十二話
応接室に入ると、ルーカス様とレイチェルが弾かれたようにこちらを見つめてきた。
覚悟をしてきたはずなのに、実際に二人の視線にさらされると気持ちがぐらつきそうになった。私はお腹にぐっと力を入れて、内心を悟られないよう気を付けながらソファに腰かけた。
「お話があるとのことでしたが、ご用件は何でしょうか?」
努めて平坦な声を出し、二人に話しかけた。
「あのっお姉様!今朝のカードのことなんだけど、あの、賭けっていうのはその」
しどろもどろになりながら先にレイチェルが話し出した。しかしそんなレイチェルをルーカス様は手を上げることで制止した。
「レイチェル嬢、ここはまずは私に話させて欲しい。ソフィア嬢、体調が優れないと聞いていたのにこのように押し掛けてしまい申し訳ない。だが、どうしてもあのカードに書かれたメッセージのことで、君と話をしたかったんだ。私たちの話を聞く場を設けてくれてありがとう」
「私たち」、そんなちょっとした言葉がチクリと私の心に刺さった。まだ夢を見たときの気持ちが残っているのだろうか。こんな状況で何とも未練がましいものだと思った。
「それでお話というのは何でしょうか?」
「まずは君に関することを賭け事のように扱ってしまったことを謝らせて欲しい。本当に申し訳ない」
「本当にごめんなさいお姉様」
「その上で図々しいのは分かっているのだけど、できれば君から賭けの結果を教えてもらいたいと思っているんだ」
ルーカス様は真剣な表情で私にそう言ってきた。
私がルーカス様の思惑通りにまんまと夢見させられていたと、そう私の口から言わせたいと言うことなのだろうか?泣くまいと決めていた涙腺が緩みそうになったが、ここで泣いてなんかやるもんかとぐっと目を瞑ることで涙を押し戻した。
声が震えないよう気を付けながら、私はこう返事をした。
「私が賭けに気付いたのです。カードに書いた通りその時点でこの賭けは無効です。何を賭けの景品にしていたかは知りませんが、どうしてもそれが欲しいのでしたらレイチェルとよく話し合ってくださいませ」
毅然としようと思っていたのに、言葉の最後の方は視線を自分の膝に落としてしまった。情けなくて小さく唇を噛んだそのとき、思ってもいなかった反応が向こうから返ってきた。
「でもお姉様、ルーカス様はお姉様を振り向かせられるかって賭けに勝って、私にお姉様との交際を認めさせたいのよ?賭けが無効になると、それはできなくなるわ」
「へ?」と思わず淑女らしからぬ言葉が口から漏れてしまった。
私を振り向かせて、レイチェルに交際を認めさせる?そんな、それじゃまるでルーカス様が私のことを本当に好きみたいじゃないか。そう思ったら、さっきまで強ばっていた顔がじわじわと赤くなっていくのを感じた。
「レイチェル嬢!!」
私の顔が真っ赤に染まりきるより、ルーカス様がそう叫ぶ方が先だった。
視線を上げると、私と同じく、顔を赤くしたルーカス様がそこにいた。
「君は何で勝手に俺のことを……!いや、それよりソフィア嬢のその反応を見る限り、俺の思い上がりでなければ、俺たちの間には少し誤解があるようだ」
そう言いながら、ルーカス様は私をじっと見つめてきた。さっきまでも顔を合わせていたはずなのに、何だか今日初めてルーカス様と目が合ったような気がした。
「不快にさせるところもあるかもしれないが、今回の件、最初から説明させてもらってもいいだろうか?」
ルーカス様の言葉に、私は黙ってこくんと頷いた。
 




