つまりは休日
取調べから解放されたセラはリカの車で自宅へと送られていく。帰り道でリカは何度か部下とやり取りをすると次第に上機嫌になっていく。
「姉さん何が起きたの」
二人きりの状況で率直な疑問をぶつける。
「ここ最近の事件がアレで一本に繋がったところさ」
「ふーん」
「まだこれからだが、面倒なものが一網打尽に出来る」
「それで?」
「休みがとれる!」
「あぁ…うん。そこなのね」
社会人は大変だなー、やっぱりスカウトされない方が良いのか、と窓の外の空を見ながら考えていると車は自宅前に到着する。これでバタバタした時間も終わり、普通の暮らしに戻るかと感じると今までの疲れが肩から背中にすがりつくようだった。
停止した車から降り、去りゆくリカを手を振りながら車が見えなくなるまで見送るセラ。座っている事が多かったために肩や腰、首を回してやるとコキコキと小気味よい音が鳴った。
「ただいまー」
玄関のドアを開けて入る。いつもより長い時間履いた、少し汚れた靴を脱ぎリビングへ。普段使っている靴が無いことからルナは居ないと推測し冷蔵庫に一直線。作り置きは無く、食材もほぼ残っていなかった。踵を返したところで、ソファに寝転がる母ーーセレネが視界に入る。近付いて顔を覗くと、涙がメイクを少し崩していた。寂しがりすぎだろ。
(今週もルナにやられたのか)
妹と母のやり取りを想像しつつ、頬を指先でぷにぷにしてやる。曲がり角をドリフトで駆け抜けていったお肌は、手入れでなんとか潤いと張りを保っているようだった。そう遠くない先に自分もそうなるのか、と思う。さすがは親子か、起きる様はそっくりで、上体を起こすと寝惚け眼で左右を見る。そして。
「セラちゃーんっ」
「その手は食らうかっ」
某三世ではないが勢いよく抱きつこうとしたセレネの腕は<再開/ロード>を駆使して後方へ移動したセラに対し、空を切る。避けられてしまい床に突っ伏す格好になってしまうセレネ。こっちの娘も酷かった。ママ淋しい。二度目。
「ところでルナは?」
めげずに抱きつこうとするセレネの肩を、両腕を突っ張り棒のようにし、両手でおさえながらセラは問う。電話をかけてもいいのだが、この状況ではとりあえず聞くのが手っ取り早く感じた。
「ママはルナちゃんに捨てられちゃって~」
「あー、はい。出かけたのね」
取っ組み合いに体格差で負け、抱きつかれてしまい撫で回されるセラ。いつもこうだった。始めは避けるのだが、次やられるときは受けてしまう、母もわかってやっているーー予定調和というかじゃれ合いというか。
そして思うのは、妹からも母からも押し当てられる胸に何故自分には備わってないのかと、同時に溜息が出る。遺伝的に大丈夫なはず、遺伝的にね。妹に先越されてしまったが……
「ところでさ」
「なぁに、セラちゃん?お小遣い?五千円?」
「違ぇよ。生々しいわ」
セラは自身を抱いたまま御満悦なセレネに、ダメだこの親はやくなんとかしないと、と脱力する。
「母さんとこの研究何してるの?」
「ひ・み・つ」
「んじゃここまで」
「待って、セラちゃんっ!まだいちゃいちゃしたいのっ!」
抱く腕に力が入り手離したくないアピールをするセレネ。離せ、話せ、放せ、とセラはじたばたする。
「能力の遠隔と維持ができる施設よ」
仕事の秘密は娘との時間にあっさり負けてしまったようだ。それを言い放つと更にセラに擦り寄るセレネ。すーはーくんかくんかと匂いを嗅ぐ様に、うわぁ、まだ風呂済ませてないのに、と藻掻くセラ。気にするのそこかよ。本心では嫌がってない所が優しさか。どちらにせよ変態がいる事に違いはない。
「遠隔と維持、ねぇ…」
何か引っかかる単語を繰り返し、これ以上の詮索は止めておこう、と思うセラだった。
■ ■ ■
ルナとカレン、アオイは大阪市の大阪駅周辺、梅田街へとやってきていた。新大阪市の隣りに位置しアクセスが良く、デパートなど商業施設が立ち並ぶ様は昔から変わりない。そういやちょっと大阪行ってくる、なんて言わないな。東京行ってくる、というとなんかビッグな感じがするって言ったのは間違っているラブコメか。
天気は穏やかで、街並みは人が犇めき賑やかだ。ルナ達のような学生らしき若者から仕事で忙しなく行き交うサラリーマンなど多種多様の光景をみせている。
