そして日常へ
「何で竜物語みたいなタイトルなのよ…。しかも三話目に限って…」
「ツッコミは置いといて、お帰り、姉さん」
セラが警察から解放されて家に着いた時には既に夜九時を過ぎていた。寝巻姿のルナが迎えている。
「ご飯にする?お米にする?ライスにする?」
「全部同じっ!ていうかボケるキャラじゃないでしょルナは?!」
「えー、たまにはいいじゃない、いつも姉さんばかりなんだから」
「全くこの私にしてこの妹有りだわ…」
少し項垂れるようにリビングへ向かう。テーブルの上には冷めてしまっている晩御飯が並べられていた。様子を見て、ルナは陣を描くと僅かな詠唱を始める。
「<電子レンジ代わり/ヒートエリア>」
「便利だけどそのネーミングどうにかなんないの…」
相変わらず違うベクトルにマイペースなルナを真剣に悩むセラ。まぁ、そのおかけで温かいご飯にありつける、とは思うのだけども。なんだかな。
テーブルに着き、箸を取り食べ始める。ルナは隣に座ると、いつの間に淹れたのか、紅茶を口へ運んでいた。
「リカ姉さんはどうだった?」
「相変わらずよ。事情聴取されて……アホの子って言われた」
思い出してちょっとむすっとするセラ。その横顔を見ながらルナの口元が緩む。
「それは、姉さんアホの子だし」
「ルナまで何でっ?」
まさかここで繰り返されるとは予想外だった。セラ本人としては妹にズバっとこられるのは超痛い。心折れそう。
「大丈夫、折れても復活早いし」
「いや、回想にツッコむのも十分メタ発言ですからね?」
なかなかどうして、今回はアドバンテージがルナにあるようだ。ルナはくすくすと笑いを堪えている。
「だって、そうでしょ?いつまで隠すつもりなの?」
「出来れば墓に行くまで隠したいわ。その方が平和だし」
何の話を掘り返しているのかはまた後程。伏線って楽じゃないよね。
食事、雑談を終える頃には夜十一時が近づいていた。特に気にする年頃ではないが夜更かしはお肌と健康に悪いと思っている姉妹。
先に口を出したのはルナだった。
「姉さん風呂はどうするの?洗う?」
「時間も時間だしお願いしようかなぁ。宿題は明日ぶっつけ本番でいいや…」
待ってましたとルナがセラの足元に陣を展開、軽い詠唱を始める。同時にセラの周囲に微温湯が生成され、セラ自身を包み込んでゆく。
少し息を止める。ものの数秒で微温湯は離れ、蒸発して霧散していく。
「<洗い・すすぎ・脱水/リフレッシュメント>」
「だからそのネーミングよ…便利だけどさ…」
服諸々さっぱりしたセラは大きく溜息を吐いた。能力としては問題ないが、やはり妹は違う意味で心配だった。
■ ■ ■
日付は変わり、それぞれに日常が戻ってくる。学生にとってはまずは通学に関して一喜一憂する所でもある。目の前にあることは誰しもそうだろう、通学路ですれ違うサラリーマンにも。ゴミ出ししているご近所さんにも。
柊姉妹には両極端に表情に出ていた。にこやかなルナに対し、眠たい目をこすりながらいかにも面倒そうなセラである。
「結局出来ることは限られてるのよねぇ…」
「姉さんは姉さんだし、仕方ないですよね」
「え、そこから諦めてるの?!」
ぼやくセラにさらりと酷いルナ。いつも通りのことだった。今日の授業を考えれば尚更というべきか。
「今日は一対一の能力戦闘だから、姉さん無理でしょう?」
「不利じゃなくて無理なのかよ…」
昨日に続き大きな溜息をこぼして、ジト目でルナを見るセラ。直球もいいけどやんわりオブラートに包んでもいいんじゃないか、とも思う。二人が話したとおり、今日のメインとなる授業は個人戦。宿題というのはその前準備のことだった。
