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[#88-陰陽螺旋ウプサラソルシエール]

大陸政府、シスターズ&教信者、教母、教母、ヘリオローザ、フラウドレス、奴隷生贄候補者

[#88-陰陽螺旋ウプサラソルシエール]


「アスタリス⋯さっき2人からは記憶が削除されて吸収出来なかった⋯って言ってたじゃない⋯」

「それは事実だぜ?⋯⋯まぁそのぉ⋯“含み”っていうのも大事だろ?このままだと無意味に2人を取り込んだ事になる。2人が俺ん中で“仕事”をしてくれたら⋯俺は2人の記憶を脳に書き込む事が出来る。それに⋯アマネシュウゴウチってヤツか?それには無限の可能性があるんだろ?蘇生する特殊能力があるなら⋯俺は腹ん中にいる人間のデータを搾取する天根集合知を手に入れる」

「テメェ⋯⋯いい加減にしろよ⋯」

「手を上げるのはナシだぞ〜。お前の姉貴が許さねぇからな〜」

「⋯⋯⋯マジで殺したい⋯⋯⋯⋯マジで⋯⋯ガチむかつく⋯⋯⋯」

「アマネシュウゴウチ⋯それどうやって取得出来んだよ」

「言うわけないでしょ」

ウェルニは教えようとしない。七唇律聖教のシスターズ、教信者にならなきゃ“対価”を授かる事は不可能。正直、言ってもいいレベルのやり取りと言える。近くても来月の朔日である、2月1日まで待たなければならない。それにヒュリルディスペンサーが2月に行われるかも分からない。

アスタリスにこのことを伝えても良いぐらい事ではあった。ミュラエは悩んだ。言ってみるか⋯と。それが悪い方向に転がってしまえばアスタリスは自分の身体に、トシレイドとアッパーディスを書き込む能力を対価として貰おうと全力を尽くすだろう。

アスタリスが部位を献上しても、その部位が“返却”される可能性は十分に有り得る。朔式神族の血統。原世界のセカンド後継なら⋯それは看過出来ないものだ。


「ミュラエ、教えてくれよ。2人を助けたいんだろ?俺は2人の記憶が欲しいんだ。お前らセラヌーンは、2人が生きてさえいりゃあ良いんだろ?」

「誰がそんなこと言った!?!」

ウェルニが声を上げる。もう、攻撃をしない⋯との約束なんて不可能に近いと思った瞬間である。

「おいおい⋯約束はどうした約束は」

ウェルニからは白鯨が繰り出された。しかしその白鯨はミュラエの白鯨によって食い止められ、ウェルニは攻撃行動を諦める。

「お姉ちゃんは⋯本気でアイツを守るつもりなんだね」

「守る⋯⋯守るでは無いけど⋯」

「守ってんじゃん!コイツのこと!守ってんじゃん!!」

「違うよ⋯。ウェルニ、私だってこの人のことが憎い。憎くてたまらない。だけど⋯この先もこのような事が続くとなると、地獄絵図の加速化は止まらない。負の連鎖はどこかで止めなければいけないんだ」

「そんなの⋯⋯⋯私には⋯⋯⋯」

「『出来ない』っていうの?ウェルニ。あなたは感情に流される過ぎる。今回の件も含めて、ウェルニはもっと大人にならなきゃダメだと私は思った」

「意味わかんない⋯お姉ちゃんの言ってる事は、意味がわかんない⋯!」

「じゃあ、あなたはまだ子供ってことね」

「全然ガキでいいし。大人なんて嫌いだ」

「そんな嫌いな大人の世界を変える為に、私達アトリビュートはいるんじゃないの?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

わかりやすく刺さったようだ。

「同じになりたくないでしょ?あの大人達みたいに⋯。私達が変えようよ。そんな嫌な大人像をさ」

「⋯⋯⋯アスタリスを⋯許せば⋯大人に慣れるの?」

「んフフ⋯なんか可愛い疑問だね」

ミュラエが笑った。するとウェルニは怒る。

「お姉ちゃん!今、笑うところじゃないでしょ!?」

「ンフフフ⋯ごめんごめん⋯ウェルニはやっぱり子供だなぁって思っただけよ」

「お姉ちゃんきらい!」

ウェルニがそっぽを向いた。顔のパーツを中心に集め、ミュラエへの“柔らかい怒り”がジュンジュンと高まっていく。それは姉妹の間に起こっていた“溝”が埋まった瞬間であった。こんな喧嘩紛いな事が起きたのは久々だった。ミュラエ自身、自分の意見を通しすぎた⋯と反省している。

『もっとウェルニの意見を取り入れるべきだった』と。しかしウェルニの意見を肯定するような事は出来ない。かと言って、私はウェルニの言葉・思考を押し潰してしまった。ウェルニはこれで私への“不穏視”が確立。

こうして関係が修復出来たかのように見えてはいるが、所詮これは表面的なものであり、“一応”、やらなければならない行事的なもの。


ミュラエが笑えばある程度の事は終息に向かう。これを受けてウェルニはミュラエの当該行動に嫌味を垂らす。


この絡みが現在のセラヌーン姉妹にどれだけの利益のある会話だったことか。それは2人にしか理解し得ない。



サンファイアはウェルニに取り付けられていた拘束を解く。ミュラエの諭しが無ければ、ここで真っ先にアスタリスへの攻撃を再開していた事だろう。

アスタリスの結界も同時に消失。不敵な笑みを浮かべながら、アスタリスはウェルニの顔色を見た。口角は片方しか上がらず、ウェルニに置かれた状況を薄ら笑っているようだった。拘束が解かれ、ウェルニはアスタリスに顔を向ける。アスタリスの嘲笑に酷似した姿を見て、いてもたってもいられなくなる。ウェルニは顔、手、足。それぞれのパーツを身震いさせ、自身の思考回路を満たす“憤怒”を全身で感じ取る。アンコントローラブルな妹の状況を見て、姉であるミュラエは手を差し伸べる。

「ウェルニ、ごめんね、ちょっと言いすぎた⋯。でも分かってほしい。ウェルニにはもっと強くなってほしいの。強くなって、自分を“律して”ほしい」

「その言葉⋯私が一番に嫌いな言葉だよ」

「そうだよね⋯ごめん軽はずみに使うようなもんじゃないね⋯。でも、分かって?私はいつまでもあなたを一番に考えてるから」

「お姉ちゃんがそういうなら⋯私もそうするしかない⋯。お姉ちゃんがいなかったら、今の私は無いから」

「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」

ウェルニの手をそっと握り、自身の両手で優しく包み込んだミュラエ。ウェルニはそんな姉の行動に我慢していた涙を零してしまう。一度、我慢していた涙は洪水をもたらし、眼球は直ぐに濡れてしまった。

安直な表現になるが、“ダムの決壊”というのが十分な喩えと言える。アスタリスという憎悪の塊を前にして涙を流すという行為を、彼女は“愚行”だと判断していた。そんな愚行に至らしめた姉にほんの少しでもイライラしてしまっているのは正直なところだ。

だがこうして姉が自分を慰めてくれる⋯“強い存在”だと褒めてくれる⋯忘れないでいてくれる⋯ウェルニにはミュラエの言葉ひとつひとつが、心に深く刻まれるものだった。


サンファイアの拘束が本格的に解除。ウェルニは完全な自由の身となった。真っ先に彼女はアスタリスの方へと足を動かす。一瞬ながらサンファイアは彼女からの攻撃の意志を感じた。恐らくこれは姉であるミュラエも同様だろう。サンファイアは『大丈夫なのか⋯』と不安になる。アスタリスとの身体的接触はかなり危険なのでは無いか⋯と。そう思うのは当然。ここにいる者なら誰しもが芽生える必然的な現象だ。

だが、ミュラエはウェルニの足を止めようとしない。顔色一切変えずにアスタリスへと接近する彼女の所業を、逃さずチェックしていた。その上でミュラエはウェルニを止めようとはしない。

ウェルニがアスタリスを攻撃しない⋯と断定出来たから。



アスタリスとウェルニが最接近。ここまで近づいたのは、横に並んで歩いていたとき以来。時間的に言うと10分以上前の出来事。まさかこんな短時間で関係性にここまでの“軋轢”が生じるとは⋯過去の2人に言及出来る“タイムジャンプイベント”がもしあったら、そんなの信じるわけが無い。


まるで別人と接触するかのような邂逅。

アスタリスは一切動じず、ウェルニが接近してくる道程に意識を向けている。その様は、“歴戦の魔王に挑む勇者”のようだ。憎き相手として定めているアスタリスに、ウェルニの足は止まらない。

