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この星が滅ぶまで  作者: 朱井いと
9/14

第九章 鈴の音

 帰ってきてからひと段落すると、モモの容態が悪化した。秘術で無理やり身体を活性化していた効果が切れたためである。モモは徐々にやつれていった。もはや自分で歩くことも、ご飯をスプーンで食べることもままならないままになるくらいに……。睡眠も変化した。一時間寝て、一時間だけ起きるといった具合に。魔王たちは交代制でモモの介抱にあたった。当番が家事を行い、他はモモに寄り添うというものだ。

 モモは目覚めた。そのときは魔王がいた。

「ダーリン……。お外……、出たい。すぐそこの丘の上でいいから……。」

「おう、今準備する。」

 車椅子を用意し、家族みんなで丘の上にあがった。浮遊魔術は術者に負荷がかかるのでそんな野暮なことはしない。

 きれいな夕焼けだった。あたりいっぺんを覆うような。オレンジ? 赤? の太陽がゆっくりと沈んでいく。夕焼けの景色って、こんなにきれいだっけ? 魔王は不思議な気持ちでいた。彼もまた、まともにゆっくりとした生活を送っていなかったためである。

「きれい……。」

「ああ。」

「こんな景色を、みんなが見れる世界になってほしいな……。」

「あぁ、そうだな……。」

「そろそろ日が沈んでしまいます。お身体に触りますので帰りましょう?」

「そうね、アイちゃん……。」

(三姉妹)「今日は私たちのシチューだよー!」

「え? ……それ、大丈夫なの?」

(三姉妹)「ひっどーい!」

モモが冗談を言った。冗談なのだが、だんだんと笑えなくなっていた……。つらいんだ……。

 このまま、このままでいさせてください……。みながそう思っていた。

 帰宅後、モモはそのまますぐに眠ってしまった。

 その晩。

「………………不味いな。」

(三姉妹)「………………うん。」

「ざ、材料配合は適切ですし、レシピに狂いはありませんよ……。」

「だが、…………不味いな。」

「…………はい。」

 その晩、モモが起きることはなかった。

 正午にかけて、モモはまた目覚めた。

「アイちゃん、……みんなを、……呼んで。ダーリン、エリカ、アヤメ、アイリス、師匠、カトレアさん……。」

「は、はい。すぐに!」

 アイちゃんは悟った。早くみなを呼ばないと! 早く!

 そして、アイちゃん急いでみなを連れてきた。本当に最期だ。ボクにはどうすることもできない。みながモモのベッドに集まる中、ボクはベッドから離れた壁に、腕を組んでもたれかかった。わかっていたからね。愛する人が亡くなる様を……。とはいえボクが看取らない訳にはいかないだろう? こんなに家族がいるんだし。でも正直、本当はこの部屋に居たくはなかった。

 すぅー……。モモは深呼吸した。

「師匠、今までずっと育てていただき、本当にありがとうございました。本当のお父様とと同じくらいお父様です。お父様に育てていただいたから、こんなに幸せになることができました。……お父様、ありがとうございました。」

おっさんは数秒目頭を押さえ、こう言った。

「馬鹿者。親より先に発たれることほど悲しいものがあるか。……だが、幸せになって本当によかったな………。」

モモはニコっとした。

「カトレアさん。……今思えばもっと闘ってみたかったな……。あのときは剣術しかなかったけど、魔術も、やりたかったな……。私の家庭、バカばっかりだけど、よかったら、これからも相手をしてあげてください……。」

「ああ、もちろんだ。天帝の一番の側近として、アイちゃんにお仕えすることを誓うよ。もちろん、あのバカどももさ。」

「ありがとう……。無敵ね。」

三姉妹はさっきから大粒の涙をずっと流している。

「エリカ。あなた、いつも中途半端でしょ。長女とかそういうのは、どうでもいいけど、たまには魔族の方に振り切りなさい。あなたは、魔族の象徴なんだから……。」

「そ、そんなの……。」

エリカはそのまま口に出すのをやめた。モモを困らせると考えたからだ。

「うん……。アイちゃんに相談して決める!」

「うん……。」

モモはニコっとした。

「アヤメ、あなた、一番おてんばなんだから、たまにはちゃんとしなさい。ヒト族の象徴だからといって、偉そうなことをしてはだめよ……。アイちゃんを見習いなさい。」

「うん! うん! ママも見てて!!」

モモはニコっとした。

「アイリス。あなた、きちんとしてそうに見えて、ハーフの象徴だからといって、一番はらぐろなんだから……。変なことを考えちゃだめよ。みんな見てるんだから……。」

「うん! あたし、がんばるから!!」

モモはニコっとした。

「あなたたち、あまり暴れまわってバカりいてはダメよ……。パパや、アイちゃんを助けてあげてね……。あなたたち三人は、力を合わせればすごいんだから。これからもずっと三人仲良くいてね……。」

