第6.5話 教員プロローグ
その日は大きな満月が街を照らし、心が洗われるほどきれいな夜だった。
午後8時。
ある程度の事務作業を終え、女性養護教諭は大学保健室から帰宅しようとしていた。
上着を手に取り、部屋を出ようとすると、3回のノックとともに男性教員が入ってきた。
「失礼します」
「あら、いらっしゃい。何の御用かしら?あいにく私はもう帰るのだけれど」
養護教諭がそう言うと、男性教員は一つだけ、と人差し指を一本立てる。
「ウーシア戦闘用結界を張っているのはあなただと聞きました。
————なぜ、大学内に結界を張る必要があるんですか?」
男性教員は養護教諭に問いただす。
「そんなの決まっているじゃない。学生たちが怪我をしないようによ」
養護教諭は微笑みながらそう答える。
「……質問を変えましょう。なぜ学生たちが能力を使うことを前提とした対応をしているんですか?」
そう問われたとき、養護教諭の顔が一瞬だけ曇った。
だが、すぐにいつもの微笑み顔に戻り言葉を続ける。
「あなた、自分が認められたいと思ったことはある?
仕事がうまくいったことを褒められたい。
みんなにちやほやされたい。
あわよくば女の子と体の関係を持ちたい。
別にいいのよ?それは誰にでも持ちうる当たり前の感情。自己承認欲求って言うのかしら。ただ、それを言葉にする人はあまりいないんだけどね。
学生っていうのはね、そういう承認欲求の塊なのよ。
誰かに認めてもらわないと、自分を見失っちゃうの。私はその手助けをしているだけ……」
「……ッ!質問に答えてください!能力の行使が学生にとってどれだけ危険だと……」
反論に対し、養護教諭はクスッと笑うと男性教員の唇に人差し指をそっとつけた。
「かわいそうな子。自分の信念に囚われて心を閉ざしているのね。
————でも大丈夫、私が解放してあげるわ……」
養護教諭は男性教員をぎゅっと抱き寄せると耳元に息を吹きかけた。
途端に男性教員の意識がなくなり、その場に倒れる。
「ねぇ、ウーシアって素敵よね……。
いろんな人がいるのになぜ争いが生まれるようにできているのかしら。ねぇ、あなたも一緒に学生たちが踊るさまを見て楽しみましょうよ。
……ってもう聞いてないわよね」
養護教諭は倒れた男をその場に横たわらせて、窓の外を眺める。
月光が眩しい。
少し肌寒いが、かすかに暖かい気温は春の到来を教えてくれる。
春は良い。
初心な学生が、社会の構造を何も知らずに毎日を過ごす様子は、見ていると嗜虐心を煽ってくる。
養護教員は唇をペロッと舐め、上着を着なおし、保健室を後にした。