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[#89-カナン城在住の高位貴族]

訳:姉と兄

[#89-カナン城在住の高位貴族]


戻り、現在15時7分──。

カナン城 乳蜜祭メインパレード開催エリア



乳蜜祭メインイベント、奴隷祭壇贄人儀式シキサイシア。定刻の15時にもなりメインパレードエリアは、活気づいていた。今か今かと、奴隷の登場を待ち侘びる人々の姿が、狂気にも思える。狂乱の声を轟かせ、カナン城への暴言を吐き散らす者もいた。そうした一部の民間人による暴動によって一悶着起きてしまう事件があったのも、“過去の記憶”として現在にまで引き継がれている。その過去というのは、今でも珍しい出来事ではない。

今、起きているからだ。


「おい!さっさと見せろ!!今回の奴隷!大陸神に見せる前に俺らに見せやがれ!!」

「アトリビュートがいなかったら承知しねぇからな!!!」

「いるんだろ!そん中にいるんだろー?!」

「みせろー!見せろー!見せろー!見せろー!見せろー!見せろー!見せろ!見せろ!!見せろ!見せろ!」


狂気が感染していく。気狂いが拡大していくことによって生じるのは、そうじゃない人間とのトラブル。時代は繰り返される⋯とはよく言ったものだが、こうして見ると時代なんて結局のところはコピーペーストの連鎖。そんなリピート記号が打たれた楽譜に、異物として混在している者こそがアトリビュートを始めとする異能を持ち合わせた人間。天根集合知ノウア・ブルームを対価として受け取った人間関係も、“異物”の対象として見ても何らおかしくは無い。

いっとき、ヒュリルディスペンサーはリスキーなものだった。自身の身体を欠損させてまで、”対価”を受け取る必要性があるのかどうかを⋯。今ではそういった諸問題は解決されており、基本的には“人体の損傷を行わずに”、アインヘリヤルの朔式神族から対価を受け取る事が出来る。


私を始めとする、さっきまでカナン城エントランスに居た全ての人間は、メインパレードエリアまで足を動かす。その道中、大陸政府メンバーがそれぞれで会話を果たしているが、私は言葉を発する事の無い時間だったので、とても退屈なひとときであった。

ヘリオローザも私と同じだったが、少し経ってから大陸政府の人間がヘリオローザに話し掛けていた。その際、私に一瞬の顔向けをしたことを私は忘れない。

あの顔⋯私の心情を読み取れる人間だからこそ可能な表情だった。

『フラウドレス、アタシは見てるからね。あなたを一番に思ってるから』


ヘリオローザの“裏切り”にも相当しかねない行為を見た上で、この発言を受けるとあまりにも虚偽紛いが過ぎる言葉だな⋯と残念ながら感じてしまう。これは人間の本能的な作用だ。

だが嘘でもなんであれ、まだ私との“繋がり”が完全に絶たれた訳では無さそうだ。



声が聞こえてくる。声が聞こえる方向に進んでいるようだ。私には大陸政府を中心としたメンバーが何処を目指しているのか“正確には”不明。今までの話と、現行でのは話を盗み聞きするにあたって、予測のつく場所ではある。まぁ、こんな能力を使用するほどの意味は無い推理だが⋯。


「ラキュエイヌ」

「⋯?」

話し掛けてきたのは、テクフル諸侯の辺境伯ティリウス・ケルティノーズ。私がここにやってきたあとからは発言する機会が少なかった人物だ。“辺境伯”という位階諸侯だから、気安く発言権を持っていない⋯と思える。そんな場所と空気を弁える男が、私に話しかけてきた。

気安く、私の名字を述べて。


「あなた、ラキュエイヌなんでしょう?」

「ええ、そうよ。辺境伯さん」

「おっと⋯あなたは確か、私にスポットライトが当たっている時にはカナン城にいなかったハズでは⋯?」

「そうね、私とヘリオローザは⋯」

「繋がっている。⋯⋯そうですよね?」

「⋯⋯⋯ええ、そうね」

ティリウスはフラウドレスの発言を遮るように、自身の言葉を紡いだ。無駄な会話ターンだと思った。カリウスのような老人では無い、青年の姿をしているが⋯どうやら心は老人よりもタチの悪い、“ガキ”なようだ。

