第64話 湾曲十字の聖歌隊③-空白の数分間
闇。
雲がかかり太陽の光も刺さぬ闇の世界。空は湾曲十字により絶望色に染まっている。
地は裂けている。空気は狂っている。
ここは、魔界か?それとも地獄か?
『トコン』
少女が一人、その中を歩いている。
身長160cm、体重48kg…。
瞳はマグマの如く輝き、髪色は深淵のように禍々しい。
体中が血まみれで左腕は欠損している。
メイド服をサイバー的にした漆黒色の服着たその女。
その姿は、美しくにして美しくは無かった。
「おのれ…百賭…!!!」
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怪盗伝説-銀の怪盗と漆黒の宝石の魔術-
最終章
ストーン・トラベルは終わりを告げる。
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その女の姿は、まさに黒い百賭と言った感じだった。
黒百賭だ。
ならばなぜ髪が黒いのか、何故服が黒いのか。
強い眩暈を起こし、平衡感覚を失ったような足の動き。
例えるなら、水を失ったフィッシュと言ったところか。
壊れた体を無理やり動かして、無機質なコンクリートの上を出口を探すように進んでいく。
「ボクは大いなる意志の為の命令で動いている。
だから、僕が悪事を働いたとしても其の罪は僕では無く
大いなる意志に課せられる。ボクに罪は無い。」
心臓を押さえつけながら、掠れた声で独り言を繰り返す。
「痛み、苦しみ、憎しみ、負の精神も全ては大いなる意志に吸収される。
ボクに苦しみは無い。あるのは気持ちいいことだけ。でも―――
じゃあなぜボクは今、こんなに苦しい思いを―――
これも、これも全て…全てクズどものせい……!!
だが――――」
バサバサバサバサ――――!!!
黒いカラスが、睦月から奪った【D・D・F】をゴールドの上から落下させる。
「これで一つ、【D・D・F】を取り返す事が出来た―――そして――――」
だがズドォォォォォン!!!!!
上空から軍服を着た男が落下してくる!!!!!
衝撃で男の脚に傷がつくが―――瞬く間もなく自己再生していく。
「来たのは雑魚一人か……?」
「―――!?(ゴールドじゃ……無い!?黒い―――百賭……!?)」
睦月が奪われた【D・D・F】を追って現れたエクサタが困惑する。
目の前にいる女は、いったい何者なのか?
ゴールドではないのか?
黒い百賭がエクサタの方を向きが両腕を大きく開く。
そして、肩にぶら下げていた紫色の宝石で飾られたネックレスを力強く握りしめる。
そのネックレスは、かつてエメラルド・スペードがライフルに取り付けていたものと同じもの。
「…………」
「フフフフフ……戸惑っているね~♪」
エクサタが思ったのは、ビルの瓦礫上で起こった【空白の数分間】のことだ。
睦月がアリを潰され一瞬だけゴールドを監視できなかった、あの【数分間】。
東結金次郎は、ゴールドと百賭の衝突があったと推理していた。
キャラに似合わず、声を出す。
「何があった……」
「あはははは~!!話すと思う……!?
ここでキミにあの数分間の出来事を話す事に……何のメリットがあるのかな~!?」
黒百賭が不敵に笑う。
「でも…教えてあ・げ・る♪」
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『時は、十数分前、瓦礫の山の上の戦い――ゴールドと百賭の対峙まで遡る。』
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「フン…初めて見たぜ、貧乳の言い訳に人類の進化系なんて言葉〈ワード〉を使う女は…」
ゴールドがマントで裸体を隠す!!!
そして、マントの中でジッパーが閉まる音が鳴り響く!!
そして――――――
「【湾曲十字の聖歌隊<バッド・コントロール・クルセイド>】!!!
【クイーン・オブ・ヘルスナイパー】!!!
【ビショップ・オブ・ヘルレーダー】!!!」
自身の配下にある3つの【カース・アーツ】を宣言!
百賭とゴールドの激闘が始まる!!!
ガシャッ!!
合図と同時にエメラルドスペードがスナイパーライフルを構え、百賭の頭に向けて構える!!
