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シャムに残された時間

 マリオネットは時間をかけて人と行動をすることでどんどん学んでいく。それは新型人形よりずっと遅いペースだったから誰も気づかなかった。気づく前にそもそも共に過ごしたりしない。完成したら出荷をして戦地に送られ壊れるまで使われ続けた。

 人と寄り添うことができると気づいた人がいたらマリオネットを戦地へ送り続けることもなかったかもしれない。そうなっていたら戦争は早く終わっていたかもしれないし、新たな人形たちも生まれなかった。子供がいない親はマリオネットを我が子として可愛がり、人と人形の絆が……。


「……やめた」


 そこまで考えてシャムは思考を止める。どんなにああなっていたかもしれない、こうなっていればと考えたところで実際はそうはならなかった。妄想するのは自由だが、それを現実と比較して希望を押し付けたり勝手に絶望したり。無駄なことが多すぎる。手を放すとシャムは歩き始めた。


「行くよ。今日の野営するところを探そう」


 辺りに揺れる木漏れ日を踏み締めながらシャムとマリーは歩いていく。

しばらく歩いていると木漏れ日が消え、辺りが薄暗くなってくる。肌寒い風が吹き木の間から空の様子を見たシャムはポツリとつぶやいた。


「雷雨が来る。雨はしのげるけど雷は厄介だな」


 そう簡単に雷に打たれるとは思わないがこの辺りは雨が強く落雷が多い。雷が落ちた木が燃え時折森林火災もおきていた。


「動き回るのはやめてこの辺でもう今日は休もう。マリー、今まで大雨がなかったから知らないだろうけどお前は雨に当たっちゃだめだ」


 シャムは自分が着ていた日よけも兼ねた長い布を脱ぐとマリーにかけた。


「多少の雨は問題ないけど大雨だとお前の体は水を吸収する。この季節は雨のあとに急激に暑くなるんだ。水分が一気に蒸発して割れてしまう。雨の時は極力雨宿りをして体が濡れないようにするんだよ」


 シャムは大きな木に目星をつけてそこで雨宿りをする。雷のことを考えればあまり木の傍にいない方がいいかもしれないが確率の問題なのでその時はその時だと割り切っていた。

 やがてポツポツと降りはじめ大きな音を立てて一気に雨が降った。それはマリーが旅をしてきた中で一番強い雨だ。鬱蒼と生い茂る木の枝や葉がシャム達を雨から守る。あたりには雷の音が鳴り雨の音も相まって、普段聞かないような轟音だけが強く響き続けた。

 しばらくするとあっという間に雨が弱まってきた。どうやら通り雨だったようだ。雲の様子を確認するためにシャムは草をかき分けて空がよく見える場所まで歩いた。そして目の前の光景に足を止める。


「虹だ」


 シャムの言葉にマリーもシャムの横に立って空を見上げた。そこには空を覆い尽くさんばかりの巨大な虹が一筆書きしたかのようにアーチ型に伸びている。しかも一つではない。


「二重の虹は見たことがあったけど三つの虹は初めて見るな」


 空には三重の虹が広がっていた。一番内側の虹ははっきりと濃く、二つ目の虹は少し薄いがこれもはっきりと見ることができる。そして三つ目の虹は空とほぼ同化していて人によっては見逃してしまうくらい薄かった。マリーのガラスの目に三重の虹が映り込む。


 まだ空には雲が広がっているが風の向きからするともうこちらには雨雲は来ないようだ。いつ天気が急変するか分からないので今日はこのまま先程の場所で野営をすることにした。


「三重の虹は多分もう二度と見られないよ。貴重なものが見られて良かった」


 良かったと語っている割にシャムの顔は嬉しそうではない。シャムは無言のまま先程の場所に戻った。



 夜になり辺りは真っ暗となる。マリーと出会ったばかりの時のような、そこまで暗闇ではない。日が落ちるのがだんだん遅くなり夜も比較的明るいなと感じるようになってきた。

 最近シャムは焚き火の始末をマリー任せている。はじめの頃は燃え移ったら大変だから近寄らないように言っていたが今では火をしっかり消すところまで全てマリーがやっている。

