96 解放
「それが君の出した答えかーー」
大きく目を見開いたルドルフの目線の先には、ライムの手の中で光を放つ分厚い魔術書。
彼は一瞬だけ険しい顔をしたがすぐにフッと目線を外した。
まるで初めて遭遇した出来事のように、驚く彼に違和感を覚えたライムは目をぱちくりさせて質問する。
『未来で視えていたはずでは?』
「…………どのような選択であれ、私は干渉することができない」
(………?)
意味ありげに言葉を濁すが、見えない未来もあるのだろう。
視線をライムに戻すと、
「それよりーーこれはオートマター、なのか?」
彼は目を細めて、じっくりと魔術書を観察をしている。
ーー白い魔術書。
魔力により手の中で浮いているため、重さは感じない。
あるのは自分と魔術書の魔力が固く結ばれているという感覚。
『これはーー今の私が望んだ形です』
これから先、4冊目5冊目の創生の魔術書を読まなければならない私にとって不可欠なもの。
……絶望や苦痛、精神的な痛みは完全にキャパシティを超えるものだ。
確実に読了し、意識を保てる状況でピアノやレイラちゃんを助けるにはこの方法が最良だと思う。
『全ての……痛みを別の物に移しかえる魔法です。私の体験する全ての痛みは、この魔術書に綴られます』
「…………すごいな。しかしーー」
『先程から、何か引っかかることでもあるのですか?』
国王様は何か言いたそうな雰囲気だ。
どこか遠いところを眺めているような視線をライムの持つ魔術書へ向けて、
「いや、君がそれを望むのならそれが全てなのだろう」
結局、国王様の言うことは要領を得なくて、私は何も言うことができなかった。
ーー痛みを回避しなければ、問題を解決できない。
そのはずだ。
私が痛みに耐えきれなかったら創生の魔術書を読んでも誰も救えないし、今までだって何人もの人が魔術書を読んで『絶望』を得ている。
そうして腐敗した人はどうしようもなく、ファウトへ収容されるのだ。
逆に痛みさえ取り除ければ、スムーズに魔法を使える。
私は……何か間違っているのだろうか?
『国王様。これで、4冊目を読めばピアノを解放できるかもしれません』
違和感を頭の隅へ追い出し、嬉々とした表情を作る。どこか歪だと思われるかもしれないけれど、これは本心だ。
「本当か……?」
眉を寄せていたルドルフも、ピアノの解放となれば話は別だろう。
『はい。詳しくは話せないのですが、4冊目の魔術書は魂について記述されています。ピアノは魂を束縛されていると思われるので、私が魔術書で何らかのアビリティを得れば……』
「そうか、ではやってみてくれるかーー?私も力になれるのであれば、対応しよう」
『国王様のお力添え、感謝します』
ライムはペコリとお辞儀をすると、別世界にとってある『創生の魔術書 第4巻魂の在り方』をズズ……と引っ張り出す。
ずしりと重たい魔術書はビリビリと私の魔力と反発し合っている。
(これで、いいんだよねーー?)
国王様から言われて、未だ違和感が拭えない。
『叡智魔法』に糾明しても、これから起こる過程に対しては答えを得られないしーー。
(いいえ、こんなに力を持っている私なら大丈夫)
『魔術書を解放しますーー』
魔術書に手を添え、小さな身体からは想像もつかないような膨大な魔力を込める。
ビキビキと音を立てて、ゆっくりと開かれる魔術書。
ライムの身体には蒼白い焔が纏う。
『あ゛っーー』
次第に流れ込んでくる情報。
絶え間なくライムの脳内を圧迫し、共有し、充満させる。
(毎度毎度……頭が割れるような痛みには慣れないわねーー)
『でも、私なら耐えられるーー!』
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新たなアビリティを獲得しました。
新たな絶望が付与されました。
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