犯人は誰か?
篠原涼の指は机上に散らばった手稿の紙に触れ、その冷たさに現実感を失いかけた。墨の色は生き物の血のように暗く、乾いた紙面に鈍く光る。
作家Aの筆跡は異様なほど生々しく、そこに込められた何か――まるで書き手自身の叫びが篠原の耳に直接流れ込むかのようだった。
「続きを書け。犯人を暴け。だが、お前が筆を置いた瞬間、全てが始まる。」
現実の館はもはや「小説の舞台」ではなく、篠原にとって歪な迷宮へと変わり果てていた。
壁紙は剥がれ、亀裂の間から黒い影がうごめく。
天井に吊るされたシャンデリアのガラス片が、不自然に歪んだ光を放ちながら震えている。
廊下の奥、閉ざされた扉の向こうから、わずかに何者かの息遣いが聞こえた。
篠原は無意識に、冷たい金属のドアノブに手をかける。
扉の向こう――そこは小説の中で「密室」とされた部屋だった。
殺人現場
篠原が足を踏み入れた瞬間、冷気が肺を刺し、視界は一瞬で滲んだ。
中央には机、倒れた椅子。
そして床には乾いた血痕が不自然な軌跡を描いている。
血は真紅というよりも墨汁のように黒く、絨毯にしみ込んでいるのがわかる。
そして、その血痕は――文字になっていた。
「私を終わらせるな。終わらせれば、誰が犯人かも消える。」
篠原の脳内に、耳鳴りが反響するようにその言葉がこだました。
彼は無意識に口元を拭い、恐る恐る振り返る。
部屋の隅、古びた鏡が彼を映し返している――だがそこに映る彼の姿は、歪んでいた。
鏡の中の篠原は、「誰か」に似ている。
篠原は呟いた。
「書いた者が犯人なら、読み手もまた――罪人だ。」
その瞬間、館の壁が震え、闇がさらに篠原を飲み込もうとしていた。
現実と虚構が完全に重なり合う――。