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十三話

私、レイチェルがルーカス様を最初に意識したのは入学してすぐ後のことだった。


学園内を歩いているとふと視線を感じることがあった。さりげなくその視線の元を確認するとそこには必ず黒髪の男の先輩がいた。


友達に聞いてみたところ、彼はお姉様と同じ一学年上のファウス侯爵家のルーカス様という方らしい。見た目は私の好みの優しい王子様タイプじゃなかったけど、まあまあカッコいい顔をしていたので、私は悪くない気分でルーカス様の視線を受け取っていた。


今思うとかなり恥ずかしいけど、あのときはルーカス様は私に気があると思っていた。だってあんなに視線を向けられるのよ?そうとしか思えないじゃない。

だから偶然、中庭の奥、噴水横のベンチで読書をしていたルーカス様とお会いしたときに、声を掛けてしまったのだ。


「ごきげんよう、何の本を読んでらっしゃいますの?よかったら教えてくださらない?」


気になる女の子から声を掛けられるなんて、どんな反応をするかしら。慌てるかしら?顔を赤くしてくださるかしら?と私はちょっとワクワクしながらルーカス様の反応をうかがった。


けどそんな私にルーカス様が返してきたのは、とても冷たい反応だった。


「経済学の本です。経済学の基礎がないと分からない内容なので、貴女に説明しても理解できないと思いますよ」

こちらをちらりとも見ないで、ルーカス様は私にそう言った。


思っていたのと全く違う、バカにするような反応をされて、私はカッとなってしまった。その売り言葉に返すように、私は思わずルーカス様にこう言った。


「あら、そんな女をちらちら見てるなんて、貴方とても変わった趣味の方なんですね」


その言葉を受けて、やっとルーカス様がこっちを見た。しかしその視線は射抜くようで、決して優しいものではなかった。


「不躾に見てしまったことは謝ります。ただ、私は実の姉にあんな不名誉な噂を立ててのうのうと過ごす妹とはどんな顔かが見てみたかったので、つい視線を向けてしまっただけです」


「何よそれ?何でいきなりお姉様が出てくるの?それに不名誉な噂って何よ!お姉様にも文句を付ける気なの?」


そう言った私の言葉にルーカス様は少し驚いたような反応を見せた。そして表情を怒っているような顔から、呆れた顔に変えてこう言ってきた。


「……本気で言ってるのか?ここまでくると本当におめでたいものだな。自分の振る舞いで姉が噂を立てられていることすら知らないとはな」


「何よ……噂とか、適当なこと言わないでよ!貴方なんなのよ!」


「少なくとも貴女よりは貴女の姉上の噂を知る人間だよ」


「噂、噂って何なのよ!」


「気になるなら両親にでも聞いてみるがいい。噂を懸命に否定していたと聞いている。貴女みたいに知らないことはないだろう」


それだけを言うと、ルーカス様は話は終わったとばかりに私に背を向けて去っていった。一方的に勝手な嘘ばっかりを言われて、私はとても腹を立てていた。お姉様に良くない噂だなんて、そんなのが本当な訳がないとイライラしつつも、厳しい視線と共にルーカス様から言われた内容が心に妙に引っ掛かった。

消化不良のようなそんなモヤモヤを抱えたまま、私はその後の時間を過ごした。



放課後、家に帰るなり私は荷物もそのままにお母様のお部屋に飛び込んだ。


「レイチェル、ノックもせずに何ですか」


「ごめんなさいお母様、でもお聞きしたいとこがあったので急いでたの」


「ドレスなら先月お父様に買っていただいたでしょう。ワガママばかり言うものではありませんよ」


「なっ!違うわよ!本当に聞きたいことがあるの!ねぇお母様、今日ある人にお姉様には噂があるって言われたの。不名誉なものだとか私のせいだとか言われたけど、そんなの嘘よね?」


このときの私はお母様も一緒に怒ってくれると信じきっていた。だからお母様から返された言葉が一瞬理解できなかった。


「……そうよ。その方のおっしゃる通りよ。ソフィアには3年ぐらい前からよくない噂があるわ」


「そんな、嘘よ」


「嘘ならどれほどよかったか。けど事実よ」


お母様は厳しい顔で、こちらを見ながらそう言いきった。


なんで、どうしてと納得できず騒ぐ私に、お母様は続きはお父様と三人で話しましょうとおっしゃった。


「夕食後、お父様のお時間をいただけたら部屋まで呼びに行かせるわ」

それだけを私に言うと、もうこの話はおしまいだとばかりに、私をお母様のお部屋から退出させた。



ルーカス様やお母様から中途半端に話を聞かされた私は何も納得できない状態のままだった。そんな苛立ちのような、焦りのような感情を抱えてはいたが、心の奥底ではきっとみんなの勘違いとか何かの間違いで、お姉様に噂なんてないはずだとどこか高をくくっていた。だって本当にそんなこと耳にしたことはなかったのだ。


だからその確証を求めるように、その日の夕食のときに私は横に座っているお姉様をちらりと盗み見ていた。目に映るのはいつもと同じ、落ち着いた表情のお姉様だった。


今だって、記憶にあるお姉様だって、噂に悩んだり、苦しんだりしているような表情を見せたことなんてなかった。やっぱり噂なんて何かの間違いじゃないのか。往生際が悪く、そのときの私はそんな風に考えていた。

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