「ママぁ~! ママぁ~!」

仕方ないなぁという顔をしながら、アイちゃんに顔を向けた。

「アイちゃん、あたし、天帝って何なのか、よくわからないの。歴史を勉強していればよかった……。ごめんね。でもね、無理はダメよ。わからないことがあったら、お姉ちゃんたちや、パパ、それにカトレアさんの意見を尊重しなさい。それに、口。お姉ちゃんたちに診てもらうのよ。」

ここにいるのは天帝ではあるが、天帝ではない。ただのおさなごだ。

「はい……。でも、天帝なんて神様でもなんでもありません! お母様の方が偉大です! 私はあのとき叩かれて、生命にはきっと、何かの役割を持って生まれてきたのだと思うことができたのです。それがただ、天帝なだけです!」

「一番歳が離れていて、一番一緒にいてあげられなくて、ごめんね……。」

「いいえ、お母様。でも、私はお母様の愛をたくさんもらいました。だから、大丈夫です! 大丈夫ですから……。」

「ほら、…………、また強がり言って……。だめ……。」

「……はい。気をつけます。」

アイちゃんはモモに優しくハグをした。

そして魔王だ。

「ダーリン、あたし、あなたに初めて会ってからずっと大好きだった。……愛してるよ……。」

魔王は叫んだ。

「バカ野郎! 俺はお前に会う前からずっと好きだったぞ! どれだけシノビをよこして情報を集め、お前が来るのを待ち焦がれたか……。」

「ありがとう。ダーリン……。」

「いや、こっちこそ。こんな幸せなことがあるなんて知らなかった。俺こそ感謝してる……。本当にありがとう。」

「ねぇ、ダーリン。……本当の名前、何ていうの?」

「あ、あぁ。実はクフェルというんだ。カトレアにつけてもらった名だ。だからその、本当は知られたくなかったんだ……。すまない。」

「そう……。クフェルっていうのね……。カトレアさん、素敵な名前をつけるのね……。」

「いやぁ、ボクも名づけ親にはなるつもりもなかったんだけどね。ほら、ボクって『君』ってよく言うだろ? 不便もあったから一応つけたんだ。それなりに。」

「そう……。最期に知れてよかった……。でも、たぶん、ダーリンって呼んでたと思うわ……。」

「そんなこと、どうでもいいんだ! どうでも……。」

今まで黙っていたのか。まぁ、確かに、あのゴルベジアとイクセレスでさえ名前を知る者はいなかった。そりゃまぁ、師弟関係はあったがただの他人だし。どう名乗ろうが、世代交代しようが、魔王は魔王だ。

 しかし、モモはまだ三十四だぞ? 三姉妹が高等学校を卒業する様や、結婚するのか知らないが花嫁姿とか。アイちゃんの今後の姿とか、世界の行く末とか。もっともっといろんなことを見て、いろんなところに遊びに行ったり、たくさん思い出を残せるはずだろう? いやぁ、嫌だな。こういうの。このやるせない感じ。ほんと……。

でも僕は思った。戦場で負傷したまま死んだり、いきなりでかい魔族に踏みつぶされたり、そういうのがなく、自然死できるのはとても幸せなことじゃないかと。それも、愛する家族に見守られて。