「成程、射程範囲外から………」
百賭が余裕ある声で言った。
スナイパーのことは既に予測済みらしい。
思い銃声を上げ、弾丸が放たれるが、百賭はそれを【ホワイト・キネシス】で簡単に跳ね返す。
0.3秒で放たれた5発をすべて跳ね返した、刹那の攻防。
装弾が切れ、エメラルドスペードが再度弾を装填しようとする。
だが。
「【デティクティブ・マスター】………」
百賭の上方に円盤が出現、瞬時、エメラルドスペード前方の瓦礫が爆発する!!
瞬時に放たれる爆裂の記憶。
爆風によって瓦礫の散弾がエメラルドに向かって吹っ飛ぶ!!!
「え―――――おごあああああああああ!!!!!!!」
「フン。」
そこには【カース・アーツ使い】としての格の違いがあった。
三羅偵のはるか下の実力しかない四天刃如きに、探偵王が相手できるはずもない。
「フン、やっぱり♪役立た―――」
ゴールドが言葉を発し、攻撃を発動する前に、百賭は行動した。
【D・D・F】を一つ持っていた時の記録を再生する。
「深き闇を再接続する――――繋げ………」
「な…!?」
それは、シルバー戦でも利用した、【D・D・F】を合体させる【暗号】。
言葉を発したと同時に記録の【D・D・F】が宙に浮かぶ!
そして――――百賭の背後の瓦礫の影から、4つの宙に浮かぶ【D・D・F】。
それに引っ張られ前方に立っていたゴールドとはまた【別のゴールド】が転びながら出現する!!!
恐らくどちらかがゴールドの影武者なのだろう。
百賭は4つの【D・D・F】を持ち、転びながら現れた方を本物と思っている。
「成程、釣り餌か。妙にあっけなく正体を見せたと思ったわ。」
4つの【D・D・F】すべてが百賭の手に渡る。
宝石を奪われた背後のゴールドが睨み上げる。
「小癪な手を…!!」
「【D・D・F伝説】には【D・D・F】に願いを叶えてもらうためには【魂の契約】が必要と記されている。
恐らくお前は、洗脳兵を通じて願いがかなえられるかを疑問に思っていた。
だから確実性を上げる為、生身で魂の契約をおこなおうとしていた。
そっちが本物だ…」
「――ちょっと、エメラルド~!?」
本物のゴールドが大声を上げ、倒れているエメラルドを一喝する!
それと同時に、シルバーを括り付けていた柱、その下部分が崩れる。
「弱虫!馬鹿!寝てる場合じゃないよ!!
シルバー!!シルバーをここから持ち運んで!!!
最後の【D・D・F】を持つ睦月たちはぜったいシルバーを追いかけるカラ!!!」
「ゴ……ゴールド様……」
「戯れちゃだめ!生憎百賭はダメージでロクに走れなさそうだし―――今のキミならきっと逃げ切れる!!」
「――――――!!!」
エメラルドスペードが立ち上がり、シルバーを抱えて逃げる。
「しまったな…せっかく集めた【D・D・F】が…」
ヒュンヒュンヒュンヒュン!
ゴールドが所持していた4つの【D・D・F】が百賭のもとまで移動する。
奪われた、総取りされた。
だが、ゴールドの目は絶望していない。
それどころか、小ばかにしたように、笑っている。
「ボク……ちょっと…慢心しすぎちゃったかな~?あはは~!このままじゃ負けちゃ~う♪」
「その顔は、まだまいったとは言っていないようだが。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『そう、ゴールドはまだ負けたとはうほ思っていなかったよ~。
何故なら僕は、10年間かけて調べ上げた、百賭唯一の弱点を知っていたから。』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その後の百賭は瀕死の状態ながらゴールドを圧倒的に追い詰めていた。
10年築き上げた最強の戦闘スキル。
2つの強力な【カース・アーツ】。
瀕死の状態とはいえ、弯曲十字の操る洗脳軍団にやられるほど、百賭も甘くは無い。
しかしゴールドは追い詰められながらも、一つのとある策を講じていた。
ゴールドは影武者の方を殺され、本体だけが立っている状況。
「くっ……このままでは百賭に打ち取られてしまう!!
王ここで打ち取られてしまう!!
しかし………きたきたきたきちゃった~!!!」
近くに落ちていた紫色の宝石で飾られた大きなネックレスがふわりと浮かびあがり、ゴールドの周りを囲みはじめる。
エメラルド・スペードの銃についていたものだ。
「アメジスト~!たすけて~!」
『皇帝!!』
ネックレスから鋭い女の声が発される。
「アメジスト!?四天刃の【カース・アーツ】か!?」
百賭がそう質問する。
ゴールドはそれを無視し、自分の周りを旋回するネックレスに話しかけ、会話する。
「ククククク…!!!
