06「いざ迷宮へ」
「ハルト殿ぉぉぉっっ!! 何故だ! 何故なのだ!?」
朝から煩い声に起こされ、寝起きは最悪だった。
「どうしたんだよ朝っぱらから」
「何故襲って来ないのだ! 寝たふりまでして待っていた私の気持ちが分かるか!?」
「分かりませんけど」
「いつ来るのかと待ちぼうけ、心の臓が破裂するかと思ったのだぞ!!」
「そ、それはごめんな?そう言えば、寝顔が可愛かったぞ」
「きゅ、急にズルい……」
チョロい。てか、モジモジするな。
まあ、これでなんとか誤魔化せただろう。
「んじゃ、今日は装備を整えて迷宮に挑むぞ!」
「あ、ああっ」
宿屋で軽い朝食をリアスに取らせた後、防具屋へ向かう。俺もリアスも既に武器はあるので、残ったのは防具屋だけだ。
「いらっしゃい」
防具屋に着くと、ドワーフの店主が迎えてくれた。軽く談笑しつつ、軽くて動きやすい防具を数点見繕って貰った。
「先日入荷したばっかりの魔防具がオススメだ」
「カッコいいではないか! うむ、ハルト殿に良く似合うぞ!」
「お、おお……」
店主にオススメされた魔防具とやらは、防具に魔術を付与し、普通の防具には出せない耐性を付ける事が出来るらしい。
それにしても、真っ黒だ。
黒いシャツ、黒いベスト、黒いズボン。
全身真っ黒過ぎて引く。
「全身装備で大金貨三枚でどうかな」
大金貨三枚か……おやっさんに貰った金の半分が消えてしまう。だが、俺の中の魔王が絶賛してくるのだ。
いつも喧嘩している二人だが、今回の勇者は色なんてどうでも良いスタンスみたいで、なにも言って来ない。そうなると……。
「買った」
「毎度!」
買っちゃうんだよな……。
「あんちゃん盾はどうする? 斧が武器とくれば盾が似合うんじゃねえか?」
「うーん、邪魔になるから良いや」
「そうか。なら、この籠手なんてどうだ? 今なら嬢ちゃんとお揃いで買えるぜ」
「お揃い……!! それは買おうハルト殿!」
籠手か。確かに、これなら軽くて邪魔にはならないな。どうしても避けられない時に役立ちそうだし。
「分かった。二つ買うが、その代わりに安くしてくれ」
「おう! 籠手が二つで金貨五枚だから……魔防具も入れて大金貨三枚と金貨二枚でどうだ!」
金貨三枚の値引きか……まあ、悪くないな。
「よし、買おう。ついでにこいつが着れそうな魔防具屋はないか?」
「おう! 気前のいいあんちゃんで嬉しいぜ!」
「い、良いのかハルト殿!?」
「ああ、装備は大事だろ? それに、これはあくまでも先行投資だしな。リアスは強いだろ? これぐらい、後で稼いでくれると信じてるよ」
「ハルト殿……相分かった! ハルト殿の期待に応えるため魔物共を塵にしてくれるわ!」
気合いの入った表情で拳を握るリアス。
実際リアスは強いだろうし、十分期待出来る。
なんたって、剣聖様だし。
その後、お揃いがどうのと言って、やたらニヤニヤしているリアスを尻目に、さっそく魔防具を装備して店を出た。
リアスの魔防具を入れて計大金貨四枚。
所持金もかなり少なくなってしまったが、これからの頑張り次第で巻き返せるだろう。
それにしても全身真っ黒。
斧も黒いし、これではまるで地獄の使者だ。
「似合ってるぞハルト殿!」
「そうか?」
そう言われると満更でもないな。単純な脳みそなのか、褒められて気を良くした俺は、出店の串焼きを何本か買ってリアスに餌付けをしていた。
「ハルト殿に買って貰った串焼きは、いつもより何倍も美味い!」
「そうかそうか。よし、食ったら迷宮に乗り込むぞ!」
「承知した!」
気合いの入った俺達は、迷宮へ一直線に向かっていく。
「これが迷宮か……なんか緊張してきたな」
迷宮の入り口を前にして緊張感が出てきた。
俺が最初に選んだ迷宮は、初心者向きの弱い魔物が出る迷宮ではなく、中堅探索者以上が挑む迷宮みたいだ。