「ダーリン。……、みんな、あたしのわがままだけど、少しだけでもいいの。たまにはあたしのことを思い出してくれると、嬉しいな……。」

(三姉妹)「ママ!! そんなの当たり前だよ! だってママだもん!」

「もちろんです! 天帝の務めを全うしようとも、お母様はお母様です!」

「当たり前だろ……。こんなにいい女なんて……、お前以外絶対にいる訳がねえ! ちょっとじゃねえ、たまにでもねえ! いつもお前と一緒だ……。一緒……だろ……。」

「ありがとう……。」

 モモは深く息を吸い込み、

「みんな、もっと近づいて。顔を見せて……。頭が、ぼんやりしちゃって。みんな、もう、ぼやけてきちゃって……。」

「!!」

「ママ!!」

「お母様!!」

「モモ!!」

モモは深く息を吐いた。そして、力いっぱいもう一度、深く息を吸って、ほんの少し、聞き取れるくらいしかない弱弱しい。しかし、彼女なりの最大限の大きな声でこう言った。

「ありがとう。」

 かすかに開いていた瞼が、そっと閉じた。握っていた手がするっと落ちそうになった。

(三姉妹)「ママぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「お母様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

もう、言わなくても様子はだいたいわかるだろ?

 魔王は娘たちに気づかれぬようそっとドアノブを握った。

「パパ、どこいくの?」

だがすぐにばれた。あまりの出来事に気配を消すこともできなかったんだろう。

「お前たちはママの側にいてやってくれ。」

「ボクも席を外そうか?」

「いや、いい。いてやってくれ……。」

「お父様?」

「俺は外で泣いてくる。」

 意外にも魔王は泣き暴れたりするわけでもなく、裏口でしくしく泣いていた。腕で涙をぬぐると服がびしょ濡れになるので、器用に涙を蒸発させ、これを延々と繰り返していた。

「ダーリン。」

いつも呼びかける声を思い出し魔王は泣いた。

「ダーリン?」

ちょっと心配になった声を思い出し魔王は泣いた。

「ダーリン!」

力強い声を思い出し魔王は泣いた。

「ちょっとダーリン!」

怒った声を思い出し魔王は泣いた。

「ダーリン……。」

弱弱しい声に魔王は泣いた。

 最後に家族みんなで見た最後の夕焼けのきれいな景色……。

「きれい……。」

魔王は思い出して泣いた。

城を抜け出してから始まった生活。何気ない会話、楽しそうな笑み、怒ったとき、ちょっと落ち込んだとき、自信満々なとき、三姉妹が生まれたとき、三姉妹に翻弄されたとき、突然モモに誘われたとき、アイちゃんを宿したとき、生命の誕生を三姉妹に説いたとき、アイちゃんが生まれたとき、アイちゃんをぶったとき、天帝とわからないものに困惑していたとき、カトレアと出会ったとき。魔王の知ってるモモの情景が浮かぶ。あのときの、あの表情が。ずっと、ずっと魔王の頭でぐるぐる回っているのだ。

 おつとめなぞせず、戦争根絶なぞバカげた思想に捉われず、ずっとモモと一緒にいればよかったのではないか? もっと旅行とか、家族サービスをすればよかったんじゃないか? あのとき、もっとこうすれば良かったのではないか? 後悔の念バカり押し寄せる。

 俺も、後を追いたい。追いたいけど、できない。もう魔王でもない。カトレアや魔族という仲間を除いて一人ではない。家庭を持っているのだ。魔王とも似つかない、母似の娘たちが。四人も。

「ダーリン。」

「うっ、うぅ……。うぅ…………。」

ずっと頭から離れない。モモの笑顔が。

 きぃー……。

「…………。」

「あ、あの……。」

「よぉ……、どうした?」

「きっと。お母様のファイナルデスティネーションは、ここだったのですよ……。」

「だから、なんだと言うんだ?」

「渡したちのために奔走し、家族や親しい方に看取られて、幸せな自然死を遂げられること以上に、なに他がありますか?」

「全く……、その通りだ……。」

「も、もう、夜……ですよ……。」

「……おう、すまんな、飯にすっか……。」

魔王は何時間もずっと涙を流し続けていたのだ。どうしても、あの安らかな眠りについたモモの顔を見ることができずに。「実はまだ生きてました!」なんてタチの悪いジョークをしてくれるのではないかと期待してしまうほど……。

「なぁ、アイちゃん……。」

「はい……。」

「死んだら、その先はどうなるんだろうな……。」

「えっと…………。」

「すまんな。天帝も死後のことなぞ知らんことは知ってる。まぁ、飯、……食うか。」

「…………はい。」

アイちゃんも明確な解答を示すことができず、もどかしい思いをしていた。何が全知の天帝だ……。自分が天帝であることを呪った。

 そのまま食事となった。ボクとおっさんを交えて。料理というか、ただのパンとチーズだけだった。ボクは魔王と対面にいた。いつもならがっついて食べる魔王が、パンをちょっとちぎって咀嚼していたので、

