それが重なり合う事でまた次の新規写真が掲示されていく。映像もところどころに挟まっており、それも写真と同様、次なる展開へと進む。写真と映像。2つの記録が紡いでいく展開に関連性は無い。映っているものも同一人物は存在しない。全ての写真と映像が、人間それぞれの人生を語り表していた。
コラージュも視力感覚に障害を与えかねない、尖った表現を主軸に設定されている空間だったが、サンファイアにはなんら問題は無い。
なんならそんな変化のシークエンスを余すことなく観察しているぐらいだった。変化の一部始終を視認しているので、映像・写真の高低差が激しいところが多くあった。
急激な明暗の高低差。明るい画像が出てきたと思えば、次は暗黒さが目立つ何も見えない映像が出てくる。そう思っていたら、急に点灯され、ライトによって激しい光明が出現。
それの繰り返される特殊な色覚表現の数々に魅了されるサンファイア。そんなサンファイアの元に帰還するアスタリスは、唯一の生存者である男を連行。尋問を開始する。
男にはルケニア『ニーズヘッグ』より生成された手錠か掛けられ、動きに制限を設けた。更には頭部にも無数の針が埋め込まれたスプラッター的なヘルメットが装着されている。余計なことを言った場合の最悪なシナリオをこれでもかと提示しているサインだった。サンファイアは生存者への“当たり”を見て、アスタリスを見つめた。
サンファイアの曇った表情を見て、疑問に思うアスタリス。そんな事はお構い無し⋯と男との会話を始めた。主にそれはアスタリスが主導権を握っている強制的な会話の流れ。男はアスタリスへの恐怖心から、脳内で言葉の紡ぎ方を一所懸命に構成。
ここはこう話した方がいい⋯そこはああやって話した方が良いだろう⋯。
アスタリスの機嫌を損ねさせないために、本気になって言葉の選択を熟考した。
「教皇のガキ、アイツらから何を貰ったんだよ」
「これは⋯⋯教皇の一族が持っている“創成の血”だ」
「創成の血⋯?」
アスタリスはサンファイアに目を向ける。自分には分からない⋯とサンファイアへ、言っているようだった。
アスタリスの表情を見て、サンファイアが創成の血という言葉に食いつく。
「アインヘリヤルの朔式神族、そうだな?」
「ああ⋯そうだ。やはりあの姉妹から戮世界の事は聞いているんだな⋯⋯」
震えながら答えている男。畏怖を感じているのが、見て取れる。アスタリスは快楽を覚醒させ、サンファイアは過剰な脅しが成されたのだろう⋯とアスタリスを責める気持ちになった。
「セラヌーンの2人は無事なの?」
サンファイアが問い掛ける。アスタリスはフラウドレスよりもセラヌーン姉妹の心配をしているようなサンファイアの発言に、弱冠イラッとした。
「判らない⋯。我々がここに来てから随分と時間が経っている⋯あの2人がどうやって大陸政府とノアマザーと乳蜜学徒隊を攻略できるかは判らないけど⋯」
「そんなに強いのか?セラヌーンの2人が相手をしている大陸政府らは」
「ああ、そうだよ。そんなのアトリビュートである2人が一番知ってると思うけどね。それを承知でアトリビュートは乳蜜祭に乗り込んで来たんだ」
「⋯⋯⋯」
サンファイアは黙ってしまう。何も言い返す言葉が見つからなかったから⋯なのと、自分がこれから話そうとしている言葉には想像以上の重みが生じる言葉で、簡単には吐き出せそうも無い言葉だ⋯と判断したからだ。
「お前の名前は?」
「私は⋯今は“ミツラエル”」
「“今は”⋯?」
「大天使になった時に名前が変えられたんだね」
「正しくその通りです。旧名は忘れました。教皇の手元には残っているものと思いますが、もう私の名前が戻ってくる事はありません」
