04「探索者」
旅は道連れ世は情け。
親父の形見である鉄の斧を池に落とし、自称女神から禍々しい斧を授かった俺は、人生初の旅を始める事になった。
大きな目的としては、ラグナロクと名付けたこの斧について調べる事。
なんの目的で作られた物なのか。何故、女神が俺に授け、俺は何故生きているのか。謎を解き明かすため、俺は冒険に挑む。
そして出来れば、呪いにかかったような殺意の衝動と、世界を救いたいという善意の衝動を消し去りたい。
頭の中で常に魔王と勇者が争っているのだ。
煩わしくてしょうがない。
後は、旅の中で見識を広める事が出来れば、旅の副産物としては上出来だ。
そんな中向かった最初の目的地は、迷宮都市メイローー
世界中から探索者が集まる活気ある都市。迷宮都市の至る所に発生する迷宮は、天に伸びる塔型や地下深くまで潜る洞窟型など様々だ。
そんな迷宮の内部では、魑魅魍魎な魔物が湧く。
この魔物こそが、探索者が迷宮へ挑む理由でもあり、金の生る木なのだ。
一概に魔物と言っても、大小や形は様々で強さもピンキリ。迷宮によって湧く種類も異なる。
唯一共通している事は、より強い魔物ほど落とす魔結晶の価値が高いという事。探索者はその強い魔物と戦うべく己を鍛えている。
一番弱い魔物で言うと、スライムという体がプルプルしたやつだ。最弱スライムを倒して得られる魔結晶は、とても小さく価値も低い。
だいたい銅貨一枚~二枚の値がつく。
果物が一つ買えるかなぐらいだ。
探索者のルーキーは、先ずこのスライムから腕試しを始め、怒り兎→ゴブリン→ブラッドウルフなどのステップを踏む事を探索者ギルドは推奨している。
「ですから、自身の力をしっかりと把握し、安全に探索する事を肝に銘じておいて下さい」
「「はーい」」
と、ここまでが、俺が初心者講習で学んだ知識である。迷宮都市メイロに到着した俺が先ず向かったのは、探索者を管理する探茶者キルド。
探索者が世界中から集まるギルドだけあり、かなり大きな施設だった。
高さ地上三階建て。面積は、小さな村なんかすっぽり覆い隠してしまう広さを誇っていた。
探索者ギルドの一階は、受付や情報収集を行なうエリアで、仲間の募集掲示版などもある。
二階から三階は、職員の執務室や応接室などがあり、初心者講習を受けた講習室も二階にあった。
今回、俺と共に初心者講習を受けたルーキーは三十人ほど。
講習は午前と午後で二回あるので、一日に誕生する探索者の数は単純計算で六十人前後いる事になる。
日によって波はあるのだろうが、一攫千金を狙って迷宮へ挑む者達は沢山いるという事だ。
無論、誕生の反対は死。迷宮に挑み亡くなる者は、日々誕生する探索者と引けを取らない。
因みに迷宮で死亡した場合、死体や持ち物は迷宮に吸収されてしまうのだとか。
そして、迷宮に吸収された装備品は、魔物を倒した際に吐き出される事があり、それも探索者の大きな収益となっていた。
中堅の探索者になると、一日に稼げる額も大きく上がる。聞くと所によると、一日に金貨五枚は堅いとか。
もっとも、迷宮都市メイロの物価自体もかなり高いので、それだけ稼いでも贅沢するとすぐになくなってしまう。
素泊まり一泊で銀貨五枚。食事付き風呂付の宿に泊まるなら、金貨一枚以上は必要になる。
稼いでも散財して身を崩す者も多いと聞く。
明日は我が身。俺も気を付けないと。
「では、これで初心者講習を終了したいと思います。これからすぐに迷宮へ向かう場合は、一階でパーティーを組む事をオススメします。人数が増えればそれだけ実入りが減りますが、安全は格段に上がります。いいですか、死んだら元も子もないですからね」
真剣な表情をした講師の言葉が、講習が終わって浮かれていたルーキー達に突き刺さる。
慌てたのか、中にはその場でパーティーを組み始める者達もいた。
そんな中俺は、一人寂しく階段を降りていた。
まあ、誰かと組むのは無しだな。
一人に慣れてしまったせいか、積極的に人と関わる事が苦手だ。気も遣うし、なにより面倒。俺は一人気楽に、相棒のラグナロクといけるとこまで行くさ。
そんな気持ちを抱き一階へ降りると、まさかの人物が俺を待ち構えていた。
「待っていたぞ、ハルト殿」
長く美しい蒼い髪。思わず魅入ってしまう黄金の輝きを放つ瞳と、端正で凛々しい顔つき。
くびれた腰には、立派な装飾が施された剣を携えた美しき女剣士。忘れもしない。メイロまでの旅路で出会ったちょっとヤバそうな女だ。
なんでこいつがここに……しかも俺の名前を呼んだという事は、俺に用があるという事か。なんか嫌な予感がするぞ。
「さて、初心者講習も終わったし、今日の宿を探して装備でも整えるか」
