36 魔族の少女
目の前の男だけでなく、周りのやつらにも{鑑定}してみたけど、全員俺よりもLvが高い。
やっべぇ・・・俺ほんとに狼騒ぎで調子に乗ったガキじゃん!
必死に平静を装いながら後頭部から鬼のように汗を流していると、背後からどよめきが上がった。
え、俺の汗にざわついてるわけじゃないよね?
「まったくもう!後先考えないんだから!」
そんなバカなことを考えていると、頼もしい声が聞こえてきた。
「アリス!」
そうか、また一人騒ぎに参加しそうだからざわついてたのか。
でも良かったぁ・・・ちょっとカッコつかないけど、これでなんとかなる!
「アリスだと・・・?てめぇまさか金碧の・・・!」
「ええ、そうよ」
「チッ、てめぇらずらかるぞ!」
「い、いいんで?せっかくの上玉を・・・」
「るせぇ!俺が行くっつったら行くんだよ!」
アリスが現れた途端、ガラの悪い男達はそそくさと逃げて行った。
やっぱアリスってめちゃくちゃすごいんだな・・・。
知ってはいたけど、あれだけ強い人たちが相手でもこうなるなんて。
「あ、ありがとうございます!」
助けた女の子がなぜか俺に感謝してきた。
「い、いや俺は結局何も出来なかったし・・・礼ならアリスに言ってあげてください」
「あら、そんなことないわよ?サイトちゃんが動かなかったら私だって助けなかったもの」
「そうなのか?」
「ええ」
「お二人共ありがとうございます!」
なんか虎の威を借る狐って感じでダサいけど、助けられて良かった。
「それで、これからどうするつもりなのかしら」
アリスが女の子に語りかける。
「ぼ、冒険者登録しようと思ってます」
「うーん、失礼だけど仲間は居るのかしら?」
「いません・・・」
「はぁ、そうよね・・・」
「どうしたんだ?仲間がいないと何か問題なのか?」
「あのねぇ・・・はぁ、いいわ。ここじゃなんだし、少し落ち着いた場所で話しましょ。貴女もそれでいいかしら?」
「は、はい」
いまいち腑に落ちないまま、女の子と二人でアリスに付いて行くことになった。
周りの視線を受けつつ、野次馬達が自然と距離を取ることで出来る道を進む。
騒ぎの張本人になるってこんな感じなんだな・・・。
「ここならいいかしらね」
着いたのは小洒落た喫茶店だった。
紅茶や香ばしいパンの香りが漂ってきて、朝ご飯を食べたばかりだというのにお腹が空きそうだ。
比較的周りに人が少ないテーブル席に座り、紅茶と焼き菓子を注文した。
「さて、何から話したものかしらね」
店員さんが運んできてくれた紅茶を一口ずつ飲み、本題に入った。
「えーっと・・・あんまり状況がわかってないんだけど、何を話すんだ?」
「はぁ・・・サイトちゃん、人を助けたいと思うのは立派なことだけど、貴方はちゃんと意味を理解して行動するべきよ」
「う、ごめん・・・」
まだよくわからないけど、魔族を助けると色々ややこしいってことなのかな・・・?
