十一話
どんな気分であっても夜は明ける。結局一晩泣き明かした私は泣き疲れぐったりした状態で朝を迎えた。
朝、部屋にやってきた侍女は、明らかに泣き明かした私の顔を見て「今日は体調不良で学園はお休みされると奥様に伝えて参ります」と言ってくれた。
目元を冷やすようにと渡された濡れタオルも、せめてスープだけでもと運ばれてきた朝食にも手を付けず、ただベッドに横たわっていた。このまま横になっていれば寝れるだろうか、そんなことをぼんやり考えていると部屋のドアがノックされた。
どうぞ、と入室の許可を出すと、いつもレイチェルの身支度を手伝っている侍女が入ってきた。
「レイチェル様よりお預かりして参りました」と彼女は私に一枚のカードを渡してきた。
カードには「今日は第二の曜日よ。ルーカス様に何か伝言ある?」と書かれていた。
一晩色々なことを考えた。けれど色々ありすぎて彼に何かを伝えるかと聞かれてもまだ考えはまとまりそうになかった。
少し考えた後、私はレイチェルの字の下にあるメッセージを書き足した。「レイチェルにこのカードを渡すときに、これから横になるから部屋には通せないと伝えて。少し眠るから呼ぶまで誰もこの部屋には入れないで」と侍女に指示をした。
レイチェルへのメッセージを託したことで少し踏ん切りがついたのか、あんなに冴えていたまぶたが急に重くなってきた。その重みに身を任せ、私は眠りへと落ちていった。眠る前、ドアの向こうがにわかに騒がしくなっていたが、意識を手放しつつあった私が何が起きているかを知り得ることはなかった。
『私が知ったからもう賭けは無効よ』
レイチェルへ返したカードにはそう書き足した。
あの後深い眠りに落ちた私が目を覚ましたのは、お昼を過ぎた頃だった。その時間になってもお腹は空いていなかったけど、じっと心配そうに見つめてくる侍女の視線に勝てず、スープだけを喉に流し込んだ。
空腹は感じていなかったけど、体は栄養分を必要としていたのだろう。スープがお腹に入るとぼんやりしていた頭が少し働き始めた。
胸の中の悲しみは未だに渦巻きつづけている。けれどこのままベッドにいたって何も変わりはしないということは理解できるようになった。
今の私にできることは、まず食事を食べられるだけ食べて、昨日から部屋にこもりっぱなしだったこの体を身綺麗にすることだ。私は侍女に入浴の準備を頼み、温め直してくれたパンに手を伸ばした。
入浴を終えて、私がいつものシンプルな紺のワンピースに着替え、出してもらった紅茶を前に一息ついていると、部屋のドアがコンコンとノックされた。
「ソフィア様にお客様がおいでです。いかがいたしましょうか?」
「お客様?今日は何も予定はなかったはずよ」
「前触れもない訪問なのですが、ファウス侯爵家のルーカス様がおいでなのです。レイチェル様がお連れになったようで、二人ご一緒にどうしてもソフィア様とお話がしたいとおっしゃっております。」
カードにあんなメッセージを書いたから、二人して私に会いに来たのだろう。あの二人から私に関する賭けのことは聞きたくない、その気持ちが強かったけど、ルーカス様はともかく家族であるレイチェルをずっと避けることはできない。
いたずらに長引かせるより、昨日今日で全て終わらせてしまおう。そう考えた私は、身支度をするからしばらく待って欲しいと侍女に返事をした。
髪を整え、軽く化粧をしてもらった。服も着替えますか?と侍女は聞いてくれたけど、それは断った。最低限の身だしなみは整えなければいけないけど、着飾るなんてそんな滑稽なことはもうしなくていいのだ。
30分もしないうちに、いつもの『訳ありのソフィア』が出来上がった。
鏡の中の飾り気のない女を見つめながら、せめて無様に泣くのだけはやめようと心に決めた。もう涙は十分に流したし、彼らにはもう涙も見せたくはなかった。
その決意を示すように、鏡台の上に持っていたハンカチを置き、私は背筋を伸ばして二人が待つ応接間へと向かった。