「ラキュエイヌが戮世界に来るなんて、生きてる内にこの目で見れてとても幸せ気分ですよ」

「あーそれはどーも」

「冷たいですね⋯⋯⋯何か気に障ることでもありましたか?」

コイツ⋯舐めてんのか?気に障ることだらけだったのに⋯それをわかった上での調子に乗った発言。私からしたら虫酸の走る超ウザイ案件。一気にこの青年に対しての殺意が湧いてきた。

「冗談ですよ冗談。申し訳ありません。いくらなんでも、あなたの事を考えなさ過ぎた愚問でした。失礼」

「⋯⋯⋯⋯⋯用は終わり?だったら私の前から消え去って。もっと言うと、もう二度と私の前に現れないで」

「そんなぁ⋯⋯せっかくラキュエイヌと話が出来る!転っていうのに⋯もうちょっと優しくなってもいいんじゃありませんか?」

「うるさい。私の気分は今、絶不調なの。最悪の気分よ」

「過去のラキュエイヌを知っていますか?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

私は黙る。『過去のラキュエイヌ』など興味を持ったことも無い。

「⋯⋯⋯興味は無い⋯という事ですね?」

「⋯⋯⋯⋯」

ティリウスは私の顔を覗くように見てきた。私の視界に食いこんでくる嫌いなタイプの男。今すぐにでもコイツを殺したいと思ってきた。アスタリス、サンファイアが見たら、コイツは6ターン前に虐殺されてるな。

嫌悪感を抱かせる男を見る度に、2人を思い出す。こんなクソ男が2人を思い返す“トリガー”みたいになってしまって申し訳ない。普通に、そんなのが無くても、憶えてるからね。サンファイア、アスタリス⋯⋯⋯。何処にいるの⋯?


「と、まぁ色々な事がありますけど、やはり過去のラキュエイヌというのは様々な性格を持っていた人間なようで、それを基幹として棲みついていたヘリオローザ様はいったいどのような存在なのか⋯学者達が色目をつかう中、遂に、ヘリオローザ様が姿を具現させた」

「あ、ああ⋯ふーん⋯⋯そうなんだ。へぇー」

サンファイア、アスタリスの事を思い出すとほぼ必ず現実を放棄してしまう。まぁこれは良い例だな。別に相手しなくてもいい時は、2人を追憶する。無駄な時間を刻むよりも過去を回想させた方が、個人的には良い。

「流しますねぇー。ひょっとして他の人間のこと考えてたりしますか?」

「ええ、そうよ。よく分かったわね」

「ええ、そりゃあもう。ラキュエイヌ一族のファンですから」

ちょっと外見の整ってる男だからって私が酔うと思うなよ。辺境伯という肩書きを利用して色んな女を娶ってるんだろどうせ。悪いがお前からはこういう、悪いイマジナリーしか生まれない。

「そう、、、私のファンならひとつ、聞き入れてほしいことがあるかな」

「はい、なんでしょうか」

並列歩きしていた彼が私に身体を詰める。しかしそれは刹那的な早さで終わり、気づいたら眼前に迫っていた。初期に起こしていた“視界への食い込み”を再度、行っていた。

─────────

「あなた、私が呼ぶまで絶対に近くへ来ないで」

─────────


「え、、、、、、」

ティリウスは止まる。たったひとり、なんならティリウスが歩行を停止させたとて、移動が中断する訳じゃない。

フラウドレスも止まらず、一時停止したティリウスに一切の目配せもせず、立ち去って行った。

「『呼ぶまで⋯近くに⋯来ないで⋯⋯⋯?』ということは⋯完全に拒絶されたということでは無いのですか⋯⋯?」

フラウドレスは完全に自分との関係性を切ったのでは無い⋯と勝手に解釈している。それはフラウドレスの狙い通りだった。


少しでも、大陸政府に私の味方をしそうな人物との関係性を構築しておく。ティリウスへの“心理間に属する離し”を実行したのは、彼がどれだけ私へと想いがあるのかを確かめたかったから。彼のリアクションを見て判断出来た。

この男は、使える。


ティリウスは、『呼ぶまで近くに来ないで』という文言をえらく気に入り、フラウドレスへの接近行為を停止。移動行列への入列を再開させた。



15時22分──。


カナン城エントランスから、私達はかなり歩いた。経過時間的にはそれほど要したものでは無いが、私的には随分と退屈な時間だった。周りの大陸政府が起こす会話を一応、聞いておきたいから。かといって、聞いておこう⋯と思い、耳をそばだてれば、大して中身の無い話をする大陸政府だっていた。奴隷への愚痴だったり、帝都ガウフォンの水商売に関する話だったり⋯女の話が中心だったように思える。それが一部分だけでは無い事が、私の精神面を更におかしくさせる要因。