程無くして教室へと辿り着く。今日はクラスの皆がそれぞれにグループを作り色々話し合っている。戦闘の授業の時は決まってこういう雰囲気になる。得点が大きいのもあるが、能力者故の向上心もあるのか――切磋琢磨する様子が伺えた。自分たちはというと、やはりカレンとアオイが寄ってきた。
「おはよー、今日は遅いね」とはカレン。
「セラルナちゃんやっはろー」とはアオイ。
「混ぜるな。色々と危険だわ」とはセラだった。ルナはにこやかなまま手を軽く振る。
昨日の事件のせいで、とは言わなかったが二人にはわかるだろう。時間に余裕は無く、ホームルームまであと数分だった。
「ま、この内輪には当たりたくないわね」
とカレンが言うと他三人も揃って頷いた。知りすぎているのも逆説的にやり辛い。仲が良いことも裏目に出てしまう。
「どーせ私は負けますよ…。今のでなんかフラグ立ったみたいだし」
「姉さん拗ねないで、ね」
言っている間にチャイムが鳴り響き、各々が席へと向かう。ガラガラと教室の扉を開いて入ってくる担任のキョウジ。
「さて、今日は個人能力戦だからな。準備次第移動するように。」
短く挨拶を済ませると颯爽と教室を後にするキョウジ。担任としての準備のために一足お先と言わんばかりに。そして生徒達もそれぞれ支度をはじめていく。
大能校の戦闘授業のルールとして、能力の使用において死に至らない、細かく言うと殴られる程度の威力、指定の戦闘用制服を着用が挙げられる。それ以外であれば回復可能なものであれば――<閃光/フラッシュ>など目を眩ませる程度などは――問題はない。むしろその程度は確実に防ごうという考えだ。
そして生徒達の移動が始まる。更衣室に赴き、そして実技用体育館へ。しかしながら学校自体が広いため、それなりに時間はかかってしまう。十人十色に話しながら、考えながら、…遠くを眺め諦めながら移動していく。最後に該当するのは一人だったか。
実技用体育館には約二百メートル四方に及ぶ<結界/プロテクトエリア>が張られていて、生徒はその内部で戦闘を行う。
広範囲に影響の出る能力を使っても大丈夫なようにされているが、過去には何度か壊されることもあったとかなんとか。
能力は基本的に技量を超える範囲では失敗するが、稀に潜在的な力により暴走してしまうこともある。そういう設定も作っておこう。
「後付けしないでよ」
「だから姉さん、そこにツッコミ入れちゃダメだって…」
準備を終えた姉妹並びにキョウジのクラスの生徒が揃う。用意された簡易テーブルに各々が手をかざしていき、ランダムに番号を受け取る。
それが一致した相手との戦闘となる。戦闘自体は十五分間、有効打を与えると一点、肩が床につくと二点となる。戦闘不能な状態になると負け、先述のとおり威力などの違反は失格となる。番号が決まり安堵したり、戸惑ったり反応はそれぞれだった。
■ ■ ■
「まさかね…」
「うん、そうですね」
セラの対戦相手は――最も相手にしたくない――ルナだった。姉妹は結界内で向き合っている。
実技の練習とかでは組んだことはあったりしたが、対戦となるのは初めてとなる。
「ルナは本気で?」
「ちょっとだけ本気で」
「ちょっとか本気かどっちだよっ?!」
頭を抱えるセラ。その様子を楽しむルナ。間にキョウジが割って入る。
「準備はいいか?」
「先生、棄権します」
「駄目だ」
「何でっ?!」
セラの懇願を一蹴するキョウジ。「とりあえず戦わないと得点つけられないぞ」と付け足して。
勿論、セラもキョウジも茶化していることには気づいている。しょうがない、と姉妹が目を合わせる。
「では、柊対柊…ってややこしいな。セラ対ルナの試合を始める」
