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ディープ・デッド・フィラー  作者: とくめいきぼう
第三章 動かぬ探偵と心の崩れ逝く先
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第20話 運命の歯車とホットケーキ①

 シルバーは、激闘の末に『記憶喪失』になっていた。


「記憶喪失ってのは主に二種類に分けられる。

 記憶が二度と蘇らない「重度」の記憶喪失と、時間経過で記憶が戻る可能性がある「軽度」の記憶喪失。

 重度が主に脳への物理的なダメージ、病気などで引き起こされるのに対し、軽度の記憶障害はトラウマ等の大きな精神ショックが原因で引き起こされるとされている。何かとても嫌な事があって、思い出す事を拒んでるとか、そういうのだね。

 アンタの記憶喪失も軽度だといいんだけどねぇ。でもその傷を見ると……」

 この老人の女性…秋子は、若いころはあらゆる医学に通じていて、かつては「医虎」と呼ばれていたらしい。偶にこういった医療知識等も披露してくれる。


「多分、軽度の方だと思います。」

「何か、わかるのかい?」

「とある女性に、とても辛いことをされたという記憶――それだけは覚えてますから。」

 いつも胸の真ん中にいる、あの恐ろしい女。

 ―――――三羅偵ロンカロンカ、アイツの事だけは覚えている。アイツに苦しめられたこと。アイツに精神的に敗北した事。肝心の、奴の記憶だけが。でも、何を奪われたのかは、まったく覚えていない。


「とても辛い事か……思い出さない方がいいかもね。」

「―――そうですかね……」

「そうですとも。」

 思い出さない方がいい記憶か。でも今の私には使命が必要なんだ。何故必要だったのかは、忘れたけど……


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

[プレムが秋子の家で看病されて、6日目]


 傷の方は、大体治ってきた。どうやらこの体には常人を遥かに超えるほどの凄まじい回復力が備わっているようだ。秋子さんも「これはすごい」と驚いていた。

 そして、一つ―――分かった事がある。祝うべきか呪うべきか、私の記憶喪失は、確実に軽度のものだ。私の中の精神が記憶の回復を拒んでいるだけだというのが感覚で分かる。


 そして、断片的に、思い出してきた――――私の使命とは、『灰色の旅』の事。

 地獄の過程とわずかな達成感と言う結果を味わうだけの苦難の旅。そして、旅を完全に終えた時、私は自らの人生に絶望し、自らの命を絶つ。それによって『私』は『完成』する。

 しかし―――それは本当に正しい使命なのか?そこに私の幸せは何処にある?

 

「プレムちゃん、見なさい、今日はスーパームーンよ」

「……きれいですね。」

「ここは景色がよく見えるだろ?今日が来る前にアンタの傷が治って良かったよ」

 多分、思い出そうとすれば思い出せるんだ。閉ざされた記憶も、忘れた使命も。でも、そうすれば私はもうこの家にはいられなくなる。

 そして私は、今、この家で過ごす日々に幸せを感じている。使命なんて、思い出さなくていいと思うぐらいに―――


「―――!?」

「どうしたんだい、プレムちゃん。」

「今、誰かに見られたような……」

今、女の人の影が見えたような――――

 ―――なんだろう、ここに来てからずっと、誰かに監視されているような感じがするんだ。


「プレムちゃん、どこにいくんだい?」

「ゴ、ゴメン、ちょっとトイレに!!」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

[林]


「………確か、ここらへんに誰かいたんだが……」

「会いたかったよ、シルバー。」

 発せられた声の方向を向くと、そこには青髪ショートの目つきの悪い胸の大きな女性が立っていた。

 名前はたしか睦―――――


「アンタ誰?シルバー…?それが私の本当の名前なの?」

「―――やっぱり覚えてないのか。 聞き耳を立てて聞いた時は驚いたが、本当に記憶喪失なんだな。」

「私、貴方と会ったことがあるような気がするわ、たしか…友人だったような……」

「友人か―――フフ、嬉しいね。」

 女がニコニコしながら頬を染める。


「―――今のプレムは、この村から出て、記憶を知りたいと思ってる?」

「わからない、言葉には表せないが―――知ってしまったら、すべてが終わってしまう気もする。」

「すべてが終わる、か―――」

 睦――――がくるっと回転し、私に背を見せる。


「ま、待ちなさい!!!」

「しばらくは、君の前に姿を見せない方がよさそうだ。今の君は―――とても幸せそうだからな。」

「………あの、名前だけ、最後に聞かせてもらっていいかしら?」

「ジェーン、そして睦月。それが私の名前さ。」

「………」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

[翌日]


「大丈夫なのかい?本当に。」

「ええ、大丈夫です、ちょっと……外の空気を吸ってくるだけですから。」

 記憶が戻る前の私は、恐らく誰かと話すのも好きだったけど、一人でいるのも好きな性格だった。今日の私は、無性に一人で外に出たくなっていた。一人で落ち着いていられる時間が欲しかった。

 私は、近くの公園にある鉄状の半リングのようなものに座り、体の力を抜いて深呼吸をする。心を無にして落ち着きたいのだ。


「スー、ハー」


 ……しかしこの感覚なんだ、心臓の鼓動が高まっていく。


「…………ん?なんだ、胸がピリピリする。何故だ、何故落ち着かない。この感覚は覚えがある。確か記憶が戻る前の私はこの感覚の事を――――」


 『殺気』と呼んでいた!

 そしてその『殺気』は……この私の背後になにか攻撃があったことを知らせてくれた!!