⋯⋯⋯⋯⋯どうやら、帝都ガウフォンの“ピンクハウス”は上物が多いようだ。そして、政府上層御用達のゴージャスセレブリティルームも完備されているよう。⋯まぁこれを羨ましがっている、ということはこれを引き合いに出している、この男とこの男とあの男とその男とさっき私の近辺にいた男と端っこにいる男達は、大陸政府の下級メンバー、と断定出来る。ほんと戮世界⋯と言ったかな、どこの時代も世界も、結局のところ性欲に勝る大人の下劣話は無いな。⋯こんな分かりきっていたリザルトだが、改めてこうして現実を体験すると、思うところが色々とあるものだな。⋯⋯ということは私は、僅かでもこいつらから智慧を受けた⋯蓄えられたことになる。


いや、複雑過ぎるわ!有難い⋯って正直に思いたかった!対象がエロであれ、なんであれ⋯私に新たな“繁栄”があったことには変わりない。

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯そゆことだ。



カナン城は真っ直ぐじゃない。複雑な一本道。歩くのは基本でそこからは上ったり下りたりを繰り返し、曲がったり曲がらなかったりを繰り返し、ようやく目的地である場所に着いたようだ。大名行列のような大量の人間大移動劇は、カナン城に住まわる全ての人間に凝視される。


「⋯⋯⋯⋯」

カナン城に住まわる人間からの凝視を受けて、私・フラウドレスは、目のやり場に困ってしまう。何故なら、彼女らは淫らなロリータドレスを着装していたから。胸、太ももの露出が過度に激しい服。そして女しか視界に映らないのも印象的だった。


「エロいよなぁ⋯ほんとに」

「うんうん、マジでエロい。これがカナン城に住む王侯貴族だよ」

「俺もそんな家に産まれたかったなぁ」


大陸政府直属異端審問執行官の男2名が悦に浸っている。


なるほど。そう言うことか。カナン城には宿泊スペースもあるのか。それも王侯貴族。いわば、戮世界のお偉いさん周りの人間しか使用出来ない施設。

しっかしそれにしても・ ⋯可愛い女の子いっぱいいるなぁ。⋯⋯⋯⋯⋯男、いなさすぎやしないか?


「だが、男で産まれると、苦行の毎日だぜ」

「そうだな⋯。女はイイよなぁー。カナン城を住処に不貞し放題だろ?」


え、、、マジでか⋯⋯⋯。我々の世界と同様、“男は戦争に行って女は帰りを待つ⋯”みたいなことか?それに加えて、“不貞し放題”って⋯⋯⋯⋯不倫⋯⋯⋯まぁそうか。そういう文化も原世界と同じなんだな。てか、全部同じなんだよな。戮世界と原世界は。それだったら、色々と合点のいきそうな難題が次々と私の中で処理出来るかもしれない。もうちょっと、戮世界住人から話を聞こう。

⋯⋯ただ、コイツらから話を聞くのはもういい。これ以上、猥談を聞くのは耳が疲れる。

戮世界のコアのような⋯そんな話を間接的に聞きたいのに、繰り出される話と来たら、性的好奇心を掻き立てるトークのみ。ダメだな、これは。もう用済みだコイツらは。

私はここで外界の声をシャットアウト。自己世界領域を展開し、サンファイアとアスタリスの無事を祈ると共に、捜索を再開させた。大陸政府に紛れて。



光が届く。大移動行列が前進する空間に光が届き始める。久々の陽光では無かった。所々で、建物と建物の間から射し込まれる太陽光はあったものの、こうして真正面から伝わるのは久々だった。


さっきまで居たエントランスとはまた違う光景が視界に広がる。私はてっきりエントランス前の場所が、乳蜜祭の開かれる場所だと思い込んでいた。

『メインパレードエリア』という文言はなんだったのか。

不思議に思うが、募った不安は直ぐに解消される運びとなった。

カナン城から出ると、そこに広がる光景は異常なものだった。驚くほどに夥しい数の人々で溢れかえるカナン城エントランスから真逆の世界。先程までの遊園地のような光景はどこへやら⋯ここは本当に同じ都市、同じ空間なのか⋯と本気で疑問に思ってしまう⋯。だが、、、、そんな馬鹿な疑問は周辺の都市環境を見れば早急に打ち消された。エントランス前に建っていた建造物と作りがほぼ一緒の建造物が何棟も存在。⋯⋯⋯まぁ、冗談半分での“疑問”ではあったのだが、、、だがこれで都市環境的には変更面は見当たらない。ただただ民間人の様相がぜんぜん違う。

