5 駆け出しセット
正式に冒険者になれたことだし、次は装備を整えないといけないな。おすすめの武具屋さんとか教えて貰えないか聞いてみよう。
「おすすめの武具屋さんですか?武具をお探しなら、最初はギルドでセット販売されている物がおすすめですよ」
お店について聞いてみたら、意外な返事が返ってきた。
「セット販売なんてあるんですか?」
「はい、駆け出しの冒険者さんは武器や防具はともかく、他にどんな物が必要なのかよくわからないという方も多いですから、セットで販売しているんです」
駆け出し冒険者への待遇は存外いいらしい。確かに、言われて気が付いたが、多分回復薬とかバッグとか、武具以外にも必要な物が沢山あるはずだ。
セットで手に入るなら、何が必要か吟味する時間も、店を探す手間も省けるし、一石二鳥だな。
「それ買いたいです!いくらぐらいするんですか?」
「駆け出しセットですね、1ゴールドで販売していますよ。売り場はこちらです」
駆け出しセットと呼ばれた装備の中には、剣と革製の鎧のほかに、バックパックが入っていた。
バックパックの中には既にナイフ3本にポーションが3本、それから解毒薬やロープ、小さい袋が複数と、確かに冒険で役立ちそうなアイテムが揃えられている。
「やけにナイフと袋がいっぱい入ってるみたいですけど、なんでですか?」
「ふふん、それがこの駆け出しセットをギルドがおすすめする理由なんですよ!」
ここまで丁寧に案内してくれた受付嬢さんが、なぜか急にくだけた表情になり、誇らしそうにしている。
えっへん!と子供のように軽く胸を張るさまは、最初に感じたお姉さん的雰囲気とはまた違ったかわいらしさを放っている。
「サイトさんはモンスターを討伐した際、それをどうやってギルドに報告するか、知っていますか?」
俺が受付嬢さんの新たな一面に見惚れていると、不意に質問が飛んできた。報告か・・・ゲームだと倒した数なんて勝手にカウントされているのが普通だから、考えたこともなかった。
けど、確かにここはゲームの世界なんかじゃなく、紛れもない現実なんだ。倒したことを何かしらの方法で証明しないと、ギルドも報酬なんて出せないよな。
「えーと・・・わからないです。あ、もしかして、そこでこのナイフと袋が役に立つんですか?」
「その通りです!モンスターにはそれぞれ"討伐証明部位"というものがギルドによって決められているんです。例えば、ゴブリンなら耳がそれにあたります。冒険者の方は、倒したモンスターの証明部位をはぎ取り、ギルドへ提出することで報酬を受け取るんです」
「なるほど、剥ぎ取り用のナイフと、はぎ取った部位を入れるための袋なんですね」
「ええ。それに、ナイフのほうは予備の武器としても役立ちます。洞窟などの狭い場所では、長剣は扱いにくいので」
「確かに・・・。あと、証明部位をはぎ取った後の死体はどうするんですか?」
「その場に放置して構いませんよ。モンスターは死後、数十分もすれば大抵灰になるんです。」
「勝手に消えるんですか?」
「ええ。まあ、強い魔力を持った強大なモンスターともなると、そう簡単には消えないそうですけどね。今のサイトさんが戦うレベルのモンスターであれば、放置して問題ないですよ」
わーお、まさにファンタジーって感じだな。
「そうなんですね・・・あれ?じゃあ、はぎ取った証明部位もすぐ消えちゃうんじゃ・・・」
「ふふん、そこでこの袋が役に立つんですよ!」
「もしかして、この袋に入れておけば消えないんですか?」
「その通りです!詳しい原理は私もよく知らないんですが、この袋に入れておけば大丈夫です!」
原理不明か・・・少し気になるところだけど、とりあえず死体の処理に困ることがないのはありがたいな。
「なるほど。いろいろ教えていただいて、ありがとうございます!」
俺が感謝の言葉を伝えると、受付嬢さんはこれが仕事ですから!と胸を張り、ニコニコと嬉しそうな表情を浮かべた。
受付嬢さんに聞いて本当に正解だったな。自分で考えていたら、地味なナイフなんて買ってなかっただろうし。
モンスターの一部をはぎ取って報告するなんて発想も、多分出てなかっただろうな。何より笑顔が素敵すぎる!異世界最高!
