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第3話 その男は「何も無い」系。

 うだるような暑い夏、蝉の声を聴きながら駄菓子屋の前で、二人の子どもが棒アイスを片手に話していた。


「ねぇ、しずくん。しずくんは、将来どんな大人になりたい?」


 栗色の髪の少女は、そう問いかける。


「ぼくはね、みんなを笑顔にしたいんだ。だって、そのほうが楽しいでしょ!」


 黒髪の少年は、無邪気に答えた。


「みんなが笑顔かー。絶対楽しそう!」


 少女もケラケラ笑う。

 そして、残っていたアイスを食べ終えて少女はうーんと考え出した。


「どうしたの?」


 少年は問う。


「うーん……。どうやったらみんな笑顔になれるんだろうって思って」


 確かにそうだ。周りで聞いたことはないが、いじめられて自殺した小学生がいると、ニュースで見たことがある。そんな子を笑顔にさせるにはどうすればいいんだろう。

 二人が悩んでいると、店の中から店主のおばあちゃんが出てきた。


「なんだか、難しい話だねぇ」


 二人は振り向いて、悩みを伝える。


「おばあちゃん、どうすればいいと思う?」


 少年が聞くと、店主はそうだねぇと切り出した。


「笑顔で語りかけることさね。お前さんが笑っていれば、きっとみんなも笑ってくれるよ。」


 優しい顔で微笑みかけたその言葉に、二人は納得して喜んだ。


「そっかぁ……、決めた!じゃあ、ぼくはずっと笑顔で話すよ!そしてみんなを幸せにするんだ」


 少年は、アイスの棒をギラギラ輝く太陽にかざし、未来を誓った。


 これは、少年が9歳のときの思い出——。



 八女雫玖(やめしずく)は、桜の木の下で一人、小説を読んでいた。

 天候は晴れ。まだ少し風が肌寒いが、それも心地良いと思える朝だ。

 今日は九城大学の入学式。雫玖もまた、新入生として登校し、開会式が始まるのを学内の中庭のベンチで待っていた。

 時刻は9時20分。開会式まで残り10分ほどだ。そろそろ会場内へと入ろうと、本を閉じ、立ち上がったとき、目の前に見知らぬ目つきの悪い男が立っていることに気づいた。

 恰好から推測するに、大学の生徒らしい。


「……お前が、八女雫玖か」


 初対面に対して、随分と失礼な物言いだ。


「……人に名を尋ねるときは、まず自分から名乗れと親に教えてもらわなかったのか?」


 こういう時の相手は、ろくな奴ではない。

 雫玖は、不躾にそう返す。


「ふっ……。悪い。そう警戒するなよ」


 そう言うと長身の金髪男は、両手を上に挙げて、やれやれといった表情を見せる。


「俺は、櫻井久志(さくらいひさし)。お前と同じ、一年さ」


 金髪男はにやりと笑うと、ヨロシクと握手を求めているのか、右手を差し出した。

 雫玖は、応える気など毛頭ない。

 握手を無視して、代わりに質問する。


「それで、何の用だ。オトモダチにでもなりたいのか?」


 握手を無視された櫻井は、一瞬不満そうな顔で雫玖を見るも、再びニヤニヤ顔で話す。


「友達、ねぇ……。いいね、入学式って感じで。でも、お前と仲良くできる奴なんているのか?『悪魔』くんよぉ」


 雫玖はその言葉を聞いて、ピクリと眉を動かした。

 しかし、冷静に櫻井の言葉を聞く。まだ手を出すようなことではない。


「お前のことを調べた。随分と有名人じゃねぇか。噂じゃあ、とてつもなく強いウーシアを持っているみてぇだな。いやぁ、なに……。お前を責めようってわけじゃない。ただ手合わせしたいだけなんだよ」


 櫻井はフッと笑うと、右手の人差し指を出し、クイクイッと挑発して見せた。

 しかし、雫玖はいたって冷静だった。


「そうか、だが残念だな。許可のないウーシアの濫用は校則で禁止されている。日を改めるんだな」


 そう言って本をカバンにしまい、立ち去ろうとした。

 その時———。

 絶大な殺気を背後から感じた。


「いい子ちゃんぶってんじゃねぇぞ……。こっちはお前がこの学校にいると知って落ち着かねぇ。イライラするんだよ……。お前みたいな『悪魔』野郎がノコノコ学校に来てることがなぁ!」


