山小屋の秘密
ホラー二回目の挑戦!
冬のホラー企画参加作品です。
都会から車で一時間、林道を走る一台の車。
車内で楽しげに会話をする一組の男女、林道を抜けると一軒の山小屋が見えて来る。
「ほら見えて来たぞ」
「素敵な別荘ね」
嬉しそうな二人。
檜の丸太を組み合わせた二階建ての山小屋。
建物は大切に管理されており、敷地も広く丁寧に刈り揃えられた芝生が冬にもかかわらず眩しく光っていた。
「良いだろ?
環境もだが、山小屋には生活に必要な物は全部整っているんだ」
「へえ」
男は玄関前に車を止め、荷物を下ろす。
この山小屋を利用するのは今回で三回目、以前はこの女とではなく、家族と訪れていた。
そう不倫相手とではなく...
「本当に大丈夫?」
「もちろんだ、山小屋の持ち主に許可は貰ってある。
今日から2日間、誰も来ないよ」
「楽しめそうね」
男の腕にしなだれ、胸を押し付ける女。
二人は会社の同僚で不倫関係になり二年になる。
「ベッドの寝心地も最高なんだぞ」
「もうエッチなんだから」
「寝かせ無いよ」
「ふふふ」
情欲に満ちた顔で笑う、女も既婚者でタブル不倫の二人。
互いの家庭には出張と偽り、ここにやって来た。
荷物を山小屋に運び込むと早速二人は盛り始める。
ベッドの置かれた寝室。
理性を忘れた二匹の獣は背徳感に溺れ、爛れた時を過ごした。
「どうかしら、口に合えば良いけど?」
「旨いよ」
女の作った簡単な夕飯に舌鼓をうつ。
下着姿の二人、この後また寝室に戻り盛るのだろう。
「お前の旦那も馬鹿な奴だ、こんな良い女を放っとくなんて」
「ありがとう。
本当に失敗したわ、あの人ったら仕事ばっかりで」
「そりゃ旦那が悪い、俺なら寂しい思いなんか絶対させないのに」
馬鹿げた会話が続く。
「そう言えば、この山小屋のオーナーも最初の嫁に愛想つかされたんだったな」
「そうだったの?」
「ああ、会社の取り引き先の部長でな、仕事ばかりしてたら嫁は元カレと逃げたらしい」
「へえ...それでどうなったの?」
我が身と重なる女、やはり気になるのは逃げた女の末路だ。
「それが幸せになってくれって送り出して、後はどうなったか分からないだと」
「分からない?」
「ああ、ぷっつり二人共行方を眩ませたそうだ」
「ふーん」
薄気味の悪い話に女は眉をひそませる。
女にとって男との不倫はあくまで退屈な結婚生活への不満解消であり、夫との離婚まで考えて無かった。
「この山小屋も女の為にって、無理して作ったそうだ。
何とか嫁との仲を修復したくてだと、本当惨めな男だ」
男は嘲け続ける。
山小屋のオーナーは、あくまで利用する時は家族で、そう念を押しており、こんな使い方は許可する筈も無かった。
「...帰る」
「何を突然?」
女は不意に立ち上がる。
男の態度に我慢が出来なくなった。
オーナーが夫婦の関係を修復する為に購入した山小屋。
それを男に貸したのは、果たせ無かった家族の暖かな時間を山小屋で過ごして欲しいとの気持ちと、なぜか理解した。
「おい待て!」
「離して!!」
女は腕を掴む男の手を叩き落とす。
痛みと屈辱から怒りが込み上げていく男。
「なら勝手にしろ!一人で帰れ!!」
「冗談じゃない、こんな山奥じゃタクシーも呼べないじゃない、送ってよ!」
「知るか!!」
先程までと一転し二人は怒鳴り合う、山小屋の中は険悪な空気に包まれた。
「なら私達もこれまでね」
「それはどういう意味だ?」
「そのままよ、この関係は終わりって事」
「なんだと?」
「まったく、こんな思いやりの欠片も無い馬鹿と思わなかったわ」
「ふざけるな!!」
「なにを...ガアアァァ...」
女の言葉に激昂した男。
怒りに任せ、女の頸に手を掛け...
「...俺はなんて事を」
数分後、冷静さを取り戻した男が呟いた。
「こいつが悪いんだ、単なる火遊びだろ...」
横たわる女は泡を吹き、だらしなく舌を出して横たわっている。
こんな事なら馬鹿な話をしなければ良かったのだが、もう遅い。
男も家庭に不満があった訳では無かった。
ほんの火遊び、軽いストレス解消のつもりだった。
男の不倫は今回が初めてでは無かった。
この女で三人目、それより前の二人とは上手くやってこれた。
相手は皆既婚者で、今までなら別れの時も話し合いで関係を解消出来ていた。
どうして激昂してしまったのか?
その理由が分からない、女もそんな言葉を吐く様な性格では無かった。
女は会社の部下で男より10歳下の28、結婚して5年目の人妻。
夫婦間の相談に乗る内にチャンスとばかりに口説いた。
前の不倫相手と別れたばかりだった男は女を一年掛け、ようやく落とし、身体を手に入れた。
そして二年が過ぎ、今回の事件が起きてしまった。
「どうする?」
女の死体を前に歩き回る。
このまま逃げたところで、死体は数日もすれば見つかってしまう。
そうなれば借りた自分に足がつくのは時間の問題だ。
「...考えろ」
時間が無い、こんな事で人生を終わらせるつもりは無い。
自首する事など、考えても無かった。
「いっそ火を放つか...」
幸い山小屋の周りには人家が無い。
ここが全焼したところで他に被害は出ないだろう。
「そうだ、俺は被害者なんだ!」
男は錯乱した頭で1つの考えを思い着く。
(こいつから一方的に交際を迫られたんだ。
家族を裏切る事は出来ない、そう断る俺に逆上した女が自分に火をつけた。
ここに来た理由も話をつける為だったとしたら良い...)
