第67話 湾曲十字の聖歌隊⑥-不吉な予兆
あらすじ:
ついに四天刃は全員撃破され、残る敵は百賭とゴールドのみとなった。
長かった岐阜最悪の戦い。その終幕は近い。
最期の日―――PM2:30
睦月とシルバーは、エクサタの下へと向かう為、電話で連絡を受けたルートを正確に進んでいく。
シルバーの体力もそこそこは回復したので、ダッシュである。
「エクサタ君の話通りなら次は――――この交差点は右だよ!!」
睦月がそう言う。
「……」
だが銀髪を揺らしながら走っていたシルバーは磨きがかかった黒いブーツで地面を踏みしめるのを止める。
そして、何かを気にするように背後に振り向きはじめた。
睦月はその行動に困惑の色を示し、シルバーの行動を読むように観察しながら口を小さく開く。
「シルバーどうし……」
「おかしい――――」
その突っ込みは、睦月の発言が終わる前に挟まれた。
「…おかしいって――――洗脳兵が全くいない事が?」
「エクサタの足跡が無い…いや、途切れている。
アイツの【センチビート】は、発射元が硬い物質なら、小爆発を起こすから、
何らかの痕跡が残る筈……」
実際、地面に目を凝らすとエクサタが通った道にはコンクリートの表面が軽く弾け飛んだような痕跡が残っていた。
「―――ゴールドが何かしやがったな…
奴は私達をエクサタの下へ向かわせないようにしている」
「………――――」
「引き返すぞ。」
「―――シルバーさ、やっぱり変わったね。」
「????????何が……?」
「キミ、彼の事―――
本気で心配し始めてる、昨日、いやついさっきまでは凄く警戒してたのに。」
「………一応、信頼できる奴だったからな…」
「フフ…」
――――――――慈母のような静かなる微笑みの表情。
彼女にとっては、シルバーの精神の変化は、好ましいものであったのだ。
(……エクサタ君はみんなを生き返らせる願いを叶えると言っていた……
でも―――――たとえそれでシルバーが生き残ったとしても……
また再び、【D・D・F】の更なる争奪戦に彼女は巻き込まれていくだろう……)
しかし、その笑いの表情は次第に恐怖の顔に変化していく。
顔を青くして、少し過呼吸になっている。
「どうした睦月…?」
「なんでこんな間の悪い時に。」
シルバーにとって睦月は親しい友人でありながら後輩でもある。故に表では厳しく評価しているが、実は心の中では真に実力のある人間と言う評価を押しているのだ。
その睦月が、急に絶望的な表情を見せる。
「さっき曲がった突き当りの壁、あそこ、どうやらそのまま
まっすぐ進めたみたいなんだ。恐らく洗脳兵達が私達を騙すために
壁をカモフラージュしたんだ。エクサタ君の走った痕跡もある。
う、うん、痕跡……見つけたんだけど………」
「………」
「……あそこに倒れている、シルバーと瓜二つのあの顔………」
「…………まさか。」
「エクサタ君は……百賭とゴールドの体が、
入れ替わってるって、言っていた…ならばあれは………」
運命とは、さも残酷なものである。
時に人と人との巡り合わせと言うのは、悪天候の時程狂っている。
「――――夜調牙百賭が、そこにいるっての…………?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
最期の日―――PM2:26
瓦礫の山、睦月とエクサタが入っていったマンホールの地点から、
約300m。
「これでようやく400人抜きね――――」
体に無数に血痕をこびりつけた東結金次郎が、両手を上げながら、音を上げたように言葉を口遊む。
400人――――彼は既に400人の洗脳兵を氷のツタで束縛していた。
しかし今だ周囲にはその数倍もの洗脳兵たちが集い、足音を鳴らしている。
「くっ…数が多すぎるわ…私ちゃんの今の状態でこれは……」
疲労で東結が膝をつく。
―――そして次の瞬間、隙を伺っていた無数の洗脳犬達が死角から襲い掛かる!
「くっ………まぁいいわ、噛みなさい……」
しかし――――洗脳犬の体部分が一瞬にして結晶に包まれる!!
「【結晶の鍵<クリスタル・ロック>】…………」
「!?」
ふと気が付くと洗脳兵の前で、初老のジジイが歪なポーズをしながら立っていた。
「あなたは…」
「東結様、上です!!!」
若い女子の声が聞こえたと同時に、洗脳バードが15体ほど上から降ってくる!!!
しかし――――何か緑色の触手のようなもので全部巻き取られ縛られた!!
「油断は禁物ですわ――――【プラント・ヴィクティム】……」
緑の触手の元を眼で追う。触手は、緑色の肌をした女性の伸びた指だった。
ならばこの女は植物人間――――
「その能力。アンタらは――――」
「東結金次郎様。貴方様の活躍、我々一同、拝見しておりました。
我々も、微力ながら、お力添えさせて頂きます。」
東結は知っていた…この二人の乱入者の正体を知っていた…
「【岐阜探偵事務所】・社長にして、ご当地最強探偵<岐阜>――――
【冥錠錠次郎】さん。そしてその娘、【冥錠幽夢】ちゃんね。」
「いいえ、我々だけではありません。」
岐阜最強探偵二人の背後に10人ほどの探偵の影が現れる。
「我が社に勤務している【カース・アーツ使い】の探偵共です。」
「何故………逃げればいいものを……」
「見過ごせますか?」
「!」
「この惨状を、我々が護るべきだった平和の景色が、
異端なる者どもに理不尽に蹂躙されていくこの無力さ――――」
「成程、アタシと同じってワケね。」
「………まさかとは思いましたが、あのマレフィカルム本部、
それも三羅偵の一人だというのに、貴方の心は何処か澄んでおられる。
我々と同じようだ。」
この男、冥錠錠次郎率いる岐阜探偵事務所団は、【カース・アーツ】を使って時には無法を押し通す事もある【探偵協会】に対し不信感を抱いていた…
その為、【カース・アーツ】を使って裏から【探偵協会】のネガキャンをしまくり、岐阜県民の百賭に対する支持率を密かに下げたりとかしていた………
「………まさか、こんな辺境の県に、同士がいるなんてね。」
三人が背を合わせ、無数の洗脳兵達と対峙る――――――
「近隣の県の探偵達にも、この事を知らせておりますわ。
彼らが来れば、洗脳兵が1000人いようと2000人いようと
一気に鎮圧する事が出来ますわ。」
「残る問題は、この事件の首謀者、探偵王・百賭。
奴は恐らく我々の戦力では敵わぬ存在でしょう。
…………出来ますか?」
「私に―――殺れと言うのね。」
「わかってるわ。いつかこんな時が来るとは覚悟をしていた。」
―――――――――――
「――――しかし、何故かしらね…何か予感がある。
気が付けば、アタシが氷で束縛している数より、
はるかに多くの洗脳者達が既にこの場を離れている―――
10000人はいたはずなのに―――今は、その5分の1も―――」
東結金次郎は、絶望の中、更なる絶望を予感していた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
しかしその予感は的中していた。
10000人もいた洗脳兵たちの大半は、すでに東結の下を離れ、ある一転に集合しつつ…
【最悪最後の攻撃】を発動するための準備に入っていた。




