第62話 四天刃・隠将エメラルド・スペード
唇を離す。
「ッ……!!」
「よう、起きたかい、お姫様。」
目を開けたシルバーが自分を見るや、戦闘態勢に入ろうとする。
しかし、腕と脚をワイヤーに縛られていたため、動けなかった。
そしてそこには、普段女らしくない女の、メスの顔があった。
赤面して恥ずかしがる、銀色の囚われの姫が…
「その悪魔を召喚するには首の紋章を引っ掻く必要がある。
腕を縛られては如何しようあるまい。」
「くっ……!!」
「それにジタバタしても無駄だ。そのワイヤーはゴールド様の攻撃力を基準に作られているからな。」
「なぜ生かした―――」
ハンドガンを片手に握る。
シーフ・シルバー…ずっとこの手で触れられなかった女。
その女の生死が俺の手の中にあると思うと、なんともいえないカタルシスがある。
ギリギリ急所を外せるよう、照準を定め、トリガーを引く。
バン!!!
「釣り餌だ。お前が生きていれば――最期の【D・D・F】を所持するお嬢ちゃん(睦月)が必死になって追いかけてきてくれるからな…」
銃弾は、シルバーの頬を霞め抜いている。
「ぐっ……うう!!!」
だが頬の傷がじんわりと回復していく。
シルバーの持つ【悪魔の力】によるものである。
「自己治癒能力か。簡単には殺せない。そして今の俺の装備はぁこのライフルとハンドガンだけ。
正直に言うとこれじゃアトランティス人は殺せねえ。」
「ハァ……ハァ……」
「――――やっぱり可愛いな、お前。」
銃弾を頬に受けてもなお、瞬きをしないシルバー。
痛みをものともせず、ただ、じっとエメラルドの顔を、思い切り睨んでいた。
シルバーの服に手をかけた…すべてを知りたい。
お前の全てを…
「…………。」
「……………。」
だがシルバーが呼吸を整え、視線を俺の顔から腰辺りまで逸らす。
(……。)
一瞬少しだけ口を小さく開けた。
歯を食いしばり、視線を正面にまで戻し、俺の顎辺りを見つめる。
逸らす。今度はいつも携帯電話を入れている、自分の右側内ポッケ辺りを見つめる。
2呼吸置いた後、目を見開いてまた俺の目の奥を覗く。
「…………その目は…怒りか。それとも、絶望か?」
「…だまされた…………」
目を、ゆっくりと閉じる。
「騙され……たんだ……」
体を震わせながら、上目使いで男の顔を見据える。
「全……てウソだった……」
「―――」
「┌┴┐ ヽ / ┼ ″ ┼ / ┼ ″ナ ゝ /
_ノ ノ / こ つ / こ ./ヘ._) / こ . cト ア ・ 」
「う―――――――!!」
「7年………7年もだったんだぞ――――!」
険しい表情は―――徐々に緩んでいき。
「ウソだったんだな――!!お前との信頼も―――時間も―――!!」
「………」
「なんで……なんでこんな酷い――――」
はかなげに涙を流す…一人の少女の姿があった。
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「なぁロル―――生身のお前って一体どんなな奴なんだ。」
「さぁな、案外、碌な奴じゃあ無いかもなァ。」
「一度、会ってみたいな。」
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「ここまで心を侮辱されたのは初めてだ――――
死ね…お前なんか死んでしまえ………」
「もう……よせ。」
「反吐が出る……」
辛い。
胸に槍が刺さったような感触。
罪悪感?虚無感?そんな言葉では言い表せない。
「――――そんなに、叫んでよ。馬鹿みたいだぜ。」
「……うるさい……」
俺はシルバーの服のボタンから手を離す。
そして目を隠すかのように右手でシルクハットの先端を摘まみ下げる。
その場でくるりと回るように後退し、シルバーに背を見せる。
そしてはこういったのさ。
「だってさロルは、エメラルド・スペードじゃあない。」
「…………」
俺はエメラルド・スペードじゃない。
そうだけど、そうではない。
俺のことは恨んでも…
俺の思い出だけは恨まないでくれ…
そんな勝手な思いが、俺の言葉にはあったんだろう。
「え?」
ゴールド様、お許しください。
これで彼女の悲しみが止むなら…
俺はこの言葉を止めずにはいられない。
「俺はロルじゃない。怪盗行為なんて一度もやったことないし、お前と思い出を作った覚えもない。
俺はあくまでエメラルド・スペード。ゴールド様の腹心にしてオルゴーラの血を引くお前の生涯の宿敵だ。」
「……何を…何を言っているのか意味が分からない―――奴はお前を…」
首を上げ、ビルの壁を見る。
灰色の壁だ。黒紫色のシルクハットを、空に投げ飛ばす。
「お前がこの言葉の真意を知る必要はない。」
そして突然、俺の脳内に異変が起こった。
【ビショップ・オブ・ヘルレーダー】が【D・D・F】を持つ睦月が近づいてることをキャッチしたのだ。
「戦いの時間だ。話はここまでだな………」
その場で回転バックジャンプをし、シルバーとすれ違う瞬間に彼女の口にガムテープを貼り付ける。
口を封じたのだ。
着地と同時に無音のダッシュ!!
