02「旅路の時」
「ハルト! 一体こりゃどういう事だ!?」
久しぶりに名前を呼ばれた気がする。
西の森で俺と同じ木こりをしているおやっさんが、様子を見に来たみたいだ。
因みに俺は、東の森にいる。おやっさんは親父の友達で、両親が亡くなってからも色々世話になった。
そんなおやっさんが訪ねて来たのは、俺が目覚めてから一週間が過ぎた頃。
「久しぶりだな、おやっさん」
「いや、そんな呑気な……こ、これは、お前がやったのか?」
戸惑った様子のおやっさんが指さしているのは、禿げた森とうず高く積まれた丸太達。
目覚めてから漲る力。気付けば、森中の木を切り倒していた。もう一生分の仕事をしたんじゃないかという具合だ。
体は疲れを知らず、何時間動いても息一つ切れない。おまけに夜目も効くとあって昼夜働き詰めだった。
腹も減らんし喉も渇かない。
俺の体は、一体どうなってんだ?
「ああ、なんか調子良くてさ」
「……?」
言葉が出ないおやっさんを尻目に、切った木を担ぎ加工場へ持っていく。
「いやいやっ! ちょっと待て! お前、なんでそんな軽々持ってんだ!?」
今度はなんだよ? そんなに木を担いでるのがおかしいか? ……うん、おかしいな。
普通はもっと小さくしてから荷車に積んで運ぶもんだ。なんか持てる気がしたから担いで運んでいたが、木を丸々一本一人で運ぶなんて異常だ。
「まあ、気にすんなよ」
「いや、気にするだろ!」
なんやかんや煩いので、ここらで休憩を取る事にした。
「まあ、掛けてくれ。水しか出せんが」
「あ、ああ、すまんな」
おやっさんを家に招き、二人でテーブルを挟み相対した。
「それで、お前大丈夫か? 村に薪を運んだ時、村長が暫くお前が来てないって言うもんだから、様子を見に来たが……ハルト、お前変だぞ?」
「どこから話して良いもんか。おやっさん……俺が今から話す事は、決して嘘じゃねえぞ」
そこで、おやっさんにあらましを話した。池に鉄の斧を落とした所からだ。
「おいおい、そりゃあ信じられん話だ……いや、待てよ……」
話を聞いたおやっさんは、最初こそ疑わしいと顔をしかめていたが、なにかを思い出したように黙り込んでしまった。
「なんだよ? なにか知ってるのか?」
「いやな、これはあくまでもガキの頃聞いた寝物語なんだが……」
そんな前置きをして語り出したのは、まさに寝物語と言っていい伝承だった。
それはとある木こり達の話。
てか、状況が俺と同じだった。
違うのは、斧を落とした後から。
とある木こりは、金の斧を選び受け取った瞬間、あまりの重さに池に落ちてしまう。手を離せば助かるのに、金の斧を手放したくない欲のせいで溺れ死ぬ。
また、とある木こりは、銀の斧を選び悠々と帰るが、それは銀のメッキが薄く施されただけの鈍の斧で、とても使い物にならない代物で後悔したという。
そして三人目の木こりは、俺と同じく正直に鉄の斧を選び、女神から褒美として切れ味抜群の黒い斧を貰う。
黒い斧は凄まじい切れ味で、固い筈の木々が、雑草を刈るが如く簡単に切れてしまうのだとか。
三人目と全く同じ状況に鳥肌が立った。それから、黒い斧を貰った木こりは、その晩に熱でうなされる。
それも全く同じだ。ただ違うのは、その木こりはその後に、死んでしまったという事。
どれを選んでも碌な事にならない。じゃあ、一体どうしたら良かったのか?
そもそも、池の側で作業をしたら危ないですよ。そんな注意喚起が暗に込められた御伽噺なんだと、普通に聞いたら思うだろう。
「なるほど、確かに俺と似たような状況だ。違うのは、黒い斧を貰っても死ななかった点か……」
「そ、それが例の斧か?なんかやたら禍々しいな……」
テーブルの横に立て掛けていた斧を指差すおやっさん。その顔は若干引きつっていた。
「そうだけど、いる?」
マジであげても良かった。
なんか禍々しいし、不気味だしな。
「いらんいらんっっ!」
手と顔を豪快にブンブン振り、全力拒否。手に取りたいとさえ思わないと、ハッキリ言われてしまった。
「まあ、そんな訳で、得体の知れない力はこの斧が原因なんだと思う」
「池に落としても、どっかに置いて来ても、次の瞬間には手元に戻って来ちまうんだよな?」
「ああ、俺はこの斧を手放す事が出来ないみたいだ」
「そうか、それは気持ち悪いな。まあ、とりあえず様子を見るしかないか……」
おやっさんが俺の身を案じてくれいるのが、腕を組んで渋い顔をしている事から感じられる。
両親が死んだ後も色々世話になり、一緒に暮らそうとまで言ってくれた人だ。
流石にそれは申し訳なくて断ったが、その気持ちは凄く嬉しかった。そんなおやっさんに、一矢報いるとするか。
「なあ、おやっさん」
「んぅ? なんだハルト」
俺を見つめるその目は、親父から向けられていた暖かい眼差しと同だった。
「俺が切って加工した木は、おやっさんに全部やるよ」
「は?そんなの貰える訳ねえだろ!俺は誇り持って木こりやってんだ。施しを受けるほど落ちぶれちゃいねえぞ!」