「そうなのか⋯自分の名前を取り戻そうとは思わないのか?」
「そんな事思いませんよ。教皇から頂いた名前以上の価値は戮世界に存在しませんから」
力説するミツラエル。
「調子乗んなよテメェ。テメェらのせいで、サンファイアが死にかけたんだぞ!」
アスタリスは一気にミツラエルに距離を詰める。あと数センチ⋯と言ったところで確実にクロバーネンが激突する距離だった。本来ならもっと眼前⋯ミツラエルの眼球に触れそうなところまで、クロバーネンを振りかぶる予定だったが、何故か急停止を遂げた。
ミツラエルは息遣いが荒くなっていた。不可避の攻撃が、眼前どころの騒ぎじゃない“眼球スレスレ”。失神してもおかしくない距離に、戦慄を覚えない普通人間はいない。
アスタリスも自身の状況を不審に思うが、後方からアスタリスの攻撃を妨害するエネルギーを発出している奴がいる事に気づいた。
◈
「おい、サンファイア、何コイツを守ってんだよ」
「⋯⋯⋯殺しはしない」
「はぁ?お前だってこいつらと争ってたんじゃねえのかよ。何他人事みたいな事、抜かしてんだ」
「アスタリス、唯一の生き残りをこうも簡単に殺していいの?」
「⋯⋯⋯わあったよ。殺しはしない。ただなぁ」
ミツラエルへ近づくアスタリス。その際、サンファイアによる妨害は無かった。現在のアスタリスにミツラエルへの攻撃意思が感じられなかった為、サンファイアは妨害行為を停止させたのだ。
「お前には利用価値が存分にあると思っている。このままただで済むと思うなよ?生きてしまった分の対価は払っでらうからな」
「⋯⋯⋯はい⋯⋯⋯」
「色々聞きたいことがあるんだけど、教皇ソディウス・ド・ゴメインドは、姉さんに何をしたの?」
サンファイアは、アスタリスには微塵も感じられない程の優しさを兼ね備えていた。ミツラエルはその姿を見て、“この人になら言っていいかもしれない⋯”と、信用に値する気持ちを抱いてしまう。
「フラウドレス⋯のことですよね。はい、あの人は奴隷制度への反抗を示した事で、教皇からの裁定が下されました。ご安心ください、瀕死状態なので絶命には至っておりません」
「そんな事分かってんだよ。なんでフラウドレスがあそこにいるんだって聞いてんだよ!」
「アスタリス」
アスタリスが強く攻め寄る。怒りが感情を飲み込み、コントロールの効かない制圧された力が覚醒する。だがアスタリスにはそれが簡単なまでに操れた。アスタリスそのものが、感情的だからだ。“心”そのものが、現実に表面化されているようなもの。
サンファイアはそんなアスタリスを、制した。
「あぁん?」
「もういいでしょ?怒りをこの人にぶつけても、返ってくるものは何も無い。それに、ミツラエルが直接姉さんを攻撃した訳じゃないみたいだ」
「お前、こいつの言ってる事を信用してんのか?」
「ああ、信用してるよ。そうじゃなきゃ、見知らぬ土地をずっと彷徨う羽目になってしまうだろ?戮世界の人間の言うことを信じるのは、リスキーな面もあるけど、無意味な肉付けでは無いと思うんだ」
「サンファイア⋯⋯⋯お前、なんだかお喋りになったな」
「そう?⋯うん、でも確かに⋯そうかもしれないね。姉さんを⋯⋯失ったからかな。どうだろう⋯」
「戮世界に酔った真似はすんじゃねぇぞ?」
「アスタリスは僕を失う事に耐えられないからね」
「おま⋯え⋯⋯うるせぇな⋯!そんな直接的に言ってくるんじゃねえよ!!」
アスタリスは頬を赤くし、正直な気持ちが外面に溢れてしまう。内面で収めようにも、歯止めが効かない感情な事が分かり、仕方なく表出してしまった次第だ。