アングラ感があった。子供は⋯⋯⋯⋯⋯⋯いた。

いるのか⋯⋯、、高純度なアングラ感が漂っている空間なのだが、そんなのは関係無く普通に子供もいた。親子連れ⋯友達と一緒に来ている⋯大人との過激な身体の接触で、圧迫の被害に遭ってしまうんじゃ無いかと心配になってしまう。

そんな心配を他所に、夥しい数の民間人はこちらに声を掛ける。その声のボリュームは凄まじいものだった。建造物にその声が直撃し、反響を起こしている。ただならぬ『シキサイシア』への期待値の高さが窺える。

大人にとっては自分よりも年齢の低く、子供にとっては自分達と同じ年齢ぐらいの子達が、今から⋯死ぬんだぞ⋯。そんなものを見に来るために⋯⋯⋯⋯狂ってる。この世界の人間達は狂ってる。


カナン城から出て、大陸政府を始めとするエントランスからの大移動メンバーがこの大衆の前に姿を現すとより一層、声のボリュームが最高潮になる。フラウドレスとヘリオローザは、異常な盛り上がりに引く。奴隷祭壇贄人に肯定的なヘリオローザでさえ、面前を見て不快な表情を作った。フラウドレスはと、言うと⋯。


当然。私もヘリオローザと同様の感情。それどころか⋯もう⋯今すぐにでもここから立ち去りたい気分にもなった。だが、ヘリオローザが居るから⋯普通ならもう私の身体に戻ってほしい。なのに、いつになっても戻らない。私の方から彼女を戻す方法があるならとっくにやっている。

分からない。戻す方法などあるのだろうか。それを探る為にも私は、彼女⋯ヘリオローザと一緒に居る。こんな女と化学反応を起こそうとする馬鹿げた戮世界の人間から、ヘリオローザを離すためにも。私はここに必要だ。


大陸政府はステージ上のそれぞれ用意された座席の前に立つ。私とヘリオローザは⋯⋯⋯。⋯⋯⋯奴隷がいない。100名を超える子供達の姿が消えた。消失反応など一切無かった。

その流れで、周り⋯すなわち、シスターズ&教信者の姿を確認しようとした。するとステージ上に立ったのはシスターズ&教信者の限られた人数のみ。舞台に立たなかったシスターズ&教信者は、大衆の前に立ち、“警備員”のような役割を担っている。着装している修道服がなんだか“取り締まり”を行う制服にも思えてきた。


「デメテル、ラサイン、ルフェル、ルバトス」

「⋯⋯⋯⋯⋯?」


ヘリオローザが私にしか分からない交信手段『マインドスペース』を使用し、そう伝えてきた。どうやらそれは人の名前のようだ。ヘリオローザの視点映像が送られてきた。視点映像には、黒目をギョロ⋯ギョロ⋯と4回に渡って等間隔に移動させるモーションがある。その視線の先にはシスターズ&教信者の子供達。それもステージに上がった子供達だ。

「この子達の名前ね⋯⋯⋯」

「うん」


“選抜メンバー”、“精鋭メンバー”、“無作為メンバー”。どのような基準でステージに上がらせるメンバー、上がらせないメンバーを分けているのか知らないが、何かしらの指示を子供達が受けた確かだ。


警備員の役割を果たすシスターズ&教信者の前方には、視認可能な結界が張られている。生物の接触によって結界の姿は露呈される。赤と紫と水色と緑と白が混在した壁で、透明と不透明の境を行ったり来たりしていた。美術家が大病を患っている中で、生と死の狭間を歩む道中、自らの人生を振り返った際に、『結局のところ、もう死ぬんだから振り返っても意味無いよね⋯』と思い、作品作りを中断⋯それでも後世に遺したいという想いが結晶化されて完成した遺作のよう。心理グラフの脈打ち内容に高低差があり過ぎる。特に白の力が結界には強く働いていた。白の反転は黒。黒が発見出来なかった事を、フラウドレスは不自然に思った。

