一話
本編18話です。
「訳ありのソフィア」
それが社交界での私の通り名だ。
自分で言うとあまり説得力はないけど、容姿や性格に難がある訳ではない。この不名誉な名前の原因は私の家族、主に妹のレイチェルにある。
我が伯爵家は私とレイチェルの二人姉妹だ。別に腹違いとかそんなのではない。両親も、妹も歴とした血の繋がった家族だ。
そんな我が家は男児に恵まれなかったため、私が8歳のとき私が婿を迎えて家を継ぐことを決めた。そこで私は妹とは別に、家を継ぐために領地のことなどを学ぶこととなった。
ここまでは男児のいない貴族にはよくある話だった。ごくごく普通の話だ。何ら不思議はない。
しかしその話は、家を継げないことが決まったレイチェルを祖父母がドロドロに甘やかしたことから、徐々に歪み始めた。
元々、姉妹によくあるように私たちは「しっかり者の真面目な堅苦しい姉」と「甘え上手の可愛らしい妹」だった。祖父母は元々愛らしく自分たちを慕う妹を私より可愛がっていたが、そこに「この子は継ぐものがないんだから」という理由が付いてしまった。そのためレイチェルの欲しがるものを次々与え、「お姉様のが欲しいわ」とレイチェルが言えば「貴女はこの家を継げるのですよ。妹にそれぐらい譲ってあげなさい」と私から取り上げた。
両親は最初はそのことに抵抗してくれた。けどお父様も先代当主としてまだ強い人脈を持っていた祖父に強く出れず、「私たちの蓄えから買い与えているんだ。何の問題がある?」「将来的にソフィアはこの屋敷も手にするのですよ。レイチェルを多少優遇して何がいけないの」と言われ、結局しばらくすると祖父母には何も言わなくなってしまった。
そのうち両親すらも私を説得するために「ソフィアはこの領地を継ぐのだ。今はあの子に譲りなさい」と言うようになった。申し訳なさそうに取り上げられたものの代わりになるものをそっと買ってくれることだけが数少ない私への救済だった。
それでも今から思うと祖父母が健在なうちはまだマシだった。レイチェルのワガママは祖父母が嬉しそうに聞いてくれていたからだ。お姫様のようにちやほや甘やかされる妹を横目に見て色々思うところはあったけど、それでも両親はそれを埋め合わせるように私を気づかってくれていた。
本当の受難は祖父母が他界した3年前から始まった。
すっかり甘やかされることを当然と思うように育てられたレイチェルは、変わらずワガママを言い続けた。両親も私も必死にたしなめ、叱ったが彼女には効果がなかった。もう矯正されるべきときは過ぎてしまっていたのだ。
欲しいものが与えられるまで泣きわめくレイチェルを説得するのは非常に骨が折れ、いつしか諦めて彼女の要望を聞く方が早いと誰もが思うようになってしまった。
しかしお金も湧いて出る訳ではない。レイチェルが使う分、他の家族は何かを諦めなくてはならなくなった。
そのため、苦肉の策として私の身の回りのものは流行に左右されない、シンプルなもので固められることとなった。
最新の流行を身にまとう華やかなレイチェルと飾り気のない地味なソフィアという姉妹がそうして出来上がった。
貴族というものは身に付けているものを目敏く見る生き物である。お金を掛けてもらう妹と、同じものを持ち続ける姉。周囲は何かあると簡単に気付いた。
「レイチェル嬢はいつも素敵な格好をされていますね。お二人がどれ程大事にされているかが見てとれます」と、両親にこの姉妹の差の原因をさりげなく探りを入れる人も当然いた。
これに対して「レイチェルはワガママでして」なんて言える訳がない。レイチェルはいずれどこかの家に嫁入りしなければならないのだ。爵位のおまけである私より、さらに結婚相手から選ばれる立場なのだ。
なので両親は言葉を濁し曖昧に誤魔化した。しかしそれがよくなかった。
公にできない理由により長子でありながら流行りの洋服も与えられない娘。噂というものは悪口に近い方が盛り上がり、憶測というものは人にとって楽しい方向に進むものである。周囲が想像する『その理由』は私にとってよくないものがほとんどだった。
性格が悪く両親に愛されていない、着飾ることに興味のない社交性のない娘である、伯爵とは血の繋がらない子である、まぁ実に様々な身勝手な噂が流れた。
両親はそれは必死に噂を否定をした。しかし一度流れた噂、付いてしまったイメージは簡単には覆せない。
そして誰もがその明確な理由も知らないくせに、気付けば私は何か難を持っている「訳ありのソフィア」となってしまったのだった。
私も最初は否定をしたり、抵抗したりしていたが、他人事の楽しい噂の前でただの令嬢たる私はあまりにも無力だった。
消えもせず好きに広がる噂に、もうどうにもならないなと諦めをつけるまでにそう時間はかからなかった。そこからは言わせておけとばかりに無関心を貫き、噂に負けないよう自分を磨きながらも、噂のことで周囲に迷惑をかけないようにすることだけを気を付けながら過ごすようになった。
そんな私は、学園ではときに「訳ありのソフィア」として遠巻きにひそひそと噂をされ、家ではお姉様!お姉様お願い~!とレイチェルのワガママに振り回されていた。
いや、この春からはレイチェルも一学年下に入学をしてきたので学園のことでもそのワガママに付き合わされていた。
「お姉様、お願い!課題が分からないから手伝って~!」(ほぼ手を動かすのは私)
「お姉様、お願い!刺繍をしないといけないけど針が指に刺さったからもう出来ない~!お姉様刺繍上手だし、助けて!」(提出前日に言われたのでほぼ徹夜になった)
「お姉様、お願い!お茶会の授業用のお菓子用意し忘れたからお姉様のをちょうだい!」(私も授業があるから用意してたのだけど)
まぁ入学して半年程でよくここまでやれるなってぐらい色々振り回された。しかしレイチェルのワガママに付き合ってもう3年だ。良くも悪くも私は慣れてしまっていた。
だからその日、昼休憩にレイチェルに連れ出され「お姉様お願いがあるの!!」と言われてもあぁまたか、としか思わなかった。
今日は何の課題なのかしらとぼんやり考えていた私にレイチェルは予想外のお願いをしてきた。
「お姉様、お願い!侯爵令息のルーカス様を落としてきて!!」
あらすじにも書きましたが妹に反省はさせますが、ざまあはありません。