止めたくても止まらないのだ。自我を保てれているのが唯一の救いと言える。これがもし自我の崩壊を予感させる行動なら、ミュラエとサンファイアが黙っていない。


「なんだ?そのツラは⋯」

「⋯⋯あなたを許そうなんてこれっぽっちも無いから」

「おいおい、それは“契約”と違うじゃねぇかよ。おーい!ミュラエー!ウェルニと交わしたんじゃねぇのかよー!俺を許す⋯そ肉親同士で決めたんだろー?仲良くさぁあ?」


【アスタリスの頬をはたくウェルニ】


「⋯いった⋯⋯⋯⋯けっこうきたな⋯うわぁ⋯絶てぇ赤く腫れてんじゃん⋯」

「あなた⋯避けれたよね?⋯⋯アスタリス⋯私の事舐めてるよね⋯⋯“避けなくてもいいか”って、瞬時に計算したんでしょ?」

「⋯⋯⋯⋯フン、そこまで俺の事が読めてるなら、俺にはもう喧嘩を売らない事だ。そんでぇ、俺は次からお前の攻撃を受けない。ウェルニぃ、これからも楽しくやろうぜ」

「⋯⋯⋯くっせぇんだよ、息」

「あ、マジで?まぁ昨日から歯磨きしてねぇからなぁ⋯⋯何か食ったって訳でもねぇけどよ⋯あ、まぁ人間は食ったか」

「⋯⋯⋯⋯だまれ」

「アスタリス。もういいでしょ」

ミュラエが2人の間に入る。サンファイアは一切、3人の会話に入ろうとしない。遠くから傍観者の立ち位置を貫いている。そんなサンファイアに嫌気が差すウェルニ。

「さぁ⋯⋯⋯色々と問題を抱えてしまったけど、ここから殺し合っても何も生まれない。負の連鎖はどこかで断ち切らなければいけないの」

「負の連鎖ね⋯コイツはまだ“負”を一切味わってないって言うのに!!!!」

後半になるにつれて、語気の度合いが右斜めになる。音楽記号クレッシェンド。ウェルニの台詞にクレッシェンドの特性が付与されたようだった。

しかしそれは正論だった。ミュラエは当該事象を“負の連鎖”と称したがこれは大きな誤りでもある。マイナスを味わった⋯何かを失ったのはアトリビュート側だけであり、セブンス側であるアスタリスは、何も奪われていない。なんならトシレイド、アッパーディスの能力を根こそぎ奪い取ろうともしている。

とてもじゃないがこれを“負の連鎖”とは言えない。“1ターン”すら回っていないのだ。本来ならばここでセラヌーン姉妹が、セブンスを殺してもいい。そこでようやく“負の連鎖”が完成する。

ミュラエは間違った表現を選んでしまった事に対しての謝罪を述べる。

「ごめん⋯ウェルニ、違ったね⋯うん⋯⋯ごめん⋯」

憤慨したウェルニはミュラエからの謝罪によって、何とか感情爆発を収められる。


「ぐ⋯⋯ンハァ⋯ンハァンファンファ⋯ンンン⋯ァァァ⋯イィいいァあぃいアァぁ⋯⋯ハァンファンファ⋯」


アスタリス、ミュラエ、ウェルニ。3人は異方から聞こえてくる息遣いの荒らい人間に焦点を変更させる。すると⋯そこにはサンファイアがいた。サンファイアの様子がおかしかった。

「サンファイア⋯?どうかしたの⋯?」

ミュラエはサンファイアの様子を不可思議に思い、ゆっくりと足を彼の方へ向け、そろりと近づく。ウェルニがアスタリスに起こした接近行動と比べると、大きな差がある行動だった。

「ンファンファンファンファンファ⋯」

おかしかった。明らかに様子がおかしい。ミュラエに続き、ウェルニがサンファイアの元を訪れる。3人とサンファイアには少しの距離が生まれていた。これは3人の争いが発生した事によって生まれた距離では無い。サンファイアの自己的な行動によって生まれた距離。3人とサンファイアに生まれたのは“11.17m”。何か意味のありげな数字に違和感を覚えるアスタリス。アスタリスはサンファイアに近づく事なく、サンファイアとの間に発生した距離を計測。彼にはこんな事容易なものだ。


──────────ready?────────────

「⋯⋯嘘でしょ⋯⋯サンファイア!!」

「サンファイア⋯⋯!!あんた!何してんのよ!」

─────────────────────────


アスタリスはセラヌーン姉妹の叫びに反応する。アスタリスはサンファイアが“自己処理”にでも及んでいるのかと思っていた。だが2人の反応から見るに、そんな快楽的なカテゴリーでは無さそうだ。

セラヌーン姉妹がサンファイアを眼前にするまで、彼の身に起こった出来事を視認出来ないでいた。サンファイアがいる空間にだけ、謎のモヤが掛かっているようだったのだ。“モザイク”、“スノーノイズ”、“カラーバー”。サンファイアが直立している空間にだけ、上記に酷似した現象が視認出来た。

ミュラエの後を追ってついてきたウェルニが当該状況を不審に思う。サンファイアの姿はここにいる⋯そう分かっているのに、何故だか彼の姿が見えない。

セラヌーン姉妹は会話を交わさなかった。全てをアイコンタクトと頷きで、交信を済ませていく。その理由はただならぬ予感を感じたから。

互いの言葉を表層で紡ぎ上げていくと、相手に自分達の起こす行動を検知されてしまう。その“相手”として指定するのはサンファイアだ。

“万が一”の事がある。セラヌーン姉妹はサンファイアに信頼を寄せている。ミュラエはもちろんのこと、ウェルニだってそうだ。アスタリスと同じ種族だからといって、サンファイアは別物。そんな愛するサンファイアが心配でならないセラヌーン姉妹は、謎のXオーラを放つ彼の元を訪ねる。


──────────action────────────

「⋯⋯嘘でしょ⋯⋯サンファイア!!」

「サンファイア⋯⋯!!あんた!何してんのよ!」

─────────────────────────


正体不明のオーラを放つサンファイアの元に接近した。その距離は3m。ここまで近づかなければサンファイアの様子を視認できなかった。そしてサンファイアがセラヌーン姉妹の瞳に映る。それは想像を絶する光景だった。

「⋯⋯サンファイア!!!」

ミュラエに一瞬が目眩が襲う。悪魔に取り憑かれたかのように身体が謎の微振動を起こした。ウェルニはそれに襲われなかった。おかげでミュラエはウェルニのアシストもあって何とか正気へと戻る。正気じゃ無いのは・サンファイアの方だった。


「⋯2人とも⋯これで⋯⋯僕達⋯⋯贖罪出来てる⋯?」

サンファイアは、自身の左手を切断していた。血がドロドロと腕から流れている。切断された左手は自身の右手の元にあった。自分の左手の根元を摘むように、右手の指で持っていた。出血が止まらない。今すぐにでも出血を止めなければ、失血になってしまう。セラヌーン姉妹は焦る。そして、サンファイアの意味不明な行動を叱責する。

「あんた!!?なにやってんの!?」

「ウェルニ⋯なんでそんな怒ってるんだ⋯アスタリスが負荷を受けてないから、僕が負荷を担ったんだ。本当に申し訳ない。これで許してくれ⋯」

サンファイアの純情な瞳がセラヌーン姉妹に刺さる。

「サンファイア⋯やめてよ⋯!!なんでサンファイアがそんなことするのよ!?」

ミュラエが叫ぶ。あと一歩踏み込めばビンタ。女が男にやるビンタを、同じ場所、ほぼ同じ時間の内に2回行われそうな雰囲気だ。

「アスタリスは⋯僕の友達だ。だから僕も同罪だと思う。アスタリスが悪いなら、僕も悪い。ミュラエとウェルニは多分、このまま、気持ちのいい生活を送れないと思う。だから少しでも⋯その気が晴れるのなら⋯僕は喜んで自分の肉を捧げるよ」

そう言い、サンファイアは切断した左手をセラヌーン姉妹に“見せつけた”。切断した当人的には“見せつけよう”などとは思っていない。しっかりと“証拠”として提示したまでだ。

う「⋯⋯⋯サンファイア⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

セラヌーン姉妹は言葉を失くす。サンファイアは2人のリアクションに戸惑う。予想の範疇にはあった。自分が急に左手を切断し、それを見せた時の表情⋯セラヌーン姉妹が見せたリアクションは、サンファイアの思考内にて予見されていた内容。だがいざなって、このような動揺を見せられると、サンファイアはどう対処したら良いか分からなくなってしまう。自分の行動が切っ掛けで2人が深刻な感情ダメージを負っている。

2人の心に出来た、大きな大きな陥没穴を埋めるためにサンファイアは2人に話し掛ける。


「2人とも⋯ごめん⋯こんなの見せちゃって⋯⋯でも⋯僕、、、本気なんだ⋯確かに⋯アスタリスには何もマイナスが無かったら⋯」

「だからってなんであんたがそんなことすんのよ!」

ウェルニがサンファイアの発言を遮って言葉を叫ぶ。ウェルニの叫びにサンファイアは驚くと共に、彼女の想いも感じ取る事が出来たような気がした。ミュラエは意気消沈としている様子。アスタリスはヨロヨロと3人の元へ近づく。それぞれの感情は、多方向にシフトしているものの、全てのベクトルは最終的にサンファイアの惨劇へと結実していく。

「サンファイア⋯血が⋯⋯⋯⋯」

「ああ、、、」

切断部分からは多量の出血。それを物怖じせず、サンファイアは直立を継続させている。ミュラエはサンファイアの身体を心配し、直立不動のサンファイアに着座を提案する。強く、強く提案した。