「!―――背後から鉄と鉄が弾き合うような音が聞こえる!私の方に何かが向かっている!」


 攻撃……迫りくる物体!私は後ろから迫りくる物体を横にジャンプして回避する!

 しかしこの体、こんなに反射神経が良かったのか…いったい私は何者だったんだ!

 後ろから迫りくる物体は、銀色の鎖だった、そして、鎖の元には一人の男が立っている。

 その男は、かなり大柄。ツンツンのオールバックで、白いフォーマルウェアを着用している。


「人並み外れた反射神経だ、苦しめずに一撃で殺してやろうと思ったのに。見た目は可愛いのに中身は化物ってわけか。ま、仕事には困難はつきものさ。」

「―――貴方は誰ですか。いきなり攻撃してくるなんて。」

「僕は田村。『探偵田村』さ。キミを殺しに来た。」

「なぜ―――」

 田村がネクタイを締める。


「何故も何もないだろう。ロンカロンカ様がお亡くなりになった事によって、今の『三羅偵』には、空席が出来ている。そして、ロンカロンカ様を殺した君を殺せば、僕は三羅偵になれる。あの絶対正義・探偵王・百賭様の『右腕』になることが出来るのだ。

 それに何より、探偵は怪盗を殺すは絶対的な運命<さだめ>。」


「……怪盗だと?この私が!?」

「すっとぼけても無駄だぞ。既に調べはついている。君が『僕の姪』を『殺した』こともな…」

 田村が腕に力を入れ『銀色の鎖』を『具現化』させる。それは、人間の力を越えている。

 その力……確か、超能力――――――――


「死ね!!!!!!!!!!」

 田村が『具現化』した無限に伸びる『鎖』が蛇のように私へ向かってくる!


「なんなんだその―――鎖は……人並み外れた能力は!?」

「すっとぼけんなって言ってんだろ!!そおらッ!!」

 田村の鎖が囲むように動き、そして、私の体を締め付ける!!

「ぐああッ……」


「どうだ!【カース・アーツ】を出せないだろう!敵の【カース・アーツ】を『無力化』し一方的にいたぶれる事………

 それが僕の能力……【ネイキッド・ジャッジメント<逃れられぬ裁き>】だッ!!」


 田村が私に向かって銃を向ける。駄目だ……もう……


「伝説と呼ばれている割にはあっけなかったな。それとも、ロンカロンカ様との戦いで受けた負傷で全力を出せないのか?まあいい………取りあえずこれで、決着だ。」

 田村が――――トリガーを引く――――駄目だ―――死―――――――――――あれ。待って、私の前に……誰かが……


「ああッ……プレムちゃん……」

 私の前に誰かが立って……奴の撃つ弾丸に、腹を撃ち抜かれたッ……!その撃たれた人はまさか……まさかそんな……!


「あ――――秋子……!!」

「なんだってェェェェェェェ!!!」

 秋子さんを撃った田村が、衝撃を受け、『能力』を解除してしまった。


「あ、秋子さん、大丈夫ですか!!」

「――な、なんだと!―――ボ、僕は悪くない!彼女が悪いんだ!車を時速60㎞で運転してて、猫を轢いてしまったのと同じだ!!彼女は自分から飛び出したんだ―――」

 探偵が頭を抱え、長ったらしい言い訳をずらずらと並べ始める……しかしそんなことはどうでもよかった……明子さんは致命傷じゃあないみたいだな。


「探偵!手を出すなよ!彼女の応急処置がしたい。貴様だって無関係の人を殺したくはないだろ!」

「う―――わかった。少しだけ待ってやるッ……」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 秋子さんの家には、様々な医療器具が置いてあった。まぁ、流石に元医者と言うべきか…そして、私にも、職業柄ある程度の外科医療に関する知識がある、知識がある事を今思い出した。彼女は必ず治る。

 そして、彼女の応急処置を進めていくうちに、色々な事を思い出す。死んでいった家族や仲間の事……【カース・アーツ】や自分が怪盗シルバーである事。そして、【D・D・F】と私の使命に関する事。


「そうですプレム、貴方は先に進まなくてはならない。運命の敷いた救世のレールの上を、ただただ走り続けねばならない。」


「God<神>、いたのか……」


「言うならば、今回彼女の家で7日も過ごしたのは、そのレールから外れちょっぴり寄り道したようなもの……

 だけどねプレム、そんな寄り道に意味なんてないんだ。全ての人間には正しき『人生の道<ルート>』というものがある、その上だけを歩くことだけが何よりも正しい事なんだ。例えそれが、何の幸せも得られない、苦難の道であっても…」


「――――」


 私は、明子さんと7日間一緒に過ごして、『苦難の使命』を貫くより、『何気ない日常』の中で幸せになることが正しいなんて事を思っていた。

 でもそれは間違いだった。なぜならこの私が、大いなる使命にすがらないと生きていられないほど、弱い人間だからだ。

 そう、私は8歳の時、親を失ったあの時既に、自殺しようとしていた…人間としては生きられなくなっていたのだ!!

 だから、私はあの時、神の使命に従う銃剣になると誓った―――――それだけが、この怪盗シルバー唯一の生きる道!!


「彼女はもう、大丈夫だな―――行くか。」


 怪盗シルバー、復活ッ!!

◆探偵名鑑◆ #3

右堂院 義弘

鳥取で活動している私立探偵で、シルバーに恋をしていた。

探偵協会マレフィカルムのスカウトを受け公立探偵となり、後にカース・アーツ使いとなったがシルバーをロンカロンカの傷から救う為に身代わりとなって死亡。

能力は右手に触れた物質と、左手に触れた物質の状態を交換する【交差する痛み<クロス・ペインズ>】

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