【射将】アメジスト・イーグル。力を貸してほしいな~。」
『エメラルドはいいのか?今のヤツにはレーダー能力しかないぞ。』
「四天刃は全員ゴミだったの。君は違うよね?」
『フフ――ならば。』
ザッ…ザッ……
ネックレスを味方につけたゴールドと、百賭が一定の距離を保ちながら歩き、対峙る。
「【装備型】の【カース・アーツ】。
しかも契約者の呪縛から逃れ、自立して行動し、人間と対話も出来る。
珍しい。」
百賭はそのネックレス、アメジスト・イーグルを契約者の呪縛から逃れた【カース・アーツ】だという。
「探偵王なのに今更気づいたんだ~?ちょっと不調だね?」
「………………」
「"それ"が君の弱点さ――――――」
「弱点だと?」
『【クイーン・ヘル・スナイパー】』
アメジストとゴールドが、同時に【カース・アーツ】の契約名を口にする。
シンクロシニティだ。
ゴールドがポケットから3本ナイフを取りだし、真横に向かって投擲する。
投擲されたナイフは、そのまま落下せず、変則機道を行って、百賭の周りを旋回する。
「トランプカードには4種のスート(マーク)があるの、
即ち―――スペード・クラブ・ダイヤ・ハートの4つ。
しかしある一時期、一部の地域で、既存の4種に『イーグル』のマークを加えた
5種のスートを使って行われる特殊ルールのゲームが流行った事があるって知ってた?
10年も経たず廃れたけどね♪」
「……」
ゴールドが歩くと、アメジストの持つ【クイーン・ヘル・スナイパー】の力で周りの石ころが浮かび上がる。
「この宝石が彩られたネックレスは、本体が死んだのに、
【カース・アーツ】だけが自立して動いている【渡り】経験ありの【カース・アーツ】。
だから、ボクの先祖は本体が死んだ【カース・アーツ】には歴史的に死んだスートの名が似合うという事で、
彼の事をイーグルと呼び始めたんだ。アメジスト・イーグル。」
「―――」
「つまり、何が言いたいのかと言うと、こいつはボクの【カース・アーツ】じゃない。
ボクはデュアルじゃない。
だから、【湾曲十字の聖歌隊】と【クイーン・ヘル・スナイパー】は、
同時に発動しても共に100%のパワーを発揮できる。
合わせて200%、戦闘能力も単純計算して2倍。
今の僕は【D・D・F】を目前にして燃えているから1.5をかけて300%。
更に――――」
ゴールドと同じ格好をした"奴ら"が2人ほど上空から落ちてくる。姿形だけが同じの偽者のゴールドだ。
「フフ、影武者もいっぱい用意してるんだ~!?
何年も前から準備していた策を加えて2500ぱーせんと~!!!」
「………」
百賭がゴールドの一人に向けてトリガーを引く。
弾丸が脳天に炸裂したゴールドが死んだが、影武者だったのか、【湾曲十字の聖歌隊】は解除されない。
アメジスト・イーグルを装着したゴールドが歩くたび、周りの石がふわりと浮かび上がる。
気が付くと、数百を超える小石と3本のナイフが百賭の周りを旋回していた。
「―――フン、面倒だな、一気にカタを……………」
真下の地面から突然銃弾のように小石が飛び出してくる!
百賭が腕をクロスさせ構える。
「―――フン、こんな事だろうと思っていた。さてどう避け……
どう……避け―――」
【カース・アーツ】を発動しようとしたその直前、突然、百賭の体がぐらつく。
「うっ……な、なんだ――――!?」
体を思うように動かせず、小石が肩を貫く!!
「不調……俺の体が俺の思うよう動かない…?」
「夜調牙百賭様は人工的に生み出された超天才児で
9歳時点で350もの超IQを持っていたという記録があるって聞いてるよ?
でもシルバーとほぼ互角の戦いを繰り広げていたのを見ると―――
この数値はサバ読み。ボクの推測じゃあ、
君のIQはシルバーよりちょっと高い、270程度かな~。」