「じゃあ、戻ろうか」
「ああ⋯戻り方、知ってんのか?サンファイア」
「ミツラエルに聞けばいい」
今までのサンファイアを継続させた優しさ。ミツラエルからは、どうやってもそれが“人生で感じたことの無い最上級の優しさだった。アスタリスとは正反対。
アスタリスはミツラエルに殺意の込められた言葉を吐き掛けている。その大差が、両者の想いを現像していた。
「ミツラエル、ここへ、どうやってきたの?」
「そんなの⋯分からないよ⋯。私達は教皇の力によってここへ連行された。私達の力によって来れたものじゃない」
「お前⋯使えねぇな。せっかく生かしてやってんだからよ、俺らに尽くそうとは思わねぇのか?」
「知らないものは知らないんだ⋯。それ以外の知っている事は全て話すから⋯頼む⋯殺したりはしないでくれ」
ミツラエル懇願。アスタリスは蔑んだ眼差しを向けるが、サンファイアは膝をつき、優しく語り掛ける。
「ありがとう、ミツラエル。知っている事を話してほしい」
「う、うん⋯。こちらこそありがとう。それで⋯何が聞きたいんだ?」
「それは⋯」
──────────────
「はーい、おしまーーーーーーい」
──────────────
別次元世界に響き渡る、凶音。何度も聞いたのに、ぜんぜん慣れないのは、声の主への殺意的な衝動が抑制されないからだろう。今まで平然さを保っていたサンファイアは一変、顔色は変色し、真っ赤に染め上げられた。血色の通りが異常値をマークするほど高くなり、感情の大幅な変更を露呈させていた。
「教皇⋯!」
「あのガキか⋯⋯今まで何してやがった」
「おたのみしちゅーごめんね!その輪に入りたいなぁっておもってね、、ソーゴもなかまにいーれて!」
「⋯⋯⋯教皇⋯!」
「そっちのかんじはわかってるよ。けっこう酷いかんじにだよねー。なんてことをしてくれたんだって感じなんだけどさぁ⋯⋯あの、、、なんなの?」
「⋯お前が仕向けた“天使モドキ”なんて、この程度だってことだよ。クソガキが」
教皇ソディウス・ド・ゴメインドの声が別次元世界全域に響音している。学力の乏しい子供の声が、アスタリスとサンファイアの現感情を掻き立てる。苦しい。直立出来たもんじゃない。
「てんしもどき、だなんて⋯いやなことを言うなぁ⋯ほんと。アスタリスってさ、ほんとうはなんさいなのよ?」
「教皇⋯」
「あああ、ごめんごめん。生きてるのいたんだ」
「あ、、はい⋯⋯私だけ⋯生きております⋯⋯」
「女の子もいたよね?いたよね?ソーゴ、40人の中に女の子もいっぱいいて、帰ってくるの楽しみにしてたんだけど⋯⋯⋯女の子はぁ?」
「あの⋯⋯生きてるのは⋯私だけです⋯⋯⋯」
「へぇー、、、なんでなの?」
「いや⋯⋯⋯」
教皇ソディウス・ド・ゴメインドの声が薄暗くなる。子供の声色を継承しつつ、挟み込まれる悪魔の囁き。うっすらと聞こえてくる屍のような声。それが重なり合う事で、教皇の声色からマイナスの音曲が生まれていく。ミツラエルは、教皇の今を見て、自身の罪の重さを思い知る。
「君だけ⋯?ミツラエル、きみだけが⋯いきのこった?」
「申し訳ありません」
「いいのよ、謝らなくても。うれしきよ。うれしきうれしき。だって、ぜんいん死んじゃったかと思ってたからさ。一人ぐらいは生きててほしいなぁっと、あったけどね。でもまぁ、うれしきよ」
「ありがとうございます」
「ただ⋯少しだけ残念なのは⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯!?」