「おいおい、食べないと身体によくないぞ? 今ここに惑星が降ってきたらどうすんだよ?」

と、ちょっとおちょくって元気を出させようとしたのだが……、

「あんたがなんとかしてくれるだろ……。」

ゴッ!! さすがにボクもキレた。

 魔王の顔面に右ストレートを思いっきりかました。

「ちょっと!!」

娘だちはあわあわしていた。おっさんは動じることなく黙々と食事をしている。ボクはズケズケと魔王の席に行き、そのまま胸ぐらをつかんだ。抵抗することなく魔王はそっぽを向いた。

「おい、てめえ、こっちを見ろ! 人が話しているときは話している人の目を見ろと教えられなかったのか!?」

こういう場面は二度目かな? 普段温厚なボクが豹変したので、娘たちは「えぇ……。」という、どうすればいいかわからない顔でこちらを見ている。おっさんは動じることなく黙々と食事をしている。

「ボクの夫婦生活は以前話しただろ? ボクだってな、お前の気持ちはわかる。だがな! 

お前より八倍も生きてる私でさえ死者を蘇る術は構築すらできなかったんだぞ!! わかるか!? 千五百年も前の話だぞ!? ずっと試行錯誤してたんだ! 私より劣った、たかが四百のひよっこができるか、そんなの! できないものはできねえんだ!? このクソ野郎!!」

珍しくボクは一人称が変わってしまった。

 三姉妹は「魔王が四百歳であること」、「カトレアが魔王よりももっと長生きしていること」、「魔王とカトレアは長い付き合い」いや、一応、魔王の先生であることは聞いていたが、いろいろ初耳だった。出会って間もないが、三姉妹は、魔王がこんなにボコボコにされるのは初めて見た。

「それにもう時間がねえんだぞ!! わかってるだろ?! もう二日後に火葬され、モモの死んだ顔すら見れねえんだぞ!!」

そんなことは魔王だって知っている。だが、モモの顔を見ると、きっと、もっとつらくなる。

「火葬すると、もう二度と顔を見れなくなるんだぞ!! 後悔しても絶対に戻らないんだぞ! いつまでそんなことしてるつもりだ! 最後まで一緒についてやれよ、このクソ野郎!!」

 ボクは何回同じことを言っているんだ。そして、魔王をぶん投げた。魔王はいつもの威勢の良さは枯れ果てていた。

 君たちは火葬に居合わせたことがあるだろうか? 亡くなった者の棺桶が火葬炉に入り、扉が閉められると、点火される。この扉が閉まったときに、本当にお別れなのだと思い知らされる。この世界は火葬がほとんどである。こちらでは魔術で火葬されるのだが、無詠唱や瞬唱は禁じられている。きちんと火葬用の魔術を使用する。この魔術術式を展開し、一定時間経つと発動される。この一定時間内に最後のお別れの挨拶をするのだ。そして、こちらの世界では死後三日以内に火葬を行い、お墓を作り、死者を弔うのが習わしだ。

 何時間も泣いていた自分はバカだったと悟った魔王は、モモの部屋へと入った。

「え……。」

死化粧がモモに施されていたのだ。死後硬直による身体劣化はあるものの、きれいだった。

「お前がやったのか?」

「いや、ボクじゃないよ。おっさんだよ。」

先代の剣聖が死化粧を施したのには魔王も驚いた。

「あの……、ありがとうございます。」

魔王は深々とお礼をした。

「なに、慣れている。」

嘘をつくのがへただな、このおっさん。思いっきり涙流しているじゃないか。そりゃそうだ。まだ幼少のモモを育て、モモという愛弟子ができ、その後、へき地へと赴いたと思ったら、また愛弟子と再会した。今度はモモの娘たちにも稽古をつけるようになった。彼にとっては娘同然の存在だろう。

「じゃあ、ボクたちはこれでおいとまするよ。なんかあったら呼んでくれ。」

ボクとおっさんは出て行った。

 ひと段落したところで、魔王は椅子に座った。モに何か語りかけている。その痛々しい姿に、娘たちは付け入る暇もなさそうだった。ずっと部屋のドア越しからモモと魔王を見ている。