「座って⋯!サンファイア!あなた、このままだと死ぬよ⋯!?」

「ありがとうミュラエ。でも大丈夫だよ。僕は、大丈夫だから」

「大丈夫って⋯」

「サンファイアに死なれたら困るんだけど!アスタリスは今、死んでもらって全然構わないけどサンファイアは嫌だよ!お願い!」

ウェルニも提案に参戦する。『はぁ?』と自身の存在を腐したウェルニに反応するアスタリス。だがなんだかこの関係性にはほんの少し⋯ほんの少しだけ⋯歪に形作られた軋轢が解消の片鱗を見せているような気がした。ほんの少し⋯だが。


この最中もサンファイアの左腕。断面図からは血が止まることを知らない。サンファイアが言った⋯『僕は大丈夫だから』。これは“セブンスだから大丈夫”という意味としか思えない。

「取り敢えず⋯サンファイア。早くそれ⋯止血しないと⋯」

「うん、ありがとう⋯」

ミュラエはそう言っているが、止血する方法なんて分からない。身体形状破損を修復・回復させる天根集合知ノウア・ブルームを対価として受け取っていれば⋯後悔したい気持ちも山々だが、今はそんな感情を持ち合わせるほど余裕では無い。怪我の修復。非常に難題である。

「これ⋯⋯どうすればいいの⋯⋯」

ウェルニはミュラエに問い掛ける。ミュラエは視線を合わせようとするだけで、返事はしない。ミュラエもウェルニと同様で、乗り越える方法が見つからないのだ。

「サンファイア、お前、痛いのか?それ」

「うん⋯痛い。痛いよ。⋯⋯だけど、耐えれる痛さではある⋯⋯⋯」

「じゃあ大丈夫だ」

「は?」

「⋯⋯⋯⋯サンファイア、ほんとなの?」

アスタリスの空気を一切考えない能天気な言葉にウェルニは怒りが、ミュラエにはサンファイアへの心配がより増大する。

「うん、大丈夫。僕は大丈夫。ルケニアが守護してくれてるから」

「ルケニア⋯さっきの⋯サンファイアの身体から出てきた動物の事?」

「うん、そうだよミュラエ。“ラタトクス”」

「ラタトクス⋯⋯それ⋯⋯⋯」

「うん?どうしたの?ウェルニ」

「ラタトクスは⋯宇宙樹“トネリコ”及び“ユグドラシル”に棲息している神々の生命。そんなのがあんたの身体を守護してるっていうの⋯⋯?」

ウェルニが知っていて、ミュラエが知らない情報。それはウェルニが先に七唇律聖教に入教していたからである。

「⋯⋯そんな事は全然知らなかった。“トネリコ”とか“ユグドラシル”とか⋯そういうのは初耳だ。ウェルニの言っていた事は⋯今は理解出来ないけど、一応、覚えておくよ」

「⋯⋯うん」

ウェルニは頷く。

「⋯それでね、その僕のルケニア・ラタトクスが守ってくれたから安心して。今は痛いけど、ラタトクスがこの刺激を中和してくれる」

「中和⋯⋯」

「あー、中和かな⋯中和ぁ⋯中和⋯うーーーーん⋯ごめん⋯ちゅうわで合ってるのか、不安になってきた⋯」

サンファイアが笑う。笑っているが、セラヌーン姉妹は彼の姿を見て笑えない。

今この状況で何故、彼は笑えるのか⋯。

とても理解に苦しむものだった。左腕は血塗れだ。少し覗けば、断面図からは血管と骨が見え隠れしている。特に骨なんかは、断面図から見たらよく目立つ。赤く染め上げられた人肉の中にたったひとつだけ、全く他とは異なった異色が紛れ込んでいるからだ。

それこそ、骨だ。ウェルニは、好奇心でサンファイアから取り除かれた左手の断面を視認してしまう。とても正常心ではいられなかった。息は少しの時間荒くなり、姉・ミュラエに迷惑を掛けてしまう。

サンファイアの場違いな言葉が、セラヌーン姉妹を困惑させるには十分なものだ。暴走する狂気。アンストッパブルな現象が次々と発生していく。



「いいからサンファイア、やっぱちょっとおかしくなってるって⋯」

血が身体からどんどん無くなっているから⋯⋯。ミュラエはそう自分に言い聞かせる。そうしなきゃ、この場を纏められなかったから。

「ミュラエ、ありがとう。⋯⋯⋯⋯」

サンファイアは俯く。何かを我慢しているようにも見えた。だがサンファイアは再び、ミュラエの方を向き、さっきと同じような事を言い続けた。

「ラタトクスが守ってくれる。僕はそう簡単には死なないよ」

「お前の元に白鯨がいるのと同じだよ」

「⋯⋯いけしゃあしゃあと喋ろうとすんじゃねぇ殺すぞ」

「出来ねぇ事を口にすんなよ、ウェルニ」

「⋯⋯⋯うざ、マジで⋯⋯⋯」

「白鯨とルケニア。果たしてどっちが強いかな⋯?殺り合ってみるか??」

「上等だよ」

アスタリスとウェルニが再び衝突しかける。

─────────────

「アスタリス!」「ウェルニ!」

─────────────


そんな両者の衝突を収めるため、サンファイアが、ミュラエが、双方の側につく人間が2人の名前を叫んだ。ルケニア、白鯨の発現は中断に終わり、エネルギー産出のボルテージも暴発寸前だったのが強制停止に終わった。

「ウェルニ、今は⋯サンファイアの応急処置よ⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯うん」

長い沈黙が自身を律する時間になっている⋯とミュラエには直ぐ判断出来た。

「サンファイアも。血が流れていることには変わり無いんだから、そんな強がらないで」

「あ、いや⋯でもほんとに大丈夫だから⋯⋯⋯え、、、」

そう言うサンファイアの元に、急接近するミュラエ。彼女はサンファイアを抱擁した。血だらけのサンファイアの左側を諸共せず、ミュラエは自分が今、一番果たしたい行動を優先とした。

サンファイアは驚く。単純に驚く。

ウェルニは、『大胆⋯!!お姉ちゃん!!』と心の奥底で喚く。自分の姉がこうも自身の中に宿る愛を開放的にさせるとは⋯過去とは比べものにならない成長で、感動さえ覚えた。

アスタリスは⋯さっさとこの時間が終わってほしい⋯と思うばかりである。サンファイアがこの女の恋を受け止めるのかどうか⋯これをフラウドレスと再会した時に話し合わなくてはならない。フラウドレスはどう思うだろうか⋯。失墜したら面白いだろうな⋯。アスタリスは他とは全然違う方向で、笑みがこぼれた。フラウドレスから怪訝な目で見られるサンファイアの光景が今にも想像が出来たから。

───────────

『フラウドレス、コイツ、他の女に手ぇ出てたんだぞ〜?』

『え、そうなの?サンファイア⋯⋯』

『ち、違うよ!それは⋯』

『嘘つくなよサンファイア!』

『サンファイア⋯酷いよ⋯私がいるのに⋯⋯⋯⋯他に女の子作るなんて⋯⋯⋯酷い!ヒドイよ!!』

『姉さん違うって!⋯⋯違うってーーーーーーーーー!!!!!』

───────────


それぞれが個性溢れるイマジナリーを形成する。これが人間だ。


サンファイアを抱擁するミュラエ。最初は一方的な抱擁であったものの、サンファイアは“両手”を広げ、彼女の背中へと当てる。未だにタラタラと流血し続ける無き左手を他所に、サンファイアは彼女の背中を汚していく。もちろんミュラエはそうなる事は想定済み。彼の血が付着する事など、本望でもあるかもしれない。“彼”が私に付くならまったくもって構わない。そんな覚悟さえ、彼女の恋にはあった。

少々、亜人的な恋愛模様ではあるが、これがミュラエの心を刺激させた男なのだ。愛を植え付けられた対象が今、このようなグロテスクな状況になって、女側もマトモになれるはずが無い。

────────────

「次、私がいないところで自分を傷つけたら・許さないから」

────────────

サンファイアにそう言うミュラエ。優しい言い方ながら、弱冠の狂気さえ感じさせた。サンファイアは彼女の願いに対して、怯えるように答える。

「うん⋯わかった、、、ごめん⋯⋯⋯それと⋯ミュラエの背中⋯⋯汚れてるかも⋯⋯⋯⋯」

「いいのいいの。それ、わかった上での、、“抱きつき”だから」

「抱き⋯⋯⋯つき⋯⋯」

「サンファイア、もう離れていい?」

「あ、、、うん⋯⋯⋯」

気づけば、サンファイアのみ、手を背中に回している状態になっていた。彼女がいつ、自分の腰から手を下ろしたのか⋯サンファイアには分からなかった。

『ミュラエの方からのハグだったのに⋯気づけば、僕の方が本気になっていた⋯⋯』

彼女に踊らされてる⋯。もっと言うと⋯遊ばれてる⋯⋯。そうもさえ、思ってしまった。それぐらいに今の彼女からは“魔性の女”感が漂っている。

「⋯⋯あー、別に気にしてないから!ほんとに!だから、そんな顔しないで?ただでさえこっちの方が心配してるんだから⋯」

優しいミュラエの表情が、サンファイアに突き刺さる。とてつもない殺傷能力を秘めた顔を前に、理性を保てずにいるサンファイア。自分の怪我なんてどうでも良くなった。

『少し痛いかも』。さっき、セラヌーン姉妹に『痛くないの?』と問われた時、そのような返答をした。

今、ミュラエの顔を見て完全に痛みなど忘れた。嘘のように怪我が齎した痛みが冷えていった。その痛みに反抗するように、未だ、流血は留まることを知らない。

サンファイアの周りは水溜まりのように血によって地面が赤く塗られていく。出血の量が見る者の体調・健康面劣悪環境の場合だと、失神するレベルに超多量。大翼を成す竜に、巨大な弩で狙い、直撃させると大量の血飛沫を上げるだろうが、そんな竜の出血のような殺伐が、ここで発生している。

