32 手負いの獣
お待たせしました、更新です。
「まさかこんなところで会えるなんて。嬉しいこともあるものね、やっと返すことが出来たわ」
話していた相手と別れ、安堵するアリス。
「おい聞いたか?ダンジョンになんとかってバカつえーモンスターの群れが出たって話!」
「聞いた聞いた!しかも噂じゃ、そいつらの親玉みたいなやつも1匹居たらしいぞ!」
そんなアリスの横で、通行人が今爆発的に広まっているとある噂について話していた。
「ダンジョンに・・・?まさかサイトちゃん、巻き込まれてたりしないわよね・・・?」
左腕が痛い。
それもそのはず、たった今煙の中から出てきた狼に、現在進行形で噛み付かれているのだから。
{観察眼}のランクが上がったおかげか、コイツの狙いが俺の首なのはすぐにわかった。
わかったんだけど・・・一番攻撃を受け止めやすい剣を、首のところまで持ち上げるのは間に合いそうになかった。
だから仕方なく、何も持ってなくて素早く上げられる左腕の、プロテクターの部分で受けようと思ったんだけど・・・。
全ッ然間に合わなくて、インナーしかつけてない部分に噛み付かれてるもんだから、ものすごく痛い!!!
「お、おい!大丈夫か!?」
「だ、大丈夫じゃないけど、大丈夫です!」
一見矛盾している返事をしつつ、今なお俺の腕をガブガブしている狼に反撃を試みる。
「離れ、ろっ!」
白い剣筋の後に、数本の毛が宙に舞う。
残念ながら俺の反撃は毛をかすめただけのようだ。
いや、かすめることが出来た。
よく見ればヤツの毛はそのほとんどが焦げ、一部は肉が見えている悲惨な状態だ。
もともと黒い毛だからよくわからなかったけど、ダメージはちゃんと受けてる!
むしろ、あれだけのダメージを受けて動けているほうがおかしいんだ。
勝機は、ある!
「チッ!4人でかかるぞ!ここまできたらやりきるしかねぇ!」
「おう!」
「くそっ、やるしかねぇのか!」
「はい!」
カマセーヌの号令に、全員が答える。
俺となんとかさんの二人が前衛を担当し、手負いの二人が横に展開する。
敵が1匹なら、囲んで叩くのが定石だ。
思った通り、俺となんとかさんに集中している狼は、囲みに行く二人に気が付いていないようだ。
「せぇい!」
「そこっ!」
二人でじわじわと黒い狼を追い込んでいく。1本、また1本と毛が舞い散り、僅かな手ごたえを感じる一撃も増えてきた。
横の二人ももうすぐ完全に囲み込めそうだ。
いける!これなら・・・
勝てる、その気の緩みがいけなかったのかもしれない。
手負いの獣が、かき消える。
「うわあああ!」
「やめ、ぎゃああああ!」
「お前ら!?」
「っ!?」
悲鳴の連鎖。
囲みにいった手負いの二人が、真っ先にやられた。
そんな・・・、確実に追い詰めていたはずなのに、どうして!?
黒い風が、目の前で止まる。
「ッ!」
咄嗟に剣を構える。
しかし、狼は牙を見せると、再び風になった。
「笑った・・・?」
「てめぇ!よくも俺の仲間を!」
「!」
その声に振り向くと、まさになんとかさんが戦うところだった。
しまった、狙いはそっちか!
「くそっ、おらっ!」
果敢に応戦するなんとかさんだったが、彼の重い両手斧ではあの素早い狼の動きを捉えることは出来なかった。
「ぐっ、がああああ!」」
痛々しい爪痕が、彼の鎧をも貫き刻まれる。
「カマなんとかさん!!!」
急いで駆け寄る俺に、牙が迫る。
「くっ!」
かろうじて躱し、距離を取った。
交わる視線。
笑みを浮かべる牙の間から垂れるのは、赤の混じった唾液。
そうか、今になってやっとわかった。
こいつは確かにダメージを受けてるけど、あんな簡単に追い詰められるほどじゃなかったんだ・・・!
残り少ない体力で俺達を確実に仕留めるために、事実以上に弱ったフリをして油断を誘った。
そして勝ちが見えて気が緩んだ瞬間を突いて、仕留めやすい相手から順番に倒した。
悔しいけど、完全にコイツの作戦通りに事が進んでしまった。
もう、この場に立っているのは俺とヤツだけだ。
じりじりと縮んでいく距離。
"黒"が、跳んだ。
再び俺の首目掛けて噛み付かんとする。
「懲りないなッ!!」
だが今度は煙から飛び出して来た時とは訳が違う、十分な余裕をもってガードした。
はずだった。
「ぐっ・・・!」
どくどくと溢れる血。
「左腕が・・・!」
今噛まれたわけではない。
両腕で剣を構え、ガードすることには成功した。
だが、散々牙で穴だらけにされた左腕には、もうコイツの苛烈な攻撃を受けきれるだけの力が残っていなかったのだ。
「お、押し込まれる・・・!」
剣を噛んだまま、強引に前進してくる。
無理な構えを強いられ、ついに左腕が柄から離れた。
「しまっ・・・」
鋭い爪が肩に食い込み、全体重をかけられる。
「うぐっ、ぁああ!!」
気付けば馬乗りにされていた。
最後の抵抗に、牙を抑える剣を右手だけの力で構え続ける。
獣臭い息が顔面にかかり、唸り声の振動が伝わってくる。
押し込まれすぎて、自分の剣で首が切れそうだ・・・!
力の向きが変わる。
上から下へ押し込まれていた力が、横へ。
俺の手から離れた剣が壁へと吹き飛ばされ、地面に転がった。
{アイテムボックス}からナイフを出そうとするも、両腕を抑えられ動かせない。
ああ、終わった。
「グルオォオオオン!」
ぽたり。
勝利を確信する狼の、血生臭い唾液が俺の頬を伝う。
もしかしたら、自分の涙も混じっているのかもしれない。
殺される・・・!
「俺ァ、カマセーヌだァ!!!」
反射的に首を向けると、深手の傷を負いながらも、全力で両手斧を投げるカマなんとか――カマセーヌさんの姿があった。
狼は驚きつつも、それを屈んでひょいと躱す。
『オマエハソコデミテロ』 そう言いたげな笑みを纏いなおし、再び殺意を俺へと向けた。
が・・・
――もう遅い。
コイツは気付いていない。俺の右手が、自由になっていることに!
勝ちを確信した瞬間が、一番大きな隙になる!
目の前のコイツにやられた事を、そのままやり返す!
一番強いナイフを取り出し、全力の{急所突き}を叩きこむ!!!
「くたばれええええええ!!!」
「グルォ!?・・・ウォ・・オォオ・・・ン」
意表を突かれた狼の力が、抜けていく。
{レベルが上がりました}
{Lv25になりました}
{罠師を獲得しました}
「はぁ・・・はぁ・・・やっ、た・・・」
まだ生暖かく、やたらと重い毛布をかけたまま、意識を手放した。
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