出会いは突然に
「くっころー♪」
「姉さん、いきなりネタ入れられても困ります…」
授業が終わり昼休みとなったところ、大能校の食堂で上機嫌なセラ。そしてツッコミを忘れないルナ。
「相変わらずよねぇ」
「ですよねー」
二人に続くカレンとアオイ。セラが抱えるトレイには大盛りのカツカレーが乗っていた。新大谷の三千五百円ではないが。違うか…。
「姉さん食べる量と体型が合わないから…」
「燃費悪いから仕方ないね♪」
毎回の如く呆れる三人に、食事に関しては目がないセラ。いつか小学生体型を克服できると信じて。
「ちょっと、それは酷すぎない?」
「あ、そこは突っ込むんだ」
ひょこっと横に並ぶアオイが今回はセラへツッコミを入れる。それぞれが昼食を選び、食堂の窓側にある、四人には少し狭い丸テーブルへと移動した。
「「「い「いただきまーす」」」」 …誰かフライングしたな。
思い思いにパクパクと口へ運ぶ。今日の話題は午前中の授業だ。
「いや~今日のは姉妹喧嘩に見蕩れちゃうねぇ」
と、ニヤニヤしながらカレンが言い放つ。横ではアオイもつられて表情を崩す。
「クジ運が悪かったわ…」
少し遠い目をしてセラが返す。確かに、との思いでカレンが頷く。
「本当に姉さん相手は戦いにくいですから」
「だよねー」
ルナの言葉にカレンとアオイが深く頷く。
「そっち?!なんで私悪者っぽいの?」
「それはまぁ、Fランク詐欺?みたいな?」
矛先が向いたセラに被せるカレン。更に付け足していく。
「無属性特化であれだけ動かれたらね。正直捕まえにくいのよね」
「むー…」
模範解答ありがとうございます、な感じでアオイが何度も頷く。
「後は的が小さいし?」
「よし、次の相手はカレンでって先生に言っとく」
「あぁー、それはホントにゴメンナサイ。てへぺろ」
「それ絶対反省してないし前フリだよねっ?」
「冗談、ジョーダン。戦いたくないのはホントだって」
セラとカレンの茶化し合いも終わりに、カレンは一呼吸入れて締めくくる。
「だってセラ、授業では<身体強化/インクルード>ひとつしか使ってないじゃない?」
幼馴染は気付いているようだ。それもそうか、とセラは一人納得すると、まぁ、いいか、と少し声を落として告げる。
窓に顔を向け、辺りの空気に霧散していくように…ボソリと。
「使いたくても使えないのよ」
■ ■ ■
つい先程の授業は外部の人に観られていた。目的までは分からないが、明らかに能力者。"彼等"は壁を隔てた外から観察していた。
気付いたのは対戦相手が決まった十分後だった。恐らくは透視系の能力だろう。この大能校の敷地内で堂々と、つまりは関係者と考えるのが妥当な線。
色々な能力者が育てられている大能校においては、授業とはいえ個人情報かつ機密情報の塊でもある。簡単に収集させる訳にはいかない。
私は…出来るだけ目立たなくなるように動きたかったけど、この結果が後から歯車を狂わせていくのは…予想外だった。
■ ■ ■
「姉さん、あの人達」
ルナがこっそり指さしたのは食堂入口。ん?、と視線を送ると高等部三年生のトップ三人組がいた。なかなか見ない組合わせに、気付いた周りの生徒達がざわつき始める。
大能校生徒であれば各部のトップ五人は有名人扱い、知らない者はいないレベルだ。
高等部一位、全属性の広上ユーキ。二位、闇特化の響トーヤ。三位、無以外六属性の更科レイア。言わずと知れたSランクだ。
三人組は近くの生徒に声をかけたかと見ていると、こちらへと近づいて来ていた。ーー目標は私だったようだ。人一人分を開けたくらいまで近寄り軽く一礼を挟むと、金髪のロングを首の後ろ側、赤いシュシュで束ねているレイアが話しかけてきた。
「ごきげんよう、柊セラさんはこちらにいまして?」
男子生徒がいたら即惚れてしまうんじゃないか?という柔らかい顔と共に上品な挨拶だった。ルナを間において、私が応える。
「私です」
「え?ちっちゃ「お約束だからそれは言わないで」」
訂正、元は普通なようだった。すんなり化けの皮剥がれると同じ女の子としては色々怖いわ。大丈夫かこの優等生は、とか、話に割り込むのは失礼だったな、とか軽くこめかみに指を当てて考えていると、レイアは繕い直して続ける。
「失礼しましたわ。貴方がセラさんですね?」
「如何にも」
「姉さん、時代が離れたわ…」
相変わらずのボケツッコミ姉妹に「?」となるレイア。そこへ割って入ったのは意外にもユーキだった。
「初めまして、三年の広上です」