「ミュラエウェルニ、そんな心配してくれなくていいから。さ、もうほら、時間結構ヤバいんじゃない?」

「あ、、、そういえば⋯お姉ちゃん⋯⋯」

「うん⋯すっかり忘れていた⋯えっと⋯今、時間は、、、」


15時17分──。


まぁ、そうだよな⋯と思ったミュラエ。乳蜜祭2日目の開催は15時から。オープニングからカナン城周辺にいられなかったのは残念⋯いや、残念では無い。目的は奴隷解放。

乳蜜祭に参加するのが目的では無い。ここは狂ってる場所だ。“奴隷帝国都市ガウフォン”と謳っているだけあって、この都市に住む者は奴隷制度に関して全く疑問に思っていない。指摘する者なんて、ここの住民では無い⋯と思われるだけ。なんなら戮世界テクフルの住人かも怪しまれる。

奴隷は主に、大陸神“グランドベリート”に選ばれた者。として信仰の対象に選定される。民間人にとって奴隷になるのは嫌な事でもあり、有難き差金なのだ。

これについて完全な拒絶反応を宣言しているのは、アトリビュートのみ。


4人はそれぞれの価値観を模索し合う。これが決して無駄な時間になっていない⋯という事を心に落とし込みたい。そう思っているのはアスタリス以外の3人であろう。

アスタリスとセラヌーン姉妹&サンファイア。この2組に溝が生まれてしまったのは否めない。

セラヌーン姉妹は出来てしまった亀裂の修復を行うつもりは無い。それはアスタリスも同じだった。中立な立場である両者との関係性が良好なサンファイアは、当然としてセラヌーン姉妹とアスタリスには仲直りしてほしい。

その意味もあって、自身の左手を切断するという行為に走った。確かにミュラエの言う通り、先走った行動だった⋯と反省している。今更ながら、改めて考えるともっと意見を具申する必要性があったな、と考えられる事象ではあった。でも、自分で解決させたかった。このまま2組の関係が修復するのは簡単な道のりじゃない。アスタリスはアトリビュートであるセラヌーン姉妹の仲間を簡単に殺した⋯と言っている。

アスタリスは嘘をつかない。『殺した』と言ったが、『食べた』、とも表現していた。これには複数の意味が込められていると思っているが、アスタリスは特にそのような意図は無いのだろう。ただ単に、セラヌーン姉妹を脅そうとしただけ。

『アトリビュートだけが、進化人類じゃない』。

そのことを伝えたかったのだ。ただそれだけの理由で、アスタリスは“殺害”に属する文言以外の表現を選択した。


『アトリビュート』と『セブンス』。


戮世界と原世界。それぞれの覚醒した人間的能力の“超越者”。それは元より『オリジナルユベル』から続く、覚醒の系譜。両者が相見える現象がここから先、いったいどのような化学反応を起こすのか⋯。それは4人にも分かったことじゃない。



「ありがとう⋯」

「早く行こう」

「でもちょっと待って⋯まだ⋯血が⋯」

サンファイアの応急処置をするミュラエとウェルニ。ウェルニは応急処置を急かす。ミュラエは慎重になっていた。逆に言うと“なり過ぎていた”。

そんな時、アスタリスは3人から距離を置いてダラァ〜っと不貞寝をしている。そんな様子が気に食わなかったウェルニは何度もアスタリスを注意した。“注意”と言ったら、なんだか、仲良しの仲間⋯のように思えてしまうが、実際はもちろんそんなものでは無い。

「ねぇ⋯あんたの仲間⋯友達なんでしょ?心配とか出来ないわけ?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯うるせぇ、サンファイアは大丈夫って言ってたんだろ?」

ウェルニはアスタリスに文句を垂らす。ミュラエはアスタリスへ一切、目線を送る事は無かった。ウェルニの注意は、サンファイアへの応急処置の“山場”を超える毎に行われていく。出血がとにかく酷い、左手が生えていた根元の部分。サンファイアは集中的に左手を狙っていた。左手以外に、切断や傷の痕跡など、自傷行為に至った部分は無い。サンファイアはまっさきに、左手を重点的に狙いを定めたのだ。

「サンファイア⋯左手以外⋯どこにも怪我ないね⋯⋯」

ミュラエが気づいた事を言う。何回目の注意だか分からないウェルニも、サンファイアの元へ戻り、ミュラエの問い掛けに反応する。

「うん、僕、、左手をすぐに切ったからね」

「すっごいねサンファイア⋯⋯度胸あるっていうか⋯⋯⋯なんというか⋯⋯ちょっと、、普通に狂ってると思う⋯⋯」

「僕もそう思っちゃうな⋯⋯⋯でもこんくらいしなきゃ⋯割に合わないもんね。いや⋯割にはあってないよね⋯⋯人が2人⋯いなくなっているんだから。僕なんかの片手で足りるはずが無いもん⋯⋯」

「サンファイア⋯⋯⋯ごめんね⋯あなたに大罪を背負わせるつもりは無いの⋯」

ミュラエはそういった。ウェルニは視線をアスタリスに向けてこう言い放った。

「悪いのはアイツなんだから」

指さして言った。ウェルニからのベクトルサインを受けたアスタリスは特に何かを返す訳でもなく、途方に暮れる。


『サンファイアが大丈夫つってんのに⋯なんでコイツら、

、、こんなことしてんだよ⋯⋯⋯』


サンファイアの応急処置が終了した。つまりはここからカナン城へと向かう事になる。

「だいぶ時間食っちゃったね」

「アイツのせいでね」

サンファイアが起き上がろうとする。そんなサンファイアを補助するような形でミュラエが、彼の腰を抑える。

サンファイアは「ありがとう」と言い、率直な感謝を述べる。ミュラエは「うん」と言い、満更でもない顔を見せた。彼女そんな姿を見て、サンファイアの口角は上がる。本来だったらもっと自分に怒ってもおかしくない。

アスタリスが2人を“無き者”としたのと同時に、自分も遅延行為に及んだ原因のひとつでもある。奴隷解放の任務を放棄してまで、アフターケアを行ってくれたセラヌーンの2人に感謝をしたい⋯。

サンファイアは今、そんな想いでいっぱいいっぱいとなっていた。


だが時間は有限だ。サンファイアが立ち上がり、ミュラエの補助が終了すると、ウェルニは場面転換したかのように意識を切り替えた。“舞台俳優”かのように、瞬時に己の任務遂行のスタートへと舵をきった。


「行くよ、乳蜜祭へ」

ミュラエの掛け声で、3人は4人はついにカナン城を目指す。



15時──。

カナン城。


遂に始まった乳蜜祭2日目。今日で乳蜜祭も終幕という事もあり、昨日よりも格別の余興と露店が開かれている。カナン城周辺は大賑わい。帝都ガウフォンに住むものから、そうでない都外も者も。ブラーフィ大陸各地から、戮世界住人が集まり、大規模なイベントである事が一目見て理解出来る。中にはブラーフィ大陸以外の大陸からも、参加している者もいるようだ。

そんな大陸外からの参加者というのは民間人だけでは無い。ユレイノルド大陸、トゥーラティ大陸、そして⋯ラティナパルルガ大陸を執り纏める“テクフル諸侯”と“七唇律聖教”の関係者が“大使”となって、帝都ガウフォンへ訪れる。その理由は他でも無い。

奴隷祭壇贄人式。大陸神“グランドベリート”への捧げものである奴隷。これを目視にて確認するため、遠路はるばる戮世界テクフルのお偉いさんが虫のように集まる。決して、お偉方全員が集まる⋯という訳では無い。かといって精鋭チーム、という訳でもない。要は暇を持て余すお偉方の一応の挨拶だ。

教皇ソディウス・ド・ゴメインドへの挨拶も欠かせない。


カナン城周辺、“城下町”とはこの事だろうか⋯。原世界の事はあまり知らないが⋯。⋯⋯は人で賑わう。それと比べても、カナン城内部も人で賑わっている。

“賑わってる”の種類もまた大きく異なっているとは思うが⋯大枠で言うと外部と同じ状況だと言える。アチラは、笑い声やスポーツ競技の開催で大声をあげている。コチラはというと、そんな楽観視出来ない状況が継続中。なんたって、ヘリオローザ様に軽口を叩く若者が現れたのだ。