『さっき⋯⋯ウプサラソルシエールが出したからか⋯』。

気づくと自分は、戮世界の異形に見惚れていた。こんな所で記憶をしたい時間なんて無いのに。


夥しい数の民間人を前に、特設されたステージに立つ大陸政府の中心メンバー。テクフル諸侯と七唇律聖教。シスターズ&教信者の過半数はステージ上へと行かずに、結界前へ立つ。ヘリオローザが言っていた4人がステージに。4人は席を設けられていない場所へ。定位置なのか、その足取りはロボットのようだった。

唯一この舞台の構造・配置・役割を把握していないのは、私とヘリオローザ。ヘリオローザもオドオドしている。さっきまであんなに大陸政府と仲良しこよしやっていたのに、いざこうしてイベントが始まるとこのザマだ。

フン、なんだ、そんな可愛いところあるじゃないか。結局お前は現実に己の姿を晒した所で、誰かに頼らなければならない存在へと陥ってしまう。

しょうがない。私がヘリオローザに手を差し出してやろう。親愛なる隣人にして母体のフラウドレス様が、お困り中の“薔薇の暴悪ちゃん”にね。


「ヘリオロー⋯⋯」

「フラウドレス!見てみて!」

「は⋯⋯?」

さっきまでオドオドギョロギョロしていたのに、たったひとつの出来事でヘリオローザが目を覚ましたかのように動き出す。手を差し出そうとしたのに、彼女の方からタッチを試みて来た。それも激しく、私を死の淵から目覚めさせるように。鬱陶しいぐらいに感じたが、彼女のリアクションから察するにある程度の内容は受け入れ態勢万全だ。それにだいたいその内容は予想出来る。この構築されたシチュエーションを俯瞰してみるに、もうそろそろ始まるのだろう。

「フラウドレス!さっきまで一緒に居た“奴隷ども”よ!」

「⋯⋯⋯⋯」

私とヘリオローザ、それに大陸政府を始めとする教母2人、シスターズ&教信者の舞台の上。“舞台上”では無く、“舞台の上”だ。舞台劇場ならその位置には照明があるような所だ。だがこの特設ステージは都市に晒された外の空気が香る場所。

ここでいう“舞台の上”には、アーチ状の緩やかな湾曲を形成した構造物がある。それは舞台に設置されている2本の柱から、各アーチを形成。そのアーチは上階へと緩やかに上昇。アーチが辿り着いた先には、バルコニーのようにな広々とした空間がある。バルコニーに誰かが現れるようだが、それよりも目を見張る光景はアーチの上に立つ奴隷の姿。下から見るにアーチは緩やかな湾曲を形成しているので、人間が直立出来るような床では無いように思える。然し奴隷は立っている。何人もの奴隷がアーチの上に立ち、私達のみならず大衆を眺めていた。大衆らはこれらの光景を見て狂喜乱舞しているのである。

奴隷は無表情。何も感じていないのか、悟りを開いているのか、己の未来をもう既に投げ打っているのか⋯マイナスベクトルの感情である事には変わりない。


アーチに等間隔で並ぶ奴隷。舞台柱から上階の『皇室アルビジョア』へ伸びるアーチは全長68m。

柱の高さは8m以上はあり、普通の人間だと手の届かない高さ。いったいいつ、彼等はあんな場所に⋯という疑問は刹那的に解消されていく。

「空間転移⋯」

「⋯⋯」

ヘリオローザの言葉の前から私は分かっていた。彼女のまぁまぁ可愛い声でボソッと残すように言ったので、仕方無くその気づきに反応してあげよう。視線くらいでいいか、顔を向けるとなんだか“負けた感”があるからな。


「こちらへ」

「⋯⋯?」

私とヘリオローザ以外の面々が所定位置に着く。席を前にして未だに着席をしないのは、誰かの号令を待っているからか⋯?私とヘリオローザに用意された席は無い。なんだか⋯少し浮いてる気がしてならない。大衆との距離は結界を挟んで、24m。その間にもシスターズ&教信者もいる。まぁ子供達を警備員として認めた訳じゃないが、一応の危機管理シミュレーションには対応している⋯とみて、ほんの少しだけだが安心している自分がいる事は否めない。人と人の間に、人が居る居ない⋯では大きな違いだ。