突然、ミツラエルが上空に浮上。ミツラエルが自身の現状に驚愕と戦慄を感じていることから、自らが生み出した事象ではない事が分かった。足掻くミツラエル。
「アア⋯これは⋯なんですか!?やめてください!お願いです!!お願いします!!申し訳ありません!本当に申し訳ございません!!私だけが生きてしまい申し訳ございません!」
「謝らなくてもいいんだよね。大丈夫、だいじょうぶ、だいじょうぶだから。そおっとやってあげるから、そおっとそおっと、痛みを伴うようにはしないよ⋯。でも、せっかくなら痛みが無いと⋯リアクションにも困るだろうし、ちょっとくらいは⋯ね?いいじゃん?」
別次元世界の上空に浮上するミツラエル。大樹3本が屹立するように、ミツラエルも屹立を果たしている。自分から動こうにも動けない、制限されたミツラエルの身体。ビクビクと両腕、両足、そして頭が動くのは最期の足掻きだった。
「その足掻き、どういうつもり、ソーゴからの裁定を受けたくないっていうの?ねぇ、、、それ⋯どういう意味なの?」
「違います!これは私の⋯⋯⋯⋯」
「はい、おくちチャ!“お口チャ”ね。これ以上の発言は許しませーん」
右から左へ。ミツラエルの口が縫われていく。決して遅くは無い。上唇と下唇が口腔内に入っている。発生不可能に陥った。教皇はミツラエルから自由を奪い、完全なる配下として完成させてしまう。
屹立状態をキープされていたミツラエルは、口の裁縫直後、悪夢を見ることとなった。何のトリガーもない。教皇が何も発さない中、“架橋”より新たな物質が流出する。サンファイアは急いでその物質の侵入を食い止めようと、ルケニア『ラタトクス』を顕現し、架橋へ向かわせる。
“架橋”からの侵入をいち早く検知したサンファイアは、どうにかして物質の正体を確認する事が出来た。その物質の正体は⋯
「これは⋯⋯アスタリス⋯⋯」
「ああ、お前らかよ⋯⋯司教兵器⋯」
キューンハイト、チルペガロール。黒色と白色を纏った司教兵器2体が、別次元世界に出現。しかし司教兵器本体では無いことは直ぐに判明。
幻影化。ウプサラソルシエールの思念体が架橋を渡り、別次元世界へとやってきたのだ。
「この⋯『七次元』は、詳しく調査を行う必要性がある。そのためにも、ソーゴは“エリュテイア”を探している」
「エリュテイア⋯⋯」
「聞いた事ある?サンファイアはー?」
『エリュテイア』と呟いたサンファイアへ、教皇ソディウス・ド・ゴメインドが問い掛けた。
「いや、無い。それはなんだ?」
「エリュテイア、“紅涙逢魔時部隊”だよ。幾つものチームがあるんだけど最近は一つしか存在しないらしい。たしか⋯『バルディラス』。チームの名前はそれだ」
「んでぇ、そのエリュテイア⋯とかいう連中が何なんだよ」
「アスタリス、君たちって、そうなんじゃないの?」
「知らねぇな。エリュテイアなんてもの」
「へぇー、あっそうなのか。まぁ、今のところ⋯なのかもしれないけど⋯。経過観察はしたいとおもってるよ?2人⋯いや、3人⋯なのかな?」
「フラウドレス⋯フラウドレスはどうなってんだ!」
「語彙力語彙力!!アスタリスってクールな感じしてるけど実際のところそうでも無いよね」
「うるせぇんだよガキ。フラウドレスは生きてんだな?」
「うん!しっかりキッチリ生きてるよ!薔薇のお姉ちゃんがね、看病してくれてるんだよ?その光景をモニター出来るけど⋯する?しない?」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
アスタリスは黙る。憎悪の対象である教皇ソディウス・ド・ゴメインドに、“頼み事”なんてしたくないからだ。