─────Time-13:12────────────

カナン城。


「なにやってんの⋯ヘリオローザ⋯⋯⋯」

「あ!母体様ぁ〜!会いたかったよ麗しの我がカラダ!」

ヘリオローザがフラウドレスに密着。フラウドレスは回避する訳でもなく、彼女の密着を受け入れた。大陸政府は謎の女の来訪に引く。謎の女が急に、ヘリオローザへの無礼を働いたのだ。大陸政府の間で、刹那、緊張の一刻が生まれる。しかし、それはヘリオローザの犬のような求愛行動で麻痺。理解不能の時間が流れていく。

『ヘリオローザ様と一緒にいる女は何者か⋯』。

その考えが皆に、統一化されたようだった。

「やめろ!鬱陶しい!アンタこそ⋯大丈夫だったの?」

「あー、うん!大丈夫だいじょぶ!」

「ほんとにー?あんた、私が居ない間に変なことしでかしてないよね?」

「ぜんぜん!だいじょーぉーぶ!ふん!!」

「はぁ⋯もう⋯⋯心配したんだから⋯。良かったよカナンにいて」

「あ、フラウドレスはここ目的?何しに来たの?」

「無理矢理連れて来られたんだよ。このシスターズ、教信者と一緒にね。あの教母、虚無を貫く系の女でイラつくんだよ」

「あー、フラウドレスが嫌いな女かもね」

「ウンウン、そうそう」


「あの⋯ヘリオローザ様。。。。」

「ああ、この女?」

「オンナってなんだよ」

ヘリオローザの表現が気に食わなかったのか、フラウドレスは睨む。睨みを利かせる。ヘリオローザはそっちのけで、問い掛けられたロウィースの方へ意識を向ける。

「こちらの方は・どなたでしょうか⋯⋯」

ヘリオローザと同列で、更には無礼な態度を繰り広げ、挙句の果てには⋯身体への執拗な接触を行う謎の女⋯。大陸政府は彼女の存在を不審がった。そんな大陸政府の想いは総意。代表してテクフル諸侯の“侯爵”ロウィース・エレティアナが、謎の女との接触を試みる。

その前に、ヘリオローザを前段において⋯。


「この人は⋯⋯⋯⋯」

ヘリオローザは固まった。フラウドレスをどう紹介したらいいのか⋯分からないでいたからだ。自分の存在は既に露呈させてしまった。権天使ヴェフエルとしての偽装は無くなっている。フラウドレスだってそのような接触を試みてきたわけであって、特に利害無いように思えた。

しかし、フラウドレスとの約束は破ってしまったことには変わりない。正体を顕にしてしまったのだ。その件に関して、、、、フラウドレスは⋯⋯怒ってるかな⋯⋯。


「私、フラウドレスって言います。現在のラキュエイヌ、及び、ヘリオローザの母体になります」


フラウドレスは言った。何がどうなったのか⋯フラウドレスは一切の余白を残さずに、堂々とベラベラと自分のステータスを喋ったのだ。ヘリオローザはかなりビックリしている。

「え、、、、、、、」

「あ、あなたが⋯いま、、の、、ヘリオローザ様の“ティーガーデンエッグ”⋯⋯」

「は?⋯⋯⋯⋯」

ロウィースの言葉に戸惑いとはてなマークが乱立するヘリオローザ。

「あ、いやいや⋯なんでもないです⋯、、、あなた⋯ほんとにヘリオローザ様の現在のお身体なんですか?」

「ええ、そうよ。私、今のヘリオローザの“お身体”、やらせてもらってます」

大陸政府の面々が一斉に驚いた。それは“騒ぐ”に準じたものでは無い。どよめき⋯と言った方がしっくりくるだろう。そんな一同の驚愕の声に、フラウドレスは少し引く。だが一番引いているのは、ヘリオローザの方だった。

ヘリオローザはフラウドレスの方を向く。するとフラウドレスもヘリオローザの方を向いていた。

両者は同タイミングで、視線を交わそうとするが、その内容は全く異なるもの。

マインドスペース内で、回答が繰り広げられる。


『フラウドレス、いいの?自分から言っちゃって』

『だって、あなた、、、“ヘリオローザ”って明かしてるじゃない』

『あ、、、、、、、、、、』

『バカ。あんた、ほんと、バカ!』

『ごめんちゃい⋯』

『ほんとつくづくウルトラバカ!あんたを一人にさせた私が一番のバカだったよ!』

『ごめんなちゃい。そんな自分のこと攻めなくていいからさ⋯』

『あんたのせいで私が私を攻める羽目になってんのよ!!!!』

『ごめんちゃい⋯ごめんなちゃい⋯⋯⋯』

『ちゃいちゃいちゃいちゃい⋯はぁ、もういいわ。取り敢えず、コイツらなんなの⋯』

『大陸政府のヤツら』

『それはだいたい聞いた』

『聞いた?誰に?』

『この子達』

『えぇ?』


マインドスペースは終了。どよめいたカナン城には、フラウドレスと共に現れたシスターズと教信者、更には教母までもが集結。

フラウドレスがヘリオローザの耳元で囁く。

「この子達に教えてもらったわ。これから何をするのかをね」

「そう⋯⋯⋯」

フラウドレスの元には、“教信者”ビーレンビルト、“シスターズ”アベルトーネの姿。その背後にも沢山の子供達が並んでいる。

「この子達⋯今から何されるか⋯」

「奴隷候補者ね。その子達」

「ちょっと待ってよ⋯ヘリオローザ。あなた⋯賛成なの⋯⋯」

「まぁ⋯⋯うん⋯⋯だって⋯⋯超越者だもん」

「だからって罪の無い子供の命を奪うだなんて⋯」

「人聞きの悪いことを言わないでほしいですな」

「はぁ?あのおっさんだれ⋯⋯⋯」

ミュラエはカリウスを前にしてそう言った。怪訝な表情で。自分の性にあわない気色の悪い老害男であることは喋った瞬間に判った。

『私が、一番⋯虫唾が走る男の声色だよ⋯⋯マーチチャイルドにアホみたいにいた⋯思い出させるなよ⋯⋯』


「お疲れ様です。少々遅くはありませんでしたか?」

「申し訳ございません。定刻通りに訪問する手筈だったのですが、色々と不測の事態が発生してしまいまして⋯」

「その不測の事態の首謀者は⋯どうやら、あなたのようですね。フラウドレスさん」

「気安く名前、言わないでもらえる?おっさん」

「ではあなたも、初対面の人に対しての礼儀というものを改めた方が宜しいかと、存じ上げます」

「⋯⋯なんなの。この子達⋯どうして奴隷なんかに⋯⋯」

ここに来る道中、フラウドレスが何度も何度も教母に問い質した。

『こんな馬鹿げたことやるな!』と。

しかしそれを聞き入れない教母。戦闘を繰り広げたら都市の壊滅的打撃を簡単に与える事が出来る。だがそんな幼稚な事を考えるよりももっと適した方法があるはずだ⋯と思った。自分の事よりも、先ずはこの⋯シスターズと教信者。子供達の安全を最優先事項に定めなければならない。ここで戦闘を引き起こせば多くの無辜な民間人から命を奪い去る事になってしまう。それだけは避けたい。

なのに、教母は私の意見を一切受け付けない。イライラする。ムカつく。ガチでムカつく。このクソババアが⋯ちょっと小綺麗にキメてるからって調子に乗りやがって⋯その修道服も似合ってねぇぞ。

⋯⋯⋯悪態を付けば、今の自分に湧き出る悪性が晴れると思った。だからこうして無意味なカロリー消費を果たしてしまう。結果的には効果無し。ただただ私の知能指数が下がっただけ。


ヘリオローザは、奴隷の多くが“超越者の血盟”である事を、誰かから聞いたようだ。

「“ノアマザー”」

「はい」

カリウスが聞き馴染みの無い言葉を言う。“ノアマザー”と発した結果、フラウドレスの班にいた教母が、カリウスの元に近づいた。どうやら、大陸政府の面々には教母では無く“ノアマザー”と呼ばれているようだ。

「この方に、『シキサイシア』の概要について話されましたか?」

「ええ、お話しましたが、依然としてこのような対応です」

「当たり前でしょ。子供の命を神に⋯?そんな対象が神様だったら子供の命投げ打ってもいいと思ってんの?」

「正しく、その言葉通りですが⋯」

「イカれてんじゃないの?」

「フラウドレス、アタシが超越者を嫌ってるの⋯分かる?」

「あんたの言動は全部繋がってる。当然、全部聞こえてたよ」

「何処にいても⋯ヘリオローザ様と母体のラキュエイヌは繋がっている。その糸は決して途切れることはない⋯途切れた時は両者が同時に死んだ時⋯。古より伝わる戮世界テクフルの継承記の一文であります」

「へぇ〜、そんなのあるなんて知らなかったなぁー!ねぇねぇ!フラウドレス!私って、やっぱり凄い存在なんだって!ずっと前に戮世界に来た時に⋯」

「それも聞いたから。もういいからそれは」

「あー⋯うん⋯⋯ごめん。奴隷の件は⋯」

「許される事じゃないよ。絶対に」

「今更、『シキサイシア』の歴史を変えることなど出来ませんよ。これはココ最近始まった儀式では無いのです」

「昔っからあるっていうのに、その効力はぜんぜん発揮されてないみたいですね」

フラウドレスが核心を着く一言を言った。大陸政府の面々は、言い返す言葉が見つからない⋯と俯く者が多数いる。しかし大陸政府の中核を成す、七唇律聖教とテクフル諸侯の各メンバーは違った。特に近くにいるカリウスはフラウドレスの言葉に対して一切の気持ちの揺らぎが無い。