 言い放った瞬間、金髪男の髪が白く……いや銀色に変わっていった。

 全身の筋肉量が目に見えて分かるほど増大し、爪はみるみる伸びていく。

 さらに口からは——牙が生えていた。

 さながらその姿は、「狼男」といったところか。


「ぼさっとしてんじゃねぇぞ!」


 右足に力をためた狼男はそのまま地面を蹴って正面から突っ込んできた。


「くそっ」


 毒づき、雫玖は左側方へ倒れこむように避けた。

 体を前方に一回転させ、次の攻撃を警戒する。

 狼男は余裕そうな口ぶりでにやりと語りかけた。


「どうだ、この姿は。俺がこの大学に入るために磨き上げた優秀な能力だ。さぁ、お前の『心の本質』も見せろよ。じゃねぇと、面白くねぇだろ」


 面倒なことになった。できれば大学くらい静かに過ごしたかったものだが、どうも面倒ごとに巻き込まれる体質らしい。

 雫玖は、はぁ……とため息をつくと、きっと櫻井を見据えて答えた。


「『無い』よ。俺には、()()()()


 一瞬の沈黙。

 そして、それをかき消すかのように狼男がゴキゴキッと指を鳴らした。


「嘘言ってんじゃねぇ!」


 再び前傾姿勢をとり、全力で体を突っ込ませてきた。今度は反応できない速度で。

 しかし、櫻井が狙ったはずの場所には()()()()()()()


「なんだ……!?」


 攻撃をやめて辺りを見回すと、先ほどまで、櫻井が立っていた場所に雫玖が立っていた。


「だから言っただろ。『何も無い』って」


 雫玖は目を伏せ、そうつぶやいた。

 何かの間違いか……。

 もう一度同じ攻撃をする。

 しかし、二度目の突進も虚空を切った。


「てめぇ……。何しやがった」


「何も。ただ、お前が『何もない』場所に突っ込んだのは確かだ」


「ほざけッ!」


 櫻井は三度の突進を試みた。

 できるだけ目を離さず、そして確実に相手を再起不能にできる威力の突進ができるようにググッと体を硬直させ……。

 一気に解き放つ。

 避けようなどなかった。

 避ける猶予すら与えなかった。

 これが今、櫻井にできる全力だった。

 しかし——。

 その攻撃は、やはり虚空を切り裂いた。




 櫻井久志には、敵などいなかった。

 無論、喧嘩で負けたことなど一度もない。

 能力に頼らずとも、その身体能力でどんな相手でも打ちのめしてきた。


 狼は小さなころから好きだったらしい。幼いころに母に連れられた動物園で、狼を見て一日中檻の前で目を輝かせていたのだという。

 子ども心に敵を威嚇する目、堂々と歩きまわるその姿に見とれていたのだ。

 だから、自身も狼のような凛々しい男になりたかった。

 喧嘩に明け暮れ、「一匹狼」だと言われて嬉しかった。

 そこには、絶対の自信があった。

 たとえ、孤独になろうと———。




 三度の全力突進を避けてもなお、雫玖の呼吸は乱れていなかった。

 というより、避けていたかどうかさえ怪しかった。

 もしかしたら、俺はあいつの幻惑に惑わされて———。

 ハッと目を上げて、敵の顔を見ると、うっすら笑っているようにも見えた。

 そして奴はつぶやいた。


「あぁ、言い忘れていたよ。お前は、絶対に、俺に勝てない」


 勝てない。

 勝てない勝てないかてないかてない———。


 その言葉が心の中に侵食してくるようだった。

 やはり、雫玖のウーシアは『幻惑系』か、と考える時間はあった。

 ひどい脱力感に襲われる。

 自分がなぜここに立っているのかさえ分からなくなっている。

 久志の全力攻撃は、一度も雫玖に当たらなかった。

 やはり俺は奴に勝てない———。

 朦朧する意識の中、後方から悲鳴に似た声が聞こえた。


「喧嘩はだめーーー!」


 聞こえたと思った直後、顔にぬとりとした液体を付けられた。

 なんとか覚醒した意識で、その液体を手に取り、確認する。

 それは粘性の緑色の何かだった。


 そして、そこで櫻井の意識は、完全に沈黙した。



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