少し言葉に詰まるキョウジ。が切り替えて名前にした。名前呼びはどうかと思ったが仕方ないと割り切る。
姉妹は距離を十メートル程度開けて構える。キョウジのカウントダウンに合わせて呼吸と精神を整える。
「始め!」
「<みじん切り/サイクロン>」
合図と共に結界の中でルナを中心とした旋風が巻き起こる。空気が圧縮された刃となり渦を描くように放たれて結界の仕切りにバシバシと当たっていく。観覧している生徒がどよめく。中には結界があるにも関わらず防御態勢をとるのもいた。
「いきなり強烈ね」
「セラちゃんはどこに?」
カレンとアオイが口を開く。流石は四属性Aランク、といったところか。二人の思いはルナと当たらなくて良かったという点で一致している。
(いや、派手にやってるけど威力抑えてるわ)
セラは結界の後方上空で丸まって防御していた。開始と同時にこちらは<身体強化/インクルード>で後ろへ飛んでいたのだ。
避けきれずボクサースタイルで腕に受けた部分はそれなりに衝撃があった。「点無し」とキョウジの審判が響く。
「流石です、姉さん」
ふっと囁くように吐くルナ。このくらいで点稼ぎさせてくれるような姉ではない、と確信していた。続け様に陣を構築し展開していく。ルナが思う姉の動きなら遠距離に持ち込みたい。そう、無属性特化だから。
「<かき氷/アイシクルスプレッド>」
と、次には氷の飛礫がルナから前方を扇状に覆いつくす様に向かう。おおお、と観覧側から声が上がる。
「ちょっと?ネーミングのわりに派手過ぎるんですけどっ?!」
思わずセラも驚く。が、対処できない訳ではない。氷の飛礫を蹴りによって薙ぎ払い弾いていく。一つを蹴った反動で次を蹴る、を何回やっただろうか。セラの元いた場所の後方だけを残し、結界が半分ほど白く染まる。そしてセラの着地と同時にキョウジのまた「点無し」の声が届く。
こうなってしまっては姉妹の消耗戦と見える。属性を使いあらゆる攻撃をする妹に、強化された身体で防御する姉。どうやって点を取ろうかと腹の探り合いだったが、手を尽くした結果、時間切れとなる。十五分はあっという間だった。
「セラ対ルナ、引き分けとする」
とキョウジが締めると、疲れたとばかりに結界外でぐったり座り込むセラとルナ。
「ルナ…ちょっとどころじゃないじゃない…」
「姉さんこそ甘くなかったじゃないですか…」
口々にぼやく姉妹。今回の戦闘で周りがざわ…ざわ…つく中、やはり近づいてくるのはカレンとアオイだった。
「壮大な姉妹喧嘩おつかれさま」
「結局引き分けだねー」
姉妹とは対照的に、面白いもの観たと言わんばかりの二人だった。
「いや、授業って制限なけりゃ私負けてるわよ」
「授業でなければ姉さん勝ってますわ」
どちらも譲り合い、カレンとアオイは苦笑する。やっぱり姉妹は姉妹だった、と。
しかし、結果論から言えばセラが有力と見られてしまうのは事実だった。――FランクがAランクに引き分けたのだから。
■ ■ ■
「で、どうなんだ?”彼女”は?」
中年の男が背中越しに声をかけてくる。今回もまた定例の報告だ。
「相変わらず尻尾は掴めません。不審な点も見受けられないままです」
「そうか。しかし”彼女”は間違いないはずなんだ。あの男が残したものだからな」
「承知しております」
何回同じようなやりとりをしただろうか。自分の受け持ちになった以上、監視はしているが、謎は謎のままだった。
「まだ時間はある。続けてくれたまえ」
「了解」
そう言い残し、その場を立ち去る。本当にこの男の目論見通りの事があるのだろうか、と。
半信半疑のまま、自分は職務を遂行していくのみなのだった。
うん、やっぱり伏線って面倒だな。と思いながら。