そんなことを考えていると、バックパックに入っている袋の一部に、中身が入っていることに気が付いた。
「ん?この袋だけ、もう中に何か入ってるような・・・」
「あ、その袋は開けちゃダメです!!」
受付嬢さんの制止が聞こえるよりも早く、俺はその袋を開けてしまった。その瞬間、周囲に異臭が広がった。
なんだこの臭いは!?俺は鼻が曲がりそうになるのを我慢しながら、急いで袋の口を閉じた。
「なんあんでふかごれは」
思わず鼻をつまみながらニオイのもとが何なのか質問すると、受付嬢さんも同じように鼻をつまみながら答えてくれた。
「臭い袋と言っで、モンスターが近寄ってごないよふにするための物でず。人間にとっでもごの通りひどいニオイですが、モンスターにとっではもっど強烈に感じるそうでず」
「だ、だるほど」
臭い袋、そんなものまであるなんて・・・なんて強烈なニオイなんだ!
「なんだなんだ?」
「また新人が間違えて臭い袋を開けたのか?」
「勘弁してくれよー、今月に入ってもう二度目だぞ、フローナちゃん」
「すびばぜん、駆け出しの方に説明するのが楽しくで、うっかりしてましだ」
すぐに袋の口を閉じたにも関わらず、強烈なニオイは周囲にまで広がってしまったらしい。
「すみませんでした、俺がちゃんと話を聞かなかったばっかりに」
俺は、ちょっとした異臭騒ぎが収まったタイミングを見計らい謝罪した。
「いえいえ!サイトさんが謝るようなことではありませんよ!よくあることなのに、ちゃんと注意しておかなかった私が悪いんです。」
よくある事なのか・・・。冒険者になって早々、文字通りの鼻つまみ者になってしまうかと思ったが、そんなに目立たずに済みそうだ。
「でもやっぱり、受付さんの話を聞かなかった俺のほうが・・・」
「ふふ、それじゃあお互い様、ということにしておきましょうか。」
「あはは、そうですね。そういえば、受付さんのお名前ってフローナさんっていうんですか?」
「ええ、そうですよ。これからよろしくお願いしますね、サイトさん」
受付嬢さん改め、フローナさんはにこやかに自己紹介してくれた。これからはフローナさんの話をちゃんと聞いてから行動しよう。
「そういえば、さっき言ってた討伐証明部位の情報って、どこで見られるんですか?」
「それなら、ギルドが販売している冒険者手帳で見ることが出来ますよ!討伐証明部位はもちろん、先達の方々から集めた、モンスターの弱点などの情報も載っている優れものです!受けた依頼を管理しやすいメモ帳もついているので、冒険者の方は皆さん利用されていますよ!」
すごい、めちゃくちゃ便利そうじゃないか!
「じゃあ、それも買います!いくらですか?」
「あぁ、いえ!さっきのお詫びに私から差し上げます、大して高くもありませんし!」
「え、でもさっきお互い様って・・・」
「それはそれ、これはこれです!その代わり、ちゃんと無事に帰ってきてくださいね!」
「フローナさん・・・本当にありがとうございます!」
こんなに優しくしてもらえるなんて、なんていい人なんだろう。はっ!もしや、これがモテスキルの効果なのでは?
そうか、きっとフローナさんは俺のことが好きだから、こんなに優しくしてくれるんだな!くー!モテスキル、やっぱり選んで良かった!
フローナが優しいのは単にそういう性格というだけなのだが、才人はまたも勘違いをするのだった。