「それは確かにそうです。ですが⋯あなたが知らないだけで、戮世界は変わりつつあるんです」

「何年も何年も続けてきたんでしょ。それが⋯これ?」

“奴隷”を指さす。ここでフラウドレスは元々カナン城にいた奴隷候補者のみを指さした。フラウドレスとノアマザーが帯同したシスターズ、教信者には意識を向けさせなかったのだ。

フラウドレスは意地でもこの子達を奴隷候補者にさせまい⋯と本気で思っている。だから少しでも彼ら“クソども”の意識がシスターズ&教信者に向かなければ⋯油断してこの場を切り抜ける方法を見つけられるかもしれない。そう息巻いていた。フラウドレスは諦めていない。

これは、小さな小さな努力。こんな些細な考慮如きで、大陸政府の意見が変わるはずは無い。

大陸政府とフラウドレスの心理戦が密かにリングイン。フラウドレスがカナン城に元々いた奴隷を指差す。


「こんなにもの子供達を使わないと、戮世界テクフルは回らないの?」

「そうなりますね。子供達⋯いや、普通人類。もっと言うと⋯アトリビュート。セカンドステージチルドレンの血盟。虐殺王サリューラス・アルシオンの嫡出の血が入った子孫は特に格別の遺伝子を持っている。最近はアルシオンの後継を目にしないが⋯どうしたもんか⋯アルシオンがいたら、目覚しい進化を遂げるだろう戮世界テクフルは!」

高らかにそう宣言するカリウス。私から見たらただの老害。しかしそんな老害男の姿を見て、歓喜の表情を浮かべているのが大陸政府の面々。とても気持ちの悪い光景だった。吐き気を催してもおかしくない。変なサイコスリラーを鑑賞した後、静寂に包まれた映画館で独り座席から立ち上がり、食べ切れなかったポップコーンを劇場スタッフに投げつけるようなものだ。それぐらいに理不尽な光景。

私には合わない舞台。それが、ヘリオローザには適合した世界のようだ。カリウスの宣言に歓喜こそしていないものの、満更でもない顔をしている。


「ヘリオローザ、アトリビュートがそんなに⋯あなたが憎んでるのは、セカンドステージチルドレンね⋯。セカンドステージチルドレンがそんなに憎い?」

「ええ、、憎いわ。とてもね。尋常じゃない憎さ」

「もうそんな時代は終わったの。今は彼等、アトリビュートの時代なんだ。憎悪を向ける対象はもう既に消え失せた」

「いいえ違う。フラウドレス、違うよ」

優しく諭していたフラウドレスも段々と言葉のボルテージが上がっていく。ヘリオローザは冷静さを保ちながら、フラウドレスの言葉に応対している。その2人の温度差が何とも不安定な空間を形成。大陸政府⋯言わば、戮世界住人にとって、このツーショットはただのツーショットでは説明がつかない。

天根集合知ノウア・ブルームの受胎と堕胎を両方やり遂げた伝説のシスターズランカー“エステル”、ヘリオローザ。

そのヘリオローザの現在の母体、フラウドレス。

大陸政府は2人の会話に“自分達から”、介入すること無く、見守るスタイルで遠目見をする。


「アトリビュートにはアイツらの遺伝子が入ってる。今も尚、あの悪魔がアトリビュートに眠ってるんだよ。虐殺王は死なない。死んでも死なない男だ。アタシは知ってる⋯⋯⋯アイツは⋯⋯アイツらアルシオン王朝は⋯ただの地獄の化身。『アルシオン王朝帝政時代』」

「過去の出来事を今更掘り返して何になるの?今、この子達は関係ない!ただの子孫!虐殺王の魂なんか入ってないし、もはや別種の存在よ。ヘリオローザが過剰に反応してるだけで、アトリビュートとセカンドは違う存在よ」

フラウドレスの発言に少々、心が揺れ動く。だが再び、自分を取り戻す。だが⋯再生されるフラウドレスの言葉。何度も、自分の中で再生される。これはヘリオローザがフラウドレスの体内にいる時に良くある現象だった。

フラウドレスが、特異点兆候シンギュラリティポイントに干渉した時、体内にいたヘリオローザには、自然現象にて発生する『四大霊』のエネルギー粒子が母体へ飛び散るように撒かれた。フラウドレスはこの異現象に気づいた素振りは一回も見せていない。

『火』『水』『風』『大地』。戮世界テクフルの凶悪な自然現象の暴走。かつてはそうだった。

戮世界テクフルの自然現象は酷いもので、台風、暴風雨、地震、超常的生命体“六つ頸の竜”の降臨⋯といった、神々の災いが相次いで多発していた。各当該現象に関しては、現在一切の兆候が無い。これは『シキサイシア』と呼称していた奴隷祭壇贄人式の祝福と言えよう。

そんな“四大霊の転写因子”が独立性を高度化させ、一人の人間となったヘリオローザの身体に這いずり回る。何を意味している行動なのかは、イマイチ、ピンと来ない。警告をしているようにも受け取れるし、『注意を受けろ』と言っているようにも聞こえる。

要はフラウドレスからの発言に関して、何らかの反応を示しているのだ。要らんことをするな⋯とアタシは思う。


「お2人、お話中のとこ申し訳無いのですが、もうそろそろ時間なのです。これ以上の長話は多くの民が待ち侘びている乳蜜祭へのタイムロスに繋がる恐れがあります。故に、現在展開中の会談を切り上げて頂き、綺麗さっぱりと乳蜜祭へ向かいましょう。⋯⋯と思っているのですが、、、、どうですか、、、ヘリオローザ様、、、出来そうですか??」

七唇律聖教ゼスポナ・エレティアナが2人の間に入る。介入を今までして来なかった大陸政府だが、ここでその暗黙の了解が破られた。ゼスポナの多少オドオドしながらも真っ正直に伝えようとする心意気にヘリオローザは感動さえした。

「ゼスポナちゃん!ありがと!あんたは最高の女だ!アタシの部下になるといい!」

ゼスポナは飛び跳ねるように驚く。大陸政府の面々は『良いなぁ』と心の声を漏らした。ゼスポナの嬉し笑いにヘリオローザは満面の笑みを浮かべる。怪獣を倒したヒーローの最後、笑うでも無く、無表情でカッコつけながら何処かに去る⋯というのが定石にある。今のヘリオローザは、それの“笑いながら帰る”という前人未到の表現領域を形成していた。

「ホントですか!?とても嬉しいです!御使いはシスターズランカー“ベスタポーレ”、力になって見せます!」

「うんうん!こんな可愛いオナゴがいてくれたら華やかになるな!ね?フラウドレス!」

「バカなんじゃないあんた、ほんと」

冷たくあしらうフラウドレス。そんな母体の姿に嫌気が差してきたヘリオローザ。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

ヘリオローザの馬鹿げた行動に正気を疑う。

「もっと柔軟な心を持てよ。フラウドレス。ここは元いた場所とは違うんだ。異なる環境に合わせる事も、生きる上で重要な手段だ」

「これを生きる上での手段とは言わない。私にはこんな馬鹿げた神々のママゴトよりも果たさなきゃいけないことがある。私の大事な友達が⋯戮世界のどこかにいる⋯私は絶対に⋯2人と会わなきゃいけないんだ⋯⋯⋯こんな所で油を売ってる暇は無い」

『神々のママゴト』。この文言に大陸政府の表情は一気に曇る。その光景を見たフラウドレスは『分かりやすい奴らめ⋯』と思った。正直に言うと、これはただのカマかけ。

フラウドレスから、大陸政府への挑戦状とも言えるもの。

当然ながら全員が全員、フラウドレスの言葉を鵜呑みにしているということでは無い。中核メンバーは特に、彼女の言葉からの言葉には細心の注意を払っている。

なんといっても、ヘリオローザの現在の母体なのだ。ラキュエイヌ一族もヘリオローザと同様、戮世界テクフルにはその名が知れ渡っている存在。フラウドレスを要注意危険人物に指定し、大陸政府の意思決定がアイコンタクトで成されていく。

そのさまも、フラウドレスには明瞭。アイコンタクトを行ったメンバーの視線が軌道ライナーを形成。現実ではもちろんこの様子は確認できない。

ピストルや自動小銃にアタッチメントする“ウェポンライト”のようなもの。もっと分かりやすく万人に理解出来る表現をするなら⋯“レーザーポインター”。光の軌道線が、フラウドレスには視認出来た。

『見えるよ⋯見える見える⋯お前達が、言葉を交わさないだけで⋯私には全部見えてるんだからな⋯⋯⋯そうか、大陸政府はまだ、私の“本域”を知らないのか。そうか、ヘリオローザは黙っていたんだな。そういうとこは褒めてやろう。但し、お前の希望する未来は間違っている。その事だけは頭にぶち込んどけ。夢を見る時も必ずや、それが呼び覚ますからな』