「お願いだ。頼む」
「サンファイア⋯」
サンファイアは、正直に答えた。アスタリスに出来ない事をフォローした形だ。プライドを捨てたサンファイア。
「おっけー。正直なひとはだいっすきだよ!あ、でも⋯ちょち待ってね。同時にふくすうのそうさはできない仕組みになってるから⋯終わらせるものは終わらせないとねーん」
そう言い、架橋から侵入してきたウプサラソルシエールが行動開始。幻影は屹立しているミツラエルを取り囲み、圧迫を始める。圧迫を始めた瞬間、ミツラエルが開口できない中で、最期の足掻きを見せる。
「んンンン!!!ンンンーー!!!ンン!んンンン!!ンンンんンンン!!」
じたばた、じたばた、じたばた、じたばた、じたばた⋯。
ウプサラソルシエールの思念体が、ミツラエルを捻り込み、部位破損を実行。腕、足、首、胴体⋯とこの順番で、着々にパーツが捻れ、破壊されていく⋯。
破壊された断裂部分からは大量の出血が発生し、その血液は別次元世界の大地へと付着する。
捻れ、捻れ、捻れ。捻れていく身体。原型が無くなるまで捻れ現象は終わらない。思念体は幻影として行動していたが、行動は常に可視化されていた。断裂部分からは、内臓だったり血管だったり骨だったり、大天使アークエンジェルと化した今でも、人間の様式を継続させている事が改めて分かる内容。
大地に流れ落ちる大量の血液。上流から流れる川のように激しい様だった。人間にはここまでの血液が流れている⋯。ドンドンと流れてくる。やがて大きな血液溜まりが出来上がってしまった。
アスタリスとサンファイアの足元にも、血液溜まりが流れてくる。少し足を動かすと『ポチャッ』との音が聞こえた。踏み込むと、血液溜まりは振動を起こし、全体を拡げていく。
言うまでもなく、ミツラエルは殺された。顔面の形は見る影もない。パーツが地面に落下していた。眼球と歯が白いのでとても良く目立っている。特筆性のある事象と言えた。サンファイア、アスタリスは教皇の惨き執行に、言葉を失う。
「⋯⋯⋯」「⋯⋯⋯⋯」
「フゥ⋯おわったおわった。楽しかったぁ⋯じっくりたのしめたからまぁいいかな。本当はね、捻りじゃなくて⋯“叩き”もやってみたかったんだけどぉ、大天使アークエンジェルの身体は硬いからね。まぁソーゴが設定したんだけどさ!関節部分を狙える“捻り”を選択して正解だったよ。おかげで、めちゃんこグロテスクなかんじにしあがった!最高のショーだとおもおよね?ね?!!ねね??」
「⋯⋯さっさと見せろ」
「“見せろ”じゃなくて⋯実際に見たくないの?」
「⋯なに?」
「頼む、教皇ソディウス・ド・ゴメインド。そっちの世界に戻してくれ」
「いいよん、“エリュテイアの嫦娥”に白昼白夜の幸せがあらんことを」
◈
サンファイア、アスタリスを取り囲むウプサラソルシエールの思念体。攻撃意思は感じられず、2人は思念体に対しての反抗意識を顕にしない。しかし、アスタリスは弱冠の警戒をしているようだった。どこまでいっても彼は“傭兵”のように、全ての事に意識を向けている。だからといって、サンファイアが一切警戒を示していない訳ではない。それを表にしないだけであって、サンファイアも思念体への警戒を忘れていない。
⋯つまりは、2人とも、思念体を怪しんでいる⋯ということになる。この警戒態勢を如何に、相手へ悟らせないか⋯それをポイントに置き、サンファイアとアスタリスは、思念体の取り囲みを受け入れた。手法はミツラエルを殺害したフェーズと同様のものだったが、直ぐにその段階は終了。未だ見たことない思念体の動きを内面から捕捉した。