「ごめんなさい、お二人にご迷惑をおかけしてしまって」
「あら、貴女はいいのよ、悪いのは全部サイトちゃんだから」
「ひでぇな!」
「とりあえず、状況を整理しましょうか。主にサイトちゃんが全く理解していなさそうだし」
「う、悪い・・・」
「そうねぇ・・・まずは魔族と人間の関係性と、歴代の魔王について話しましょうか。サイトちゃんにはそこから話したほうがいいでしょうし」
ごくり、と唾を飲み込む。なんだか規模がでかい話になってきたぞ・・・。
「魔族と私たち人間は幾度となく敵対し、また何度となく手を取り合ってきたわ。なぜだかわかるかしら?」
「そうなのか・・・うーん、わかんない」
「魔族達にも人間達にも様々な意見、立場があるからよ。歴代の魔王たちも、過激派なら人間と敵対し、穏健派なら比較的仲良くやってきたわ。少なくとも、表向きはね」
「表向きは・・・?」
「ええ、といっても当たり前の話よ。それまで敵対していたのに『今度の魔王は人間と仲良くしたがってるから、魔族と仲良くしましょう』って、いきなり言われて全員が納得すると思うかしら?」
「それは・・・無理だな」
「当然、それは魔族達の間でも同じこと。いくら魔王が穏健派でも、それに従わない力のある魔族が暴れて、人間側も再び剣を取る。そうして再び過激派の魔王が現れたら、異世界から勇者が来て、束の間の平和が訪れる。その繰り返しよ」
「そんな・・・魔王が倒されても全然根本的な解決になってないじゃないか」
「そうね・・・それで、ここからが本題なのだけど、今の魔王は穏健派なのよ。だから少なくとも、表立って敵対はしていないわ。そんな中、さっきの彼らは魔族の彼女を奴隷にしようとしていたわよね?」
「うん」
「そういう背景があるから、魔族をわざわざ助けようとする人は少ないわ。けど、行政はそうじゃない。建前上何らかのアプローチをする必要があるし、ギルドも動くでしょうね。それでも彼らは彼女を奴隷にしようとした」
あれ?なんだかすごーく嫌な予感がしてきたんだけど・・・。
「ってことは・・・?」
「巨大な犯罪組織とか、何らかの後ろ盾がある可能性が高かった」
「ひえ・・・って、ん?高かった?」
「そう、もう1つは彼らが何も知らずに奴隷商売に手を出したただのバカって可能性よ」
「なるほど?」
「というか、私の名前を知って逃げだした時点で、そっちの可能性のほうがかなり高くなったわ。巨大な後ろ盾があるにしては逃げ方が潔すぎるもの」
「そ、そっか。良かった・・・!」
危うく俺の身はもちろん、アリスもこの子も、余計危険な目に遭わせるところだった・・・!
でも、結局なんとかなったみたいだし、結果としては正解だった・・・よな?
「ごめんなさい、ボクのせいで・・・」
「いいのよ、さっきも言ったけど貴女は悪くないもの」
「そ、そうそう!それに多分平気だって!」
「サイトちゃんはたまたま運が良かっただけでしょうが!」
ポカッと頭をアリスに小突かれた。いてぇ・・・。って、あれ?今この子"ボク"って言った?まさかのボクっ娘!?
いい、すごくいい!可愛さ5割増しだ!
そうだ才人!こんな可愛い女の子を助けたのが間違いなわけないじゃないか!
「なんで叩かれたのにちょっと嬉しそうな顔してるのよ・・・」
そんなことを考えていると、アリスに変な勘違いをされてしまった。
「あ、いや、別に叩かれたのが嬉しいわけじゃなくてだな、あはは・・・」
「もう、なによ。ふふ」
「あはは」
お、笑った!さっきまでの恐怖と緊張で曇った顔と違って、晴れ渡る空のような笑顔だ。
正直めちゃくちゃ可愛い。
「まあ、結果オーライね。笑えるようになって良かったわ」
「・・・!はい、お二人共ありがとうございます!」
「ええ。そういえばまだ自己紹介をしてなかったわね」
「あ、そういえばそうだな!」
色々あって忘れてた。
「私はアリス、冒険者よ」
「俺は才人。同じく冒険者で、アリスに色々教えてもらいながら旅をしてるんだ」
「アリスさんにサイトさん、よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね」
「よろしく!それで、君の名前は・・・」
よーし、嫌われないようにがっつきすぎずいくぞ!
「名前・・・」
あれ?まずい、もう嫌われた?嘘、コミュ障の弊害もう出た?
「どうかしたかしら?」
「あ、いえ。たしか・・・レイ、だったと思います」
「だったと思う?」
どうやらそういうことじゃないみたいだ。
良かったー・・・のか?
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