池田屋の猫々 みいこ
真っ暗だった。
気づいたら、私はひとりぼっちだった。
あたりはゴウゴウと音が響き、真っ暗で何も見えないのに、嵐はどんどんひどくなっていった。
ひとりぼっちで、とっても心細かった。
怖くて、怖くて、1人で丸く縮こまって泣いていた。
次の日の朝。
突然ドアが開いて、明るい日差しと一緒に、
若い夫婦がやってきた。
2人は私を見ると、互いに見つめあってうなづいた。
「一緒に暮らそう。家族になろう。」
「みいちゃん、よろしくね。」
突然そう言われて、私はとても驚いた。朝の光と2人の笑顔は、私の怖くて心細い気持ちを、ほんわりと溶かしていった。
こうして私は、新しいパパとママと一緒に、
新しいお家で暮らすことになった。
大きくて優しいパパ。
明るくて陽気なママ。
最初は新しい事ばかりで、戸惑っていたけれど、一人ぼっちの怖さを思い出せば、なにもためらうことはなかった。
パパがあぐらをかくと、
私はすぐにパパのあぐらの上に座りに行った。
暖かくて大きくて、大好きなパパ。
ママは、いつも私と遊んでくれる。
おいしいご飯をお腹いっぱい
食べさせてくれて、かくれんぼしたり、
追いかけっこしたり。
楽しくてニコニコしている、大好きなママ。
私はとっても幸せだった。
ある日、ママが私にこう言った。
「みいちゃん、お姉ちゃんになるのよ。
もうすぐ、弟か妹ができるから、
仲良くしてあげてね。」
弟?妹?お姉ちゃん?
よく分からなかったけど、
ママのお腹はとっても大きくて、
そこに赤ちゃんがいるんだよって教えてくれた。
そして、ある日
ママが赤ちゃんを連れて帰ってきた。
小さくって、お猿さんみたいな女の子。
私の妹、名前はちいちゃん。
それから、私はお姉ちゃんになった。
大変な毎日になった。
ちいちゃんは、夜中でも昼間でもすぐ泣くし、パパもママも赤ちゃんのちいちゃんに付きっきり。
でも、私はお姉ちゃんだから、
ちいちゃんのお世話をしてあげた。
ママのお手伝いもしてあげた。
ちいちゃんはどんどん大きくなって、
今度は私の後を追いかけてくるようになった。
「みいねぇ、まってえー」
ご飯の時も私と一緒に座って、
寝るときも一緒。ずっと一緒。
私がパパのあぐらの上に座ると、
ちいちゃんも一緒に座るー!
って割り込んでくるし、
ママと遊ぶのも3人になった。
たまに、ケンカするし、
ちいちゃんが邪魔だなって思う時もあるけど、可愛い妹だから。
ちいちゃんが少し大きくなってくると、
私は相談相手になった。
「みいちゃん、聞いてよ!
パパとママがね…。
もう、パパもママも大っ嫌い。
私にはみいちゃんが居るからいいんだー!」
なーんて言ってる。
妹は、反抗期ってやつね。
ちいちゃんが高校生になった。
ピカピカの制服を着て、
沢山お勉強しているんだって。
そのころ私は病気になって、
ベッドにいることが多くなった。
妹は、ちょくちょく私の所に来て、
学校であったことなんかを話してくれる。
でも、もう体が自由に動かない。
ママは一生懸命看病してくれるし、
パパも抱っこしてくれたりするけれど、
どうしても頑張れなさそう。
ちいちゃんは、いつも不安そうにわたしの顔を覗き込む。
みい、16歳と半年。
その日の朝はママがちいちゃんにこう言った。
「ちいちゃん、
みいちゃんに挨拶していきなさい。」
すると、ちいちゃんは制服に着替えながら、
「時間ないんだけど」
と言った。それでも、バタバタと私の所に来て
「みいちゃん、いってきます!早く良くなってね!」
と、一言言って、またバタバタと行ってしまった。
ちいちゃん。
小さかったちいちゃん。
もうすっかりお姉ちゃんだね。
もう、一緒にご飯食べたり、
お布団でぬくぬくしたり、
相談相手してあげられないけど、
もう大丈夫だよね。
パパママ、私を家族にしてくれてありがとう。ちいちゃん、一緒にいられて楽しかったよ。
ちいちゃんが学校から帰ると、私は冷たく硬くなっていた。
ちいちゃんは、大泣きした。小さい頃は泣き虫だったちいちゃん。でも、ちいちゃんの涙を見たのは久しぶりだ。
私の体は小さな箱に入れられた。
ちいちゃんとママが、箱にいっぱいピンクの花を入れてくれた。
私は、箱に入れられたまま、火葬業者のおじさんに引き渡された。
ボロボロの顔で泣くちいちゃんに、おじさんが言った。
「君の猫だったのかい?」
ちいちゃんは、目を真っ赤にして、泣きじゃくりながら言った。
「わ…私の、お、お姉ちゃんです。」
おじさんは
「そうか」
と言って、ママとちいちゃんにお辞儀をして、私が入った小さな箱を車にのせた。
ボロボロ泣いてるちいちゃんが、どんどん遠くなる。
ちいちゃん、泣かないで。私はいつもちいちゃんと一緒にいるよ。いつでも思い出して、話しかけてね。
私の小さな妹、大好きな妹。