余りに荒唐無稽、誰もがそう思う話。
しかし、男に冷静な考えを導ける余地は残されていなかった。
「そうと決まれば...」
外に暖房用の灯油が置いて有った事を思い出す。
後は車のガソリンを少し足せば、火は一気に燃え広がるだろう。
悪魔に取り憑かれた男は着替えを済ませ、山小屋を出た。
「...糞」
車内から空になった缶コーヒーのボトルを取り出し、外に置かれていた手動の簡易ポンプを使い車のタンクからガソリンを抜こうとする。
しかし冬の寒さで指がかじかみ、上手く空き缶に入らない。
焦りが募る。
ようやく吸い出せたが、勢いがあまり、空き缶から溢れたガソリンが男の足元を濡らした。
「よし...これくらいで」
右手にはタンクに入った灯油、左手にはガソリンの入ったコーヒ缶。
男は急いで山小屋へと引き上げる。
もう一刻の猶予も無い、早く証拠を隠滅すべく山小屋の階段を駆け上がろうとしたが...
「うわ!!」
ガソリンに濡れた靴、更に寒さで凍りついた階段。
男は足元を滑らせ、数段下の地面へと頭を打ち付けてしまった。
「ウゥゥ」
頭を強打し男が呻く。
転倒した際、手にしていたガソリンを全身に浴びてしまっていた。
「な...なんだ?」
男の目前に浮かび上がる二つの影、それは実態か無い、白い人影だった。
「煩いわね」
「全くだ、女は先に処分したから次はお前の番だよ」
影が男に話し掛ける。
それは初めて聞く男と女の声だった。
「し...処分だと?」
激痛を堪えながら男が呻く、逃げようにも足に力が入らない。
「お前達は禁忌を犯した、この山小屋は我等の聖域。
幸せな人間しか立ち入る事は出来ない」
「そう、家族を裏切る人間は許さない」
「な...」
影の言葉に男は声を失う。
『聖域とは?』
男が聞こうとするが、言葉にならなかった。
「おしゃべりは終わりだ...」
『や...やめろ』
白い影が男を包む。
視界は真っ白になり、意識が遠退いていく。
「こりゃ...なかなかのクズ野郎だ。
女は後悔していたから成仏させてやったが、お前はダメだ。
あんな良い妻を、家族を裏切りやがって」
「そう無限の地獄行きね」
『あ...あ...』
男の身体が溶けていく。
今までの人生が...積み上げてきた全ての思い出、山小屋で過ごした幸せな家族の記憶と共に...
『.......』
涙を流しながら、男は最後に妻と息子の名前を口にしようとしたが、声にならず永遠にその姿を消したのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
数日後、行方不明になった二人の捜索届けが警察に出され、山小屋に放置された男の車が見つかった。
室内には食べ掛けの食事と、激しく乱れたベッド、使用済みのテイッシュ等が散乱していた。
しかし男女の姿はどこにも見つからない。
新たに見つかったのは二人の衣服と携帯電話。
その通話記録や、SNSの内容から二人は不倫の関係であった事が明らかとなった。
結局不倫の男女が山小屋で会瀬を楽しんだ後、行方を眩ませたと処理され、事件は迷宮入りとなったのだった。
それから一年が過ぎた。
「...ふう」
山小屋の掃除を終えた一人の男。
彼は山小屋のオーナー、数日前から手入れに訪れていた。
ベッドも新しい物と入れ替え、事件の痕跡は何も残ってはいない。
「だからこの山小屋は家族以外で使うなと言ったのに...」
彼には分かっていた、それは山小屋が下した罰だと。
この山小屋は近くの村にあった神社に自生していた夫婦檜で作られていた。
縁結びの神社として知られていたが、村は廃村となり、夫婦檜の存在も忘れられていたのを、この男が森林組合から檜を買い、山小屋を作った。
『どうか妻との仲を...』
一途な男の祈りに夫婦檜は応えようとした。
しかし、男の妻は浮気を止めなかった。
男を裏切り続け、やがて浮気相手までも山小屋に連れ込んだのだ。
...罰は下された。
男の妻と浮気相手は山小屋からぷっつり姿を消してしまったのだ。
最初は何があったのか混乱していた男だったが、直ぐに忘れる事にした。
山小屋が何かをしたのだろうと察しつつ...
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
一台の車が山小屋の敷地へと入って来る。
男はその車に手を振って応えた。
「お世話になります」
「いいえ」
車から降りて来た一組の家族。
彼等は男が再婚した妻との間に出来た娘の知り合い家族だった。
「本当に良いのかい?」
「大丈夫です、一年も来て無かったから早く来たくって」
「ここは素晴らしいです、人生が上手く行ってる気がするんですよ」
事件を気にする男だが、家族は全く気にも留めない。
この山小屋は、仲睦まじい家族には祝福を与えるのだ。
「それじゃ、楽しみなさい」
男は山小屋を後にする。
二組のクズを処分した、神の棲まう神木で造られた山小屋を...
ホラーって難しい...