「しかしまぁ、肩身狭いわねぇ」
立ち寄った喫茶店でエスプレッソを飲みながらカレンが言う。事の発端は駅から出たところにある広場での街頭演説。よくある人権団体が能力主義反対を掲げているものだった。新大阪市では土地柄として能力者が容認されているが、他へ出てしまえば能力の有無での軋みは少なからずある。
「選挙がある訳でもないのに、目立ちますね」
ルナが続ける。カフェオレを手に取ると口へ運び、ふぅ、と一息つく。店の奥にあるテレビが後押しするかのように政治的なニュースを映していた。
「ねぇ、アオイ」
「どしたの?」
急に話を振られたアオイは、何気なく見ていたスマホから視線を外しカレンを見る。
「喋っておかないと存在薄くなるわよ?」
「カレンちゃん…」
唐突に弄られて、ちょっと気にしてたけど、と困った顔になるアオイ。キャラの立ち位置はまだ定まってない。
「ここは平然とリカ姐さんの警部補が警視に変えられたりしますから」
「アオイも主張しないとキャラ変わるかもしれないわね」
「変わったら出番増えるかな?」
二部分と八部分で設定変わってましたごめんなさい。ネットは修正できるから便利だねっ。
「なんだかんだでさ」
カレンが残り少なくなったエスプレッソのカップを揺らし、波打つ様子を見ながら呟く。
「タイトル詐欺なのよね。そこまでネタもないし」
「カレンちゃん直球っ」
「姉さんが最強なのは怪しいですね」
「最後にはルナちゃんが最強だったりして」
「それはそれで微妙だわ」
最初の真面目そうな話題は消え、ただの雑談となっていた。このままでは深みのある面白い物語は無理そうだ。
「<火球/ファイアーボール>で最強目指しますか?」
「それは人気の魔術師よ…確かにその作品面白いけど」
ルナのギリギリアウトかもしれない発言にカレンが冷ややかな視線を向ける。さて、次はどうしようか、という頃合にルナのスマホがぶるるっと震える。あら、メール、と開くと。
「やっと姉さん帰ったみたいです」
「んじゃ、私達も帰る?」
そうですね、と頷き荷物を持つルナに続く二人だった。
■ ■ ■
「姉さん……」
「早速で悪いけど、助けて」
食事と風呂を済ませ着替えたセラは、リビングで再びセレネに捕まっていた。セラが先述のとおり力でセレネに勝てる訳もなく、かといって能力で無理矢理逃げるほど邪険にするものでもなく、迷った挙句の状況だった。
「セラ……元気そうね」
「セラちゃんいつも通りだね」
友人は遠巻きに確認するとダイニングテーブルの方へ陣取り、今日の買い物の紙袋を空いている椅子へと置く。
「姉さんは母さんに甘いですよね」
「え、そうかな」
そうですよ、と言いながらルナはセラをセレネから引き剥がす。やっと助かった、と息を整えるセラ。一方でセレネは幸せそうだった。娘成分補給完了という具合に、想像と妄想の夢の世界へ旅立っているようだ。
「ところで姉さん今回は?」
「あー、まだなんとも言えない。詳しくは連絡くるんじゃないかな」
セラの言葉に相槌を打ちつつ、今日買ってきた小物を取り出す三人。リップやファンデからヘアピンまで、乙女のアイテムがテーブルへ広げられる。それを見たセラが羨ましいとばかりに言い寄る。
「いいよね、メイク出来る人は」
「セラもやったらいいのに」
「私がやっても背伸びにしかならねぇよ」
ぴとっ、とカレンがセラの口元に淡いピンクのリップを当て色を見る。それを覗き込むルナとアオイ。そして三人は、笑う。
「あぁ、うん、確かに背伸びだわ」
「おいこら」
「ふふ…姉……さん…ふふ」
「いや、笑いすぎだろ妹よ」
「セラちゃん…」
「アオイもかよっ」
女三人で姦しいと聞くが、四人や五人いたらどうなんだろう。やっぱり姦しいのだろうか。どうでもいいか。
「まったく、色気のある人はいいよねぇ」
「だから胸はダメですっ」
言いながらセラはルナのあちこちを触りだす。プロローグ以来だな、これ。最後には椅子の後ろに立ち、肩に顎を乗せ、抱くように腕を前にまわして止まる。
「しかし浮いた話無いねぇ」
「ルナちゃん男子には人気だけど」
「だけど?」