 シャムはじっと自分の左手を見つめていた。時折指を動かし拳を作ったり手を広げたりしている。それをマリーはじっと見つめていた。


「少しずつね、動きが悪くなってきてる」


シャムは静かに語る。


「僕の計算では多分もって冬までなんだ」


意味がわからなかったのかマリーはシャムの顔じっと見つめた。


「マリーが気づいていたのかどうかは知らないけど。僕は明らかに普通の人間じゃなかっただろ。一度も眠らないし食べ物を食べたことがない。人間の住んでいるところをあえて避けて旅をしている」


 語りながら長袖のシャツを少し捲った。マリーの前で服を脱いだことはない。長い布をマリーに貸したのも初めてで、そもそも布を取ったことがなかった。

 捲ったシャツの下から現れたのは複雑な継ぎ目のあるあちこちヒビの入った腕。継ぎ目があるなど、それは人間の手ではない。


「人間とほぼ同じ見た目をして人間と同じように動く。戦争によって技術が上がったことで生み出された最後の人形シリーズ、マネキンだよ」


 マネキンの誕生は戦況とともに人々の生活を大きく変えた。敵の中にいつの間にか潜り込み信頼関係を築いたところで罠にはめ部隊を壊滅させる。圧倒的な戦闘能力を誇り熟練の兵士でも歯が立たないほどの実力を持っていたマネキン人形。一時的には敵の戦力を奪うには有効となった。しかし大きな問題も起きた。


「敵がそれだけ混乱したのだから作り出した側も混乱するに決まってる。自分を利用しようとしてるんじゃないか、こいつは人間じゃないんじゃないかと疑って経済だけじゃなく社会まで崩壊した」


 あまりにも精巧に作られすぎた。すばらしいと考えるのは人形師だけとなり多くの者は人にそっくりな偽物の存在を受け入れなくなってきていた。長引く戦争に人々の心が疲弊していたことも影響していた。

 最初に精巧なマネキンを作り出し称賛されたライカは断罪され、投獄された先で自ら命を絶ったという。


「マリオネットは人間の命令がないと動かない。だから放っておけばいずれは朽ちる。だけどマネキンは違う。僕らは自分たちで自分の体を直すし、人間の言うことを聞かないこともある。だから放っておくことができなかった」


 シャムは焚き火を見つめていた。その瞳にはパチパチと燃えて揺れる炎が映っている。そこには何の感情も表情も見られない。


「マネキンたちには内密にある対策が取れた。絶対に自分で体を直せないよう作り替えられたんだ。手足全ての関節を寸分の狂いなく同時に、歯車を動かさなければいけないという絶対に自分では直せない、放っておけばいずれ壊れる仕組みを」


 マネキンがお互いを修復しないよう個別の任務が与えられ集団行動をしないよう管理された。マネキン一体作るのには時間がかかり構造も複雑だ。数は制限され、戦争に行くと見せかけて捕獲されたものも多かった。


「国が荒れたのも戦争に負けたのもすべてマネキンのせいにされてね。捕獲されたマネキンはすべて破壊されたあと焼却処分されたよ」


 その言葉にマリーは焚き火に土をかけた。それを見ていたシャムは小さく笑う。


「別に平気だよ、今までだって何十回と焚き火してきたじゃないか。マリーに任せたのは火が怖いからじゃない、腕がうまく動かせなくなってきたからだ」


 聞こえているのかいないのか、マリーは山盛りになる程の土をかけて完全に火を消した。シャムは捲っていた袖を元に戻す。


「僕は察しが良かったおかげで難を逃れた。他のマネキン達にも伝えたけど、人間が自分たちを粗末にするはずがないって誰も信じなかった。人形のくせに矜持だけは高かったからね、本当に愚かだ」


 シャムは仰向けに寝転んだ。ここは木が生い茂っているので空を見ることができず、虫の鳴き声が響くだけだ。マネキンは念入りに焼かれ、残っているマネキンはおそらくシャム一人。


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