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第22話 崩れゆく安寧

 先日の賑わいとは打って変わって、最奥の広間は重たい空気に包まれている。大テーブルの地図を囲み、厳しい顔で議論を重ねる真っ最中であった。


「フアングよ。ここ以外に拠点となり得る場所は知っているのか」


「あまり多くないです。500人近い数を食わせるとなると、どこでもという訳にはいかないので」


「理想的な住処は?」


「人族が居ないのが最低条件。他には水源と、深い森も欲しい所ですね」


 フアングが地図にバツ印を書き込んでいく。王都周辺はもちろんの事、街や農村地帯、そして防衛拠点の砦。すると残されたエリアはかなり狭い。めぼしい場所と言えば、オレルーワ山脈周辺くらいのもので、それは現在位置とほぼ変わりがなかった。


「つまりは近場を渡り歩く形になるか。それでは追手に見つかるのも時間の問題では?」


「そうかもしれません。ですが、仲間を飢え死にさせるくらいなら、ニンゲンどもと決戦すべきだと思います」


「せめて不可侵条約でも結べれば……いや、姫君がこちらの手にある以上、交渉は難航するか」


 リスケルはぼんやりと聞き流しつつ、ミッドグレイス王を思い出した。たとえフィーネが関係していなくても、あの男が魔族との対話に応じるとは考えにくい。やたらと金や見栄に執着が強く、世間体を酷く気にする性質だ。


 そんな王が魔族と手を結ぶのか。天地がひっくり返らない限りは有り得ない。期待するのは代替わりだが、まだ老齢には遠く、彼の統治もしばらく続くだろう。


 会議は一進一退。優先すべきは安全か、それとも豊かな環境か。その折り合いがつく事はなく、長い長い議論を繰り返し、空気は一層重苦しいものとなっていく。


「みなさぁん。お茶をいれましたので、気分直しにどうぞーー」


 エマの気遣いは絶妙なタイミングだった。参加者は眉間を揉むだとか、肩を回すなりをして、温かな紅茶を手にしていく。誰もが口を渇かしていたので、とりあえずは一口。何の警戒もなく含ませた。


「ゴフッ。何だこれ!?」


 リスケルはすぐに横を向き、紅茶を吐いた。舌先には熱気とは違う、強烈な刺激がある。


「普通のお茶じゃ面白くないんで、ちょびーっとだけ辛くしておきました」


「あなた……またやったわね?」


「怒らないでくださいよ姫様ぁ。こんなに美味しいじゃないですか」


「ともかく、いれ直してちょうだい。私だけじゃなく皆さんのを全部よ」


 英断を下したフィーネだが、それは少しばかり遅かった。フアングやネイルオス、そしてセシルまでもが悶絶してうずくまってしまう。


「口が、口ん中がいてぇーー!」


「何ですの、この理不尽な仕打ち」


「ムゥ……、痛覚無効の特質さえあれば」


 大不評の暴風が吹き荒れる中、ギーガンだけは心を穏やかにした。


「美味しいかも。割と好き」


 一枚絵に残したくなるほど優雅なギーガンはさておき、水休憩を挟み、議論は再開された。


「このエリアはどうだ。山岳地帯で森も近くにある」


「そこは厳しいですね。ロトガナ村のテリトリーらしく、以前はち合わせた事があります」


「ではこの辺はどうですの。人族の施設からは遠いですのよ」


「そこもダメだ。天候次第じゃ聖なる雪が降る。安心して使用できるのは夏場くらいじゃないか」


「お茶をいれ直しましたぁーー」


「結局はだ、良い所取りなど出来んという事だ。何かを諦めねば次の道は見えぬ」


「戦闘になっても、食い物に困っても、死んでいくのは弱い者からです。オレは大事な仲間たちを見捨てるような真似は……ゲウン」


「どうしたのだフアング……ゴフッ」


 加熱する議論の最中、1人、また1人と脱落していく。原因は考えるまでもなかった。


「おいエマ。今度は何をしたんだ?」


「最初の紅茶を捨てるのが勿体なかったんで、ハチミツをドバッと追加したんです」


「いやもうホント、普通にやってくれよ……」


 このザマなので、首脳陣はなかなか方針を固める事が出来なかった。案を出し、意見をぶつけあい、果てには昏倒する。そんな足踏みを続けること数日。彼らは連日にわたって空費した時間を、激しく後悔する事になる。