「大司祭」

「⋯ビーレンビルト⋯⋯⋯」

教信者のビーレンビルトがフラウドレスの服を摘み、偽装の肩書きで呼んだ。そういえば、まだビーレンビルト、アベルトーネを含むこちら側の子供達には、何も話していなかった。私がラキュエイヌ一族のひとりだという事にも恐らく驚いたのだろう。

「御使いもういいですよ」

「ビーレンビルト、安心しろ。私は無茶なんかしていない。私は君達のためを思って⋯」

「だから。。御使い達の事を気遣わなくてもうイイんですって」

ビーレンビルトはフラウドレスの発言を遮ってまで言った。そこには止めようと思っても止められない人間特有の芯から芽生えた覚悟が映っていた。フラウドレスに送られたその覚悟。彼女からしてみれば『やめてほしい』と思っている。そんな事をしたら、周りにいる大陸政府が乗ってしまう。今せっかく自分が、君達への奴隷制度を無きものにしようと必死こいて演説紛いな事をやっていたのに⋯。これじゃあ意思疎通の出来てないバカみたいに映るじゃん⋯⋯⋯。

ビーレンビルトの覚悟が他のシスターズ&教信者にも感染。⋯⋯いや、それは違うな。“呼び起こされた”と解釈するのが妥当だろう。これはビーレンビルト以外も思っていた事。それを私が押し潰していたんだ。罪の意識は毛頭ない。だって私が合ってるから。

しかし子供達の意志は硬かった。

アベルトーネがフラウドレスに優しく語り掛ける。

「バタイユさん⋯。バタイユさんって⋯ラキュエイヌ一族だったんですね。ちょっとオドロキです⋯⋯!そんな方と少しの時間でも一緒にいれて、御使いはとてもシアワセです。最期に⋯いい想いをさせてもらいました」

こんな小さい可愛い女の子に“最期”と言わしめる始末⋯。

「やめて。だめ!絶対にダメ!」

フラウドレスはアベルトーネを抱擁する。彼女への愛が高まっている事を周囲に晒す行動であった。あざとい行為だと思われても仕方ないが、現状のフラウドレスには当該行為を果たせてしまう十分な決意があった。

理解が出来ない。なにゆえに子供の命を取るのか。

「お前らクズよりも、この子達の方がよっぽどマシな知能を持っている」

「あなた、ココ最近、こちらの世界に来られたのでしょう?そんな短時間の戮世界住人の思考を読み取ることなど不可能です。真実味の無い戯言は慎んで頂きたいものですな」

アベルトーネに抱きつくフラウドレスへ、流暢な語り口で物事を整理しながら発言するカリウス。

アベルトーネの身体を自身の身体に吸着させる。最初、アベルトーネはフラウドレスの抱擁に受け入れ態勢ではいた。だがそれはカリウスの発言が続けられる度に終わっていく。

フラウドレスにしか分からない。辛い現実だった。初っ端から、フラウドレスを拒絶する反応があれば、諦めがついていた。しかし、“徐々にフラウドレスへの気が萎んでいく”⋯。何よりもそれが一番にきつかった。

そして、最終的にアベルトーネは抱擁していたフラウドレスの両腕を優しく払う。その手は最後まで優しかった。

100%、フラウドレスへの愛が消失した⋯という訳では無い証拠。『フラウドレスを嫌いにはなっていないが、あなたの言っている事は皆目見当違い』。


「⋯⋯⋯フラウドレスさん」

優しく振りほどかれた両手。アベルトーネはフラウドレスへ顔を移す。こんなに複雑な気持ちになりながら、子供の顔面を見ることなんて、今後絶対に無い事だろう。

「御使いは、奴隷になります。そして、戮世界テクフルの救世主になるんです。お願いです。私達の傍から、離れてください」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

痛い言葉だった。痛くて痛くて⋯たまらなかった。辛いって⋯今まで経験したこと、何度もあるけど、これは別種。様々な偶然が重ならないと、生まれない稀有な経験。

この女の子を、思い出したくない。そう、脳に落としてしまう。そんな自分の思考が大っ嫌いだ。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

どいた。彼女の言葉を受け入れなきゃ、酷い罵声を浴びせられそうだったから⋯⋯⋯退いた。

その足取りは重い。


「⋯⋯⋯⋯フラウドレスさんに出逢えて、良かったです。⋯⋯⋯⋯さようなら」


退いた直後から、フラウドレスは“彼女”を直視出来ないでいた。フラウドレスは横に外れ、シスターズと教信者に道を譲った。

ビーレンビルトも彼女の状態を刹那的に心配する。その時間は極小。ビーレンビルトとアベルトーネは特に、フラウドレスから中断するよう促されていた人物。その理由は、他のシスターズ&教信者が全然話にならない存在だったから。人間的な面が欠如していた2人以外の子供達。とても歪な子達であったが、それはただの“思春期”だと思えば腑に落ちた。


次々とフラウドレスの横を歩き去っていくシスターズ&教信者。11人の子供が向かう先は教母の前。教母はこれといって、子供を呼ぶような仕草はしていない。なのに、子供達は純情なままに行動を続ける。あゆみを進めていき、教母の前に整列し直した。

教母の元には、カリウスが現れる。アナログ的な方法で、時間に余裕があるのか、ゆっくりゆっくりと空気なんて一切関係無しに自分の思うがままの行動。

自分は、地に落ちるかのように意志が失墜したのに対して、カリウスを始めとする大陸政府は余裕の表情。

ヘリオローザもその中の一人だ。とてもじゃないが、ヘリオローザの考えには同意できなかった。


「この中に、アトリビュートはいますか?」

教母にそう問い掛けたカリウス。カリウスと教母の物理的距離感はかなり近いものだ。普通にセクハラレベル。おっさんの臭い息が吹きかかっている。吐きそうな光景だ。それをまじまじと受けているにも関わらず、教母は一切の顔色を変えない。度胸⋯?根性⋯?気合い⋯?我慢⋯?

内心を読もうと試みたが、それは不可能だった。何らかの能力が働いているとみた。

「はい、一部の子供に超越者反応が検知されています」

「ほほぉう、それは⋯素晴らしいですね。教皇もお喜びになる」

「ありがとうございます」

「⋯⋯⋯これは報酬です。受け取ってください」

「⋯⋯⋯」

教母は無言で受け取った。なんだアレ⋯と思い、私は目を凝らした。大して、私と2人の絡みに距離は生まれていない。目を凝らさなくても、通常視力で視認可能範囲の筈が、見えなかった。


『杭⋯?』


⋯⋯⋯見えたはものの、理解不能なブツ。イエス・キリストの磔刑の使用した際の磔とイエスを結合させた“杭”のようだった。そんなものを手渡ししている。これが戮世界の“褒美”に相当するものなのだろうか。

「ノアマザー、お下がりを」

「はい」

教母が一歩二歩三歩と後ろへ下がった。

『お前も下がれよ。クソジジイ』と思ったのは言うまでもない。今すぐにでも、ここからルケニア“黒薔薇”をぶち込んでやりたい。荊棘の彷徨。ビンビンしてるぞ。お前を殺してやるってな⋯。ただ、ビーレンビルトとアベルトーネの思いも汲み取らなければならない⋯。最悪だ。自分の思考を優先出来ない、私に腹が立つ。

「アトリビュートの子は⋯誰かな?」

一斉に挙手をする複数人の子供。軍隊のようだった。私の知らない子供達の姿。隠しているつもりなど無いと思っているが、私はそう思ってしまう。

『開示する必要が無い』

この子達は、言葉にしないだけで、私への拒絶反応を早い段階で果たしていた⋯⋯。そんな解釈に陥るのは必然的だ。


「左から、ヒイレン、トフェリー、ナイテュス、ブーゲート、アーカスクスト、ビーレンビルト、アベルトーネ。以上のシスターズ、教信者が今回の警備艇試験未受験のアトリビュートとなります」

教母が子供達の名前をカリウスに伝える。

「それでは⋯⋯この、余った子供は?」

「はい、バイアプス、ナチェット、ハラバラス、ガーダイン。4名が通常人類です」

カリウスが教母から伝えられた“普通人間”の名前を聞いた途端、一人の大陸政府直属異端審問執行官を人差し指で手招き。異端審問執行官へ、目線を配ることなく、カリウスは手招きに及んでいた。

小声でブツブツと話す。何を話しているのか分からない。これはモーションだ。小声で話している⋯と見せかけて、2人でしか分からない信号交信を実行している。

小癪な真似をしやがって⋯。こんなのバレバレなのに⋯。

⋯⋯⋯そうか。普通人間には分からないんだ。この囁きが。本当に小声で何かを話している⋯かのように見せて実際は、“信号間交信”。なんという皮肉が効いた演出だ。


「御使いは、大陸神グランドベリートにこの身を捧げます!」

「御使いも、この身を捧げます」

「御使いも、この身を捧げます」⋯⋯⋯。

以後、普通人間として名を呼ばれたシスターズ&教信者が、超簡潔な自己アピールを行う。

フラウドレスは嫌な予感がした。


これは⋯なんで⋯⋯⋯今から生贄として捧げられる⋯というのが決まっているんじゃないのか。どうして、この子達は“切望”を決行させているんだ⋯。

⋯⋯まさか、大陸政府のヤツら、アトリビュートのみを生贄の対象としか見ていないのか⋯⋯。



「ノアマザー。先程、教皇より御報告がございました。アトリビュート以外の人間は抹殺しろ⋯。との事でした。現時刻を以て、割礼の簡潔式を執り行います」

カリウスは教母に言う。私の予想はことごとく的中していた内容だった。カリウスと教母、2人間で話しているものなのに、大陸政府、別班の教母、別班の子供達、ヘリオローザ、私⋯全員へ聞こえるように喋りが交わされていたのがムカつくポイント。