それにこの24mの距離も、ちょうどいい。だが私とヘリオローザのみが席の前に立たず、ウヨウヨと顔を動かしていると嫌でも目立ってしまう。観衆の目はやがて、私達に完全焦点が当たる。


それはフラウドレスとヘリオローザの容姿にも原因があった。美しい修道服ドレス、貴族のみが使用出来る戮世界の文明を体現した刺繍の柄。フラウドレスは、レリーゼから着せてもらった服と、“ノアマザー”と呼ばれていない最初に出会った教母から貰った修道服を融合。自分なりにアレンジさせていた。ここにくるまでの道中。カナン城はあまりにも暇だったので、そんな遊びをしていた。特に自分でも褒めるべきポイントも無く、出来映えは⋯『マァマァか』と思っていた。だがフラウドレスに送られる観衆からの熱視線。更にはヘリオローザの黒薔薇を基調とし、様々な花を携えたゴシックコートワンピース。

ヘリオローザはと言うと⋯

『フン!⋯⋯⋯フン!⋯⋯⋯フン!⋯⋯⋯フン!⋯⋯⋯フン!』

アッチを見たりコッチを見たり⋯観衆が自分に視線を向けてる⋯というのが判明した途端、全面的に開放。自分自身が思う武器をこれでもかとアピールした。腰に手を当て、自分という存在を高らかに宣言している。大陸政府はそんなヘリオローザの姿を見て感嘆。


『さすが、ヘリオローザ様。民の目を簡単に奪っておられる⋯⋯⋯』

ロウィースのみでは無く、他の大陸政府もこのような心情だ。


フラウドレスはそれに乗れていない。自分で自分をよく見せよう⋯とかそういった魂胆が皆無だからだ。なので自分の会見を“武器”だと判断出来ているヘリオローザに対して敬意を表するレベルで『スゴ⋯』と思う。それを口にしないのはフラウドレスのただの恥ずかしさ。女が女の容姿を褒める⋯というのに慣れていないせいである。



「ヘリオローザ様」

「なに?」

ロウィースが話し掛ける。

「まもなく教皇がお見えになります。申し訳ありませんが、観衆への対応をやめていただけませんか?」

「ああ、いいよ。ごめんね!アタシ、結構乗っちゃった!」

満面の笑みを浮かべる。ロウィースと話しているのに、私の方へも視線を向けたのは、『あんたなんで、ついてこないのよ!』とでも言いたげな様子だった。あえてマインドスペースを使わず、視線で交信する⋯。私達にとって特段珍しいことではない。

「とても素晴らしいお召し物でしたよ!」

ロウィースは大満足!⋯感想を述べている。ロウィース以外の大陸政府も拍手をしていた。それを見て観衆からも拍手が送られた。まばらな拍手だったのはほんの最初だけ。直ぐに拍手の讃えは“感染”していき、大きな称賛ムード形作り事となった。

「ありがとう!みんな!ありがとう!」


観衆はヘリオローザの正体を分かっていない。とにかく凄い表現者⋯美人さんというのが観衆には伝わっている。大陸政府と同じステージに立っている⋯ということは、関係者なんだろう、と解釈。その考えに辿り着くのは“普通”であった。

「ヘリオローザ様、ラキュエイヌ、こちらへ」

「おっ!気が利くねぇ〜、ありがと」

異端審問執行官が、フラウドレスとヘリオローザに座席を用意。大陸政府と何ら位の変わらないロイヤリティなゴールドの椅子だ。その様子を見て、観衆がザワつく。


「⋯⋯⋯あの綺麗な人と⋯⋯⋯あの綺麗なお召し物の人⋯⋯大陸政府と同じ椅子の前にいるよ⋯?」

「べっぴんさんと知らん女、関係者じゃねえのか?」

「アレの前に立ってるっつーことは、もうそういうことだろ」


観衆がざわつき、それぞれの考察が始まっている。裏でやり取り⋯脳内で片付ければいいものを、観衆達は左右前後の人間らと考察コミュニケーションを図った。


『へぇ〜、この人たち、アタシらがここに立っているのがふしぎでフシギで仕方ないみたいね』

『うん、そうだね。アンタのせいでもあるんだからね』

『ええっ!!?なんでよ!』

『あったりまえでしょ!あんな訳わかんないダンスもやりやがって!』

そう、ヘリオローザは最終的に、観衆の雰囲気に踊らされ小規模なパフォーマンスも実行。観衆がまぁ喜んでいたからいいものの⋯⋯いや!良くないわ!

