第5話 お待たせしました戦闘回系。
入学式から3日が過ぎた。
ほとんどの生徒はすでにサークルを決め、作り、親睦を深めていたが、俺はどのサークルにも魅力を感じず、迷っている最中だった。
もういっそ作ってしまおうか。
しかし、メンバーがいなければ認めてもらえない。
大川心都から連絡があったのは、そんな葛藤の最中であった。
「二人とも、3日振りー!」
手をぶんぶん振りながら、全力笑顔を見せるお騒がせガールを見て、コミュ障男子二人は苦笑いを浮かべるしかなかった。
そう、若松凪音も呼び出されていたらしい。
正門でばったり会った凪音は、今日は何をするんだろうねーと楽観的だった。
まぁ、この時期に心都から呼び出しということは、理由は一つだろう。
「ふふふ……私は思いついちゃったのです!新しいサークルを作ろうと!
そして君たちはそのメンバーになってもらいます!」
やっぱり。
連絡があった時点で察していた。
横目で凪音をチラッと見ると、微笑みながら、おー、と感嘆の声を出し拍手している。
理解した。この男も相当な天然だ。
悪い予感がするが、一応聞いてみることにする。
「……それで何をするサークルなんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!私が立ち上げるのは『ハッピー・ラッキー研究会』!
困っている人たちに手を差し伸べて、みんな仲良くハッピー!な大学にするための会、です!」
心都は鼻高々にふんすと息をついた。
とてつもなく大雑把な、抽象的な内容に思わずため息が出てしまう。
隣では、眼鏡男も目を輝かせている。
もうどうにでもなれ。
「あー……、それでその、ハッピー何とか研に俺たちが参加すればいいのか?」
「そう!私、やりたいサークル見つからなくてね、じゃあ自分で作ろうかなと思ったんだ。
私、部長に憧れてたし!
でもメンバーの当てがなくて……、そこで二人を呼んだの」
「なるほどな……。凪音…くんはどうだ?」
「別に構わないよ。僕も丁度サークルに迷ってたんだ。
それに、心都さんといると何だか面白そうだしね。
……あと、僕のことも呼び捨てでいいよ、雫玖君」
そう言って凪音はこちらに微笑みかける。
もう拒否できない雰囲気になってしまった。
「あぁ、分かったよ。俺も参加する」
他に入るとこもないし。
そういえば、確かサークル結成には条件があった。
やった!とガッツポーズをする心都にそれを問う。
「しかし、サークルの条件は部員5名以上だぞ。あと2人はどうする?」
心都はハッとして、悩むそぶりを見せる。
「凪音には、当てになる人はいないか?」
「いや、残念ながら」
そう言ってかぶりを振る。
どうしようか策を考えようとしたところで後ろから女性の声がした。
「面白そうな話をしているな、新入生」
声を掛けてきたのは着物に袴を穿いた女性だった。肩には弓袋と思わしきものを背負っている。
少し釣り目な目は紅く輝き、腰まであろうかと思われる長い黒髪を、これまた赤の紐で結んでいる。
真っ白な肌は、目を離すのが惜しいほど美しかった
その立ち姿はまさに容姿端麗、才色兼備、と言ったところか。
「はい、先輩……でいいですよね。私は1年の大川心都です!
『ハッピー・ラッキー研究会』の部長をしてます!何かお困りなことはないですか?」
え?もう部活始まってるの?