「どうやら、コイツらに任せて良さそうみたいだな」
「うん、そうだねアスタリス。彼等が、戮世界に戻してくれる⋯」
あんまり具体的に理解したわけでは無い。だが、2人には司教兵器が戮世界へ身体を戻してくれる⋯と思えた。
『エリュテイア⋯知ってるわけねぇよな?』
『うん⋯初耳だ。エリュテイア⋯僕たちがそれに似た人間だという事か』
『セブンス⋯って言っても、それは俺らが元いた世界⋯あー、ここで言うところの『原世界』っつーことになるか。原世界での呼び名だ。だが、もし『セブンス』って呼び名じゃなくて、『エリュテイア』として認知されていたら、どうだ?』
『うん、まとまりがあるね』
『そうだな⋯⋯』
◈
マインドスペースにて、セブンスの会話が行われている時、別次元世界から戮世界へ帰還する作業が、ウプサラソルシエールの思念体によって実行。黒色と白色。もはや、見慣れた正反対の色合いが、セブンス2人を取り囲み、別次元から消失させた。
特になんら書き記す事項が起きずに、2人は戮世界へと戻って来た。場所は帝都ガウフォンのカナン城。
フラウドレスが倒れているところを見つけ、教皇ソディウス・ド・ゴメインドへの戦いを挑んだあの舞台の上だ。
「なんだか、久々にこっちへやってきた感じがするな⋯」
「アスタリス、感傷に浸ってんの?この世界に愛着が湧いたとでも?」
「べ、別にそんなんじゃねえよ!何なんだよお前急に⋯⋯」
「姉さんは⋯?どこ⋯?」
アスタリスの過激なツッコミを半無視。サンファイアはフラウドレスを捜した。しかしサンファイアが現在いる“分断エリア”にはいない。
「サンファイア、お前忘れたのか?フラウドレスはアッチだろ?イカレ女が看病してんだよ」
「そうだった⋯⋯」
「どうせなら、フラウドレスがいるところに飛ばしてほしかったんだけどなぁ⋯おい、聞いてんだろ?テメェ」
「もお、ほんんんとにアスタリスの口はなんとかならないの?ソーゴだって、こんな年齢なのに、ちゃんと言葉遣いはちゃんとしてるんだよ??おねえとおにいが、ソーゴを教育してくれてるからなんだー!あ!よかったらこんど、いっしょにおべんきょうかい⋯」
「フラウドレスのところに連れてって」
「ヤだ」
「フラウドレスのところに連れて行け」
「そんな事を約束したんじゃ無いんだけどなぁ⋯。まぁまぁ、おちついてさ、みせるものはキチンと見せるからぁ⋯まぁま、とりあえずぅ、これを見ておくれよー」
そう言い、教皇はモニターを広げた。アスタリスはそういえば⋯と思い、司教兵器2体の存在が無いことに気づいた。大して時間も経過していないのに、ここへ戻って来た瞬間に気づかなかったのは、何故なのだろうか⋯。
ただ単に教皇ソディウス・ド・ゴメインドが、発現を停止させたのだろう⋯と思い、思考を処理させる。
「ここに映っているのは、2人の愛しの主君でよろしい?」
教皇は2人のいる地面に降誕する。モニターに映されたフラウドレスとヘリオローザの姿。その姿に安堵すると共に、アスタリスは教皇へ、力を屠ろうとする。
「⋯⋯!!?」
「アスタリス、待ってよ。今は暴力を行使している暇は無いと思わない?君の大事な大事な女の子が、たいへんなめにあってるんだよ?」
「元はと言えば、お前がギタギタに潰したのが悪ぃんだろうが」
「もお、これを言ったらアレが、それを言ったらコレが⋯アスタリスはロボットなの?同じことバーバーバーバー言わないでよ」
「⋯⋯⋯」
アスタリスはサンファイアに目線をやる。言葉に出来ないほどの怒りで満ち満ちていた。
「教皇、続けてくれ」