『目立ちすぎ!!ヘリオローザってバレたらどうすんのよ!!』

『だいじょぶダイジョブ!アタシが言わなかったら“ヘリオローザ”ってバレなかったんだしぃ!観衆はただの“人間”なんでしょ?じゃあ素性も知れてるし、だいじょぶっしょ!』

『はぁ⋯もう頼むから⋯⋯⋯』


フラウドレスとヘリオローザは座る。周りの大陸政府は直立しているが、2人は座った。その意思疎通は2人の個性が爆発した内容。

────────

『決して、お前らと同じでは無い』

────────

フラウドレスとヘリオローザは、離れていても心の果てで見えている光景は同じ。たとえヘリオローザが、奴隷制に肯定的であってもフラウドレスとは同じ考えに至る。主核的な目標が異なるだけで、思考が同等⋯というのは厄介なシステムかもしれないが、この2人にはそれで良かった。

両者は『だよね〜』とまるで女の子がアフタヌーンティーでも楽しんでいるかのように笑い合い、現場を楽しんだ。

大陸政府はそんな、周りの空気お構い無しの2人の着席行動に対して驚愕。カリウス以外の面々がそんな感情に陥る。

「ヘリオローザ様!フラウドレス!ダメですって!」

「うっさいなぁ。黙りなさいよ〜」

観衆もどよめく。フラウドレスとヘリオローザが舞台に上がった時以上の“音の低いどよめき”だった。観衆の驚きと疑問視にも2人はまったく臆すること無く、現在の状況を流そうとする。


特になんの問題も無し。フラウドレスだって、アタシと結局のところ同じなんだよーん。あんたら、今、何を目の前にしてるか分かってんの?こんな都市、アタシとフラウドレスがいたら一瞬だかんね?ただまー、あーやって、アタシのパフォーマンスを褒めてくれたのは嬉しかった。思い出してきたよ過去を。昔も…千年前もあーやって、みんなの前で天根集合知ノウア・ブルームを披露っしたっけかなぁ。ダンスもやった。さっきやったダンスはその名残り。フラウドレスじゃないラキュエイヌの時代の時にも、ダンスを披露するシーンが何人かいたんだけど、ぜんしーんぱーぺきに決まったんだ!ほとんどアタシ、“薔薇の暴悪”のおかげ。

あぁ〜思い出すなぁ。こうして人生において絶対的に無関係!って言える人をどうやって喜ばせ、笑わせられるか…って熟考した日々を。

……⋯⋯うん?なにこの鐘楼の音。



2人のみが座り、場が凍るように冷えている。緊張感が半端じゃない。その原因を作ったフラウドレス、ヘリオローザ。大陸政府はもとより、彼女らの威風堂々っぷりは流石なものだ…と異方向の感動さえ覚える。だが彼女らを“特別な存在”としか認知していない観衆は違った。単純に、『あの2人は何者だ…』という大雑把な疑いが続出。その疑いは統合体のように拡がり、縦横問わず観衆らが意見を出し合う。


『フン、勝手な事言いやがって。軽蔑するようなこと言ったらまっさきにそいつ殺しに行くから』

『おい、冗談でもそんなこと言うな。今度は無いからなヘリオローザ』

『もお!フラウドレスはマジメすぎ!別にいいじゃん!ここで騒ぎ起こせばサンファイアとアスタリスがそれに気づいてよってくるかもしれんじゃん!』

『うーん⋯⋯⋯そんな都合のいいことが…』

『あるって!メルヴィルモービシュ。同じ“白い巨人”の力を受けたんだから、ここだって!同じ所にいるって!』

ヘリオローザはこんなことを言っているが、もしそうなら私はとっくのとうに2人のシグナルを検知しているはずだ。

『ヘリオローザ…2人のシグナルを見つけられないんだよ…』

『え、、そ、そうなの……そんなん、普通、有り得ないんじゃないの?』

『いやまぁ…有り得ないっていうか…単純に…2人は少なくとも…ここにはいない…違う場所にいるっていうことになる…』

『違う場所ってどこよ』

『そんなの…分からないよ…戮世界なんて…非現実的な出来事に直面したんだから、考えなんて無限大過ぎて…予想すらも立てれない…』

『フラウドレス、、、、』

マインドスペース内で意気消沈するフラウドレス。表面的にはフラウドレスは一切顔色を曇らせていない。我慢している。感情を押し殺しているが、中身は涙が溢れて止まらない。そんな母体の状況にヘリオローザが、助言を言ってあげたい…そう思った時だった。