「君たちも混ざらないと。なんでもいいんだよ。あのとき花瓶を壊してごめんなさい、とか。ママの算術はどうしたらできるの? とか。ベッドの下にあったすごい絵本を読んでごめんなさい、とか。きっとモモちゃんも聞いているから。ね? 側に行ってやりなよ。」

ボクは彼女たちの背中を押した。

(娘たち)「ありがとう、カトレアさん。」

 その後、そっと様子を見にきた。ドアの隙間を除いたら、なにやら楽しそうだった。まるで、モモが生きているかのように。ボクは…………、ボクも、またこんな気持ちになるなんて思わなかった。出会ってそんなに長い付き合いじゃなかったけど、あんなに魅力的な人はそうそういなかった。もう二度目だ。反魂の術とか、死者蘇生の秘術とか、そういう類のものを使えないかと、そう思いながらその場を去った。

 家事以外は、ずっとみなモモの部屋にいた。食事もモモの部屋でやった。三姉妹は、スープを汲み、三方向からスプーンをモモの口にかざしていた。おままごとといっては失礼だろうが、本当にモモが食べてくれているのを信じているかのように、パンやスープをモモの口にかざした。

 こちらにはお通夜というしきたりはない。基本的には親族間で行われる。無論、死亡通知を行う場合もある。ただし、よほどの縁があった者ではない限り、そういうのは出さない。

 ゴルベジアとイクセレスはシノビからの知らせを受け赴いた。現魔王という立場上の理由もあるが、かつてモモと対峙したことがあるのだ。もちろん、モモの強さには敵わなかったが……。彼らもまた、それなりの思い入れがあるらしく、頭部まで覆った甲冑の外からでも、涙が見えた。

「先代、今回はこのようn……。」

「やめろ。言うな。」

弔辞の挨拶を言おうとするゴルベジアにイクセレスが止めた。これ以上蒸し返すのはよろしくないと判断したからだ。

「よぉ、お前ら。わざわざすまんな……。」

(二人)「とんでもないことでございます。では我々はこれで……。」

そっと一礼をし、その場から去っていった。

そして三日目。おっさんはわざわざすべての手続きを済ませていた。

基本的には火葬場まで棺を運ぶ。遠い場所だと、馬車などで近くの場所まで棺を運ぶ。棺を担ぐ者は前後計四人、その棺の前後に鈴杖を持った僧侶がそれぞれ四人ずつ並ぶ。四歩歩くたびに鈴を鳴らす。これは、死(四)者がこれから天に召されますので、どうぞ死者をお迎えください。という合図とされている。参列者は後方の僧侶の後を追う形になる。

モモの家から火葬場まではさほど遠くはなかったため、そのまま火葬場まで搬送された。

一、二、三、四、シャン……。一、二、三、四、シャン……。鈴の音が鳴り響く……。

 火葬場に近づくにつれ感情がこみあげてくる。

火葬場までやってきた。深く掘られた穴に、モモの眠る棺がゆっくり下ろされる。そして、棺は最深部まで達した。

ついに火葬が始まる。僧侶は別れの弔辞を述べだした。無論、僧侶には守秘義務が課せられている。もっとも、ばらしたら魔王がタダじゃおかないだろうが……。

「神の御剣、無段、剣聖、モモよ。そなたは、その名にふさわしい偉業を成し遂げられた。そなたには、これまで、愛し、慈しみ、育んだ、夫、娘、師匠、その他たくさんの者がいる。そなたは天界へ旅たち、我らを導きたまえ……。」

(一同)「導きたまえ……。」

いよいよ火葬魔術の術式展開が始まった。三姉妹は大きく目を開けながらわんわん泣いている。アイちゃんはわんわん泣かないものの、大粒の涙が止まらない。もちろん魔王も泣いていた。ただ、魔王はモモと交わした約束があった。世界平和である。

「(モモ、絶対に、叶えてみせるからな……。)」

 火葬後、遺骨は骨壺に納められる。モモの場合、亀壺ではなく、クッキーの缶のような四角い形状で、頑丈な骨壺だ。その骨壺はモモの部屋のベッドの下に納められた。うっかり割らないためだ。そして、定期的にモモの部屋の掃除は行われた。いつ帰ってきても良いように……。

「なんかあったら、言えよ。」

魔王はモモにそう言って、語りかけていた。

(三姉妹)「ママ、たまには帰ってきてね。」

「どうかお元気で。待っています。」

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