第一話「耳ふー」
「やっぱり君だったんだ。」
「ううん、でもよかった。嬉しかったよ本当に。」
ぽつぽつと、いつもと変わらない安心する声。ただ心を詰られる感覚だけが罪悪感の代理人を務めるかのようにじんわりと2人だけの空間を気まずく感じさせる。
太陽の陽炎が、揺れる彼女の背景が、僕の心を不安にさせる。
「それじゃあもう行くね、また明日。学校で。」
ブランコから立ち上がり、彼女は顔の近くで可愛らしく小さく手を振っている。
「うん……また。学校で。」
いつもなら彼女と分かれてから、すぐに自分も帰路につくはずだが、今日はなんだか足が動いてくれそうにない。きっと夕日が綺麗過ぎるからだ。もうちょっとだけ、真っ赤に染まった空を目に焼き付けていこう。
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「久我遥陽です。よろしくお願いします…」
語尾が段々と弱まる情けない自己紹介をかましたところでお役御免と自分の席にちょこん。と座る。
「久我くんね、よろしぃくお願ぃね。はぁいじゃあ次、三島さん。」
妙な声音で始業式後のクラスを進行しているのが、新たに自分たちのクラスの担任となった工藤美佳先生。担当科目は英語とのことだ。一部女子生徒からは既に「みかちゃん先生!」と愛称呼びされている人気っぷり。
自分の座席は廊下側1番後ろの席から左前方である。苗字が「く」なので座席ガチャは当社比、悪くない。当社比ここ大事。
まだ少し肌寒さが残る4月上旬。糊をしっかりと感じられる着慣れない新しい制服。昨夜は緊張のせいか眠りにつくのが遅れた。だがしかし実際当日になってみると緊張はどこかに消えてしまい、現在進行形で眠気に襲われている。
あぁこれは、まずい……眠過ぎる……
ん…なんだ……右腕が少しくすぐったい
「つーん、つーん」
今度はさっきより少し強めになっている、まだクラスの自己紹介は終わってないから、もう少しだけ寝させてくれ……
「ねえ、ちょっと」
右方から、まだ優しさを残した雰囲気の声がしている。
「始業式から居眠りとは……とんだ大物だね君は。さてさて心優しい美来ちゃんが優しく起こしてあげましょうかね。」
直後、耳に息を吹きかけられる、絶妙な力加減で、だ。
「ひゃぁん!!!」
反動で机に脚をぶつけた。ガタッと大きな音が鳴る。少し、いやめちゃくちゃ痛いんですけど。
刹那、教室中の目線が自分の方向に突き刺さる。その原因はうめき声とも言えよう自分の鳴き声だ。
隣では例の張本人が必死で笑いを堪えている。耳なんか真っ赤にしながら。
「久我くぅん、ちょっと静かにねぇ」
みかちゃん先生にぴしりと注意されてしまった、それも仕方ない未だ教室ではクラスメイトの自己紹介が続けられているのだから。
「は、はい……すみません。」
もう、いっそのこと殺してくれ。