何事もなかったように独り言を呟きながら、女剣士の脇を通り過ぎようと試みる。
「待たれよ」
やっぱり捕まったか……。
「お主、まさか私を忘れたと? 大事な初めて(敗北)を奪っておいて、一体どういう事だ!」
「声がでかい!誤解されるような事を言わないでくれ!勿論覚えてるよ。えーと……名前なんだっけ?」
みんなの視線が痛いので、階段脇の影に彼女を連れ込み事情を聞く事にした。
「失礼した。あの時は気が動転して名乗るのを失念していた。改めて一一私は剣士のヴィクトリアスだ。気軽にリアスと呼んでくれ。ところで、こんな影に連れ込んで私をどうする気だ? ハルト殿は、中々大胆なのだな……」
「なにもしないから顔を赤らめるな。んで、リアスは俺に用でもあるのか?」
「あ、ああ、ちょっと頼みたい事があってな……私としては、接吻の一つでもされるかと、期待していたんだが」
「そうか......ん?」
なんか変な事を言っていた気がする。
関わっても大丈夫なのか不安になってきた。
「その頼みたい事ってなんだ?」
とりあえず聞くだけ聞こう。
その上で、ヤバそうな案件だったら断れば良い。
「うむ、では率直に言おう。私とパーティーを組んでくれ!」
「パーティー? それって、俺と一緒に迷宮に挑みたいって事か?」
「ああ、ハルト殿の傍でその技量を盗み、私の糧としたい!それと、結婚したい……」
パーティーか……さっき誰とも組まないと決めたばかりだしな。正直、面倒そうな女と関わりたくない気持ちが強い。
だが、俺の中の勇者が組んで上げなさいと煩い。
魔王は、冷静に面倒な事になるから止めろと忠告している。俺的には魔王の意見に賛成だが、勇者の聞き捨てならない発言に迷いが生じた。
「胸が大きいな」
そんな一言に、俺の心は揺らぎ始めた。
「確かに、あの胸は捨てがたい」
その内、魔王までそんな事を言うもんだから揺らぎは更に大きくなる。うむ、ここは……。
「なら、臨時パーティーとして組もう。お互いの相性もあるし、試す価値はあるだろう。それでも良ければだが」
「あぁ!それで構わぬ!では、さっそく受付でパーティーの登録をしよう。因みに、相性とは体の事か? 私は初めてだから優しくして欲しいのだが……」
本当に男って馬鹿な生き物だ。ヤバそうだと分かっていても、胸に釣られてしまうんだから。
まあ、相性が悪かったらパーティを解消すれば良いし、最悪別な探索者に押しつけてやろう。
一抹の不安を抱きつつ、リアスに腕をガッチリ確保され、パーティーの申請を行なうために受付に向かう。
受付の数が多いので、そこまで並ばなくてもすぐに順番が来た。
「本日はどのようなご用件ですか?」
「ああ、パーティの登録をしようと思ってな」
そう言いながら、それぞれの探索者カードを提出した時、リアスのカードを見た受付嬢が目を見開いて驚いていた。
「け、剣聖ヴィクトリアス様!?」
受付嬢の声に周囲がざわつき出す。剣聖って、剣を極めた達人に贈られる称号だっけ?
「リアスって、剣聖なの?」
俺がそう尋ねると、彼女はこくりと頷いた。
「へー、凄い剣士だったんだな。そんな剣聖様が、俺なんかと組んで大丈夫なのか?」
「何を言うのだ。ハルト殿は、そんな私の初めて(敗北)を簡単に奪ったではないか!」
「だから、誤解を招くような事言わないでくれますかね!」
「誤解ではない!私をその指で泣かせたではないか!」
リアスの余計な一言に、野次馬が更に増えてきた。
「あの剣聖様が鳴かされたって!? あの男、とんでもないテクニシャンなんだな!」
「初めてを奪ったんですって!」
「かー、剣じゃなくて、自分の槍で負かしたってことか!」
絶対に勘違いしている野次馬達。リアスにこれ以上喋らせると事態が悪化しそうだ。
「皆、よく聞け!私、剣聖ヴィクトリアスは、私を負かした男ーーハルト殿の傍で技を磨き、必ずや上になってみせる! ハルト殿! 私と、眠れぬ夜(鍛錬の日々)を過ごそうぞ!」
「「おおぉぉー!!」
突然の発表に周囲がどよめく。
この発表に驚いたのは、他でもない俺だ。
言いたい事はなんとなく分かったが、周囲は絶対に変な意味に捉えた筈だ。あー、帰りたくなってきた。
「あのー、パーティーを解消したいんですが」
「パーティーメンバーの承認があれば可能ですが……」
ちらりとリアスの方を見る職員。釣られて俺も視線をリアスに向けると、彼女は剣を掲げ高笑いをしていた。
「ハーハッハッハッ! 私が必ず攻めてみせる!」
完全に詰んだ。俺は、ヤバい女を仲間にしてしまったみたいだ.....。
次回ーー剣聖はパーティをクビになる。
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