「わかった!サンファイア!ほんと、サンファイアはソーゴの側近にしたいぐらいだよ!、、ちょっと⋯よく見たら可愛い顔してるんだね、おとこなのに⋯ソーゴ、そういうの嫌いじゃないんだぁ」
「もういいから。姉さんを⋯」
「はいはい、どうぞどぞ。これが2人の大好きな主君ちゃんですよ。飽きるまでじっくり見たら〜」
モニターに表示されるフラウドレスとヘリオローザ。2人の周辺は煙が集っており、辺りを視認する事が出来ない。セラヌーン姉妹が、フラウドレスと同じエリアにいるのは分かっている。恐らくはこの煙の向こう側にいるはず⋯。サンファイアはセラヌーン姉妹の様子を教皇に聞く⋯。
敵なのに⋯。そっち側からしてみれば、敵の様子を教える事になるのに、何故だか教皇は詳細に教えてくれた。
「アトリビュートは、大陸政府のみんなと戦っているよ。ソーゴとアスタリス、サンファイア。この構図と同じ感じだよね。だけど⋯数的にはアトリビュートの方があっとうてきにふりなんだけどね。こっちには大陸政府、ノアマザー、乳蜜学徒隊。この殆どの人間には、天根集合知が授けられている。2人対⋯何人の天根集合知を相手にしてるんだろうね⋯。けっこう辛いたたかいを強いられていると思うよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「おいガキ⋯俺らを⋯」
「そこに連れて行け」
アスタリスの発言を遮るようにサンファイアは先走ってそう言った。2人は同じ意見。第一表層の感情は同一のものなのに、何故、サンファイアはアスタリスの言葉を書き消すかのような態度を取ったのか。
「それは⋯あの2人が、大陸政府を倒した後にする事かなぁ」
「何故だ!!」
サンファイアが詰め寄る。教皇へ詰め寄っても眼前まで迫れないのはわかっている。だがサンファイアは、そんなのお構い無しで、自身の感情と正直に向き合った。その結果、教皇との接触を果たす事に成功してしまう。アスタリスは最接近したサンファイアに驚く。
だがこれ以上に驚きを見せていたのは、教皇ソディウス・ド・ゴメインドであった。教皇の胸ぐらを掴み、カナン城の城塞へと、教皇の身体を叩き込んだ。教皇は痛がる。
しかし、そのリアクションは直ぐに演技だと分かった。胸ぐらを掴む右手が教皇の首元へと移り、教皇の息を止めにかかる。教皇は息悶え、苦しむ様子は一切感じられない。
アスタリスはサンファイアに発する。
「殺せ⋯サンファイア⋯もうそいつ、殺してくれ⋯」
アスタリスの切実な願い。これが叶えば、もうあとは何も要らない⋯とでも思っているかのような、一途な思いそのままの感情が乗せられていた。フラウドレスは生きている。それが分かれば、2人にとっては十分だった。だからもう、教皇は必要無い。
こんな子供を相手している暇なんて無いのだ。子供の成体を整えているのに、時折露呈する大人の香り。大人と子供の人間性を往還する教皇ソディウス・ド・ゴメインドの素質が理解出来ない。
『このガキは抹殺した方がいい』
アスタリスがサンファイアに語り掛ける。マインドスペースにて。
『それはむりだ』
2人の脳裏に聞こえてくる教皇の声。今、教皇はサンファイアの右手によって自由が無くなっている状態だ。その時、アスタリスが教皇の背後から放出されている粒子状物質の存在を発見してしまう。
サンファイアによって壁に打ち付けられた教皇。その体格からして、普通の人間ならタダじゃ済まない。しかし教皇ともなるとそれは例外。