俺的には、初心者向きの迷宮でも良かったのだが、リアスに勧められてここを選んだ。
「大丈夫! 前に来た事があるが、そこまで強い魔物は出なかったと記憶してる。私一人でも結構登れたのだ、そこにハルト殿が加われば怖い物はない!!」
「お、おう」
自信を漲らせるリアスに背中を押されながら、迷宮へと入っていく。
迷宮の入り口は真っ暗で、向こう側が見える事はない。フワッとした感覚と共に、何秒か暗闇が続いた後、視界が突然開けた。
「うおっ!?」
「ふふ、最初は変な感覚だが、慣れればなんて事はない」
左右には通路が伸び、目の前には扉。壁は石壁で、天井は大人二人分程の高さ。不思議なのは、灯りなどない筈なのに何故か明るい。
「これが迷宮か……リアス、道順とか覚えてる?」
「なんとなくだが……確か左右の通路を進んでも、ぐるっと一周してくるだけだと思った」
「なら、正解はこの扉の先って事か」
「ああ、開けてビックリだぞ?」
そう言われると緊張してくる。ニヤニヤするリアスに見られながら、慎重に扉を開けるとーー
「なんだよこれ……」
「凄いであろう。これが、"変化の塔"と呼ばれる所以だ」
視界いっぱいに広がる平原。お日様こそ見えないが、見上げればそこにあるかのように明るい空。
迷宮の中に突如現れた不思議な光景は、俺の頭を混乱させていた。
「一体どうなってんの?」
「さあ、私にも分からん。というか、誰にも説明出来ないだろう。説明出来る者がいたとするなら、それは"神"ーーあるいは、その使者だけだろう」
確かに、こんな摩訶不思議な現象は誰にも説明出来ないと思う。聞くとするなら……俺にこの"斧"を授けた女神か。もし、もう一度と会う事があるなら聞いてみよう。
「塔って事は、登りの階段があるんだよな?」
「ああ、確か真っ直ぐ進めば見える筈だ。因みに、平原エリアは五階まで続いている。その先は……お楽しみだな」
「そうですか……ところで、魔物って出るのか?」
「勿論。ただ、平原では大した魔物は出ないと記憶してる。"一部"を除いてだが……」
なんだか含みを持ったリアスの言葉に、少しビビりながらも平原を進む事にした。
見渡す限りのどかな平原。視界が広いので魔物が出ても迅速に対応出来そうだ。まあ、初めて魔物と対峙する事になるから、思うように動けるか不安だが……。
そんな不安を抱きながら、平原エリアを進む事数十分。未だ上に続く階段は見えてこないが、代わりに不穏な音が背後から聞こえてきた。
「蹄の音……?」
「これは……なんとも、幸運なのか不運なのか。ハルト殿、これは魔物の足音だ!」
「ま、まじか! ど、どんな魔物なんだ!?」
「平原で出現する魔物は、スライムやウルフ系などの比較的弱いとされる魔物なのだが……これは滅多に現れない"ケンタウロス"の蹄の音だ」
後方を振り返り、既に剣を構えているリアス。
俺はその後ろで斧を構え、蹄の音が近づいてくる度に心臓の音を大きくしていた。
「ハルト殿は、これが魔物との初戦闘であろう?」
「あ、ああ……」
「ふふ、初戦闘がケンタウロスとはな。先ずは私が先陣をきる! ハルト殿は無理せず自分のタイミングで初めてくれ」
「分かった! 助かるよっっ」
斧を持った手が震える。ビビってるのか? それとも、これが武者震いってやつなのだろうか。
どちらにせよ、心を落ち着かせないと、まともに斧を振れる気がしない。大きく深呼吸をして、自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「来るぞ!!」
リアスの声と共に現れたそいつ。
「コロス……ココマモル……」
拙い言葉で戦闘の意思を表したそいつは、上から俺達を見下ろしていた。
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