近くの車の影に身をひそめ、歩道のマンホールを見据えながら両手でスナイパーライフルを構える。
来い。狙撃してやる。
その穴から出てきた頭をスイカのように粉砕してやる。
シルバーが見る前に決着をつける…
――――1呼吸、2呼吸、3呼吸。
「……――――おいおいマジかよ………」
体が一瞬だけ震えた。
そうか、奴には『能力』があった。最悪の能力が…
ガリッ…ガリッ…近くのマンホールから、鉄を食いちぎるような音が聞こえる―――
そして、ガン!!!
マンホールの蓋が吹き飛ぶ!!!
下から折りたたまれた黒い傘が突き出てきたのだ!!!
傘が開く!!!
マンホールの中から、傘を持った人影が出てくる―――!!
怪盗睦月!
奴は、両手で二丁拳銃を構え、二の腕と胸の間に傘の取っ手を挟んでいる……!!
しかしなるほどだ、自分の体を『影』に隠すには、傘はこれ以上無い程手軽かつ確実なアイテムだ。
【ダーク・ウォーカー】は影を召喚起点とする【カース・アーツ】。
弾丸は標的に着弾するまでの間に確実に傘の影に入るから、蟻に食われてしまう。
奴は傘で影の結界を作っている。
意外と頭も回るじゃあねえか。
「頭脳戦だな…」
睦月が、背後を振り返り、蟻が見た景色に今自分が立っているかどうかを確認する。
そこには、トラックと、荷台の石柱にくくりつけられたシルバーがあった。
奴はシルバーの親友。
奴は必ずシルバーに向かう。
それが罠だと気づかずに…
「―――――……【ダーク・ウォーカー】……」
「【ビショップ・オブ・ヘルレーダー】……見えているぞ――――」
睦月がシルバーに向かって歩きながら、無数の蟻が出現する。右往左往散らばり、無数の視界で敵を索敵する。
「そう、やはり出すか、だが…そうはいかんぜ!」
ポケットから、球を複数個取りだし、睦月の前方15m先に投擲する。
そして、その瞬間―――――――――――
ばっっっ!!!!!!辺り一面が、光に包まれ、辺りの【ダーク・ウォーカー】の姿が崩れ始める!!!
「――――こ、これは……!」
「電球だぜ。お嬢ちゃんの蟻は強い光の中じゃ実体を保っていられないらしいからな。
対策済みだ。さて、次は―――」
銃を構える。標的は、シルバーと睦月の間を横切る電線。
「実態を持つ弾丸は『蟻』に食われてしまう。
なら、実態を持たない攻撃をすればいい。」
電線を垂らし、睦月を焼く。
――フフ、緊張して来たぜ。
あの睦月を倒せば…俺は、新アトランティスの英雄になれる。
嬢ちゃんには悪いが―――それこそ運命が俺に与えてくれた最大の幸福なのだ。
俺はその為だけに生まれ、今日まで生きてきたのだ―――
そう、産まれた時から与えられた、最大の命令!!
俺の恋も、所詮は命令の前では儚いものだったのだ!
エメラルドが汗をかく。
本来なら、俺が嬢ちゃんに、恋をする事など有りえない。
それが、運命の歯車…
――――――――――――――
―――PM2:17 血だらけの歩道。(SIDE 睦月)
睦月こと、加賀美響姫は、これ以上にないまでに、かつてないまでに冷静であった。
【カース・アーツ】の操作に震え一つ起こさず、絶好のコンディションで動けていた。
彼女には子供のころから父親・島風に言われ続けていたことがある。
『加賀美の血を引く者は、凡人には無い【人の心を見抜く才能】を持っている。
俺達は生まれながらにしてエリートなのだ。
だから自信を持て、お前は―――いつしか立派な怪盗になれる筈だ。』
事実、彼の言うとおり、彼女には人並み外れた才能があった。
それは父親から受け継いだそれは心を見抜くに留まらず、地頭の良さから身体能力の高さまで。
彼女は父親の言葉を真に受け、自分と凡人を比較してこう思う。
(私は生まれながらに勝っているんだね―――)
(友人なんていらない。人並みの才能しか持たない一般人なんかと、本当の友達になんかなれるはずがないよ……)
そう思っていた。
ずっとそう思っていた。
そう、12歳のころ、自分と同じ歳なのに、既に怪盗を2年もやっており、父・怪盗島風にも匹敵する実力を持っていた怪盗シーフ・シルバーと出会うまでは。
その彼女が、自分とは違い…自信過剰でも無く、普通の人間達を心の中で見下さない、清らかな精神の持ち主だと知るまでは。
睦月はシルバーと今までの自分を比較し、私はド愚かだ…と思った。強い人間のフリをすべきではないと、そう強く思った。
そして心の中に夢が出来た。強くなることを目標に生きつづけた。
そして、睦月こと加賀美響姫は立っている。夢の人と同じ戦場に立っている。
「…………シルバー。」
睦月が、ガムテープで口を封じられたシルバーの顔を見る。
シルバーが難しそうに首を振っているのが見える。
(私の瞳には、人の心が写る。あの首の動き、しぐさ――――
待てと言っているのか?何を待つのかはわからないが、
シルバーの考えは―――信用すべきだ。)
二歩下がる。
(シルバーを運んだ奴は―――ゴールドでは無かった。
武器を持っていて、顔に生気を感じられるので、恐らく洗脳兵ですらない。
だとすると、エクサタ君の言っていた、四天刃か?)