「ヘリオローザ様…フラウドレス…席の前に、、、立っていただけませんか?」

異端審問執行官がマインドスペースを実行している2人の元を訪ねる。真っ先にそれに応対したのはフラウドレスだ。

「嫌」

『いや』とだけ、男に言い放った。

「しかしですね…もう間もなく…教皇の挨拶が…」

「私には知ったこっちゃない」

「…………」

異端審問執行官はビビっている。ラキュエイヌ一族を前にして、正気じゃいられないのだ。恐らく、

フラウドレス、ヘリオローザの所へ来る前に、相当な深呼吸をして心と体を整えたのだろう。結果、このザマである。やってみたはいいものの、成果が発揮されない準備行動もある。これは最たる例。そんな“震え”さえ起こしている男に、ヘリオローザも話し掛ける。

「あっちいって」

「はい……」

「あんたの声には直ぐ反応するのね」

「フラウドレスにも結構ビビってたよ?」

「そう?」

「アッハハハッハハハハ」「アハハハハハッハハ」

2人は笑った。当然この模様もバッチリと大陸政府、観衆に映っている。ますます彼女らへの不信感は募る。


鐘楼がもう一回鳴った。さっきのと同じリズムだと思ったが、2回3回…と等間隔で刻まる音曲に不可思議な音色が乗っていた。回数を重ねる毎にそれは不安定な音域を形成。少なくとも人間の耳には心地のいい音色とは言えない。これに対してそのような不快感を抱いているのは、私とヘリオローザのみ。周りの人間はこの音色に口角を上げ喜んでいた。

頭を揺らし奏でられる音にリズミカルになる者も多数続出。そんな観衆の前に居る私達からしてみれば、多数の人間による頭揺れ光景…完全にヤバイ集団。狂信集団だよ。

夢でも見ているようだった。そんな複数回…10回以上は継続して、音域を変化させ続けてきた鐘楼の音曲は終わりを迎えた。


その直後、大陸政府、教母2人、シスターズ&教信者、観衆が一斉に同じ方向へと頭を動かす。

フラウドレスとヘリオローザも、一斉に対象となった場所に顔を向けた。

『あー、あのガキか』

あのガキ…そうか、ヘリオローザが話していたあの“クソガキ”か…。


カナン城8F 皇室アルビジョア──。


「教皇、出番ですよ」

「えええええええ、めどっちゃーい。いってきてよーーー!ー」

「そういうわけにはいかないです。民はあなたの登場を待っているのです」

「おにいにがいって!」

「ダメです」

「おねえねがいって!」

「ソーゴ、行きなさい」

「はあああああああああああ……。。。。。。わった。いく」

「行ってらっしゃい」

「気をつけるんだぞ?」

「気をつけるもなにも、ソーゴがなんかすることってあたっけ?」

「その場の流れでやったらいい」

「あとは全部、教皇に任せるわ」

「ほんと!?やたあー」


「じゃあいってきまーす!」

「行ってらっしゃい」「行ってらっしゃい」


「あ…」

何かを思い出し、教皇ソディウス・ド・ゴメインドが皇室に戻る。戻ると行っても乳蜜祭への教皇参加は皇室のバルコニーから。なので、ほんの数メートルの帰還…という事になる。


「おねえねとおにいに」

「どしたの?」

「どした?」

「んっほん!」

喉を慣らす。口腔内の唾を飲み込む。

「レアネス。ゲルマニカ。ソーゴも“シルウィア家”の一員になれるよう、がんばるよ!」

「うん!その意気、その意気!」

「おう、待ってるぞ」

「ありがと!いってきまーーーー!す!」


今回からこのぐらいの内容量になるかと思います。

もうすぐ100エピソードですね。まー本来ならとっくに100エピソードは超えています。私の作品はひとエピが長いです。2万は普通にあるので。ただまー、後々の整理が面倒なのでこうしているだけ。


色々と生活が変わります。けっこう変わります。

楽しみですね。不安は無いです。人生、マァマァ楽しみです。

これも本当に『Lil'in of raison d'être』のおかげです。

まだまだまだまだ続きます。『Elliverly's Dead Ringers』もそろそろ新エピソード書きます。ぜひ、イゾラス&ティヒナの方もよろしくお願いいたします。

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