「うん、何だコレ?」


 今日も今日とて会議なのであるが、リスケルの元に見慣れない何かがやってきた。頭上をひとしきりフワリと舞ったそれは、綿毛の形をしており、害意らしいものは感じられない。


 リスケルはふと掌を差し出してみた。すると、その綿毛は淡く発光しながら、その上に収まった。


「どっかで見たことあんな。ええと……」


「リスケルよ。それはもしや、光の精霊では?」


「光の精霊?」


 手の上の綿毛は、肯定したいかのように毛を伸ばし、柔らかな声を発した。


「にゅっにゅ」


「そっか、お前は精霊なんだなぁ」


「にゅっにゅ」


「ははっ。何言ってんのか分かんねぇ。でも可愛いじゃん」


 その時だ。リスケルの脳裏に過去の記憶が蘇った。優しげな声と微笑み、杖を片手に持つ小柄な女性。そこまで思い浮かべた瞬間、彼は叫んでいた。


「やばい、エミリアに見つかったぞ!」


「何だって!?」


「もしかすると国王に告げ口するかもしんねぇ、急いでここから離れるんだ!」


「待て待て、説得しろよ、テメェの仲間なんだろうがよ」


 フアングがもっともらしい意見を言う。しかしリスケルの顔色は悪い。


 邪神をはじめ魔族と肩を並べる所を知られたらどうか、裏切り者として断罪されるかもしれない。そして、折れた聖剣オレルヤンの事までも知られたらと思うと、リスケルは全身を震え上がらせた。ラスマーオはともかく、エミリアの信教心は相当にあつい。どれほどの憎悪を向けられてしまうか計り知れない。最悪の場合、仲間との決戦すら有り得そうだ。


 そうでなくとも、エミリアは国王には事細かに報せるはずだ。なにせ誘拐された王女が匿われているのだから。彼女が黙っている理由などないし、そもそも依頼されている可能性もある。そこまで考えたリスケルは、やはり危急の件だと促した。


「一刻も早く逃げるべきだ。皆にも早く知らせろ、国軍が来るぞ!」


「クソッ。あと1日くらいは欲しかったぜ」


 周囲はとたんに目まぐるしく動き出した。荷物をまとめる者、騒ぎに混乱する者とでひしめきあい、洞窟内は狂乱一色に染まってしまう。冷静さを失った人々を鎮める為に、ネイルオス達も奔走した。セシルやギーガンでさえも荷造りを手伝い、額から汗を垂らす。


 あまりにも予定外の移民騒動だが、半日程度で出立できた事は幸いである。


「よし、じゃあオレの後に続け!」


 フアングを先頭にした魔人軍が日暮れ前の森を進んでいく。フィーネやエマを含む非戦闘民は集団の中央に、ネイルオスとリスケルが率いる魔人軍の半数を最後尾に配する。これが移民軍の全容だった。


「敵が来たらオレ達で足止めしなきゃ」


「待てリスケル。貴様はその姿で戦う気か?」


「あっ、そうか……確かに目立ちすぎるよな」


「貴様が表立って戦うのはマズイ。お尋ね者になってしまえば、人族との交渉ができなくなる」


「だからって見過ごせる訳ないだろ。相手は殺す気で攻めて来るんだぞ」


「ならば工夫だ。こうすれば良い」


 ネイルオスは地面の土塊を高く跳ね上げた。かつて自分が人族に扮したように、リスケルにも擬態の魔法を施したのだ。


「う、うむ。これで貴様だと気付く者はおるまい」


「おいネイルオス。お前失敗したろ」


「すまぬ、先を急ぐ必要があるのでな。やり直しは折を改めさせてくれ」


 そそくさと皆の後を追うネイルオス。リスケルも遅れを取り戻そうとするのだが、コケた。ゆっくりと立ち上がり、駆けようとして、またコケた。別にフザけているのではない、大真面目だ。


 リスケルの体は魔法によって、円柱に手足が生えたような形となっている。もちろん動き回るのに不適な体つきは、とにかく動きにくく、走り回る事すら難しい。


「待てよオイ! せめて魔法を解いてから行けよぉーー!」


 切実な悲鳴は、暮れゆく森を響かせるばかり。仕方なくリスケルは身体を左右にヒョコヒョコと揺すりつつ、可及的速やかに追いかけた。


 その追跡は、後方から騎馬隊が迫るまで続く事になる。



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