「シスコンでもれなく姉が付いてくるって噂に」
「私は付属品で邪魔者扱いか」
「響先輩相手にしたらよかったじゃない?この前の」
「能力バレたら怖いのよ。そういうカレンこそ」
「私は女子ばかり寄ってくるのよ…何故かね……」
「お姉様になったか」
「カレン様がみてる?」
「狙いすぎでしょ……」
皆、遠い目をしながら天井を見上げる。十七歳の少女達に春はまだ来なさそうだ。設定のせいか。
「来年は受験だしなぁ。それどころじゃないよね」
「姉さんはどこを?」
「まだ決められないかな」
あちらこちらに話が飛び、気付けば日が落ちる時間となっていた。会話が弾むと時間が経つのは早い。お暇しようか、というカレンにアオイが続き、その場はお開きとなった。
■ ■ ■
日付は変わって週末は日曜日。まだ眠いなー、と寝癖もそのままにリビングへ向かうセラ。ドアを開けるとキッチンにはセレネが居た。ベーコンエッグにトースト、コーヒーがテーブルへ準備されている。
「あれ、ルナは?」
「まだ寝てるみたいよ~」
私より遅いのは珍しい、と思いつつ席に着くセラ。起こすか、とスマホを探したところで鈍かった頭が少し起きた。寝巻き姿のままで何も準備しておらず、部屋に忘れていることに気づいた。
「物理的に起こしてくる」
「セラちゃん言い方~」
座った席から立ち、目を指で掻き、ふわぁ、と欠伸をひとつ。そして二階に戻りルナの部屋へ。コンコンとドアを叩いてから開く。当のルナは既に起きていて鏡の前で昨日買ったコスメを試しているところだった。
「どしたの、今日予定あった?」
「あ、姉さんおはよう」
手は止めず鏡越しに視線を送るルナ。そんな大層なことはないけど、と。
「買ったから使いたくなっちゃって」
「なるほどね」
自分にはまだ縁遠いものだな、と改めて認識しながらルナの横へと移動する。
「姉さんは何もなしでいけるのがいいですよね」
「まだ外見子供だし。ニキビもないし」
「ニキビを吹出物っていつから言うのでしょうね」
「知らねぇよ……社会人からじゃないの」
横に来たセラを引き寄せ髪を櫛でとかし整髪料とドライヤーで整えていくルナ。されるがままのセラはあっという間にお出かけスタイルになっていく。
「人形みたいですね」
「玩具かよ」
ふふ、と笑うルナに、ありがと、と告げるセラ。これから冷めてしまっているであろう朝食を摂りにリビングへ向かうのだった。
朝食を終え普段着に身を包んだ姉妹はリビングのソファでテレビを聞き流しつつ、携帯ゲーム機で遊びくつろいでいる。爆弾仕掛けたとか尻尾切断したとか、出てくる言葉は物騒なものだった。ゲームの戦闘を終え、キリのついたところでセラは冷蔵庫に飲み物を取りに行く。
「平和な日常って心配になるなぁ」
「姉さんが巻き込まれすぎなんですよ」
「どこぞの少年探偵ほどじゃないわ」
「ここ数日は多いと思いますよ」
言われてみると作中はそんなに経ってないんだな。世の中には何年もかけて一晩の麻雀もあるし、何十年も年取らない家族の国民的アニメもあるか。ちょっと安心。何がだ。
「ていうかさ、きちんと完結して終わるのコレ」
「姉さん気が早いですよ。恐らく無理ですから」
「その返し地味に酷いな……」
戸棚からコップを出し冷蔵庫からは麦茶を出して注ぐ。大丈夫、ネタが浮かぶ限り続くはず。多分ね。
ソファに戻り、麦茶のついでに持ってきたわらび餅で小腹を満たす。
「そういえば」
「ん?」
ルナが思い出しながら口にする。
「襲われた時、私が姉さんに思われてましたよ」
「見かけはそうよね…」
「気にするのはそこじゃなくて、妹が惜しければ云々と」
「へぇ」
ルナの記憶を元にあの状況を整理していくセラ。
「つまりは人質にしてから狙おうとしてたか」
「そう思います」
「そんな小細工しそうな相手じゃなかったけどな……」
考えながら後の方は小声になっていた。んー、と思考を巡らせては唸る。この前の個人戦も観られてたようだし、生徒が襲われている件もはっきりしていない。思い当たる節は多々ある。
「リカ姉さんから連絡待つしかないか」
「用心しないと、ですね」
どうにかなるでしょ、とゲームに勤しむ姉妹。その夜、宿題に悲鳴をあげる姉がいたとかなんとか。