「あぁ、成績トップの生徒会長」
ここなら誰でもそんな反応だろう、というものをセラが零す。特に気にする事もなくユーキは用件を切り出して来た。
「金久先生との話で、午後からセラさんと更科さんで個人戦をやってもらいたいと思ってさ」
「…え?」
ちょっとなに言ってるかわかんないんですけど、とかどこぞの芸人風に思いながら、セラは言葉を飲み込んだ。キョウジが関わっているならここで下手は打てない。おとなしくしている方が利口、と用件を受け入れた。
■ ■ ■
大能校ではそれぞれの学年が使いやすいように施設が配備されている。ユーキがセラを案内したのは三年が使用している方の体育館だった。ユーキ、トーヤ、レイア、セラはまだ他の三年の生徒が残っている中、体育館の奥のほうにある結界へと向かっていった。ちなみに呼ばれたのがセラだけのため、ルナ達とは昼休みが終わったところで別れている。
結界の前では既にユーキの担任である岩端クリフが準備を終えていた。だらしなく左右に伸びた黒髪、銀縁の細い長方形のメガネ。少し残る無精髭…徹夜明けの研究者を彷彿させる。セラはキョウジから話には聞いていたが、この先生はキョウジの従兄弟にあたり、能力や指導力は凄い、と。
程なくしてクリフがユーキへと準備完了を告げる。ユーキはトーヤ、レイアと軽く打ち合わせをするとセラへとやってくる。
「では、柊さん、いいかな?」
「はーい」
促されるがまま、レイアとセラが結界内中央へ向かう。いつの間にやら周りには三年の手の空いた生徒が野次馬となって囲んでいた。
(思ったよりやりにくいな…)
正直、セラには居心地が悪かった。早く無難に済ませて放課後の買い食いタイム、と洒落込む事を考えていた。
「では、更科対柊の個人戦を始めます」
が、ユーキの合図とレイアの動きにそんな考えは瞬間で消されてしまう。
「<偉大なる風の導き/エアスラッシュ>」
開始から刹那で圧縮された空気が刃の形となりレイアからセラへと放たれる。ってかこの子のセンスは厨二か。
「<身体強化/インクルード>」
もはやセラの定石となった強化能力。回避、レイアの追撃、セラの回避、どこかのトリプルアクセルやダブルトゥループな感じでひょいひょいと横っ飛びをしていく。目の前の光景に野次馬もポカーンとしていた。
「凄いな、あの子がキョウジの言ってた子?」
「そうです。まさか言われる通りだとは」
感嘆を示したのはクリフだった。次にユーキ。何が凄いかというと。
「空気の流れですら正確に視えて回避できるんだ。な」
そう、セラ自体は慣れすぎてボロを出してしまったが、相手の能力を視覚的に認知できるのは優れたものだった。ーールナ達のせいというべきか、おかげというべきか。トーヤの率直な判断に先生と生徒合わせて三人は呆気にとられてしまっていた。
しかし、一番混乱しているのは戦っているレイアだろう。
(なんで、なんで当たらないの?)
理解が追いつかずに思考を巡らすが、どうにもならなかった。攻撃してくる体勢には見えないため、しばらく連続で陣を展開していくが埒があかない。
「<太陽の加護/フラッシュ>」
レイアが前方に手をかざし光が放たれる。白い闇となり広がる中で、察知していたセラは軽く目を閉じてそれをいなす。が。
「目が、目があぁぁ」
目を押さえながら床を転がるレイア。その様子を見ながら力が抜け立ち尽くすセラ。拍子抜けした時間が流れ、レイアがゆっくり立ち上がる。
「よくもやってくれましたわね!」
「自爆で逆ギレっ?!」
普通の子から残念な子に評価を変更し、レイアが再開した攻撃を再び避けるセラ。しれっとユーキが「柊、二点」と審判を下していた。あぁ、ダウン扱いなんだ、と。
「終了、それまで。二対0で柊の勝ち」
健闘虚しくレイアはセラを捕まえることが出来ず時間を迎えてしまった。
(あ。やば、勝っちゃった)
すっかり戦闘に熱くなってしまってバツの悪いセラ。一方のレイアは床に座り込みのの字を書いていた。
「Fランクに負けちゃった。もうお嫁にいけない…」
「そのリアクションは違うと思う」
色々方向は違うがツッコミでバッサリ斬ることにする。二人の戦いを目の当たりにして周囲は唖然としていた。審判を下したユーキでさえ、も。
(これはマズイ雰囲気なっちゃったなぁ)
天井を見上げ軽く溜め息をひとつ。思っている事と結果が結びつかなくて反省するセラ。悪い予感を小さい胸に抱えて。
「最後のひとつは余計だと思うのよ」
相変わらず回想に突っ込む痛い独り言はそのままだった。