あんなに2人で距離を縮めて話していたんだから、それなりのボリュームでいいだろうが。この事から、この話の“裏ターゲット”は、私にあるように思えた。


「ンンンンンンン⋯」

カリウス発言の直後、ノアマザーと呼ばれていた教母から高エネルギー反応を確認した。私はただならぬ出来事の予感を察知し、ルケニア“黒薔薇”の発動を決定する。だがそれを拒む者が私の視界に入り込んだ。視界に入る前に、ソレは検知出来たが、予想以上のマッハスピードで対処に遅れが生じてしまう。

「フラウドレス、あんたは黙って見てな」

「ヘリオローザ⋯⋯⋯どういうつもり⋯⋯」

「大陸政府に協力する。こいつらの邪魔をするなら、容赦はしない」

「ぐ⋯⋯」

怒り狂う気は満々。だが前に立ちはだかるヘリオローザの“異形の生命体”。

一つは黒色粒子を纏う“イッカク”の姿と酷似したモノ。

もう一つは白色粒子を纏う“シーラカンス”の姿と酷似したモノ。共通して“魚類”というテーマを掲げているのか、ヘリオローザは2つの異形を発生させている。私がルケニア“黒薔薇”を発現させる際の“対抗手段”なのだろう。

それにしてもそんな能力があるなんて知らなかった。天根集合知ノウア・ブルームだって⋯あとどのくらい“対価”を受け取っているんだ⋯?

「喧嘩はやめよ。ね?」

私は睨む。彼女を睨んで、この諍いが静まるとは思っていないが、今はこれが精一杯の抵抗であった。

ヘリオローザとは、戦いたくない。ラキュエイヌ家の大事な財産だ。ヘリオローザからしてみれば、そうでも無いんだろうな⋯ラキュエイヌは。


「ありがと、フラウドレス。あなたなら分かってくれると信じてた」

フラウドレスの攻撃行動が停止。ヘリオローザからは発現された黒色粒子と白色粒子の発現も停止され、各々が独自の帰還ルートを辿り、ヘリオローザの“腹部”へと戻っていく。

「フラウドレスは傷つけたくない。だから、大人しくそこで見てて。今からけっこう面白いことが起きるから」

「⋯⋯⋯何すんの」


「殺すのよ」


ヘリオローザの言葉に絶句した。いくらなんでも正面突破すぎる言葉だったから。私はそれに奮い立たせられる程に抵抗の意志を持たなかった。先程とは打って変わった私の感情。グチャグチャに書きなぐられた心。多様な感情が乱立し、私を私では無くしようとしてくる。その果てに、私から“子供達を守ろう⋯”との意識も削ぎ落とされた。

ノアマザーから、黒と白のオーラエネルギーが表出。ヘリオローザと同様、腹部からその姿を顕にした。2つの色は螺旋を描くように空中を飛び回る。暴走行為とも思えるし、目立ちたがり屋⋯とも解釈出来た。周辺の大陸政府の顔色を窺うと、眉間に皺を寄せていた。それはいったい何を意味しているのか⋯分からない。試している⋯?

ノアマザーを⋯試している⋯のか?

「⋯⋯⋯割礼」

黒色と白色。2つの色は軌道状の螺旋を描いたまま、普通人間の子供を飲み尽くした。

「そんな!?」

私は思いもよらぬ光景を目の当たりにし、大声を漏らしてしまう。私以外の人間は過度なリアクションを一切取っていなかった。

慣れている。異形の化け物が子供達を食らう光景に慣習があった。イカれてる。黒白の螺旋が、一瞬にして尊い命を奪い去っていった。出血は無い。

身体のみを“割礼”の対象とした事で、着装していた修道服は地面に落ちる。修道服は服として軽いものだが、4人の修道服が瞬時に地面に落ちると、中々の音を発生させる。一つや二つ、鈍器的なモノが落下したかのようだった。


芽生えてきた怒りを身体の震えで収めようとしている。これは私の意思じゃない。身体機関の防衛本能だ。

「ノアマザー、如何でした?」

「言うまでもなく、単細胞な味わい。不服です」

「君はほんと、口がキツいなー」


「ヴェぇぇええええわぁえええぇぇぇヴぁわアァアァあああワァァアアアぁあ!!!!!」

「ヴァァァァヴェアアァァわぁァァァアアアァアアアぁ!!!!」

「ヴぁえええァえァァァああん!!!!ヴェアァぁぁぁーーーーん!!!」

「ヴぇん⋯ヴぇん⋯ヴぇん⋯うえぇぇぇーーーん⋯⋯」

「ヴァアァァェえぇぇええぇぇぇん!!」


おっさんの苦言がカナン城に響き渡る中、ノアマザーから発現された黒色白色の軌道螺旋から、乳幼児の産声が上がる。それは多段的に階層を拡げていき、耳鳴りの激しい音曲を奏始める。とてもじゃない⋯⋯⋯苦痛な音だった。

軌道螺旋がカナン城を飛び回り、産声を上げ鳴らす。大陸政府の面々にもそれは聞こえている筈なのに、反応するのは私だけ。ヘリオローザも。なんなら耳を抑え、不快な音に我慢する様子に、首を傾げていた。

首を傾げたいのはこっちだ。私はそんなモーションも出来やしない。

「いいですね、やはり“嬰児の産声”というのは素晴らしいものですね。これがあるから、普通人類を食べるのはやめられませんね」

「暴喰の魔女・“ガルミラード”。私の“ウプサラソルシエール”は、食した者の時間を編集・改竄。それによって乳幼児の姿まで戻す事が可能なのです。乳幼児の姿なら、大陸神グランドベリートも喜ぶハズ⋯なんですよね?」

「大天使ガブリエルの受胎告知。原世界より伝わる古の書物に記された預言。ノアマザー、あなたの天根集合知ノウア・ブルームは高位的な次元能力です」

「ありがとうございます」



ノアマザーが子供4人を喰らい、私の心は消沈。着ていた服のみがその場に残る。無惨な悲劇を心苦しく物語っていた。

「さぁ、皆様。余興はまだまだこれからです。これはただの前菜も前菜。お通しと言っても過言では無い。間もなく定刻、15時を迎えます」

カリウスの定刻報せを受け、大陸政府全メンバーが呼吸音すらも合わせる。その場、その場のカナン城エントランスにて散らばっていた大陸政府は、同期行動を開始。一糸乱れぬ、団体行動が始まった。

これは、ヘリオローザ帯同の班に属していた子供達も対象。奴隷は別として。

正常に動ける人間で、団体行動を取っていないのは私とヘリオローザのみ。


団体行動でカナン城内部へと歩みを進めた大陸政府とシスターズ&教信者。操られ始めた奴隷生贄候補者達もカナン城内部へと向かった。この先は、カナン城外郭部。つまりは乳蜜祭が開催されるパレードエリア。露店、演劇、歌謡ショー、吟遊詩人らが集い、大賑わいの乳蜜祭メイン会場だ。

フラウドレスの元に、ヘリオローザが近寄る。

2人は大陸政府らのような行動を取っていない。故に自由。大陸政府の後ろをついて行こうともしなかった。


フラウドレスは彼女に顔を向ける事無く、フラウドレスの方から話し始めた。

「どこまで知ってんの?」

「乳蜜祭のこと?もう知らない。教皇とかいうガキがいる。そいつが一番のボスみたいよ」

「⋯⋯⋯⋯そう、、、、、」

「怒ってんの?まだ?」

ヘリオローザはフラウドレスの顔色を見て、そう言う。フラウドレスは優しいからある程度の回答内容は予測出来た。

「⋯いや、別に。もう、いいよ」

ヘリオローザの予想通り。フラウドレス、本当は怒っているが、許そうとしてくれている。そうしなきゃ前に進めないから。フラウドレスが良くサンファイアとアスタリスに言っていた。


『喧嘩なんかずっとしてたら時間が削がれるだけ。なんにも生まれない関係性』。


フラウドレスはまさにそれを体現してくれた。フラウドレスが自分で生み出した言葉なんだな⋯とヘリオローザは感心した。

「フラウドレス、あなたが愛した子達の最期を見に行こ?ね?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯うん、わかった」

鬱憤は溜まっている。反対運動を起こしたいが、外で目立つのもあまり得策とは言えない。

自分の意見を殺した。本当に嫌だ。本当に⋯。

食い止めたかった。だが、それはもう叶わないようだ。

乳蜜祭が始まる。

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ハイペースに行きます。

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