それはエメラルド・スペードの事。
左手の銃を構え、前方にある電球に狙いを定める。
「12個――――」
トリガーが引き、歩きながら銃弾を数発発射。1つ――2つと電球を破壊していく。
しかし、3つ目の電球を破壊したその瞬間―――――
ドギュン!!!!!!!!!!!!!!
鋭い銃声が聞こえたと同時に――――脇で挟んでいた傘に僅かな衝撃が走る。
(――――!!)
瞬時―――顔に寒気が走り、体は硬直した。そう、睦月の傘の石突き(先っぽ)部分が撃たれたのだ。
「傘を破壊するつもりだ―――!私が電球に気を取られている隙に―――!?
銃弾の軌道も…あたりに蟻を張っていたのに見えなかった!!
ハンドガンの弾丸のスピード程度なら、【ダーク・ウォーカー】で簡単に見切れる筈だが―――」
睦月がアリと視界を共有して、辺りに銃弾が落ちていないかを確認する。
「あった――――やはり弾丸……アリで見切れないスピードなら……
何か特殊なライフルで撃ちこんできているな!!!
銃弾の落ちていのるは、私から見て、3時方向に―――なら、敵は9時方向――――」
睦月が9時方向に体を向け手荷物ハンドガンを【ダーク・ウォーカー】の黒いエネルギーで包みこむ。
そして、9時方向にあった小屋の上に向け銃弾を発射、移動する銃弾の影になった個所に紫色の蟻が出現する!!!
そして視界共有!!隠れているスナイパーを探し出す!!
「いない!!!だが!!痕跡はある―――
それほど遠くまでは離れていないはずだ!!!」
睦月がさらに弾丸発射!!アリを増殖させ、敵の位置を探ろうとする!!
しかし――――
「待てよ…痕跡と私の傘、落ちている銃弾から推理するに――――
弾丸は『直線状』に飛んできた―――
シルバーと百賭けの戦いを妨害した時のように軌道が
曲がったりしてはいない……」
睦月は更に考える―――
「……そもそも、弾丸の軌道が曲げられるなら―――
傘を持っていたとしても私は一撃でやられているはず………
まさか―――今私を撃ってきている敵は
―――弾丸の軌道を曲げる能力を持っていない……!?」
シルバーの言葉を思い出す。
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「【銃弾の軌道を操る能力者】と【サーチ系能力者】のコンビの可能性もあるわ。
なんにせよ――慎重に行かなくてはならない。」
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「じゃあスナイパーが【サーチ系能力者】か…」
しかしその瞬間――――――――――――
PLLLLLLLLLLLLLLLLLLLL!!!!!!!!!
ロル…もといエメラルド・スペードからの電話!
「と、唐突…!さっきまで電話しても応答しなかったのに……」
PI!
「も、もしも――――」
『睦月!敵のスナイパーはそっちにはいない!!!既に別の位置に移動している!!』
「……!」
睦月が【ダーク・ウォーカー】の動きを止める。
予測していた方向に敵はいないというのだ!
「な、なら………どこに―――」
『反対側―――お前から見て、6時方向200m先、そこに敵は移動している。』
「な……馬鹿な、敵はさっきまであっちに―――」
『【瞬間移動】―――だ。奴には【瞬間移動の能力】がある――――この能力でしっかりとその動きを捉えていた――――』
睦月が青ざめる。
瞬間移動の能力、そこまでは予測していなかった…だが…
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―――PM2:19 血だらけの歩道。(SIDE エメラルド・スペード)
『ほ、本当ですか……ロルさん!!』
「嗚呼、本当だぜ。(嘘)」
瞬間移動は、この俺が適当に考えた嘘。
俺の位置がバレないようについた咄嗟の嘘だよ。
『わかりました、貴方を信じます。』
「頼む、シルバーを助けてやってくれ。」
フン、簡単に騙されてやがって。
勝った――――!!これで時間が出来る。
睦月を倒し、【D・D・F】を手に入れる事が出来る。
長年の目的が―――ついに叶うのだ!!!
そう、それだけが正しいのだ!!
傘の切っ先を狙ったのはお前の注意を逸らすためのブラフだぜ!
パニックにさせ、集中力を低めるためのな!
電線を切断するため、照準定める!!!!