案の定断られた訳だが、おやっさんならそう言うと思っていた。だから、断れた時の回答も用意済みだ。
「別に“タダ”とは言ってない。ちゃんと買い取ってくれ」
「買い取るたって、こんな馬鹿げた量を買い取る金なんぞねえぞ!」
「なら、今持ってる金を全部くれ。残りはこの家を維持してくれればチャラにする」
「あん? お前、どっか行く気なのか?」
目覚めてからの俺は、とある衝動にかられていた。
「ああ、ちょっと世界を旅してくるつもりだ」
「旅って……どのぐらいの期間だ?」
「うーん、二年か三年か、それ以上か。とにかく、暫くは戻って来ないと思う。ただ、戻って来た時にこの家が残ってくれていると嬉しい。思い出もあるしさ」
「そうか、う~ん……」
おやっさんは難しい表情で唸ったかと思うと、次の瞬間にはいつもの眼差しで俺を見ていた。
「分かった分かった。要するに、旅の路銀が必要ってこったな。ちょっと待ってろ、有り金取ってくらぁ」
子供に駄質を渡すような感覚とトーンに、思わず苦笑いしてしまった。だが、そんな気兼ねない関係が心地良かったりもする。
さて、おやっさんが戻って来る前に、旅の支度を済ませておく事にするか。
と言っても、大した荷物はない。精々少しの着替えと、細々とした日用品ぐらいだ。
荷物を革製のリュックに詰め終わり、後はおやっさんが来るのを待つだけ。
いやー、それにしても、さっきは危なかった。
“殺意”の衝動を抑えるのに必死だったせいで、汗だくだ。
そう、俺は目覚めてからずっと、奥底から湧き上がる殺意の衝動に襲われていたのだ。
その殺意を抑えるため、俺は休みなく木々を切り倒していたと言っても過言ではない。
絶対にこの衝動は、暗黒の斧のせいだ。そしてもう一点、苛まれている衝動があった。
世界を救い人々を助けたいーー
そんな訳の分からない衝動に苛まれている。悪意と善意の鍔迫り合い。
言うなれば、魔王と勇者がお互いに潰さんと、俺の中で苛烈な戦開を繰り広げている状態。
悪いんですが、俺の体を戦場にするのは止めてくれませんかね?
まあ、二つの衝動が増しているからこそ、何事もないように振る舞えるのかも知れないが。
そうなると、いっそ勇者の勢力に味方すれば良いか?でもな……行き過ぎた善意は、身を滅ぼすと言うし。
だからって殺意に身を任せるのは危険過ぎる。という事は、なんだかんだ現状維持が最適解なのかもしれない。
「おう、待たせたな!んう?どうした難しい顔して」
「いや、最初はどこに行こうか悩んでただけだ。それより、お金お金!」
戻ってきたおやっさんの質問をはぐらかし、次の展開へ進める事にした。
「現金な奴だな……ほれ、ご所望の金だ! 持っていきやがれ!」
「おっとっっ」
おやっさんから投げられた袋は、ずしっりと重く、貨幣同士の擦れる音が響いていた。
予想外の重さに驚き、袋の中身をすぐに確認する。
「鉄貨と鍋貨が五枚ずつに、銀貨が七枚、金貨が二枚、大金貨が六 ……こ、こんな大金どうしたんだよ!? まさか、よからぬ商売でも……」
月に金貨一枚もあれば暮らしていける世の中。しかも俺達のような村で自給自足してるような者達は、その半分以下でも余裕で暮らしていける。
「んな訳あるか! まあ、昔、探索者をしてた時に貯めたもんだ。働けなくなった時にと思って取っておいたが、今はそんな必要もねえしな。お前に全部やる!」
「でも、急に要りようになった時に必要だろ? この半分、いや、三割でも貰えりゃーー」
「良いから持ってけ馬鹿野郎!老人に不要な心配なぞするな!若い内は、無鉄砲に飛び出してくれば良いんだよ!たくっ、遅いくらいだ。ぐだぐだ言ってねえで早くいけ!」
尻を蹴っ飛ばされ、荷物と共に追い出される俺。ここ、俺の家なんだけどな……。
「ディル、エミリー、お前達の息子がようやく旅立つぞ……くぅっ」
なんて、涙声の咳きが後ろから聞こえてきたら、文句の一つも言えない。
それにしても、急な雨が降りやがる……前が、見えづらいじゃねえかっっ。
「うおっ!肝心な斧を渡すの忘れてた!てっ、斧が消えた!? 怖っ、キモッ!」
折角の感動シーンが台無しだよおやっさん。斧なら、ちゃんと俺の手に収まってるよ。
そう言えば、この斧に名前を付けておくか。暗黒の斧じゃ不気味過ぎるしな。
うーん、そうだな……。
「ラグナロク!なんてどうだ?」
答える訳がないと分かっていても、空に斧を掲げ聞いてみる。
するとーー
夕陽のせいかも知れないが、ふと思い付いた名前を呼んだ時、斧が満足そうに輝いたような気がした。
さて、最初の目的地はどうしたもんか。
「そう言えば、おやっさんが探索者がどうのこうの言ってたな。探索と言えば迷宮。よし、ならばここから一番近い”迷宮都市メイロ”へ出発だ!」
こうして、俺とラグナロクの旅が始まった。
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