戸惑うが、黙って見守る。
先輩は少し驚いた顔になったかと思うと、くすっと笑いだした。
「フフッ……。すまない、初対面であるのに物怖じしない姿に驚いた。
紹介が遅れたな。私は櫛田怜奈。弓道部2年だ」
やはり弓道部か。
すでに部活をしているなら追加メンバーにはなりそうにないなと思ったが、怜奈はさらに続ける。
「実は、今の部をやめようかと悩んでいるところを偶然通りかかってな。
何やら面白いことを始めようとしている1年がいたもので、声を掛けたのだ」
何と、意外な理由だった。
心都部長はこの機を逃すまいと勧誘フェイズに入る。
「そうなんですね!実は、部員が足りなくて困っていたんです。ぜひ先輩も一緒に活動しませんか?」
「うむ。魅力的なお誘いだな。しかし、私も先輩としてのプライドがある。
貴方のウーシア——ONがどれほどのものか見せてくれないか?『序列4位』の新入生よ」
刹那、空間がピリピリと響きだす。
とてつもない、ONを感じる。
この短時間で名が知れているとは、やはり序列の影響は大きい。
先輩の気迫にさすがの心都も緊張した様子だ。
「いいですよ。私の能力を見せましょう」
その言葉を聞き、怜奈は口角を上げこちらに提案をする。
「こう見えて私は、少々乱暴なゲームが好きでな。一対一の戦闘形式にしたい。ONを見るにはそれが一番だろう」
「分かりました」
心都の返事は早かった。
「無茶だ!心都さんにそんな危険な事させられない。ここは僕が———」
「いいの!」
凪音の発言に被せるように、心都は叫ぶ。
相当な覚悟のようだ。
「部長としての威厳を見せなきゃ——」
凪音にそう微笑みかけると、心都は怜奈を見据えた。
「良い表情だ……。では、始めよう」
怜奈は荷物を全てその場に置き、3歩下がった。
心都もまた、荷物を置き距離をとる。
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「戦闘」と聞くと、血みどろの戦いを想像するだろう。
しかし、この大学内には保健教員の能力により、特殊な結界が生成されている。
それにより、ある掛け声で開始されたあらゆる戦闘で発生するダメージは軽減され、肉体への被害をある程度カットしてくれる。
その掛け声とは————。
「「開始!!」」
両者が同時に叫んだ直後、ブーンという音とともに、周囲に透明なドーム状の結界が形成された。
先に動いたのは心都だ。
相手が弓を使ってくるのは明白。
先に距離を詰めるのは定石の戦法である。
怜奈はまだ動かない。
「色彩操作!!」
心都が走りながら叫ぶと、伸ばした右手の中に金色の透き通った筆が出現する。
「身体強化!」
伸ばした筆をそのまま前方に振ると、赤色のキラキラした軌跡が出現した。
その軌跡に足が触れると———。
心都の脚力が瞬間的に上昇し、常人には出せない速度のダッシュを可能にした。
一瞬で距離を詰められた怜奈は、なおも冷静な表情を崩さずに、ふっと息をつく。
「召喚——天之麻迦古弓」
リラックスした左手に現れたのは、木製のシンプルな弓だった。
「やあぁぁぁぁぁ!」
弓の出現にも動じず、心都は気合いとともに、止まることなく突っ込む。
怜奈の懐を筆の先が捉えた———。
その時、怜奈が弓の下部を地面に突きつけ唱える。
「解放——疾風」
瞬間的に強い風が発生し、怜奈の周りを包み込み、外側に放出される。
勢いのままに飛び込んだ心都は、避けることが出来なかった。
「キャッ……」
強風に逆らえず、心都は5メートルほど後方に飛ばされ横倒れる。
「見事な踏み込みだった。———だが、それだけでは私に届かない」
起き上がろうとする心都に、怜奈は追撃を加えようと一本の矢を生成した。
体は横に、足を開く。
弓を左ひざに置き、右手を弦にかけ、左手を整え、敵を見据える。
そして静かに、構えた両手を同じ高さに持ち上げる。
持ち上げた弓を引き、心身を静かに整え——。