教皇はサンファイアに首元を握られ、壁に打ち付けられた瞬間、その直撃した壁に自身の粒子状物質をめり込まさせ、身体からほぼ全てを逃がしたのだ。この粒子状物質は主に教皇ソディウス・ド・ゴメインドの能力が盛り込まれている、教皇が生存する上で欠かせない要素を多分に含有しているものだ。この中に、司教兵器を発現する際に必要な、鴉素エネルギーと蛾素エネルギー、それを含む上方修正バージョンのニュートリノシリーズも搭載されている。
サンファイアはそれに気づかず、必要最低限の生存確保が可能な粒子を相手にしていたのだ。
教皇は壁へとめり込みを中断。壁からスライムのように、ヌチャっと現れ、直ぐに身体を形成していく。
「なに⋯!?今まで相手をしていたのは⋯⋯」
「どうやら⋯⋯遊ばれていたみてぇだな⋯」
2人は臨戦態勢を取る。きっと教皇は反撃に出てくるはず。2人は心の奥底で『勝てないかもしれない⋯』と思っている。だが、ここで逃げても何も意味は無い。フラウドレスと再会出来なくなってしまうが⋯⋯こればっかりはしょうがない。そうして2人は教皇との直接対戦の幕が上がった⋯と思い込んでいた。
「ハイハイハイ⋯サンファイアぁ⋯ちょっと強いよ⋯つよいつよい⋯ドスン⋯!ってさぁ⋯あそこまでつよく打ち付けられるとぉ⋯もしかしたら、こうやって、壁にスゥーン⋯とめり込め無かったかもしれないんだよ!ソーゴ、ここで死んでたかもしれないんだよ!可哀想すぎない!?ねぇ!だってソーゴ、こんな“壁打ち当て”で死んでいいキャラじゃないもん!絶対チガウモーーー!ン!」
教皇は攻撃して来ない。なんなら、いつもの教皇よりも年齢と共に、学力を低下させ戻って来たかのようだった。そして、いつもより長文でツラツラと⋯サンファイア、アスタリスの軽蔑の眼差しを受けても尚、自身のワールドを展開させていく教皇。
「もお、 ソーゴは疲れたから、なにもしないよ⋯。もお疲れたつかれた!」
「そんなの信じられるか」
「アスタリスぅ、しんじてよー!ねえねえ、おともだちでしょ?言ってやってよ!サンファイア!」
「いや、僕も教皇が隙を見て攻撃してくると思っているのだが⋯」
「はぁ⋯まぁさ⋯ソーゴが色々やっちゃったのは分かるよ?フラウドレスをやったのはソーゴ。ソーゴを恨む気持ちがあるのは分かるんだけど⋯、、フラウドレスだって悪いんだからね!急に攻めてきたりしてさぁ⋯!奴隷を大陸神へ捧げるのは、戮世界の文化だって言うのに。戮世界にやってきたのはそっちの方じゃんね!?」
「⋯⋯⋯⋯」「⋯⋯⋯⋯」
「黙ってるよ⋯あーあ、だまっちゃってるよ。せっかくさぁ、アトリビュートの方に連れて行ってあげよーかなぁって思ってたのに」
「おい早く連れてけ!!」「⋯⋯!」
アスタリスは教皇へ迫り、サンファイアはその場で決心する。2人の個性を非常に良く表したシーンである。
『アトリビュートの方に連れていく』。これだとセラヌーン姉妹を心配してそっちの世界に連れて行け⋯と言っているように捉えることが出来るが、実際は違う。2人の眼中にはフラウドレスの存在しか無い。サンファイアが、少なからずものセラヌーン姉妹の心配をしていてもおかしくないはず。だが、サンファイアにそのベクトルは無く、完全にフラウドレスにシフトしている状態だった。
それ程までに、2人はフラウドレスを愛しているのだ。最早、これは“不適格”と言える域にまで達している。
フラウドレスに溺れ、フラウドレスを崇拝し、フラウドレスを激愛している。フラウドレスの存在が無ければ、今の自分は無い。確実に2人の心には必要な存在なのだ。こうして、一日会わないだけで、心にぽっかりと空いた穴が、次第に膨れ上がっていく。
そう、まさに⋯サンファイアとアスタリスは、“フラウドレスの奴隷”。