「天羽々矢」
矢を放つ。
『正射必中』という言葉がある。
正しい姿勢で、正しい心で、放たれた矢は必ず的に当たるという考えだ。
怜奈が放った一本の矢はまさに言葉通り、寸分も違わず心都へと向かった。
回避は不可能。
誰もが怜奈の勝利を確信した。
しかし、その可能性を覆したのは、やはり黄金の筆であった。
「色彩操作……。減速の盾!」
緑色の軌跡は心都の前方に円を描き、一線を迎え撃つ。
矢が円に触れた瞬間、減速し心都の頬をかすめ、後方へと逸れる。
「ふむ。やはりただでは終わらんか」
「まだまだ……いきますよ、先輩!」
そう言って筆で描くのは、再び円状の軌跡。
しかし、今度はただの円ではない。
装飾が施されたそれは、言うなれば魔法陣そのものだった。
「色霊召喚!!おいで……純然の天馬!」
魔法陣からゆっくりと現れたのは、猛々しくも美しい白い鬣と、光のような同じく白い体毛に身を包み、翼を広げた聖馬。
心都に顔を撫でられると、嬉しそうに目を細め、鼻をすり寄せた。
「反撃開始です!」
心都が指示するとペガサスは、前足をかくと怜奈めがけて飛び出した。
「召喚獣、いや精霊……の類か。だが、邪魔をするなら——」
怜奈は再び矢を生成し、今度は先ほどよりも素早く標準を合わせ、発射する。
聖馬は真っ直ぐに飛んできた矢を、鳴き声とともに顔前で打ち消す。
怜奈はなおも表情を変えず、第二第三の追撃を放った。
しかし、そのことごとくをはじき返され、じりじりと距離を詰められていく。
このままではらちが明かない。
「よもや……だな」
怜奈は手に持っていた弓と矢を捨てた。
「今だ!シロちゃん!」
命じられた聖馬はさらに加速し、敵を捉えた。
光の帯を纏い、ヴァルル……と鳴き声をあげながら駆ける姿は流星のようだった。
ズドン……と爆発じみた衝撃が走り、土煙が上がる。
黒い靄の中で立っていたのは———。
怜奈だった。
敵を追い詰めた聖馬は、光となって消えた。
「シロちゃん……!」
召喚した相棒を失った心都は、その場にぺたりと崩れ落ちた。
「——天叢雲剣。私にこれを使わせるとは、素晴らしい相棒だな」
その手に握られていたのは、刀身が漆黒で歪な形の剣だった。
怜奈は、座りこんで動けなくなった心都の下へと歩み、手を指し伸ばす。
「良い勝負だった」
「いえ、先輩の圧勝ですよ」
心都は泣き出しそうな笑顔で、怜奈の手を取り、立ち上がる。
「大丈夫かーい?」
外野で見守っていた雫玖と凪音も駆け寄ってきた。
負けたが、心都に心残りはなかった。
全力をぶつけて負けたのだ。後悔はない。
高鳴った鼓動はしばらく止みそうにない。
心都は、しばらくこの余韻に浸っていた。
「あーあ!負けたってことは、先輩はうちのサークルには入ってくれないってことですよね!」
しばしの休憩ののち、心都は空に叫ぶ。
「あぁ、その話なんだが、私も仲間に入れてほしい」
「「「えぇ!?」」」
3人は一斉に驚いた。
「そこまで驚かなくても……。
言ったろう。私は『ONを見せてくれ』と。
先の戦闘で十分に貴方の意志は伝わったさ」
怜奈は心都に右手を出す。
「改めて、『序列9位』2年の櫛田怜奈だ。今日から君たちの仲間になる。共に心を高め合おう」
「「9位!?」」
今度は男子二人が驚く。
しかし、心都にはその強さが理解できていた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします、怜奈先輩!」
目の前に差し出された右手を、自分の右手で返し、かたく結んだ。
「これで4人だよ!やったね!」
後ろで強張る男子二人に喜びを伝える。
雫玖は微笑みで、凪音は親指を立て、喜びを分かち合う。
これで4人。
あと一人で、晴れてサークル活動が認められる。
今は新しい仲間と親睦を深める時だ。
———後方の木の陰で、誰かから見られていたことに気づいていたのは雫玖だけだった。